IS/3rd Kind Of Cybertronian 第十四話「Scissor Hands-5」
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エネルゴンセイバーが両手からこぼれ落ち、地面に突き刺さった。

刺し貫かれた傷から、痛みの電流が全身を駆け抜ける。

サンダーソードは、口元を覆うバトルマスクの中で、危うく漏れ出そうになった苦鳴を噛み殺した。

覚悟していた痛みである。

クリープサイスが放ったエナジーバズソーが、サンダーソードに千冬達を守らせるための罠であること。

本命はその後の攻撃にあり、自分がそれを避け切ることは出来ないであろうことも、サンダーソードは予想し、覚悟していた。

 

身を捩ると、クリープサイスは左腕の鎌を、より深く食い込ませてきた。

刃が内部の機械を傷付ける感触を、甘美なものとして楽しんでいるようだ。

けけけけ、と牙が並ぶ口から、不気味な笑い声が垂れ流される。

その振動で、縦に割れた顔からさらに流体エネルゴンが流れ出し、笑みを壮絶なものにしていた。

 

「ようやく捕まえたぞ、マクシマル。このまま八つ裂きにしてやる」

 

クリープサイスが、自由な右腕の鎌を、ゆらりと振り上げた。

 

「やめろ!」

 

背後で、千冬が動こうとするのを感じる。

気持ちは有り難いが、しかし、その必要はないのだ。

 

「捕まったのは、どちらかな」

 

その呟きをクリープサイスが認識する前に、サンダーソードはあらかじめ体内に蓄積させていたスパーク・エネルギーボルトを、右肩に食い込む鎌に流し込んだ。

青白い、目も眩むような閃光が、二体のトランスフォーマーの体を覆い尽くす。

瞬く間に、ばちっ、ばちっと、回路が負荷に耐えられずに焼き切れるおぞましい音が鳴り始めた。

 

「―――――――ッ!!」

 

クリープサイスの大きく開かれた口から、言葉にならない絶叫が噴き上がる。

鎌を通し、体に直接電流を流し込まれているのだから、地獄の苦しみだろう。地獄の悪魔のような連中には、それがふさわしい。

クリスタロキューションを習得し、その腕前に自身を持っているクリープサイスなら、勝負を決める時は飛び道具に頼らず、接近して確実に仕留めようとするに違いない。

そう予想していたサンダーソードは、電撃がより威力を発揮することができる、その瞬間のために、エネルギーを溜めていたのだ。

 

「やめ、やめろやめろ止めろぉっ!」

 

クリープサイスが全力でもがく。

クリスタロキューションがメモリーバンクから抜け落ちてしまったかのように、足を振り首を振り、技も何もない、まるで子供の駄々である。

だが、今度はサンダーソードの方が逃がそうとしない。

振り被られたまま停止していた右鎌を左手で掴み、離れようとするクリープサイスを引き寄せた。

 

「もう音を上げるのか? 根性を見せてみろ、ファンダメンツ!」

 

サンダーソードは、このまま決着を付けるつもりだった。

今、クリープサイスを戦闘不能に追い込めば、少なくともこの邪悪なプレダコンの鎌で傷つく者はいなくなる。

ファンダメンツの戦力を削ったことで、人類側の士気も大いに上昇するだろう。

先日のディセプティコン達には退却を許してしまったが、今回はそうはいかない。

サンダーソードは、背後にいる千冬達を振り返りながら思った。

地球の人々を苦しめた罰を受けさせるのだ。

 

しかし、クリープサイスの方に、その気はないようだ。

サンダーソードの肩を貫いている鎌が、ゆっくりと捻られてゆく。

傷口が広がり、腕と体をかろうじて接続していた、コードや金属製の筋肉がぶちぶちと音を立てて裂け始めた。

鎌を掴む、左手の指が解けようとしている。

 

「待てっ!」

 

サンダーソードが叫ぶのと、彼の右肩が体から分離するのは、ほぼ同時だった。接続部の断面から、火花が散る。

ごとん、と右腕がアスファルトの上に落ちる。左手も、あっさりと振り払われた。

自由になったクリープサイスは、すぐさま飛び離れると、全身から黒煙を吹き上げながら怒りの咆哮を上げた。

 

「憶えていろ! 次は絶対に、その胸からスパークを引き摺り出し、お前の泣き声を聞きながら切り裂いてやる!」

 

叫ぶ振動で、縦に割られた傷口から流体エネルゴンが飛び散った。

それを置き土産に、クリープサイスは巨大カマキリにトランスフォームすると、素早く背後の森に飛び込んだ。

細長い体でするすると木々の間を抜け、薄闇の中へ消えてゆく。

せっかく、捨て身でダメージを与えたのだ。逃がしてなるものか。

右腕に回していたエネルギーをカット。

腕が一本無くなったことで狂いが生じた体のバランスを、瞬時に整える。

追いかけようとしたサンダーソードの、残った方の腕を、千冬が掴んだ。

 

「いくらなんでも、その体で行かすわけにはいかん。罠でもあったらどうする?」

 

「織斑さん、しかし……」

 

「頼む。万が一でも、お前を失いたくはないんだ」

 

腕を掴む手に、力が籠るのを、サンダーソードは感じた。

千冬の肩越しに、ラウラの姿が見えた。自らの体を抱きしめ、震えている。

ほんの少し前、自分に食ってかかってきた少女とは、似ても似つかない。

その弱々しさに、サンダーソードは急速に自分の頭が冷えてゆくのを感じた。

大事なのは、戦って敵を倒すことだけではない。

サンダーソードは一郎の姿にトランスフォームした。

足元に転がっていた、青いロボットの腕を拾い上げる。

そして、千冬に向かって言った。

 

「まず、ハルフォーフさんを病院に運びましょう。ちゃんとした治療が必要です。ボーデヴィッヒさんも傷ついている」

 

それから、こう付け加えた。

 

「あと……僕もエネルギーを補給したいです」

 

戦闘は、とにかく腹が減る。

体の破損した部位を治すなら、なおさらだ。

 

 

 

うす暗い森の中。

光学センサーやレーダーで、敵の追跡がないことを確認すると、クリープサイスは何本もある足を止めた。

さらに用心を重ねて、倒れた大樹の陰に身を潜める。

そうまでしなければならない屈辱に、クリープサイスの思考は怒りの赤に染まっていた。

ぎちぎち、とカマキリの口吻から軋んだ音が漏れる。

サンダーソードから与えられたダメージは、想像以上に大きかった。

ステルス機能は破損、反重力ウイングも壊れ、回路もところどころショートしている。

戦闘機能は、六十パーセントにまで低下していた。

電撃をまともに食らったのがまずかったようだ。

 

(くそっ! くそっ! くそっ!)

 

このまま逃げ帰るわけにはいかなかった。

サヴェッジファングの命令通り、ISの奪取には成功している。

だが、その程度は、出来て当然なのだ。チンパンジーに知恵比べで勝って、それを誇れる人間はいないだろう。

拠点である戦艦を離れる前、クリープサイスは、ディセプティコンチームの連中に、こう嘯いた。

 

 

――――軟弱なマクシマルなど、この俺が討ち取ってやる。

 

 

それが、どうにか不意を突いて片腕を落としただけで終わり、傷を負って逃げ帰ったとしたら。

あの、図体ばかりでかい古き時代の死に損ないどもの嘲笑を、クリープサイスは集音装置に幻聴として聞いた。

それだけで、全身のオイルが灼熱するかのようだった。

 

(予定は変わらん! サンダーソードの首を持って帰ってやる!)

 

そのためには、まずエネルギーを補給しなければならない。

ディセプティコンとは違い、有機物の摂取によっても力を得られるのが、プレダコンの長所だ。

短い触角を使い、周囲を探る。

センサーが伝えるところによれば、そう遠くない距離に、小さな町がある。

クリープサイスはすみやかに移動を再開した。

傷ついた体でも、戦力のない一般市民を襲撃するくらいは簡単だ。

 

 

 

 

クラリッサが軍病院に運ばれるのを見送ると、ラウラは次に、一郎の姿を探し始めた。

彼女はまだ、流れ弾によって荒れ果てた道路にいた。

近くでは、千冬と他の『シュヴァルツェ・ハーゼ』の隊員たちが話し合っている。

間に割り込むつもりはなかった。

戦いで疲れていることもある。だがそれ以上に、何故だか、あれだけ嫌っていた一郎の顔が見たかった。

 

「……田中、一郎」

 

彼はすぐに見つかった。

大破しているトラックの傍に座り込み、大きな板チョコレートを齧っている。

右腕は、何時の間に修理したのか、くっついていた。一見、なんの問題もないように思える。

一郎はラウラの声に気付くと、柔らかな笑みを浮かべた。

 

「ボーデヴィッヒさん。休んでなくて大丈夫ですか?」

 

どんな言葉を予想していたのか。

ラウラはすぐには返答できず、口をもごもごと動かした。

 

「わ、私は平気だ。クラリッサのように、酷く傷を負わされたわけではない」

 

肉体的には、そうだ。

血の一滴も流れてはいない。どこかの骨が、折れているわけでもない。

だが、心は違う。洪水に流された朽木のように、圧し折れ、痛めつけられていた。

ISを容易く奪われたこと。部下を傷付けられたこと。

そして、あれだけの大口を叩いておきながら、結局はサンダーソードに救われたこと。

それらの事実が、ラウラを苦しめていた。

 

「……お前こそ、腕は、もういいのか?」

 

やりどころのない腕を後に組んで、ラウラは訪ねた。

 

「動かす分には問題はないと思います。ほら、この通り」

 

一郎が笑みを崩さないまま答える。右腕を上げ、回し、無事を強調する。

それから、少し目を細めて言った。

 

「すみません。『シュヴァルツェア・レーゲン』を奪われてしまいました。でも、必ず取り返してみせます」

 

ラウラは、一瞬、彼が何を言っているのかが分からずに困惑した。

何故、彼が謝る必要があるのか?

クリープサイスを退け、自分やクラリッサの命を助けた一郎が?

ラウラは慌てて言い返した。

 

「違う! それは、私の責任だ! ……勝手な行動を取り、ISを奪われ、部下を危険にさらしたんだ、私は……」

 

「もともと、ファンダメンツは僕の世界の問題です。それが、地球の人々に迷惑をかけている」

 

一郎が、また一口、チョコレートを齧る。

 

「次は、もう逃がさない。我がスパークにかけて……『シュヴァルツェア・レーゲン』を取り戻し、奴に然るべき報いを受けさせてやる」

 

少年の黒い瞳には、闘志の炎が燃えていた。

ラウラは、何も言えなかった。拳を握り、俯く。

正しさのために命をかけて戦い、そのために傷つくことを恐れない、確固たる信念を持った心。強力無比な武装を搭載した、超金属の体。

ラウラの目に、サンダーソードは、完璧な存在に見えた。神がその周りに侍らせる、輝かしい天使のように。

自分には、到底辿り着けない高みにある。織斑千冬と同じく………

 

「私も、お前になりたい」

 

堪え切れない思いが、ラウラの口からこぼれ落ちた。

 

「私は………空っぽだ。他の、誰よりも」

 

ラウラ・ボーデヴィッヒの誕生を表現するのは難しい。

生まれたと言うべきか。それとも、製造されたと言うべきか。

この世に生を受けた瞬間から、彼女は存在理由を決められていた。即ち、敵を倒し、勝利すること。

そのことに、ラウラは一切の疑問を持たなかった。

周囲の人間は、彼女に良き兵士となるための物しか与えなかったし、ラウラ自身もそれ以外の何かを知らなかった。

 

『ヴォーダン・オージェ』によって、兵士としての性能を奪われた時の恐怖は、きっと誰にも理解できない。

戦うことができなくなったラウラは、そこで初めて、自分の中に戦うこと以外の何かが一つとして存在しないことを知った。空っぽの人間だった。

兵士として生まれた者が、戦うことを奪われたら、一体どうすればいいのだ?

自分の中の空洞に、何かを詰め込まなければ、自分が消えてしまう。ヘドロのように粘つく恐怖感が、ラウラの心を支配していた。

 

そんな彼女の目には、織斑千冬は光り輝いて見えた。

最強のIS使い。強く、美しい女性。

自分とは違い、確固たる己というものを持っている、そう感じた。

ラウラは千冬に憧れ、千冬を真似た。

第二のブリュンヒルデにならんとして、ISの操縦に血と汗を捧げた。

そうすることで、空洞を埋めて――――ラウラは、千冬になりたかったのだ。

 

「笑えるだろう? そんなことをしたところで、生まれるのは不細工な紛い物だ。そのことに………くそっ。私は今さら、間違いに気付いたんだ」

 

ラウラは、自分が泣いているのか笑っているのかもわからなくなった。

もう、何もかもがわからない。今の自分を変えたいと思っているのに、どうすればいいのかわからない。

一筋の光さえ通らない闇の中を、手探りで彷徨っている。

いっそ、あのままクリープサイスに殺されてしまえば、こんなにも苦しまなくていいのにとさえ思ってしまう。

 

「こんな無様な私を、きっと部下達は笑っているのだろうな」

 

ラウラの一人語りを、一郎は黙って聞いていた。その表情から、彼の思考を読み取ることはできない。

侮蔑や軽蔑でないか、とラウラは勝手に思い込む。

チョコレートの最後の一欠けらを飲み込むと、一郎は立ち上がった。黒い瞳が、まっすぐに自分を見つめていることに気付くと、ラウラは身を竦めた。

彼の口から出る言葉で、我が身を引き裂かれるのを恐れていた。

だから、一郎が口を開いた時、ラウラは驚きのあまり目を見開いた。

 

「ボーデヴィッヒさん。あなたは間違ってなんかいません」

 

一郎は笑ってはいなかった。

ただ、真剣な眼差しを、ラウラに向けている。

一郎が首を動かし、視線を空中に投げた。

次の瞬間、音もなく、二体の赤いロボットがその場に出現した。

一体は、体の各所に車輪があり、もう一体は戦闘機のような翼を備えている。

ラウラは腰を抜かしそうになったが、飛んできた羽虫がロボットの胴体を突き抜けたことで、それが立体映像であることを察した。

 

「こちらは、偉大なるオートボットの司令官、オプティマスプライム。数百万年もの間、ディセプティコンと戦い続けた英雄です。僕の憧れだ」

 

車輪付きのロボットを見ながら、一郎が自分の口元を指差す。

 

「僕がサンダーソードの時に装着してるマスクは、彼の真似をして、後から増設した物なんですよ」

 

そして、その隣の、翼付きのロボットに目を向ける。

 

「彼はスターセイバー。オプティマスプライムより後の時代の、オートボット司令官です。宇宙でも比類なき剣の使い手で、僕が剣術に興味を持ったのは、彼の戦闘記録を観てからでした。あの優雅さと鋭さといったら……あなたにも見せてあげたい」

 

立体映像が消える。一郎の目が、再びラウラに向けられた。

 

「僕も、僕だけで出来てるわけじゃないんです。いろんな人に出会って、憧れて、嫌いになって、今の自分がある。ボーデヴィッヒさん、あなたは織斑さんにはなれないけど……彼女になろうとして、努力し悩み苦しんだ日々は、決して間違いなんかじゃない」

 

黒い瞳は、真摯に、真っ直ぐに、ラウラを捉えていた。

 

「『シュヴァルツェ・ハーゼ』の人達はみんな、ボーデヴィッヒさんのことを心配してました。あなたが、すごくがんばってる人だってことを知っているからです。自分がないなんて、そんなことはない。少なくとも僕や、他の人達が知るラウラ・ボーデヴィッヒは、努力家で一生懸命な女の子です」

 

込み上げる熱い何かを、ラウラはぐっと堪えた。堪え切れずに、小さな体が震えた。

ただただ、嬉しかった。

心を縛る自己嫌悪を、「それは違う」と否定してくれる言葉を待っていたのだと、ラウラはようやく気付いた。

体の震えが口にまで及んで、まともに声を発することができない。

例えそうでなかったとしても、この嬉しさを言語にすることは不可能だっただろうが。

ふと、一郎の手が握り固められたラウラの拳を包み込んだ。

金属製の筈なのに、温かい。

 

「ISを取り返しましょう、ボーデヴィッヒさん。僕と千冬さんと……あなたとで」

 

 

説明
にじファンから移転。本作品は、ISとトランスフォーマーシリーズのクロスオーバーSSです。オリジナル主人公および独自設定を含みますのでご注意ください

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続きを楽しみにしてます!(biohaza-d)
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トランスフォーマー クロスオーバー インフィニット・ストラトス 

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