影技23 【業】(後)
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「──お願い! お願い……します! 私はどうなってもいい! この子を……この子を助けてください!」

「ちょ?! ま、待ちなさいよっ! 頭! 頭あげてってば!」

 

 ──その出会いは唐突で。

 

 当時……フェルシアの学院に通っていた彼女は……学校の課題となっていた夜間にのみ花開くという、魔導的に優れた触媒になる花を採取する為、担当の教師に連れられて夜の森へとやって来ていた。

 

 『次代の才能を開花させる事こそ我が命題』と掲げる、知識優先の教師達の中でも異彩を放っていた……筋骨隆々で短い金髪を刈り上げ、丸眼鏡を身につけた担当教師・アルセンが、魔導結界で周囲の外敵を寄せ付けないようにした中での実践的な授業。

 

 外見にはそぐわない丁寧な言葉でアルセンが初めて触れる魔導触媒の注意点、採取方法等を丁寧に指導し、数名の生徒がそれに従い作業を行う中……彼女はよりよい触媒を求め、一人アルセンの結界のぎりぎりまで足を伸ばし、捜索していた。

 

 『あまり遠くまでいかないように』と呼び掛けるアルセンの言葉を背中に聞きながら……彼女は森の奥にあった水場、湧水流れる場所に咲き誇る触媒の花を発見する。

 

 しかし……そこはアルセンの結界のぎりぎり外側にある場所であり……見えるのに届かないその花にやきもきする彼女は、アルセンの禁を破り、結界を抜けて花へと手を伸ばした。

 

「──取れたっ!」

「っ?! 誰だっ!!」

「え……?」

 

 自分の生徒の安全を守る為に張られたその結界は、外部からの侵入者は強固に拒み、内部にいるものが出る際には抜けだした事を分からせる為に違和感を持たせるという仕組みになっており……なんとも言えない違和感を感じながらも、結界から身体をはみ出させて花を摘みとる事に成功した彼女。

 

 しかしそこには先客……結界に阻まれて身動きが取れなかったのであろう、二つの人影がいたのである。

 

 水を飲み、その身を休ませていたのであろう人影は……横たわる人影を守るかのように、バネのように跳ねあがって彼女に向かって誰何しながら、銀閃を走らせた。

 

 当時……子供であった彼女は当然、普通の子供に毛の生えた程度しか腕前も知識もなく、気配を察する事など出来はしなかった。

 

 その咄嗟の声に呆然とし……気がついた時には目の前にある剣先。    

 

 遅れて驚愕と恐怖に息を飲み、彼女が採取した魔導触媒を手から落とした所で──

 

「おん……なの、子? あ、ああ……やっと、((まともな|・・・・))人に出会えた……」

「……え?! ちょ、ちょっとあなた!」

 

 そう、小さく零す目の前の少女が剣を引き、崩れ落ちるように土下座をしてみせたのである。  

           

 そのまま上記のように懇願する言葉を彼女に投げかけたところでようやく我にかえった彼女。

 

 現状を把握しようと混乱する思考をどうにか落ち着け、『この子』と呼ばれた後ろに横たわる人影を見れば……そこには苦しそうに浅く短く呼吸を繰り返す、如何にも重症な金髪の少女の姿。

 

 そして……目の前で土下座をしている少女も、幾度となく野性の獣や夜盗に襲われたのであろう……返り血と自らが怪我をした血で朱に染まっており、どれほどの想いでここまでやってきたのか、その苦労が偲ばれるような体裁であった。

 

 ただ事ではない様子の二人に、僅かな警戒と……しかしながら真摯に訴えるその声は本物であり……少女の懇願に答えようと自分の荷物から応急用の薬や包帯などを取りだした所で──

 

「──ァーーーン! どこですかぁああああ!」

「あ……! 先生! アルセン先生ーー!」

 

 結界を破る反応を感じ取ったのであろう、大声で彼女の名を叫ぶ声が遠くから迫ってくる。

 

 この……自分だけではどうにもならなさそうな現状では、まさに渡りに船である、アルセンの登場に、彼女は手を振って自分の居場所をアピールする。

 

 そんな彼女を見つけたアルセンは、その表情に一瞬ほっとしたような表情を浮かべ、徐々に決まりを破った彼女に対する怒りを浮かべ、肩を怒らせて憤然とやってくるのだが──

 

「っ……く……ここに来て魔獣の類とは……!」

「なっ?!……し、失礼なぁああ! 流石に魔獣と間違われたのは初めてですよッ?!」

「ちょ、ちょっと大丈夫よ! この人は私達の先生。……確かに、ちょっとフェルシア向きの体じゃないけど……でも、すっごい良い先生なんだから、落ち着きなさいって!」

「そ、そうなのか……失礼し──」

「──まあ、実際熊に間違われまして、地元の狩人さんや門番に襲われた事はありますがねっ!」

「──大丈夫か、この教師っ!」

「ちょ?! 先生! 火に油を注がないでくださいよっ! ややこしくなるじゃないですか?!」

「はーーっはっはっは!」

 

 ──しかし、そんな生徒を心配するあまり、凄まじい勢いで駆けよってくる姿は……その巨体と相まってまるで野性の獣が襲いかかってくるようなプレッシャーを剣を持った少女に与え、思わず剣を構えて冷汗を流す少女を抑え、先生である事を強調して止めさせる彼女。

 

 『魔獣』に間違われた事に憤慨しはしつつも、それをさらっとジョークを飛ばして場をより混乱させるアルセンの笑い声が響く中。

 

「……それはそれとして、その子達は? 特にこちらの子……実に危険な状況ですね。これは……毒物の反応ですか。大分進行している……この症状になってからどのぐらい経ちましたか?」

「うっ…………に、週間、です」

「──……自然の毒物ではありませんね……人の手の入ったものだ。高熱による発汗、脱水症状。体の麻痺による呼吸障害。……『((芭蛇羅|バジュラ))』ですか。……その剣も……なるほど」

「っ……お願いします! 私はどうなっても構いません! その子を……その子を助けてください!」

 

 一瞬で真顔に戻った丸眼鏡の向こうから覗く知的な瞳は、金髪の少女の診察を即座に開始。

 

 自分の持つ毒物や医学知識から少女の様子を推察し……毒物の特殊性、二人の持ち物から事情を察したアルセンに対し、必死に地面に頭を擦りつけ、懇願する少女。

 

「──それに貴方もそんなに傷だらけではありませんか! ……二人とも衰弱が激しいようだ。先程いった二週間……碌に食べ物も食べれず、睡眠も取れなかったのでしょう?」

「う……あ……」

「──よく、頑張りましたね。……『我が門下、訪れる者何も拒まず』。……かつて私も、貴方達のように外から来た者でした。そして……私もまた、我が師によって命を救われた。……ならばこそ、私もまた……自分自身に課した命題。次代を担うであろう若き貴方達という命をむざむざと散らせたりしません。──警戒するも当然。されど……我が教師の誇りにかけて貴方達を救って見せましょう」

「──っあ……ありがどう、ござい……ま──」

「ちょっと?! ぐっ」

 

 そんな少女の頭を上げさせ……やせ細った力無い身体にやるせない表情を一瞬浮かべた後、静かな微笑みを向けて胸を叩き、安心するようにと言い放つアルセン。

 

 その真摯な態度に……緊張の糸が切れたのか、剣の少女が身体のを力を失い、彼女のほうへと崩れ落ちる。

 

 慌てて彼女が剣の少女を支え、四苦八苦する中……アルセンの後方から聞こえてくるのは、他の採取を行っていた生徒の声。

 

「貴方はここに…………みなさん、きちんと採取できましたか? ……うん、上出来ですねえ。さ、授業しゅーりょーーーーですよ!! 良い子のみなさんは真っ直ぐ家に帰って明日に備えてくださいねぇ」

─『はーい』─

 

 彼女をその場に残し、いち早く他の生徒の下へと足を運んで距離を稼いだアルセンは、何事もなかったかのように穏やかな笑みで採取作業を終えさせ、生徒達を帰路につかせる。

 

 やがて会話を交わす生徒達の声が遠ざかる中……自分の外套と上着を脱ぎ、それで二人の少女を包んで両脇に軽々と抱きかかえ、彼女と一緒にフェルシアへと戻るアルセン。  

 

 急ぐアルセンの勢いの良さに、いつものように一瞬警戒して手に持った得物を向けかける門番ではあったが……アルセンが大きな声で労いの言葉をかける事で警戒を解き、両腕に抱えられた((荷物|・・))などスルーで顔パスで通す。

 

 爆走しながらも、往きかう人に挨拶をするアルセンに、『いつもの事』と横目で一瞥……あるいは挨拶を返す一同。

 

 ……人柄なのか、人徳なのか……『いつもの事』と判断される要素が実に微妙なアルセンであった。

 

 こうして一直線に自宅兼研究室へと戻ったアルセンは、研究資料等で散らかった自宅に治療スペースを無理矢理確保し、即座に金髪の少女用の解毒剤の調合に入る。    

 

 彼女自身は倒れたままの剣の少女を引っ張ってお風呂に連れて行き、血塗れの体を洗い流し、徹底洗浄をほどこす事で傷口を洗い流し、治療しやすいようにと準備を始めていた。

 

 汚れが落ちていくにつれ、露わになる傷だらけの体と……その無駄なく引き締まった体に同年代とは思えないほどの闘いの傷跡を見る彼女。

 

 驚愕しつつも……深く大きな傷が無い事に安堵し、丁寧に何度も体を拭きあげては血に染まる布を変え、アルセンから渡された傷薬を塗り込んで包帯を巻き、ベッドに横たえて自分の替えの服を着せて一息をつく彼女。

 

 洗っている最中も、怪我を治療している間も……彼女の顔は苦悶一色。

 

 魘され歯を食いしばる様は……一体どれほどの心の傷が少女を蝕んでいるのかが分かるほどであった。

 

「──入りますよ?」

「あ……先生」

「……眠って、いますか。……あまり安らかな眠りとは言えませんね……無理もない。こんな小さな子が……キシュラナから【((灰色の境界|グレー・ゾーン))】を通り、このフェルシアまでやってきたのでしょうからね」

「え?! キシュラナ?!」

「ええ。……この剣。これは……【キシュラナ流剛剣((士|死))術】を扱う、キシュラナの【((左武頼|さぶらい))】が扱う特殊な得物・士剣です。恐らくは……何かしらの理由で追放されたのでしょう。あの国は……プライドの高い国ですからねえ。……むしろ命があっただけでも奇跡でしょうが……なんともやるせないものです。──子は宝でしょうに」

「──……」

 

 何とも言えない気分で見守り続けていた彼女ではあったが……不意に静かに扉がノックされる音で我にかえり、ノックの主であるアルセンを迎え入れる。

 

 静かに部屋に入ってきたアルセンは、苦悶の表情で魘され続ける剣の少女を見て……その顔にやるせなさを浮かべる。

 

 そして……金髪の少女に薬を飲ませた後、綺麗に磨き上げたのであろう。

 

 少女の剣をそっと少女に差し出せば……それを強く抱きしめてようやく、その苦悶の顔が休まる姿に、無念そうに眼を閉じるアルセン。

 

 ──士剣。

 

 それは……ジンがキシュラナで手にした通り、【キシュラナ流剛剣((士|死))術】を扱う者に許される剣である。

 

 それは即ち……彼女達がキシュラナに縁のあるものであり、数ある【キシュラナ流剛剣((士|死))術】の道場のいずれかに所属していた証ともなる。

 

 門下が一定の証として賜るのは……数打ちと呼ばれる、形だけを模した士剣であり……【剛剣((士|死))】として顕現する事は出来ないものだ。

 

 対して……彼女の剣は、キシュラナの中でも有数の腕を持つ者が鍛えたのであろう……見事な一振りである。

 

 それほどの期待をかけるような存在を、何故このような酷い目に会わせるのか。

 

 無念という一字が、アルセンの胸中を埋め尽くす。   

 

 ──『子は宝』。

 

 その言葉は……次代を育てると決めたアルセンにとって師言であり、至言である。 

 

 彼の師も……よく子供を育て、最後まで次代に賭け、その命を落とした。

 

 例え血のつながりは無くとも……アルセンにとって師は父のような偉大な存在であり、師は誇りであり……その言葉は今も尚、彼の原動力となっているのだ。

 

 故に……こうした場面に出くわす度に……アルセンは己の無力さに苛まれる事となる。

 

「──先生。絶対……この子達を助けて……あげようね」

「っ!! ……ええ、そうですね……そうでした。まだ……間に合いますね。彼女達はまだ若い。いくらでも……やり直しは効くのですから!!」

「うん!」

 

 ──だからこそ、彼女のその言葉は……アルセンにとっては救いだった。

 

 『まだ、自分は目の前の少女達に何も出来ていないじゃないか』

 

 自らを叱咤し、顔をパンと叩き、気合を入れるアルセンが、笑顔の彼女に微笑み返す。

 

 ──この夜が……彼女と親友である……ティタとリナ。

 

 二人との出会い。

 

 始まりの夜。

 

 そして……別れの始りである。

 

 ──やがて……時は過ぎ。

 

 金髪の少女・リナ……リナティスが完全に回復し、剣の少女、ティタ……ティタニアの間に信頼関係が生まれ、打ち解け、三人が姉妹のような関係になった頃。

 

 彼女達は……アルセンの指導の下、フェルシア学院でも有数の学生になっていた。

 

 天真爛漫、人を引き付ける笑顔を持つ、リナ。

 

 質実剛健、肉体派で飛び抜けた運動性をもつ、ティタ。

 

 頭脳明晰、学院トップの頭脳を誇る……彼女。

 

 彼女達は……次代の【フェルシア流封印法師】を目指し、己を高めあい、貪欲に知識を吸収していった。

 

 アルセンは次代としての期待をかけ、自分の全霊を持って自らの知識を注ぎこむ。

 

 周囲も……最初は外様……フェルシア外からやってきたリナとティタを異物として扱い、邪険にし続けてきた。

 

 だが……その度に彼女達は、自分の実力・能力で周囲の壁を粉砕し、現在の立ち位置を確立してきたのだ。     

 

 ──次代の【フェルシア流封印法師】は、彼女達に相違ない。

 

 そんな話が持ちきりになる……ある夜。

 

 ようやく癒えた心の傷を切開するかのように……ティタとリナは、師であるアルセン、そして親友である彼女に対し、出会いの原因となったキシュラナ追放の真相を語り出す決心を固めていた。

 

 唐突な話であり……当然、彼女もアルセンも決して聞き出そうとしなかったし、折角落ち着いたのに何故、と問い返す中。

 

 それでも……彼女達は、親友である彼女と、師に自分達の捨てた過去を知って欲しかった。

 

 ここまで自分達を育ててくれたアルセンと。

 

 逆境に会う度に自分達を支えてくれた彼女に。

 

 自分達をより深く知って欲しがったのだ。

 

 より強固な……繋がりが欲しかったのだ。

 

 ──かつて期待をかけられ、裏切り……失望・失意・侮蔑に彩られた逃走劇を繰り広げた過去。

 

 今一度そんな期待が高まる中、過去の自分達と決別し、新しい自分達を始める為に。 

 

 覚悟を決めた表情をするリナとティタの二人に、アルセンと彼女も折れざるをえず……ついに彼女達の過去語りが始まる事となる。     

 

 そして語られだすのは……彼女達の出自。

 

 アルセンの推測通り……二人はキシュラナに生を受けた。

 

 リナはキシュラナでも五本の指に入るであろう、名家に生まれたお嬢様であり……ティタは、そのリナの護衛兼傍仕えとしてリナを支える役目柄にある家に生まれたものである。

 

 同い年という事で、立場はあれど幼いころから二人はいつも共にあり、好奇心の赴くままによく遊び、よく学んだ。

 

 時に笑い、時に泣き、時に怒り。

 

 そんな時間を過ごした二人は……まるで姉妹のよう。

 

 まあ、どちらかといえばリナが妹であり、ティタが姉のような環境ではあったが……。

 

 やがて……その興味の対象は、実家の修める【キシュラナ流剛剣((士|死))術】へと向けられていく。

 

 【キシュラナ流剛剣((士|死))術】師範の父の直接指導の下、彼女達は天賦の才を持ってめきめきと頭角を現し、腕を上げていった。

 

 しかも上記のように、リナは人を引き付ける魅力があり……ティタはそれを影から支えるという役目を担っている……実に良い関係である。

 

 幼くして親の目にも彼女達は一流の才を持つ剣士であり……ゆくゆくはリナを筆頭に、ティタが師範代となって道場を引っ張っていく事を夢想するほどであった。

 

 やがて……そんなリナとティタの名は口々にその腕前を褒めたたえる道場の者達や同業者により、キシュラナを納める帝の傍仕えの者達の耳にも入る事となる。

 

 そして、それが発展して開催される事となったのが……各道場から選りすぐりの若手を選出して行われる事となった御前試合であった。

 

 同じ【キシュラナ流剛剣((士|死))術】を会得しながらも、その志によって趣を変える剣の腕前。

 

 分かたれたその流派の中から……尤も優れた流派を選びだそうと言うのである。

 

 ……キシュラナ最強流派決定戦ともいうべき試合。

 

 しかしそれはキシュラナにおいて最高の栄誉であるだけではなく、御前試合……帝の目に留まる大舞台であるという事が非常に大きな意味を持っていた。

 

 御前試合で勝ち抜き、最強の栄誉を得た流派は……帝直属の最強部隊への武術指南、そしてその部隊への推薦枠を獲得出来るのである。

 

 それは即ち……己の剣を預ける帝に直接使えられるという……この国における武の誉れ。

 

 俄然色めき立つ各流派は……選りすぐった若手を鍛え上げ、御前試合に向けての準備を着々と進めていった。

     

 そして……御前試合当日。

 

 帝見下ろす居城中庭には、特設された試合場前に並び立つ【キシュラナ流剛剣((士|死))術】の若手達が並び立っていた。

 

 若く精悍な顔つきの若者たちに、顔を隠した帝が頷く中……高らかに御前試合の開幕が告げられる。

 

 当然の如く御前試合の代表者として選ばれたリナとティタの姿もそこにあり……一対一の勝ち抜けトーナメント形式で行われ、対戦相手はくじ引き方式で決定される流れとなった。     

 

 初戦から同じ流派での潰し合いや、名門と名高い流派と競い合う事になる若手達が苦悩する中。

 

 運よくリナとティタは大分離れた位置に席を置く事が出来た為、決勝で互いに闘おうと約束し……やがて試合が開始される。

 

 帝の御前を汚すのは許されない行為であるとされる為、刃引きされた刀で剣の腕を競うこの戦い。

 

 ただの一合を持って相手を叩き伏せ、その力量を見せつける者。

 

 拮抗した両者の腕をもって、切磋琢磨の末に勝敗を分ける者。

 

 当たり所悪く、勝利を得た者の次の試合に出れずに不戦敗になる者。

 

 それぞれが真剣故に出される結果に、武を誉れとする民達の心は熱く燃え上がる。

 

 そんな中、圧倒的な剣の冴えを持って相手を下すリナとティタの二人。

 

 抜きん出た才能を持つ二人は注目の的であり、優勝候補として名があがるほどであった。

 

 順当に勝ち上がれば、決勝で当たるであろう同流派の二人の闘いを思い描き、俄然盛り上がる会場。

 

 当人達もそれを望んでおり、このまま勝ち抜けばそれは現実のものになるはずだった。

 

 しかし──

 

「──何の真似ですか? ……『武意』の名が泣きますよ?」

「はっ! ますます生意気な奴だなあ。ええ? 高々『刃速』の流派の分際でよお」

─『はっはっはっはっはっは』─

 

 ティタが丁度試合に出場し、会場が盛り上がる最中。

 

 ティタと当たる事を予期して一人剣を振い、モチベーションを高めていたリナを取り囲む……刃引きされていない((真剣|・・))を持った者達が取り囲む。

 

 それは……大会の優勝候補に数えられる剛剣の持ち主でありながらも、荒く力任せの闘い方をする一流派、『武意』という流派に身を置く者達であった。

 

 今、リナの目の前でにやにやと笑い、人を見下す態度を取るのがその流派の跡取り息子であり……才能はありながらもそれに胡坐をかき、実力があるにもかかわらず加減を知らず、対戦相手の悉くに怪我を負わせてきたという……凡そ【((左武頼|さぶらい))】からは遠い志の持ち主である。

 

 自分の父の流派を馬鹿にされ、内心怒りを高めながらも……油断なく刃引きされた剣を持って周囲を見渡すリナ。

 

「なぁに……簡単なこった。次の試合……((棄権|・・))しろ。流石の手前ぇでも、この人数を相手にして痛い目を見たくはねえだろぉ?」

「──卑怯なっ! それが【((左武頼|さぶらい))】を目指す剣士のする事かっ!」

「ハッ! 何甘ぇ事言ってんだ手前ぇは? 闘いに在るのは生か死か。勝利か敗北かだけだろうが。まして……勝ち残れば国の最高流派にして、帝のお付きだ。贅沢も何もかもがやりたい放題! ならば……((どんな手を使っても|・・・・・・・・・))勝つのが定石ってもんだろうが。なあ? お前達」

─『そうだそうだぁ!』─

 

 この国の代名詞たる【((左武頼|さぶらい))】を汚すような言動を繰り返す男に、リナは激昂して非難するが……男を含む流派の者達はそれを嘲笑し、馬鹿にする。

 

「なるほど……この修練場。誰も来ないと思えば……門番も貴様の流派か。抱きこんだな?」

「お〜お〜、頭はよく回るじゃねえか。まあそういうこった。俺達の((鍛錬|・・))は((実践的|・・・))なんでなぁ。怪我人を出さない為に余人を交えず、といえば大体通るのさ。……さて、答えを聞こうか? お嬢ちゃん。……ははっ! はっはっはっは!」

─『はっはっはっはっは』─

 

 どれほど嘲笑しようと、結界が張られたこの場の声は外に届かず……僅かに漏れたとしても会場の歓声がそれをかき消してしまう。

 

 にやけた顔をそのままに、まるでおもちゃを扱うように剣を抜き放ち、切っ先をリナに向ける男と、それに続いて抜刀する門下生達。

 

 嘲笑高まり、唱和する下卑た声が響く中──

 

「──『祖乃刃速気事……疾風乃如』。かかってこい下郎共。我が流派の真髄を見せてやるっ!」

「……よく言った。おい、お前ら……小娘は激しい稽古が御望みらしい。何、腕の一本や二本なくなるかもしれんが……死なないだけましだろう? なんせ……殺してしまえば御前試合の参加資格がなくなっちまうからなぁ。──やれ」

─『はっ!』─

 

 ──一体多数の……絶望的な闘いが始まった。

 

 男が下がり、それと同時に一斉にリナを取り囲み、振り下ろされる刃。

 

 リナはその囲みの一ヶ所目掛けて一歩踏み込み、刃を弾いて隣接する刃にそれを当てて陣を崩し、目の前にいる門下生を一刀の下に叩き潰す。

 

 刃引きされた刃である為、斬れる事は無いものの……まごう事なき鉄の塊。

 

 打ちすえられた男達がその激痛に悲鳴を上げて倒れていく中……まるで舞うように男達の間をくぐりぬけ、通りぬけ様に脛を打ちすえ、得物を飛ばし、腹を叩き、頭を殴り捨てるリナ。

 

 瞬く間に数を減らす門下生に驚愕し、慌てて激を飛ばす男ではあったが……その腕前はまさに雲泥の差。

 

 碌に修練も積まず、己の才に胡坐をかいていたものと、己の才に溺れず、それをひたすら磨き上げた者。

 

 積み上げた修練量が……ここにきて圧倒的な差となって表れていた。

 

 しかし……既に数度試合をしてきた疲労は確実にリナの動きの精彩を奪い、最初は掠りもしなかった剣が徐々にその体に薄い切り傷を作っていく。

 

 このままではいずれと考えたリナは……相手の頭を取る事で決着を見る為、一路男の元へと一直線に駆けだしていく。

 

 自分に向かってくるリナを脅威ととらえた男が、喚きながら門下生に指示を飛ばして行く手を遮らせ、それをリナが叩き伏せるという事を数度繰り返し、いよいよをもって取り捲きがいなくなり、男と一体一になった頃。

 

(っ……何? 体が……重い! しびれる?!)

「くっそ、化け物がっ! これだけの人数をぶっ倒すまで効果が表れないなんざ……あの野郎藪じゃねえのか?!」

「き……様、まさ、か!」

「あ〜そうさ! 俺達全員の得物には……手前の動きを封じる麻痺性の毒が塗りつけてあったのさ! あ〜、くそめんどくせえ。試合の時間になっちまったか。……おい、お前らここの後始末をしておけ。俺は……先に会場にいって、一向に現れない対戦相手を待ちぼうけして、不戦勝を勝ち取ってくるからよ」

─『はっ』─

   

 唐突に動きが鈍り、剣を取り落としそうになるリナ。

 

 それは激しい目まいと灼熱感を持ってリナを苛み、立つのすら困難になるような症状となって現れる。

 

 ようやく効果の現れたリナの動きに、忌々しげに吐き捨てながらも蹴り飛ばして叩きのめし、先程まで修練場を見張っていた門番が自分を呼びに来たのに答え、にやついた顔で修練場を後にする。

 

 その後に入ってきた門番、衛兵達は麻痺毒の塗られた剣を真っ先に回収し運び出して証拠を隠滅した後、何食わぬ顔で治療班を呼びつけて運び出させていく。

 

 そんな中──

 

(……ふ、ざけるなっ! あんな、男が……【((左武頼|さぶらい))】を、名乗る、なんて……許せないっ!)

 

 麻痺が進行し、口調もはっきりしなくなったリナは、心配そうに運び出す治療班の視線と……通りすぎる際に、にやけた顔でそれを見送る門番・衛兵達の顔を見て憤りを感じずにはいられなかった。

 

 それ故……彼女は治療班が床を用意し、打撲や斬り傷の治療を施して離れた後、気力を振り絞り、無理を押して体を引きずりながら……衛兵や門番の目を掻い潜り、御前試合の会場に辿りついたのである。

 

 そして──

 

「え?! リナ?! ど、どうしたんですか?!」

(てぃ、た──)

「──……大人しく寝てればいいものを…………そんな体の具合で、俺に勝てると思ったのか? 己の体調も理解出来んなど、兵に在らず! 出直してこいっ!」

「ぐっ…………!!」

「っ!! リナーーーーっ!!」

 

 後少しで不戦勝が決まろうとしたその矢先、会場に現れたリナ。

 

 剣を杖にしてようやく会場に現れた、治療痕が痛々しいその姿に……何事かと推測が飛び交う中。

 

 先程まで((無念そう|・・・・))な顔を作って立ちつくし、にやける顔に苦心していた男が……その顔に憤怒を浮かべ、自分の思い通りにいかない現状に憤る。

 

 震える体を叱咤し、審判の意に答えて剣を抜き放ち、構えるリナ。

 

 そして……怒りに肩を震わせていた男が、審判の意を押しきるようにして剣を振りかざし、唐竹から叩きつける。

 

 どうにかその初撃は半身を逸らす事で避けたリナではあったが……神経を蝕む麻痺はその動きの精彩を奪い、二合目にして剣を弾き飛ばされ、三合目の横薙ぎの一撃をまともに食らい、吹き飛ぶ事となってしまう。

 

 脇腹にめり込む鉄の感触すら不確かなまま、肋骨をへし折られて吹き飛ぶリナ。

 

 限界を越え、動きつづけた身体はもはや何も言う事を聞かず……最後にリナの視線が捕えたのは……観客席から飛びおりて自分に駆けよるティタの姿と、その肩口の向こうに見える……男のにやけた顔だけだった。   

 

 当然、対戦相手であるリナが傷だらけで現れた事に対し、その理由の是非を問う審議が御前にて行われるも……当事者であるリナは既に意識不明。

 

 対して男は──

 

「高名な『武意』、その力を拝見したいと、突然リナティス殿が申されまして。我等の稽古は、皆様が知る通りに真剣を用いた危険なものでございます。我々はそれを踏まえ、御断りしたのですが……よほどティタニア殿に勝ちたかったのでしょう。無理矢理に割り込んでこられましてな。仕方なく、我々も応戦せざるを得なくなり……このような次第に。なあ? お前達」

─『然り』─

 

 ──その顔に沈痛そうな表情を張りつけ、仕方なしといった風体でかぶりを振って頭を下げる。

 

 それに同意する、頭を下げたままの門下生達。

 

 そして……当然、俯いたその顔はにやけた笑みが張りついていたのだが……一段高みに居る高貴な人々がその顔を見れるはずもなく。

 

 それを見れたのは──

 

(お……前か。お前達が、リナを、あんな目に、合わせたのかっ!)

 

 そのような事をリナがするはずが無いと疑念を抱き、じっと男の表情を追っていたティタだけであった。   

 

 にやりと笑みを浮かべる男の顔を見た瞬間、男の謀を悟ったティタが思わず斬りかかりそうになる自分を戒める為に拳を握りしめ、視線を地面に向ける。

 

 握りしめすぎた拳に爪が食い込み血が流れ、地面を見つめる目は血走り、地面に穴が開くのではないかと思うほどであった。

 

 ここまでティタが怒りに飲み込まれているその訳……それはこの審議が行われる前にあった出来事に起因していた。

 

 ──それは、治療所での話。

 

 運び込まれ、怪我の治療の際中に一時的に目覚めたルナ。

 

 しびれる身体の為、碌に体も動かせず、しゃべれなかったものの、涙を浮かべて自分の手を握るティタに対し、唇の動きだけで謝罪を告げ、ティタが控えめに理由を尋ねるのに口をつぐみ、目を伏せていた時だった。

 

 そこに……憤然と扉を荒々しく入ってきたのは、父たる師範。

 

 開口一番、受け答えもままならないほどに疲弊したその体で、しかも帝の前で無様を晒したその醜態を大声で叱責される事となる。

 

 常々、『誇り高い【((左武頼|さぶらい))】足れ』と口にしていた師範にとって、リナの失態は許しがたい無様な行為。

 

 棄権ならまだしも、自分の道場の剣士がたった三合も持たずに倒されるなど言語道断であり、怒りのままリナ目掛けて叩きつけた言葉は……『勘当』と『破門』であった。

 

 誇りの為にと、無理矢理自分を奮い立たせて試合に参加したのにも関わらず、その言葉である。

 

 深い衝撃を受け、放心状態のまま瞳の光を無くして崩れ落ち、意識を無くすリナ。

 

 そんなリナを慌てて支え、あまりにもな師範の言葉に静かに怒りを滲ませ、抗議の声をあげるティタ。

 

「──ならば、リナティスの汚名をお前が注いで見せよ。然らば……リナへの言葉は取り消さんでもない」

「……分かりました。必ずや御前試合に勝利を」

「ふん。無様を晒す事は許さんぞ? 分かっておるな?」

「はっ」

 

 既にリナへの視線は冷めきっており、侮蔑すら浮かべて見下す師範。

 

 あまりにも心ないその言葉に憤りながらも必死に気持ちを押し殺して頭を下げ、リナへの視線を遮ってリナへの扱いを取り消すように求めるティタと、幾分留飲を下げたのか……もう一人の候補であるティタへと期待が向けられる事となる。

 

 自身の娘たるリナは敗れたが……切磋琢磨しあい、親友と呼び合っていたティタニアの闘争本能に火がつけばあるいは。

 

 自らの放った言葉に、覚悟を持って望もうとするティタニアの後姿を見て、ほくそ笑む師範であったが……このやり取りは、ティタの心に暗い闇を落とす結果となる。  

 

 ──そして……このやり取りを経ての、この男の表情である。

 

 頭を過るのは……試合場で倒れ込む際、意識のない身で口をついた『ごめん』というリナの一言と……そんなリナに対する誹謗中傷。

 

 怒りにのまれ……もはやティタの頭の中には御前試合での勝利など、どうでもよくなっていた。

 

 頭の中にあったのは……ただリナの無念を晴らす事。

 

 ──あの男を殺す。

 

 唯その一点、心の中で芽生えた……純粋な殺意だけだったのである。

 

 それでも残った理性を総動員し、どうにかその場での刃傷沙汰は避け、控室に戻れたティタではあったが……その狂おしいほどの怒りは留まる事を知らず。  

 

 ──その後、決勝までのティタの試合は……全くらしくないものとなったのである。

 

 それまでは、相手を尊重し、一対一での尋常なる闘いを求めていたティタ。

 

 互いの剣撃を交わし、剣舞を舞い、剣の技量を持って対話する。

 

 まさに正々堂々、相手の実力をも踏まえた上で相手を倒すというのが彼女の闘い方であった。

 

 しかし……今の彼女は、試合開始の合図と同時に抜き打ち一閃、相手を一撃で叩きのめすという……技を持って制していた先程までの戦いとは真逆の……まさに剛の剣。

 

 その勝ち方は奇しくも殺したいほどに憎んでいるあの男と同じ勝ち方であり……闘い方の変わったティタの様子に眉を顰めるも、勝ち続けている事から問題なしとした師範ではあったが──

 

「──貴方達は、この試合の警護を旨とする方々のはず。何か御用ですか?」

「……何、出る杭は打たれるっていうだろう? 要するに……お前はやりすぎたって事だ」

「そう言う事だな。お前は強く若い……来年の御前試合に出れば──」

「──なるほど、そういう事か。はは……そうでしたか。……ああ、納得だ。実に、納得ですよ。──あんな下種に闇打ちされた程度で、リナほどの剣の冴えがあれば問題なかったでしょう。……多勢に無勢、しかも……その刃の鈍い輝き。──リナのあの症状は……毒か」

─『……!!!』─

 

 ──先程の師範自身の言葉、そして男への憎悪は……想像以上に深い闇となって荒れ狂っていたのだ。

 

 そんな自身を戒める為、荒れる気持ちをどうにか抑えようと修練場で剣を一心に振っていたティタではあったが……そんなティタを取り囲む一団が姿を現した。

 

 ……次はいよいよ決勝戦。

 

 次で無縁を晴らせる……そう思っていた矢先のこの出来事。

 

 ここに来て……リナほどの腕前を持って、何故あの程度の男に負けたのか。

 

 リナ本人は言葉を発せず、負けた理由を聞けずにずっともやもやし、いらいらしていた理由が、はっきりと理解できた。

 

 ──彼女は、自ら挑んだのではなく、挑まれたのだ。

 

 それも……あの男が勝つ為だけに、道場の師弟を駆使し、毒まで使い、尚且つ多勢で襲いかかったのだと。

 

 あの男の言葉はやはり真逆。

 

「──まあいい。お前もここで毒濡れになれば……口など利けなくなるさ。後は……敗者の遠吠えにすぎん。おい、お前ら……殺すなよ? ──殺す以外なら何をしてもかまわんがな」

─『はっ!!』─  

 

 リナは己の信念に従い、その剣を持って血路を切り開き……しかしながら毒により、力及ばず力尽きたのだ、と。

 

 そして……ティタ自身もまた、今まさにリナと同じ苦境・状況に立っている。

 

「──は、ははは! ははははははははは!」

「?! ……ふん、恐怖でおかしくなったか。天才剣士も、所詮は──」

「ああ……ああ。そうでした。確か……『高名な『武意』、その力を拝見したい』でしたか? ──今更、逃げるなんていいませんよね?」

「っ……小娘がぁ!」

─『──っ!! オァアアアアアアア!』─

 

 ティタは……嗤った。

 

 自分もまた、ティタと同じ状況になってしまった事を。

 

 自分と切磋琢磨してきたリナが、この程度の相手に卑劣な手を使われ……永遠に御前試合で自分との勝敗を決する機会を、場を、奪われたという事を。

 

 ──様々な感情がティタの中に渦巻き、それは歪んだ笑みとなって表面化する。

 

 そして、その歪み見下したような嗤いは……周囲を取り囲む者達を刺激した。 

     

 その憤りは……そのまま短絡的な行動に直結。

 

 真剣を振り上げ、怒りにまかせてティタに殺到する。

 

 ──斬閃疾走。

「──リナは……あの子は、優しいんですよ」

「あ? あ……がぁ、お、俺の腕! 腕がぁあ!?」

「き、貴様ぁ?!」

 

 あるいは……先程までの怒りにまかせた雑な動きのティタならば……ここで終わっていたかもしれない。

 

 しかし……ここに来てティタは自分の動きを取り戻す。

 

 その動きは……まさに疾風の如く。

 

 その流れるような剣技は……正に剣舞。

 

 ティタに襲い掛かる敵には、逆風としてその鋭き牙を剥く。

 

 ……その手に持つのは……刃引きされた斬れぬ剣。

 

 しかし、そのあまりにも鋭き技と剣速は……斬れぬ刃に、真空の刃という、鋭き刃を与えるほどであった。

 

 本来であれば、打撃として敵を叩きのめすはずのその剣は、真空の刃をもって打撃としてではなく、斬撃として男の腕を斬り飛ばした。

 

 修練場に舞う、斬り飛ばされた腕が鮮血を撒き散らす。

 

 遅れて、斬られた男の絶叫が響く中。

 

 それを目撃した男達が、((刃引きされた剣|・・・・・・・))で腕が斬りおとされたという事実に戦慄する。

 

 それは……目の前の少女・ティタの腕が【キシュラナ流剛剣((士|死))術士】のそれに迫っているという事。

 

 その意味を理解し、顔を青くしてティタに向き直れば──

 

「多勢に無勢、真剣と刃引きの鈍。挙句の果てには毒。【((左武頼|さぶらい))】の求める正々堂々など欠片も存在しない闘い。それなのに……あの子は律義にも刃引きされた刃で闘った。敵であると言うのに……貴方達を殺さないように。帝の御前、御膝元を汚さないように。貴方達が死なないように。いつか、国の為の【((左武頼|さぶらい))】足るようにと……未来を残そうと細心の注意を払い、手を加え、叩きのめした。……その結果、リナは……全てを失う事になった」

「──はっ! はははは! ざまあないな! 何せ……帝の前であれだけ無様に負けたんだ。あのプライドの高い『刃速』の師範が、それを許すはずが──?」

「本当に……よく囀りますね。──この程度も避わせないのに」

─『!!!?!?!』─

 

 そこにあったのは、自然体で剣を構え、愁いを帯びた表情で、伏し目がちにリナの行動を偲ぶティタの姿であった。

 

 噛みしめるかのように……リナの行為を称え、また悔やむ独白がその口から零れおちる中……目の前の男が、リナの無様を嘲笑う。

 

 ティタを指差し、馬鹿にする言葉を口にしていた男ではあったが……唐突にその言葉は失われる事となる。

 

 ──いつの間にか間合いを詰めたティタが瞬きの間に剣を袈裟斬に振り下ろし……真空の刃で斬りさかれ、ずり落ちていく事になったからだ。

 

「リナだったら……リナだったら余裕で避けられた! これも! これも! これも! この一撃もっ!」

─『ぎゃ、ぎゃああああああ』─

 

 その眼から零れおちるのは……赤き涙。

 

 歯を食いしばり、剣を振う姿は……まさに修羅。

 

 【キシュラナ流剛剣((士|死))術】の手ほどきを受けたとはいえ……【剛剣((士|死))】に辿りつけなかった者達である門番・衛兵達では成す術もなく。

 

 修練場は瞬く間に血臭むせかえり、鮮血飛び散る阿鼻叫喚へと変貌を遂げる。 

 

「──着替えなきゃ。剣は……このままで。後は……リナの敵を取るだけ。……待っていろ。貴様の命……斬り散らしてやる」

 

 ──やがて、動くものが居なくなった修練場で一人、赤に染まった彼女は……顔や手についた血を忌々しそうに拭いながら、控室へと向かう。

 

 誰も遮る事が無くなった廊下を通り、血に染まった衣服を脱ぎ捨て、彼女は……リナと同じく、時間ぎりぎりにて御前試合の会場へと入る事となったのである。

 

「──っ手前っ?! 何故!!」

「──? なんです? その言葉は。……まるで、私がこない事が((決まっていた|・・・・・・))みたいじゃないですか」

「っ…………」

 

 そこに居たのは……無念そうな表情を作り立ちつくしてた件の男と、自分を注意しながらも試合への是非を聞く審判役の剣士。

 

 ゆっくりと歩みより、審判に強く頷くティタ。

 

 遠くからはリナ同様、またしても遅参したティタに対する叱責の声をあげる師範の声もあがっていたのだが……その全ては今のティタには遠く。

 

 ──その瞳に映るのは、憎き目の前の男だけ。

 

「──はじめっ!」

「っしゃらああああ!!」

 ──剛剣一刀。

 

 開始の合図と共に、先手必勝とばりに唐竹から振り下ろされる男の剣。

 

 力強さと早さを兼ね備えるそれではあったが──

 

「──遅い。なんて遅さですか。なるほど……これでは絶対にリナには勝てませんね」

「っ! ほざけ! 既にあの小娘は負けてるじゃねえか!」

「ええ。負けました。──貴方の下らない策略によってね。だけど……実際に戦えば、リナは貴方に圧勝していた!」

「はっ! 吼えるんじゃねえよ! ……勝負なんざ、勝てばいいのよ、勝てばなあ!」

 

 半身を逸らしただけで、いとも容易くその一撃を回避するティタ。

 

 しかし、その手にした武器を振うでもなく、次々と襲いくる攻撃の全てを、避けに徹し、冷徹な視線で男を見つめ続けていた。

 

 やがて右薙に振られた剣をティタが受け止め、鍔迫り合いが始まり……審判の視線から逃れるように互いの言葉を交わすティタと男。

 

 数合の剣撃が交わされ、金属音に混じって応酬される主張。

 

 訝しげな審判が見守る中……再び鍔迫り合いとなる両者。

 

 鳴り響く鍔鳴りを聞きながら……ティタは言葉を紡ぐ。

 

「──なるほど。それほど汚い手を使って勝ち上がり、貴方は何を手にしたいのですか?」

「はっ! 知れた事──」

 

 能面のような無表情で紡がれる言葉。

 

 それにニヤリと笑みを浮かべ……リナに口にしたのと同じ台詞を口にする男。

 

 ──権力、金。

 

 男は欲望のままに策略を巡らせ、リナを陥れたのだと……そう口にしたのだ。

 

 その瞬間。

 

 ティタは……自分の中の決定的な何かが切れる音を聞いた。

 

「ぉ、ぉあああああああああ!」

「なっ?! ぐっ!! お……あ」

 

 能面のようなティタの表情は、裂帛の叫び声と共に悪鬼の如き形相となり……その瞬間、撃ち会った男の手にした剣が砕け散る。

 

 その瞬間、『勝負あり』と審判が手を上げて勝敗が決し、砕けた剣に悪態をつき、勝てなかった事を愚痴りながら尻餅をつく男。

 

 しかし……勝利者の宣言を受けても尚、ティタは止まらなかった。

 

「くっそ……なんで手前みてえな……え? お、おい?」

「──……」

「?! ま、待ちたまえ! ティタニア君! 帝の御前であるぞ!」

 

 ──疾風一陣。

 

 その形相のまま、ティタは自分を止めようとする審判の横をすり抜け、手を上げて制止の声をかける男の足を剣で殴打し、へし折る。

 

 苦痛に顔を歪ませ、痛みに叫び声をあげようとする男の顎を柄で跳ね上げ、顎を砕きながら浮かび上がらせ……そこに回転し、勢いをつけた左薙の一撃が脇腹に突き刺さる。

 

 折れ、砕ける音が響き、血を吐き出しながら吹き飛ぶ男。

 

 間髪いれずにそれを追い、刀を腰だめに力を貯めながら疾走するティタ。

 

 壁に派手にぶち当たり、跳ね返る男。

 

 激痛と恐怖、恐慌に彩られたその男が最後に目にしたのは──

 

 ──剣鬼。

 

 鬼のような顔で左薙に剣を躊躇なく振り抜き、斬られた感覚すらなく……鮮血と回転する視界、そして暗くなる意識だけであった。

 

 そして訪れる一瞬の静寂。

 

 やがて、モノが落ちる音と共に吹きだす鮮血に、割れんばかりに会場に響き渡る……凶行及んだティタへの非難、あるいは残酷な場面を目にした者達が口に手を当て、蹲り、泣き叫ぶ声であった。

 

 即座に【キシュラナ流剛剣((士|死))】が会場に降り立ち、ティタを捕縛。

 

 御前を汚した罪と、事の確執を裁くため、帝の御前での審議が開かれる事となる。

 

 その審議の場で待っていたのは……自らの師である師範からの罵倒と殺さんばかりの視線、そして……処刑を望む声。

 

 それに同意するのは……青を通り越して土気色になった『武意』の師範であった。

 

 首元に剣を交差状に当てられ、抑え込まれていたティタは……帝直属の【キシュラナ流剛剣((士|死))】の詰問に淡々と、私事を交えずに答えていく。

 

 帝の御前を汚したという行為は……この国の剣士、【((左武頼|さぶらい))】に取っては死に値する行為。

 

 その胸に、リナを残して先に逝く心残りを抱きながらも……既に自分が死地にいると悟ったティタは、嘘偽る事無く、聞かれた事に速やかに、かつ正確に答え続け──

 

「で、出鱈目を申すなっ! 我が息子の命を取っただけでは物足りず、『武意』の名までも辱めるつもりかっ!!」

「──控えよ。帝の御前である」

「しかし──」

「──控えよといった。次は無いぞ」

「──っ」

 

 ──死を悟るその表情。

 

 晩節を汚すまいとする態度に嘘偽り無しと判断を下し、【キシュラナ流剛剣((士|死))】は帝直属部隊に対して事の真相究明を依頼。

 

 この言葉に従い、宮中に居る『武意』の関係者、及び周辺の者達の素行調査が行われる事となったのである。

 

 それに反抗し、抗議する『武意』の師範ではあったが……身柄は即座に拘束され座敷牢へと監禁される事となり、ティタもまた、事の真相究明まではと延命が成され、拘留される事になった。

 

 そして……数日が立った頃。

 

 報告に上がってきたその内容、『武意』の実情は……まさに惨状としか言えないものであった。

 

 賄賂、横領、脅し、殺し、盗み、犯し。

 

 名門の一家であり、宮中にも同流派の者達が多かった『武意』は……その名を使い、数々の犯罪行為に手を染め、それを武力と権威で覆い隠してきたことが明るみとなったのである。

 

 ティタが修練場で葬り去り、躯となっていた者達の全てが……多かれ少なかれ罪を犯しており、その罪状も首を飛ばすに余りあるほどの重きものばかり。

 

 挙句に、御前試合をも権力争いの場として扱ったのである。

 

 事実が発覚した即日、『武意』師範は死罪となり、家は取り潰される事が決定。

 

 更に余罪を徹底的に洗い出し、『武意』を含む各流派と宮中の大掃除が行われる事となった。

 

 そして……御前を血で汚し、修練場で刃傷沙汰に及んだティタは……その内容に情状酌量の余地はあるとはいえ、犯罪者としての烙印を押される事は免れず。

 

 自分の師範によって半死半生まで打ちすえられた後、リナもろとも『破門』・『勘当』扱いとなる。

 

 更には……身を守るだけの剣一本を持たせ、後は着の身着のまま、無一文で国外追放という……死罪の一歩手前の罰を言い渡される事となったのである。

 

 しかも……同じく勘当扱いとなったリナまでが同罪として追放される事が決定。

 

 自分一人であれば死んでそれまで、と覚悟を決めていたティタではあったが……毒の治療すら疎かなまま、リナと二人で追放される事となってしまった現状では、優先事項が変わってしまう。

 

 親友たるリナが、生きて尚且つ、毒に苦しんでいる。

 

 動ける自分がリナを守らねば、即座に死んでしまう今。

 

 安易に自分だけが死に逃げる事など……許されるはずがない。

 

 そして……罪状が決まった今。

 

 二人は即座に国境を越えた【((灰色の境界|グレー・ゾーン))】まで連行される事となったのである。

 

 やがて……馬上から街道脇へと投げ捨てられる事となった二人。

 

 今だ動けないリナが呻く中、打ちすえられ、痛みボロボロになりながらも必死にリナを背負って立ち上がるティタ。

 

 最後に馬上から捨てられた剣を拾いながらも……その剣、錆が浮き、歪み、手入れがされておらず、今にも折れそうな状態の得物を見て深くため息を吐く。

 

 どうにか鞘に入れたままで杖代わりに歩きだすティタではあったが……現状は最悪。

 

 病気で動けないリナを背負い、自分もまた師範にボロボロにされた所為で動きが鈍く、血塗れの状態。

 

 野獣・魔獣を血の匂いで寄せ付ける危険な状態なのだ。

 

 しかも、水場から遠く離されたこの場所では、水場まで辿りつくのも困難であり……盗賊・山賊が跳梁跋扈する【((灰色の境界|グレー・ゾーン))】では、迂闊な行動は死につながる。   

 

 何より……早く逃げなければ、道場からの追手がやってくる可能性があるのだ。

 

 あのプライドだけが高い師範が、未だに生きている自分達をほっておくはずがないからである。

 

 それ故の、この得物。

 

 追手が確実に、自分達を殺せるようにと準備されたのだろう剣を握りしめ、やるせない思いが、涙となって頬を伝う中。

 

 それでもリナの為にと必死に足を動かすティタの目の前に──

 

「──おっと、いかんいかん、迷うてしもうた」

「?! ぁ……え、えっと」

「おや……こんな所に可愛いお嬢さんとは……珍しいのう。お若いの……すまぬが……キシュラナへの道を教えてはくれんかのう?」

「あ……はい。この先の──」

 

 ──ゆっくりと棒読みの台詞を吐きながら……立ち上がる人影が視界に捕えられる。

 

 自分の警戒範囲にもかかわらず、感じられなかったその気配。

 

 年老いながらも、伸びた背筋と立ち振る舞いは……武人のそれ。

 

 しかし……犯罪者であり、既に国内に犯罪者としてお触れが回っているはずの自分達に対する敵意は皆無であり……見つめる視線、態度は温厚そのもの。

 

 思わず素直に道を教えるティタに、穏やかな笑みで礼を言う御老体が背を向けてキシュラナに向かう中。

 

「……しもうた。ワシとした事が。((財布|・・))と((得物|・・))を((落として|・・・・))しもうた。……中々に業物じゃったんじゃが、どの道使い手の居らん剣じゃ。捨て置くとするかのう」

「──え?!」

「はて、どこで落としたのやら……((さっき休んだ時|・・・・・・・))かのう。やれやれ、歳は取りたくないもんじゃ」

「あっ……」

 

 一度立ち止まった御老体が、取ってつけたようなしゃべり方でそう独り言をつぶやき、それを聞いたティタが先程御老体が座っていた樹に視線を送れば……そこにあったのは……黒塗りの鞘に収まった、見事な剣。

 

 その柄に巻かれているのは……布で出来た長財布。

 

「あ、あの!!」

「──これは独り言なんじゃが……なにやらここら辺に歳幼くも【((左武頼|さぶらい))】としての誇りと忠義を持ち、それを貫いて国に背いてしまった武人が追放されたらしい。……何とも、心ない事よ。どれほど、彼女達の行いで救われ、胸の空くような想いをしたものがおるかわからぬというのになぁ。……かくいうワシもその一人。我等の無念を晴らしてくれた恩も返せず……追放させてしもうた事は悔やんでも悔やみきれんわい。……((落し物|・・・))がせめてもの足しになればいいんじゃが……今のワシじゃあ、これで手一杯じゃ。……すまなんだのう」

「──……!!!」

 

 どこからか情報を得て、ここで待っていてくれていたのであろう御老体は、そう悔しさを滲ませる言葉を残し、振り向かずに去っていく。

 

 その背中に、その心意気に。

 

 感涙の涙を流しながら深々と頭を下るティタ。

 

 去っていく気配を感じながらも、落ち着いている場合ではないと涙を乱暴に拭い、御老体が置いて行ってくれた荷物を手に取る。

 

 剣の影にあったのは小さな鞄があり、その中には医療用の道具が入っており、僅かばかりの食糧も入っていた。

 

 その優しさに再び涙ぐみそうになるも、今は先を急ぐ旅路。

 

 熱さましをリナに飲ませ、自分の傷に薬をつけ、包帯を巻き……足早に剣を手に先を急ぐティタ。

 

 行き先は……西のフェルシア。

 

 自分達は今、国境を無事に渡れる手形もない犯罪者の身。

 

 そんな者達が北のリキトアにいけば……国境警備の【牙】族に排除され、南のクルダは歴史的背景場、キシュラナの人間を嫌う傾向にある為、排斥される可能性が高い。

 

 自分達が生き残るには……直接関わり合いの少ない、西のフェルシア、【((灰色の境界|グレー・ゾーン))】の穴を抜け、街に潜り込むしかない。

 

 しかし……そこに至るまでの【((灰色の境界|グレー・ゾーン))】の道程は決して平坦なものではなく……動けないリナ、ボロボロの自分の体というハンデを抱えながらも、山賊・盗賊・野獣・魔獣が跳梁跋扈する道筋を進まなければならないのだ。

 

 それは……まさに生き地獄にも等しい旅路。

 

 しかも……共に剣を振った道場の門弟達が自分を追ってくることを考えれば、その足取りは更に重く。

 

 それでも尚、リナを生かす為に歯を食いしばり……彼女達はフェルシアに入り、アルセンと彼女に出会ったのである。

  

 しかし……この逃避行の中、自分達が一番警戒していた道場の追手は……何故か一度も向かってくる事がなかった。

 

 それだけが唯一の謎だったのであったが──

 

 

 

「──失礼、御老体。ここら辺でお触れ書きにあったお尋ね者……ティタニアとリナティスという二人連れの少女を見かけなかったであろうか」

「おお、お主等……『刃速』の道場の者か。……なんじゃ、娘御によってたかって、大人数で誅するとは……嘆かわしい。それでも【((左武頼|さぶらい))】を目指す剣士なのかのう」

─『っ!!!』─

 

 ──ティタに剣や食糧などを渡したあの御老体。

 

 彼が……ティタ達と別れた後、追手である道場の門下生と出くわしていたのである。

 

 飄々とした態度で、手負いである二人の少女を門下総出で追跡しようとする道場の者達の前で態とらしく溜息を吐く御老体。

 

 その態度に憤りを感じ、腰の剣に手をかけようとする者達。

 

 それをリナとティタがいない今、筆頭剣士となった男がそれを制止する。

 

「よせっ! ……失礼した。それは我々で捜索する。では」

「──おお、すまんすまん。あの二人じゃろう? 知っておるよ。先程会うたでのう」

─『!!!』─

「?! お人が悪い。して、どちらに」

 

 御老体に頭を下げ、去ろうとする一同。

 

 そこに待ったをかける御老体の一言に、より一層敵意が膨れ上がる。

 

「さて……どっちじゃったかのう。ちと物忘れが──」

「……ふざけるな! あの二人は、我等の道場の名を汚した犯罪者! それを庇いだてするとは……爺さん、あんたも同罪になるんだぞ!!」

「おや、それは怖いのう。では……どうするかね? 『武意』のように、力で押しとおすかね?」

─『っ!!!』─

  

 そんな敵意を全身に受けながらも……おどけた態度を崩さずにとぼけ続ける御老体。

 

 そしてついに……道場の一人が暴発。

 

 御老体に食ってかかるが……それすらも意に介さず、受け流す中──

 

「──彼女達を討ち斃す為ならば……それもやむなし、と思っています」

「──ほう」

「だから、さっさとあいつらの居場所を──」

「なるほど、なるほど。そこまでして……あの娘御を害すと言うのじゃな。……良かろう」

「分かっていただけましたか。では、居場所を──」

 

 ──代表の男が決定的な一言を口にした瞬間、御老体の態度が変わる。

 

「──お主等を、ここから先に、あの娘御達の下へ行かせる訳にはいかんという事がよ〜くわかったわい」

「っなっ?! 言っている意味が分かっているのですか? 罪人を庇えば、貴方もっ!」

「──元より。老い朽ち果てるこの老骨。ワシの無念……いや、ワシ等の無念を晴らしてくれた恩人の為、当にこの命を捨てる覚悟は出来ておるわい。──お主等……ここを通ろうと言うのであれば、命を捨てる覚悟をせい」

─『っ?!?!』─

 

 ゆっくりと……ついていた杖を引き抜けば……そこにあるのは輝く刃。

 

 ざわめく道場の者達が驚愕する中……八双の構えで腰を落とす御老体。

 

 誰一人通さぬと気負うその身体に纏うのは……濃密で濃厚な、圧倒的な剣気。 

 

「──どうしてもですか」

「くどい。【((左武頼|さぶらい))】を目指す剣士ならば! その名を語りたいのであれば……その剣で語ってみせい!!」 

─『──…………』─ 

 

 裂帛の気合と共にそう吼える御老体。

 

 一斉に門下生が剣を抜き放つ中──

 

「──長かった、実に……長かったわい。剣に命をかけ、過ごした年月。その中でも幸せであった……息子に義娘、そして孫娘と過ごした日々。そして……その幸せを、奪われ、失望と無念を抱き、無為に過ぎた日々。そのすべてが……ようやく、ようやく終わる。──我が剣の終わる場所はここ。我が命が終わる場所は……ここ。──我が士道は、ここに完結する。……さあ、己が剣で己の士道を示してみせい、若人よ。脆弱な思考では押し通れぬこの士道を……己が意思と力で越えて見せよ!」  

   

 ──御老体の剣が、舞う。

 

 その無骨で力強い剣は、相手の剣を砕き。

 

 その熟練された技は、相手の剣を逸らす。

 

 入り乱れる人々。

 

 無数の剣撃。

 

 舞い散るは鮮血。

 

 飛び交うは怒号。

 

 交差するは気迫。

 

 ──その日。

 

 『武意』に続き、彼女達が所属していた『刃速』率いる流派の門下生が、一人の武人によって壊滅の憂き目にあったという事実が、キシュラナの街中を駆け廻る事となる。

 

 片腕を失い、無数の切り傷をその体に受け、無数の剣が自分の体を貫いて尚、立ちつくすその武人こそ……あの御老体。

 

 血塗れになり、口元から血を流して尚、その表情は穏やかであり……後に『武意』の被害者達には、まことしやかにこうささやかれる事となる。

 

 ──真なる【((左武頼|さぶらい))】こそ、かく在るべし、と。      

 

 そして……門下生全てを一斉に失い、自らの血脈を自らの手で断ち切った『刃速』の道場は……この時をもって断絶する事となったのであった。

 

 これこそが、現在断絶してしまったキシュラナ二流派の、語られる事無き末路の真相である。 

  

 

─『──……』─

「これが、私達の過去。私達の犯した……罪」

「それは違う! その罪は、私が! 私が行ったもの! 決してリナの所為では──」

「ううん。違うよティタ。これは、二人が背負うべき罪。それを一人で背負おうだなんて……そんなの、私が許さない」

「リナ……」

 

 ──静かにそう……語り終えるリナ。

 

 それは……熱に浮かされ、魘され続けた意識の中で、ティタの背中越しに見続けた事実。

 

 そして、自分を守るために、自分の雪辱を晴らす為だけに、一度修羅道に堕ちてしまった親友に対する……罪悪。

 

 自分一人でその全てを背負おうとするティタと、それを許さず共に歩もうとするリナ。

 

 支え合う二人はまさに姉妹のようであり──

 

「──よく、頑張りましたね。なるほど、当初の警戒も頷ける。それほどまでに……君達は追い詰められていたのですね」

「……ぐすっ……悪いのは、向こうなのに……そんなの、あんまりよお」

─『?! ……──』─

 

 ──その話を聞いていたアルセンは目頭を押さえて手で顔を覆い隠すかのように肩を振わせ。

 

 彼女自身は流れ出る涙を抑える事もせずに二人に向かって訴えかける。

 

 拒絶覚悟で明かした過去は……彼女達の絆をより深め。

 

 さらに強固にする役目を担ったのである。

 

 泣きながら抱きあい、互いを認め合う三人。

 

 そんな三人を親の視線で優しく見守るアルセン。

 

 より深く絆を深めた三人は、アルセン指導の下、互いに切磋琢磨をしながら……フェルシア最高の称号である、【フェルシア流封印法師】を目指す決意を固め、誓いを新たにする。

 

 文武両道・成績優秀で文句なしに国を守護する衛士過程へと進んだ三人。

 

 互いの短所を補いあいながら長所を伸ばし続け……遂には国を守護する防人・衛士部隊に選ばれる事となる。

 

 この部隊の最高峰、頂点に位置する最強こそが、この国の最高戦力たる【フェルシア流封印法師】であり、互いに目指す夢が現実の者となって眼前に迫ったというある日。

 

 ──次の院長候補であった、ある男の立案した魔獣討伐に推薦され、魔獣の毒物や治療術に長けてるアルセンが治療役としてそれに同行する事となる。      

 

 あの出会いの日から一緒に住むようになったアルセンの家。

 

 その玄関から、いつものように見送ってくれる三人に笑顔で答え、出立していったアルセン。

 

 ──しかし。

 

 その日以降……彼がその家に戻ってくることは……無かった。

 

 現地からの報告によれば、魔獣討伐の際、怪我を負った隊員を治療中に新手の魔獣に襲われてしまった彼は、怪我人を救うために応戦。

 

 自ら囮となって森の中へと入っていったという。

 

 治療役として赴いたため、碌に戦闘系の魔導具を持たなかった彼は断崖絶壁にて魔獣を撃退・落下させるも……その落下に自身も巻き込まれ、一緒に谷底へと落ちていったのだというのである。

 

 当然、アルセンを慕う彼女達は必死に捜索を進言し、自身も赴こうと捜索隊への参加を嘆願するも……あまりに危険な捜索になる事、アルセン自身の言葉である『次代を残す』という言葉を守るため、その許可はついぞ下りず。

 

 アルセンは……その行方不明の期間、三ヶ月の時を経て……死者の列へと並ぶ事となったのである。

 

 ──葬儀の列の中を……空のまま運ばれていく棺。

 

 あまりにも唐突な話に、否応なく悲しみに包まれる三人。

 

 その悲しみと怒りの感情のまま……三人はアルセンを失った心の隙間を埋めるかのように、魔獣討伐戦に参加し続けた。

 

 三人の息の合った連携は魔獣の屍の山を築きあげ……実績と実戦を経験し、彼女達はより強くなっていく。

 

 ようやくアルセンの死を乗り越え、魔獣討伐の功績によって衛士隊の中でも上位に食い込むほどの貢献を見せるようになった頃。 

 

 いよいよをもって【フェルシア流封印法師】の選考に三人が選び出され……その為の試験として指定の魔獣を討伐する事が言い渡される。

 

 当然の如く、意気揚々と試験に参加する三人。

 

 その討伐目標は巨人型魔獣のバーサーカー。

 

 5mを超える巨体で、見た目は魔獣の頭蓋骨をかぶり、蛮族のような出で立ちをしている。

 

 肌が茶色く、人と同じように武器を扱うも……言語が通じず、眼前に見える全ての者をを殺しつくすまで止まらないとされる凶暴な魔獣である。

 

 そんな魔獣が、ここ最近フェルシア近郊に現れては商隊を襲い、無慈悲で無残な死を作り上げるという事件が起きていたのだ。  

 

 一応の警戒の為、国家最高戦力たる【フェルシア流封印法師】は都市ににて待機し、他の衛兵と共に都市の守護を。

 

 そして……試験と称し、新人衛士に討伐させることによって衛士にそぐわない腕前の者を振いにかけ、またベテラン経験者を温存するという内情の下、試験に参加した者達が送り出される事となる。

 

 スリーマンセルにて散開し、標的捜索に移る同僚達を横目に……彼女は周囲の状況、襲われた状況から推測し、予想を立ててリナとティタと共に真っ直ぐにバーサーカー出没付近を目指す。

 

 やがて……三人は小さな広場になっている場所へと抜け、そこで……恐らくはここで被害にあったのであろう、地面に広がり染み込む……惨状の後を目にする事になる。

 

 巨大な鈍器で殴り潰されたのであろう、地面が抉れた跡。

 

 そしてそこに……今だ乾かぬ赤き流れがゆっくりと滴を落とし、溜まっていく様。

 

 あまりにも残酷でむごい光景に、思わず口に手を当てて彼女が呆然とする中──

 

「──えっ?!」

「しっかり!」

「危ないですよ!」

「ゴァアアアアアアアアア!!」

 ──轟音爆砕。

 

 立ちすくんでしまった彼女の頭上から、唐竹に振り下ろされる……丸太を削っただけの荒い作りの棍棒の影が迫る。

 

 その気配を察したリナとティタが、彼女の背を押してその一撃を回避させる中……先程まで彼女がいた場所に爆発したような音と共に叩きつけられるその一撃。

 

 地面が陥没し、抉れ、土塊が飛び散る、土煙舞う視界の中で……巨大な影がその姿を露わす。

 

 濁った黄色い目を血走らせ、口からは犬歯をむき出しに涎を垂らし……撒き散らされる殺気は、人に在らず。

 

 魔獣・バーサーカーがそこに居たのである。

 

「──しっかりしてください。貴女が頭脳、ティタが腕、私が剣。貴女が指示を出さなければ、我々の動きは完成しない」

「そ〜だよ! ──ティタっ! 牽制を! こっちは足を狙う!」

「分かりましたっ!」

「──っ、ごめん! リナっ! 足を狙い次第、私が視界を奪うわっ! ティタ! 首を!」

「分かりましたっ!」

「おっけ〜っと!」

 

 彼女を後方に置き去り、ティタとリナが剣を手にバーサーカーに肉薄する。

 

 その大きさ、怪力で右薙に振われるバーサーカーの棍棒が、二人の頭上スレスレを轟音と風圧を持って通り抜ける中、棍棒の後を追って手に斬りかかるティタと、バーサーカーの視線がティタに向いた瞬間、地面すれすれの低さでバーサーカーの足元に到達するリナ。

 

 ようやく気を取り直した彼女が指示を飛ばす中……ティタがアキレス腱を斬り裂き、バランスを崩させ、指を斬り落として棍棒を落とさせたティタが、腕を蹴り上り、バーサーカーの顔前へ肉薄する。

 

 その間隙を縫うように、尻餅をついたバーサーカーの顔目掛けて放たれる魔導の光弾。

 

 眩しさに左手で顔を庇うバーサーカー。

 

 ──その刹那。

 

「──隙だらけです」

「ティタ、リナ! バーサーカーの血は猛毒よっ! 後退してっ!」

「わかって……るっと! ……相変わらず気持ち悪いなあ、顔無くなっても動くとかっ!」

「ちぇええい!!」

「はっ!!」

 

 右腕を駆けのぼったティタの一閃が……バーサーカーの首を斬り飛ばす。

 

 宙を舞う巨大な首。

 

 しかし、首を無くしても今だ動く体は、痛みを無視して暴れ始め……それを封じ込めるためにリナとティタの斬撃が腕と足を斬り飛ばし、動きを封じる。

 

 自ら吹きだした血溜でびくびくと巨体が震える中──

 

「さっすがリナ、ティタ!」

「ふふん、と〜ぜんだよっ!」

「リナ、慢心はいけませんよ。バーサーカーは未だ死んでは──!! 二人ともっ!! 下がってっ!!」

─『えっ?!』─ 

「くっ……はっ!!」

 ──血刀射出。

 

 ──三人がバーサーカーの動きを伺いながらも駆けより、魔獣討伐の成功をハイタッチで祝う。

 

 顔も手も足も失い、それでも尚動き続けるバーサーカーの異常な生命力。

 

 完全なる止めを刺さんとして、ティタが剣をかざしバーサーカーの心臓に剣を向けた瞬間。   

 

 ──赤き斬閃が森の奥から奔り、地面を抉って迫りくる。

 

 その一撃は、三人の目の前でバーサーカーを真っ二つにし……それでも尚その攻撃は止まらず、勝利で気の抜けていた二人目掛けて襲い掛かる。

 

 それにいち早く反応したティタがその一撃を斬り払うが──

 

「あっ……ぐっ、あ……がっ! いっ! ああああああああああ!」

「っ!! ティタっ?! これは……バーサーカーの! まって、今血清をっ!」

「っ!!! ティターーー!!」

 

 ──攻撃を切り払った後。

 

 その攻撃で真っ二つに斬り裂かれ、四散したバーサーカーの血液が血飛沫となって三人目掛けて押し寄せる事となったのだ。

 

 咄嗟に二人を後方へと突き飛ばし、自分が前に出て剣を振い盾になるティタ。

 

 しかし、当然全ての血を避けられるはずもなく……あちこちが血に濡れ、朱に染まる。

 

 ──瞬間、その肌を焼き、貫くような痛みが、ティタに襲い掛かる。

 

 外傷だけではなく、神経にも入り込み、蝕む……毒。

 

 あまりの激痛にティタが叫び声を上げる中、ティタにリナと彼女が治療の為に駆けよろうとしたのだが。

 

「っがっ……だ、だめですっ! にげ、逃げてっ! あ、あれがっ! あれがきまっす! 今の攻撃をした、アレ、がっ!」

「っ!! だって!! それじゃティタがっ!!」

「っ!! そ、んな……血の匂いに惹かれて!! 来たの?!」

「えっ?! あ……!!」

 

 ──ティタは全身全霊をもってそれを拒絶。

 

 毒血に焼かれる痛みを感じながらも尚、森の暗がりへと視線を向け続ける。

 

 すると……そこにあったのは……闇。

 

 森の暗がりから染み出すように。

 

 その血よりも赤い瞳を爛爛と輝かせ。

 

 目の前の三人という、格好の獲物を見つけた事に喜び、猛る気持ちを咆哮に変えて。

 

 その者は──

 

 月を従者にやってくる。

 

 その瞳は死のように冷たく。

 

 その咆哮は夜を切り裂く。

 

 上半身は、人と狼が交わったような……人狼の姿。

 

 下半身は、異常に発達した馬の姿。

 

 月光輝く夜の中では、無敵・無限ともいえる再生力を誇る、不死の怪物。

 

 黒光りする体で月光を受け、覇王の如く佇むその姿。

 

 魔獣の王、夜の支配者……故に、人々は彼の化け物をこう呼ぶ。

 

 【月の王】、と。

 

 その圧倒的な暴力と恐怖、威圧感は……未だかつて感じたことが無いほどの絶望感となって三人に襲い掛かる。

    

 ──かの魔物が好むものは……柔らかい、人肉。

 

 特に、女性や子供の肉を好む習性から、【月の王】を退ける為に生贄をささげる村もあるほどであるという。

 

 そして……【月の王】の恐怖は、その巨体・怪力から繰り出される一撃、瞬間再生する体だけではない。

 

 血を流しても再生するその体を利用し、己の体内の血を煮沸・圧縮して体外に鋭利な刃として放出し、獲物を仕留める飛び道具。

 

 ──血刀攻撃。

 

 今まさに目の前で、バーサーカーの体を四散させた攻撃こそ、【月の王】がただの魔獣ではなく、狩人として呼称される所以である。      

「──はっ!!!」

「?! ティタ!! 無茶よ?!」

「ティタっ……!! くっ……」

 

 気合一閃、自らの恐怖と毒に焼きつくされるような痛みを堪え、単身【月の王】に斬りかかるティタ。

 

 少しでも足を鈍らせようと、【月の王】の太い足に斬りかかるも……撥ね飛ばした足は、時を巻き戻すかのように再生する。

 

 ──毒が蝕むこの体では、リナ達と一緒に逃げる事も出来ず、足手まといになりかねないと判断したティタは……自らを切り捨てる覚悟を決めたのだ。

 

 足を切り飛ばした事により【月の王】の視線が自分に向いた事を確認したティタは……そのまま木々を盾にし、放たれる血刀の一撃を回避しながら逃走を開始。

 

 自分に驚異となる獲物、逃げる獲物を追う習性から、優先的にティタを追い始める【月の王】。

 

 刹那、自分達の親友が、己の命をかけて自分達を救う気だと悟った彼女達は……血相を変えてティタ達を追いかける。

 

 ──既に、走りながら吐血し、口元から血を流すティタは……毒が廻り満身創痍。

 

 土気色になりながらも歯を食いしばり、気力だけで足を進める姿は……まさに死に体と言えるもの。

 

 そんなティタが最後に辿りついたのは──

 

「──……まさ……か、ここに出る……とは。──なるほど、ここが──」

 

 ──森を抜け、開けた視界の先に飛び込んできたのは……眼下に広がる森林。

 

 奇しくも……アルセンが落下し、生死不明となった場所であった。

 

 アルセンの死を嘆き、悲しみ、涙した場所。

 

 そんな……逃げ場の無い断崖絶壁に追い込まれたティタは、自分を蝕む毒の具合から、ここが自分の死地だと悟る。

 

 後ろに迫る恐怖の影と。

 

 自分を案じ駆けよってくる親友達。

 

 断崖絶壁を背に、彼女が振り向けば……その視線には自分を捕え、食らわんと手を伸ばす【月の王】と……その後ろに見える、親友達の泣きだしそうなほど、必死な表情。

 

 ──斬閃錯綜。

「──我が【真の一刀】。その意味は……ここに在り」

「っ?! ティタっ!!」

「ティターーーーーー!」

 

 最後の力を振り絞り、裂帛の気合と共に剣を振り上げたティタ。

 

 振り下ろされる【月の王】の手を斬り払った所で……ティタの体がブレる。

 

 それは……まさに剣刃合一。

 

 斬閃そのものがティタであるかのように、【月の王】の丸太のような足を斬り落とし、手を落とし、首を飛ばし、心臓を貫く。

 

 やがて、バラバラと地面に斬り散らされ、【月の王】がゆっくりと地面に倒れ込む中、剣を引きぬきながら……跳躍。

 

 地面目掛けて斬閃が迸る。

 

 しかし……それでも。

 

 彼の魔獣は死ななかった。

 

 即座に【月の王】がその異常な再生能力を見せて斬り裂かれた部分を再生させる中……剣を地面に突き刺し、座り込むティタ。

 

 こちらに駆けてくる二人を視界に捕えつつ、その顔に柔らかい微笑みを浮かべて──

 

「──?! 飛んで!! ティタっ!」

「いや、嫌だよ! 待って! 待ってよティタっ!!」

「──すみません。リナ……を、頼みます。……この子は……手のかかる子ですから──」

 

 ──その背後で、再生し終えた手を伸ばし、【月の王】が体を起こそうとした瞬間……ティタが最後に地面に放った斬閃が効力を発揮する。

 

 斬り裂かれた大地は、徐々に加速度をつけてずれ落ちていく。

 

 剣を向こう岸に置き去りに、動けないティタが儚げな笑みを浮かべ……二人の視線から遠ざかっていく。

 

 やがて斬りおとされた大地は傾き、落下。

 

 その崩落に宙を舞うティタの体と……その下敷きになって落ちていく【月の王】。    

   

 掴もうとして伸ばしたリナの手は届かず……彼女の魔導具も間に合いはしなかった。

 

 ──轟音が木霊し、土煙が舞う視界の中。

 

 二人は……アルセンに続いて大事な親友であるティタをも喪失するという……最悪な結果を迎えてしまうのだった。

 

 錯乱し、後を追おうとするリナを抑え、捜索隊の依頼を出すものの……返事はあまり乗り気ではなく。

 

 無断で自分達の手で探しに出向こうとしても、【フェルシア流封印法師】候補としての国の見張りが許さず。

 

 悲しみに沈む二人が、互いを慰め合う中で届いた知らせは……リナが【フェルシア流封印法師】に選ばれたという、予期せぬものだった。

 

 突然の知らせに、しかし喜ぶことなどできず。

 

 受勲の証書を地面に叩きつけようとするリナを押しとどめ、説得し……三人の夢であった【フェルシア流封印法師】になる事でティタに報いようとするリナ。

 

 その受勲の話題は大々的に国中に広まる事となり、【フェルシア流封印法】・最大戦力である【降魔】との契約触媒として、ティタの残した剣を選び、【降魔】との契約を持って、晴れて封印法師の一員となったリナ。

 

 即座に自分の地位を利用し、ティタの捜索を要請。

 

 大々的にティタの捜索が行われる事となるのだが……その結果は……アルセンと同じように空の棺をもって葬儀が行われる事であった。

 

 やるせない想いを彼女と共有しながらも、リナはますます魔獣討伐に傾向する事となる。

 

 率先して魔獣を倒し続け、闘い続けるリナ。

 

 そんなリナを支え続ける彼女。

 

 二人の友情がより深まっていく中……フェルシアの地で、再び【月の王】が目撃され、その討伐が依頼される事となる。

 

 その依頼は当然リナの元へと舞い降り……その笑みを歪んだ修羅の如き笑みで受け取り、犬歯をむき出しにするリナ。

 

「──リナ、気をつけて」

「大丈夫。──必ず敵を取って帰ってくるから」

 

 フェルシア最強の戦力・【フェルシア流封印法師】になった以上、任務は基本的に単体で行わなければならず……一人町の外に向かうリナを見送る彼女。

 

 もはや彼女の目には憎き仇しか思い浮かばないのであろう……その視線は一度も彼女のほうを向く事はなく、リナは仇である【月の王】を求め……戦場へと歩を進めていった。

 

 ──そして。

 

「──ああ……どれほど、どれほど待ちわびたか。……会いたかった。会いたかったよ【月の王】!!」

 

 ──月光照らす夜の森。

 

 リナは……憎悪すべき怨敵を視認。

 

 狂おしいほどの想いを持って、彼女は手にした触媒……【呪印符針】を持って降魔を起動させる。

 

「─((A|阿))─……─((HUN|吽))─」

 

 【呪印符針】が起動し、魔導制御が始まる。

 

 ─【魔導回路起動】─

「絶対意思力制御──」

 

 柄部分のシリンダーが解放され、蒸気のように魔力を吐き出す。

 

「リナティス=デルサンドルが【呪印符針】に問う。──答えよ、其は何ぞ」

─【意思力判定成功】─

?『我は制御……──絶対意思制御。機構の意思により【降魔】を起動せし者也』?

 

 【呪印符針】が最大起動し、アルセンから貰い受けた名字を名乗ったリナの後方に……巨大な人影が降りる。

 

─【降魔起動】─ 

 

 ──【降魔】。

 

 それは……人の大きさの体に、長い手足を持つ……巨人。

 

 術者の意思通りに動き、その動きをトレースする様は、まるで巨大な鎧を纏った術者本人のよう。

 

 鋼の手足から繰り出される攻撃は容赦なく眼前の敵を叩きつぶし、その内臓された魔導技術は、様々な攻撃効果となって敵に叩きつけられる事となる。

 

「──今度は……今度こそは……お前を完膚なきまでに叩きつぶす。何度でも再生するがいい。何度でも立ち上がるがいい。──その度に……お前の全てを否定し、潰してやるっ!」

   

 ─【両手体内血液温度急上昇】─

 

 殺意と殺意がぶつかり合い。

 

 【月の王】がその両手を振りかぶる。

 

 ─【血液沸騰】─ 

 

「っはっ!!」

 

 ──血刀射出。

 

 その手を振りおろせば……手を破り放たれる血の刀が、リナを切り裂き貫かんと迫る。

 

 即座に【降魔】の肩に乗り、共に跳躍。

 

「──まずは一つ!!」

 

 咆哮をあげる【月の王】目掛け、【降魔】の跳躍の勢いを乗せた巨大な手が振り下ろされる。

 

 圧壊される頭がひしゃげ、地面に叩きつけられるが……すぐに月光を浴びて再生する【月の王】。

 

「ああ、そうじゃなきゃ。そうでなければ……こっちの気が晴れないよ。さあ……君を壊して……壊して壊しつくしてあげる。夜明けまで、徹底的に、完膚なきまでに……月の光が果てるまで。お前が散らした、私の大切なものたちの分まで!」

 

 再生した頭で咆哮し、リナを牽制する【月の王】。

 

 それに答え、歪な笑みを浮かべて【呪印符針】を振うリナ。

 

 ──そこからは……修羅の闘い。

 

 叩きつぶされる【月の王】の鮮血が舞い散り、叩きつぶす【降魔】とリナが朱に染まる。

 

 身体の部位を失っても、その圧倒的な再生力を持って再生し、その剛腕と血刀攻撃を駆使してリナに襲い掛かる【月の王】。

 

 その攻撃を受け、傷つく【降魔】と、それすらも意に介さず、攻撃し続けるルナ。

 

 咆哮が響き渡り、リナの嘲笑う声が木霊する。

 

 打撃、斬撃、射出、轟音。

 

 鳴りやむことなく……闘いは苛烈に、破壊を持って展開される。

 

 無限に続くかと思わせるほどの……凄惨な戦闘。

 

 しかしそれも……夜明けの光が指し込む事によって……終わりを迎える事となる。

 

 差し込む朝日で、月光の再生力を失った【月の王】が、リナの【降魔】の攻撃によってひしゃげ、潰れ……絶命。

 

 赤に染まる破壊跡で、動かなくなった【月の王】を一瞥し、深く……深く溜息を吐き、空を見上げるルナ。

 

 未だ親友を失った気は晴れないまま、傷だらけになり、装甲が剥げ落ち、ボロボロになってしまった【降魔】へと視線を移して──

 

「──え?」

 

 リナは……ゆっくりと視線を上げ、【降魔】の顔部分に当たる装甲が割れ、中身がはみ出ている様を……見てしまう。

 

 それは──

 

「……あ、……え、……う、嘘だ……そんな……、そんなっ! 【降魔】は……【フェルシア流封印法】は……そ、そんな事って……あ、あ、あ、ああ、あああ……あああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 【呪印符針】を取り落とし、朱に染まる顔を青くし、体を振わせて後ずさるリナ。

 

 次の指示を待つ【降魔】が佇む中──

 

 絶叫し、発狂したリナは……その場から逃げるように走り出す。

 

 がむしゃらに、何もかもを置き去りにして……リナは走り続け……その向かう先は、自分の親しき者達が散った、あの崖。

 

 そして……リナは。

 

 一度も足を止める事無く。

 

 減速する事もなく。

 

 迷うことなく、その崖から身を投げた。

 

 ──後に残ったのは、彼女が置き去りにした【呪印符針】と、指示を待つ【降魔】。

 

 そして……親友全てを、恩師を失い、一人ぼっちになってしまった、彼女だけだった。

 

 その知らせを受け、悲しみに崩れ落ち、意識不明になる彼女。

 

 ──そんな彼女が目覚めた時。

 

 彼女に齎された知らせは……空の棺をもって……国家規模に取り行われる事となった、リナの葬儀であった。

 

『【フェルシア流封印法師】リナティス=デルサンドル、ここに眠る』

 

 アルセン、ティタに続き、三つならんだ墓石に刻まれる名前。

 

 全て、その掌から零れおちてしまった……命。

 

 しかし……国の情勢は、そんな彼女の悲しむ暇すら与えなかった。

 

 最新の【フェルシア流封印法師】が落ちた穴埋めをする為に、即座に次点であった彼女が封印法師として抜擢されたのだ。

 

 そして……新しい【降魔】が用意され……彼女もまた、封印法師となった。

 

 心の整理のつかぬまま、自分に課せられる任務を遂行し続ける彼女。

 

 流されるままに【フェルシア流封印法師】として活動していた彼女は、それでも持ち前の優秀さを持って任務をこなし続け……そして今。

 

 彼女は……ジンに出会い、こうして過去の清算と想い出を語る事となっていたのである。

 

 

 

「──……」

「……ふふ、優しい子ね。こんな私の昔語りに最後まで付き合ってくれて……涙を流してくれる。……ごめんなさいね。本来、誰にも語るべきではないと、心に秘めていたのだけれど……何故かな。君になら……話してもいいと、思えたの。まあ……君にとっては、迷惑な話だったろうにね」

「──……」

 

 ──話し終えた彼女が涙を一滴流し、空を見上げる中。

 

 話を聞き続けていたジンもまた、その瞳から涙を零し、その話に聞き入っていた。

 

 自分に共感し、涙を流してくれるジンの優しさに触れ、儚げな笑みを浮かべ、その涙を拭い、謝罪をする彼女。

 

 静かにかぶりを振り、そんなことはないと首を振るジンの様子に安堵と……安らぎを感じながらも、彼女はゆっくりと岩から立ち上がり、その手に【呪印符針】を掴み取る。

 

 徐々にその顔に警戒が浮かび、周囲を見渡す彼女。

 

「──……そう言えば、何か緊急の案件でここに来たんでしたっけ」

「……ええ、そうよ。……そう言えば、その内容も話していなかったわね。私がここに来た理由。それは……収容されていた、主を無くした【降魔】……はぐれ【降魔】が、何者かによって拘束を開放され、都市外に出た形跡が見つかったからなの。通常、主を失った【降魔】は……主を探し、彷徨い、主以外と出会った場合、自衛権を行使して粉砕するという行為に至るわ。それは……魔獣・野党に限らず、商隊を護衛する傭兵や、旅をする者達も例外ではない。──ただの破壊を振りまく、害悪となってしまうのよ」

「っ?! そんなはぐれ【降魔】が、今、この街道に?」

「ええ。──まるで、何かに惹きつけられるかのように、真っ直ぐに、ここに向かっているのよ。そして……私に課せられた任務は、そのはぐれ【降魔】を……破壊する事」

 

 そんな彼女を見上げ、同じく警戒の度合いを深くするジン。

 

 持ち前の気配感知能力を最大限に広げる中……木々も、魔獣もなぎ倒し、一直線に突き進んでくる巨大な気配を察知するジン。

 

 そして……彼女の任務内容から、この気配こそがはぐれ【降魔】であり、彼女の討伐対象である事を察したジンが、彼女に視線で合図を交わせば……彼女は【呪印符針】に魔力を通し、起動させる。

 

「─((A|阿))─……─((HUN|吽))─」

 

 起動した【呪印符針】が術式を展開。

 

 ─【魔導回路起動】─

「絶対意思力制御──」

 

 シリンダーが解放され、魔力を放出して【降魔】召喚に備える。

 

「──いけない、私ったら。そういえば……お互い名前を交わしていなかったわよね?」

「! そういえば……申し遅れました。俺は……ジン=ソウエンです」

「! ──……クルダの天才【((呪符魔術士|スイレーム))】。なるほど……噂通りだわ。もしかしたら……貴方なら私がいなくてもはぐれ【降魔】を仕留めていたかもしれないわね……っと。失礼、私は、【四天滅殺】・【フェルシア流封印法師】──」

 

 唐突にハッとした表情でジンを横目に、名乗り忘れたことを反省する彼女。

 

 ジンもまた、自分が名乗り忘れていた事を悟り、まずは自分からと名乗りをあげる。

 

 ここ最近よく聞く名前がジンの口から零れおちるのを聞いて、驚愕を露わにする彼女ではあったが……その愛らしい見た目から、噂に偽りなしと深く納得し、【呪印符針】を掲げ、己の名を口にする。

 

「ギアン=ディースが【呪印符針】に問う。──答えよ、其は何ぞ」

─【意思力判定成功】─

?『我は制御……──絶対意思制御。機構の意思により【降魔】を起動せし者也』?

 

 【呪印符針】が最大起動し、巨大な人影が彼女……ギアンの背後に現れる。

 

─【降魔起動】─   

 

 ギアンと共に、ジンの盾になるように前に出る【降魔】。

 

 そして……先程から破砕音を響かせ、一直線にやってきた気配が……目の前の樹木を粉砕し、ジン達の目の前に現れる。

 

 ──満身創痍。

 

 回収された際、何も修理・修正されずに置かれたその外装は既にボロボロで。

 

 それでも尚、その破壊力は健在。

 

「──あ、れ? あの傷つき方は……魔獣の……?! ま、まさか……」

「聡いわね。そう……あのはぐれ【降魔】は……私の親友、リナの【降魔】だった、子。私が決着をつけるべき……過去の因縁なのよ」

「──っ!! でも、それじゃあっ!!」

「……いいのよ。これも、運命なのでしょうね……せめて、私の手で終わらせてあげる事が……贐になるでしょう。──いくわよ、──」

 

 ギシギシと嫌な音をたて、ギアンの【降魔】と対峙するはぐれ【降魔】。

 

 悲壮な想いをその胸に。

 

 ジンにも聞こえぬほどの小さな声で最後の言葉を呟き、ギアンははぐれ【降魔】と対峙する。

 

 今にも泣き出しそうなその背を見ながら、ジンは【降魔】と【降魔】、【フェルシア流封印法師】の闘いを目の当たりにする事となるのだった。      

 

  

 

 

 

登録名【蒼焔 刃】

 

生年月日  6月1日(前世標準時間)

年齢    8歳

種族    人間?

性別    男

身長    140cm

体重    34kg

 

【師匠】

【リキトア流皇牙王殺法】 カイラ=ル=ルカ 

【((呪符魔術士|スイレーム))】フォウリンクマイヤー=ブラズマタイザー 

【((魔導士|ラザレーム))】ワークス=F=ポレロ 

【キシュラナ流剛剣((士|死))術】ザル=ザキューレ 

 

【基本能力】

 

筋力    AA+    

耐久力   AA 

速力    AA+ 

知力    S+ 

精神力   SS+   

魔力    SS+ 【世界樹】  

気力    SS+ 【世界樹】

幸運    B

魅力    S+  【男の娘】

 

【固有スキル】

 

解析眼    S

無限の書庫  EX

進化細胞   A+

疑似再現   A  

 

【知識系スキル】

 

現代知識   C

自然知識   S 

罠知識    A

狩人知識   S    

地理知識   S  

医術知識   S+   

剣術知識   A

 

【運動系スキル】

 

水泳     A 

 

【探索系スキル】

 

気配感知   A

気配遮断   A

罠感知    A- 

足跡捜索   A

 

【作成系スキル】

 

料理     A+   

家事全般   A  

皮加工    A

骨加工    A

木材加工   B

罠作成    B

薬草調合   S  

呪符作成   S

農耕知識   S  

 

【操作系スキル】 

 

魔力操作   S   

気力操作   S 

流動変換   C  

 

【戦闘系スキル】

 

格闘            A 

弓             S  【正射必中】

剣術            A

リキトア流皇牙王殺法     A+

キシュラナ流剛剣((士|死))術 S 

 

【魔術系スキル】

 

呪符魔術士  S⇒S+ New   

魔導士    EX (【世界樹】との契約にてEX・【神力魔導】の真実を知る)

フェルシア流封印法 D New 初期解析の結果、習得。

 

【補正系スキル】

 

男の娘    S (魅力に補正)

正射必中   S (射撃に補正)

世界樹の御子 S (魔力・気力に補正) 

 

【特殊称号】

 

真名【ルーナ】⇒【((呪符魔術士|スイレーム))】の真名。 

 自分で呪符を作成する過程における【魔力文字】を形どる為のキーワード。

((左武頼|さぶらい))⇒【キシュラナ流剛剣((士|死))術】を収めた証

【((蒼髪の女神|ブルー・ディーヴァ))】⇒カインを斃し、治療した事により得た字名。

 

【ランク説明】

 

超人   EX⇒EXD⇒EXT⇒EXS 

達人   S⇒SS⇒SSS⇒EX-  

最優   A⇒AA⇒AAA⇒S-   

優秀   B⇒BB⇒BBB⇒A- 

普通   C⇒CC⇒CCC⇒B- 

やや劣る D⇒DD⇒DDD⇒C- 

劣る   E⇒EE⇒EEE⇒D-

悪い   F⇒FF⇒FFF⇒E- 

 

※+はランク×1.25補正、−はランク×0.75補正

 

【所持品】

 

呪符作成道具一式 

白紙呪符     

自作呪符     

蒼焔呪符     

お手製弓矢一式

世界樹の腕輪 

衣服一式

簡易調理器具一式 

調合道具一式

薬草一式       

皮素材

骨素材

聖王女公式身分書 

革張りの財布

折れた士剣

金属鉱石・魔鉱石 New          

説明
 (前)の続きになります。

 そうとう重たい話になってしまいました(;´д⊂)

 そして長いです。

 読んでお付き合いいただければ幸いです!
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コメント
MKTさん、コメントありがとうございます! 何度も読み返していただけているとは……感謝です! よろしければ今後とも読んで楽しんでいただければ幸いです!(丘騎士)
獏条吉向之輔さん、コメントありがとうございます! そして応援感謝です! よろしければ今後ともおつきあいいただければ幸いです!(丘騎士)
更新待ってました!!この作品は、何度読み返してもわくわくさせてくれるので大好きです。続きを楽しみにしています。(MKT)
一日千秋の思いで待ってました!!前・後共に一気読みしてしまいました!これからも応援しています!!(獏条吉向之輔)
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