差し伸べられる手 |
魔王と、その情婦。
それが、ダオスとウィノナ・ピックフォードにつけられたあざなであった。
「昔を思い出す」
ぽつりとダオスがこぼす。広大な王の間に、ウィノナとふたりたたずんでいる。
「デリス・カーラーンにいたころを……」
おなじように王の間にふたりでいたあのころをダオスは述懐していた。今は亡き妻と過ごした日々のことが脳裏をかすめる。
「帰りたい……よね」
隣に座る隻腕の少女が、わずかに彼のほうを見上げる。
「いや……私には、もう、そんな資格は残されていないかもしれぬ」
右腕ごと彼女を抱きこむ。自らの不始末の結果喪わせてしまった彼女の右腕。愛する女性を守ることもできなかった、二度目の失態である。妻に自ら死の道を選ばせ、この少女に人の道を外させた。
すべて、己の愚かしい罪なのだ。
「私の生命で大いなる実りができるのならば、喜んでこの身を投げ打つというのに」
「……ねえ。そのときは、アタシも、いっしょに連れて行って?」
「ウィノナ……」
「ダオスの行く道も、アタシの行く道だから」
小さな身体がダオスにそっと寄り添う。
「アタシを、ひとりにしないで」
少女の身体の中から耐え切れぬ孤独があふれ出す。ダオスはそれを受け止める。
わたしも……ひとりはさびしいのだ……。
ダオスからも、孤独のしずくがぽろりとこぼれ落ちた。
魔王とその情婦と呼ばれている二人だが、城下の魔物ですらその姿を見たことがないという。そんな者たちが存在するのかどうかも疑われていたが、本能にて生きる魔物に取ってはさして重要ではなかった。人間に取っても、存在があろうとなかろうと目の前の脅威は変わらない。
アセリア歴4201年、現ダオス城での「魔王宣言」にてウィノナはダオスの手を取った。
「ともに来てほしい。キミと、世界を救うために……」
再びウィノナはダオスの手を取ろうとしていた。
***
世界樹ユグドラシルのある精霊の森に、ひときわ奇妙な樹が存在した。髪の毛のように広がる葉、ひとつにしてふたつの幹を持ち、ひとつは雄雄しくひとつは華奢な、まるで絡まる男女のような姿をしている。
その樹は空のただ一点だけを指していた。枝が、指のように常に空を指していた。
――わたしは、あのばしょに、かえりたいのだ。
(了)
説明 | ||
「語られざる歴史」ダオウィノ。ウィノナがダオスのもとに行っていたらという仮定の話。ダーク。 | ||
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