ベリグーバニラシェイク |
「よ、今日は遅かったね」
ブイちゃんはいつものように私にブイサインを向けて言った。
「あ、なになに? とうとう私に惚れちゃった? こなくてさみし〜とか思ったんでしょ? 付き合っちゃう?」
「ま〜た言ってる。年食った俺より年の近い子と付き合ったほうが絶対楽しいと思うよ!」
学校の帰り道、近くのファーストフード店に寄るのが私の日課になってる。
それもすべて、ここでアルバイトをしてる大学生のブイちゃんに会うため。
ノリがよくてすごくかっこいい、理想そのものの人!
だから、毎回会うたびに付き合ってほしいって言ってるのに、こんな感じにかわされる毎日。
でも、いいんだ。
通い続けたかいあって、たまにおごってくれたり、特別扱いしてくれるし。
「今日はなんにする?」
「バニラシェイク!!」
「りょうか〜い!!」
バニラシェイクを受け取ると、ブイちゃんに一番近くて、一番よく見える位置を陣取って座る。
ブイちゃんは次から次へとやってくるお客さんに笑顔で接している。
――私に向けてくれる笑顔の方がステキだけどね。
なんだか優越感。
フンフン♪
鼻歌まじりにブイちゃんを見つめる。
「いらっしゃいませー…」
いつも、元気なあいさつをするブイちゃんが、なぜか突然、顔をこわばらせた。
ブイちゃんの目線の先に、モデルのようにきれいでスタイルのいい女の人がいた。
「お前、なんで…」
「仕事終わったら、ちょっと時間作れないかな?」
「もう話すことなんてないんだろ?」
ただならない関係だということがわかる。
だって、ブイちゃんのあんなに真剣で大人びた表情、見たことない。
あの人、なんなの!?
「今、仕事中なんだけど」
「だから、終わってから…」
「ちょっと、ブイちゃん困ってるじゃない!」
考えるより先に、声を出していた。
女は目を大きく見開いたと思うと、突然笑い出した。
「あはは、なに? ブイちゃん? 今度はこんなお子様相手にしてるんだ? 大人びた人が理想とか言ってたのに」
――大人びた人
ズキン、と胸が痛んだ。
見下すように私を見る女と、顔を強ばらせるブイちゃんに耐え切れなくなって、私は店から飛び出した。
かっこよくて、おもしろくて、笑顔がかわいい、そんなブイちゃん。
でも、よく考えたらアルバイトをしてるところしか見たことがない。
どこに住んでるとか
大学でどんな勉強をしてるとか
彼女はいるのかとか
理想の女の人とか
私、何も知らない。
優しくしてくれるから、それだけで舞い上がってた。
でもそれは、毎日通う常連だからで、なんの意味もなかったのかもしれない。
ブイちゃんは、さっきの女みたいなきれいな人と付き合ってきたんだ――
そう思ったらたまらなくなって、涙が溢れた。
そういえばバニラシェイク、あのままにしてきちゃったな。
せっかくブイちゃんが作ってくれたのに、もったいないことしちゃった。
ちゃんと片付けなくて、ブイちゃんに手間をかけさせることになっちゃった。
やっぱり、私は子どもだ。
ブイちゃんはずっと言ってたっけ。
年の近い人と付き合ったほうが楽しい。
そうだよね。
それはきっと、ブイちゃんの気持ち――
下を向いていると、ふと人の気配を感じて顔を上げた。
そこに、ブイちゃんがいた。
持っていたシェイクを私に向ける。
「さっきのほとんど飲んでなかったみたいだったから、これ、新しいやつ」
すすめられるがままに、受け取った。
「なんでここに?」
「前、言ってたでしょ。悲しいときはここにくるって」
「覚えててくれたんだ…」
お客さんの一人に付き合うだけで聞き流してるんじゃないかと思い始めてた。
だからそれだけでも嬉しくなった。
「まだバイト終わる時間じゃないよね?」
「あぁうん…辞めてきた。なんかきまずくて…」
「え!? ごめんなさい! 私が…」
大げさにしたせいで…
「違うって、君のせいじゃない。俺がばかなだけだから、責任感じないで。情けないトコ見せちゃって、かなり恥ずかしいんだけど…」
あの女の人は…
言いかけて飲み込んだ。
聞いても苦しくなるだけだということがわかるから。
「私、もうブイちゃんに会えなくなるのいやだよ…」
「え? 会えなくなるの?」
「だってバイトぉ〜うわぁ〜」
私は耐え切れなくなって声を上げて泣いてしまった。
「あぁもう、ほんとに子どもだなぁ…」
「ブイちゃんひどいよぉ〜」
そんな傷に塩をぬりこむようなこと言うなんて…
ひぐひぐひゃっくりまで出始める。
「だって、バイト先じゃなくても会おうと思えば会えるでしょ…そんな永遠の別れみたいに…」
「…会ってくれるの?」
「もちろんだって!」
ブイちゃんは、優しく私の頭をなでてくれた。
「ぶっちゃけて言うと…君にはかなり癒されてたよ。というより救われてたかな。いろいろあったからさ」
いろいろ…
さっき会った女と?
「俺が年上の女に悩まされてたから、君には年上に泣かされるようなことはしたくないと思ってたんだけどね。でも俺は背伸びして大人ぶってくたくたになるほど子どもだったんだ。だから、君にはぴったりかもしれない」
「?」
「今日会って、始めに君が言ったこと、まさにその通りだよ」
今日始めに私が言ったこと?
「なんだっけ?」
ブイちゃんが頭を抱えた。
「年下のくせにボケるのは俺より早いのか…まぁいいや、そのうちね」
「え? 何?」
頭をフル回転させる私に、ブイちゃんはブイサインを向けてきた。
「ま、そういうことだ。ほら、バニラシェイクがぬるくなるよ!」
バニラシェイクはとっても甘い。
あ、そうか。
なんだか思い出した気がする。
白いバニラシェイク。
これからもっと甘い味に変えていくことができるのかな。
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