忘れ得ぬ出会い 
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俺の死んだ日

 

 

 

 

 

 

 ぴちょん…。

 

その水滴滴り落ちる音で、目が覚める。

 

左目は塞がっていた。

じんじんと熱く、腫れ上がって瞼を塞ぐ。

 

そして…体のあちらこちらに切れた痛みが沸き上がり…右の踝(くるぶし)と…腿がひどく、痛んだ。

 

そこら中の傷が痛み出し、耐えられない程で、必死にぶるぶると体震わせ、耐える。

 

その痛みは相変わらず在ったが…落ち着いたと思った途端、今度は強烈な、喉の渇きだった。

 

喉がひりつき…口が喘ぐ。

 

水を欲し…耐えがたい灼熱から潤いを望み………。

そして、その時気づく。

 

腕が痛いのは…後ろに回され椅子に、括り付けられてるせいだと………。

 

足が痛むのは…奴を、蹴ったからだと………。

 

そしてふうっ…と意識が途切れる。

瞼の奥に浮かぶ。

 

二人の…死体が。

 

どうして…生前知っていた筈の人間が、死ぬとこんなに…余所余所しくなるんだろう…?

 

最も俺は二人の死体に縋り付いて叫んだ。

「どうして…!」

 

どういう訳だか、自分の声なのにはっきり聞こえる。

他人の、声のように……。

 

そうだ俺は…あの日の事を…上空から見ている。

俺も…死んだのか?

それともこれは、ただの記憶か……?

 

忘れがたく辛い………。

俺の、終わった日。

 

二人の死で今は俺にも解る。

あの日死んだのは二人だったが本当は…俺も、死んでいたのだと………。

 

 

椅子に括り付けられたまま…六歳になったオーガスタスは首垂れ意識を…混濁させた。

 

耳に響く…街の喧騒…。

狭い地に密集した建物。

道は真っ直ぐじゃなくどの道も湾曲していた……。

 

左右に並ぶ、粗末な家々…。

けれどそれですら今は…天国に感じる………。

 

その外れに…奴隷小屋はあった…。

親父は…親方と呼ばれる、奴隷商をそれは…嫌っていた………。

 

靴音。馬車の音…。

常に響きいつも…賑やかだった。

 

子供の笑い声…。

飲んだくれの親父に悪態付く女将さんの声………。

 

笑いと喧噪がそこには常に有り…貧しいからこそ…活気に満ちていた………。

 

お袋は赤毛の優しい女だった…。

俺の卵形のつるんとした顔はお袋似だと、親父は笑った。

 

親父は鷲鼻だったから…お袋はつん!として言った。

「私に似て正解なのよ!」

 

………今でも…思い出せる。

紫と赤の混じった…くすんだ色のドレスを着…髪を布で巻いて…家事をこなしてた…。

 

お袋の料理は…たまにまあ、凄い失敗やらかすが…殆どが絶品だったな………。

 

近所に分けた後皿を返されながら

「とても美味しかったわ」

と礼を言われた時の、お袋の自慢げな顔が今も…目に浮かぶ。

 

口の中に苦味ある血の塊を、ぺっ…と吐き出す。

 

喉の渇きは消え去った…。

それは…俺がここから消え去ろうとしているせいか………?

 

罰…そう、罰だ。

反抗した。

逆らった………。

 

少しの自由も無い。

 

ほんの少し…喉が渇いたからほんの少し………馬桶の水をすすろうとしただけだ…。

たった…………それだけ……………。

 

俺をここに引き渡した、隣の飲んだくれ親父を…この奴隷小屋に入った当初、恨もうとした………。

はした金せしめる為…そして嫌ってた親父に復讐する為…親父の宝の俺をここに、売った………。

 

奴隷商の親方はどう言ったっけ?

薄ら笑い浮かべ………せせら笑い………。

 

こんな…こんな親父が敵としていた奴らの所に俺を、売るなんて………!

 

俺は両腕前で縛られ…が、寄り来る男達を全部蹴り倒し、逃げ出そうと掴まり………。

 

棒で叩かれた。

そこら中。

 

腫れ上がり痛みで呻き…それでも…水汲みさせられ荷物を運び…。

ヨロめくと蹴られ…傷の上から幾度も殴られ………。

 

気絶して水をかけられ…もうろうとする意識で水桶担ぎ…よろけて地にぶちまけそしてまた…殴られた………。

 

食事は豚の餌………。

糞マズイスープに僅かに…野菜の欠片が浮かんでるだけ………。

 

俺は藁の上、両腕で自分抱きしめ、小さく丸まって傷の痛みに耐えている…。

 

そっと…這い進み来たそいつは…栗毛で空色の瞳の、やせっぽちの………。

 

一度盗みを働いた所を肉屋の親父に掴まって………棒で殴られた所を親父が…助けた。

 

肉屋に金払い…容赦してやれ。と……。

親父は久々に入ったちょっとした小金に浮かれ…俺に、前から欲しがってた木の組み枠を買ってくれると言い…。

 

が結局金はそいつの盗みの代金に消えた。

俺は下向いた。

下向き続けた。

それしか…親父に抗議する術が、無かったからだ。

 

親父が屈んで言う。

「…解って…くれるな?」

 

顔、上げたその時…薄汚れた…殆ど土塊のような衣服着、顔の汚れた…そいつの空色の瞳が真っ直ぐ俺を…見ていた。

 

何も…言えなかった。

 

そいつの姿が消えた後俺は…自分の衣服見た。

白いシャツは生成りだったがちゃんと…白く、ズボンも継ぎ当てが幾つもあったがそれでも…洗濯されて石けんの臭いがした。

 

…………俺は、親父の大きな手を、握った。

親父は微笑って振り向くと…頭をぐりぐりと、なぜてくれた。

 

俺が親父の行為を理解した事が…嬉しいように………。

 

 

 

空色の瞳をしたそいつは…固く自分抱きしめる俺の腕掴み、広げようとするから、俺はそれを、振り払った。

けどまた…広げようとする。

そして…手に持った、壺見せる。

 

腕の傷口にその中の…薬草を掬い、塗った。

 

だから広げろ…と?

 

彼を見ると、誰にも気づかれてないか、始終周囲を…気遣いながらでも…俺の胸の…深い傷にそれを塗った。

 

黄色の…膿みが傷から溢れ、臭かった……。

 

その場所にその薬を塗り込む……。

そいつは手早く数カ所薬塗り込むと…何も言わず空色の瞳で俺を見…そして自分の寝床へ、戻って行った………。

 

じくじくといつ迄も痛むその膿んだ場所が……その日は痛みが少なかった……。

 

 

ぴちゃん………。

 

オーガスタスはその水滴滴る音で再び顔、上げる。

二人と一緒でいつも…楽しかった…。

 

赤い縮れ毛のべっぴんのお袋はいつも陽気で元気…。

親父は太陽のような笑顔浮かべ……一際大きくて…お袋は小鳥のようにそんな親父に…駆け寄っては抱きついてた………。

 

 

涙が、こみあげるのに泣けない。

 

あの次の日俺は…独りぼっちで動かぬ二人が横たわった寝台の前に、立っていた。

 

もうそこに居るのは…俺の知ってる二人なんかじゃ無かった……。

 

その晩だ。

あの飲んだくれが俺を奴隷小屋に、売ったのは………。

 

俺は次の日、奴隷小屋の格子窓の中から、それを見た。

 

布ははだけ、お袋の青い…顔が剥き出しだった。

横の…一際大きな布袋は……親父だろう………。

覆いの無い剥き出しの馬車に乗せられ…。

馬車が止まったのは、土を掘った大きな穴の前……。

 

布が巻き付けられた死体は……その穴の中に…放り投げられた………。

 

その時俺は、大声で泣いた。

声は、出なかった。

 

心の中で…ありったけの声上げて………俺は泣き続けた……。

 

 

 

そうだ…。

俺を売った、隣の飲んだくれのロクデナシ…。

そして親父を偽善者と罵り…親父も毛嫌いしていた奴隷商の親方………。

 

こいつらを…一生恨んでやろうと思った……。

 

ぴちゃん………。

 

…けど………二人は駆け落ちだった。

お袋は良家のお嬢さんで…親父は剣士崩れ。

 

もっといい家の婚約者を嫌って親父と…逃げた。

だから…親戚も居ないし俺の引き取り手も居ない…。

 

二人が死んだ後…俺には行く先が無い………。

 

もしここに居なければ…家も追い出され食う物も無く…物乞いするより他に無い……。

 

どっちがマシなんだろう………?

 

……だから…オーガスタスは思った。

自分は二人が死体で返って来たあの日…一緒に死んで、しまったのだと………。

 

そう思った途端、痛みが消えた。

辛さも苦しさも…先の悩みも今の境遇も、全部消えた。

 

何も無く…空っぽだったがそれが…こんなに幸せな事だと、オーガスタスは思わなかった………。

 

何も無い。

だから…何にだって成れる。

空気にも。

水にも………。

 

そして土掘った穴に落ちていった二人の、死体思い出す。

 

………そう、土塊にも…………。

 

心が…暖かかった。

親父が、好きだった。

 

親父は鍛冶屋だった。

どうして剣士を止めたのか?と聞いたけど…。

人を殺すのはもう、うんざりだ。

 

ただ、そう言った。

 

俺を売ったあの隣の飲んだくれが奥さんと子供に手を上げ、悲鳴に駆けつけた時親父は…飲んだくれを一発で沈めた………。

 

強かった!

誇らしかった!

 

酒場の親父にも、タチの悪いごろつきを追っ払ってくれと頼まれ…拳骨握り、殴りつける親父は本当に…格好良かった。

 

…けど酒場の親父の礼も受け取らず…目を輝かす俺に親父は苦笑した。

 

「強いのは、悪い事じゃ無い。

だが、覚えとけ。

敵は消えない。

強ければ強い程…挑む相手と目付けられる。

キリが無い。

もしお前が…戦いを選ぶなら…いつか敵に殺される最期を覚悟しろ」

 

 

親父が…大好きだった………。

 

泣き…たかった………。

けど涙が出る度…あの布に包まれた、穴に放り投げられた死体を思い浮かべる。

 

どこに…行ったんだろう?あの…親父は。

 

あれは…あんな塊は親父なんかじゃ無い。

俺の…頭なぜ、笑う親父は………。

 

小さなハンマー俺に握らせ…小さな鋳物を叩かせてくれた…大きな手をしたあの親父は………。

一体どこに消えたんだろう…………。

 

あかぎれと…傷だらけの…それでも華奢な指のお袋は……?

時々見惚れる程綺麗に見えて…惚けていると、微笑って…腕絡ませ…顔見て言った。

「美人に…見とれた?」

 

頷くと、さっと立ち上がり缶を、明けてくれた。

僅かな…大切なクッキー。

 

滅多な時には振る舞われない、それ………。

お袋はそれを、俺の手に握らせて、言った。

 

「色男さん。

覚えて置いて。

いつか貴方が好きな女を口説く時は、恥ずかしがらずに言わなきゃ駄目。

…とても…綺麗だよ。って…。

 

どんなにたくさんの薔薇よりも宝石よりも…女は心から言われた“綺麗”が嬉しいのよ」

 

優しく…柔らかいお袋の胸………。

温かく…いい匂いがして………。

 

いつ迄も、そうしていたかった。

ずっとお袋の胸に顔埋め………。

 

どうして…置いて行ったりしたんだ!

俺は…あの時一緒に行くって…行くって言ったのに!!!

 

馬車は片輪が外れ、道歩く親父とお袋に突っ込んだと…。

親父はお袋を抱いて庇ったけれど…車輪は親父の背を踏みお袋をも潰し……。

 

お袋は虫の息で最後の最期迄俺の名を…呼び続けたと……………。

 

 

ぴちゃん…………。

 

傷から…血は滴っているだろうか……?

もう…逝けるだろうか……。

親父とお袋は……俺を迎えに、来てくれるだろうか………。

 

だが俺は耳元で怒鳴り声聞いた。

「こいつはお宝だ!

解らないのか?

高値で売れる大事な商品に、なんて扱いだ!!!」

 

薄目開けて見た時…叫んでいたのはもう一人の…親父の嫌ってる男だと、解った……。

 

黒髪で黒い目…。

鋭い顔付き………。

 

戦士を鍛え、見せ試合で、高値で貴族に奴隷護衛を売りつける小狡い男………。

 

だか親父はこいつとも殴り合った。

親父が勝ったが…こいつは他の奴らと違った。

 

殴られて悔しがるどころか…親父の強さに、身震いしていた。

 

…そうだ…仕事が減って金の無い時…奴が家の裏口で親父に囁いていた。

 

「試合に出れば、金を払う…!」

 

…親父はどれだけひもじくても、それを断った………。

そして野菜を運び荷を運び…小金を稼いでその場を凌いだ………。

 

 

 

 こざっぱりした布団で目が覚め、傷の手当てがしてあるのを見…その男が

「よぉ…」

と俺に笑いかけた時…この奴隷小屋に俺が来るよう仕向けた張本人は奴だと…解った。

 

が………俺の中から何かが…抜け落ちていた。

 

それは…あの物言わぬ硬い二体の死体が、穴に落ちていくのに似ていた。

 

それはそこに居る。

穴の中に。

埋められて。

土塊になるのを待つだろう。

 

だから…俺も同様だった。

土塊に…成るのを待つだけだ………。

 

唯一の願いはその時…消えたはずの親父とお袋が…再び姿見せ、迎えに来てくれる事だけ………。

 

たったの…それだけだ。

だから俺はその時から…神祭る祭壇見つけると祈った。

ただそれだけを、ひたすら。

 

頼むからもう一度……。

もう一度、人生の最期でいいから二人に、会わせてくれと……………。

 

俺は傷が癒えるまで…他と離され…豚小屋のように汚い、奴隷宿舎に戻らす、そのこざっぱりした質素な部屋で寝かされた。

 

少しは肉も入ってるスープと…固いパンも出た。

 

傷が治ってその男…ラドカインは言った。

「戦いを覚えろ…!

お前の体格は親父譲り…。

餓鬼ばかりの見せ試合だろうが…強い奴は居る!

 

そして…そんな奴は早くから大臣共が目を付け、立派に育ったその時に、大金払って護衛に雇ってくれる。

忘れるな…!

お前には必ず、大臣家が高値付ける。

 

そうしてな…!

手柄立てれば褒美も出る。

その時、好きな生活が出来、好きな物がたらふく食えるんだ!!!」

 

餓鬼の…俺釣るには十分な言葉だと、奴は思ったんだろう…。

俺には何の、意味も無かった。

が、やる事が無かった。

 

だから…下働き免除でその代わり、闘技場で戦う訓練始めた時…そこは自分の居場所だと…しっくり来た。

 

親父は言った。

戦い続け…強ければ敵は消えない。

そしていつか……敵に殺され死ぬ。

 

それは…最高だった。

俺は押さえつけられ自由奪われ言われなく殴られ続けた鬱憤晴らしまくった………。

 

死にかける程の傷体中に負ったせいか…傷は怖く無いし暴れていれば痛みも平気だった………。

 

むしろ………むしろ、殴られれば殴られる程…血が、流れれば流れる程………心が落ちたあの穴に…この肉体も落ちるのだと…わくわくした。

 

俺は夢の中で、穴の中の固くなった死体に微笑んだ。

待っててくれ。

俺ももうじきそこに、行くから………。

 

いつも…傷負っていたから…傷が、在るのが当然だった………。

痛みも熱もがまるで親しい友のように、有り前に常に在った………。

 

 隣町の…見せ試合に出かける時…俺は小屋を出て荷馬車に乗せられた……。

他の…試合に出る年上の奴隷戦士達と共に………。

木の箱のようなその馬車に詰め込まれ、自分の場所に腰下ろす。

馬車は坂、下り始める…。

 

石畳の上を車輪がゆっくり…滑り降りて行く。

 

街角に…見知った顔を見つけた…。

幾つも…幾つも………。

 

オーガスタスは残像を、見た。

消えた…両親と共に過ごした…親しかった人達……。

左隣の後家さん…。

向かいの…いつも優しいお姉さん…。

 

斜め向こうの家の…親父にいつも護って貰ってた娼婦…。

鍛冶屋仲間の…背の曲がったじいさん………。

 

みんな…貧しかった…。

こっそりと…通り過ぎる馬車から離れた街角で…。

それでも…必死に俺を………見ていた………。

 

どうしてだか…俺は、微笑った。

 

みんなに、俺は不幸じゃ無いと…微笑ったのだ。

 

優しいお姉さんは…娼婦も…後家さんも泣いていた。

鍛冶仲間の背の曲がったじいさんが……あんまり悲しげな表情をしてて、忘れられなかった……。

 

俺は…もう一度遠ざかるその懐かしい人達に……過去の幻影の彼方に消え去った人々に…微笑った。

 

二人が消え彼らとの絆も消え…これでお別れだけど、でも…変わらず貴方方が好きだと………。

 

貴方方も俺に取ってはもう幻影だけど………それでも大切な…とても大切な、幻だと…………。

 

その見せ試合で俺は最年少で……四度勝ち上がり、14才の相手を迎えた時…俺は、滅多打ちにされた。

 

俺の年齢を考慮して…武器は持たされなかった。

 

だが俺は、殴られ続けた。

足を折られ、腹を蹴られ……俺は、微笑っていたと思う……。

今思えばあの懐かしい人達に、最期に会えて別れを言えて良かったと………。

 

戻った時俺は…多分貴方方が目にする時布に巻かれ固く成ってるだろうけど……。

 

それでも…微笑んで別れを言えて良かったと……。

 

荷馬車の途中見た、神を讃える館見かけ俺はまた、心の中で祈った…。

今も、祈り続けてる。

どうか最期…二人が迎えに来てくれますように………。

 

だが…がつん!と頭に喰らい、肩を殴られた時…俺はとうとうかっと来てしまった………。

 

俺が怒ると…近所のチビが怖がる。

いつも、子守頼まれてた。

年上の奴が寄って来ても…俺が睨むと逃げ出すから…。

けど…護ってる筈の、チビ迄もが怖がる。

だから………。

 

俺は腹を立ててしまった。

何に?

突然逝った、親父とお袋に?

 

…二人は布に巻かれ暗い穴に居る。

これ以上の罰が、必要か……?

 

じゃあ、何に…………!

 

…俺は三発殴られ一発返し、殴られ続けながらそれでも猛烈に、腹を立てていた…。

そして…腹に一撃!

 

そして二撃目を喰らい動けなくなった時…それに、思い当たった。

何て事だ!

俺は最期の希望、死んだ時親父とお袋にもう一度会える事だけを必死に祈ってた………その神に、怒ってた……。

 

そんな…最低な願い事に縋り付くしか無い境遇に俺を追いやった、神に…!

 

…どうしてあの時車輪を片方壊した?

両方なら二人は死ななかった……!

 

誰のせいだ?

あんたのせいじゃないのか?!

 

まるで…罠のように感じた。

縋るような…惨めな願い事を俺にさせる為に…俺に命を捨てさせる為に…巧妙に仕組まれた罠のように………。

 

左足は折れていたが、構わなかった。

激痛が、何だって言うんだ?!

 

大切な…大切な二人を亡くす以上の痛みがあるってのか?!

いいや断じて無い!

 

後で言われた。

俺が…どれだけ傷負っても反撃するから…敵は俺を殴り続けたのだと………。

 

だがどうしてか…腹の底から、沸き上がって来る…!

どれだけ殴られても、倒れるもんか…!

振れる限り、拳振ってやる!!!

 

親父の戦う姿思い浮かべたが…違う…そうじゃ、なかった………。

 

そうだ…あの、時だ………。

馬具や…時には親父は剣も作ってた。

 

金持ちで身分高い男に剣の製作依頼され…親父は大金が入ると喜んでた……。

が、出来た剣を、男は突き返す。

「これは思ってた、出来じゃない…」

 

親父はその男を睨め付け…作り直す。

また…突き返される。

だが親父は作り続けた。

 

大金どころか…出費がかさみ、大損だ。

けど…親父は作り続ける。

あの…男が来る期日迄に。

 

幾度…突っ返されても作り続ける………。

 

剣を作る為…荷運びや家の組み立てをしながらそれでも…作り続ける………。

 

お袋は…親父の作業する背見つめ、囁く。

「好きに…させてあげて…。

貴方にまた…あげられるクッキーが減るけれど………」

 

それは…構わないと言えば嘘になる。

けど…解らなかった。どうして…突き返されたらそれで…終わりにしないのか………。

 

親父の黄金に見える目はきっ!と剣見つめ、振る腕は休まず鍛え続ける………。

 

どうして………!

 

また…駄目だった。

今度こそ…親父は諦めるだろう。

もう…項垂れ、吐息吐き、次は言うだろう。

 

「もう、次は作りません」と………。

 

だが親父の瞳の輝きは、消えない。

俺が寄ると…親父は頭をぐりぐりなぜて、言った。

「…悪かったな…。

お前、クッキー好きなだけ食いたいだろう…?」

 

だが俺は聞いた。

「なんで…止めないんだ」

 

親父の瞳はやっぱり…火に照らされ黄金に、見えた。

「…なあ…これは戦いだ。

戦いはな。負ける訳に行かない。

勝たないと…意味が無い」

 

「だってもう…負けてる!

あいつは金払わないし、材料費はかさむばかりだろ?!!」

 

親父は、黙って俯き…そして、微笑った………。

 

次も次も駄目で……でも、とうとうその日が来た。

男は剣を見る。

まるで…自分の片割れ見るように……。

 

そして、脇に下げて、言った。

「…いい出来だ」

 

そして…金を、置いて行った………。

 

親父はほっ…と吐息吐き、その金を全部、借りてた材料費に払い、男に駄目出しされた剣を全部…売り払った。

 

お袋は俺に山程クッキーを作ってくれたが…味が、しなかった。

 

ある日親父は俺を連れて…ある屋敷の剣士募る試合に俺を、連れて行った……。

 

男が、居た。

親父の鍛えた剣で…勝ち進んだ。

が、最期の対戦相手は強かった。

 

最後紙一重………男が速さで勝り、剣振りきって敵倒し、剣士の地位を、勝ち取った。

 

男は見物人席の親父に振り向き…そして誇らしげに剣掲げ、微笑った。

 

 

……………親父は言った。

「なぁ?オーガスタス。

戦いに勝つ。ってのは、こういう事を言うんだ」

 

…どうしてだか、わからない………。

今度こそ…俺は死にかける程の怪我負った。

 

足のびっこは、治らないかもと言われ…高熱出して帰りの馬車の荷台で、くたばりかけた…。

 

が、帰り通りかかった神の家の前で俺はもう…祈らなかった。

 

考えたら凄く馬鹿馬鹿しくなったからだ…。

 

俺は、知っていた筈だ。

布に巻かれた、穴に転がる死体。

あれがもう…親父でもお袋でも無い事を。

 

なのに…俺は何馬鹿やってたんだろう?

俺も死んでそこに並んだら…二人に会える権利がある筈だなんて…!

 

大体、大事な二人奪い奴隷小屋に売っちまうような運命くれる神だぞ?

 

俺は何しおらしくまだそんなロクデナシに媚び、縋ってるんだ?!

 

意識が遠のく。

が、どうしてだか気分は最高だった。

親父は、居た。

俺の、中に………。

 

それは過去で思い出だったが、あの布に巻かれた冷たい死体より数倍…俺の知ってる懐かしい親父だった。

 

消えてない。

俺の血の中に、二人は生きてる。

 

二人が死のうが…俺が二人の子供だって事実はどうにも…曲げられないんだ………。

 

 

どういう訳だか、俺は朝を迎えた。

くたばって無かった。

 

目を開けた俺を見て、ラドカインは怒鳴った。

「たらふく食わせてやれ!

倍年上の相手にあれだけの戦い振りを見せたと、評判取った餓鬼だ!

生還した以上いずれ高値は必ず付く!」

 

 

…だが俺はしばらく足を、引きずった。

それでも訓練は休まなかった。

 

戦うしか他に…術が無かった。

足のせいで動きが鈍くどれだけ…殴られようが……殴り返した。

 

それしか…出来る事は無かった。

神に、祈るのを止めた今は。

 

強くなろうと…思った事が無い。

が、どれだけ殴られようが最後迄…殴り返そうと決めていた。

もうどうにも体が、動かなく成るまで。

 

 

粗末な椅子にかけて休む。

目前の小汚い木のテーブルの上の…カップですら、持てなかった。

 

疲れ切って、腕が上がらず…。

 

やっと…ぶるぶる震える腕を伸ばしカップを…掴もうとした時、手からはたかれその水は…飛んで床に散った。

 

喉はからからだった……。

 

顔上げた時見た顔は…やはり親父が庇った子供だった。

パンを盗んだと言いがかり付けられ、奴隷小屋の子は汚くて盗人だと罵られ…とうとう親父はパン屋の親父、殴り倒して言った。

「好きで奴隷小屋に売られるか?!

罵り言葉も大概にしろ!」

 

俺は親父が、誇らしかった………。

 

が、その時親父に庇われた子供は微笑う。

「…みじめだな?

俺を奴隷と下に見て、自分には頼もしい親父が居ると…微笑ってた奴が今、このザマか!

 

いいか!

お前の親父はな!英雄面したくて俺をダシにしたんだ!

俺の為になんか、これっぽっちもなっちゃいないんだ!」

 

その言葉はまるで、ナイフのようだった。

 

生きてた頃の親父を思い出す前…布にくるまれた動かぬ死体を親父だと思い込んでた時、それを言われてたら俺は随分、堪えてたろう………。

 

だが…不思議だった。

底から底から…戦意がわき上がる。

 

“勝つ…ってのは、こういう事を言うんだ…”

 

親父の言葉が心に蘇る。

俺はつい…微笑って言った。

「…だろうが、親父の好きにしたさ!

同情しようが英雄扱いされようが、親父は親父だ。

お前がどう思おうが、知った事か!」

 

他人がどう思う事が重要?

それがどれ程大事だ?

 

顔色伺う事が、そんなに必要か?

最終的に人は結局勝ち負けでものを見る。

 

現に親父はその後…高名なたくさんの剣士達に、剣の依頼を受けた。

 

「そうとも親父はお前なんか、どうでも良いんだ!

あのパン屋の親父の罵りに腹立って、殴りたかっただけさ!」

 

がそいつは、目に涙浮かべ殴りかかって来た!

なんでだ?

お前が言ったんじゃ無いか!

親父が偽善者だと!

認めてやって、どうして殴りかかる?!

 

幸い俺はくたくたで、ロクに腕も上がらなかったから、そいつを殆ど殴れなかった。

 

が、非力なのに俺を組み敷いて殴り続け、離れなかったので…そいつは一晩檻に入れられた。

 

俺はまた軽く熱出し、その夜は意識無くしたように眠った。

 

早朝だった…。

そいつが枕元に居た。

 

躊躇うように…けど寄って来て、言った。

「…羨ましかったんだ…お前が。

あんな親父が居て…。

だから…亡くして俺と一緒の境遇になって…いい気味だと…思ったんだ」

 

その時そいつは泣いていたから…俺はまだ引かぬ熱に浮かされ、思った。

 

ああこいつ…親父の事が凄く…好きだったんだな………。

 

 

熱が下がりきらぬまま…朝食の席に付く。

 

暗い、汚い部屋で、それでも戦士候補は少しはマトモなメシが貰える。

 

試合に、勝てばかなり豪勢な。

 

試合が無いと途端質が落ち…美味いもんが食いたきゃ試合に勝て!と焚き付けられる………。

 

そして…その日朝見た奴は、屋敷に性奴隷として売られたと…聞いた。

 

暫く…後味が、悪かった。

 

そして…次の見せ試合で俺が奴隷宿舎を出る時………やはりそこに、懐かしい人達が姿を見せる。

 

次の試合の時も…その次も………。

皆がせめて出来る事と…俺を見送ってくれる。

 

優しかった…向かいのお姉さんは…その日突然俺に駆け寄って来た。

「…結婚するの…もう………」

「遠くへ…?行くの?」

 

彼女は頷いて…綺麗な飾り糸で編んだ腕輪を手首に巻いてくれた。

「お守り…!」

 

それだけだった…。

監視が彼女を突き飛ばし馬車は動き出し………。

その時俺はようやく…自分を見た。

腕もどこもそこらかしこ、傷だらけだった………。

 

 

後で、聞いた。

彼らは…いつも見送ってくれた彼らは、なけなしの金かき集め俺を…買おうとしたのだと…。

 

けれど足りず…引き取れなくて…自分のふがいなさを、悔やんで悔やんで…それでも何かしたいと…試合で、死なないでくれと……その祈り込めて見送ってくれたのだと……………。

 

 

 

ローフィスは、たき火の灯り見た。

炎でオーガスタスの影は顔の上で揺れていた…。

 

「今思えば………」

 

奴は言った。

 

「今思えば…最初の見せ試合の時、死ぬつもりなのに死ななかったのは………多分、見送りに来てくれた人達の祈りの方が、神に通じちまったんだな。

だってほら…俺の祈りっててんで…馬鹿げた祈りだったしな………」

 

その…たった一つの、幼い両親亡くした少年の縋るような希望を“馬鹿げた…”と言うオーガスタスが、ローフィスは好きだった。

 

死人よりも…生きてる人間の、温かい情を取る、オーガスタスが…………。

 

だから、言った。

「まあ…半端なく馬鹿げてるよな………」

 

オーガスタスはぷっ!と吹き出し、背丸め屈めて笑い、言った。

「お前なら、絶対そう言うと思ったぜ!」

 

ローフィスは…本当は顔が、上げられなかった。

が、上げて微笑った。

目が、潤んでた。

本当は…思いっきり奴(オーガスタス)を、抱きしめたかった。

 

何も…言えなかったからせめて…抱きしめて示したかった。

 

お前が生きてここに居るのが、嬉しいと……。

だかそんな事したら………。

奴(オーガスタス)は言うだろう。

「気色悪いな。俺にそんな趣味無いぞ?」

 

それに多分…とても女々しい…。

 

が、ローフィスは同時に思い出していた。

人がどう思おうが…それが、何だ?

 

のくだりを。

だから…そっと手を、伸ばした。

抱きしめようにもオーガスタスの方がデカかったから、抱きつく格好になって締まらない無いな。

ローフィスは苦笑したが…オーガスタスを思いっきり…抱きしめないと気が済まなかった。

 

オーガスタスは何も言わなかった。

結果、やっぱり抱きつく格好で…それでもオーガスタスを抱きしめられた時、ローフィスは心底、ほっとした。

 

彼を毎試合、見送っていた人々の、気持ちが解った。

 

せめて…何も出来はしないから、だからせめて………。

 

オーガスタスの、温もりにほっとした。

オーガスタスがもぞ…と動くので言った。

「解ってる!俺の自己満足だ!

これっくらいしかお前の為に出来ない!

だがそれで俺が!救われるんだ!」

 

「……………俺が…お前、救ってんのか?」

「そうだ!」

「…なんで抱きつくと救われるんだ?」

「…俺に泣きわめかれるのと、どっちがマシだ?!」

「……………………」

 

ローフィスは“どっちも嫌だ”と思ってるオーガスタスを感じ、まだ言った。

「俺は!

みっともなく泣くよか絶対こっちがいい!」

「……………まあ……そう思うんなら……それでもいい。

どうせ夜で野原で、誤解する通行人も居ないしな…。

で………………」

「で?!」

「…俺に抱きつくと…何かいい事あるのか?」

「…何となくお前に、お前が一人じゃ無い。と示せる気がするし、温もりにお前がほっとする気がする」

 

「……………」

ローフィスは沈黙からオーガスタスが口開こうとする、前に言った。

「お前の感想は聞いてない」

「…………なるほど。

実際俺が、ほっとするかどうかは関係無いって訳か?」

「そうだ」

 

ローフィスが、あんまりきつく…本当に自分がここに居るのか確かめるようにきつく…抱くので、言った。

 

「ほっとしてるのは確かにお前の方だが…本当に、俺の感想聞きたくないのか?」

ローフィスは…気づいて尋ねた。

「…言いたいのか?」

「…まあ…どうしても聞きたくないなら…」

「言えよ」

「………………俺は…嬉しいな。

お前に抱きつかれて」

 

思った通り、ローフィスは一瞬で身を離し、顔を凝視した。

「…普段のはフリで、実は男が好きだとかか?」

「普段のはそのまま俺で、俺はお前が友達として好きだから抱きつかれて嬉しい」

 

ローフィスはじっ…と顔見て、安堵の吐息を、吐き出した。

 

 

 

 

 

 

                END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-2ページ-

 

 

思い出の館ヴィラヴィクス邸

 

 

 

 

 

 

 俺は我が儘だった。

家柄もそこそこ良く、旧家で広く美しい邸宅に、住んでいた…。

 

母はこのヴィラヴィクス邸が自慢で…心からこの館を愛していた。

 

緑生い茂る中に歴史を感じさせる、茶レンガの二つの塔そびえる重厚な外観。

自然溢れる美しい庭園。

テラスで朝日浴び、良く母と父と共に食事を取った…。

 

落ち着き…品のある屋敷で、調度は全て時代ものの手の込んだ装飾で飾られていた。

多くの身分高い大物達が、この落ち着いて品の良い邸宅を訪れる事を楽しみにし、母はそれを…自慢にしていた…。

 

良く口にしていたのは

「女の子が欲しかった」

授かったのは俺一人。

 

一人っ子だったから、母も父も俺には甘く…それで我が儘を、当たり前の事と受け取ってた。

 

そして俺は…幼い頃から剣の講師にその腕を認められ、更に教練で学年一位を取り、天狗だった…。

 

四年の時、一学年下の北領地[シェンダー・ラーデン]の大公子息に黄金のグリフォンを奪われはしたが…それでも教練では二位。

 

卒業では校長の言葉を直に受けた唯一の卒業生だった…。

だから…近衛に入り、新兵となってのし上がるのに夢中。

 

出動が楽しみで、腕を振るい認められ、隊長候補に示唆され有頂天だった。

そんな時だった。

両親の訃報を受け取ったのは…。

 

アシャンテ婦人の夕食会に出向く途中、岩に車輪を取られ崖下へ。

崖は大した高さは無かったが、馬車がひっくり返った拍子に二人共体を強打し、父は数時間息があったが結局…亡くなったと………。

 

葬式に帰った時、がらん…としたその屋敷を見回す。

母の幻が屋敷のそこらかしこに見える。

 

いつも…微笑っていた。

この家を愛していた母が居ない。

それだけで…この屋敷は価値を無くした。

寂しくて、暫く遊び回り深酒もした。

そんな俺を見かねて、叔父が俺を舞踏会に誘いそこで…一人の女と出会った…。

少し…笑顔が母に、似ていた。

 

彼女はヴィラヴィクス邸を気に入り、この家の女主人に成りたいと言った。

彼女と過ごす屋敷での日々は、母や父が居た頃のように…輝いていた。

 

近衛の出動がかかると俺は…だがそんな安らぎを忘れる。

暴れ、戦う事を心から…楽しんだ。

生きてる気がした。

敵を斬り裂き、味方の力と成る事が。

 

皆が俺の存在を、頼もしいと思っているのが解ったし、実際俺を頼ってた。

婚約者が出来てから、付き合いやすくなったと言われ、友も増えた。

 

両親の事を思い出すと胸が痛んだが…。

…幸せだった。

彼女との結婚の準備をし、隊長に昇級もし…近衛でも一目置かれる存在と成った…。

 

戦う事が楽しかったし、准将に成れる器と言われ、自分でもそれを疑わなかった。

 

だから…あの戦闘の際もまさか…。

と思った。

だが背後の岩から突然六人程降って湧き、背を斬られ傷を庇い戦ったが、背後の崖に、足滑らせ転げ落ちた。

 

途中…右足を強打し、ひどい激痛に呻きながら転げそのまま…あまりの痛みに気絶した。

 

味方が駆けつけてくれなかったら、狼に食われていたかもしれない。

ともかく戸板に乗せられ、寝台に運ばれけれど右足は…膝下から粉々に砕け…元には戻らないと…。

切らずに済むのはそれでも…幸いな事だと………。

 

俺は自分でもどうしようも無かった…。

立ち上がれず自分では歩けず…愛した女に当たり散らし女は…去って行った。

 

荒れまくり友も去り…近衛の職も名誉も失った。

何も…無くなったが右足が動かず、自在に動き回れた頃を思い返すと涙が溢れた。

もう一度…あんな風に動き回れたら…魂を悪魔にだって、引き渡しても良かった。

 

目をかけてくれた准将の一人が、俺の荒れように“障気”が付いたのでは?

と疑ったのか…俺は東の聖地。

神聖騎士宿舎に付きそわれ連れて行かれた。

 

その光の結界の中で…暫く俺は癒やされ、“障気”では無く原因は足の痛みだと…言われ、一週間の滞在を許された。

 

じんわりと…暖かさが傷を包み、痛みは遠のき、時折…つくんつくんと微かな痛みが湧き出る。

 

激痛は無くなっていたが、指先すら動かせなかったのが、指先程度は動くように成った。

 

骨は再生したようだがどうしても…塞がらない神経があって、足は満足に動かせないだろうと…。

 

動く度に痛みが走っていたから…そして光溢れる結界の中のせいか、痛みが無いだけでも有り難いと、癒やし手に告げる事が出来た。

 

不思議な場所だった。

空気の中に、じんわりと体と心を癒やす暖かさがあって…心地良く、不安も不満も消え去って行く。

 

そこでふ…と思い出した。

あの戦闘の前日…右足を挫いていた。

岩にぶつけ…部下に

「手当てを」

と言われ、断った。

 

そうだ俺は…いつもいつも…断って来た。

気遣われる事が大嫌いだった。

弱く見られる事を誰より嫌い…自分をいつも強く見せようと…。

 

どの場面も浮かんだが、俺は自分の強さを人々に誇示し続けた。

涙が、浮かんだ。

馬鹿な奴だな。

今こんなに成ると解ってたら…そんな風に

「自分は強い。

これくらいの怪我は何でも無い」

そんな風に、偉そうに威張って言えたか?

 

あの時も俺は…あの程度の足の痛みは何でも無いと…。

もっと酷い怪我をしていても平気だったから大丈夫だと…。

 

だが…あの崖っぷちで…右足を付こうと痛み走りそのままバランスを崩し転落したのは…確かだった。

突然の襲撃で混乱し…暗かったし崖がそれ程高いと…知らなかった。

あの時痛み走らず踏み止まっていたら…。

それが出来ていたら…。

 

例え背に一太刀喰らおうが、敵を全て殺していた………。

 

涙が、止まらなかった。

母の顔が思い浮かんだ。

いつも…怪我をした時いつも心配げな表情で、囁く。

「手当てをさせて…」

でも子供の俺は…血を流そうが、痛くないふりをする事で遊び仲間に感心されて以来…そんな心配を鬱陶しがった。

「痛くないよ!

手当てなんていらない!」

 

ふ…と思い出す。

大抵…朝、気づくと痛みが無かった。

傷の手当てをいつも…眠ってる間にされていた。

 

…そうだだから…俺は思ってしまった。

痛くない。

傷は直ぐ治り、痛みも直ぐ消え去ると………。

 

教練に上がって更に俺は思った。

傷を作るのは腕の無い証拠だと。

 

…だからいつも…傷を痛がる奴を軽蔑した。

腕の無い弱虫だと………。

 

そして…同時に気がついた。

その弱虫に自分が成った事が…俺をあれ程荒れさせた原因だと。

動けず、痛み、それがもっと自分を惨めにさせた………。

 

 

 一週間が過ぎ、神聖騎士宿舎から自宅へ帰る頃、俺の痛みは消え…荒れる事は無くなったが、それでも…自在に動けるようになる事叶わず、自宅に籠もり酒浸った…。

 

あんまりいつ会っても酒臭い。と…気に掛けてくれた友人の一人が、俺を南領地ノンアクタルの旅行に連れ出した。

南領地ノンアクタルには麻薬が有り…それで感覚を麻痺させられ、幸せな幻覚が見られた。

 

常用性は無かったが…俺は東の聖地での幸せな感覚を思い返し、麻薬を常用した。

南領地ノンアクタルには色々な薬が豊富にあり、珍味や女…そして色彩溢れる建物と、まるで異国だった。

 

そこで…一人の若者に会った。

まだ…少年だった。

 

奴隷を買える。

と女奴隷を薦められた。

褐色の肌の…豊満で色っぽい美人だった。

 

が、ヴィラヴィクス邸を想像するとどうしても…買って帰る気には成らなかった。

彼女にあの屋敷は似合わない。

 

そして…奴隷の見せ試合の話を聞いた。

俺は一度首を横に、振った。

「まだ若い少年ですが、そりゃ強くて見物ですよ?」

それを聞いた時、ふ…と顔を上げた。

そして闘技場に足運んだ…。

 

場内で横の男が物知り顔で、声高に怒鳴ってた。

「ヤツの両親が馬車に轢かれて死んで、それで奴隷小屋に売られたんだと!」

 

金が行き交ってた。

皆、どっちが勝つかに賭けていた。

どうだ。と手を出すから、しない。とその手を跳ね退けた。

 

だが聞いた。

「あいつの…年は?」

「13。相手は16だ」

どうだ?とまた手を出すから、しない。と再び跳ね退けながら、どうしてだか思った。

13か。

教練は14で入学だから、間に合うな…。

 

不思議に思った。

まだ戦う前。

どうしてそんな事を考えたのか。

 

彼は堂とした体格をしていた。

相手は16でもうゴツかったが、背も体格も劣らない。

そして…剣を持ち、振るその仕草に目が引きつけられる。

自分が剣を振っていた様を思い返す度…悔し涙か浮かんだが、その時は…なぜだか、浮かばなかった。

 

そして…試合は始まった。

確かに荒っぽかったが…強かった。

相手が剣離し突然蹴り入れてもひょい!と避ける。

そして一瞬で斬り込む、その速さ。

 

心臓が、早鐘のように鳴った。

その少年がもっと成長し、堂とした体格曝す戦士として戦う姿が瞳に浮かぶ。

 

どきどきした。

相手が突然腕掴み、右腕肩殴りつける。

彼は顔しかめ、肩下げる。

利き腕の肩だ。痛めると不利になる。

 

が途端、少年の髪が、かっ!と赤く染まったように見えた。

瞳は黄金(きん)色に輝く。

 

痛めた右で、がっ!と剣を振り切る。

その素早さに、相手の表情が変わる。

 

相手が怯んだ隙に、一気に斬りかかる。

その様は獅子の如く。

赤い髪がばっ!と散り、黄金の瞳がきらり…!と光る。

 

「それ迄!」

 

振り切れば殺っていた。

が、彼は振り切った。

…相手の頭頂掠める。

 

声が飛んだ途端、剣の軌道変えていた。

 

試合終了後、直ぐに商人のテントを潜った。

「彼を買いたい」

だが相手は袖にする。

「あいつは大臣家がいつか高値付ける男になる。

あんたに、出せるのか?」

 

金はあった。

が、法外だった。

 

南領地ノンアクタルの、大臣家が目当てか。

「幾らなら譲る」

値を聞いて耳を疑った。

が、ある。

歴史あるヴィラヴィクス邸。

買い手は大公家。

どうしても欲しいと…付けた値が同じ。

 

迷わなかった。

必ず金を用意する。

言って、直ぐ使者を大公家に出し、ヴィラヴィクス邸を譲ると言って、金を送らせた………。

 

金を差し出したときの、奴隷商人の顔。

 

が、受け取り直ぐ…彼を引き会わせた。

オーガスタス。

その名だった。

 

近くで見た時、解った。

傷だらけ…だった。

 

俺と同様か?

やはり…痛くないと強がって、ロクに手当てしなかったのか…?

 

どうしてだか…近くで会うと、親しみを感じた。

予定してなかった。

が、言った。

「お前を養子にする」

 

オーガスタスは俺を見た。

物好きな奴。

そんな風に。

だから言った。

「お前が近衛で名を上げれば家名が上がる」

オーガスタスはやっと…頷いた。

 

南領地ノンアクタルから領地へ帰る馬車での中で、聞いた。

「馬車の事故で両親いっぺんに亡くしたのか?」

オーガスタスの横顔には何の感情も、浮かびはしなかった。

が、掻きむしられるような胸の痛みが横の彼から沸き上がるのを感じたから、顔背け、言った。

「俺の両親も、馬車の転落で一辺に死んだ」

奴が、俺に振り返った。

驚いたような表情。

俺はむっつり…見返していたかも知れん………。

 

ヴィラヴィクス邸は売っぱらっちまったから、別邸で使っていた屋敷に移り住んだ。

小じんまりし、手入れもそこそこだが庭だけは広かったから、男二人には丁度良い。

 

俺は…その馴染みの無い屋敷に両親の面影や思い出を見いだせなくて落ち着いたのか…それともオーガスタスを得て落ち着いたのか…それ以来、深酒をしなくなった。

 

オーガスタスは聞いたら、11だと言った。

13にしとかないと、あの試合に出られなかったから、誤魔化したと。

 

だがもっと年若い頃から試合に出てたから、皆本当の年齢を知っていたと。

 

11にはとても、見えなかった。

落ち着き払い…大人びた表情の…あまり感情を見せない面構えのいい、鍛え抜かれた男…。

 

とりあえず剣の講師を付ける。

庭であの赤い髪をたまに、見る。

大抵…傷付いてた。

 

怪我を負うと猛攻が始まる。

剣の講師でも、捌くのに苦労していた。

俺は吐息を一つ吐き、執事に薬箱を用意させる。

 

だがどうしても可笑しい。

必要無い。と突っぱね続けた俺が…奴の傷を心配する事が。

 

だが感謝してる。

奴が居る。

そして…戦ってる。

俺の代わりに。

自由に。生き生きと………。

 

どうしてだか、癒やされる。

とても…見ていられないと思ったのに。

 

思えば…昔のように動き回れない苦しみはどうやら、神聖騎士宿舎で消えたようだ。

 

あの時…納得したのかもしれない。

足の捻挫の手当てをしていなかった。

その報いで、受け取るしか無い結果なのだと。

 

オーガスタスが13に成った時…かつての婚約者に会った。

てっきり結婚してるものと…思った。

会い…しゃべり…。

そして一夜を過ごし…別れた。

 

辛すぎた。

彼女の中に、まだ足が動いた頃の昔の俺が居た。

 

俺はもうその俺とは別人だと…解りすぎて辛かった。

別れ際、彼女に言った。

「ヴィラヴィクス邸はもう、無い」

その女主人に、彼女は決して成れない。

彼女にヴィラヴィクス邸は似合いすぎた。

彼女は顔歪め、泣いた。

だが俺は…代わりに得たものの素晴らしさに、後悔は無かった。

 

昔の俺に、俺は成れない。

だが俺は、昔の俺を、取り戻した。

オーガスタスと言う名の、別のもう一人の俺を。

 

オーガスタスが教練に上がり、家を出俺は…思った。

また酒浸るか?

 

だが不思議な事に…奴の帰省を楽しみにしてる。

奴が教練に居る事が、どういう訳か楽しい。

 

奴が帰った所で、様子をちょいと聞くだけで、大して話さない。

が…奴の存在がどういう訳か、嬉しかった。

いつも…俺をそっ…と見やる。

そして…無言の瞳で、こう言う。

 

“近衛で俺は、必ず手柄を立てる”

 

それが俺への恩に報いる事だと、そう言うように…………。

 

恩は俺が受けた。

助かったのは、俺の方だ………。

 

言った事が無い。

そんな言葉を。

 

奴が、教練宿舎に帰る時、俺は必ず尋ねる。

「俺は…楽しそうか?」

オーガスタスは肩竦め…呟く。

「まあ…俺にはそう見える」

「ならいい」

 

奴は毎度不思議がる。

がそれが…奴が近衛で手柄立てる決意への…返答と、気づいてるのかどうか………。

 

ゼッデネスはまた、くすくすと笑った。

オーガスタスは約束道理近衛に上がり、上がった途端、左将軍補佐なんて大役を射止めたからだ。

 

 

 

 左将軍の呼び出し受け、オーガスタスは扉開ける。

「…また、ムストレスの横やりか?

俺の口調がぞんざいだったと?」

 

ディアヴォロスが机前で微笑む。

「君には義父が居たろう?

君の誕生日が直だから、出来れば君の義父と共にある場所で祝いたい」

 

オーガスタスは途端、口ごもる。

「教練前確かに義父はしてくれたが…教練上がってから、誕生祝いはダチと酒場で祝杯が定番だぞ?」

 

ディアヴォロスはそれでも、微笑った。

「彼らも招待しよう。

私のつてで、女性も構わないかな?

あまり身分の高くない女性を選ぶから」

 

オーガスタスは若く男らしい美しさたたえ、気品溢れる上司の、その顔をマジマジと見た。

 

「…出来れば前日、そこに君の義父と出向いてそのまま、泊まって欲しい」

 

オーガスタスはじっ…とディアヴォロスの顔を見た。

「これが…あんたの流儀か?」

「だって君は私の、一番の片腕だ」

言われてオーガスタスは、毎度近しい者の誕生祝いを…その相手が一番悦ぶ方法でディアヴォロスがしてるのを思い出す。

 

「…俺の番…って事か」

「どうして自分はされないと思ってるんだ?」

ディアヴォロスに素っ気無く言われ、オーガスタスは肩竦めた。

 

その日、自宅に帰り数時間後、王族の馬車が訪問する。

オーガスタスはゼッデネスと共にその馬車に乗り込んだ。

 

道が進む毎に、ゼッデネスの表情が変わる。

そして…門の前に馬車が止まり、門が開くと…ゼッデネスは微かに感激するように、震った。

「…知ってる屋敷か?」

オーガスタスの問いに、ゼッデネスは答えなかった。

いや…答えられなかったのだ………。

 

ヴィラヴィクス邸。

その懐かしい佇まい。

 

オーガスタスを迎えてから…荷を取りに、一度訪れはした。

その時はもう、新しい家人の趣味で、けばけばしく飾り付けられ、懐かしい母の愛した調度品は、けばい家具の隅に、隠れていた………。

 

ごてごてとした飾り。

あの…落ち着きと優しさと…包み込むような歴史を刻んだ風情は消え…ただの悪趣味でへんてこな屋敷に変わっていた。

 

だが…オーガスタスを得たゼッデネスは構わなかった。

 

ここを愛する両親は…もう、居ないのだから………。

 

だが…!

屋敷を目にすると再び心が震えた。

 

良く、昼寝をした大木の枝。

あの…花畑の前で…シュスーラと笑い合ってキスをした………。

 

あああの…テラスで母はいつも…美味しいお茶を煎れてくれた………。

 

ゼッデネスの瞳に、幸せだった幼い頃が蘇る。

オーガスタスが、ぼそり…と言った。

「ここが…ヴィラヴィクス邸なのか?」

 

ゼッデネスは振り向かなかった。

潤んだ瞳を、見られたくなくて。

 

玄関に馬車は止まり、扉が開く。

「ダルディアス公が、私の養子の誕生祝いを?」

言って顔を見る。

執事はかつての主人を見、瞳を潤ませた。

「ディキス…そのまま…努めていたのか?」

「アリアナもロンゲスもおります!

旦那様!

お久しぶりでございます………」

老執事の瞳が潤み、ゼッデネスは顔を、伏せた。

がぼそりと言う。

「いい主人で、良かったな…。

俺は…お前達の進退については何も………」

「でも…調度も私どもも、そのままと…そうおっしゃったと………」

「俺が言ったのは…執事も使用人も、調度も込みで売るから、最高値で買ってくれと………」

「それでも大公様は、私どもを大切にして下さいました」

ゼッデネスはようやく顔を上げ、ほっとしたように言った。

「それを聞いて安心した」

 

扉を開けると、犬が尾を振り飛んで来る。

「アレクサンドル!

まだ…生きてたのか?」

「アレクサンドルは昨年老衰で…これは息子でございます」

「そっくりだな…」

 

言って…顔を上げたゼッデネスは、呆然とした。

そのまま………昔そのままの玄関。

 

だが、以前訪れた時、この広い玄関ホールにはもっと…金がふんだんに使われた飾り物がごてごてと………。

 

「……………」

執事は

「こちらでおくつろぎを」

言って横の、応接間に通す。

 

ゼッデネスは室内を見回す。

そこらかしこに幻影が…見える。

客が居るのに、アレクサンドルの親…レキサスと一緒に駆け抜けて母に叫られた。

「どうしてここを抜けるの?!

お客様に、失礼でしょう?!!」

 

俺は笑って………笑って…レキサスと……。

そのレキサスも昔死んだ。

息子のアレキサンドルはまだ子供で………。

 

良く…纏わり付いて来た。

レキサスに良く似ていたから…いつも、その頭をなぜ、アレキサンドルは嬉しそうに………。

 

足が動かず、酒浸りに成った時、悲しそうに………。

動けなかったから、側で駆け回るあいつに、酒瓶投げつけた事もあったな…。

 

なのに…アレクサンドルの奴、庭で転んで動けない俺の服の裾懸命に引っ張って…。

俺が立てないと解ると、吠えて人を呼んでくれた………。

 

そうか…死んだのか…………。

 

ゼッデネスはその時、老執事が銀の盆を自分に差し出してるのに気づく。

その上の書状。

 

「なんだ?これは………」

「ここの新しい主からの、お手紙でございます」

「新しい主………?」

道理で。とゼッデネスは周囲を見回す。

 

その新しい主は、母が居た頃のここの常連の誰かで…きっと昔を懐かしみこの屋敷から、ごてごてした装飾を取り払ったのだろう……。

昔、そのままだ。

 

そして…手紙を開き、目を見張り…………。

すっかりその存在を、忘れていたオーガスタスを見つけ振り向き…叫んだ。

「どうして…お前の上司はここの事を…!」

 

オーガスタスは俯いたまま…ぼそり。と言った。

「誰…とは聞かないでくれ。

ともかくそいつが俺に教えてくれた。

 

あんたは昔大金持ちで素晴らしい邸宅持ってたが、俺を買う為売っぱらっちまったと………」

「それをディアヴォロスに話したのか?!」

オーガスタスはバツが悪そうに、顔背けた。

「まあ、話の流れで。

あんたには、うんと恩がある。

そう言ったら」

「お前も…一枚噛んでるのか?!

この屋敷が一体幾らすると…お前、それ程の給料貰ってるのか?!」

 

がこの時オーガスタスは眉寄せて少し睨むように言った。

「何の話だ?」

「これは…この屋敷の権利書だ!」

 

言った途端、ゼッデネスにも解った。

オーガスタスも知らなかったのだと。

だって目だけを…まん丸に見開いて、叫んだ自分を見ていたから。

 

すっ飛んで来て、手紙ひったくり、そして読む。

「…あんたのものだと…」

ゼッデネスは怒鳴った。

「その下を読め!」

「これをオーガスタスの誕生祝いにしても多分…彼は賛同こそすれ、怒りはしないでしょう…?

 

………ディアヴォロス」

 

二人はそのサインの主を思い浮かべ、顔見合わせ………そしてオーガスタスは突然部屋を出ようと扉に駆け寄り…だが、振り向いた。

 

が、ゼッデネスは叫ぶ。

「突っ返して来い!

誕生祝いには、高価すぎると!」

 

が、オーガスタスは背と顔をゼッデネスに向け、眉下げて尋ねる。

「あんたは…?けど、嬉しかったんじゃ無いのか?」

 

ゼッデネスはだが、睨んだ。

「幾ら何でも、こんな高い物ポンと、貰えるか!!!」

オーガスタスが、言い淀む。

「だが…あんたはその高い物を俺の為に………」

「だが俺はお前を得た!

かけがえのない息子をな!

この邸宅同様価値あるものを得てる!

一銭足りとも失ってないぞ!」

 

オーガスタスは一瞬、泣きそうに顔歪めた。

「俺には…大してあんたに何もしてないのに?」

「お前に俺の気持ちが解るか?!

居てくれる。

それだけでいいんだ。

お前が俺の息子として、この世に」

 

オーガスタスは、言いたかったみたいだった。

そんな…事だけで良いのか?

その言葉を。

が、飲み込んで頷き、扉閉めて出て行く。

 

ディアヴォロスは近衛軍指令本部の左将軍室に居て、扉を開けるなり言った。

「ちゃんと文面は読んだのか?

君が私の元で10年勤めるのが条件だと言う条項は?」

「………読んだ!

だがあの後の文はどういう事だ!

“私は彼が10年命を落とさず側近を辞める事なく過ごすよう断固として見守るので、事実上は貴方の屋敷と受け取って頂いて構いません”だと?!」

 

オーガスタスは走りずめだったので、息切らし怒鳴った。

が、ディアヴォロスは素っ気無く言った。

「屋敷を突っ返そうと思ったら、私の所を辞めるしかないが、私は君を手放す気は無いぞ」

 

オーガスタスは、沸騰した。

「もっと安い物にしろ!!!」

が、ディアヴォロスは即答する。

「ゼッデネスに言え。

君の価値をあの邸宅の値段だと、そう決めたのは彼だ」

 

オーガスタスは言い返そうとした。

が、この数ヶ月ディアヴォロスと渡り合い、もう解っていた。

彼は引く事をしない。

 

バン!

腹立ち紛れに扉思いっきり閉め、その場を後にする。

 

そしてヴィラヴィクス邸に戻り、ゼッデネスに告げた。

「俺がディアヴォロスの元を10年前に辞めれば、この邸宅を奴に返せる」

 

ゼッデネスは呆れたように首横に振り、言った。

「貰うしか無いようだ。

俺だってお前が左将軍の元を10年前に辞めるとは、思えない」

 

 

 

かつん…かつんかつん…。

 

ゼッデネスは杖突きながら、邸宅内を見回る。

どの部屋を見ても、昔のままだ…。

 

オーガスタスはその…懐かしさで潤むゼッデネスの…瞳を見た。

お茶を持ってきた老執事が呟く。

「つまりそのう…ディアヴォロス様は、皆の記憶を総動員して昔に戻せと………。

この屋敷を良く知るご婦人まで伴われて…」

 

ゼッデネスはオーガスタスを見、オーガスタスも…ゼッデネスを、見た。

 

翌日の誕生会に、悪友はぞろぞろ顔出したが、ディアヴォロスは顔を見せなかった。

 

オーガスタスはそこで、ギュンターを口説いているかしましい妹達を微笑って見守る長女、マディアンと出会った……。

 

 

オーガスタスが左将軍補佐に戻り一人懐かしいヴィラヴィクス邸に居ると…耐えられなかった。

欠けた者が気になって。

 

それで…かつての婚約者、まだ結婚してないシュスーラを訪ねていき…そして、膝を折ってプロポーズした。

 

ゼッデネスの結婚を聞かされたオーガスタスは、ディアヴォロスが微笑っている。

と感じた。

が肩竦めた。

 

相手は光竜身に宿す千里眼。

戦う事自体が、馬鹿げてる。

 

その結婚式の日、オーガスタスは花婿に言われた。

「ディアヴォロスに、礼を言いに行く」

オーガスタスは言った。

「あんたが礼言ってる事くらい、ディアヴォロスはとっくに知ってる。

だがあんたの気が済むなら、きっとディアヴォロスも付き合ってくれるさ」

 

ゼッデネスの横で花嫁が輝くような笑顔で腕を取り…ゼッデネスはもう一度、愛おしい記憶で詰め込まれた、屋敷を見回す。

 

ヴィラヴィクス邸…。

我が心の…。

 

 

懐かしさで瞳が潤む。

今は亡き、母と父がそこで微笑浮かべ、式に参列してる気がした。

微笑返す。

幻のように、透けた二人が、頷き返す。

 

屋敷に馴染む麗しのシュスーラの手取り…ゼッデネスは絨毯の上を歩く。

周囲、祝福する懐かしい顔、顔、顔…。

見回しながら、もう一度振り返る。

 

赤い髪のオーガスタスがそこに見える。

奴を手に入れ、全てが戻って来た。

文字道理、全てが………。

 

オーガスタスが、頷く。

ゼッデネスは潤んだ瞳で、頷き返した………。

 

 

END

 

 

 

 

 

 

-3ページ-

 

 

失われた者へ告げる言葉

 

 

 

 

 

 

 

 ゼッデネスは取り戻したヴィラヴィクス邸で、楽しそうに忙しく動き回る妻を見ていた。

 

書斎の明け放れた窓の外。

庭の手入れを庭師に指示してる…。

 

アレクサンドルの息子、ユージェニーが尻尾振り、まとわりついても、笑って「いけない」をし、尻尾振り続ける犬に屈み、尚も言い含めてる。

「駄目。よ。

貴方と遊んでいられないの!」

 

ゼッデネスは、目を細める。

母の姿が彼女にダブる…。

 

母もそれは…この館を愛していて…いつも楽しそうに、この館の重厚な美しさを保つ為、毎日召使い達に指示を与えていた。

母だけで無く…召使い達も皆、母の指示に従いヴィラヴィクス邸を美しく保つのに…誇りを感じ、楽しそうに仕事をしていた。

 

庭の彼女が、書斎で見つめてる俺に気づき、笑顔で手を振る。

「もう、お茶よ!

出ていらしたら?!」

「もう少し片付けたら、頂くよ!」

 

叫び返すと、彼女は笑顔で頷く。

そしてやっぱり…駄目。を聞かないユージェニーが纏わり付くのを、笑顔で阻止する。

「駄目よユージェニー!

する事がたくさんあるの!」

 

庭師がはしごの上で、作業の手を止め女主人に告げる。

「…こいつ…嬉しくて仕方ないんでさ…。

いや、わしらここでずっとお世話してる者みんな…以前のような…奥方様が帰ってきたと…喜んでるもんですからね。

奴にもそれが、きっと解るんでしょう…」

 

シュスーラはそれを聞くと…尻尾振ってるユージェニーの、頭をそっ…と撫でる。

「私…亡くなった奥様に似てる?

肖像画を拝見したけど…」

 

庭師ははしごの上で振り向く。

「お姿で無く…声の調子とか…そう、この館をとても愛していらして、その…いつも楽しそうな様子が………」

 

シュスーラは言われ、俯き…そして書斎から見つめてる俺に振り向く。

 

頷くと、シュスーラはそれを受け…頷き返した。

 

初夜の晩、寝室で彼女に散々言われた。

結婚式に来ていた客に、聞かされたんだろう…。

「私、この屋敷が目当てで貴方と結婚したんですって!

貴方がこの屋敷を取り戻した途端、貴方と結婚したから!」

 

微笑って言い返す。

「違うのかい?」

彼女は寝間着で鏡台の前で髪をとかしながら、怒った顔で言った。

「いいえ!その通りよ!

私はヴィラヴィクス邸が大好きだから、貴方と結婚したの!」

 

寝台の上で横たわり、彼女に腕を差し出す。

「…おいで」

彼女はやって来ると、身を寄せ…俺を見下ろし唇を開く。

 

だからその唇が声を発する前に…人差し指を当て、微笑って言った。

「…この館も俺も…愛してくれる人が必要で、君はそれを一辺に出来る人だから妻に迎えた」

 

彼女はそれを聞いて、じっ…と俺を見つめる。

そして少し、哀しそうな表情で呟く。

「私…足が動かない貴方でも平気…。

貴方が戦いに…出かけて死体で帰って来る不安に、襲われなくて済むもの」

俺は…言葉出ず、彼女はそんな俺に、口付けた。

 

 

庭で植え付けをする召使いに指示を出す彼女はそれでも見つめている俺に振り返りる。

彼女は幾度も尋ねる。

その瞳で。

表情で。

 

…陽光溢れる白石のテラスで、豊かな木々を背景にして。

 

「この館と貴方は愛を二分しても平気なの?

この館はまるで貴方の…」

俺は幾度も微笑みかける。

この館を心から愛してる、君をとても愛してると。

 

母の幻影が見える。

母が生きていたらきっと…シュスーラに、この館について色々と教えたろう。

そして彼女達は…共に館を愛する者として…楽しげに徒党を組んだに違いない。

 

そして父はきっと…忙しく動き回る妻を見、同様の身となった息子の俺に、笑顔で呟く。

「お前も…ヘタしたら、館の二の次だぞ?」

 

だが楽しそうな妻達を見、そんな姿を幸せそうに見つめる父に、自分は頷く。

「…きっと、そうでしょうね…」

 

自分も父同様、幸せそうな妻をやはり…幸せそうに見つめているのだと、自覚して………。

 

 

ゼッデネスは溜息を吐き、シュスーラが午後のお茶に引っ張り出しに来ない内に…と、チェストからミニチュアの肖像画を取り出す…。

 

私物は…この館を出る時持ち出し…ほぼ全部、別邸の納屋に終われていた…。

もう…出す事も無いと思っていた、近衛時代のそれ…。

 

そしてゼッデネスは一つの…肖像画を取り上げる………。

小さな額に入っているその、姿………。

 

オーオールディーン…………。

 

幾つ年上だったろう…?

教練の上級生にいなかった。

だから…四つは確実に、上の筈だ。

近衛入隊時の…隊長だった………。

 

そして…ゼッデネスはその時初めて…あの奴隷小屋でオーガスタスを見た時、なぜすんなり受け入れられたのか、突然理解出来た。

 

オーオールディーン…。

彼のような…落ち着き払った風情…………。

堂とした、立派な上背と体躯…。

 

 

親しみを感じたのは…近しく感じられたのは…オーオールディーン。

 

あんたに、似ていたからか…。

 

 

新兵で大貴族の自分に、オーオールディーンはそれは、手を焼いてたな。

居並ぶ隊長の中彼はその風格で一際目立ち、俺達は彼の隊に居る事が幸運に思えた。

けど…彼は身分低い平貴族だった。

 

が、近衛ではいざ戦闘となると身分より実績………。

生意気は初の戦闘の時消えた。

戦場で、オーオールディーンの戦い振りを見た時に…。

 

彼は圧倒的に強く、戦に不慣れな新兵を助けてた。

 

が、振られた彼の視線に自分は瞳でこう…答えた。

「(俺は助けは必要無い)」と…。

 

オーオールディーンはフイ…と顔背け別の…助けの必要な、新兵の元に走り、がつんがつん!と剣受け蹌踉めく新兵の、敵を背から斬りつけ一撃で倒し…。

振り下げた剣先に滴る赤い血を今でも…思い出せる。

 

助けられた新兵は…が、そのオーオールディーンの野獣のような凄まじい迫力に一瞬怯え…オーオールディーンが気づいて戦意解き、手を差し伸べた時、初めてほっとして…その手を、借りた。

 

強かった。

身分が低かろうが…准将迄上り詰めるんじゃ無いかと…噂されていた。

 

隊員の中で一番身分高い生意気な自分をいつも…ジロリ…と見…そんな彼に俺はいつも、反発していた。

けど…一度怪我を負った時、助けに入ってくれ、敵をやはり…一撃で殺し、俺を見た。

が俺は瞳で、彼に訴えた。

要らないと…!

そんな、情けない男じゃないと…!

俺はいきり立って彼を、睨め付けた。

 

が、彼は視線振る。

直ぐ斜め後ろから敵に斬りかかられ、俺は…蹌踉めいた。

 

オーオールディーンの、身が突進して俺を抱き止める。

同時に剣振り下ろし敵の血飛沫背に…浴びる。

 

抱かれたその腕は、大きな…獰猛な………けれど同胞には限りなく力強い温もりだった。

 

オーオールディーンは俺を腕から放し、そして無言で見つめ…背を、向けた。

 

その一瞬で彼の心が解った。

どれだけ生意気な態度取られようが…自分はまるで彼の子供のように心配な存在なんだと。

 

その大きさが悔しくて…子供のように思われてるのが腹立たしくて……けれど同時に、誇らしかった。

 

どれだけでもその誇らしさを否定した。

酒場で仲間達は皆、素晴らしい自分達の隊長を褒め称えている間中、ずっと…………。

 

皆、俺がオーオールディーンを、嫌ってると思ってたな………。

この肖像画は…どうして手に入れたんだっけ………。

 

その日の事を、ゼッデネスは思い返す。

苦い表情になってる。

自分でもそれが、解った。

 

オーオールディーンは准将へと推薦する多数の声を、裏切った。

恋に、落ちて………。

 

仲間達は皆、彼の駆け落ちを手伝った。

自分は…巻き込まれたんだ………。

 

彼に、会う気は無かった。

 

そんな手はずじゃ無かった。

 

彼の駆け落ちの計画を仲間達が立てた時。

 

 

大公と結婚の決まった彼の想い女(ひと)を館から…連れ出す役に駆り出された。

自分は隊の中でも一番身分が高かったから…名乗れば家人も信用する。と言われ。

 

昼で扉が開き…彼女を目前に迎えた時…彼女は悦びに溢れていた。

着飾った彼女は美しく…だが愛に満ち、輝いていた………。

 

一切を捨て…何もかもを捨て………。

なのに彼女には迷いは一っ欠片も無く、愛する人と暮らす悦びしか、見い出せない。

 

オーオールディーンの元へ彼女を導く仲間に、彼女を手渡せばそれで俺の役目は終わる筈だった。

が、合流する直前襲われた。

 

彼女の婚約者、大公の付けた追っ手が急襲し…俺は彼女を庇い、大公の配下と戦いながら俺に叫ぶ仲間の声を聞く。

「頼む…オーオールディーンに!

彼に何としても彼女を………!」

 

怪我しながらそれでも、仲間達は大公配下の男らと戦い、俺は彼女を託され…華奢な手引き必死で駆けながら、それでも俺は…思ってた。

間違いじゃ無いのか。と。

この逃避行は。

 

オーオールディーンは全てを捨てる。

彼女と逃げれば。

輝かしい准将の椅子が目前。

 

だが…それが消える………。

必死な彼女の手を引きながら見つめる。

 

引き替えが…彼女か?

それ程…価値が、あるのか…?!

 

仲間が隠していた馬を見つけ、彼女を乗せ…そして…遠目で戦う、仲間らを見る。

皆、オーオールディーンの為…戦場で受けた彼の恩返そうと、必死で戦っていた。

 

けど…去って行く。

彼は、俺達から。

 

目が…潤んだ。

それでも奴らは必死で…彼の宝を彼に手渡せと………。

 

手綱を、引く。

拍車駆ける。

 

追っ手は三騎。

夢中で走らせ…木々の中で止める。

 

そして…彼女を下ろし剣持ち…叫ぶ。

「俺を殺さない限り、彼女は取り戻せないぞ!」

 

 

倒れ伏す三人を尻目に、彼女を再び馬に乗せる。

まだ手に剣を振った時の…手応えが残っていた。

三人の内…一人は死体に、成ってたかもしれん…。

それ程、思い切り振った。

俺はオーオールディーンの、子供じゃないと。

一人前の…立派な剣士だと…。

 

そう、言いたかった。ずっと。奴に。

けどこんな時…こんな時に………。

奴が去って行き、嫌でも俺達は…大きな庇護を無くす、こんな時に奴に言うなんて!

 

涙が出た。

悔しかった。

奴が居る時、言いたかった。

 

俺はあんたに助け借りなくても、やって行けるんだと!

突き付けたかった!

認めさせたかった…………!

 

……………彼女は…大きなオーオールディーンの腕に飛び込み…そう、文字道理、飛び込んだんだ。

 

オーオールディーンは途端高い背屈め、彼女を抱き止めた。

俺は、惚けていた。

未だに…信じられなかった。

見送りたくなんか、無かった………。

 

もしこの駆け落ちに参加していても…去る彼をこの目で見てなんていなかったら…。

家の事情で…そんな理由で、彼が消えた事を飲み込んだろう……。

けれど、違う!

彼は、自分の意志で俺達を捨てる!

 

腕に愛する女性を抱き…その男は身を、起こす。

戦場で見た…誇り高い仲間思いの…野獣の姿。

 

静かな瞳が、後悔は無いと、告げていた。

俺は………頬に涙が滴り…もう悔しくて…。

奴にそれを見られた事が悔しくて、拳握った。

握りしめた。

 

奴の、静かな声。

「アッデスタらは…?」

「大公の、追っ手で………」

「そうか………」

 

怪我してないな?

奴が言おうと顔上げ、声が発せられるその前に、俺は言った。

「怪我はした。

が、仮にもあんたの隊の近衛騎兵だ。

死にはしない」

 

オーオールディーンは微かに頷く。

そして…涙頬に伝わせる俺に、微笑う。

 

その…切なげな微笑は一生俺の心から消えないと…その時俺は、予感した。

叫んでた。

「准将だ!

あんた…解ってんのか?!

准将なんだぞ?!

あんたが棒に振るのは!!!」

 

だが彼の心にその言葉は…何の波紋も引き起こさない。

だからとうとう…背を向け去ろうとする彼に、俺は怒鳴った。

「俺達を…さんざ、戦場で庇い甘やかしてきた俺達を…捨てるのか!

あんた無しで戦えと俺達に………!」

 

もう…言えなかった。

認めたも同然だ。

認めたくなかったが、こんな…形でなんか、無い!

准将の椅子に座ったあんたに…俺は言いたかった!

あんた無しでも平気だと!

俺は立派にやれるんだと!

 

あんたに……………。

 

もう俺は…去って行く彼を見られなかった。

大きな…大きな翼だった。

あの血と刃と……そして殺意がぶつかりあう戦場であんたは…確かに俺達をその、大きな両腕で…護ってくれていた…。

 

あんたが居たから…どれだけでも強気で居られた。

あんたがいたからこそ俺達は…何も…怖くなかった。

 

どれだけの恐怖も……耐えて、行けたんだ…………。

 

俺は…その草たなびく丘の上で、あんたの去り行く…傍らに宝物を抱き、去り行くその背を見て…告げた。

 

“ありがとう…”

 

 

幾度も幾度も…絶対一生面と向かって言ったりしないはずの、その言葉を………。

ずっと呟き続けてた。

 

 

酒場で皆、怪我で呻き、それでも酒を、煽った。

祝杯の…筈だったが、皆沈黙していた。

誰もが…言えなかった。

失ったものが、大きすぎて。

良かった。とも…寂しいとすら口に出来ずに………。

 

酒場にやって来た職人が仲間を探し、振り向く仲間に何かを手渡す。

手渡された仲間はそれをテーブルの上に置き…言った。

「…今頃、出来てきたか………。

准将に直成るから…」

 

それは…近衛で恒例の、内輪祝いだった。

隊長が准将に選ばれた時…隊員に配られる…隊長の栄えある小さな肖像画………。

 

それぞれが違う表情で、だがどれもが彼だった。

「ほら…好きなの、取れよ」

 

…それは奴の准将祝いの筈だ。

だが誰もが無言で、一つ取る。

 

一人がとうとう…手に取ったそれを見て、泣いた。

次々と皆、肩揺らす。

この中で、一人だって…疑わなかった。

准将に選ばれた彼のその…栄位式を迎える日の事を…。

残った二つの、一つを取る。そこには…。

 

准将の制服とペンダントを付けた彼の…晴れやかな姿が、描かれていた。

永久に、彼が着る事無く付ける筈も無い…その証。

 

自分達のした事を、誰一人後悔してないのは解ってた。

ただ…切なかった。

誰もが…生意気言った、俺ですら彼が…彼の事が、好きだった………。

 

誰も…その後の彼の事は、知らない。

ただ彼は…迷っていたと。

自分の昇進で無く彼女の為に。

 

彼の…家族の事は知らない。

ただ…叔父と名乗る男が彼の、残った私物を取りに来た。

皆がその男を取り囲んだ。

オーオールディーンの母親は彼が産まれた時死に…父親は賊と戦い死んだと…。

だからオーオールディーンは近衛で民を護る騎士になりたいと…。

 

俺以外の隊員の、幾人かはそれを知っていた。

そして必死で聞き耳立てる。

「…連絡は?」

 

彼は、首を横に振る。

「…ずっと…大公家の見張りが張り付いてます。

…三ヶ月も経った、今でも…………」

 

だから…仕方無かった。

その後の彼の消息が分からなくても。

皆、彼が…どんな所にでも配下の居る大公家に見つかって、愛する女を連れ去られないよう…祈るので必死で…。

 

連絡が取れず、姿も噂も…無いのは良い事だと。

二人はどこか…大公家の手の届かない場所で、きっと幸せなんだと……………。

そう思うしか、俺達に術は無かった。

 

 

ゼッデネスは震える手でそのミニチュアの肖像画を持ち上げる。

 

目が潤み…まだ、泣ける。

若かった頃の…熱い思いが蘇る。

今だったら…あんたに言えたろう。

あんたがとても…好きだったと。

あんたの隊に居られて…最高に光栄で誇りに思ってる。と。

 

「(老けたな。ゼッデネス)」

ふ…とそんな声が聞こえた気がして…ゼッデネスは顔、上げる。

 

見ると戸口にオーガスタスが…こちらを見ていた。

俺の瞳に涙が見えたのだろう。

見てはいけないもの見たように顔、フイ…と背け、呟く。

「邪魔したか?」

 

その時…ゼッデネスは思い出した。

その…顔………。

 

オーガスタスの顔の上に、あの日………手を握り追っ手から共に逃げ続けた…彼女の面影が重なる。

 

「…お…前の…父親…の名を、聞いた事無かったな?」

掠れた声で尋ねると、オーガスタスはぼそり…と告げる。

「…オーオールディーン………」

 

オーガスタスはそれをさりげなくその名を口にする。

が、ゼッデネスの息は一瞬止まった。

そして突然、オーガスタスの境遇を思い出す。

 

駄目だった。

手で口を押さえても…涙が噴き出す。

 

死んだ…のか。馬車に轢かれて…。

彼女共々…!

 

涙が次々と滴り、止まらない。

身を屈めるゼッデネスにオーガスタスが駆け寄り、その肖像を………。

 

ゼッデネスは吹き出る涙を滴らせ、必死で手で、叫びそうになる口元抑え、心の中で呟く。

 

ああだから…。

俺はヴィラヴィクス邸を手放すのに何の後悔も無かった…。

オーガスタスに同等の、価値があると心のどこかで、知っていた。

 

どうしてまだ少年のオーガスタスが庭で剣を振っている姿見るのが楽しかったか…。

どうして…奴がただ、側に居る事がこれほど嬉しかったのか………。

 

「………………」

オーガスタスはその肖像を見、やはり俺同様口が聞けなかった様子だった。

が、言った。

「知って…たのか?

親父の事を?

だから俺を…?」

 

俺は声を絞り出してた。

「親父を、知っていた。

けどお前が息子だと…たったの今、知った………」

 

どうして…あの奴隷小屋で奴に一目で好感抱いたのか…。

生意気な口聞かれようが、所作が乱暴だろうが…不思議と奴の事を信頼出来たのは………。

 

全部、繋がる。

だが言いたかった。

どうしても。

オーオールディーンに。

 

どうしてあんたは…!

いつも俺を裏切る!

 

俺は…俺はもう一度あんたに会うつもりだった。

こんな風に足が動かなくても…どんな様でもあんたにもう一度………。

会ってそして…。

生きて…目前に居るあんたと…宝物の奥さんの…今はもう、落ち着いて幸せな家庭を…見るつもりだった!

 

その側で…坊主の、客としての俺を見るオーガスタスと、出会う筈だった!!!

 

どうして………!!!

 

…こんな…裏切りは酷い…!

酷いじゃ無いか…………!

 

椅子から崩れ落ちて泣き伏す俺の背にオーガスタスは手を添え………俺を、労り続けてた……………………。

 

 

知らせを受けて、かつての同僚、悪友達が次々に訪れる。

皆、今は殆ど近衛から抜けていた。

 

それぞれの役職に収まり…そして…近衛で歴代准将の、肖像画に飾られる筈だった男の息子に、会いに来る。

 

駆け落ちした…奴の母親の両親も、やって来る………。

振った相手は大公家。

彼らは侯爵だったから…それは肩身の狭い思いをした事だろう…。

が、娘の死を知らされ、母親は泣き崩れた………。

 

シュスーラが…そっと横に立つ。

そして…手を、握ってくれている。

 

途端…自分の手にしたものを思い出す。

その手を、握り返し思う…。

 

彼の最後の静かな瞳。

だから俺は言う。

「ヴィラヴィクス邸は…資産でも金でも無い…。

この館は…」

「知ってるわ。知ってる……もう一人の…貴方ね?

貴方はこの館と一つで初めて…貴方のなのよ」

 

「それでも…惜しくなかった。

オーガスタスの為なら。

売っぱらっても」

 

シュスーラが見てる。

俺は…オーガスタスの母方の祖母にあたる女性が娘の死を知らされ、床に膝付き…涙が止まらない姿を見つめるオーガスタスが、それは戸惑ってどう、声かけようか、困ってる姿を見続けた。

 

「つまり…つまり俺に取って俺は…オーオールディーンは…」

「それ位、価値のある人だったのね?」

「…酷い…本当に、酷い裏切り者だ………。

俺達を捨てて、女に走った。

ここに居る、みんな捨てて、たった一人の女に」

「でも貴方は、オーガスタスが憎くないのね?」

 

シュスーラに言われ、彼女に振り返る。

そして…俺は頷いた。

娘の死に泣き崩れる妻を夫が抱き止め…ほっとするオーガスタスに、かつての父親の部下達が声かける。

皆…嬉しそうにオーガスタスを、見つめ取り囲む。

次々に口開く。

オーガスタスに…オーオールディーンの思い出話が出来るのが、心から嬉しい様子で。

 

だが俺はシュスーラに呟き続けた。

「あいつ…は、あんな場所で出会う筈じゃ無かった…。

オーオールディーンと…アンナネスタに…

『息子よ』

そう…紹介されるはずだった……」

「でも、出会えたわ…」

 

彼女に、振り返る。

シュスーラは微笑んでいた。

「でも、出会えたのよ。

きっと喜んでるわ。

例え亡くなっていようが」

 

ゼッデネスは涙が溢れ出るのが解った。

が怒鳴った。

「それが…一番酷い裏切りだ!

俺は…もう一度会う気でいた!

年取って落ち着いたあいつの親父に…若くて言えなかった時の言葉を全部、言う為に………!」

 

そうして………顔伏せるゼッデネスに皆が、注視した。

シュスーラが優しく囁く。

「きっと全部…聞こえてるわよ。

彼はきっと聞いてる。

貴方の言いたい、言葉全部」

 

解っていた。

我が儘だと。

無理だと。

伝わろうが…そんな事どうだっていい。

目前の…生きてるあんたに言いたかった………!

 

オーガスタスが、そっと寄り来る。

「俺じゃ、駄目か?

代わりに、聞くぜ?」

 

目前に立つその面影に、アンナネスタの姿が重なり…長身の立派な体躯の上に…オーオールディーンが重なる。

 

「捨てられて、辛かった!

見送るのは、辛かった!

だがそれでも…伝えたかった。

あんたの隊員で居られて…嬉しかったと!

誇らしかったと!」

ゼッデネスは訪れた悪友共を指さし、尚も叫ぶ。

「奴らは…皆、素直にそれをあんたに言えた。

だが俺は最後迄…あんたにそれを、言えなかった!

認めたくなかった!

あんたに頼ってる事を!

俺は一人前だと………」

 

もう…ゼッデネスは顔を伏せた。

涙が…止まらなかった。

「一人前で怖くなんか無いと…思ってなきゃ、戦場になんて立てなかった………。

俺はあの時新兵で…………。

縋りそうで怖かった。

あんたが居なくなったら戦えなくなりそうで…凄く!

怖かった!

だから………うんと…あんたを遠ざけるような事を言った!散々………言い続けた。

 

だがあんたが愛する女を腕に抱き背を…向けた時……後を追ってあんたを掴まえて、縋り付いて叫びそうだった。

「見捨てるのか!」

そう…。

今更あんたに頼り切ってる俺達を、見捨てるのか?!と!」

 

ゼッデネスの叫びに同様捨てられた…室内の誰もが無言で賛同していた。

 

だがゼッデネスは声を、絞り出した。

「それでも…知っていたから!

俺はあんたを許した!

あんたは誰よりも…彼女と居て幸せだと!

だからこれは!

酷い裏切りだ!

どうして…見せてくれない!

あんたが幸せな家族と共に粗末だろうが見窄らしかろうが…温かい我が家に招待してくれ…

『これが俺の自慢の息子だ』と!

どうしてオーガスタスを紹介してくれない!

俺は…見てない!

幸せそうなあんたを!

全て捨ててそれでも誇らしげに…愛する妻と大事な息子を………俺に………………」

 

ゼッデネスが崩れ落ち、オーガスタスは手を差し伸べようとし…そして…ゼッデネスは顔上げて絶叫した。

 

「あれが…最後か!

あれがあんたを見た、最後か!!!

そんなの、あんまり酷いじゃ無いか!!!」

 

オーガスタスが身を振るわすゼッデネスを、抱きしめる。

戦場で自分を抱いた同様のデカイ体躯…だがアンナネスタの、繊細な優しさを伴う…オーガスタスを、顔上げて見る。

「お前の親父は…なぁ?息子のお前には解るな?

みんなに…頼られてた。

慕われて…好かれてた」

 

オーガスタスは困ってた。

眉間を哀しげに寄せて…。

だから怒鳴り付けた。

「だから…俺みたいな奴にこんなに泣かれても、仕方無い奴だったんだ!

解るか?」

 

オーガスタスが、微かに頷く。

「見ろ!

その肖像画を!

あれが、実現したか?

…これだけ酷い、裏切り者だから…俺にこんなに…泣かれるんだ!

お前もそうだな?

あいつに死なれて………酷い裏切りを感じたろう?」

「だが親父は悪くない。

彼は生きたかった。

お袋もだ。

あんたに…会って妻と息子を、誇りたかったさ…………」

 

ゼッデネスはその言葉を聞きようやく…オーオールディーンの立場を思い出した。

その気持ちを。

想いを。

 

オーガスタスの肩を借り、痛めた足引きずり、椅子にかけた。

そして…横に立つオーガスタスを見上げる。

「無念…だったか?」

オーガスタスが、頷く。

 

ゼッデネスはようやく…潤んだ瞳で頷き、顔を下げた。

 

 

 

それ以降、三日は屋敷に居座る悪友達にゼッデネスは散々

「ゼッデネスはことある毎に、お前の親父に楯突いて困らせてた」

と聞かされる羽目になった。

 

ゼッデネスはオーガスタスを見る度、母親似の顔の上に、アンナネスタの面影を…そしてその風情と体格に、オーオールディーンを見つけ、肩竦める。

 

「…解らなかったはずだ…。

お前、親父と違って綺麗な顔の、男前だもんな…」

それ聞くと、オーガスタスが眉寄せる。

「俺のどこが綺麗だ?」

 

途端、悪友達が声揃える。

「オーオールディーンにに比べてだ!

奴は凄い鷲鼻だった!」

「体格と瞳の色はそっくりだが、顔立ちはほぼ、母親似だな?」

「さ程ごつい顔と、思った事無かったが…お前と比べると確かにごつい気がする」

 

奴らはこの歴史ある美しいヴィラヴィクス邸とシュスーラのもてなしが気に入り、オーガスタスを、左将軍ディアヴォロスの呼び出しがかかるまで、引き留め滞在した。

 

オーガスタスの消えたヴィラヴィクス邸の、朝のテラスでの朝食で、皆ぼやく。

「行っちまったな」

「あいつ、雰囲気は親父そっくりだ…!」

「ここに居る間中オーオールディーンの話ばかりして、それでもまだ足りないのか?」

一人が言って、皆シン…とする。

 

皆、同様だった。

きっといつか…大公家が奪還と報復諦め、家族紹介するオーオールディーンに招待される日を、待っていた。

 

「…今思うと…本当に、事故だったのか?」

「目前で片車輪飛んだんだぞ?

そんな事故、作れるか?」

「ああ…。

車輪外れなくても突っ込んで行ったんなら、大公家の暗殺だが…」

「車輪が片方飛んで突っ込んだんなら…事故だろうな………」

 

その時、朝の風に吹かれ、ゼッデネスは声が聞こえた気がした。

 

“…あの時、お前の無言の言葉は感じてた。

が、今度は俺が言う番だ。

『ありがとう』を、息子を救ってくれたお前に”

 

…………ゼッデネスはその、美しい朝日の中の庭園を見回した。

風が草花を揺らしてる。

 

だが…確かに聞こえた。

無念だった。

死にたくなかった………。

 

あんたの、息子からそれが聞けて良かった。

 

だから、言った。

俺同様、オーオールディーンが死んだと聞かされて、声も無く落胆する悪友達に。

「オーオールディーンもきっと…残念だったさ…。

駆け落ち手伝ってくれたお前らに…胸張って家族紹介できなくて」

「だな」

「きっと…そうだろうな……」

 

そしてその場は無言の…彼への追悼で満たされた。

けれど皆、知っていた…。

彼は最後迄…彼の宝物を抱いていたのだと。

 

だから…決して哀しい死に様では無かったのだと………。

 

ゼッデネスはそれを感じ、手紙を書いた。

オーガスタスに宛てて。

 

オーガスタスは、同志だった。

結局オーオールディーンは最後迄…愛しい愛妻と最後を遂げた。

それは…准将の地位を捨て彼女を選んだ…奴の、運命だったのかも知れない。

 

“俺は、ありがとうを言われた。

奴はお前のお袋を取って死んだ。

俺達部下もお前の母親に勝てなかったが、お前も同様だ。

奴は、幸せだったと俺は確信出来る。

だから捨てられた者同士、俺はお前が訳も無く気に入った。

 

…だが俺達はお前のお袋には勝てなかったが…それでもあいつは俺達の事もちゃんと、好きだった。

だから…俺に『ありがとう』

奴のその言葉が届いた。

だが礼なんていい。

奴が去り、俺の両親も去り…俺は、置いて行かれるのに耐えられなかった。

とても大切な者に、置き去りにされるのが。

もう怖くてどうしようも無くなっていた。

勿論、そんな事認めたら、生きて行けなくなるから酒浸った。

だから…奴に、言われる必要も無い。

俺がお前に

「ありがとう」を言いたい。

同類の、お前が居たから俺は孤独から救われた”

 

オーガスタスはその手紙を読み、静かに泣いた。

が、父同様愛するシュスーラと愛する屋敷に住むゼッデネスを思い、そっとヴィラヴィクス邸をゼッデネスに取り戻してくれた上司、ディアヴォロスに礼を捧げた。

 

『(俺が礼を言うのは、あんたにだ。

俺は彼の恩に報いられた。

あんたの、お陰で…………)」

 

そして、ヴィラヴィクス邸に居たその時に見た、椅子にかけるゼッデネスと寄り添うシュスーラの幸せそうな姿を思い浮かべた。

 

まるで、ディアヴォロスへの贈り物のように。

 

ディアヴォロスの中の光竜ワーキュラスが、さざ波のような光に溶けた言葉で返答をした。

 

『礼は君の、両親に…。

亡くなってからずっと君に寄り添っていた。

ゼッデネスを君に引き合わせたのも、彼らだ』

 

ワーキュラスの光が届くと、その時初めてオーガスタスは確かに、亡くなった両親が自分に寄り添うのを感じた。

 

母、アンナネスタがそっと言った。

『今でも…昔からもうずっと…愛してるわ』

オーオールディーンが囁いた。

『ゼッデネスに俺の気持ちを伝えてくれてありがとう…』

 

その時初めてオーガスタスは、ゼッデネスがなぜあれ程泣いたのかが、解った。

 

ゼッデネスはもうずっと…ずっと全てを無くし酒浸りの日々を送りながらどこかで…あんたに出会えないかと、探していた。

 

もう絶望でどうしようも無くて、自分で自分を立て直せなくて孤独で…どこかであんたに会えないかと………。

 

だから俺を見つけた………。

 

それでもまだ、探し続けてた。

 

心の隅の、どこかで。

俺の、馬車で轢かれ亡くなっていた父親が、あんたと知らずに………。

 

オーガスタスは、そっ…と父親に、頷いた。

『きっと…“会いたい”と言う強烈なゼッデネスの想いに応えられなくて、辛かったろうな…。

もう…とっくに亡くなって、どうする術も無いのにな』

 

ワーキュラスがそっと…囁き返す。

『それでも、想いを伝える方法はある…。

心の中で意識の中で…いつでも会いたい人と、人は出会う事が出来る………』

 

 

オーガスタスの、眉が寄る。

 

くしゃっ!と顔を泣き顔に歪め…心の中で呟く。

 

 

それでも人は現実が全てだから…。

自分の目で見る事が出来ず、手で触れる事が出来ない事を辛く、感じるから………。

 

失う事が、怖いんだ…………。

 

 

 

 

 ゼッデネスは悪友達の去ったヴィラヴィクス邸を眺める。

やっぱり毎日、シュスーラがあちら。こちらと、召使い達に指示を出し、その都度彼らは嬉しそうに、館の手入れに奔走する…。

 

この館もいつか…時が来れば荒れ果て、人の住めない場所になる日が訪れる。

 

それでも…ここを愛した、人々の想いは永遠に、残るだろう…。

古い…不思議な美しい館、ヴィラヴィクス邸。

 

今では時折両親の幻影だけで無く、庭を愛妻と歩く、オーオールディーンの幻が見えたりする。

 

目が合うと、彼は横に愛妻を抱いて微笑うから、ゼッデネスは笑い返す。

不思議と信じられる。

彼が本当にそこに、居るのだと。

 

そして…今、幸せなのだと感じられる………。

自分、同様に…………………。

 

 

 

 

              end

 

 

 

 

 

 

 

 

 

説明
オーガスタスと養父ゼッデネスのお話
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養父 出会い ゼッデネス アースルーリンド ローフィス オーガスタス 

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