ノーカノウ
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 私、筆木(ふでき)能香(のうか)には出来ないことが多かった。自転車をこぐのも、包丁の扱い方も、他人との接し方も、もちろん勉強も。朝早く起きるのも出来ない。なにもかも駄目だった。それはどうしようもない事実で、私がただ単にネガティブで自分が駄目だと思い込んでいるからではない。できるようになるための努力をするのも、できない。練習をしても、一向に進歩しないのだ。だから、どこか諦めてしまった。私だけではなく周りも。

 他人にとって普通にできることが私にはできなかった。

『どんくさい』『とろい』『ばか』とかいう言葉は聞き飽きてしまっていた。人の罵声は私にとって当たり前で、こうやって高校に向かって歩いているときでさえ、名前も知らない人から怒られてしまう。昨日も、コンビニのお釣りをうまく受け取ることができずに、後ろの人からどなられてしまった。あそこのコンビニを利用するのが少し億劫になっている。でも、あそこを利用しないと遠くまでいかないとならないし、面倒だから今日の帰りもあそこに寄るつもりだった。

 他人や店にとってもあまり喜ばしくないことなのは分かってる。でも、別の所にいったところで同じようになるだけなのだ。他人に気を使うことも私にはきっとできない。恋人どころか友達もいなかった。話すのも、どこか気まずいような人間関係だけ。楽しくもつまらなくもない日々をずっと過ごしていた。

 そんな日々に変化が訪れたのは、叶(かのう)くんと出会ってからだった。彼は私の理想の存在だった。私には出来ないことが全て出来るように思えたのだ。ロマンティックに言えば、運命の出会い、世俗的に言えば一目惚れだった。彼の一挙手一投足が、私にとって憧れそのものだったのだ。先生と挨拶を交わす時、友達と喋っている時の動作、廊下を歩く姿、授業を受ける態度、全て私とは違っていた。家族とご飯を食べる時も、寝る時の姿も、朝起きる時の姿も、全て魅力的だった。

 なんでこんなにも憧れてしまうのか、私にも分からなかった。でも、彼のおかげで私は変われた気がする。彼の目に私が映ることは一度もないけれど、彼の行動を見ているだけで私は私で居ていいように思えるのだ。

 

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