夢・おぼえていますか(2014CDS)
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 きっと夢。絶対、夢。もしくは、夢。

 

         ★★★☆彡

 

「誰でも良いから出てきやがれクソ天使!」

 

 キャンプ・チタクワの近くにある雑木林の奥で、俺は天に向かって叫んだ。これだけ叫んだのは、ミカエルのコンドームになるのを受け入れるのを決めた以来。

 

 結局、あの時はどれだけ叫ぼうとも誰の声もなく、何の答えもくれやしなかった。俺は諦めた。そうだ、諦めたんだ。

 

 サムがルシファーのタキシードとなったのも、キャスが人間になっちまったのも、全部。

 

 だけどこれだけは諦められない。

 

「おい、キャス!いや、これだったらザカリアかっ、そうだろ!出てきやがれ!」

 

 何度だって叫んでやる。

 

 でなきゃ、おかしいんだ。

 

 焦りを全身に帯びて怒鳴り散らす俺の声を遮ったのは、気配を隠そうとしないリサだった。

 

「あらディーン、発声練習にしては喉を使い過ぎよ」

 

 ガサリと草を踏み、枝を退かせた音を立てながら、彼女は優美な笑みを頬に浮かべて俺を見上げる。

 

「ちゃんと、お腹に手を当ててやらないと。ほら、あえいうえおあお、たてちつてとたと、って」

 

 自分のお腹に両手を添え、彼女はハキハキとした声で発声練習をし出した。

 

「・・・・・・リ、リサ」

 

 小鳥のさえずりとはほど遠い、彼女の声量が木々に混ざり、林の外へ逃がさないために消えた。

 

「こうやるのよ」

 

 目を細め、時間を気にしてか腕時計を見下ろす。待て、そんな物、昨日までつけていなかったよな。

 

「あら、もうこんな時間。早く会社に戻って、キャスと合流してちょうだい。今日はライバル会社との合同キャンペーンなんだから、負けられないわよ!」

 

 説明的セリフとリサの手に引っ張られ、強引に雑木林を抜けた先にあるのは、俺たちの住処。

 

「の、筈だったんだよ、な」

 

 俺がこの林の中へ入る前と変わらず、そこにそびえるのは複数のロッジを構えるキャンプ地。数台のロッジと、武器庫に食料庫を持ち、前線基地兼拠り所として、集団生活していた。

 

 通称、キャンプ・チタクワ。

 

 だったのだ、昨日までは。

 

「・・・・・・やっぱりか」

 

 脱力する俺の目前にある、入口の看板にはこう書かれている。

 

「「オフィス・チタクワ」て、マジで何だよ・・・・・・」

 

 ロッジしか無いのに。

 

「ちゃっちゃと乗るのよ、ディーンッ」

 

「うわっ」

 

 リサが俺の背中をドンと押し、車の助手席に乗せる。運転席に居たのはキャスだった。

 

「敏腕マネに逆らうなんて、どうしたんだよリーダー」

 

「キャスッ、てめ、これは何の冗談だ!」

 

 キャスの胸ぐらを掴んで、ことの真相を問いつめた。

 

「なんで寝て起きたら、俺とお前がユニットアイドルなんて馬鹿げたことやってることになってんだよ!」

 

 キャスが呑気どころか間抜けなツラで目を丸くしたことで、俺の短い沸点が振り切れた。

 

「ていうか、リサがマネージャーは良いとして、オフィス・チタクワって何だ!まず、お前がアイドルってツラと年か!俺だってそうだ!だけど、お前の方がヤバイんだぞ!」

 

 殺気と怒気を全面に押し出し、一気にまくし立てる。

 

 肩で息をしながら相手の答えを待っていると、キャスは「ははあ、なるほどね」と意味深に笑った。

 

「僕の方が女性にモテるのが羨ましいのは分かる。昨夜も僕だけがお楽しみパーティーをしたのが面白くないんだろ、今度はちゃんと君も誘ってやるから」

 

「違うっ」

 

 ていうか、こいつまた昨夜も遊んでたのかっ。もめ事はごめんだと言ったばかりだっていうのに。

 

 俺の憤慨をよそに、キャスはある意味、昨日と変わらない適当な笑顔を俺に向ける。しまりのない薬物に逃げたジャンキーが、胸ぐらと掴んでいた俺の手をやんわり退かせる。その手で俺の肩をぽんぽんと、気さくな態度で叩いた。

 

「まあまあ、安心しろよ、君の地位は盤石だ。全米、いや世界のスーパーアイドル「超自然の歌姫」ディーン・ウィンチェスター」

 

「なんだその気色の悪いのはっっ」

 

 俺は反射で叫んだ。これはもう本能だ、悪寒が止まらない、姫てなんだ。

 

 運転手のキャスが笑いながらシートベルトを締め、サイドブレーキを下げた。

 

「君は世界の終末に現れた、人々を歌で救い、歌で戦いに勝利を与えるアイドルじゃないか」

 

 忘れたとは言わせないぞ、とウィンクされても、身に覚えがないとしか言えないし、こいつのウィンクも気持ち悪い。

 

「ついでに言うと、僕のキャッチコピーは「君だけの墜天使」だよ」

 

「当たってるな」

 

 ピッタリ過ぎて、心の底に隠していた罪悪感が消え失せた。

 

 これは一度仕切り直そうと、シートに深くもたれ掛かる。どこに行くのかなんてどうでも良いほどに、この世界の構成を知ることに従事する。

 

 窓から見える空の濁りは、昨日と変わらない。それは朝起きた時から知っている。だから現状のおかしさに気づくのが遅れた。

 

 荒れ地を突き進むジープに乗って、何がアイドルだと吐き捨てるも、そういえば戦いがどうとか言っていたなと思い出す。

 

「・・・・・・世界の終末?」

 

 そうだ。この世界の光景だけは、昨日と変わらない。まるで天が、地上を眺めるのを止めたような厚い雲。幕を降ろしたっきりの空から時折見える稲光。諦めと絶望を世界中に伝えるこの色たちが、これが異常でなくて何だ。

 

 俺は起きあがって、ご機嫌にも鼻歌をしやがるキャスに問いかけた。

 

「おい、世界の終末っていったな。だったらクロアトアン・ウィルスや悪魔も居るってことか」

 

「もう中心部にはウヨウヨ。やっぱり都会は多いな。でもまあ、あれも熱狂的なファンだから、人気商売の僕らは無視は出来ないさ。言うだろ、ファンてのはfanatic=狂信者て」

 

「途中からまた話が飛んだんだが」

 

「そうかな」

 

 殺すべき敵がファンてワケガワカラナイ。

 

 こいつのお喋りにムカツクことはしょっちゅうだが、今はこのお喋りが情報源なのだから、仕方ない。

 

 俺は眉間の皺に指をあて、深呼吸をする。

 

 ここまできたら、一番聞きたくないけど確かめなければいけない。

 

「つまりは、その、ルシファーも居るんだよ、な?」

 

 俺には、アレがこの世界に居てほしいのか分からない。でもクリーチャーや悪魔がいるなら、可能性は高い。

 

 運転中のキャスが、俺を一瞥して方笑みを浮かべた。俺がルシファーと言ったからだ。一瞬しか目が合わなかったのに、「あいつを気にしてるんだ」と雄弁に語る。

 

 なんだ、このピリッとした空気。

 

 眉をひそめる俺に、一寸の無言を打ち消す形で答えた。

 

「そんなに早く会いたいんだ」

 

「・・・・・・居るんだな」

 

「もうすぐ会えるよ。そこへ向かってるんだから」

 

 ゴクリと、喉が鳴った。やっぱり奴は、サムのタキシードを着た悪魔は存在するのか。

 

 流れた冷や汗は、続けて答えたキャスの言葉で引いた。

 

「奴はライバル会社のトップアイドルだから、気合い入れていこうな」

 

「君だけの墜天使」が、欠片とてない爽やかな笑顔と、まどろんだ目のくせに目力をぶつけてくる。

 

 俺はそっと、再びシートにもたれた。体重と一緒に疲労も乗せる。そういえばリサが言ってたな、「ライバル会社と合同キャンペーン」て。

 

 ここは聞いておくべきかもしれない。

 

「ちなみにルシファーのキャッチコピーは、ヴィジュアル系から召還された孤高のボーカリスト「悪魔の誘惑」だ」

 

「そうかよ」

 

 聞く前に言いやがった。こいつもしかして、俺をからかっているんじゃねえか。もし、このジャンキーの姿のまま天使の力を取り戻していたとしたら、これぐらい馬鹿げたことをしでかしても、おかしくはない。

 

 とはいえ、それをこいつに聞いたところで素直に吐くとは思えない。さっきまで俺が、どれだけ声を荒げて天に呼びかけたか。もし聞こえていたら、無視していたことになる。だったら俺から何かをするのは、しばらく止めておいた方が良い。

 

 精神的に疲れたせいもあり、俺は目を閉じて眠りの体制を取る。よくこいつとの会話を切り捨てる時にしていた、フリだ。

 

 俺はキャスの言葉を、どれだけ無視してきたのか。こうして意味はなしていないが、俺がキャスに問い、奴が答える。俺はそれをどう思うが聞く。当たり前だったことを、こんな状況でするなんてな。

 

 俺が黙ることで、あれだけ騒がしかった車内が静かになる。窓越しに聞こえるのは、整備のされていないコンクリートロードをタイヤが踏みつけていく物と、車が風を切るぐらい。

 

 キャンプ地ー今はオフィスーは都心から相当離れている。どこへ行くかは分からないが、この様子だと、しばらくは似たような道を走るようだ。

 

 半ばどうにでもなれと、本当にふて寝でもしてやろうかと言うタイミングで、キャスがポケットから綺麗なスマートフォンを出してきた。

 

「そうそう、今日新曲披露だから、移動中に聞いておくようにってリサに言われてたんだ」

 

 こんな物あっただろうかなど、考えることは止めた。運転しながら操作し、曲が流れるや、それを俺に投げ渡す。

 

「チャックはほんと良い仕事するよ」

 

 チャックがこの仕事の何に関わっているのかはどうでも良い。どうせ、ろくなポジションじゃないんだ。

 

 問題は、曲のタイトル。

 

「「歌は終末を救う」」

 

 救えるものなら救ってみせろ。むしろ、この状況を救ってくれ。

 

「あ、カップリング曲が「終末飛行」なんだけど、ここ、ここでこのポーズっ」

 

 指を広げた左手の、中指と薬指だけを折り曲げて、顔の横に当てた。

 

「ここでファンと一緒に「キラッ」て言う大事なとこ」

 

 ウィンクもセットらしい。

 

 手の中のスマートフォンを握りつぶさなかった俺を、誰か誉めてくれ。

 

 それから2時間後に止まった車を降りれば、場所は廃墟と化した、都心にそびえるビルの前。

 

 後続の車でついてきていたリサが、「ここの屋上がステージだから」と拳をぎゅっと握り、息巻いて教えてくれる。

 

「やっぱりアイドルイベントは屋上だよねえ」

 

 キャスがビルを見上げながら、理解出来ない理論で頷く。

 

 帰りたい。どこかって言われたら答えられないが、帰りたい。居ても困るが、荒れ果てた町のどこに、客がいるんだ。

 

 殺したため息を聞かれた訳でもないのに、背後からかけられた声に、俺は心臓が震えた。

 

「やあ、ディーン。そしてカスティエル」

 

 間違いようもない声。

 

「今回はディーンの誕生日サプライズも兼ねてのイベントに呼んで頂けて光栄だ、と言えば満足かな?」

 

 近くにいたキャスとリサが「あっ」「ちょっとっ」と声を上げたが、とても遠くに聞こえた。今の俺には、背後にいる男しか存在を感じられない。

 

 感情の無い口調とは裏腹な、鋭利で侮蔑な気配。俺の知る弟が決してまとうことのない物だからこそ間違いない、これはサムだ。いや、サムの中に入ったルシファー!

 

 畏怖を誤魔化して振り替えると、俺の視界を埋めたのは真っ赤なバラの花束だった。しかもバラのトゲは1本も抜いていないという代物。

 

「せっかく「ミカエル」という芸名で再デビューさせてやると言ったのにな。貴様がこちらの事務所を蹴ったことを、後悔させてやる」

 

「は?」

 

 バラで埋もれた隙間から、全身真っ白なラメスーツを身にまとった男が見えた。もしかしなくても、これルシファーか。

 

「今日が「超自然の歌姫」の最期であり、今日が新たな、神に愛された真のアイドル・ルシファーの誕生となるだろう」

 

 フッと鼻で笑ったルシファー@サムが、バラの花束から1本だけ抜き取る。

 

「だから祝ってやろう。ハッピーバースデー、ディーン・ウィンチェスター、と」

 

 弟の顔で花びらに口づけをしたのを、至近距離で目の当たりにしたところで俺の意識はフェードアウトした。

 

「ネタバレさせたら、サプライズの意味ないでしょっ」とわめき散らすリサや、「さすが悪魔の誘惑」とシニカルに笑うキャスが見えた気がした。

 

 超自然の歌姫を最期にしてくれるんだ、何をあらがう必要があるんだ。

 

 誕生日がどうとか言っていたけど、その意味を考える力も意志も、芽生えない。

 

 深く、深く、ものすごく深く沈んでから、反動を利用して、一気に覚醒する。

 

 きっかけは、キャスの声だった。

 

 瞼を閉じたまま、頭上にモーニングコールが素っ気なく響く。

 

「リーダー起きろよ、僕より朝寝坊なんてどうしたんだ」

 

 ああ、そうか、やっぱり夢だったんだな。当然だ、夢でなければ何だという。

 

 きっと最悪の寝起きに違いないと覚悟して、俺はゆっくりと目を開ける、つもりだった。

 

「早く起きてくれよ、僕の歌姫。あんたにハッピーバースデーと、誰よりも最初に言うべき男が待っているんだ」

 

 墜天使違いらしい。救えない終末の出番まで、俺は寝たフリを決め込むことにした。

説明
ハピバディーン記念SS。推敲なし、誤字脱字チェックなしというやっつけですが、おめでとう兄貴!ちょっと次元の狂ったシーズン5・2014世界。中身の一部元ネタはマクロス7&Fより。
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ディーン c/d ハピバディーン C/D サム キャス カスティエル 

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