ミラーズウィザーズ第二章「伝説の魔女」04 |
「私も空が飛べたらなぁ」
エディは悲願を呟く。
魔法使いの代名詞、箒(ほうき)による『飛翔』の魔法。もちろんエディは使えない。
欧州では空を行く魔法使いの姿は珍しくない。ここニルバストは魔道技術開発の最前線。その傾向は更に強く、坂を下りるエディの視界にも遙か遠く、街の上空に人影だろう点影が行き交っている。近眼のエディにはぼやけて見える様が余計に恨めしげだった。
羨望の眼差しを送っていたと自身で気付き、エディは一人苦笑した。
「どんなに良い箒が開発されたって、私じゃ乗れないんだ……。情けないな」
世には学内序列二位のジェル・レインのように箒なしで空を翔てみせる者もいるというのに、エディはその足下にも及ばないどころの話ではない。
いつもマリーナから指摘される後ろ向きな考えが付きまとうのを振り払うかのごとく、エディは両手で自分の頬を軽くはたいた。
「よし、今日は買い出し! 今はそれだけ! 他のことは考えない」
そう無理矢理に言葉にするところが強がりだった。
「エディ」
背後から聞き覚えのある呼び声がして、どきりと肩を揺らした。今の独り言が知り合いに聞かれたかと思うと顔が紅潮する。出来るだけ冷静を装ってエディは声を方に目を向けた。
「あれ? ローズもお出かけ?」
声をかけてきたのはローズ・マリーフィッシュだった。先程講堂で一緒だった彼女が一人寂しげに道端に立っていた。
「ええ、私も買い出し」
とローズ。彼女は学園外に出るのにわざわざ着替えたのか、黒の魔道衣ではなく少女趣味の可愛げな私服を着ていた。元々身長も低いローズである。そんな服を着ていれば初等学校にでも通う子供に見えてしまう。
「へ〜。ローズって今日講義とってなかったけ?」
「自主休講。私はあなたほど真面目じゃないから」
「ふ〜ん、でもどうしたのこんな所で? バスに乗らないの?」
「あなたを待っていた以外にあると思う? エディがバスに乗らないのぐらい知ってる」
「ははは。ありがと。でもローズが私を待ってるなんて珍しいから」
「そうね。これはいつもマリーナの役目」
「……うん」
エディの相づちは少し不機嫌だった。ローズにマリーナと常に共にいると思われていることが何となく癪(しゃく)だった。まるでエディ一人では何も出来ないと言われているような、そんな被害妄想が無意識に働いた。
だから返す言葉が見付からなかったが、それに対してローズはエディの顔を覗き込んで
「エディ。マリーナ抜きじゃ嫌? 私と二人だと?」
と感情の読めない抑揚のない声で聞いてきた。
「えっ! う、うん、いや、あの。嫌じゃないよ」
なぜだがエディの脳裏にまたマリーナの顔が過ぎった。そこまでマリーナにべったりな自分にエディは苦笑い。
「そういえばローズと二人っきりなんて初めてかも」
「そうね」
いつもの淡々とした口調でローズは肯定する。でも、なぜだがその短い言葉が心強かった。
「あ〜、こういうことだったんだぁ……」
手で顔を押さえて、エディは少し自分の判断を後悔していた。
ローズと共に買い出しを始め、もうかれこれ二時間になる。親しい友人なのにマリーナがどうしてローズとは買い出しに行かないでいたのか、その短い時間でも充分に理由を体験することが出来た。
「何か言った?」
エディの独り言を聞きつけて、ローズが閉じられていたカーテンから顔を覗かせた。
「うんん。なんでもない……」
なんでもないこともないのだが、ここまで来てどうすることも出来はしない。
そこはニルバストの表通りにある小綺麗な洋服店。それももう三件目だ。ローズに誘われて一緒に来たのはいいものの。完全に彼女の服選びのお供をさせられていた。
(自分の相手をさせる生贄が欲しかっただけなのか。ローズも結構……)
何着もの服を試着してもなお、まだローズは満足してなかった。今もなお数着の洋服を持ち込んで試着室にこもっている。既に試着が終わった服はエディの両手の中、一体何着買う気なのだろうか。
落ち着いた店内。他に客はおらず、エディ達が騒がしく試着室を占拠する以外は表通りを闊歩する人々の喧噪だけが流れていた。色とりどりの洋服が用意されているがエディの目にも明らかに大人向けと呼べる服は見当たらず、どれもこれも愛玩人形に着せるようなものばかり。
「ローズの魔道衣、無意味にフリフリが付いてるのって、こういう趣味ってことだったんだ。わかってたつもりだけど、わかってなかったというかなんというか……」
両手に愛らしい子供が着るようなの明るい色遣いの服を持たされたエディは半笑い。
「やっとですか? それは認識が遅かったですね。私はあんな真っ黒な服、着たくないんです」
その真っ黒な魔道衣から解放されてか、いつも暗を帯びているローズの口調も、何やら楽しげな響きをもってカーテン越しに聞こえてくる。
「ローズって、本当に可愛い服が好きなんだ」
「好き嫌いの問題じゃないんです。折角パリ流れの服がこの街にもあるんですから、あんなダサい服に袖を通す気はありませんよ」
(それでよく魔法学園の生徒なんかしてるよねぇ)
エディが持たされている服はあまりにも可愛らし過ぎる。エディにしてみれば恥ずかしくて着ている自分を想像することも出来ない趣味である。
(私はこの黒の魔道衣、結構好きなんだよね)
だからこそ、魔道衣にマリーナが耐魔付与をしてくれると言ったときも、見た目は元のままにしてもらったのだ。黒は落ち着く色だ。全てを吸い込み受け止める色は、エディにしてみれば偉大な母性さえ感じされる力強さの象徴だった。
勢いよく音を鳴らしてカーテンが開く。
「これどうです? 私としては今日一番かと」
柄にもなくエディの目の前でくるりとターンして見せたローズ。
肩口から袖にかけて透けた白のレースがあしらわれ、スカートにはピンクのフリルが一面に仕立てられていた。愛らしさの中にも上品さも窺え、洋裁に疎いエディにもわかる清楚なワンピースだった。背の低いローズの容姿も相まって、少し子供っぽくはあるが、確かによく似合っているようにも思う。
「い、いいんじゃない?」
「ですね。このラッセルレース、なかなか趣味がいいと思いませんか?」
(いや、私にはわかんないって。……どうせ学園に帰ったら魔道衣着るんだし。でもローズの魔道衣のフリルって、自分で改造しているんだろうなぁ、面倒臭くないのかな?)
年頃の女性としてそれではいけないとは思いつつ、田舎から出て来てそのまま魔法学園に編入したエディには、女性らしい服とは無縁の人生を過ごしてきた。だからエディには「可愛らしい服」という概念がさっぱりわからなかった。
(普通の魔道衣の方が耐久性もいいし、黒いから汚れても目立たないから楽だと思うんだけ)
と、そんな見当違いな意見が浮かぶほど。
エディは大きな息を吐いた。慣れない洋服店で少し疲れてしまった。
「店員さん。これ頂くわ」
ローズの呼び掛けに、少し離れた場所で控えていた店員が足早に寄ってきた。
「大変良くお似合いですよ。他の服は如何致しましょう?」
「ええ、もちろん全部頂きます」
(えっ、全部!)
エディの両手には持てないほどの服の数。それに、この店に来る前に既に同じような店で靴やら帽子やら、既に大量に買っているのだ。
「左様で、お客様はよろしいのですか?」
聞かれたエディは意外だったのか、間抜けに服を持たされた手で自身を指差した。
「えっ、私? 私はいいですよ。あんまり興味ないし」
「そう、ですか。……先程も外から店を覗かれてましたし、何かお気に召した物がおありなのかと……。わかりました。それではお客様、あちらでお会計を」
「エディ、服ありがとう」
と、ローズはエディが持っていた服の数々を持って、店員とともに会計に向かった。
ローズの学生の身に似つかわしくないあまりの買い物ぶりに呆けるエディ。ただ彼女の脳裏に疑問が浮かぶ。
(ん? 私が店を覗いていた? あの人何言って……?)
ちらりと店先の大きな窓の方を振り返るエディ。ガラス越しに、誰かが店内を覗いている。そんな気配がしないこともなかったが、今は誰もいない。表通りを行き交う人影が見えるだけ。
(私、ローズに連れられて来ただけで、そんな物欲しそうに覗いてなんかいないよ)
店内を見回しても欲しい服なんてない。エディが欲しいのは魔法使いとしての実力だけだ。今はそれしか考えられない。魔法使いになりたいという夢と自分には才能のないという現実の狭間。今、エディは他のことを考える余裕はない。
「エディ、行くよ」
「え、あっ、うん」
いつの間にか会計を終えていたローズは、既に店の出口で待っていた。慌ててエディは追いかける。
「なかなかいい買い物でした」
店から出て、ローズの開口一番がそれだ。エディも苦笑いをするしかない。
「いい買い物って、ちょっとお金使いすぎじゃ……」
「いいんです。故郷(くに)から送ってきたお金。こんな所に閉じ込められて、他に使い道もないから」
「こんなところって」
エディは言葉に詰まった。山田舎から出て来たお上りのエディはあまり感じないが、確かに学園内ではそういう話をよく聞く。
バストロ学園の生徒は里帰り以外にニルバストから出て行くことはまずない。生活の全ては学園内で完結し、今のエディのようにたまに街に下りて買い物をするぐらいである。確かに閉じ込められているという感覚を持つのも頷(うなず)ける。
加えて教育養成機関である学園内に娯楽はほとんどないと言っても過言ではない。唯一学内で刺激的なことといえば、生徒達自身が身につけた魔法でその身を削り合う模擬戦ぐらいなもの。
だからだろうか、自らが戦うのは好まないが、他人の模擬戦を観戦するのを楽しみにしているという好き者もいる。
そういう意味ではローズが学園生活で楽しみとしているのがこの洋服買いなのだろう。彼女の拠り所を安易に否定するのは気が引けた。
説明 | ||
魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。 その第二章の04 |
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