【C85新刊】邪神の掌 巻ノ一【本文サンプル】
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 小島幹大が彼に再会したのは、出先の新宿から、代々木にある石田千尋陰陽事務所へと戻る途中のことだった。

『葉巻! 葉巻が切れた!』

 今朝、小島が出勤するなり、千尋がそう言って騒ぎ出したので、急いで買いに出たのだ。

 千尋が愛喫しているダビドフ・ミニシガリロは、その辺のコンビニや自動販売機などで容易く手に入るものではない。

 いつもは代々木駅近くのたばこ店に頼んで特別に取り寄せて貰っているのだが、今日はあいにく在庫がない、ということだったので、足を延ばして新宿までやってきたのだ。

 紹介して貰った新宿三越裏の小さなたばこ店で、無事に目当てのものを手に入れることが出来、ようやくひと息吐いたところだった。

「……小島? 小島幹大、だよな?」

 すれ違い様、懐かし気にそう呼びかけられても、最初は誰だか分からなかった。

 多分、自分で思った以上に怪訝な表情をしてしまったのだろう。小柄な痩躯をグレーのスーツに包み、メタルフレームの眼鏡をかけたその青年は、小島を仰視すると、苦笑しながら長い前髪を掻き上げた。

「中一の時に、二人でクラス委員やっただろ? マジで覚えてない?」

 具体的なヒントと、外した眼鏡の下から現れた小動物の如き大きな瞳に、小島はようやく彼の名を思い出す。

「……松岡か?」

「正解」

 彼――松岡貴之は嬉しそうに両の掌を打ち合わせ、ぱん、と鳴らした。

「よかった、人違いだったのかと思って、焦っちゃったよ」

 その屈託のない笑顔が、おぼろげな記憶の底にある彼の印象と重なった瞬間、小島は違和感を覚えた。

 貴之とは、特に親しかった訳でもない。中学1年の時に同じクラスで委員を務めた、というだけの間柄で、それ以外には何一つとして共通する点はなく、お互いに必要以上の会話を交わしたこともなかった。久しぶりに会っても、こんなふうに親しげに話しかけられるような仲ではなかったはずだ。

「まぁ、二年の時は違うクラスだったし、三年の夏休み前に転校しちゃったからな、俺。小島が俺のこと覚えてないのも無理ないよな」

 だが、貴之は小島の困惑をまるで意に介する様子もなく、嬉々として話し続けている。それによると、彼は中三の夏に母親の故郷である長野に移住したが、大学進学を機に再び上京し、そのままこちらで就職を決めて、現在は大手建築会社の営業部に勤めているらしかった。

「よかったらさ、ケー番教えてくんない? 近いうちに飲みに行こうぜ」

 気が進まなかったが、強引に押し切られて、携帯電話の番号を交換する羽目になった。

「じゃ、また連絡するよ」

 小島の返答を待たず、外回りの途中だからさ、と言うと、貴之は踵を返し、その細い背中は、人の波に紛れてあっと言う間に見えなくなってしまった。

 呆気にとられて立ち尽くす小島の手の中に、名刺を残して。

 

 

 この時、己は何か理由をでっち上げてでも、彼との繋がりを持つことを拒むべきだったのかも知れない。

 そうすれば、あんな想いをしなくても済んだのに――

 

 

 「遅かったやないか、小島君」

 貴之と別れた後、急いで事務所に戻ったが、千尋は執務机の前に座って少しばかり苛々していた。

「すみません。いつものお店に在庫がなかったので、新宿まで行ってきたんですよ」

 買ってきたシガリロの箱を渡すと、千尋は『ふぅん?』と呟いて、眉を寄せた。

「これからは、全部なくなる前に言って下さいね」

「……未だ一箱残ってると思ってたんや」

 千尋は憮然としながらも、早速封を切り、一本取って火を点けると、残りをヒュミドールに詰め替え始めた。

 その間に、小島はPDAを開き、今日のスケジュールを確認する。

「今日は午前中に相談が一件、午後から丸の内での風水鑑定が一件入ってます」

「さよか。ほな、お互い今日も一日頑張りましょ」

 イレギュラーで始まった一日だったが、ようやくいつものペースを取り戻そうとしていた。

説明
東京百鬼シリーズの二次創作です。
エロはありません。
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