椅子
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30

 

椅子が、有った。

一月の間、ひたすら歩いて、歩いて、歩いていくと、

荒野の真ん中にぽつんと一脚。

しかも、遠目に見てももの凄く立派だ。

 

正直、座りたい。

この一月ただひたすらに歩き続け、足は棒のよう、を通り越して、感覚が無い。

 

その時、鳥が啼いた。

 

反射的にそれを見上げると、

空から影を落とすそれはクルクルと上空を二度廻り、

あっという間に、遠くの山の方へ飛んでいった。

 

(何も落とさないのか)

 

ゆっくりと歩み、再度椅子に目を戻すと、おや、クッションの上にキラリと光る何かが有る。

先ほどは確かに無かったはずだから、鳥が運んできたのだろうか。

 

そういえば、鳥の足の何かがキラリと光っていた気もするが、

いや、気のせいだろう。

そんなに私は目は良くない。

とりあえず、ゆるゆると近づいて行くと、

その物体の正体がしだいに解ってきた。

 

板だ。

磨き抜かれ、昼の直射日光を反射する。

例の、金属板。

 

もうすぐそこまで近づく。

 

早く椅子に座りたい。

 

そしてその金属板には

 

"座れば戻れます"と。

 

 

 

 

15

日目

 

毎日の歩行に、足は棒のようだった。

鈍痛を引き起こして"それ"は感覚が麻痺しはじめている。

 

毎回食事時には鳥が現れ、食料を呉れるので腹具合は大丈夫なものの、

当然足の苦痛が治る訳もなく。

 

惰性

 

それだけで私は前へ前へと足を動かした。

 

月明かりで不思議と明るい森をざくざくと進んでいくと、

なんだかいろいろなことが思い出された。

 

  でも  明確には何も思い出せなくて

 

ぐにゃぐにゃとした、感覚にならない思い出が脳をよぎる。

すべてはこの森の雰囲気のせいだ。

 

気が狂いそうだ。

もう狂っているのかもしれない。

 

跳ねる息の中に苦痛のうめきを混ぜながら、さらに足を前に進め、

緩やかな上り坂になった道を上りきり、その向うを見ると

 

荒野が広がっていた。

 

旅はまだ終わらない。

 

そう確信したところで、

月に浮かび上がるその寂しげな光景に心を砕かれ、

今夜はここで休むことにした。

 

ぽとり

 

鳥も、食料を落としてくれたようだ。

 

 

 

 

初日

 

朝になり、目を覚ますと、

目の前には、抜けるような空と草原とが広がっていた。

 

「へ?」

 

私は昨日、家で寝たはずだし、お酒によって不覚になったこともこれまで無い。

なのに、何故、こんな場所に居るのだろう。

悪戯?

どっきり?

夢遊病?

しかし、そんな奇抜なことが無い事は寝ぼけていても解っていた。

 

吐き気すら催す混乱をひとまず、どうにか必死で押さえ込み、

首を回して見てみれば、見渡す限りの草原が、三百六十度周りに広がってる事に気がついた。

…そして今頃になって、自分がなぜか普段着を着て、運動靴を履いて、

安っぽい椅子に、背もたれも付いていないスツールに座っていることに気が付いた。

 

草原と、椅子と、私と。

私は、おかしな戯画の主人公だった。

 

おかしすぎて笑えない状況に再度呆然とする。

そんな時、どれだけ経った頃か、何かがぽとりと足元に落ちてきた。

同時に響いた鳴き声に顔を上げると、種類は解らないが、

鳥が飛んでいる。

あれが落としたのだろうか?

 

 

そこには、

"歩け"とだけ刻まれ、

朝のぼんやりとした水色の空に、鳥はくるくるくるりと、くるくるくるりと。

 

 

 

 

椅子が、有った。

金属板を手に持ち、じいっと椅子を見る。

クラシックチェアと言うのだろうか、

花の、落ち着いた柄が全体に施され、柔らかさは見ただけで伝わってくる。

まろやかにカーブを描く肘置きも、最高に違いない。

勢いよく座ってしまいたいが、

金属板に書いてある"戻れる"というのは、どこへなのだろう。

まさか、また最初から歩き直すのだろうか?

 

それだけは、嫌だ。

絶対に避けたい。

 

そう思いながら、何ともなしに椅子の周りをくるりとゆっくり歩く。

 

座りたい。

 

しかし、戻されてこの旅程を歩きたくはない。

が、しかし、しかし、

何周目かを回るときには、体は引き寄せられる様に、吸い込まれるように。

 

ぼふりとクッションは私の体重を受けとめ、

最高の安楽は、体と頭を通り抜けて意識を奪い。

白い光がはじけて…

 

 

 

 

「マヤ!おきろ!」

ぱっ、と音がするほど激しく私は目を開き、同様に跳ね起きてまわりを見回す。

布団で寝ている。

そこには、紛れもなく、私の恋人のカツヤが居て、

その向こうには、見慣れた、でもものすごく懐かしい、部屋の景色があった。

「寝ぼけてる?大丈夫か?」

ボンヤリと部屋を見回すと、カツヤはぶっきらぼうにそう言う。

帰ってきた、戻ってきた。

 

未だ不思議そうに私の方を向くカツヤに向かって、

「ただいま!」

私は、一月ぶりの笑顔と涙とカツヤへのボディーブローを繰り出した。

 

 

 

 

「なんだ、いつもどおりか。」

チョップが刺さった。

 

おわり

 

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