薄暮の告解 |
夜明けの空気はあまりにも澄み渡り過ぎていて、その中に穢れを放つことは、純白の紙面にインクを落とすのと同義であり、実行することは、はばかられた。
太陽が高く昇った頃。地には隙間なく光が落とされ、闇をより濃く見せている。今こそが頃合かと思ったが、白昼堂々とすることではない、と自我がセーブをかける。今が頃合ではない。
陽が落ち、月が我が物顔で闊歩する時間。これは最悪だった。どう考えても相応しくはない。
では、暁か黄昏か。前者はやはりどこかおかしく、後者が一番、適しているのだと考えられた。
そこで一人の青年は、ぼつぼつと夕暮れから歩き出した。西空に残るオレンジの光の残滓が、完全に消え去る。その時にこそ計画を実行に移すため。
罪を懺悔する、という行動はキリスト教に馴染みのない彼にとって、非常な苦痛だった。なぜならば、彼の国には「墓場まで持って行く」という表現があり、罪は決して誰にも打ち明けずにいる、それこそが彼にとっての常識だ。
だが、今夜。彼は遂にその罪の一切を告白する。水をなみなみと注がれた壷が、いつかはその水を縁から垂れ流すように、彼の気持ちは今にもあふれ出そうとしていた。静かに、細い川を作って。しかし同時に、決して止めることの出来ない確かさを持って。
場所は教会だった。何十年前に作られたのか、あるいは何百年なのか。とにかく古びていて、ここにいる聖職者もただの一人きり。なぜならば信仰する人間がいないから。また、その唯一の神の徒も、人々に入信を迫るほど、情熱的な信者ではない。それゆえに、今にもこの老建築物は崩れ落ちそうな風情を持っている。
パイプオルガンの旋律や聖歌の合唱はもちろん、説教の声すら響かない講堂は、黒ずんだステンドグラスだけが唯一の色彩を持っていて、他は黒と茶の汚らしい色ばかり。幽霊が出るといわれれば、子どもは間違いなく信じることだろう。無論、聖霊のような良いものではなく、汚らわしい悪霊の類だ。
夕闇が迫る今、室内はいよいよ不気味さを醸し出している。この時間にも関わらず、一つも灯りが付けられていない。それはわかっていた。だからこそ、青年はここに足を踏み入れた。
ほんの一メートル先が見えない暗闇。今、自分がどこにいるのかは目ではわからない。ただ、記憶だけを頼りに前へ前へと歩を進める。何度か、足を机にぶつけた。本来は信者がその上に聖書を広げるのであろうそれ等も、今となってはほんの少し立派な棚程度の扱いしか受けない。しかも今の感じでは、相当に悪くなっている。本気で蹴り上げればへし折れそうだし、火を点ければ一瞬にして赤く燃え上がりそうだ。
そして、今の彼はそのための道具――ライターを持っている。
ただし、その予想が真実であるか、試してみる必要もない。それゆえに、火花を散らすことはしない。必要がないからこそしないのであって、理性が自制を利かすのではなかった。朝は彼にとって神聖なものでも、この廃屋はそうではないのだ。
跪く。
ここに神父はいないが、神もまたいない。それでもただ、彼は懺悔を始めた。
一切の罪がこれだけで赦されるならば、神も仏もあったものではない。
自嘲しながらも、これでなんとなく救われたような気がしていた。
そうして、それが彼の思い込みであったとしても、青年の体は清らかなものとなった。
今、この腕を切り付けて流れ出る血は、その赤がなによりも赤く、さらさらと美しい。少なくとも彼はそう考えていて、今、それを証明しようとしている。
朝日が室内を満たす。白い光は、赤い血を際立たせるのに最上のものだ。
ゆえに教会はこの朝、最上の美しさに彩られた。
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習作です 自分なりの美を書きました |
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