リセットマラソン |
俺は「今」の人生が嫌で嫌で仕方がなかった。
特段何か悪い事をしでかしたとか、そういうわけではない。
ただただ、不遇なのだ。不幸と言ってもいい。全てにおいて、運がないように感じる。負の連鎖ばかりが止まらず、失敗に失敗を重ね、何も生み出すこともなく、ギリギリのところで生き繋いでいる。それが現状だった。
楽しむといった感情が、どこかへ消えてしまった気がする。どこで間違えてしまったのか、一体何がいけなくて、こんな目にあっているのか。
俺が何かしたのか? そう問いたいが、答えてくれる相手がいない。そういった理不尽さに対するフラストレーションは、今に始まったことではなく。昔からあったような気がする。
恋人でもいれば違ったのだろうか。いや、そんなことは重要ではないのだ。結局、誰からも愛されることもなく、機会もなく、今を生きているという事はそういう事なのだろう。
誰かのせいにするのは簡単だとか、お前の頑張りが足りないだけだと人は言うが、それは努力で変わることに嘆いている場合だけだ。
運命は、変えられない。何をやっても上手くいかないのは、星のめぐりあわせが悪いとか、生まれが悪い、時代が悪いと様々な理由をつけることが出来た。
それがかえって、説得力を持ってしまう。ただ、運がなかった。そう、運がなかっただけなのだ。
だから、俺は決心した、自殺しようと。
転生、つまり死んだ人間は生まれ変わる。
来世で確実に人間に生まれる可能性はないが、その時はまた死んでやり直せばいいのだ。自分に合う時代が、生まれが出るまで何度でもやり直せばいい。
ああ、何でこんな簡単な事に俺は今まで気が付かなかったのだろうか。少なくとも、今をこうして生き抜いていくよりよほど効率が言い様に思える。早計ではない、むしろここまで良く堪えたものだ。
決心してからの行動は、我ながら恐ろしく迅速だった。思い立った次の日の朝には、もうビルの屋上に立っていた。
いざこうして、高い所に来てみると、不思議と重圧のようなものを感じる。高さにしておよそ二〇メートル弱だろうか、眼下には行き交う人々が点々としている。
マンションの屋上というのも案外高さがあるもので、こうしてこの場に立つまではそんな事を思いもしなかった。そもそも、事故防止の為に置かれているフェンスの外側になど、これまで立った事がないのだが。
自然と、脚がすくむ。今、一歩でも踏み出せば、落下死する。死にたいとは思っていても、人間の本能が、自身を生かそうと葛藤しているのだろう。飛び降りるまでの恐怖との戦いが投身自殺の難易度と聞く。飛び降りてしまえば、落下中は恐怖が快感に変わっているのだとか何とか。
本当に、そうなのだろうか。ここまで来て、すこしたじろぐ。
他にも自殺方法はないかと模索したが、他の方法では何より手間がかかった。準備に時間をかけたくはなかった。とにかく早く、今の人生、現状から抜け出したかった。
波打つ心臓の鼓動から、生を嫌というほど感じる。熱い血液が、体を流れている感覚を嫌でも感じる。もう、この体ともおさらばだと言うのに、心と身体では思っている事がこうも違うのだろうか。 いや、思い通りにいかないのは自身の体もなのだと、今になって納得する。この身体も駄目なのだと。
段々と、恐怖は快感へと変わりつつあった。もうすぐ、この嫌な現世から解放される。そう思うと、自然と顔に笑みが浮かぶ。ゾクゾクする。
思い切り深呼吸をして、眼前を睨みつける。まっさらな空の清々しさが、転生への旅立ちの良き日にさえ思えてくる。
そして、両足をそろえて一歩前にジャンプをする。途端にふっと体が軽くなったかと思うと、重力に引っ張られて落下する感覚へと変わる。景色がスローモーションになって、上から下へと流れる。こうして、いざ飛び降りると、することもない。アドレナリンが見せるであろう、このスローモーションの世界を土産に俺は死ぬのだ。
ああ、何とあっけない。俺はこんなことの為にうじうじと悩んでいたのか。グッバイ現世、また会う日まで!
そんな様子を、天上世界から見守っていた神様は頭を抱えた。
「どうしてこうなった……」
そんな事をつぶやきながら一人うなだれていると、奥の方から側近の天使が現れた。
「どうしました、神様?」
声をかけられた神様は顔を上げ、深いため息をついた。
「ああ、最近の若い者は命を投げ捨ててばかりだとな。しかも、理由がまた理由で……」
「はあ、まあそんなことはいいじゃないですか。星の数ほどいる人間のたかが一人が死んだくらいほうっておけば」
縫い付けられたかのような笑顔で、天使は天使らしからぬ毒を吐く。
「いや、今回は残念ながらそうもいかんのでな」
「へー、神様にもやっぱり色々あるんですね」
無関心にそう言い残し、天使は再び奥の方へと消えて行った。
「まあ、一度痛い目を見てもらった方が、クスリにはなるじゃろう――」
そう言って、神様も姿を消しました。
とある少年が銃を持ち、壁を背に身を潜めていた。齢はまだ十にも満たない幼い顔立ちだが、その目に生気は感じられなかった。周りでは、耳をつんざく爆音と銃声が、絶え間なく響き渡っている。
紛争、と呼ばれる類のものだ。年端もいかない子どもながら、こうして戦場の真っただ中にいる。別に彼が特別だったからというわけではない。無差別に、使えそうな子供たちを選んでは銃を持たせ、戦わせているのだ。
自分がやらなければ、こちらがやられる。戦場では敵味方の区別なく、大勢の血が流れた。少なくとも、数人は彼が手にかけた。力のない子供でも、相応の武器を手にすれば、それなりの戦力となる。相手に照準を合わせて引き金を引く、簡単な事だ。特にこれといって訓練もいらない。弾の装填が出来なければ捨て石とすればいい。いや、それが出来たとしても捨て石でしかない。子どもを戦力として投入している時点で、戦況は変わらず、勝ち目などないのだ。彼自身、何のためにこんなことをしているのかさえ、よく分からなくなってくる。
ただ、彼が少しでも生き続けるためには、戦うしかなかった。
銃声が一段落するのを見計らって、彼は壁から飛び出す。辺りに転がっている死体に躓かないよう気を付けながら、前傾姿勢広場を駆ける。
しかし、それがいけなかった。彼がもう少し慎重に死体を見ていれば、避けられた事かも知れなかった。
そこは既に地雷原だった。銃撃戦を交わしていた広場は、敵の地雷が大量に仕掛けられていたのだ。死体を避けた事が仇となって、彼はあっさりと地雷を踏み抜いてしまう。
一瞬の閃光の後、激しい爆発音がしたかと思うと、彼の体は何mも高く宙を舞っていた。そのまま受け身も取れず、広場に転がる。その時には既に、彼の意識はなかった。
それから、どれくらい経っただろうか。彼が目を醒ました時には、空は暗くなっており、既に夜になっていた。
「あああああああああ!!」
意識が戻り、今まで感じたことのない強烈な痛みに彼は絶叫する。
恐る恐る彼が足の方を見ると、そこに両足はなかった。地雷を踏んだことにより、両脚を失ってしまったのだ。ちぎれたと言わんばかりの傷口からは、すでに乾いたであろう赤黒い彼の血が地面に広がっていた。彼が体に力を入れようにも、全身の痛みも相まって力が入らない。仮に入ったとしても、この足では這っていくのも叶わないだろう。
実に、あっけない。こんな所で自分は死んでしまうのか。そう、彼は思った。
この時期の夜はひどく冷える。一晩こんなところにいては、負傷うんぬんを問わず、間違いなく凍死するだろう。
冷たい夜風が容赦なく傷口に吹き付ける。傷に染みて、鈍い痛みが増していく。
こんなじわじわ迫りくると死を待つしかないくらいなら、いっそのこと一思いに殺してくれ。そう思い、彼は辺りを見渡すが、手の届く範囲に銃や武器は見当たらない。
諦めたかのように、すべてを投げ出すようにして、彼はただただ空を見上げ、自分の一生を振り返る。
一体、自分は何の為に生まれてきたのだろうか。自我が芽生えた時には、既に銃を手にしていた気がする。自分が生きる為に敵を殺したというわけでもないだろう。誰に言われていたことだったとか、そういった事を考えるには幼く、気が付いた時には既に後戻りできなかった。今の彼と同じで、無力だった。
本当に、何の為に生まれてきたのだろうか。こうして意味も見いだせずに死を待つしかないのか。周りに転がっている死体と区別もなく。ただ、死ぬ。
痛い、寒い、苦しい。ああ、本当に自分とは何だったのだろうか――。
彼の問いに答えるものはいない。
気が付くと俺……いや、私はベットで横になっていた。染みひとつない天井は近未来的で、その天井に見覚えはなかった。何か考え事をしていたような気がしたが、直後に聞こえてきた怒鳴り声に思考は中断する。
「どうしてこんな結果になってしまうんだ!」
それは男の声だった。私が声のした方へ顔を向けようとしたが、思うように体を動かすことが出来なかった。声を発しようにも、あーだの、うーだの言うばかりで、言葉を話すことが出来ない。一体どうしたものかと、自身の手を見ると、それはまるで赤ん坊の手だった。小さくてしわが多い、おぼつかないながらも私の意志で動かせる。いや、赤ん坊の手で間違っていない。
そうだ、私は赤ん坊だった。どうしてそんなことを忘れていたのだろうか。今、何故このような思考が出来るのかは分からない。一体、何がどうなっているのだろうか。そんな私をよそに、また声が聞こえてくる。
「私だってこんな事になるなんて思ってもいなかったわ! 先生も、装置も完璧だと言っていたのに、どうして……どうしてこんな出来損ないが!」
今度は女の声だった。
「これは何かの間違いだ! 優秀な遺伝子を持つ僕と君の子がこんな出来損ないだなんてありえない。何が、一体何がいけなかったというのだ……」
それから二人のやり取りが何度か続いたが、上手く聞き取ることが出来なかった。
その後、何か大きな一声が聞こえた後、急に静かになった。何事だろうと思っても、体を動かすことが叶わず、ベッドで手足をばたばたするしかなかった。
直後、二人分の足音が聞こえたかと思うと、私を覗き込む二人の顔があった。一人は男性、もうひとりは女性。先ほどの口論を繰り広げていたのはこの二人で間違いないのだろうが、こちらを見る二人の笑顔はひどく不自然なものだった。
「そうよね、そうよ……。あなたなんてものがいるのがいけなかったのよ」
淡々と語る女性の手には包丁が光る。初めて見るものだとか、そういった事は関係なく、この後自分がどうなってしまうのかと言う事を私は悟ってしまった。
「そうだ、お前みたいな疫病神は一日でも早く殺さねばならない! お前みたいなやつを子供に設けてしまったかと思うと虫唾が走る!」
「ええ、だから今からこうして、ねっ!」
そう言って、女性は容赦なく私に包丁を振りおろした。避けることも叶わず、なすすべもなく刺される。胸のあたりに鋭い痛みが走り、泣き叫ぶ。体を貫通した包丁を勢いよく引き抜かれ、そこから血が吹き出す。自分の血のシャワーを浴びるようにしながら、私は命が尽きる瞬間まで、何度も何度も包丁で貫かれた。
私が、何か悪いことをしたのだろうか。そんな疑問も解消されぬまま、私の一生は終わった。
「うわああああああああああ!!」
ひどい夢から跳び起きるようにして俺は目を醒ました。気が付くと、何もない真っ暗な空間でふわふわと宙を漂っている。寝汗を大量にかいたような、気持ち悪い気分だ。
何だか妙な夢を見ていたような気がするが、思い出すことが出来ない。
ここは一体どこだろうか、まだ夢を見ているのだろうか。
そんな疑問を抱いていると、突然目の前に白く輝く老人が出現した。
「あ、あんた誰だ? そもそもここは一体どこなんだ?」
あまりに突然の事に驚きながらも、俺はそう言った。
「まあ、落ち着け。まずは、自分が何者か思い出してみろ」
自分が何者かだって? ……おかしい、何も思い出すことが出来ない。
「どうやら混乱しているようじゃな。お前さんの名はスズキ タカシ。ビルの屋上から飛び降り自殺を図った者じゃ」
飛び降り自殺? その言葉を聞いて、急に意識が覚醒する。
「ああ、思い出した。……そうか、つまりここは死後の世界ってことか?」
「まあ、当たらずも遠からずと言ったところかの。して、なしてお前さんは自殺なんてしようとしたんじゃ?」
「それは決まってる! 人生をやり直すためだ。あんな不遇な所じゃ、やってられない。チャンスすらなかった」
それを聞いた老人は小さくため息をついた。
「はぁ……。お前さん、ゲーム好きじゃったな」
「ええ、まあ」
「強くてニューゲームとか、クリア特典って言えば伝わるかの。お前さんのやった事はゲームがクリア出来なくて難しいから、他のゲームをやりたいと言っているようなものなんじゃ」
言ってることがさっぱり分からない。そもそも、あんた誰なんだよ。
「わしか? わしは神様じゃよ」
あまりにも突然の事に俺は言葉を失った。目の前にいるこのひょうきんなじいさんが神様だとは到底思えない。というよりも、今このじいさん、俺の心を読んだのか?
「それくらい造作もない。何てったって、わし神様じゃし」
なるほど、つまりはここが死後の世界ってのもまんざら嘘じゃないのか。
「さて、話を戻そう。確かに、お前さんの思うように転生する、という見方で間違ってはいないのが世の真理じゃ」
それを聞いて俺は喜んだ。自分のしたことの正しさが証明された気がして。
「じゃ、じゃあ今すぐ俺を転生させてくれよ! その為にさっきまでの人生辞めてきたんだからよ」
「お前さん、さっきの話聞いとったか?」
「は?」
「お前さんはいわば人生をドロップアウトした奴なんじゃよ。諦めて、もう無理だーってすべてを投げ出した人間なんじゃよ。それが今更転生させろだなんて、おこがましいにも程があるじゃろ」
「ち、違う! 俺はそんな風に悲観的に死んだわけじゃない」
それを聞いた神様はため息をついた。
「一緒じゃよ。結局は寿命も運命を全うせず、安易に自殺何かに走ったという結果は変わらん。たとえお前さんが何を思って自殺したとしても、自殺者という見方に変化はない」
「じゃあ、何だってんだよ。自殺しちまったら、もうそれでゲームオーバーなのかよ……」
「いや、転生自体は出来る」
何だよ、驚かすなよ。俺は内心で軽く胸をなでおろした。
「しかしな」
そう言って、神様はどこからともなく杖を出現させ、俺に振りかざした。光の粉のようなものが霧散し、俺にかかる。直後、俺の頭の中に、ある記憶が流れ込んできた。
紛争で両足を失う少年、劣勢遺伝子と称され母親に何度も包丁で刺される赤子。それだけに限らず、奴隷のような仕打ち、拷問、処刑等、ありとあらゆる苦痛と死をいっぺんに詰め込まれた記憶が流れ込んでくる。それは、他者ではなく、間違いなく「俺」が経験したものとして蘇る。
最早声を出すことも出来なかった。痛みや苦痛で叫びたいくらいだったが、それすら叶わぬほどの鈍痛に襲われる。全身をバラバラに引き裂かれ、むき出しの神経を焼かれるような感覚だった。
「苦しかろう。これが、お前さんの望んだ転生の末路じゃ」
何を言っているのか分からなかった。いや、分かりたくなかった。もう既に、自分でどういうことなのかを理解してしまったからだ。
神様が再び杖を振ると、光の粉が払われ、全身の痛みが嘘のように消える。
「はぁ、はぁ……」
荒れる呼吸を何とか整えながら、俺は神様に自分が思ったことを告げる。
「つまり、これは俺が何度も転生して経験してきたことだってことか」
神様は静かに頷く。
「そうじゃ。お前さんは先ほどまで、その苦しい末路を経験してきたのじゃ。言わば、罰みたいなものじゃ。安易なリセットは、人生に通用しない。ましてや、生まれ変わりにかけて死ぬなんてもっての他じゃ。……少しは身に染みたか?」
返す言葉もなかった。あまりにも自分がみじめで、先ほど感じた苦痛の人生がこれからも続いていくのかと思うと、もう絶望しかなかった。
たった一度、転生に夢を見て人生を投げ出したばっかりに。俺はもう、あの時の面白味もないが、五体満足で恵まれた環境に戻ることが出来ないのだ。
「あ、ああ……」
何もない空間に、膝から崩れ落ちる。悔やんでも悔やみきれなくて、顔を抑えながら俺は泣いた。いままでに、これほど涙を流したことがあっただろうか。嗚咽だけではおさまらず、泣き叫んだ。拷問や苦痛で流した涙よりも、今の方が多い気がする。
「わぁああぁあああぁああああ!!」
やり場のない気持ちを抑える為に、そのまましばらく泣き叫び続けた。
それから、どれくらい時間が経っただろうか。精神的にも泣きつかれた俺はぐったりとうなだれた。虚ろな目で神様を見上げると、ひどく哀しい顔をしていた。
「もう、いっそ消してくれ……」
それは懇願だった。
「なあ、もう俺なんて生きていたって仕方がないんだ。姿かたち、生まれが変わったって、こんな魂じゃ結果は同じなんだよ!」
すがるように、神様の足元を掴む。
「もう、高望みなんてしない。もうたくさんだ。生きていても、死んでも辛い事ばかりだ。もう、消えて楽になりたいでし……お願いします……神様……」
少し間をおいて、神様は答えた。
「それが、お前さんの本当の望みなのか?」
「え?」
「さっきお前さんはこう思ったはずじゃ、本来恵まれていたあの頃の環境、つまりスズキ タカシだったころに戻りたいとな」
確かに、俺はそう思った。でも、それは結局のところ甘く、おこがましいわけで――。
「いや、いいんじゃよ。誰だって、失敗はする。わしじゃって、人間の時は似たような事をしたもんじゃ」
「人間……だった?」
「強くてニューゲームと言ったじゃろ? そして転生の仕組みも間違っていない。まあ、突き詰めたところ、人生の周回ボーナスとでもいった所かのう。全うに生きぬいた者には、それ相応のボーナスが与えられるのじゃよ」
そう言って、神様は得意げに杖を振り回した。
「その究極系がわしのような神になれる、と」
にかっと笑う神様の顔を見て、俺は何だか力が抜けた。神通力の類がそうさせたのか、ただ単に笑顔の持つ力なのかは分からないが、一旦落ち着くことが出来た。苦痛の記憶が消えたわけではないが、それなりに話が出来るほどには回復した。神様の冗談ってのはまたすごいものだ。
「いやいや、冗談なんかじゃない。わしこう見えて人生二〇〇〇〇くらいは周回しとるし」
「に、二〇〇〇〇!?」
「まあ、その辺りは冗談かも知れんがな」
そう言って神様は高笑いした。この神様は本当に読めない。
「ともかく、そういう事じゃから、お前さんも周回頑張ってみい」
そう言って、また杖から光の粉を霧散させる。
「ちょ、ちょっと待ってください。それって、またあの苦しい日々を何度も経験しろって――」
「そうじゃな、まあ人生そんなに甘くはないんじゃ」
ひどい。最後の最期でそれかよ……。
光の粉をかけられた俺は、その場から落下していった。その場を漂っていたはずだったが、浮遊感がふっと消え、急に重力に引っ張られている感覚がした。まるで、あの時の落下している時のように――。
どんどんと遠ざかっていく神様を力なく見ていると、背中に強い衝撃が伝わり、俺の意識はそこで途切れた。
「――あああああああああああ!!」
叫びながら目を醒ますと、目の前に母親の姿があった。間違いなく、スズキ タカシとしての俺の母ちゃんだった。
「た、タカシ!」
そう言って、ベッドの上にいる俺に母ちゃんが抱き着く。
「があっ!」
直後、全身を電流のような痛みが走り、そのままベッドに倒れ込む。激痛に身もだえしていると、母ちゃんのビンタを喰らった。往復で三発、全身の痛みに相まって、頬がじんじんと痛む。
「馬鹿! こんな馬鹿みたいな真似して、生きていたからよかったものを、本当に……」
そう言うと、母ちゃんは震えながら泣き始めた。
「……ごめん。ごめんな母ちゃん」
俺も内側からこみ上げる感情を抑えきれず、年甲斐にもなく、わんわんと泣いた。
あの後分かったことなのだが、ビルの屋上から落下した俺はすぐさま病院に運ばれ命を取りとめたらしい。しかし、現実的にとても助かる高さではなかったらしく、まさに奇跡としか言いようがなかったらしい。
しかし、その代償は大きく、頻繁に引き起こされる頭痛やめまい、左腕が動かなくなってしまったといった手痛い後遺症が残ってしまったが、今こうして俺は生きている。ペナルティーは負ってしまったが、今ではむしろ学べて良かったとすら思える。あの神様との会話も夢やまぼろしの類ではなかったのだろう。今でも、その記憶は残っている。苦痛の感触はぼんやりとしているが、それだけはしっかりと頭に刻み込まれている。
これもあの神様の粋な計らいなのだろうか。そうでなくとも、そう考えるだけで、今日もまた楽しく生きていけそうな気がした。
ありがとう神様、俺にまたチャンスをくれて。空を見上げながら心の中でそうつぶやくと、俺は再び仕事へと戻った。
世の中、拾う神もいるもんだな。
「ところで神様、何であの人間を助けたり何かしたんですか?」
「ああ、あやつか。あやつは後に神になる器じゃよ」
「ええー、あんなやつにそんな価値あるんですか?」
「まあ、資質がそれなりにあったというだけかも知れんがな。ただ――」
「ただ?」
「わしより出来が悪い分、わしより一〇〇〇〇〇回くらい周回しないと駄目かも知れんがな」
楽しそうな神様の笑い声が、天上世界に大きく響いた。
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こういう世界観だったら、現実も面白かったりするのかも知れませんね(苦笑) | ||
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