銀の月、練習する |
「遅くなってごめん! 今から仕度するね!」
とある朝の博麗神社の境内に、白い胴衣と袴を着けた少年が猛スピードで飛び込んできた。
空は雲一つ無い晴天だというのに、その黒い髪からは水が滴っている。
「……その前に銀月、何でいきなりずぶ濡れになってるのよ?」
そんな銀月に対して、紅白の巫女服を着た少女が少々呆れ顔で声をかける。
足元には木の葉が積み重なっており、手には竹箒を持っていた。今しがた境内の掃除を終えたところのようである。
「ちょっと早く出たから、少し滝行をしてたんだ。そしたらちょっとやり過ぎちゃって……」
銀月は札の中からタオルを取り出し、髪を拭く。
そんな銀月に、霊夢は呆れた眼を向けた。
「この修行馬鹿。まあいいわ、さっさと朝ごはん作って」
「うん」
銀月はそう言うと真っ直ぐに台所へと向かう。しばらくすると小気味の良い包丁の音が聞こえて来た。
その一方で、霊夢はすることが無いので居間に寝そべって料理の完成を待つ。
「はあ……」
「どうしたの、ため息なんてついて」
居間から聞こえてきた大きなため息に、銀月が料理をしながら声をかける。
喋っていても手が止まることは無く、着々と料理が出来上がっていく。
「……退屈なのよ。何か面白いことはないかしら?」
「面白いことって、どんなことが起こればいいのよ……」
霊夢の発言に、銀月は霊夢の声マネをして問いかける。
それを聞いて、霊夢は眉をひそめた。
「ちょっと、何でいきなり私の声マネするのよ」
「だって、今料理してるんだよ? 僕が霊夢の退屈を紛らわせようとするなら、これくらいしか出来ないよ?」
「もっと他に何かないの? 見てて退屈しないようなやつ」
「う〜ん……槍の舞はお父さんほど綺麗に出来ないし、曲芸は愛梨お姉ちゃんほど上手く出来ないし……どれにしたって今は無理だよ」
銀月は具材の入った出汁に味噌を溶きながらそう答える。流石に料理をしながらでは、他の事をする余裕は無いだろう。
それを聞いて興味を持ったのか、霊夢は身体を起こした。
「曲芸ね……試しにやってみなさいよ。どんなことが出来るの?」
「えっと……ジャグリングとシガーボックスくらいかな……後は演劇と笛だね」
「ジャグリングって、お手玉のこと?」
「うん。五つまでなら何とか。三つならいくつか技も出来るよ」
「例えば?」
「ちょっと待って、後ちょっとでご飯できるから」
銀月はそう言うと、皿や器に料理をよそっていく。
今日の朝食はご飯にワカメの味噌汁、岩魚の塩焼きに卵焼きとほうれん草と椎茸の炒め物のようである。
「はい、召し上がれ」
「いただきます」
二人はそう言うと朝食を食べ始める。
「はぁ……やっぱり朝は味噌汁ね。良い出汁が出てるわ」
味噌汁を飲んで、霊夢は笑顔をこぼす。
「む〜……なんか違う……」
その一方で、銀月は味噌汁を飲んで眉をしかめるのだった。
そんな銀月の様子に、霊夢は首をかしげた。
「どうしたのよ?」
「何ていうか、お父さんの作る味噌汁に比べると何か足りないんだ。この感じだと、出汁のとり方が違うのかな……?」
銀月は自分の作った味噌汁の味をじっくりと確かめながらそう呟く。その他にも、色々と自分の料理を食べては将志の料理との違いを探している。
彼は早く自分の尊敬する父親に追いつきたくて、事あるたびに自分の作った料理で父親の味を研究しているのだ。
そんな銀月を見て、霊夢は疑問を浮かべる。
「あんたそのお父さんに料理習ってるんじゃないの?」
「うん、でも基本だけね。『……俺の味を目指したかったら、盗んでみろ』って言われて、詳しい作り方は教えてくれないんだ」
銀月はそう言いながらも考え続ける。どうやら将志は自分の味を素直に教える気はないようであった。それはどうすればどのような味になるかと言う、試行錯誤の方法を覚えさせるためのものであった。
霊夢はそれを聞いて、苦笑いを浮かべた。
「……ここでも修行なのね……」
「そうだね……そう言えば、今日どうしようかな……今日は危ないから家には戻るなって言われてるし、修行禁止って言われちゃったんだよな……」
「今度は何やったのよ?」
「銀の霊峰本山頂上から麓まで三往復。前に一往復して何も言われなかったから増やしてみたら怒られちゃった……全身鍛えられていいと思ったんだけどな……」
銀月は少ししょんぼりしながらそう呟く。
それを聞いて、霊夢は唖然とした表情を浮かべた。
「……馬鹿でしょ? あんな崖みたいな山道を三往復もしたわけ? よくもまあそんなことしようと思ったわね……」
「だって、僕早くお父さん達に追いつきたいもの。そのためだったら幾らでも修行できるよ」
銀月のその言葉を聞いて、霊夢は深いため息と共に首を横に振った。
銀月が三往復もしたその山道は、かつて銀の霊峰が「試練の霊峰」と呼ばれることになったほどの険しさなのだ。また、その名をつけたのは戦神の姿を一目見ようと挑んできた屈強な戦士達である。
その逸話を紫から聞かされ、自分の目でも一度確かめたことのある霊夢は銀月のしたことに呆れることしかできなかったのだ。
「あんたの思考が理解できないわ。何であんたはそんなに修行をしたがるわけ?」
「……死にたくないから。妖怪って、人間を食べるでしょ? お父さん達は僕を守るって言ってくれるけど、それに頼ってばかりじゃいられない。だから、僕は少しでも早くお父さん達に追いつきたい」
「確か、あんたのお父さんって神様だったわね? 本気で届くと思ってるの?」
「うん。出来ないなんて思わない。無理って思うから無理なんだ。少しでも可能性があるんなら、僕はそれに向かって頑張って見せるよ」
銀月は真っ直ぐな瞳で霊夢の眼を見つめながらそう話す。その眼には、何が何でも将志達に追いついてやると言う強い決意が込められていた。
その眼を見て、霊夢は彼に口出しすることを諦めた。
「……意外と熱血漢なのね、銀月」
「かもね。それに、修行して出来ないことが出来るようになると楽しいんだ。だから、僕は毎日に退屈したりなんてしてないよ」
「……やっぱり理解できないわ。私は役に立つかどうか分からない苦しい修行を積むよりは、退屈でものんびりお茶でも啜ってた方が良いわ」
霊夢は再び首を横に振りながらそう呟く。元より修行が好きではない彼女ではあるが、彼の修行中毒とも言えるその発言にはあきれ果てるより他ないのだ。
そんな霊夢に、銀月は苦笑いを浮かべる。
「……そっか。お茶、淹れようか?」
「お願いするわ」
銀月はそう言うと、お湯を沸かしてお茶を淹れる。お湯を湯飲みに入れ、ある程度置いてから急須に注ぐ。
茶葉から十分に味が染み出してきたところで、銀月は湯飲みに茶を注いだ。
「はい、どうぞ」
「ありがと……それにしても、銀月って本当にちょうど良い温度でお茶を淹れてくれるようになったわね。どうやってるの?」
「淹れるたびに霊夢の表情を見て、最初にお湯を湯飲みに入れておく時間を調節したんだ。見つけるのに一週間掛かったよ」
銀月は霊夢の質問に笑顔で答える。
それを聞いて、霊夢はそこまで注意深く自分の顔を眺められていた事実にため息をつきながら顔をそむけた。
「……よく見てるわね」
「お父さんが言うには、相手をよく観察することも料理人の資質なんだって。お父さんなんて、相手の顔を見ただけでその人に合った味付けが出来るんだよ?」
銀月は少し誇らしげに将志の特技について語る。
現に将志は初対面の人間の好みの味を一発で作れるため、その観察眼は大変なものである。
それを聞いて、霊夢は興味深そうに頷く。
「流石に料理の神様ってわけね。私も一度ご馳走になりたいわ」
「本当は、僕が早くそういうことが出来るようになれば良いんだけどね」
「でも、私は銀月の味も結構好きよ? 美味しいし」
「そ、そう? えへへ〜、それは良かった」
霊夢の感想を聞いて、銀月は嬉しそうにそう笑った。
そんな銀月に、霊夢はふと思いついた質問をぶつけることにした。
「一つ思ったんだけど、銀月は何で銀の霊峰に居るわけ?」
「え……?」
「だっておかしいじゃない。あんな妖怪だらけのところに、一人だけ人間が居るわけでしょ? 普通、人間なら人里に居るもんじゃないの?」
若干語気を強めて、身を乗り出すようにそう尋ねる霊夢。その様子には、何やらただならぬ雰囲気が感じられた。
霊夢にとって妖怪は人間の敵対種族であるため、銀月が銀の霊峰の妖怪に攫われているのではないかと勘繰っているのだ。
「えっと……それはね……」
銀月は霊夢の質問に答えようとする。
「ばあっ♪」
「うわぁ!?」
すると突然、銀月の目の前に逆さまの女性が現れた。
いきなり上から出現した逆さ吊りの金髪の女性に、銀月は驚きすくみあがった。
「ふふふ、ドッキリ成功ね」
銀月の反応に、紫は無邪気に笑いながら降りてくる。
そんな紫に、霊夢がジト眼を向ける。
「……何やってんのよ、紫。今、私と銀月で話をしてたのよ?」
「ええ、知ってるわ。それも話の内容まで事細かにね」
少し苛立たしげに、霊夢は紫に話しかける。それに対し、紫は意味ありげな笑みを浮かべながら霊夢に言葉を返す。
すると霊夢は紫の眼をジッと見つめた。
「……知ってるのね」
「知ってるわよ」
「教えなさいよ」
「教えたらどうするつもり?」
「……別にどうもしないわ。まあ、場合によっては考えるけどね」
「別に大した理由じゃないわよ? ただ、銀月の能力が分からないだけで」
紫はあっさりと銀月が銀の霊峰に居る理由を告げた。
もっとも、それは表向きの理由であって、何故そうするに至ったかと言う経緯は隠されていたが。
それでももったいぶった割にさくっと答えられ、霊夢は拍子抜けした表情を浮かべた。
「……それだけ?」
「それだけよ?」
「じゃあ、何で銀月はそれだけのことで銀の霊峰に居るわけ?」
「そうね……例えば、銀月の能力が『暴れ狂う程度の能力』だったらどうするかしら?」
「……大迷惑ね」
「でしょう?」
苦い表情を浮かべた霊夢に紫は満足そうな笑みを浮かべる。
そして、銀月のほうへと向き直った。
「それはそうと聞いたわよ、銀月。貴方、また無茶をやらかしたんですってね? 約束はどうしたのかしら?」
紫は少し戒めるような視線を銀月に送る。
それを受けて、銀月は肩を落として俯いた。
「……出来ると思ったから。それが無茶だとは思えなかったんだ」
「出来ると思った?」
「うん。昨日は調子が良くて、何でも出来そうだったんだ。疲れてもすぐに元気になったし」
銀月はその時の様子を思い出しながらそう語った。
それを聞いて、紫は口元に扇子を当てて考え込んだ。
「成程ね……ということは、やっぱり銀月の能力は生命力や身体能力に関係があるのかしら? でも、何か違うような気もするわね……銀月、自分でなんだと思う?」
「分かんない……あの時だって、僕は何であんなことが出来たのか全然分かんないんだ」
あの時とは、銀月が将志に拾われた夜の出来事である。
銀月の言葉を聞いて、紫は小さくため息をついて思考を中断した。
「……そう簡単に分かったら苦労しないか。それで、家に帰れず鍛錬を禁止された銀月はどうするのかしら?」
「何も考えてないんだ。あ、でも曲芸の練習くらいは良いよね?」
銀月は期待を込めた視線で紫を見つめる。
そんな銀月に、紫は額に手を当ててため息をついた。
「却下よ、銀月。将志は貴方の身体を休ませるために鍛錬を禁止したのよ? それなのに激しく動く練習をしてどうするのかしら?」
「そんなにアクロバティックなことはやらないよ。ジャグリングと手品ぐらいだよ」
「そう……それじゃあ、私が見てる前でならやってもいいわ。お手並み拝見という奴ね」
「うん、いいよ。それじゃあ、ジャグリングから」
銀月は収納札から赤青緑の三つの玉を取り出すと、ジャグリングを始めた。
基本となる形から、玉が消えたり現れたりする技、腕を交差させる技、片手でのジャグリングなど、次々と技をこなしていく。
全ての玉は銀月の手によって生きているかのように舞い踊る。
「これで、ラスト!」
銀月はそう言うと玉の一つを高く放り投げ、遅れて残りの二つの玉を同時に放り投げた。
二つの玉が上に上がると同時に、最初に投げた球が落ちてくる。
「やっ!」
銀月はそれを後ろに宙返りしながら高々と蹴り上げた。
着地すると、銀月は落ちてくる二つの玉を先にキャッチし、最後の一個を横からスタイリッシュに掴み取った。
「……よし、上手く行った。紫さん、霊夢、どうだった?」
銀月は額に浮かぶ汗を拭いながら二名の観客に感想を尋ねる。
「なかなかに面白かったわよ」
紫は軽く拍手をしながらそう答える。
「やるじゃない、銀月。それ、宴会芸に使えるんじゃない?」
「あはは……それはちょっと無理かな……」
感心した様子の霊夢の感想を聞いて、銀月は苦笑いを浮かべた。
それを聞いて、霊夢は首をかしげる。
「何でよ?」
「だって、愛梨お姉ちゃんなら今のを大玉の上で出来るんだよ? それに玉の数も五個でやってるから、僕のじゃちょっと……」
「ふふっ、師匠の背中は遠いわね、銀月?」
「うん……これももっと練習しないとね。それじゃあ、次はマジックだね」
銀月はそう言うと懐から二つのサイコロを取り出した。
それは黄金色に輝いており、綺麗に磨かれているのが分かった。
「あら、真鍮のサイコロなんて珍しいわね」
「これね、愛梨お姉ちゃんが初めてくれた道具なんだ。だから、このサイコロはいつも持ち歩いてるんだ」
銀月はそう言いながら二つの真鍮のサイコロを指で撫でる。
その指使いはとても優しく、大切そうであった。
「ふーん、銀月の宝物ってわけね」
「うん。今からするのはね、このサイコロを使ったマジックだよ」
銀月はサイコロの他に、小さなケースを取り出した。
ケースは二重になっていて、それぞれ取り出せるようになっていた。
「じゃあ、まずはお手軽なのから。二人が入れたサイコロの目を当てるマジックから行くよ。二人とも、このケースに仕掛けがないことを確認して」
銀月はそう言うと、二人にケースを差し出した。
二人はひっくり返したり、指を突っ込んだりして仕掛けが無いか確認する。
「……確かに仕掛けは無さそうね」
「……普通のケースみたいね」
二人は仕掛けが無いことを確認すると、銀月にケースを手渡す。
すると銀月は小さいケースを大きいケースの中に入れる。
「それじゃあ、二人とも好きな目を上にしてサイコロを入れて。僕は後ろを向いてるから、その間にね」
銀月がそう言って後ろを向くと、紫と霊夢はそれぞれサイコロを中に入れた。
二人とも五を上にしていれ、外から見えないようにふたを閉じる。
「いいわよ」
霊夢が声を掛けると銀月は振り向いた。
「……よ〜し、それじゃあこれから念力を使ってこの中のサイコロの数字を当てるね。行くよ……」
銀月はケースに手をかざし、静かに眼を閉じる。
ケースには手を触れず、ケースの周りをあちこち行ったり着たりさせる。
「……見えてきた。うん、二人とも五を上にしたね?」
銀月はそう言うとケースのふたを取る。
すると宣言どおり、サイコロの目は二つとも五であった。
「あら、正解」
「……まぐれなんじゃない?」
笑顔の紫に対して、訝しげな視線を銀月に送る霊夢。
それを見て、銀月は底の知れない無邪気な笑みを浮かべる。
「まあ、一回だけならそうかもしれないね。でも、まぐれじゃないんだ。もう一度やってみようか」
再び銀月が後ろを向くと、二人はケースの中にサイコロを入れる。
それが終わると、銀月は再びケースに手をかざした。
「……今度は一と六だね?」
「あら、また正解」
「……怪しいわね。絶対何か仕掛けがあると思うんだけど……」
霊夢はそう言いながらサイコロとケースを改める。
そんな霊夢に、銀月は笑みを浮かべて話しかける。
「うん。これ、種も仕掛けもあるんだ。でもね、だからこそマジックって面白いんだよ? お客さんは種を見破ろうとするし、マジシャンはそれを見破れないように腕を磨かないといけないからね」
銀月は楽しそうに二人にそう語る。そこには銀月のマジックに対する、観客に挑戦状を送りつけるようなスタンスが見て取れた。
それを聞いて、紫は面白そうに笑みを浮かべた。
「成程ね。つまり、観客への挑戦状を贈っていることになるのね」
「あはは、そうかもね。それじゃ、次のマジックに行ってみようか」
その後、銀月は次々とマジックを披露していった。
増えるサイコロに、消えるコイン、予言のマジック等、次々に成功させていく。
それを紫は純粋に楽しみ、霊夢は何とか種を明かそうと睨んでいた。
「はい、今日のマジックはこれで以上だよ」
「……一個も分からなかったわ」
霊夢はそう言いながら、悔しそうに俯く。
そんな霊夢に、紫は笑いかける。
「ふふふ、それだけ銀月の方が上手だったってことね」
「あ、そうだ。紫さん、渡したいものがあるんだ」
「あら、何かしら?」
「はいこれ」
銀月はそう言うと、手を軽く振って一輪の白薔薇を取り出した。
紫は首をかしげながらも、それを受け取る。
「白薔薇?」
「あのね、この前少し勉強したんだ。白薔薇の花言葉はね『心からの尊敬』だよ。紫さんいつも忙しいのに僕のことも見てくれるから、お礼がしたくて……」
銀月はそう言いながら紫の眼を見つめる。
その眼には、紫に対する純粋な尊敬と好意が含まれていた。
「ふふっ、ありがとう。でもね、私も好きでやっているのだから、そんなに気にすることないのよ?」
紫は微笑と共に銀月の頬を撫でる。
「……手、あったかいな……」
銀月はその手を気持ち良さそうに受け入れる。
そんな銀月に、紫は何かを思いついたように話しかけた。
「そういえば、白薔薇の花言葉といえばこんなものもあったわね。『私はあなたに相応しい』……そっちで取ってしまっても良いかしら、銀月?」
「え、ええっ!?」
突然の一言に、銀月は驚いた表情を浮かべた。
そんな銀月に、紫は銀月を抱きしめながら笑顔で二の句を告げる。
「私は銀月なら構わないわよ? 一生懸命働いてくれるし、可愛いし。愛の告白なら受けてあげるわよ?」
「え、あ、その……」
紫の言葉に、銀月の顔が真っ赤に染まる。想定外の紫の反応にしどろもどろになり、どうすれば良いのか分からないようである。
その横で、霊夢が盛大にため息をついた。
「何寝ぼけたこと言ってんのよ、紫。人間と妖怪じゃつり合う訳ないじゃない」
「あら、それなら銀月に人間をやめてもらえばいいだけの話よ? 銀月なら仙人にはたぶんなろうと思えばなれるだろうし、妖怪化させる手段だってあるわよ?」
「え、えっと……僕、人間やめちゃうの……?」
銀月は少し泣きそうな眼で紫を見つめる。どうやら、人間をやめることになるのは嫌なようである。
それを見て、紫は若干慌てた表情を見せた。
「ああ、冗談よ、銀月。だからそんな泣きそうな顔しないでちょうだい」
紫がそう言うと、銀月は安心して頷いた。
「う、うん……あ、そうだ。そう言えば藍さんに頼まれてたことがあったんだっけ」
「頼まれ事?」
「紫さん、ちょっと耳貸して」
「何かしら?」
紫は銀月の口元へと耳を持っていく。
すると、頬に何か柔らかい物が触れた感触があった。
「えっ?」
突然の感触に、紫の眼が思わず点になる。銀月に眼を向けると、銀月は顔を赤くしてもじもじとしていた。
その様子から、銀月が頬にキスしたものだと知れた。
「……銀月、あんた何をやってるのよ?」
霊夢は呆れ顔で銀月に問いかける。
すると銀月は大きく深呼吸をしてからそれに答えた。
「ええっと、これが頼まれてたことなんだけど……紫さんのためにって頼まれたんだ……」
「何で頬にキスをするのが紫のためになるのよ?」
銀月の言葉の意味が分からず、霊夢は首をかしげる。
その横で、藍の意図を理解した紫はため息混じりに頷いた。
「……成程ね。藍ったらそんなことを考えているのね。銀月、それって会うたびに何度かするように言われてはいないかしら?」
「うん。藍さんもそう言ってたよ」
「そう……確かに、そろそろ何とかしないといけないわね。それじゃあ銀月、これからお願いしてもいいかしら?」
「……うん。僕も紫さんのことは大好きだから大丈夫だよ」
紫の頼みに、銀月は少し気恥ずかしそうにそう言いながら笑った。
そんな銀月を、霊夢は唖然とした表情で眺める。
「……銀月、あんたよくもそんなこっ恥ずかしいこと言えるわね……それもさっきから何度も」
「え、何が?」
霊夢の言っていることの意味が分からず、銀月は首をかしげる。自分がどれだけ気障なことを口にしているのか分かっていないのだ。
そんな銀月に、紫が笑顔で声を掛けた。
「そうだ。銀月、今日は人里に行ってみましょう? 確か、まだ行ったことなかったでしょう? 私が連れて行ってあげるわ」
「いいの? それじゃあ、お願いします」
銀月はそう言うと紫に頭を下げた。
すると、霊夢が横から口を挟んだ。
「その前に、お昼にしましょ? もうすぐ十二時になるし」
その言葉に、三人揃って壁に掛かった時計を見る。
時計の針は二つとも十二を指すところだった。
「そうだね。それじゃ、何か作るよ」
そう言うと、銀月は台所へと向かって行った。
説明 | ||
何のことはない日常。その中で、退屈した巫女は銀の月に暇つぶしを求める。 | ||
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…本当に平和な日常風景ですな。この時はまさか、永夜抄相当展開時に、あそこまで狂気飛び交いまくりになるとは思いもしなかったなぁ…(遠い目)。(クラスター・ジャドウ) | ||
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