デメテル哀歌 |
実際のところ。
彼は知っていたのだ、彼女が自分を嫌ってすらいないのだということを。
***
ヴィンセントは、湖をぐるりと一周して気持ちを静め、しかしまたためらって足を止めた。祠の前であった。
一と月前来たときと変わらず、冷たい御影石の祭壇に半身を伏している女の後ろ姿が、見える。一と月。否、二た月前もその前の月も、彼女はそうして泣いていた。
魔晄の色を濃く移す洞穴の中で、女はそうして飽きもせず泣き続け、彼もまた一と月ごとにそこを訪れてはその姿を見て落胆する。
「わたしはあの子を抱くことすらできなかったわ……」
我が子についてただそればかりを悔やんで泣いている。
祠の中にヴィンセントが入ってきたことに気がついても、ルクレツィアは面を上げようとはしなかった。
彼の姿を見れば、否が応にも宝条を思い出すのだろう。身体を捧げた実験のことも、その陰惨な結末についても。
「ルクレツィア」
「来ないで!」
か細い青年の声を遮って、女は顔を上げた。一と月前をなぞるようなやりとりがどちらからともなく始まる。ヴィンセントの目は何かを耐えるように時折細められる。
外ではすべてが終わってしまったのに、彼女の中ではなにも終わってはいないのだ。ややあって、疲れた様子でルクレツィアが目を閉じる。ヴィンセントはほっと息をついて目をそらした。
「最近、セフィロスの夢を見るの……わたしの可愛い子ども」
この一節を聞く度に、青年は唇を堅く引き結んだ。きっとこうして、”これ”は一生ついてまわるのだろう。
「来ちゃだめよ、ヴィンセント……教えて?」
「なにを」
ふと、視線を感じて肩越しに後ろを見る。ついてきたユフィが、らしくもなく鋭い目つきでルクレツィアを見ていた。
「……ねえ、ヴィンセント、あの子は」
”生きて いるの?”
ヴィンセントは彼女に向きなおり、黙って頭を振った。
あのときはまだ、手を下していなかったのだな、と、懐かしさのような、苦々しさのようなものを胸中に抱えながら。
「セフィロスは……死んでしまったよ、ルクレツィア」
***
「よく飽きずに毎月くるよね、アンタもさ」
あきれたようにユフィが言う。先刻の鋭さなど今はかけらも見あたらない。
祠の中から一歩出ると、空気は少しばかり冷たく、また澄んでいた。湖面が陽光を跳ね返すのを、少女は見下ろしていた。
「もー少し楽しいこととか、美しい思いでに浸ったらどうなのさ」
「ルクレツィアは美しいぞ」
「げえっ」
ドン引きした、と言わんばかりの表情で、少女が一歩離れる。ヴィンセントが若干笑いをこらえているのを見て取ると、顔をしかめて隣を歩く。
湖をまたぐるりと一周する間、何か言いたげに青年をちらちらと見上げては、気づかれるより早く目をそらす。もやもやした思いは表情にしっかりと現れていたらしく、ヴィンセントは神妙な顔で足を止める。
「どうか……したか?」
「別にい。ホラ、さっさと歩けよ。とっとと潜水艦なんかとおさらばするんだからさ」
「そういえば、そうだったな。なぜユフィはいつもついてきてくれるんだ」
彼の背中を押していたユフィの足が、にわかにもつれてたたらを踏んだ。
いいからさっさと行けよと押し出す腕に力を込めて、「何か」と言いかけたヴィンセントの背に頭突きを食らわす。
よろよろと歩を進める彼の身に、ぼそぼそと乾いた声が届く。
「……死にそうで」
「む?」
「ルクレツィアとかいう人みたいにさ、何か方法見つけて死ぬんじゃないかってさ」
「そんなことは……しないさ」
「そう?」
頼りない少女の笑みが彼を見上げる。
ルクレツィアのいない祠に毎月のように足を運び、ルクレツィアの居た場所に向かって、ルクレツィアと話した言葉を忠実になぞる。
外ではすべてが終わってしまったのに、彼の中ではなにも終わってはいないのだ。
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若干やんでるヴィンセンとーの話です ユフィはヴィンセントが絡むと苦労人になる(ような気がする) |
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