インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#111 |
「それ、本当なんですか?」
「たちの悪い冗談はやめてくださいよ。」
「ねぇ、嘘ですよね!?嘘って言ってくださいよ!」
職員室代わりに、ホテルの会議室を使っての職員会議は悲痛な声であふれかえっていた。
その元凶は、槇篠技研から届けられた『学園幹部を乗せたバスが橋の崩落に巻き込まれて行方不明になった』という一報であった。
事実上の死亡宣告。
その情報を伝えてきた人物――青い顔をした教頭の元に取り乱して詰め寄っていく同僚たちに真耶は冷ややかな目を向けていた。
「残念ですが、事実です。橋の崩落し巻き込まれたバスが海に落ちた様子が目撃されていました。報道規制はされているようですが…」
「そんな…」
「私たちはこれからどうしたら…」
職員室は、通夜か葬式かといわんばかりの暗い雰囲気が支配しつつあった。
それもこれも、千冬に空、学園長や理事長という支柱を失ったからに他ならない。
(やるしか、なさそうですね。)
――真耶は覚悟を決めた。
『((織斑千冬|センパイ))のまねをすればいい』と自分に言い聞かせながら深呼吸を一つ。
それから、意図的に『がたん』という音を立てながら立ち上がった。
それまで殆ど無反応だった真耶の、突然の行動に職員室中の視線が集まってくる。
気圧されそうになるのをぐっとこらえて、真耶は口火を切った。
――できる限り冷やかに。
「教頭先生、お話はそれだけですか?」
「え?」
「今回の職員会議の議題はもう終わりなんですか?」
「え、あ、はぁ、」
「はっきりしてください。」
「えぇと、はい。あとは今回の事態についてどう対応していくかを皆で相談して…」
「なら、早く進めてください。」
すぐ近くに居る、一年生担当の先生たちは普段の真耶を知っているだけに行動が意外すぎるのか目を丸くするばかりだが、
『こんな、取るに足らないことに時間を使うな』といわんばかりの真耶に向けられる視線に、敵意が混ざり始める。
「待ちなさい!」
強い語調の声が飛ぶ。
――よし、乗ってきた。
「…何ですか、アリサ先生。」
努めて冷淡に、感情を表に出さないようにしながら真耶は答える。
「黙って聞いてれば、まるで生きてようが死んでようがかまわないって風に聞こえるんだけど?」
「それ以外に取れるんですか?」
一度は冷静になろうとしたらしいが、真耶の反応で再び火がついたようだ。
「学園長のことも、織斑先生のことも、千凪先生のことも、アンタはどうでもいいって言うの!?」
「はい。」
「っ!」
真耶の即答に、アリサの何かが切れた。
そのまま真耶に詰め寄り、襟首を掴みあげる。
「アンタ、普段はセンパイセンパイ言って織斑先生の後ろくっついて回ってたけど、いざ居なくなった途端に手のひら返すような真似、よくできるわね。」
「ヴァリエール先生、それくらいで…」
「外野は黙ってて。」
ようやくフリーズの解けた一年担任団がとめに入ろうとするがアリサに一喝されて引き下がる。
襟首を掴む腕に力が入る。
それに併せて首が絞まりかけになり、真耶はわずかに顔をしかめる。
「いったい、どういうつもり?答えなさいよ!」
「―――じゃあ、あなたたちは何をしてるんですか。」
それに対する答えは、か細い、ささやくような声だったが、妙に通って聞こえた。
「あン!?」
「先輩や、空さんや、学園長先生が行方不明になったのが悲しいから嘆いて、今まで守り導いてくれていた人たちが居なくなって不安になって…それだけじゃないですか。」
「それのどこが悪いのよ。あたしらは人間よ。感情がある、人間なのよ!悲しければ嘆くし、不安にもなる!」
悲痛な、叫び声のような声。
真耶の手が、襟首を掴むアリサの腕を掴む。
「感情ある人間である以上に、私たちは教師なんです。守るべき生徒を抱えている以上、無事かどうか分からない同僚の安否よりも今居る生徒を大事にしなきゃならないんです。」
言いながら、真耶は思い返す。
事あるごとに千冬がこぼしていた『生徒を守るために生徒を死地に送り込むだなんて、本末転倒だな』という愚痴を。
そのときの千冬は、とてもではないが『世界最強』と称された人物と同一人物であるとは思えないほど無力感に打ちひしがれた、苦々しい表情を浮かべていた。
「…少なくとも、先輩はそういうと思います。」
締めくくられた真耶の言葉の後に続いたのは、沈黙だった。
ふと襟首を掴んでいたアリサの手が、緩む。
「ねぇ、いまのあたしらを見たら、織斑先生はなんて言うかな。」
「けほっ………きっと、『何をやっている、やれる事はまだあるだろう。しっかりしろ。』って叱られちゃいますね。間違いなく。」
場合によっては悶絶するような威力の拳骨付きだろうなんて冗談みたいな本当のことは言わないでおく。
「…そうね。そういえば、そういう人だったわね。――教頭先生。」
「は、何でしょうか?」
「欠員が出てる役職の代理と、今後の方策について…会議を進めてもらってよろしいでしょうか。」
「え、ええ。準備がいいようならば、はじめたいと思いますが…」
「二年は…問題なさそうね。一年と三年は?」
アリサの問いに帰ってくるのは言葉こそ違うがどれも肯定の声だった。
「…だ、そうですよ。」
アリサの目配せに教頭は『はぁ…』とため息をこぼしてから表情を引き締める。
「――では、会議を続行します。皆さんの建設的な討論を期待します。」
会議が、始まった。
* * *
[side:マドカ]
島の一角にある診療所――という名の病院。そこを私は訪れていた。
…現在入院中の、オータムの見舞いである。
「―――まあ、こんな感じだな。」
「へー、そんな事があったのか。」
「…興味が無さそうだな。」
オータムのほうから近況を聞いてきたのに『どうでもいい』みたいな反応を返されて、私は頬を少しばかり膨らませる。
「んにゃ、そういうわけじゃないんだが、こんな有様じゃぁな。」
『更識』の保護を受けた事によって治療こそされているが、オータムが一連の逃避行で負った怪我は軽くない。
背中に軽くない火傷と深い傷。
それが原因による失血間際までの出血。
今も絶対安静が言い渡されており、下手なことをしようとすると看護師や医師が飛んでくる様になっている。
自由なのは、口と思考くらいといっても過言では無いだろう。
「まあ、命あっての何とやら、だ。」
「ところで、スコールは?」
「紗代さんのところで打ち合わせ中だ。暇を見て見舞いに来るとは言ってたが忙しそうだったからどうなるか分からないぞ?」
「あー、なら無理するなって伝言しておいてくれ。」
「確かに、抱え込んで無理や無茶をするからな。スコールは。」
「まったくだ。」
二人してうんうん言っていると、看護師がやってくる。
――どうやら、回診の時間らしい。
包帯やらの乗ったカートがあるところを見るに諸々の交換だろう。
『また来る』『暇人め』なんていういつもの言い合いをしてから病室を辞し、顔見知りとなった看護師や医師たちと挨拶を交わしながらロビーへと出る。
IS学園の制服を着たのが幾人か、面会手続きやらをしているのを見て、そういえば何人か入院してたな、と思い出す。
――そのときだった。
「教官っ!」
近場から声。
なんだと思って振り向いてみたらそこにはIS学園の制服を着た集団。
こっちに向かって突っ込んでくる銀髪眼帯。
驚いた顔をした長黒髪白リボンと焦げ茶ツインテに見覚えのある黒髪男。
『あらあら』といわんばかりのくるくる金髪に何考えてるのか良く分からないぽやぽや金髪。
紗代さんの使い走りをしてたキグルミに紗代さんの孫。
『たしか紗代さんの孫って確か櫛とか閂とかそんな感じの名前だったよな』とか『あのキグルミなんて名前だっけ。のほほん?』とか思っているとやや下のほうからドン、と鈍い衝撃が襲ってくる。
「おうっ!?」
「教官、教官、きょうかーん!」
絶妙な位置に銀髪眼帯の頭がめり込んできて地味に痛い。
――とりあえず、引き剥がそう。
「ちょ、ま、ひ、人違いだ。」
胴に回っている腕をはずしながらそういうと、その瞬間にへばりついてきていた銀髪眼帯が凍りついたかのように動かなくなった。
覗き込んでみると普段は怜悧な表情を浮かべているであろう銀髪眼帯の顔は、ぽかんとした何とも間抜けな表情を浮かべていた。
同時に、周囲で妙なざわめきが広がり始める。
―――そういえば、織斑千冬は行方不明になっているんだっけか。
「あー、ウチの連れがご迷惑を…」
そこに、((IS学園の制服を着た黒髪男|おりむらいちか))がやってくる。
「い、いや。よくあることだから…」
学園生との接触はあまり好ましいものではない。
そうスコールからも紗代からも言われているからなるべく早めにけりをつけて帰ろうと思ったのに、気がついたら『侘びに』と待合室にあるカフェでカフェ・ラテをご馳走されていた。
本当に、何があったか判らなかったというか、周囲の女子陣が頭痛そうにしているところを見るにイロイロとあったのだろうが、私に知るすべは無いし、聞きたくも無い。
――ここのカフェ・ラテは美味いからな。
初めて、スコールと一緒に見舞いに来たときに飲んで以来、オータムの見舞いに来るたびに飲んでいる。
「あ、そういえば。」
唐突に、織斑一夏が何かを思い出した。
「勢いでカフェに入っちゃったけど、誰かの見舞いに来てたとかだったり…?」
どうやら、引き止めてしまっているのではないかと思ったらしい。
「ああ、大丈夫だ。見舞いの帰りだからな。」
「そう、なら良かった。」
ほっと、安堵のため息をつく織斑一夏。
「っと、自己紹介がまだだったな。俺は織斑一夏。」
「私は篠ノ之箒だ。これも何かの縁だろうし、よろしく頼む。」
何故か始まる自己紹介タイム。
…いったい、どういうことなんだ?
「あたしは鳳鈴音よ。」
「セシリア・オルコットですわ。」
「ボクはシャルロット・デュノア。こっちのさっき君に飛びついちゃったのがラウラ・ボーデヴィッヒ。」
それにしても、凄い取り合わせだ。
その界隈では超有名人を姉に持つ織斑一夏に篠ノ之箒。
ほかの面々も第三世代型を預けられている代表候補生と来ているのだから。
まあ、極めつけなのは暗部組織の幹部で代表候補生で第三世代機を持っている更識簪と暗部の諜報員をやってる『のほほん(仮称)』なのだが。
「…」
その、簪がいぶかしむような視線を向けてくる。
…紗代さんからも不用意な接触は避けろといわれているのにこんなことになったのを態とやったとでも思っているのだろう。
「えっと、こっちの二人は…」
自己紹介しようとしない簪に痺れを切らしたのか、シャルロット・デュノアが口火を切った。
だが、下手に自己紹介するのもアレだし…巻き込むとするか。
「ああ、昨日ぶりだな。簪、のほほん。」
「きのうぶりだねー、まどっち。―――私の本名、忘れたでしょ。」
「そ、そんなことは無いぞ?」
「どーだか。」
そんな軽口の応酬をしていても簪は疑いの眼をこちらに向け続けてくる。
「あれ、知り合い?」
「んーと、かんちゃんの御祖母様のところでお世話になってる人だって聞いてるよ?」
「ちょっと、イロイロあってな。行くところに困っていたところを紗代さんに拾ってもらったんだ。」
「ごめん、なんか聞いちゃ悪いことだった?」
「かまわないさ。」
そこまで来て、ようやく簪の視線が緩んだ。
…あとで追求されそうだが。
「そういえば、私の自己紹介がまだだったな。私は―――」
名乗ろうとしたそのときだった。
「マドカ!」
「更識さん、布仏さん、織斑君、篠ノ之さん、鳳さん、ボーデヴィッヒさん、オルコットさん、デュノアさん!」
カフェへとあわてて飛び込んでくる二人組み。
どうやら目的地が同じになって、自然と合流状態に成ったらしい。
「スコール?」
「山田先生?」「どうかしたんですか?」
「どうしたもこうしたもありません!」
「じゃあ、何をそんなに…」
「国際IS委員会が、―――っ!とにかく、来てください!」
「わ、判りました!」
「悪い、また縁があったらな。」
「ほら、ラウラ!行くよ!」
「判っている!」
ドタバタと、『山田先生』とよばれたぽややん系眼鏡少女にしか見えない人物に連れられていく織斑一夏たち。
「我々も急ぐぞ。」
「了解。」
スコールの言葉に返事を返してから、残っていたカフェ・ラテを一気に飲み干した。
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唐突に出ていた人紹介
『アリサ先生』
フルネームは『アリサ・ヴァリエール』。
フランス人で二年の学年主任補佐。担当するクラスはなく、歳も立場も真耶に近い存在。
普段は『令嬢の見本』みたいな立ち振る舞いを心がけているが根は情に厚い直情型で素が出るときは割と口が悪い。
専門はIS技術論で搭乗者というよりは技術者側。
説明 | ||
#111:陰る暗雲 大変お待たせしました。 卒論の追い込みと、年末年始のゴタゴタと、艦これのイベントと… とドタバタした結果これだけ間が開いてしまいました。 進め方に迷った挙句、少々強引になっているかもしれません。 卒論がケリ着けばもう少し早くなるかもしれないのですが、確証はまったく無いので今までどおり、ゆっくりとお待ちください。 |
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