カプセルの中の少女
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 カプセルの中の少女

 

 わたしはここで生まれた。

 透明なガラスの中で。

 もっと別の場所で生まれたのかもしれない。けどわたしはここしか知らなかった。

 体中にコードのようなものをつけられて、オレンジ色の液体で周りを埋め尽くされている。

 それが世界のすべてだった。

 時々、白い服を着た人たちがやってきて、わたしの前で機械をいじっては、何かを書き込んで去っていく。

 わたしはそれを眺めるだけ。

 それ以外をしらないから。

 体を動かそうとしても、けだるくて動かしたくもなかった。

 このまま漂っているのは楽だ。

 だけど、わたしは外の景色がみてみたくなった。

 どこまでも上に広がって、日によって表情を変えるもの。

 ――空。

 それと、もう一つ。

 生命が生まれたとされる、命の宝幸。そして、わたしたちの母なるもの。

 ――海。

 わたしはこの二つを知っていた。

 違う。

 たくさん知っていた。

 ガラスの外の風景を。

 植物があって、動物がいて、そんな当たり前の世界をわたしは知っていた。

 違う。

 知っているんじゃない。

 覚えさせられた。

 だから、わたしの知っている風景はすべて記録。

 経験したことではない。

 いつからだろうか。

 外の世界をみてみたいと願い始めたのは。

 わたしが、わたし自身だと自覚した瞬間?

 それとも、もっと昔。

 わたしが生まれた瞬間からかもしれない。

 だけど、それを確かめるすべはない。

 ただ、この狭い世界で生かされるだけ。

 それだけだった。

 

 

 わたしが眠りについているときにそれは起きた。

 爆発のような音が聞こえて、目をさました。

 ガラスが、オレンジ色に彩られた液体よりも濃い、紅い液体が広がっている。

 さらに下を見ると、白い服を着た人が倒れていた。

 ガラスを振るわして、その人がしゃべっている音がわたしの耳に届いた。

 コロサナイデクレ?

 わたしが疑問に思った瞬間、何かが破裂したような音がした。 

 白い服を着た人はそれっきり動かなくなった。

 何?

 そう問いかけても、誰も答えない。

 答えないはずだった。

「君は、ここから出るんだ」

 そう言って、別の人がわたしの目の前に出てきた。

 その人は機械に何かを打ち込む。

 途端。

 わたしを漂わしていた液体が徐々に減っていく。液体が全部なくなってしまうと、わたしはその場にへたり込んだ。

 うまく体を動かせない。

 わたしはガラスに背をかけて、すこしでも楽な体型をとった。

 そして、次の時には。

 わたしと世界を隔てていたガラスが取り除かれた。

 初めて吸った空気は、むせるようなにおいがした。

 異臭にわたしは咳き込む。

「さ、こっちへくるんだ!」

 有無を言わさず、わたしの手を握った。無理やりたたされて、よろけそうになる。

 わたしを起こした人は、わたしに布をかぶせてくれた。そのままその人に連れられて、わたしはガラスの中から出た。

 初めての外。

 冷たい床、鉄のような咽せるにおい。それに――

 初めて触れる、人の手。

 わたしは引っ張られるようにして、歩かされた。

「これを持っておくんだ」

 そう言って、わたしの手に金属の筒を持たせてくれた。

「いいかい? 今から私の言うことを聞くんだよ」

 わたしは、返事をしようとして、うまく声が出ないことに気が付いた。

 どうすることもできず、こくんと頷いた。

「ここをひねると、カプセルが解放される。その中に入っているものを植えてくれ」

 どこに?

 そんなことを思いながら、首をかしげる。

 わたしの不安を感じてか、その人は微笑んだ。

「ほら、もうすぐ外に出られるぞ」

 その人は、わたしにそう告げてから、一枚の壁の前で何かをする。

 そのすぐ後に壁が動き出した。

 驚いたけど、表情には出なかった。

「……わたしはここまでしか行けないんだ。この階段を上って、まっすぐに進むんだ。そうしたら、海が見えてくる。そこでカプセルを解放させるんだ」

 わたしの背中を押して、その人は立ち止まった。

 戸惑いながらも、外に出るという好奇心には勝てなかった。

 わたしはよろよろと、歩きながら階段を上っていく。

 

 

「そう、それでいいんだ。壊れた地球を元にもとに……」

 その人――男はその場に座り込んだ。

「どうせ、私たち旧人類では、この環境には耐えられない。あの子たちが……新たな……この星の……」

 主となる。

 その言葉は続かなかった。

 男はそこで、

 絶命した。

 

  

 光がもれる所を目指して、わたしは歩いた。

 もうすこしで外に出る。

 出られる。

 壁に手をつきながら出口をくぐり抜けた。

 光がわたしを包み込んで、

 そして。 

 そこは想像していた世界とは全く違った。

 何もない。

 蒼いと聞いた空は、ねずみ色に染まっていて。

 地面は掘り返され、むき出しになっている。

 木々どころか、植物一本生えていない。

 空虚なる廃墟。

 わたしは走った。

 ひたすら走った。

 

 うそだうそだうそだうそだうそだ!

 

 否定してもそれは変わらない。

 どのくらい走ったのだろうか。

 冷え切った地面の感触が足から消えた。わたしは驚いて、その場に立ち止まる。

 おそるおそる、目を開いた。

 そこには草があった。

 一つじゃない。

 無数の草が生え、絨毯のように広がっている。

 そして、空気が澄んでいた。

 わたしがいた場所とは違う。

 ガラスの中でもない、出た鉄のにおいでもない。

 自然のかおり。

 わたしは足裏の柔らかな感触を踏みしめながら、歩いた。

 そのうち、木が立ち並んでいた。

 わたしはその一本に触れた。

 暖かい。

 ほんのりと伝わる生命の体温を感じて、わたしは安堵した。

 そのうち、ざざーん、という音が聞こえてきた。

 その音がした場所に目掛けて足を進める。ざらざらした感触が足の裏いっぱいに広がった。

 そして、

 そこに海が広がっていた。

 わたしはおもわず、見とれた。

 そして、手に持った筒のことを思い出す。

 試行錯誤しながら、それを開けはなった。

 

 緑の粒子が広がる。

 

 きらきらと、わたしの周りで輝き、風のながされ漂う。

 それを手のひらで受け止めようとした。

 だけど、それはわたしの手のひらをすり抜け、地面へととけ込んでいく。

 しばらくすると、周りの緑色の粒子は消えていた。

 わたしは筒に目を向ける。

 そこには緑色の固まりが収まっていた。

 それをわたしは取り出す。

 手の中に収まるぐらいのそれを、自分の胸の前まで持ってくる。

 わたしはそれを抱えて、海から少し離れた。

 木が生えていない。だけど草は生い茂っている所にわたしは穴を掘る。

 あの人の言われたとおりに。

 わたしはそれを埋めた。

 何十年も経ち、それは成長するだろう。

 新たな人類のために。

 世界をやり直すために。

 

 

 それから数十年が経った。

 わたしは――私たちは、生きている。

 子を産み、育てて。

 たくさんの子供たちが、新しい世界で生きている。

 小屋を造りそこで暮らしていた。少し前までは子供たちがいたけど、今頃は食料でもとっているのだろうか?

 わたしは、あの研究所で作られた、新たな人類の一つだった。

 今ならわかる、あの人が言っていた意味が。あの人が託してくれたカプセルには、まだ私たちに伝える物が残っていた。

 それは、旧人類についてだ。映像と文章によって、わたしはそれを知った。

 旧人類は自分たちが作り出した兵器によって、死滅した。生き残ったわずかな人たちは、地下に隠れ生活を送っていた。

 けど、それも無駄だった。

 旧人類は外の世界では生活できないほど弱っていたのだ。

 そして、わたしが作られた。

 わたしの体は、一人でも子を産み、育てるように造られた。

 ふと、外が騒がしくなって、窓から様子を見る。

 そこには巨大な大木があった。

 わたしが育てた最初の子供。

 今ではわたしよりも大きくなってしまったけど。

 わたしはそのことに苦笑しながらも、これでよかったと思う。

 

 聞こえていますか?

 わたしは、ううん。

 私たちは生きています。

説明
人工的によって作られた少女は、外へでてみたいと願う。
カプセルの中で育てられた少女は何を思い、何をするのか。
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ファンタジー 少女 カプセル 

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