黒犬くん誕生日おめでとうございます。
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「くろたん、誕生日おめでとう〜なのにゃ〜!」

 夕飯を食べようと戸を開けた途端、黒犬の顔面に勢いよく何かが飛んできた。

 ペシャリという音がして、口に入った物からはまったりとした甘い味が広がった。

「甘っ!?なんだこれ!」

 目元と口元を簡単に指で拭い、舐めてみるとやっぱり甘かった。

 茶屋で食べたケーキに乗っていた乳脂(クリーム)に似ている気がするが、あれは食べ物で、間違っても人の顔面に投げつける武器ではなかったはずだ。

「こうやるのにゃ」

「へー」

 得意気な寧子と感心したような十助の声。

「ねーこ、これ何?」

「誕生日祝いのパイ投げにゃ」

 胸を張って自慢げに、寧子は作り方を調べたり材料を調達したりの道のりをかたるが、そもそも祝われる側が被害を被るというのも変な気がする。気のせいだろうか。

「って訳で、いくぞ負け犬!!」

 そんな逡巡を吹き飛ばすように、楽しそうに、勢いよく。おもいっきり振りかぶって十助が乳脂のたっぷり塗られたパイを投げる。

 しかし、先ほどのような不意打ちならまだしも、大きな動作で投げられた物を掴むのは黒犬には簡単な事だった。

「喰らわねえよ!!」

 クルリと回る事で上手く勢いを殺した。紙皿に乗せられたパイは少し崩れたが、何とか原形は保っていた。

 おー、と感心して寧子は手を叩き、十助は悔しげに舌を鳴らした。

 当の黒犬は二人に歩み寄りながらパイを二つに割った。割れた面から乳脂がトロリと流れて美味しそうだ。

「よーし、お前ら、取り合えずは祝ってくれてありがとうな」

 妙に明るい調子で言われ、寧子は何かを察したのか下がろうとして、後ろが壁であることに気付いた。

 そのすぐ後、十助も気づくのだが、少し遅かった。

 黒犬が悪戯っぽく、犬歯を見せて笑っていることに。

「お返し、だ!」

 半分に割られたパイが二人の顔にペシャリと押し付けられる。

 二人の驚きの声がパイに吸い込まれてくぐもったかと思うと、抗議するかのように黒犬の手が勢い良く叩かれた。が、じゃれあいの延長だ。さして痛くもないが、手は離した。

 十助がプルプルと顔を振ってあらかたの乳脂を落とし、寧子は「くろたん酷いにゃー」と言いながら手の甲で拭った。その猫耳頭巾はペタリと耳が垂れていた。

「お前らもやったんだから、これであいこだろ?…わプッ!?」

 ニカッと笑う黒犬の顔に乳脂の欠片が飛ばされる。十助だ。

「俺はまだ当ててなかったからな!」

 それをみて寧子が我が意を得たりとばかりに猫耳と一緒に飛び上がる。

「助太刀するのにゃ!」

「やるか!?」

 

 三人がじゃれあう部屋の外では、通りがかったここのつ者達が、おそらく乳脂まみれになったであろう部屋の掃除の道具を用意し始めた。

 ため息をつきつつ、布と桶をもちつつ。その表情はそれでも柔らかい。

 気のすむまで楽しんでくれればいい。

 だって今日は、

 

 誕生日なのだから。

 

説明
というわけで、タイムラインで見かけたわんわんにゃー(黒犬くん・寧子ちゃん・十助くん)によるパイ投げがとてもツボでしたので、勝手ながら書かせていただきました。
黒犬くん誕生日おめでとうございます
登場するここのつもの:遠山黒犬 猪狩十助 音澄寧子
 
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小説 ここのつ者 

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