E、入学/続く心労
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(あれから鍛錬は欠かさず続けてる。翔太郎さんの代わりに依頼も受けて、どうにか完遂した。殆どが大した事無いペット探しやら身辺調査だったけど、あの時はヤバかったな。俺もまだ仮面ライダーとしての自覚は足りないな。)

 

一夏は現在ある離れ小島の施設内にいた。その名もIS学園。名前の通りISのパイロットを育成する為の全寮制の教育プログラムだ。何故入る事になったかと言うのは、束が日本列島全域に一夏が初の異例、ISの男性操縦者と言う事実を発信したのだ。

 

「あーあ。」

 

そのお陰で日本中からレポーター(とは名ばかりでプライバシーの言葉の意味すら知らないと思ってしまう程にしつこいハイエナ)に追い回された。幸い束や千冬が睨みを効かせてくれたお陰で大した事にはならなかったが。

 

ポケットの中からトランプの束を取り出してそれをシャッフルすると、山の中から一枚引き抜いた。

 

「スペードのエース・・・嫌な予感がするのは俺だけだろうな。」

 

トランプ占いでスペードのスートは基本的にネガティブな意味しか無い。エースは不幸の報せ、劇的な始まりなどを意味する。窓に映る自分の姿を見てもう一度身なりを整えた。

 

「それじゃあ入って来て下さい。」

 

扉の向こう側から声がして、一夏はトランプをしまい、改造した制服のネクタイを締め直すと、伊達眼鏡をかけて扉を開けて入って行った。

 

「織斑一夏です。原因不明でISを動かせる様になりました。(ホントは束さんが細工しただけなんだけど。)ここではかなりお世話になると思うので、よろしくお願いします。」

 

軽く頭を下げて再び上げようとしたコンマ一秒後、教室は黄色い歓声とは名ばかりの怪音波発生区域に早変わりした。幸い全員が大きく息を吸い込むのを瞬時に聞き取った一夏は耳を抑えて鼓膜にダメージを負う事を免れた。だが、何故か未だに一夏に何か言って欲しい、まだあるだろうと言う期待の目が多々あった。

 

「(あ、そうだ。あれがあるか。自分がどんな人間かを印象付けるには第一歩が一番大事だって翔太郎さんも言ってたな。フランクさんとリリィさん直伝のマジックでもやろう)じゃ、ほんの余興だけど、お近づきの印にちょっとしたマジックを見せたいと思います。両手に注目。」

 

一夏はブレザーを脱いで袖を捲り、何も仕込んでいない事をアピールすると、手を擦り合わせた。顔に近づけて息を吹きかけた途端、左手が炎に包まれた。ギャラリーは騒然となっている。左手に息を吹きかけると同時に握り込むと炎が消え去り、もう一方の手に現れた。それを何度か繰り返した後、左手を上にかぶせた。開くと、炎は完全に消え失せていた。最後に手を叩いて開くと、右手にオレンジ色の花が現れた。それを予め用意していた空瓶に入れてペットボトルの水を入れる。

 

「これでよし。」

 

最後にお辞儀をすると、歓声と共に拍手を浴びた。

 

(パーフェクトだ。)

 

「全く、騒がしいと思ったらお前の仕業か。早く席に着け。」

 

入って来たのは、一夏の担任でもあり姉でもある千冬だった。

 

「Jawohl。」

 

「日本語ではいと言え。」

 

軽く指で一夏の額を小突き、一夏は最前列の真ん中の席、つまり教卓の目の前に座る事になっている。

 

「(予め席替えをやって正解だったな、こうすれば一夏を極力近くに置く事が出来る。)

諸君、私が今日からお前達の担任となった織斑千冬だ。弱冠十五歳のお前達を一人前のIS操縦者に育て上げるのが私の仕事だ。これからお前達には半年でISの基礎知識を覚えてもらう。その後は実習だが、半月で体に染み込ませろ。私の下で授業を受けるからには甘えも、遅れる事も許さん。良いな。」

 

別の意味での(つまり従属させて欲しいと言うソッチ系の)歓声が上がった。

 

(あー・・・・・板チョコを食べたい。鞄に入れてあるビターな板チョコを食べたい。)

 

早くも一夏のストレスは頂点に達し始めていた。ファッションの一環で付けている伊達眼鏡を外して目頭やこめかみを揉むと、教科書を開いた。入学前に束や千冬、そしてフィリップと言う強力な助っ人がいた為一年で覚えるべき事は大抵頭に入っている。

 

(ナノマシンのお陰で記憶力も良くなってるし、勉強自体は楽になるのが唯一の救いだ。それに・・・・)

 

一夏は無意識にブレザーの内側に入っているお守りメモリとドライバーに触れた。いざ何かが起こった時は、これがあれば大丈夫だと、自分に言い聞かせる。

 

 

 

 

 

 

三限目が過ぎて休憩を挟むと授業が再開される。一夏はここぞとばかりに板チョコを引っ張りだして小さく齧っては口の中で溶かした。これが数少ない至福の時なのである。すると、何人か自分を見ていた生徒が近付いて来た。

 

「ねえねえ、あのマジック凄かったよ!どうやったの?!」

 

「マジックだから秘密に決まってるでしょ?教えちゃったら意味が無いよ。受け売りになっちゃうけど、こっちは人を驚かせる方法の模索に七転八倒してるんだから。」

 

ポケットから先程のトランプを取り出すと、カジノディーラー並みの鮮やかな手つきでカードをシャッフルし、広げた。

 

「「「「おお???」」」」

 

何も仕掛けが無い事を確認させると、それを再び山にし、その中の一人に渡す。

 

「そのカードを好きなだけシャッフルして。」

 

軽く何度かシャッフルし終えると、一夏はそのトランプをもう一度混ぜ直した。

 

「で、ここでパチンと指を鳴らすと、」

 

再びカードを広げて・・・・

 

「全部スート通りに並んでます。」

 

「ええええええええ?!」

 

「そうそう、その顔。マジックはそう言う顔を見たり見せたりするのが楽しいんだよ。」

 

パキン、と銀紙から僅かにはみ出た板チョコの欠片を折って口に放り込んだ。

 

「少し良いか?」

 

「ん?」

 

声を掛けられた一夏が振り向いた先には、一夏から見て左端の席の生徒だった。腰まであるポニーテールをリボンで結んでいる。

 

「お、箒か。久し振りだな。いるとは思っていたけどまさか同じクラスとは。そうそう、去年の剣道の全国大会優勝したんだったてな。おめでとう。それと、六年振りだけど相変わらずの髪型だな。」

 

「良く覚えている物だな。それに、お前も大分変わった。」

 

「俺も色々あったんだよ。あー、話したいのは山々だが、昼飯の時にでも話さないか?時間も押してるし、何より俺は全員と比べてスタートラインにすら立っていないから、追い付かなきゃならん。」

 

「む・・・・それも、そうだな。分かった。では昼休みな。」

 

箒は自分の席に戻ってった。スコーピオショックで時間を確認すると、シャーペンを取り出して再びノートに内容を書き連ね始めた。

 

「ちょっとよろしくて?」

 

「はい?(今度は何だよ?)」

 

一夏は振り向くと、青いヘアバンドを書けた縦ロールの金髪を持った生徒が目の前に立っていた。

 

「何ですの、そのお返事!学年主席にしてイギリスの代表候補生であるこの私セシリア・オルコットに話しかけられるだけでも光栄なのに、それ相応の態度と言う物があるのではなくて?」

 

『My apologies, Ms. Alcott. (これは失礼、オルコットさん)』

 

流暢な英語で受け流して、作業を続けながらも相手の顔を見る。

 

『あら、ある程度の知性はお持ちの様ですわね。』

 

向こうも英語に切り替えて話を続けた。相変わらず見下した口振りは変わらないが。

 

『As much as I would like to converse with you, as you can see I am a little busy with the academic work at hand right now. Perhaps we could continue this talk during lunch?(談話をするのは吝かではないけど、見ての通り目の前の学業で少し忙しいんだ。良ければ昼食の時にでも話を続けても良いぞ?)』

 

丁度そこで授業開始のベルが鳴り始めた。勝手に納得したのか、セシリアは去って行った。この時ばかりは一夏も内心でほっと胸を撫で下ろした。首筋の冷や汗を手で拭う。入学早々波風を立てれば大変な事になる。只でさえ自分は人間の範疇を軽く超える力を持っているのに、一つの国と正面衝突する破目になったら冗談では済まなくなる。

 

 

 

 

 

授業が終わり、一夏は千冬に寮長室に連れて行かれた。

 

「えーと、何で俺はここに?」

 

「ここがお前の部屋だ。相部屋にしてしまっては何が起こるか分かった物ではない。それにお前の体質の事もある。うっかり事が起こってしまっては面倒だろう。」

 

「確かにね。それに、俺を狙ってる奴だっているだろうし、モルモットはごめんだ。日本だけに俺の事を発信したとは言え、恐らくもう世界中に広がっている。幸いと言うべきか、コレの事はまだバレてなさそうだけど。」

 

手首をトントンと叩いて見せた。嵌めていた黒い腕輪には今まで無かった白いメビウスの輪の様なラインが入った黒い腕輪だった。

 

「『零式』か。全く厄介な物を作ってくれたよ、束も。」

 

黒い腕輪は『零式』、ISの待機状態なのだ。入学の一週間前程にこのラインが突如現れ、束に詳しい事情を聞いてみた所、『最終的な調整が終わったからそうなった』らしい。

 

「だがバレるのも時間の問題だ。上の方には通してあるが、束は当分フィリップ達の事務所からは出られないだろうな。まあ、あいつの事だ。監視を振り切ってでも外に出るだろう。」

 

「もう束さんはそんな事はしないよ。俺は信じてる。」

 

 

 

 

 

その頃、束の身柄を引き取った鳴海探偵事務所では、束が様々な数値やグラフが映し出された合計二十近くの空中投影されたスクリーンの膨大なデータを見てキーボードを巧みに操っていた。その隣ではフィリップも同じ様に作業をしている。

 

「ねー、フィー君。」

 

「何だい、篠ノ之束?」

 

二人は作業を続けながら会話を始めた。

 

「本当に良いの?メモリのデータ使っても?」

 

「本来なら断固拒否する所なのだが、織斑一夏が引き当てたメモリが少しどころかかなり特殊なタイプだからね。単体でも十分強いが、エターナルのポテンシャルを完全に引き出すには、他のメモリの力も必要になる。それに、君の防御プログラム『アイギス』と僕が作り出したセキュリティー『ダモクレス』を組み合わせたんだ。検索した結果、世界中にいる人間でこれを完全に解く事が出来るのは僕達しかいない。君が妙な行動を起こしさえしなければ僕も余計な心配が減る。」

 

「もー、そんな事しないってば???。」

 

「それが信じるに足るかどうか、判断するのは僕達だ。さあ、作業を続けよう。」

 

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