変わらない話
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「兄様!何故、何故なの!?」

 

久方ぶりに会ったイチは、俺の顔を見るなりそう叫んだ。

それに対して俺はこう返す。

「すまぬ」と。

 

無断で里を抜けたのだから、見つかったら問い詰められるだろうと思ってはいたが、大声で叫ばれるとは予想していなかった。

イチは元より感情豊かな方だったが、成長してもそのあたりはあまり変わっていないのだろう。

そのことに気付いた俺は、つい笑みを漏らす。

しかし泣きそうな表情のまま俺に刃を向けるイチを見て、この子が追っ手なのだろうと理解した。

里も性根の悪いことをする。

軽く息を吐き出して、俺もイチに刀を向けた。

降りかかった火の粉は払うだけだ。

相手が誰であろうとも。

 

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ある時、南にある王国から『忍の里の実力をみたい』と依頼が舞い込んだ。

それに選ばれた俺は、住み慣れた里を離れ王国へと移住することとなる。

勝手の違う土地での生活は多少戸惑ったが、なんとか慣れた、はずだ。

 

 

「あー…、その、こっちは慣れたか?」

 

ぼんやり原っぱにある岩に腰掛けていると、タンタという名の戦士が俺に話しかけてきた。

問いに「まあ」と短く返し、俺はタンタに顔を向ける。

 

こっちの戦士は頭の先から足元に至るまで、全身かっちりきっちり鎧に身を包むのが普通らしい。

はじめて対面した時には「君、そんな軽装で大丈夫か?」と首を傾げられた。

こちらから見れば「そんなにがっちり着込んでいて動きにくくないのか?」と思うのだが。

 

「そっか、なら、…えっと」

 

俺の返答に苦笑しながら、タンタは少し言いよどみながら目を泳がせる。

あまりつき合いは長くないとはいえ、基本的にハキハキしているタンタがみせた珍しい態度に思わず首を傾げた。

タンタは手をもじもじさせながらオロオロしている。しかし、不信げな態度の俺に気付いたのか、意を決したように声をあげた。

 

「君、の、…名前を、知りたいと、思って」

 

「…なまえ」

 

そういえばタンタには「タンタ」と名があるし、他の奴らにもあったような気がする。

里にいたときは名前など必要なかったから、気にもしていなかった。

 

「忍とは表舞台には出ない存在。個々に名前など必要ない」という里の方針により、里の外に出る一部の人間以外に名前はなかった。

まあ、一族内では特に名前など呼ばずともなんとなく伝わったし、何かあるときも「長」や「兄者」「姉者」「チビ」で済んでいたのもあるが。

 

「…いや、教えられないとか、その、そういうのがあるなら、」

 

黙った俺を見て、タンタは慌てたように声を出す。

タンタの近くにも、名前のない金色のがいるから「名前がない」ということに対しては多少敏感だ。その金色も名前に関わる話を聞くと少し寂しそうな顔をするし、…

…金色の金色のって、なんかあれだな。

というか、ここで名前を言わないと俺は「青いの」とか「ニンジャ」とか呼ばれそうだ。

 

それは嫌だと思った俺は、少し頭を掻いて脳をフル回転させる。名前か、なにも考えてなかった。なにも、

…ああそうか。

 

まずいこと聞いたかな、と不安げにしているタンタに俺は言う。

 

「…ゼロ」

 

「え?」

 

「名前。ゼロでいい」

 

零は数字で0。零をレイと読めば「すこぶる少ない」の意味になるが、ゼロと読めば「皆無」の意味になる。

特に気の利いたこと思いつかなかったのだから、これでいい。

 

俺の言葉を聞いてきょとんとしていたタンタは、俺の名前を反芻するように口元を動かす。

「なるほど、音の運びがキクたちと似てるな」とぽつりと呟いた。東の方は独特な音を使うよな、と面白そうに笑う。

そういうものだろうか。

 

「改めてよろしく、ゼロ」

 

そう言ってタンタは笑顔で手を差し出してきたので、俺も軽く握り返す。握手という行為にも慣れたものだ。

その土地に馴染むのならば、そこの風習や作法を身に付けておかねばならない。

そう学び、そう行動していたはずなのだが、「名前」というものの存在を忘れていたとは。

 

(俺もまだまだ甘いな)

 

自嘲を込めて少し笑う。こんなことでは月の一族に認められるなどほど遠い。

ふとタンタが小さく声を漏らしたことに気付き顔を向け、ようとしたが、誰かにいきなり髪を引かれた。

目線の先には白い影。ジークと呼ばれる暗殺者だか盗賊だかが満面の笑みを浮かべていた。

思わずぎょっと目を見開き凝視する。

 

(どこから湧いたんだこいつは!)

 

気配が全く感じられなかった。へらへらしているようにみえても暗殺者だということだろうか。

驚きながらも納得していていると、ジークはにこにこ笑いながら俺の鼻を摘んだ。

 

「!?」

 

「なんだよ、お前ちゃんと笑えるじゃん。全く表情崩さねーから、ロボの親戚かなんかかと思ってた」

 

てかロボのが表情豊かじゃね?とずっと思ってたと、へらりと笑ってジークは俺の鼻から手を離す。

摘まれていた鼻を手でかばいながら、俺は若干涙目でジークを睨む。

こいつ次なにするか予想できない。

俺の訴えるような視線をはねのけて、ジークはわしゃわしゃと俺の髪を撫で回した。

 

「!?」

 

「んで、ゼロだっけ?覚えた覚えた。やー、お前の名前わかんねーから青いのって呼んでた!」

 

ケラケラ笑いながらジークはまた俺の名前を呼ぶ。

髪をぐしゃぐしゃにされるわ、鼻摘まれるわで、散々な扱いを受けたため返事はしてやらない。

思わずぷいと横を向くと「返事しろよー」とまた絡まれる。なんだこいつは調子が狂う。

 

ていうかもう「青いの」ってよばれてたのか。

定着する前に名前作れてよかった。

 

ほっとしていると、遠くからきらんと輝く鎧がみえた。

「ん?」と俺が小さく声を漏らすと、それに気付いたジークも俺と同じ方へ目を向ける。

 

「げ」

 

面倒なヤツが来た、とジークは俺からぱっと離れ「じゃあオレ用事思い出した気がするから!」と一目散に駆け出して行った。

逃げ足は早いジークと入れ替わるように、金色の鎧の小さな騎士が息を切らして駆けてきて俺の前でとまる。

 

「またあの馬鹿は人に迷惑かけて!」

 

…もう保護者でいいんじゃないかなこいつ。

 

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自分の名前を作ってから、年が近い奴らとつるむことが多くなった。

四六時中一緒にいるというわけではないが、空いた時間に顔を合わせたり待ち合わせて遊びに行ったりすることが増えている。

今日はぼんやりと木陰で休んでいたらラクシャーサに会った。

 

「おう」

 

「…どうした」

 

いや特に用事はないけどな、と笑いながらラクシャーサは俺の隣に座る。同時にラクシャーサの大きな剣が地面に転がされた。

毎度不思議に思うが、これどうやって持ち運んでいるんだろうな。

 

「お前も長ぇカタナを抜き身で持ち歩いてんじゃねーか」

 

武器の持ち運びに関しては人のこと言えねぇだろ、と呆れたようにラクシャーサが言う。違いない、と俺は苦笑しながら頬を掻いた。

そんな俺をラクシャーサはじっと見つめ笑いながらこう言った。

 

「ゼロは、はじめて会ったときと比べて、表情出すようになったな」

 

言われて驚いた。

それは見事に顔に出て、再度ラクシャーサに笑われる。

言われ笑われ、俺は困ったような表情となったのだろう。ラクシャーサは楽しそうに笑いながら「他のヤツらと比べたら乏しいが、前より感情が見えるようになった」とポンと頭を撫でた。

 

「シノビってのは感情出しちゃいけねーんだろうがな、俺は今の方が好きだ」

 

「いや、」

 

「話をしても一緒にいても、無表情でいられるよりは多少反応あった方がいい」

 

豪快に笑いながらラクシャーサはポンポン俺の頭を撫でた。「賑やかなヤツらが周りにいるから、それに引っ張られてんだろうな」と俺の顔を覗き込む。

思わず目を伏せた。

 

確かに人としてはそうだろう、表情豊かな方が良い。

しかし忍としてはどうなんだろう。

影として暗躍するのに感情などいらないはずだ。

しかし今俺は「表情豊かに」なってきているという。

忍として、俺は間違った成長をしているのではないだろうか。

 

「…その『忍として』って考えは呪いみたいだな」

 

「…呪い?」

 

「一族全体にかかった呪い。しきたりに縛られてるってか…」

 

難しそうな顔をしながらラクシャーサは頭を掻く。うまく言えないが、と俺に目線を合わせながら手繰るように言葉を紡いだ。

 

「お前は今里から出てここにいるんだから、里のシノビとは違うシノビになってもいいんじゃないか?」

 

ラクシャーサが何を言っているかわからない。

忍なんて裏の部分を請け負って、表舞台には出ない集団だろう?

女ではあるまいし、俺がなるべき「忍」は1種類しかない。

ふぅと軽く息を吐きながら、俺は空を見上げた。

 

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ラクシャーサに指摘されたことを忘れないように、忍らしく影に徹しようと過ごす。

感情をあまり外に出さないように、目立たないように。

それでも稀に感情が漏れてしまっているようだ。この間もタンタに「あ、ゼロ。この前これ食べてたとき機嫌よかったみたいだし、あげるよ」と菓子を渡された。

確かに美味かったが!確かに美味かったが!貰ったものもしっかり確保したが!

ダダ漏れだった!

 

どうにもこちらに来てから忍としてうまくいかない。

理想と現実の差異にモヤモヤしながら、今日もいつもの面子で集まって遊びにいくことになった。

行ったのは氷の洞窟。そこであれやこれやあって金色い鎧の奴に「アーサー」という名がついた。

アーサーは名を貰えたことが本当に嬉しいらしく、名前を呼ばれると戸惑いつつも口元が緩んでいる。

自分でもそのことに気付いたのか、アーサーは顔を手で隠し始めた。隠されてしまうのは面白くない。

そう思った俺はアーサーの手を無理やり掴み、視線を合わせ名を呼んでみた。

 

「…アーサー」

 

「〜〜〜っ!」

 

俺が手を掴んでいるからかアーサーには隠すすべがなく、見事に真っ赤な顔面を晒す。

思わずくすりと笑うと、アーサーは奇っ怪な声をあげて掴んでいた俺の手を振り払いがばりと毛布に引きこもった。

それでも近寄って名前を囁くと毛布の固まりがビクリと動く。

 

(おもしろい…)

 

タンタやジークやラクシャーサも同じ気持ちらしく、アーサーの名を頻繁に呼んでいた。

しばらく皆で騒いでいたが、冒険の疲れもあったのかアーサーから寝息が聞こえはじめる。

遊びすぎたかな、と全員が苦笑しながら顔を見合わせた。

アーサーを起こさないように気を使いながらジークが言う。

 

「ゼロがあんなことするなんて意外だった」

 

「…あいつがあんなに狼狽するのが珍しくて」

 

ジークから目を逸らしながら言い訳すると、へらっと笑われた。なんだその顔。

若干憤慨気味な俺をみて、ラクシャーサも笑う。

 

「それだけ他人に興味出てきたってことだろ」

 

こっち来たばかりのときはひとりでぼんやりしてることが多かったが、今は俺たち見かけると声かけてくるようになったし、とトンと俺の背中を叩いた。

タンタも頬を掻きながら思い出すように言葉を紡ぐ。

 

「たまに城で忍者を見たけど、みんな人形みたいだったな。…ゼロもはじめはそんな感じだったけど…今はなんというか、絡みやすい」

 

どういう意味だろうか。俺は忍者っぽくなくなったということだろうか。

そんな疑問を口に出すと3人とも、

 

「いや忍者だよ」

 

「忍者だな」

 

「ニンジャだ」

 

と、声を揃えた。

突然背後にいたときはビビっただの、普通に歩いてるはずなのになんか早いだの、戦うと一瞬で距離詰められるだの。

忍としては合格のようだ。

 

(じゃあ…なんでこいつらには感情を読まれてしまうのだろう)

 

3人と毛布の塊を眺めながら、俺は首を傾げた。

 

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名前を貰えたアーサーがかなり喜んだのをみて、ふと思い出した子がいる。

俺を「兄者」と呼んで慕ってくれていた、俺より年下のくのいち。里から移住した今でも彼女から手紙が届く。

たどたどしい字だが一生懸命書いたのが伝わってくる手紙。普段はその手紙に簡素な返信しかしていなかったが、今回は少し長めに書こうと思う。

 

『今俺は「ゼロ」と名乗っている。名前を考えていなかったから苦労した。もしもお前が名を名乗る必要がでてきたときは「イチ」と名乗るといい。

 零の次にくるのは壱だから』

 

時候の挨拶のあとに続けたそんな文章。何回か見直し、何回か悩み、よくわからなくなった末の文章だがこのまま里に向けて送る。

特になにか期待していたわけではなかったが、数日後届いた手紙の最後には、嬉しそうな弾んだ文字で「イチ」と署名されていた。

 

 

 

そんなことがあってからしばらくして、王国が魔王に襲われた。

突然のことであったため誰もが対応できず、王国は、南の大陸は壊滅状態へと追い込まれた。

話を聞くと、王国だけではなく世界中で魔王が現れ、荒れに荒れているという。

北も西も、東も。

慌てて里に、イチに連絡をとろうとしたが送った手紙は開封された様子もなく戻ってくる。

何度も何日も試したが、結果は同じだった。

手紙が無理なら自分自身が行けばいいと旅の準備をすれば、「危険だから」と南の国から出して貰えない。

 

里と連絡がとれず、里にも帰れなくなった。

 

半ばパニックになりながら東の空を眺め呆けていると、いきなりガッと肩を掴まれる。

 

「ゼロ」

 

少しばかり驚いて振り向けば、心配そうな表情をしたタンタがいた。国の外に出掛けたと聞いたがもう戻ってきていたのか。

軽く首を傾げれば「それは俺じゃないほう、多分あいつはしばらく帰ってこない」と物凄く寂しそうな顔で言われた。

余り突っ込まない方がよさそうだ。

そんなことより、とタンタはふるふる首を振り言葉を続ける。

 

「王国からしてみれば、君は『忍の里から預かった大切な子』だから危険な目に合わせたくないらしいんだ」

 

「…この間氷の洞窟で若干危険な目にあったが」

 

俺がそう言うとタンタはぐっと言葉に詰まり苦い顔となった。

思い出したように頭を軽く撫でながら呟く。

 

「あの時は、隊長にさんざん怒られた」

 

まだ体格も技も育ちきっていない輩だけで、詳細のわからない場所に行くなと拳骨付きで怒鳴られたらしい。

せめて体躯がもっと成長するまでは駄目だとみっちり説教されたとのことだ。

 

「東の国の状態がどうなっているかわからないし、今の俺たちじゃ無理だ」

 

襲撃を受けた直後だったらバタバタしていたから抜け出せたけど、とタンタは俺から目を逸らしどこか遠くを眺めた。

先ほどタンタが漏らした言葉と、心配そうで寂しそうなその目から、こいつらがやったことをなんとなく察し俺は押し黙る。

 

「隊長くらい成長できたら、多分外に出る許可が出ると思う」

 

「…そうか」

 

そう呟くと、タンタは「ゼロが早く里に行けるように、俺も強くなるから」と俺の肩を掴む手に力を込める。

「仲間を守れるようになるつもりだから」と力強い目をこちらに向けた。

 

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魔王が現れてからしばらく、襲われたり対抗したりひと息ついたりとバタバタとした日々が続いていた。

俺はその日々の合間合間に隙をみて新しい刀を研いでいく。

さびた鉄片を整えて、金のかけらや白銀の粉で形を紡いだ。

 

「ふぅ…」

 

なんとか形になった新しい刀を月明かりに照らし、思わず息を漏らす。

我ながら上手く出来たと思う。

名は、備前長船。とある刀工の名からとらせてもらおう。普通の忍者刀と比べ長めに作った。

 

作り上げた備前長船を軽く振ってみる。真っ直ぐな刀身がキラリと輝いた。

ヒュッと横に一線流せば、月の明かりに反射し光のラインを生み出す。

しばらく振り回し刀を手に馴染ませた。戦いの最中すっぽ抜けるなんてことにならないように。

 

以前に比べて背が伸びた俺は広範囲に斬撃を与えられる技を身につけている。

敵に反撃のチャンスを与えてしまうが、攻撃を全て当てる事が出来れば大ダメージとなるだろう。

 

小さく息を吐き出したのちに、俺は備前長船を納めた。出来上がったばかりなのに酷使しすぎるのも可哀想だ。

刀の手入れをしながら、俺はぼんやりと仲間たちの顔を思い出す。

タンタたちも俺同様に背が伸び、大人の体格になっていた。…ああ、タンタは名前が変わったんだったな、クフリンだったか。

確かジークに「変えんなよ面倒くせぇ」と憎まれ口を叩かれていた気がする。

 

「明日にでも、クフリンに相談に行こうか」

 

王国から出て、里帰りしても大丈夫かを問いに。

俺たちはもう大人だし、勝手に行けよと笑われるかもしれない。

しかし何故かはわからないが、彼らには一言かけておきたいという想いがあった。

 

(行ってもいいが土産買ってこいと言われるかもしれないな)

 

デカくなってもあまり変わらない仲間たちの姿を思い出し、思わず笑みが漏れた。

 

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「行っても大丈夫だろうし、いいんじゃないか?ついでに土産買ってこいよ」

 

割と予想通りのことをクフリンに言われた。

呆れたように目を細めればクフリンはくすりと笑って「冗談だ」と前髪を揺らす。

意外とあっさり許可が出たなと頬を掻けば、クフリンが目を泳がせながらポツポツ語った。

 

「隊長、いやバルトが『デカくなった輩の面倒までみれるか』と」

 

「…」

 

「『成長した、強さも十分、仕事も任せている。なら私と同格だろう好きにしろ』だそうだ」

 

ついでに「同格だから敬語でなくてもいいし呼び捨てでも構わない」とあっさり言われ、王国勤務組はかなり戸惑ったようだ。

「隊長」と呼ぶと反応してくれなくなったらしい。

 

「あのひとはまれによく無茶を言う…」

 

仕事に支障が出るためなんとか馴らそうとしているが、苦戦しているらしい。若干重苦しいため息をつきながらクフリンは軽く愚痴を漏らした。

近衛兵と前線兵の立場が違うだけで実力は同等だから同格、とは。

 

「…極論すぎる気が」

 

「合理主義というか実力主義なんだと思う…」

 

同格と言われても本能的に頭上がらない、とクフリンは苦言を呟く。

そんなクフリンに呼応してか、部屋の扉が開いて見知った面子が顔を覗かせた。

俺たちの会話が聞こえていたのか、入ってきたばかりのアーサーが「私も隊長と呼んだら『もうお前らの隊長じゃないぞ?』と笑顔で言われた」と口元を隠しながら愚痴る。

 

「あの人俺らで遊んでるだろ…」

 

アーサーの愚痴を聞き、クフリンがそう呟くといらずらっこのように目を輝かせながらジークが笑った。

 

「バルトの悪口か?」

 

「やめてくれ叱られる」

 

何かやらかしたらバルトに怒られる、が身体に染み込んでいるせいかクフリンが頭を抱えながらそんな言葉を漏らした。

慣れるまで時間がかかりそうだ。

 

「というかなんでまた全員集まったんだ?」

 

「あー、里帰りするって聞いたから土産頼もうと思って」

 

ジークがケロッと笑いながら俺に近寄ってくる。「これなんだけどさ」とかなり適当に描かれた絵を渡された。

首を傾げれば「見つからなかったらいい」とジークは再度笑う。

笑ってはいるが、目が、笑っていない。少しばかり迷いの見える、少しばかり濁った目。

不安を感じとり詳しく聞こうとしたが、それはジーク本人に遮られた。

 

「そういや、ゼロはカンジでどう書くんだ?」

 

「…は?」

 

ツクヨミに聞いたんだけどさ、とジークはクフリンの机から紙とペンを奪い文字を書く。

書かれた文字はかなり不格好な「月読」という漢字。

 

「ツクヨミは月読って書くって聞いて、じゃあゼロもカンジがあるんじゃねーかなと」

 

「漢字な」

 

ジークの発した若干不思議な発音を訂正しつつ、俺はジークからペンを受け取り文字を書く。

『零』と紙の上に線を走らせれば、ジークは珍しいものを見るように「へぇ」と声を漏らした。

 

「形がキレイだな。お前名前こっちにしろよ」

 

「は?」

 

「こう、しゅーっとしててんてんてんときてすっときてからさっとしてぐいっとなってすとん、って感じで。キレイじゃねーか」

 

漢字を擬音で表現され、頭のなかに疑問符が浮かぶ。何語だ。

そんな俺を無視して、ジークは「タンタも名前変えたしゼロが零に変えたって問題ねーだろ」とへらりと笑った。

その笑顔はすぐさま消え失せ、ガツンという音があたりに響く。

 

「ジークお前これ書類だ馬鹿!」

 

ジークの頭を思い切り殴りつけたクフリンが、裏に漢字を落書きされた紙を握り締めながら怒鳴った。

俺も書いたんだが、怒りの矛先はジークのみのようだ。それに気付いた俺はそっとその場から離れ、アーサーたちの方に寄る。

お前な、とラクシャーサに笑われたが、怒ったクフリンには近付かない方が良いことを知っているためかあまり追求はされなかった。

 

「…漢字に改名してもいいんじゃねーかな」

 

「ん?」

 

主にクフリンの一方的な怒鳴り声を眺めていたら、ラクシャーサがぽつりと呟いた。顔を向ければ笑顔のラクシャーサと目が合う。

ラクシャーサは己の手のひらに指で『零』となぞりながら、「綺麗な文字だと思う」と感想を述べた。

 

「ああ、漢字は絵みたいに見えることがあるな。私もいいと思う」

 

アーサーも「名前漢字に変えたら?」と首を傾げつつ同意を示す。

そういうものだろうか。

俺が首を傾げれば、アーサーとラクシャーサは「あとなんか漢字だと忍者っぽい」と声を揃えた。

なんだそりゃ。

一度こいつらが持つ、忍者に対するイメージを問い詰めたい。

 

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零に改名しようかという話をしていると、クフリンが怖いくらいの笑顔で

「ああうんいいと思うぞ俺も原型無くなるくらいの改名してるし大丈夫だろそんなことより零も書類一枚ダメにしたよな手伝え」

と一息で言い放ち3日ほど拘束され駄目にした書類以上の手伝いをさせられた。

ジークに至っては「逃げるから」という身も蓋もない理由で、容赦なく椅子に括り付けられている。

普段あまり怒らない人物が怒るとやらかすことがデカいよな、と手伝いながら思った。

 

 

「お疲れ様、ありがとう助かった」

 

書類やらなんやらの手伝いが終わり、久方ぶりに太陽を拝んだ。眩しいを通り越して痛い。

ジークは慣れない机仕事を行ったせいか完全に力尽きている。目の焦点が合っていない。

 

「…オニ…」

 

ジークが小さく呟いた言葉にクフリンは笑顔で返す。クフリンも疲労の限界ではあるだろうし、喧嘩にでもなればお互い危ない。

慌てて俺はふたりの間に割り込み話題を変えた。

 

「俺は少し休んだら里に行ってみる」

 

「…。ああ、わかった」

 

クフリンに別れを告げ、俺はジークを引きずりながら城を後にする。

疲れているのかジークは大人しく、引きずられるままだ。

ふとジークに視線を落とせば、規則的に動く胸とともにすよすよという寝息が聞こえた。

この状態で眠るって凄いなこいつ。

道端に放置してやろうかと一瞬考えたものの、流石に危険なので自宅まで運ぶことにする。

放置して死なれたら寝覚めが悪い。

荷物を引きずりながら自宅に向かい、到着するや否や俺も意識を手放した。

 

 

日の光を浴びて目を覚ます。

爆睡した日の寝起きはしんどいものがあるなと、俺は欠伸をかみ殺しながら頭を掻いた。起きろ、と部屋に転がるジークにも声をかける。

ジークは目を覚ましたが、ぼんやりとしたまま動かない。身体が暖まるまで動けないタイプだろうか。

 

「さとにもどるのか?」

 

ぼんやりとした口調のままジークが問う。

ニュアンスが「そのまま戻ってこないのか」と言われているようだったので俺は軽く首を振り、「一時帰省みたいなものだ」と答えた。

俺の答えに満足したのかジークはまとう気配を緩ませた。そのまま目を擦り鼻をひくつかせる。

 

「じゃあ、…しばらくは無理じゃねーかな」

 

「何故だ?」

 

「多分そろそろ雨が降る」

 

あけてからの方がいいだろ?とジークは伸びをしながら笑った。

思わず窓に目をやるが、青空が広がっている。雨の降りそうな気配はない。

不思議に思っていたら「風が少し湿ってる」とへらっと笑顔を向けられた。

…そういうものだろうか。

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数日かけ粗方準備も終わり、そろそろ出掛けようかと思い立つ。

手紙は飛ばしているものの一向に返事は来ないため、里の様子は不明瞭なままだ。

目的地に不安があるが、行ってみないとわからない。

俺は軽く伸びをして、出掛ける旨をクフリンに連絡しておこうと城に向かった。

 

 

城に到着したがクフリンは不在だった。しかし顔馴染みだったのもあって、不在にも関わらず部屋に通される。

セキュリティー、大丈夫なんだろうか。

しばらく待っていたらクフリンとアーサーが来たが少しばかり込み入った話をしていた。思わず気配を殺しカーテンの裏に隠れる。

 

こっそり話を聞いていたがなんてことはない四方山話。すぐにアーサーは出て行き、クフリンが通信機でどこかに連絡をとっていた。

静かになったのを見計らってカーテンから出ようとしたが、突然凄まじい勢いと共に扉が開く音が響き渡る。次いでアーサーの怒鳴り声とジークの慌てたような声が聞こえてきた。

完全に出るタイミングを失った俺は、そのまま事の経緯を見守ることとなる。

 

(あ、クフリンが怒った)

 

クフリンは普段仕事中は優しく面倒見がよいのだが、小さい頃からの友人といると気が緩むのか、緊張がとけ割と派手に感情をみせる。

俺はそこそこ長い付き合いでそれに気付いたが、ジークは気付いているのかいないのか。…気付いてわざとやっている気もする。

 

3人の会話を聞くに、どうやら客がくるようだ。窓の外を見れば以前ジークが言った通り雨が降ってきている。

ならば出発を遅らせるしかない。

タイミングを見計らってこっそり帰ろうと考えていると「零!」と突然名を呼ばれ、隠れていたカーテンを捲られた。

 

「!?」

 

「お前ずっとそこにいただろ!お前も手伝え!」

 

大声を上げながらカーテンを翻したのはジーク。気配を殺していたつもりだったが、なんで気付くんだこいつは。

呆れたように見渡せば、クフリンとアーサーは驚いた顔を晒している。こっちは気付いていなかったようだ。

ともあれ、会話から察するに北の大陸から客がくるから会場設置を手伝え、だろうか。

 

「…なんで俺が」

 

至極当然の疑問を口に出したつもりだったが、問答無用で引っ張られ「こき使え」と贄に出された。

おかしいと思う。

 

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ダンテ・ウリエル・アルカード・ロビンを迎え入れ、茶会が始まる。

元は茶会として始まった会だったが、ラクシャーサが酒を持ち込んだおかげで宴会に雪崩れ込みぐだぐだになった。

容赦なく飲まされたウリエルは潰れ、派手に飲んでいたラクシャーサたちは潰れ、酔いながらフラフラしているアーサーとダンテはクフリンにくだを巻いている。

多少セーブしながら飲んでいたアルカードとポツリポツリと話をしていると、ロビンが寄ってきた。

 

「多分そろそろかと思いまして」

 

「…?」

 

言に疑問を覚えたが、それはすぐ解消される。

今さっきまで普通に話をしていたアルカードが、突然もたれかかってきたからだ。

ぷつんと糸が切れたかのように動きを止め、小さな寝息をたてはじめる。

 

「規定量以上飲むと突然眠るんですよ」

 

普段あまり己を崩さないアルカードは、酔っても乱れたりはしないらしい。

生い立ちや現状が少し複雑なのでたまには爆発したり愚痴ったりしてもいいと思うんですがね、と苦笑しながらロビンはアルカードを俺から引き離し壁に寄りかからせる。

ぐっすり眠って目を覚ます気配のないアルカードに毛布をかけ、ロビンもくぁと欠伸を漏らした。

 

「まあ…酒癖悪いよりはいいですが」

 

ちらりとクフリンに絡み続けるふたりに目をやりながら、ロビンは小さく笑う。「ダンテもそろそろ寝るだろうな」と頭を掻いた。

確認してみればダンテはゆるゆると船を漕いでおり、アーサーは変わらずクフリンに絡んでいる。

相変わらず仲いいなと思わず笑みを漏らすと、ロビンがキョトンとした表情をみせた。

 

「へぇ。…普段あまり表情崩さない人が笑うとドキッとしますね」

 

「お前は何を言っているんだ」

 

呆れてそう返せば、ギャップって破壊力ありますよねとへらっと笑われた。こいつも酔ってないか?

酔ってはいますが理性はありますよとロビンは笑い言葉を続ける。

 

「普段見かける貴方と話に聞く貴方で違和感があったんですが、なるほど、ご友人と一緒だと結構感情出されるんですね」

 

そんな仲間や友人がいるのは羨ましいとクスクス笑う。

お前にもいるだろうと返せば、「さあ…」と目を逸らされた。

今日はたまたま集まっただけで普段ほとんど顔を合わせないとロビンは頬を掻く。

 

「…皆なにかしら抱えてますから」

 

暇なのは僕だけだから各々の邪魔する気はないと目を伏せる。

街や外で見かけても声をかけたりはしないそうだ。

 

「部外者の僕が口出ししちゃ駄目でしょうし」

 

「…」

 

そこまで語るとロビンは派手に欠伸をし、「僕も寝ますね」と離れた隅の方に移動し丸くなった。

確かにダンテたちは個々に問題を抱えていて各々動いているが、あいつの考え方にも問題がある気がする。

 

多種多様な寝息といびき、アーサーの愚痴とクフリンの適当な相槌を聞きながら俺は杯を傾ける。

外に目をやればいつの間にか雨は上がっており、満天に煌めく星と綺麗な満月が広がっていた。

「いい満月だ」と小さく呟き、俺は月を肴に喉を潤す。

ロビンの放った言葉が脳内で繰り返された。「友人と一緒だと感情を出す」。

 

(だからあいつらに俺の感情はダダ漏れだったのか)

 

里に戻れる今になっても、里に帰るという思考にはならず一時帰省といった考えになったのは仲間から離れたくなくなっていたのか。

一時帰省だって黙って出ていけたのにわざわざ連絡しに来たのは「しばらく留守にする」と友人に教えたかったからなのか。

小さい頃だって無理矢理抜け出し帰ることも可能だったのにそれをしなかったのは、あいつらに迷惑をかけたくなかったからか。

 

里で育った忍ならばこんな考えにはならなかっただろう。

友人を持つなどといった甘い考えには。

里の忍ですら、依頼によって敵にも味方にもなるのだから。

 

(もしも依頼であいつらと敵対しろと言われたならば、俺はそれが出来るだろうか)

 

それに明確な答えを出せないまま、酔いがまわってきたのか俺はゆったりと目を閉じた。

 

-11ページ-

 

後日クフリンを捕まえて出掛ける旨を伝える。

それを聞いたクフリンは「…ついていこうか?」と首を傾げた。種族も属性も同じであるため、多少は力になれると言葉を続ける。

 

「東の方は今の所情勢がわからないし…。俺はかばうが使えるから壁くらいにはなれる」

 

「…いや、大丈夫だ」

 

俺の返答を聞いて、クフリンは少し心配そうな顔となった。スリーマンセルで動くことの多いクフリンにとっては、単騎で出立することに対して不安があるようだ。

少し食い下がろうとしたクフリンの額を軽く弾き、個人的な事情で戦力をさくわけにはいかないだろう?と指摘する。

 

「…わかった。でも絶対無理はするなよ」

 

軽く額を押さえながら、クフリンはしぶしぶ納得した。

手をヒラヒラさせて了承の意を伝えながら、俺はトンとクフリンに背を向ける。

「いってらっしゃい」と言うクフリンの声に送られて、俺はひとり里を目指した。

 

 

 

特に問題なく東国に到着。

遠目に上質そうな衣類を身に付けた悪魔や、九つの尾を持つ狐を視認したが、見つからなければどうという事はない。

久方ぶりに訪れた東国の森は荒れており、以前とは様子が変わっていた。

自分の土地勘は役に立たなそうだ。

困った俺はつい幼い頃教えられた呪文を口ずさむ。

『何かあったらこれを唱えなさい。月の一族が助けてくれるよ』

子供のしつけに使われるような、軽いまじないの類。

 

しかしその呪文を唱え終わった瞬間、澄んだ風が流れ

目の前にふわりと赤い髪の男が現れた。

 

え。

何。

誰。

 

思わずポカンと動きを止めていると、その赤髪の男は俺に気付いたらしくこちらに向き直って首を傾げる。

「変な所から呼ばれたから来てみたが」と呟いて俺をじっと眺めた。

 

「お前、…闇の」

 

「!?」

 

赤髪の男に出身を言い当てられ、思わず刀に手が伸びる。

一般的に忍は「忍」と一括りにされており、複数の派閥があることはあまり知られていないはずだ。

俺が殺気を漏らした事に気付いた赤髪の男はくすりと笑い、現状対抗する気はないと両手をヒラヒラさせる。

 

「今すぐ一戦交えるのも構わないが、少し話をしないか?」

 

そう言って笑顔のまま、

赤髪の男は、

「オレは月風魔」

と、名乗った。

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(げつふうま、月ふうま、…月風魔?)

 

聞こえた言葉を頭のなかで繰り返す。

音を漢字に変換し少し考えてようやく、今言われた言葉が名前であることに気付いた。

 

 

月風魔といえば

月の一族三兄弟末弟の

生きた伝説の人で

 

幼い頃から活躍を聞かされていて

その時から素直に憧れ

いつかこの人に

月の一族に認められようと

ずっと

 

というか

この人にあやかって俺が使う会心技は

『秘剣 月風魔』

で、

え、

…え?

 

 

理解したと同時に俺はザッと跪く。

待て待て待て!いや待て本人か?いや本人だろう聞いていた外見が完全に一致している!

男で赤なんて珍しい髪色の人間がそこらへんにホイホイ居るはずもない!

 

月の一族が目の前に居る事実に若干混乱し、先ほど月の一族に対し殺気を放ったことを思い出した結果、跪いたまま顔を上げられない。

 

「いきなりどうした」

 

声が聞こえたため思わず顔を上げれば、月風魔がくすくす笑いながら俺の目の前に屈み込み首を傾げていた。近い!

叫びだしたい気持ちをなんとか抑え、再度顔を伏せる。

 

「お前は面白く育ったな」

 

里から出した甲斐があったという月風魔の声に驚いて目を上げれば、楽しそうな顔でワシワシ頭を撫でられた。

撫でられながらも途切れ途切れにどういう意味かと問えば、月風魔は「忍の里は閉鎖的だ」と真面目な顔で語る。

 

「このままだと衰退する一方だ。…新しい風を入れる必要がある」

 

忍として優秀な人材を外に出すことには反対されたが無理矢理押し切った、とまたポンと撫でられた。

幼少期から外で育てば里の忍とはまた違った忍になるからと、月風魔は己を指差しにこりと笑う。

 

「オレの知り合いもいろんなヤツがいるが、学ぶことが多い」

 

里が全てではない、それを知ってほしかったという言葉で締め、月風魔はへらりと笑う。

ついでに『ということを頻繁に主張しているものの「忍として未成熟な者を外に出すのは里の恥」とかなんとか言われてつまるところ里の方針面倒臭い』と軽く愚痴られた。

おい月の一族。

俺が呆れたような表情になっているのに気付いたのか、月風魔は「また会いに来い」と小さく笑った。

 

「まあオレは頻繁に出てこないし、出てくる場所もバラバラだが」

 

呪文を唱えれば出てきてやるが、こっちも忙しいのだからあまり喚ぶなと釘をさされる。

外をうろうろしているのに忙しいのかと首を傾げれば、月風魔は俺から顔を逸らして空に目をやる。

悲哀の色と憎悪の色が混じり合ったその目で、「オレから波動剣を奪えたら教えてやるさ」と小さく呟いた。

 

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最後に月風魔に『お前が今後どんな判断をしたとしても、オレ個人は干渉しない。好きに生きろ』と笑顔で言われた。

さっきからこっちの心情を見透かされている気がする。

 

襲撃を受けたため里は体制を立て直せるまで本気で隠れる、と聞かされたため諦めることにした。

あの里が本気で隠れたら、見つけ出すのは困難を極めるだろう。

それに時期がくれば里の者とは嫌でも対面する。

きっとおそらく絶対に。

 

 

目的のひとつが潰れた俺は、東国全体をざっと見て回る。

ジークに言われた「土産」それは意外とすぐに見付かった。

黒く、対になったふたつの短剣。

俺には手に馴染むのだが、ジークにとってはどうだろう。何故こんなものを欲しがったのか、よくわからない。

首を傾げながら、俺はその短剣を懐にしまった。

 

 

 

 

「…あったのか」

 

南の王国に帰ってきてすぐ、ジークに土産を渡したら微妙な顔をされる。なんだこの顔。

いらないなら俺が使うと伝えれば、「いやもらっとく」とさっと奪われた。

 

「あー、うん。ありがとう、今日奢ってやるよ」

 

「…帰ってきたばかりだから今日は遠慮する」

 

そう答えると、ジークは手のひらで黒い短剣をくるくる弄びながら笑う。

そっか、と一瞬寂しそうな顔をして「オレが奢るなんて珍しいことなのに」と短剣を空に投げた。

落ちてきた短剣をパシンとキャッチして、「またな」と俺にいつもと変わらない笑顔を向ける。

いつもと変わらないはずなのだが、どこか違和感を感じた。

 

ジークと別れクフリンに報告も済まし、自宅へ戻ろうと歩いていると、道端でキキクがぐったりとした様子でうずくまっていた。

素通りしようとしたが、すれ違った瞬間マフラーを掴まれる。

 

「…」

 

(涙目でこっちを睨まないで欲しい…)

 

キキクはマフラーから手を離してくれそうにない。仕方なしと何かあったのかを尋ねた。

 

「…ジークを知らないか」

 

「さっき会ったが今は知らん」

 

正直に答えたら重い重いため息を吐かれた。なんだいったい。

マフラーから手を離す気もなさそうなので事情を話せと促せば、キキクはまくし立てるように喋り出す。

風属性で集まろうとしたがマルドクやジークは「任せた!」とキキクに丸投げ。

畜生がと能力フルスロットルで全員に声をかけようとしたが数人連絡が取れない。

相談しようにもジークやマルドクはふらふら動き回るため捕まらない。

 

「…つかれた…」

 

最後にぽつりと呟いてキキクはくたりと俺にもたれかかる。髪も元気なくへろんとしていた。

風気質の高い奴らはマイペースな奴多いからな、と苦笑する。一概に全員がそうとは言わないが。

 

「特に月風魔って奴は本当に捕まらない…」

 

「…。ああ、月風魔なら…」

 

キキクがあまりにも死にそうな顔をみせたため、月風魔を喚び出す呪文を教えた。

今ならどこでもあの呪文で喚び出せるはずだ。

…そのうち『好き勝手にむやみやたらと喚ぶな馬鹿野郎』と、東国に引きこもりそうだが。

 

呪文を教えるとキキクは目を輝かせ俺の手を掴み「ありがとう!」と笑顔をみせた。

早速試すようだ。

 

 

 

少し気になったので、後日クフリンと相談して水属性の面子を集めて茶会を開いてみた。

意外とあっさり全員集まった。

風属性は何に苦労していたのだろうか。

 

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「…」

 

「…」

 

魔海で何かしらあったのは聞いていた。さらにそれはクフリンたちが解決したのも知っている。

ダンテが魔の力でどうのこうの、確かそんな話だったはずだ。

まあとりあえず現状は、目の前にいるド直球な「魔に染まりました」臭をにじみ出している奴から目が離せない。

 

「…お前も驚かねーのな」

 

一応驚きはしたのだがと言葉を返し、目の前で不満そうな顔をしているジークを眺めた。

記憶に残るジークは白いマントに白い鎧、金に近い茶色の髪であったが、今俺の眼前に居るジークは黒いマントに紫の鎧、深い緑色の髪へと変わっている。

俺の知らない間に、魔に染まるのが流行っていたのだろうか。

 

「お前も!アーサーも!なんでそんな反応薄いんだよ!」

 

「…中身、あまり変わってないな」

 

ダンテは魔の力を取り込んだ結果、憎しみの力によって若干暴走したらしいのだが。

うるせぇと怒鳴りながらジークは頬を膨らませた。うん、あまり変わっていない。

しかしまた、何故急に。

 

「…エッジってヤツがいるんだが…」

 

そう前置きして、ジークは軽く経緯を話し始めた。

ある事情で友人を亡くしているジークはいつか仇を討ちたいと思っていた。そんなジークにある時エッジという人物が接触する。

「キサマに闇の力を与えてやろう」、そう言ってエッジは続ける。仇討ちをしたいのならば闇の力を使え、と。

そうは言われたものの、その闇の力を持つダークエッジが見当たらない。

 

「んで調べたら、ダークエッジは東の国か西の国にあって」

 

「それで俺に取りに行かせたわけか」

 

呆れたような声をだせば、ついでだしと目を逸らされた。

そのままジークはぽつりと呟く。

 

「ただ、なんとなく…」

 

エッジが砂漠のお守りを持っていたこと、またエッジの言葉の端々からジークには思い当たることがあるらしい。

少し目を伏せて「もうどうなっているのか、どうしたらいいのかわからない」と絞り出すように声を出す。

 

「それに、」

 

「?」

 

「魔に手ェ出したし、外見超変わったからアーサーに怒られるかとヒヤヒヤしてたら

『へぇ、似合うな』

 の一言で終わったんだぞ!?おかしいだろ!?」

 

先ほどまでの神妙な様子は消え失せ、普段の雰囲気のままジークはガッと俺を怒鳴った。

俺に怒鳴られてもなとつい糸目になったが、とりあえずジークを宥める。

 

アーサーは周囲が目まぐるしく変わるせいか、もはやその程度の変化では動揺しなくなっていた。

以前「クフリンやゲボルグもそろそろ派手になりそうだな」とのんびり茶を啜りながら傍観していたのを覚えている。

闇に堕ちるのはどうなのかと問えば「完全に王国に敵対する、もしくは仲間を傷つけるとかをしないなら別に…」と頭を掻いていた。

『なにかしら理由があるのだろうし、いちいち驚いていたら体が保たない。私は静かに暮らしたい』とある程度受け入れる思考になったようだ。

 

そうみたいだけどさ、とジークは不満げな声を漏らす。

表情は微妙としかいいようのないなんともいえない顔をしていた。

 

「お前は、叱られたかったのか」

 

「んなわけねぇだろ」

 

「じゃあ、蔑んだ目で見られたかったのか」

 

「生憎そんな特殊性癖持ち合わせてねぇ」

 

「では、止めてほしかったのか」

 

「…!」

 

そう指摘すればジークは目を見開いて動揺し、そのままぷいとそっぽを向いた。

魔に手を出した割には属性も変わらず、性格が著しく変化したわけでもない。体力や攻撃力が強化されたかと思えばそんなでもない。

 

変化したのは外見と一部の技だけ。

魔に染まったと言いつつ、ジークは不自然なほどに変わらないのだ。

 

だから、と俺はジークをポンと叩く。こいつは未だ迷っているのではないかと、思った。

闇に堕ちて何かが変わるのか、何かが解決するのか、ただの自己満足で終わりはしないか。

例えそれを成したとして、その後自分に何が残るのか。

その葛藤を黒くなった今でも行い続けているように感じた。

 

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アーサーの予想通りクフリンとゲボルグがさらに成長し、タンタが勇者となって戻ってきて、クランの騒動も解決し、王国につかの間の平和が訪れていた。

あとダンテが青くなってダルタンが次元を越えたらしい。

 

各々強くなっているようだ。ならば俺も、と鉄を加工し手裏剣を作り出す。

手裏剣とは手の内に隠された剣、手を離れて敵を伐つ剣。

しかしただの十字手裏剣では面白くないなと風のかけらでアレンジを加えた。

出来上がったのは風魔手裏剣。風魔の名を付けるのはおそらくこれが最後だろう。

 

 

里から手紙が来ていた。

「戻ってこい」と書いてあった。

俺はそれに二文字書いて送り返した。

『嫌だ』と。

 

里に戻され依頼者のために働く気は無くなっていた。

例え依頼があろうとも、俺に仲間たちは討てない。

幼い頃から一緒に馬鹿やってたあいつらは特に。

己の感情を優先する、ならばきっと俺はもう里の望む忍ではない。

 

ならばきっと俺はもう、里の人間ではない。

 

 

月風魔に謝罪した。

「俺は新しい風にはなれなかった」と。

月風魔は笑った。

「風穴は十分あけられた」と。

 

仲間たちに謝罪した。

「俺はもう風魔の零ではない」と。

仲間たちは笑った。

「でも零だろう?」と。

 

仲間たちは俺を「忍」としてみない。

「零」としてみる。

それが心地良かった。

 

今までの自分に決別するため、青い装束を脱ぎ捨てた。

新しい服は闇に潜める黒。

赤いマフラーをほどいた。

新しいマフラーは黒。

 

里の匂いのするものは全て投げ捨てた。

あと残るのは俺自身。

少し悩んで髪色を変えてみた。

以前の黒髪と反した、白い色。

 

俺が闇の一族として里にいた頃の痕跡を全て消し去った。

 

里の掟は絶対だった

破ることは許されなかった

里を抜けた者は排除の対象となった

 

 

これから俺は抜忍として里から追われることとなる。

それでも構わなかった。

ただ真っ直ぐに、俺は俺の道を行く。

俺が俺らしく生きるために。

 

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新しい姿になってから仲間たちと初めて顔を合わせた。

クフリンは「ダンテやクランがかなり変わったしなあ」とあまり驚きはせず、

アーサーは「君もか」と少し寂しそうな声を出し、

ラクシャーサは「お前ようやくカタナを鞘に納めること覚えたのか」と笑い、

ジークは「あっはっは、白い!黒い!」と大爆笑しやがった。

 

クフリンが小首を傾げながら「黒がベースになってるが、闇に飲まれたとかじゃないんだよな?」と問う。

確かに魔を取り込んだ者は黒や暗めの色を好むようになるが、元より俺は闇の一族。

毒見役が普段から毒を摂取し毒に慣れるように、基本的に俺は闇に慣れている。俺にとって闇は堕ちるものではなく、傍にあるものだ。

 

「形的に抜忍となっているから、今後の事を考えて潜みやすくしただけだ」

 

「ああなるほど」

 

クフリンが納得したように頷く。しかし大丈夫なのか、と心配そうな目線を向けてきた。

俺は問題ないと手をヒラヒラさせる。箱入りの忍に遅れはとらない。

 

「まあゴタゴタするだろうから、しばらくは顔を出せなくなるが…」

 

何かあったら連絡寄越せば喜んで手伝うと伝えれば、クフリンは「無理はするなよ」と苦笑した。

確かに君の素早さと威力は魅力的だが無茶をさせる気はない、とぽふと頭を叩かれる。

幼い子供にするような叩き方に笑いながら俺はジークに顔を向けた。

 

「…そういえば前ダークエッジを取って来たとき『奢る』と言っていたが、まだ奢ってもらっていなかったな」

 

「有効期限 ハ キレテマス」

 

目を逸らしながら片言で返事をするジークだったが、満面の笑みをしたラクシャーサに肩を組まれた。

ラクシャーサは「借りを残したままのはいけねーよなぁ?今日は全員で飲みに行くかジークの奢りで!」と高らかに宣言し、有無をいわさずジークを連行する。

嫌々と必死に首を振るジークだったが聞き入れられず、ズルズルと連れ去られて行った。

残された俺たちは顔を見合わせ苦笑し、ふたりの後を追う。

全員で笑いながら、街中にある賑やかな酒場に向かって歩き出した。

 

 

 

「ばっ、ジークそれ俺のエビフライだろ!」

 

「うるせぇオレの金だ!」

 

「こんな所で喧嘩するなぁ!」

 

賑やかな酒場で、ことさらに賑やかなテーブルが俺たちの居る所だ。

ラクシャーサがキープしていた食べ物をジークが掠めとり、はじまったじゃれ合いをアーサーが諫める。

全員のやり取りを呆れ顔になりながら眺めているクフリンと共に、俺もチビチビと酒を楽しむ。

騒ぎに乗じてジークの皿から揚げ肉を摘むと、クフリンに笑われた。

 

「零お前返せ馬鹿ー!」

 

自分の皿から食べ物を盗まれたことに気付いたジークは、慌てて俺に掴みかかる。

俺はぷいと横を向き、咀嚼していた肉をごくりと飲み込んだ。瞬間、ジークは絶望したような表情となり「好きだから残しといたのに」と俺を睨み付ける。

 

「お前を喰ってやろうか」

 

「おい王国騎士。人喰いが出たぞ取り締まれ」

 

「君ら酔ってるな?」

 

クフリンは呆れながらも笑い、俺の腕に噛みついているジークを引き剥がす。

ジークはともかく零がはしゃぐのは珍しい、とクフリンはガチガチ歯を鳴らして威嚇するジークを宥めながら俺に顔を向けた。

 

「たまには良いだろう?」

 

そう笑みを返せばクフリンも同じように笑みを浮かべる。

「落ち着け」とジークをひっぱたいたのちに、クフリンは言う。

 

「しんどくなったら来い」

 

王国とか里とか関係なく、ただの友人としてサポートすると柔らかい声で。

俺は思わず手を伸ばし、クフリンの頭をトンと軽く撫で答えた。

「感謝する」と。

 

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酒場に居た時から気付いていた。俺を舐めるように見ている何者かの視線。

そいつがクフリンたちの方に行ったならば容赦する気はなかったが、全員と別れた後も変わらず俺にくっ付いて来ているようだ。

ならば良い。

 

俺は付いてきている影を誘導するようにルートを変える。

木々に囲まれた、開けた場所へと。真ん中あたりで足を止め、追跡者の出方を待つ。

そいつはすぐに姿を現した。

 

「カゲロー参上!おヌシも年貢の納め時よッ!」

 

「…貴様は…、影の一族!」

 

里からの追っ手、という感じはしない。というか堂々と姿を現し、きっちり名乗って、わざわざ敵対宣言してくるって何考えてんだ。

影の一族は人目に付かない影を生きる一族だと思ったが、とぼんやり考えているとカゲローは手裏剣を4本取り出し撃ち込んできた。

数個当たったが一撃が軽い。返しとばかりに俺も同じ数手裏剣を投げる。

…ああ、やはりこちらのほうが威力があるようだ。

カゲローは速さに特化しているせいか、他の能力が俺よりも低い。

 

「っ!」

 

このままでは競り負けると己でも気付いたのか、カゲローは悔しそうに息を飲んだ。

それでもこちらに対しての敵意は衰えさせず、刀を納めて手で印を組み始める。

 

「臨兵闘者 皆陣烈在前!陽炎分身の術!」

 

凛とした声があたりに響き、それと同時にカゲローの両脇にカゲローがふたり出現した。

遠目からはどれが本物か見分けがつかない。

とりあえず一番近くにいるカゲローを斬りつけてみたが、手応えも近寄って見た雰囲気も本物と変わらず生々しい。

別のカゲローに斬りかかっでも感触は同じ。どれも本物と変わりない。

 

こいつの分身の術は、実体をもつ分身を生み出すのか。

これはもうほとんど魔法じゃないだろうか、と忍術に対して若干の疑問が生じたが置いておく。

 

問題は相手の戦力が3倍に増えたこと。ひとりのままであったなら余裕で撃破出来たが、3人となると流石にキツい。

さらに問題は分身を攻撃しても意味がないということだ。本体を残してしまうとまた増えやがる。

 

(こいつ面倒臭ぇ…)

 

どうもカゲローの分身はカゲロー本体のコピーらしく、本体の体力を削っておけばその後作られた分身は同じ体力となるようだ。

とはいえ辺り一面に飛び散る手裏剣と特攻してくるカエル。ついでに斬りこんでくるカゲロー。

ああもう、

 

「鬱陶しいな!」

 

イライラしながら叫んだ俺は、そのまま刀を真一文字に構える。

「虚空剣 零」と名を叫び、俺は空高く舞い上がる。その後は落ちるに任せカゲローに向けて剣を突き立てた。

本体に当たれと呪いながら。

 

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ぜーはーと俺は荒い呼吸を繰り返す。ああ鬱陶しかった。

どうも先ほどの渾身の一撃はカゲロー本体に当たったらしく、分身は消えその場には本体が転がっていた。

気絶しているカゲローの頬をぺしぺし叩く。殺してはいないはずだ。

しばらく叩いていたらカゲローが目を覚ました。

 

「…殺、」

 

「す気は全くない。飛びかかる火の粉を払うだけだ」

 

負けたんだから殺せと訴えるカゲローを遮って、こっちの方針を伝える。

俺の言を聞いたカゲローは憎々しげに俺を睨みつけた。情けをかけるのかとでも言いたげな表情だ。

 

「…情けというかなんというか素直にお前が面倒臭い…」

 

「どういう意味だこの野郎」

 

カゲローはガバッと起き上がって憤慨する。忍のなかで最強の影の一族を面倒臭いとは何事だと怒りを露わに語り出す。

俺はもう一族から抜けたつもりなのだがと漏らせば、元より強いと言われていたおヌシがどうたら抜けたとしてもどうたら。

ギャンギャン騒ぐカゲローの主張を簡単にまとめれば

『闇の一族のなかでも腕利きと言われていたおヌシを倒せば、オレが、ひいては影の一族が忍のなかで優秀だということになる』

のようだ。

面倒臭ぇ。

うんざりした俺は未だに喋り続けるカゲローを小突いた。このまま放っておくと延々と里が忍が一族がと語られそうなので話を変える。

 

「お前はカゲロー、なんだな」

 

「?」

 

「名乗った時、発音は『陽炎』だっただろう?何故表記は『カゲロー』なんだ?」

 

そう問うと、カゲローは腕を組んでそっぽを向きぽつりと言葉を紡いだ。

 

「…こっちのヤツらは『カゲロウ』って発音しにくいらしいんだよ」

 

「…は?」

 

「『ロウ』が発音しにくいらしくて皆『ロー』って発音しやがるから!」

 

そっちに合わせた表記にしたと顔を背けたまま語る。

そもそも「カゲロー」という名も、陽炎分身の術をだした時に

『陽炎 のように 分身する術』だったのだが、

『カゲロー という名の男が 分身する術』と解釈されたのが原因だったらしい。

 

「里の外のヤツらは阿呆か!」

 

「文化が違うだけだ」

 

カゲローの語った内容に呆れながら俺はフォローをいれる。

数人から「そうかカゲは大きくなったらカゲローという名になるんだな」だの「早く強くなれるといいね」だの「目的があるのか?なら手助けするぞ!」だの、のほほんと言われたらしい。

別にオレは手助けしてくれなんて言ってないし、別に、とブツブツ言い始めたカゲローを若干微笑ましい気持ちで眺めた。

俺に見られている事に気付いたカゲローは、顔を赤くしてガバッと立ち上がり俺に向けて指を突きつける。

 

「〜〜ッ!ああもう!いつかおヌシを倒す!」

 

そう叫んでカゲローはすっと闇に溶けていった。

…また来るのか。

 

-19ページ-

 

カゲローの襲撃から数日、本当にあいつまた来やがった。

軽く振り払ったら「次こそは!」と叫びまた去っていった。

 

 

しばらくの月日カゲローと戯れ続け、若干飽きてきた頃。

俺はまた何者かの気配を感じ「カゲローか」と気だるげに振り返る。

しかし振り返った先には見慣れた黒ずくめの忍者はおらず、代わりに青いマフラーを巻いたくのいちが立っていた。

思わず目を見開いて彼女を凝視する。

 

記憶にある彼女とは髪型や背格好は変わっている。が、雰囲気は変わらない。

里を抜けると決めた時の、唯一の心残り。

俺を「兄者」と呼んで慕ってくれていた、…

 

 

「壱、…この人なのか?」

 

彼女の横に居た男が彼女に声を掛けた。彼女は彼に振り向いてこくりと頷く。

彼が呼んだ名に驚く。彼女の名前は「壱」と言うらしい。

それは、昔、俺が彼女に、つけた、

 

 

「兄様」

 

壱が口を開く。

周囲の音が消え、刻が止まったかのように感じた。

壱は言葉を続けた。「何故」と。

感情を露わに俺に向かって叫ぶ。

 

その声を聞いてようやく俺の中の時間が動き出した。ああ、変わっていないのだなとつい笑みを零す。

すまぬと声を漏らし俺は壱に刃を向けた。

降りかかった火の粉は払う。

相手が誰であろうとも。

 

 

壱には連れがふたりいた。髷を結った剣豪と長い髪を結ってしっぽのようにした拳士。

戦う間に聞こえた会話から、カゲローと関わったのもこいつらではないかと予想する。

戦い方が真っ直ぐで、一撃一撃が真摯だ。全員が素直なのがわかる。

素直さに慣れていないカゲローなら振り回されるだろう。

しかし彼らの動きは、なにか暗いものを抱えている。根底にあるものは、憎しみだろうか。

 

(詳しく知る気はないが)

 

憎悪は人を強くする。

俺は今までの経験からそれを学んでいた。それに飲まれた奴のことも。

誰かが引き上げてくれれば素に戻るが、こいつらはどうなるだろうな。

小さく笑って俺は、手裏剣を取り出した。

十字手裏剣よりも大きな、おそらく使うのはこれで最後の、不思議な形をした手裏剣。

 

「これを、…くらえ!」

 

そう叫んで俺は、最後の風魔手裏剣を投げつけた。

 

-20ページ-

 

俺の放った風魔手裏剣を受け、3人はその場に倒れ込んだ。

これでもうあの手裏剣は手元にない。完全に風魔との決別となった。

 

「兄様、」

 

小さく小さく壱が呟く、なにか言いたそうに口元を動かすが言葉となっては出てこない。

例え言葉となっていたとしても、俺は答える気などない。

里の掟に縛られるこの子に言っても、理解されないだろうから。

 

だから代わりに、俺はポロポロ大粒の涙を流す壱の頭をポンと撫で小さく囁く。

 

「イチ。綺麗になったな」

 

それだけ伝えて俺は壱たちの前から姿を消す。

しばらくポカンとしていた壱は、ようやく言われた言葉を理解したのか「にいさまあぁぁああ!?」と大声を上げていた。

結構離れたはずなのだが聞こえてくるとは。

 

(…言いたかったんだから仕方がないだろう?)

 

誰ともなしに言い訳をして、俺は頭を掻く。

未だ里や一族に縛られているとはいえ、壱もカゲローも里の外に「仲間」が出来たようだ。

ならばきっとあいつらにもわかる日がくる。

里や一族が全てではないのだということが。

 

久方ぶりに俺の仲間に会いに行こう。

酒の肴になりそうな話が出来たのだから。

 

 

END

 

 

 

ガサッと零が動く音がした。それに気付かれないように月風魔はさらに気配を殺す。

 

「行ったか」

 

零の気配が周囲から完全に消えたことを確認し、月風魔はくすりと笑う。

 

「あいつが里を抜けたことで、闇の一族からも影の一族からも外に出るヤツが出た。

 外に興味を持つ忍も増えたな」

 

零が里から抜けたことにより、里全体の空気が変わった。月風魔にとって喜ばしい変化だ。

木の上で胡座をかき頬杖をつきながら零の移動した方向へと目をやる。

 

「お前はちゃんと新しい風になれたよ、零」

 

そこで初めて月風魔は零の名を呼んだ。楽しそうに、嬉しそうに。

元風魔の里出身の、自慢の忍の名を。

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捏造。 忍者中心。公式で語られたら消します。
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