鴉姫とガラスの靴 新章 四羽
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四羽 飛ばざる白の翼

 

 

 

 あの頃の季節が初夏。今は夏真っ盛りを過ぎ、晩夏へと向かいつつある。

 思えば俺と深月の再会や、その後に起きた花鳥庵とは異なる、もう一つの――密輸という人間の悪業が作り出した傷付いた動物達の共同体との戦い。そして、深月へのプレゼントや誕生パーティーでのこと。

 それ等は決して記憶から失われることのない、強烈なエピソードとなったが、その記憶の中からいつしか失われている存在があった。一連の事件の黒幕であったが、命が失われることも、法によって裁かれることもなく、未だにこの街では生きているが、事件以前とは決定的に変わってしまった少女のことだ。

 名前を持たなかった、純白の鳥――後にわかったことでは、ヒクイドリの少女。彼女はどこへ行き、今は何をしているのか。てっきり御園が目を付けているのだと思っていたが、彼女はあの奇術師ウサギを住まわせているし、問題児を二人も監視するのは難しいだろう。ばりばりのキャリアウーマン風に見えて、案外抜けていて、また多分に適当な面も持ち合わせている、中々に癖のある女だ。あのお方も。

「ほほぅ、仲の良くない二人を合わせる良い方法とな」

「ああ、長濱。何か良い案はないか?本当、二人は顔を見合わせたら悪口を言い合うような関係で、普通に会わせただけだと、せっかくの憧れている相手との出会いが、最悪の形になると思うんだ」

「む、難しいね。けど、仲が良くないってだけで、向こうが木樺さんに意地悪をしたがるって訳でもないんでしょ?それなら、マンツーマンで会ってもらうのもありじゃないかな」

「いや、それがな……中々に相手が忙しくしているらしく、四六時中二人は一緒で、それこそ寝る時ぐらいしか時間はないんだ。なんとか都合を付けて会ってもらうにしても、やっぱり御園は付いてくると思う。なにせ相手は日本に不慣れな上、ただでさえ色々と心配になるような人だったからな」

 今日は長濱がまた遊びに来ている。今度は長濱の方から深月の携帯に電話がかかって来て、ちょっとお話したいから、という実に長濱らしいふわーっとした目的を果たすために来た訳だが、木樺さんが買い出しに行っていることもあり、自然と話題は彼女絡みのものになった。

「すぐに帰国するという訳ではないらしいから、もう少し様子を見る、ということで良いわね。あたしは御園のことも好きだし、滅多なことをして関係を壊してしまいたくないわ」

「御園はともかく、木樺さんの毒舌は本当に容赦ないからな……。本気で嫌われていないのは、御園の心が広いからこそのことだと思う」

「なんか意外だなぁ。木樺さんって、あんなに優しそうなのに」

「その認識が間違っている訳ではないけどね。ただ、昔から人の好みがはっきりとしているのよ。後、ああ見えて嫉妬深いから、御園は容姿の時点でそう仲良くは出来ない相手だもの」

「……深月も大概だとは思うけど」

 彼女の言う木樺さんの嫉妬とは、間違いなく胸の大きさに関することだろう。奇麗で隙のない見た目の木樺さんに唯一。そして絶対的に足りないものがそれだからだ。俺にしてみれば、木樺さんは今のままのスタイルこそ似合うと思っているのだが、本人の考えは違うらしいし。

「あたしはあの子の幼馴染みで、主人で、親友よ?嫉妬の対象になるはずがないじゃない」

「いやいや、深月さんのこのおっぱいは反則的だよー。わたしもすっごく羨ましいもん」

「実、あなたねぇ……」

 深月と長濱が一緒にいると、自然とガールズトークに移行していくのだろう。俺としてはなんともその場にいづらい空気だが、深月がこうして同性の友人と話しているのを見ると安心出来る。俺の勝手なエゴかもしれないが、少なくとも今の深月に似合うのは、“夫”との同棲生活より、友達との無駄話だ。本来なら女子高生をしている年齢なのだから。

 そして、似たような想いは木樺さんにもある。木樺さんがあんな風に自分からどこかに行きたい、と俺や深月を誘うのは本当に稀。いや、初めてのことだったし、ということはそれだけ本当に行きたかったということだ。……最後に見せてくれた自然な笑顔も、彼女の心からの満足を物語っていたと思う。

 それに加えて、憧れの作家と直接会うようなことが出来れば、どれだけ喜んでくれるのか。立場上、木樺さんは己を殺し、深月と俺のことばかり考えてくれていたし、これからもそうなるのだろうが、ほんの少しであったとしても恩返しをしたい。深月も言葉には出さないが、同じ想いで心を砕いているのだろう。自分で言う通り、彼女にとっての木樺さんとはメイドである以前に、幼少からの親友だ。どれだけ時間が経ったとしても、その関係は崩れないどころか、より強固なものになっているのに違いない。

「……深月、長濱。御園ともう少ししっかりと連絡を取ってみるから、ちょっと外出てるな」

「えー、ここでも良いじゃん。わたしも、その御園さんに興味があるなー」

「お前が関わって来ると、果てしなく妙なことになりそうだから却下だ」

「二時過ぎ、か。電話が通じるかしらね」

「それが無理なら、メールしかないな。けど、もう展覧会は終わっているから、少しは落ち着いているはずなんだが」

 先日の杏利の言い方は、まるで気まぐれに日本旅行にやって来たような感じだったが、実際は日本の読者のためのイベントや、色々な取材や会見のための来日だったらしい。どうやら今度、絵本ではなく児童文学の新作を発表するとかで、そのPRも兼ねているそうだ。

 しかも、かの大先生はアシスタントの一人も連れずに単独で来たせいで、あらゆるスケジュールの管理が御園の仕事になっているそうだ。正直、電話をかけるのもはばかられることだが、これも木樺さんのため、なんとか機会を作りたい。

 蒸し暑くて嫌になる廊下に出て、使い慣れたガラケーを開く。もうすぐ買い替えの時期だし、次は深月と同じスマホだろうな。ただ、そのためには親との相談が不可欠になって来る。適当に電話で済ませれば良いんだが、既に深月にもこの話は伝わってしまっている。……この夏休みには、もう一つ大きなイベントがありそうだ。

「御園、今大丈夫なのか?」

 かなり駄目元だったのだが、一回のコールですんなりと御園は出てくれた。

『うむ、丁度今は杏利の昼寝の時間でな。本当、小さな子どものような娘でのぅ。寝ている姿も可愛いものじゃ』

「へぇ、写真でも撮ってやったらどうだ?」

『そうじゃな。お主に一番先に送ってやろう』

「ほ、本当にか。……それより御園、杏利はまだまだ忙しいのか?」

 妙にノリの良い御園だが、もしも本当に幼女(に見える杏利)の寝顔の写真を送られて、それを長濱辺りに見られたら大事だ。まあ、冗談の一つなんだろうな。御園はいつもそんな感じだ。

『ううむ、暇をしている、とは言えんの。ただ、そうじゃな。来週の土曜日はどこにも行く予定はないはずじゃ。会って話したいことでもあるのかの?』

「ああ。俺や深月じゃないんだけど、会って欲しい人がいるんだ。出来れば、杏利一人にしてもらいたいんだが」

『なんとも不思議な話じゃな。仮にもわしはあの娘を……いや、そうか。さてはその会わせたい者とは、あの従者殿じゃな?』

「あ、ああ」

 さすがに勘が良い。と言うか、俺でも深月でもないとなれば、必然的に木樺さんしかいなくなるか。御園には来て欲しくないと言ったし。

『どういう関係があるのかはあえて聞かぬが、あの者であれば良いじゃろう。もちろん、杏利本人の意思を尊重するでの、嫌がれば行かせる訳にはいかぬが』

「ありがとう、それで十分だ。……って、えらくすんなりと許してくれるんだな。もっと渋ると思ってた」

『そりゃ、見ず知らずの相手から、見ず知らずの人間と会わせるといえば断ったじゃろうがの。わしはお主のことを信用しているし、あの雀のことも相応には評価しているつもりじゃ。……馬は合わんから、あまり接触したくはないが』

「そうか。……じゃあ、忙しい時に電話してごめんな。時間とか場所はそっちの都合に合わせるから、まだメールか何かで教えてくれ」

『うむ。ああ、ついでだから、わしの方からもお主達に頼んでおきたいのじゃが』

「なんだ?珍しいな」

 御園は個人的に俺や深月。つまり花鳥庵とも繋がりがあるが、御園の所属するコミュニティ的には、花鳥庵はそう親密に接するべき相手ではないという認識だ。所属する者の出身や考え方も大きく違うし、彼等からすれば、花鳥庵はあまりにも恵まれた羨望と嫉妬の対象に見えてしまう。

『その、少々厚かましい頼みじゃからな、無理なら無理と断ってくれても良い、と姫殿に伝えて欲しいのじゃが』

「あんたが遠慮なんて珍しいな」

『わしは礼節をわきまえておるからの。遠慮する必要があるようなことは言わぬのじゃが、どうしても一人、高校に通わせたい者がいるのじゃ。花鳥庵のコネを使って、なんとか入学させられるように取り計らってくれんかの?更に言えば、出来れば女子高が良いのじゃが』

「なんだ、それぐらいなら多分、簡単にやれると思うぞ。と言うか、ちょっと深月も学校に入ることは考えているんだ。まだ確定している訳じゃないが、その手の根回しは普通にやれそうな口ぶりだったぞ」

『おお、そうか。ではよろしく頼むぞ』

 この辺りの女子高と言えば、第一に白花学園が浮かぶが、あそこは学力も学費も桁違いに高く、仮に入学出来たとしても、通い続けるのは難しいだろう。では、もう一つの方の平均的なレベルの学校が現実的か。名前はなんと言うか忘れたが、制服のデザインが秀逸と評判で、その筋の人間には大人気らしい。

「しかし、高校に入るような年齢の子がいたのか」

 御園の仲間は、彼女と同年代か、それより少し上の世代ばかりで、大半が社会に出て働いていたはずだ。深月ぐらいの年齢の女の子がいるなら、彼女とも交流を持てるかもしれないな。

「――深月、話が付いたぞ。それから、御園から頼みごともあるんだ」

 部屋に戻った俺は、出る前よりもずっと明るい調子で声をかけ、軽く長濱に引かれるほどだった。……こいつ、確実に俺のことを馬鹿にしているだろ。

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「さて……いい加減に、その不機嫌顔をやめてもらえると、わしとしても助かるのじゃがの。杏利という客人も迎え入れているというのに、失礼だとは思わぬのか?」

「…………私は誰にも迷惑をかけていない」

「確かにの。手のかからない娘で、わしも助かっているところじゃ。お主も子どもじゃないのだから、それも当然かもしれんが、杏利という悪い見本がいるだけに、尚更、感動的での」

「むーっ、ボクが悪い見本って、どういうことなのー?御園ちゃんは可愛くて優しいから好きだけど、時々、意地悪だからヤだよー!」

「意地悪も何も、お主の生活能力の低さは軽く……いや、かなり引くほどじゃぞ。今までは一人暮らしだったというのに、どうやって生きて来たのか、真剣に気になるほどじゃ」

「ふふー、そこはほら、世の中にはコンビニという便利なものがあるからね。家事なんかしなくても、お金ならいくらでもあるし」

「……無邪気にそういうことを言うのはやめるようにの。特にわしの仲間は金銭面で苦労の多い者も多いし、いらぬ問題を起こさぬようにな」

「はーい。で、火梨ちゃんはなんで機嫌が悪いの?」

 黒兎、アンリの視線が部屋の隅で壁に背を預けた、白髪の少女へと注がれる。彼女のことを以前から知る御園は、相変わらず背中を隠し、何気なく立っているようで、あらゆる攻撃に備える緊張態勢でいる彼女に溜め息を漏らす。恐らく、彼女にとって最も安全な場所である御園の家の中でさえ、彼女は気を許さない。睡眠を取るにしても、やはり壁に身を預けて座りながら眠り、傍らに剣を置いているほどだ。

「杏利。好奇心が強いのはお主の美徳かもしれんが、それを向ける相手を選ぶことも覚えた方が良い。あれはそういうものじゃ」

「でも、理由もなく寂しい顔をする人なんている?」

「――寂しい、か。そういう話じゃが、火梨?」

「………………」

 少女は沈黙を返す。その目は二人に向けられながらも、そのどちらをも映してはいない。しいていえば、ただ虚空のみを見つめているのだろう。

「わしに腹を立てているんじゃな?お主の話も聞かずに、よりにもよって姫殿達と、再びお主を引き合わそうとしている」

「そうじゃない」

「ほう?」

「私は、あの女とは分かり合えない。だけど、嫌っているという訳でもない」

「おー、ツンデレだね!」

「……杏利。違っているとわかっていて言っておるじゃろう」

「あっ、クーデレだったか!」

「お主のそういう、“流れ”というものを完全に無視して話せる、それは素晴らしい特質だと思うがの。それは同時に火梨の神経をたまらなく逆撫でする、ということも知っておいてもらいたいところじゃ」

 口を開き始めた少女が、再び完全にその口をつぐむ。再び口を開かせるには、また長い時間を要求する。……ように思えた。

「御園」

「うむ」

「私は人に媚びるつもりがないし、本気で人が好きだなんて言う連中とも、分かり合うつもりもない。だけど、私は深月達と接していて、いいと思う?私は仲間にはならない、だけど、遠くからそれを見つめるだけの存在になって、それが許されるのだと思う?」

「さて。それはわしが決めることではないじゃろう。お主と、姫殿や婿殿自身が決める、いや、自然とわかっていくものじゃ。杏利は少々、アグレッシブ過ぎるのが問題じゃが、お主は逆にプログレが過ぎるようじゃな。自分ひとりで考えたり、人に聞くのには限りがある。百聞は一見にしかず、という格言の通りじゃ」

 少女は目を瞑り、口もまた閉じて、続いて開くことはなかった。

「では、わしと杏利はもう出なければならぬ。お主がまだここにいるのなら、鍵は開けて行くが、どうする?」

「……私も出る。もう戻らないかもしれない」

「そうか。まあ、いつでも来るが良い。お主は見た目よりもずっと図太いから、その必要もなさそうじゃがの。――お膳立てはしたからの。それを食わぬとも良いが、一応は健闘を祈ろう」

「ちょっと御園ちゃん、待ってよー!なんか良いこと風のことを言って、ボクを置いてったら、意味ないんだから!」

「ほほ、お主の講演の代わりにわしが何か話しても、それはそれでウケるかもしれんぞ?お主よりは波乱万丈な生き方をしているつもりだからの」

「やっぱり意地悪だよー。ねね、火梨ちゃんもそう思うよね?」

「………………」

「杏利。あまり火梨を困らせてやるものではないぞ」

「…………御園は、変なところで頭が硬いと思う」

「ほらー、火梨ちゃんも意地悪だって!」

「お主、実はまだ日本語が完璧ではないのじゃろう。……しかし、火梨を喋らせるとは、大したものじゃ」

 いつものように大仰にではなく、くっくっ、と御園が笑っている間に、少女は部屋を出ていた。

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 インターホンが鳴る。

 一般家庭にしてみれば、なんでもない出来事のように思えるが、それが俺の部屋である場合、ちょっとした事件ともいえる。

 なぜならば、部屋に上げるほどの友人は、それこそ長濱ぐらいしかいない。彼女にしてみても、ほとんど深月のプレゼント絡みで交友関係が息を吹き返したようなもので、深月がいなければ日常的に部屋を訪れることはなかっただろう。

 そして、他の可能性としては、それこそセールスか新聞の勧誘、あるいはネット通販の宅配ぐらいだ。そして、今は別に宅配が届く予定もない。では、誰が鳴らしているのか。今は長濱も来ているというのに。

「御園と見たわね」

「いや、木樺さんと会うリスクを冒してまで来るか?そもそも、杏利と忙しくしているはずだ」

「じゃあ、誰かしら。木樺がわざわざ鳴らさないわよね」

「まあ、出ればわかる。……はい」

 ドアを開ける。なぜか今日ばかりは、わざわざ覗き窓で誰かを確認する気は起きなかった。家にいるのは俺一人じゃないし、用心する必要もないと考えたのだろう。仮に強盗がこんな白昼堂々やって来ても、深月なら一秒で迎撃出来る。……恋人を頼るのはなんとも情けない話だが。

 だが、外に立っていたのは、すぐには誰だかわからない人物で、それなのに彼女はいきなり部屋に雪崩れ込んで来た。あまりに唐突なことだったので、俺ははからずとも彼女の小さな体を抱きとめるような格好になり、彼女の足が自分でドアを閉めた時には、大体の状況を理解出来た。

 ドアが閉まり、風が遮断されたことで、嫌でも明らかになる臭いがある。元から鼻の良い深月もそれを嗅ぎ付けていて、すぐに玄関にやって来た。――あまりにも濃密な血の臭いがしていて、軽く吐き気を催すほどだった。

「……あんたは、鶏上火梨、だったよな」

 なんと言えば良いのかわからず、思いついた言葉をそのまま、馬鹿のように口に出していた。白いブラウスや白い髪を汚す赤黒い血が、俺の服にもべっとりと付く。外が暑いせいだろうか。きっと俺の思い込みなんだろうが、その傷口は早くも腐食を始めているようで、痛ましさよりも気持ち悪さが先行して、改めて俺がいかに彼女達が身を置く世界をきちんと理解出来ていないこと、そして、意気地がないということを認識させられた。

「私は、死んだことにして。じゃないと、あなた達にまで被害が及ぶ」

 俺の服を掴む右腕は血みどろで、左腕は骨が折れているのか、筋肉がやられているのか、今にも千切れ落ちてしまいそうなほど頼りなかった。ただ、冷静にその言葉を残して意識を失った彼女の右手は、俺の服を簡単には離してくれず、ドラマかなんかで聞く“死後硬直”という言葉を連想してしまった。

「……実、来ないでね。こういうのを見て刺激される創作意欲って、健全じゃないと思うから」

 俺――いや、彼女に駆け寄る前に深月が長濱に向けて言った言葉が、なぜだか忘れられなかった。

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 それからまもなく、折りよく木樺さんが帰って来た。しかし、帰る道中で不審な者を見たということもなく、そのまま買って来たものは俺が引き受け、彼女と深月は二人で鶏上を花鳥庵に運んで行った。深月は一人でも運べたと言ったが、それも道理だろう。意識を失ってまもなく、鶏上の姿は純白だったヒクイドリのものに変わったからだ。それも、動物園で見る彼等よりずっと体は小さい。

 こうして怪我人が運び出されたため、家には俺と長濱だけが残された。彼女も生臭さは感じており、どうやらインターホンを鳴らしたのが宅配便で、運び込まれたのが牛肉か何かだった、という訳ではないということはわかっているようだったが、あえて彼女から何かを言うこともなく、驚くほど静かにしていた。――この表現は長濱に怒られそうだが、彼女が全くの馬鹿じゃないことがよくわかる。そもそも芸術家という立場上、人一倍に繊細なはずだ。今回も、その感覚が働いたのだろう。

「長濱」

「ん、どしたの、悠君。急に無理してイケボ出しちゃって」

「……お前な。こういうのは真剣そうな声を出して、とか言うんだよ。一気にライトな感じになっただろ」

「そういう感じでいいよ。だって、真面目な話をする時に、おカタイ感じになる必要もないでしょ?」

「う、ううん。まあ、そうなのかもしれないな」

 相変わらず、この女も難しい。深月だけじゃなく、俺の周りにいる人間はことごとく、俺が接するには難しい相手ばかりな気がして来た。

「俺。いや、俺達が、お前に隠し事をしている、ってことには気付いてるよな。俺は、お前をそのことに気付かないほど馬鹿だとは思ってないんだが」

「もう、変な信頼してもらっちゃってるなぁ。……ま、そうだね。悠君と深月さんがただのカップルとは思ってないよ。何が裏にあるのか、そこまではわからないし、多分、わたしじゃ一生かけてもわからないと思うけどね」

「そうか……」

 最後にもう一度、葛藤する必要があった。

 俺も、深月も、このことには深く悩んでいた。俺達は長濱と親しく付き合っているつもりだが、ある一線を越えることは出来ないでいる。嘘をつくようなことはしないが、話すべきではない、と勝手に決めたことを、決して話していない。そのことの後ろめたさがあり、心の奥底では、完全に友人として付き合うことが出来ないでいた。

 それでも、前から親交があった俺はなるべくそのことを意識に追い出して付き合えたが、深月はそれが難しかったようだ。いつも長濱とはうるさいぐらい話しているが、時々、その表情に翳りが見えた。そのことを意識し始めてから、常にそれがあるように感じられたほどだ。

 とはいえ、俺達が話さないでおこう、と決めたことは、やはり話すべきではないのだろう。それでも、俺と深月は、無言の内にこのタイミングで打ち明けることを決めた。俺も深月も、長濱と表面上の付き合いで済ませる、というようなことはしたくない。長い時間に渡って、深く、交流を持ち続けたい。だからこそ、話す勇気を出すべきだった。

「無理はしなくていいよ?わたしは、別にのけ者にされてるとか、そういうことは思ってないから。だって、誰にだって秘密はあるもん。わたしにだって、誰にも打ち明けてないことはある。悠君達は、それを二人で共有しているってだけでしょ?じゃあ、教えてもらえなくても、それを受け入れられるよ」

「……いや。やっぱり、話させてくれ。信じられない話かもしれないだろうが、証拠は深月達が帰って来たら、いつでも見せられる。だから、ともかく聞いてくれないか」

 長濱は軽く微笑んで、俺の取り出した携帯の画面に注視した。まず、そこに美しい、正に濡れ羽色の羽を持ったカラスの姿を映し出す。そして、それが俺の愛する人だと打ち明けることから始めた。

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「正直に言うと、生きていたのは奇跡ですね。摘出された弾の数はあまりにショッキングだから、と教えてもらえませんでした」

「……銃を使うということは、人よね」

「断言は出来ませんが。何せ、よりにもよって彼女を選んで襲ったのですからね。事情に詳しくないと、しないことだと思います。その目的もわかりませんが」

「そう?あたしにはわかるわよ」

「と、言いますと?」

「アルビノのヒクイドリの商品的価値よ。殺して剥製にしても、すごい値が付きそうじゃない?」

「ああ、そうでしたね。どうも、悠様との生活に慣れてしまうと、自分達が人だとばかり。鳥殺しが殺人と同義だとばかり考えてしまいます」

「それでいいのよ。……あたしも、出来ることならそうしたいのだけど」

「今夜は帰りますか?」

「いいえ。悠に電話で連絡だけして、あの子に付き添っているわ。色々とあったけれど、死んでもらいたくはないもの。手を握ってあげるぐらいのことはしていた方が、安心出来そうでしょう」

「お優しいですね。深月様は」

「そうでもないわ。ただ、あたしを傷付けた相手に簡単に死なれるのが悔しいからだもの」

説明
久し振りの更新です
今回は短めですが、色々と動いています
実は本編以上におまけに力が入っているのですが、そちらはpixivで……
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