七六五市役所へようこそ! |
第一話:『会計課の伝説』
小鳥「おはようございま〜す!!」
課長「おお、小鳥クンはいつも元気がいいねえ」
小鳥「ええ!私の取り柄ですからねっ」
課長「その調子で仕事も頼むよ」
小鳥「任せてください!」
課長「いい返事だな。じゃあ机の上に書類を置いておいたから、頑張って処理してくれたまえ」
小鳥「はいっ!」
-- 視線→机 --
書類1「やあ」
書類2「ども」
書類3「ちわ」
書類4「ウィ」
書類5「ピヨ」
-- 視線→下 --
小鳥「肘の高さに詰まれた書類の山が、5つ……だと?」
課長「頑張ってくれたまえ」
小鳥「もうっ!こんなの無理に決まってるじゃない……」
??「」
小鳥「通常業務もあるんだから、まともにやったって一月以上かかるわよ」
??「」
小鳥「どうしたらいいの……期限は指定されなかったけど、これじゃあ置き場所にも困っちゃうわ」
??「ふふふ」
小鳥「だ、誰っ?!」
??「私ですよ。私の存在をお忘れてですか?小鳥さん。あなたの忠実なる部下の……」
小鳥「あ、あなたはっ!」
春香「そう、私が春香さんです!!さあ!この私めに、どうぞ仕事をお申し付けくださいっ!!」
小鳥「春香ちゃんっ!!」
課長「おーい。ダメとは言わんが、遊ぶのもほどほどにしとけよー」
小鳥「はいっ!」
春香「ごめんなさいっ!」
小鳥「まあ、そんな流れらしくてね。要は忘れられちゃってたらしいのよ」
春香「内部監査で書類不足が発覚、ですか。引き継ぎミスか何かでしょうか」
小鳥「もしかしたら、事情を知らない人が不要業務ってことにしちゃったのかも」
春香「そんなこともあるんですか?」
小鳥「最近、人員削減がすごいでしょ?だから『不要業務はどんどん無くしていけ』って通達が出ているの」
春香「ははぁ。その流れで『必要な仕事まで無くしちゃうことがある』ということですか」
小鳥「そういうこと」
春香「でもこれ。会計の証拠書類ですから、紙で残しておかないとまずくないですか?」
小鳥「それがねえ、若い人の中には『データが残ればいいだろ?』って考え方の人がいて」
春香「それにしたって、ちゃんとCDか何かにアウトプットして媒体保存くらいしないとダメでしょうに」
小鳥「そう。データは壊れるものと心得るべきなの!バックアップは絶対よっ!!」
春香「は、はい。あの、春香さんもそこはちゃんと理解していますよ?」
小鳥「いいえ、まだまだ理解が足りていないわね。いい、データが飛ぶってのはねえ……」
課長「はて。小鳥クンがPCを壊したという報告は記憶にないような?」
小鳥「っ!!」
課長「私は総務にいたからね。誰が何の購入を求めたかはだいたい把握しているのだが」
春香「じゃあ小鳥さんは何の話をしているのでしょうか」
小鳥「あ、あはは……」
小鳥『私の萌えネタ詰め込んだ妄想専用HDDの話よっ!』
小鳥「そんなことより仕事、仕事!」
春香「えー。話の続きを」
小鳥「課長。天海さんが残業をしまくって、この書類を全部片付けてくれるそうです」
春香「天海春香!当時の担当が使っていたPCを立ち上げにかかりますっ!」
小鳥「お願いね」
課長『よほど都合が悪いことなんだろうなあ』
春香「えーと。うわっ!これ、PCにデータを落とし込んだ形跡すらないですよっ!」
小鳥「ちょっと見せて。検索……ダメね。データベース上の確認だけで済ませていたのかも」
春香「毎日計算機でも叩いていたんでしょうか?エクセルに入力した方が確実でしょうに」
小鳥「またはそのファイルを『いらないや』とか言って捨てちゃってたのか」
春香「変に整理されるよりも、過程を残してもらった方が後の人のためになるんですけどねえ」
小鳥「かく言う春香ちゃんも、入った直後は1200件以上のデータを計算機で処理していたじゃない」
春香「わ、忘れてくださいっ!私もこれでいいのかなあとは思っていたんですよ〜」
小鳥「あれで、どうやって報告を上げるつもりだったのかしら」
春香「あの頃は『確認終わりました』で済むと思っていたんですよう」
小鳥「モノによっては『確認の証拠』ってのを残さないとダメなのよ」
春香「今なら、後から見た時のために必要だとわかっていますよ」
小鳥「あら、それじゃ足りないわよ?」
春香「あれ?私、この間そう教わりましたけど」
小鳥「足りないわ。そういうものは、決裁を回して『責任の所在』も確定させなきゃいけないの」
春香「そうですね」
小鳥「さらに、その決裁印を押す人たちが一目で『確認』できるような書類を用意する」
春香「うんうん」
小鳥「というわけで、最低でもあと2つの要素は加えておかなきゃダメね」
春香「なるほど。これはいい話を聞けました」
小鳥「しっかし、若い子に説明不足の話をするなんてねえ。それ、誰なの?文句でも言ってやろうかしら」
春香「あ、あの、それが」
課長「スマン。説明を端折ったのは謝るから、文句は勘弁してほしい」
小鳥「課長っ?!」
小鳥「コホン……まあでも、これじゃ決裁も絶望的ね」
春香「ちなみにこの内容だと、どこまでの決裁印が必要なものですか?」
小鳥「そりゃあ会計書類の決済は、お金のことに責任を持つところまでよ」
春香「一番上まで、ですか。こりゃあえらいことですよ」
小鳥「春香ちゃん。そうなんだけど、そうじゃないの」
春香「なにがですか?」
小鳥「一番上までが問題なんじゃなくて、『当時から決裁が回っていないこと』が問題なの」
春香「???」
小鳥「私たちの課で、前の前の前の担当が回すはずだった決裁。印は誰のものを押すの?」
春香「たまーに昔の書類をやり直す時は、当時の人の名前で回したりしますよね」
小鳥「じゃあ、その決済。他の部署を回る時は誰の印鑑が押されるべきかわかる?」
春香「あっ!」
小鳥「当時の人の決裁でいくなら、回る先も当時の人の印じゃなきゃおかしいって話になるのよ」
春香「ってことは、ひょっとして……」
小鳥「決裁印を押す立場の役職の人事異動時期を把握して、適切な印を押すよう指示する書面も必要かなあ」
春香「そんなの絶対にやってくれないですよ。適当に押されて、修正の手間が物凄いことになるんじゃないですか?」
小鳥「でしょうね。まずいわ。別の方法を考えましょうか。課長!」
課長「先に事の顛末書と予定している修正処理の流れを書面にして、修正例のコピーと一緒に決裁で回そうか」
春香「そうすると、何がどうなるんですか?」
小鳥「簡単に言えば『以前の人がやらかしたので、私たちが修正します』って処理にするのよ」
課長「そうすれば君たちの名前で書類を回して、今の人が決裁印を押せるようになる」
春香「やったあ!」
小鳥「まだ何もやってないけどね」
課長「案を出したのも私だぞ」
春香「いえ、そうじゃなくて……うう、ごめんなさい」
小鳥「それにしても、無理な人員削減と急な組織改編で、業務がおかしくなっちゃってるわねえ」
春香「あからさまに業務が集中しちゃった課とかありますもんね」
小鳥「今は総務がヤバいわよ。総務って名前だけで、中途半端な仕事を全部押しつけられちゃって」
春香「ひええ。それは地獄のようですねえ……あれ?そういえばさっき、課長が総務にいたって」
課長「…………聞くかね?語ると長くなるが」
春香「いえ、遠慮します。させてください。この通り、頭を下げてお願いします」
課長「一つだけ言わせてもらえるなら、当時の総務課長があまりにも無能過ぎた。ただ、それだけのことなんだ」
小鳥「話し合う人みんなが有能なら、適度な効率化はいいことだと思うんだけどね」
春香「変な人がやっちゃうと、誰かがどこかで地獄を見るってわけですか」
小鳥「その通りよ。課や部署の単位でも、私たちレベルでも。現に業務の効率化のはずが必須業務の欠落として現れてる」
春香「私たちレベルなら被害は少なそうですね。今の課長みたいに鬼の表情を浮かべるほどじゃあ」
小鳥「春香ちゃんは何を言っているのかしら」
課長「私は君たちのために怒っているつもりだったのだが」
春香「えっ……?」
小鳥「言っておくけど、あの総標高2.5mの書類の束を片せば終わり、ってわけじゃないからね?」
春香「……はい?」
小鳥「あれはむしろ、仕事の始まりを意味しているものなのよ」
春香「ど、どういうことですか?」
小鳥「必要な会計データをアウトプットしていない、って話はしたわよね?」
春香「そういえば。ええ、確かそういう話でしたね」
小鳥「じゃあ、あの2.5mは何なのって話にならない?」
春香「なります。実は、ちょっと話が合わないなあって思っていたんですよ」
小鳥「あれは、私たちがこれからまとめる書類とセットで保管するものなの」
春香「というと?」
小鳥「あれは結果の方よ。私たちは、あれが正しいことを証明する書類を作成しなきゃいけないの」
春香「まとめるって、あれれ?今そこにある2.5mを加工するって話じゃあ」
小鳥「ないわね。データベースからデータを抜いて、集計して、別データと照合して異常値がないことを確認した後に」
春香「所定の様式へ転記して、あの2.5mと合致しているかを確認して、改めて綴じ直す……」
小鳥「正解。ちなみに、昔の書類に間違いがあればそれも訂正しなきゃいけない。照合するからね」
春香「ってことは、量も対になっているわけですか?」
小鳥「オフコース」
春香「2.5mですか?」
小鳥「もっとです。最低でも終わった時には5m。いえ、証拠書類だからかなり増えちゃうでしょうね」
春香「さらに決済のための書類を用意して、回して、回収して綴じ直して……」
小鳥「推定8m以上のA4書類を保管できる場所を作らなきゃいけないわねえ。倉庫の整理もしなきゃダメかな?」
→→ ダッ →→ 春香は逃げ出した
→→ ガッ →→ しかし腕を掴まれてしまった
小鳥「一緒に頑張りましょうね」
春香「いーやー!!」
--0.5m × 5山 = 2.5m--
小鳥 (ハァ)
春香 (フゥ)
小鳥「机の上から床に下ろすだけでも一苦労ね」
春香「この先には、さらにとんでもない苦労がまっていますけどねー……」
小鳥「こういうことをしていると、『なんで公務員は楽なんてイメージがあるんだろう』って思うわ」
春香「昔は楽だったみたいですけど、今は忙しい時とか無茶苦茶ですもんねえ」
小鳥「まさか私たちも徹夜作業に巻き込まれるとはねえ」
春香「あの悪夢の一か月。あのおかげで、私の肌はボロボロに……」
小鳥「春香ちゃん?」
春香「あっ」
小鳥「若い子はまだいいのよ。私なんて、私なんてねえ……」
課長「二人とも元が綺麗なんだからいいじゃないか」
春香「そんなことは関係ないんです!」
小鳥「常に今以上を目指すのが女の道なんです!」
課長「わからん……」
春香「えーと、前の前の前の担当だから……うーん。歴代の引き継ぎ書って残ってますかねえ」
小鳥「書面じゃなくて、データで探しましょう。なかったら、ちゃんと業務が行われていた頃の現物を探さなきゃね」
春香「あの埃っぽい倉庫ですかあ?書類積み上げ過ぎて崩れちゃってるじゃないですか……」
小鳥「でも、様式があったのは間違いないんだから合わせないとマズいでしょ」
春香「もー!なんで昔の人のミスを尻拭いしなきゃいけなんですかねっ」
小鳥「それも仕事のうちよ。さあ、方針も決めた。後は頑張るだけ。ね、春香ちゃん!」
春香「そうですね。いっちょうやってやりますか!」
小鳥「じゃあ私がデータを探すわ。春香ちゃんは、現物も探しといて。こっちが見つかったら連絡するから」
春香「わかりました。春香さん、今日は本気でやりますよ!まずは売店でマスク買ってきます!!」
小鳥「ごめんね。出来る限り早く探すから」
春香「いえいえ。なんなら私の方が早く見つけちゃうかもですよ」
小鳥「言うわねー!頑張ってきなさいよ」
春香「はいっ!小鳥さんも頑張ってくださいね!」
課長「では私は、業務が正常だった時期の担当を呼んでくるとするか」
小鳥「えっ?」
春香「えっ?」
課長「えっ?」
小鳥「知ってるんなら最初から呼んでよね……」
春香「気合と時間が無駄に流れちゃいましたね……」
小鳥「まあでも、手間が省けたと考えましょう」
春香「そうですね。課長のボケは今に始まったことじゃないですから」
小鳥「あら。ボケなら春香ちゃんも大したものよ」
春香「なんでですか!私はいつでも一生懸命やってますよ」
小鳥「そうなんだけどねえ。空回っちゃった時の破壊力もすごいでしょ?あれはもう永遠に語り継がれるレベルだと思うわ」
春香「別に、普通ですよ!普通!」
小鳥「そうね。春香ちゃんは本当に普通の公務員さん」
春香「でしょう?ちょっと言い方が気になりますが」
小鳥「でもね、たまにやっちゃう大ボケがあなたを輝かせてしまうの」
春香「……」
小鳥「春香ちゃんも自覚、あるんでしょう?」
春香「……正直、あります。『君があの天海さんか!』って言葉、何度聞いたか」
小鳥「冫(にすい)事件。今じゃもう新人教育に組み込まれたそうよ」
春香「はいっ?!なんですかそれ!」
小鳥「印鑑の大事さを教えるためなんだって。偉い人曰く『教訓としては最高の事例』だそうよ」
春香「ううぅ、こんなことで有名になりたくなかったよう」
○『冫(にすい)事件』とは!
天海春香が入庁直後に起こした事件。
ただ『海』という字のさんずい部分にある、真ん中の点が欠けてしまっただけなのだが、
その経緯や発見方法。上層部を巻き込んだ騒動とその判断から春香の身に起った一連の流れが前代未聞。
さんずいがにすいになっている印を全て押し直すよう指示された春香は、
一週間かけて何千枚もの書類に押された印を潰して、新たに印を押し直す作業を延々と続けていたそうな。
今では新人に『印鑑を大事にする』という基本的なことを理解してもらうために、
大事にしなかった人の事例として挙げるよう”市長指示”が出ている。
本当に『この市役所の全員が知っている』というありえない事件。
「昔、こんな人がいてなあ……」と人をぼかして話すのだが、
何故か新人全員が半年以内に”その人は天海春香である”と知ってしまう。
他にも数々の伝説を持つ天海春香は、市役所内の若手知名度NO.1である。
当人の顔を見に行く行為は”巡礼”と呼ばれ、
声をかけることは「次なる伝説の妨げになる」として控えられている。
春香「なーんか新人さんと目が合うなあとは思っていたんですよ」
小鳥「あら?でも教える時は春香ちゃんの名前を出さないようにしているはずなんだけど」
春香「でも、明らかにこっちを見ていますよ?不自然なほど課の中を覗きながら通り過ぎる人もいて……」
小鳥「それはちょっと気になっちゃうわねえ。調べてみましょうか?」
春香「調べられるんですか?」
小鳥「簡単よ。ちょっと出てくるわね」
↓
小鳥さんお出かけ中
↓
小鳥「直接聞いてきたわ」
春香「流石の行動力ですね。で、どうでした?」
小鳥「お偉いさんが、例の双子に教えちゃったみたい。あることないこと言いふらしているらしいわよ」
春香「もう!亜美も真美も、仲良くできてると思ってたのにぃ」
小鳥「たぶんだけど、悪気はないんでしょうねえ。むしろ『はるるんはこんなにスゴい!』って話をしてたわ」
春香「もうあの子たちったら……ん?」
小鳥「どうしたの?」
春香「話を、してた?」
小鳥「ええ。ちょうど、あの子たちが『はるるん伝説〜vol.9〜』ってトークライブをしていて」
春香「ちょっと行ってきます!!」
課長「仕事は?」
『にすい事件』
慣れない仕事に焦っていた天海春香は、とりあえず仕事をこなすことだけを優先しようと考えた。
その結果、道具を使いっぱなしにして、一日の終わりに片付けるというスタイルを選択していた。
特に、決裁印を押すことが多い仕事だったために、印鑑は一日中出しっぱなしが日常だった。
机の上は時間が経過するごとに物が増えていき、書類や道具も積み上げられていく。
そして。ふと気付くと、印鑑がなかった。
大騒ぎの果てになんとか見つかった。印鑑の端も欠けておらず、問題がなかったように思われた。
その後も同じように仕事を続けて、ある日、事務部長がやってきて課長の机で話をしていた。
合間にふと、そこにあった課内決裁済みの書類を見てこう言った。
「この課には珍しい名前の人がいるんだな。なんて読むんだ?」
指差した先にあった印は、天海春香のものだった。
課長は天海春香を呼び、自己紹介させた。
「この春に入庁した天海春香です!よろしくお願いします!」
はきはきとした良い自己紹介だった。好感が持てるものだった。
しかし事務部長は難しい顔をした後にこう言った。
「あまみ。普通なのか。なら、この字は旧字か何かかね?」
海の字のさんずいが、にすいになっていた。真ん中の点が欠けていたのだ。
「あ、あれっ?」
「点の部分が出ていないですね。おい天海くん、ちょっと印を持ってきてくれないか?」
もう一度、押印。それでも変わらず、印を拭いてよく見てみたら真ん中の点だけが少し低くなっていた。
「少し欠けているな」
「そうですね。欠けているようです」
事務部長が直接知ってしまったために、課内で処理することが出来なくなってしまった。
もし、この印が有効かどうかを正式に判別しなくてはならないとしたら。
判断・決定するのは法か?はたまた市長か?それとも議会か?
いや。実は、このような雑多過ぎることについては、既存の法に抵触しない限り内規で定めるものなのだ。
元々、仕事で使う決裁印は認印なので、印の質に関してはさして重要視されていない。
銀行印なとは欠ければ即アウトだが、はたしてこの決裁印についてはどうなのか。
点が一つ欠けただけと言えばそれまでではあるが、ざんずいとにすいは明らかに違うもの。
しかも、偏として有り得てしまうものだけに、『違う漢字を使用するのはどうか』と考えてしまった。
その場は『まあいいか』と流したのだけれど、事務部長の心中にははっきりしたいという気持ちが芽生えてしまった。
そこで雑談交じりに市長や副市長へと話をしてみたのだが、その結果がよろしくない。
内規が存在せず、かといってそれを良しとも悪しとも言えるほど、市長・副市長とも事に精通していなかった。
そこへ事情通で元弁護士の市議が通りかかった。三人で聞いてみると、
「本来なら印影の欠けは問題がありますが、決裁印は誰が押したかがわかればいいんじゃないですか?」
という答えだった。
ほっと胸をなでおろした事務部長ではあったが、ここへ別の事情通で元弁護士が通りかかってしまった。
「いやいや。同じ流れで欠けた苗字が存在しては拙いでしょう。修正させた方が後のトラブル防止になります」
侃侃諤諤。元弁護士同士の論戦は実に見事なものだった。
そして、決定的に決裂。問題はなんとその元弁護士たちの手によって市議会へと持ち込まれた。
欠けていない印影と欠けてしまった印影。
決裁書類のコピーが議員数の分だけコピーされて、資料として各議員へ配布された。
これを是とするか、否とするか。
二者の論争は議会でも加熱して、またもや結論は出ず、最終的には採決の結果次第となった。
結果はわずか3票差で否。
にすいになった決裁印は認められず押し直し。その旨に沿った内規が新たに作られることとなった。
そして天海春香は、その採決が確定するまで使い続けざるをえなかった印鑑を捨て、新たな印鑑を作り、
にすいになっている印を全て潰して捺し直すという作業を行うことになった。
もし仮に、即座に全て押し直すことができたのなら。押し直す印の数は数100といったあたりだったのだろう。
しかし、結果として。押し直した印の数、実に10000とも50000とも伝えられている。
捺し直しにかかった期間は、通常業務をほぼ免除されながらも残業込みで半月以上。
修正された書類の中には、ぽつぽつと。何かの雫でも落ちたかのような跡が散見されるそうな……
これが生ける伝説・天海春香の『にすい事件』。
これだけのことをやらかせば、にすい事件に『天海春香・人生最大』とでも冠を付けるべきなのかもしれない。
『市役所騒然』でも『市議会紛糾』でも、思いつく何を付けても全てが事実に程近い冠と言えるだろう。
だが、私たちはあえてそうしなかった。
そうではなく、天海春香に冠を付けた。
『伝説・天海春香のにすい事件』、と伝えることにした。
にすい事件がすごいのではなく、天海春香がすごいのだと。
この事実こそ、皆様にお伝えしたかったから。
『伝説』という言葉には、私たちの切なる願いが込められている
いつかきっと、この事件すらも越えてくれると。
行け、天海春香!
貴女の行く道はあまりにも険しいけれど、皆が貴女を信じているのだから……
『はるるん伝説〜vol.9〜』より
説明 | ||
『もし音無小鳥が真面目な職場にいたら、意外としっかり仕事をするんじゃなかろうか』という発想から生まれたものです。 全員の設定も作りましたが、話の着地点が見えてこなかったので没にしました。 注)没ネタです。 |
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