理由と、少し昔のお話
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ここのつ者を中心として、集会場のようにして使われている一軒屋。中心として、というのも何故かいつわりびとも集まるようになっているためだった。今のところ、小さな喧嘩は発生する物の大きな騒動にはなっていないし、問題は無いのだろう。

そんなある日だった。

企鵝のさらさらとした手触りの髪を触る許可を得て涼は試行錯誤していた。自身の髪は短く、髪を結うという動作を普段しないのだ。一緒になって髪を触っている鶯花の助けを借りながら、漸く結いあげたのだった。

「出来ました…痛くないですか?」

「ええ。大丈夫です。……普段三つ編みしかしていないので、新鮮ですね」

顔の横に少し髪を残し、後頭部で結いあげた髪の根元は団子にされていた。

「何だか涼さんらしいというか、巫女さんみたいな髪型ですね」

「昔、髪が長かった時にしていた髪型なんです。」

何とか出来て良かった。意外と覚えているものだと、我ながら感心する。

「そーいえば、涼ちゃん巫女さんなのに髪は短いのにゃ?」

「あぁ、それはですね……」

そうか、短くし始めてからもう五年近くになるのか……

 

 

 

 

 

五年前……涼はその時十三歳。大幣の扱いに慣れて、それなりに立ちまわれるようになったころだった。

カランカラン……夜の間だけ忍社の周りに張り巡らされた鳴子がなった。就寝準備をしていた涼はあわてて布団をその場に置いて、大幣を壁から取り外す。

パタパタと廊下を走ると、下された癖の強い髪が腰のあたりで跳ねた。

「宮司様」

「えぇ、賽銭泥棒か…根城狙いの盗賊か……ひい、ふう、みい…」

すでに宮司は本堂に来ており、閉ざした雨戸の隙間から暗くてもある程度見えるという遠眼鏡を片手に辺りをうかがっていた。

「六人くらいですかね。涼一人でもあしらえるでしょう。行ってらっしゃい」

「え?」

今まではせいぜい三人組み程度までしか一度に相手取ったことは無い。単純に考えれば倍の数になるが、宮司がこういうのなら一人でも何とかなるのだろうか……

「……はい」

実践が一番身に着くという宮司の考えの元、基本的な武術の指導は受けたがまれに良く来る不届き者は主に涼が相手をすることになっていた。ヒヤリとすることはあったが、それでも追い返したり捕縛に成功して報奨金をもらったりは出来ている。

……手伝ってもらえない理不尽さは感じているが。

手早く腰ほどまで伸ばした髪を結い上げ、行ってきますとだけ言って境内へ向かう。はい、行ってらっしゃいと返す宮司の顔は意図的に見ないようにした。

 

賽銭泥棒なのか強盗なのかは測りかねていたが、なんにせよ分散されて神社を壊されたり潜伏される方が面倒なため、あえてこちらから姿をさらす。わざと音を立てて境内へ歩みでて、人影に声をかけた。

「お引きとり願えますか?ここには泥棒にお渡しする物はございません」

こうして相手を引き寄せる分には自分が少女で良かったとも思う。侮ってかかってもらえるし、向こうからすれば収穫が増えるのだ。寄って来もする。

案の定下卑た表情で男達が集まってくる。その表情に眉をひそめつつ数えると、その数六人。宮司の視認した数と同じ。

「お嬢ちゃん巫女さんかい。勇ましいね〜。痛い目見たくなきゃちょっとおとなしくしな」

「そしたらあとから俺らがいいこと、してやるからよ…ヒヒッ」

「おい、捕まえとけよ…ゴフッ」

皆まで言わせず、最低限の移動で男の鳩尾に大幣を突き込む。鉄仕込みの大幣だ。全体重を乗せてやるほど鬼ではないが、気を失わせる程度なら重量任せでもたやすい。

「お引き取りください、と申しました。」

相手があっけにとられているうちに振り向く勢いで更に一人の肩と延髄に一撃づつ入れて昏倒させる。遅れて長いくせ毛がフワリと揺れる。

残り四人。

数回の動作で済んだために息も上がっていない。初めにこちらを優位にし、脅威と思わせることで相手の意気を削ぐ。書庫で読んだ本に載っていた手法だが、何というものだったか。

「ガキが…大人しくしてりゃぁ良かったのによ」

「結構です」

大人しくしろと言われて従う道理もない。得物を取り出す前に大幣でたたき落として顎を跳ねあげて昏倒させる。

「もう半分になりましたが、いかがいたしましょうか」

少ない動作で相手を封じることのできる急所。宮司様から教わった知識だが。残りの三人には武器を持たれてしまった。

……刀は苦手だ。長さがあるのもそうだが、ここは神社だ。神社において血は穢れ。境内を手当て以外の血で穢すのは気が引けてしまう。

……できれば、ここで引いてもらいたい。

「引いては…くれませんね」

刀をぎらつかせてこちらを取り囲むその目は明らかに敵意が増している。粗末な草鞋でジリジリと歩き、こちらをうかがっている。伊達に徒党を組んでいたわけではないのだろうか。

こういうときは…どうすればよかったか……一点突破?それともかかって来るのを迎え撃つ?

今まで一度に相手取ったのはせいぜい二、三人。先ほどまでのような不意打ち、急襲で相手の手数を減らしてから向かい合っていたため、三対一というのは経験がない。頭は焦りで思考が回され、知らず知らずのうちに手に力が入る。

「うぉらあ!」

「わっ!」

肩口を狙って下された刀をしゃがんで避け、何とか相手の足を払う。が、しゃがんでしまったために立て直しが遅くなる。

「あ、」

(しまった!)

追撃されたらよけきれない。牽制の意味で大幣を振り回して距離を取らせて立ちあがろうとした、その時だった。

結い上げた髪が後ろに引かれ、カクンと視界がずれた。そのまま平衡を崩して固い地面に倒れる。

「あぅっ!」

痛みと揺れる視界の中、何とか見上げると足を払った男が涼の髪を掴んでいた。長かったために、しゃがんでいた涼の髪を掴むことができたのだろう。

「っ、離してください!」

「おおっと!」

髪は無骨な指にからめとられ、すぐには外れない。引きぬくより早く体をまたがれ、起き上がれなくされてしまった。

倒された状態で見た男の顔は、月を背にしているために暗く、良く見えない。それが涼の恐怖を煽り、身をすくませる。

「ようやく大人しくなったなぁ」

わざとらしい猫なで声で大幣を奪い、そのまま手首を掴んで強い力で握った。痛みから涼の喉から鈍い悲鳴が上がるが、それをあざ笑うように、他の男の足音が近づいてくる。

「痛っ、は、離してくださ、」

ドッ、と顔の横に刀が突きたてられた。

傷こそ負わなかったものの、地面を通して聞こえた音が涼の言葉を途中で止めた。

目で確認するまでもなく、すぐ近くに命を奪う凶器が突きたてられたという事実を認識してしまった体が震える。

「……あ……」

体が、動かない。

単なる脅しだと分かっても、押さえられた手の痛みや組み伏せられ抵抗もままならないことがどうしようもなく怖い。

恐怖で動けなくなるなんて文字の中の話だと思っていた。巫女装束の襟を辿る手を払わなくてはいけないのに、何をされそうなのかなんて察しはついているのに、目に涙がたまるばかりで。

「……さま」

震える喉で何とか言葉を紡ぐ。もしかしたら、聞こえるかもしれない。せめて、声なら出るかもしれない。

「ぅじ、様、宮司様!」

「はいはい」

振り絞った、という表現がぴったり合うであろう涼の声に答えたのは、いつものように、のんびりとした宮司の声と、何かが刺さる音。そして、

「ぎゃぁ!」

「痛ぇ!なんだてめぇ!」

男達の叫び声。

暗くてよく見えないが、腕に太くて短い、針のようなものが刺さっている。

「すみません、暗くてよく見えませんで…ちゃんと急所は外しているとは思うのですが、いかがですか?」

一定の距離を保ったまま宮司はにこやかに話しかける。

「て…てめぇ何者だ!」

「何者と言われましても、ただの宮司ですよ。はい、話はここまでです」

少しだけ、宮司の袖が動いた。ただそれだけで、男の肩にまた一本黒い針のようなものが刺さっる。苦痛を叫ぶ声が耳触りだとでもいうかのように、わざとらしく眉をしかめてみせた。

「さ、うちの娘を返しなさい。貴様らにやるには惜しい子です」

「ま、まて、このガキの命が…」

涼の首元に伸ばされた手が正確に例の武器で射抜かれる。

「私は「返しなさい」とだけ言いました。触れていいとは、一言も言ってはいないよ?」

聞き分けのない子を注意するような口調で、もう一本。

「出来ればお仲間を連れて下山できるうちにお願いしますね。神社に墓を建てるような土地は無いんです」

的確に、神職らしい慈悲をかけらも見せることなく淡々と攻撃を加えていく。その様子は、神職と言うよりも戦場に身を置いた方が似合いかもしれない。

風が装束をふわりとなびかせるが、布の動きが重い。まだ十分に武器を隠していることは明瞭だった。

気圧された彼らが蜘蛛の子を散らすように逃げて行ったのを見届け、宮司は転がされたままの泥棒を適当に縛って蔵に放りこんでいく。その動作は荒っぽく、ぞんざいだ。

 

それんな様子を何とか身を起こし、地面に座り込んだままで涼は茫然と見ていた。

「さてと、大丈夫ですか?涼」

ゆっくりと頷くが人形のようにぎこちない。

幼い子にするように頭を撫でられ漸く感情が追いついてきた。ポロポロと泣きながら宮司の袖を取り、安心させて、とねだるように、線香の香の染みついた衣にしがみついた。

「怖、かっ……」

「うん、そうですね。よく頑張りました。ごめんよ」

「髪、掴まれて、ヒック……動け、なくて……死んじゃ…かと…」

宮司はしゃっくりあげて泣く涼を抱きかかえ、部屋へと場所を変え、一番落ち着けるであろう涼の自室へと寝かせた。

しばらくそばに付き、涼が眠ってしまうまでそばにいてくれたのを覚えている。

 

翌朝……

「おや、涼。その髪はどうしました?」

朝食を並べる涼の髪は、腰ほどまであったのが肩よりも短く切りそろえられていた。

「いえ……昨夜のことから、髪が長いとああいう事態もあるのだなと思いまして……もう少し武芸が身に着くまではこのくらいにそろえておこうかと……変じゃないですか?宮司様」

「短いのもよく似合っていますよ。」

そう聞いて涼は安心したように微笑んだ。

温かいご飯、少し薄味のお味噌汁。

そんないつもの朝食風景に箸を進めながら、宮司はふと、口を開いた。

「そういえば涼、昨日のことですが、よく一人で行きましたね。」

え?と首をかしげる涼に、宮司は気まずそうに頬を掻いた。

「今までよりずいぶん多い数でしたから、私としては冗談だったのですが、本当に一人で戦ってしまうんですから大したものです。」

涼の表情が「怪訝」から「無表情」、そして「怒り」に変わる。この間一秒。

次から4人以上のときは私も手伝いますねと言う前に涼が茶卓の下で宮司の足を蹴飛ばした。

あたっ!という宮司をジトッとにらんで涼は何食わぬ顔で朝食を食む。

拗ねてしまった涼を宮司は困ったように笑った。

「涼」

箸を置き、しっかりと娘を見て。真剣な雰囲気を感じ取り、涼もそれに倣った。

「あなたは助けを求めるのが苦手な子ですから、無理だ、と思ったら素直に助けを求めるようにしましょう?…すくなくとも、あなたは一人ではないのですから。」

それはこれから先にも言えること。そういう宮司に、涼は、…はい、と答えた。

 

 

 

 

その後も修練を日々の合間に積んだが、髪は短いほうが楽と気付いてしまってからなんとなく機会を逃し、短いままにしている。

「涼ちゃん?」

「え?…あ、すみません、髪の話でしたね。いろいろあって危なかったので切ってしまったんです。それからそのままにしています」

「失恋にゃ!?」

「違います」

きっぱりと言い切り、音澄のネタ帳を閉じさせる。

なんとなくいろいろの内容が危険なものであったのを察したらしい鶯花からは労わるような目線を感じた。

結い上げた企鵝の髪を少し懐かしそうに撫で、涼は炬燵と親しい人に囲まれた空間から、ぬくもりを受け取っていた。

 

 

説明
涼が巫女さんなのに髪が短い訳について。チャットで少し話題になりましたので、その時にいた方たちをお借りしております。(熊染さんはすみません、絡ませられませんでした)
過去話に近い上に宮司様が出張っておりますので、お暇な方、よろしければのぞいてやってください。

登場するここのつ者 黄詠鶯花 音澄寧子 魚住涼 
登場するいつわりびと 企鵝
ちなみに宮司様の使っている武器は棒手裏剣のイメージ。
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