ミラーズウィザーズ第二章「伝説の魔女」05 |
「店に入っても何も買わないなんて勿体(もったい)ない。エディ、あなたも興味あるのでしょ?」
と、普段表情の少ないローズがにやにやと頬を緩ませていた。
ローズは先程の店員の言葉を指して言っているのだろう、エディが否定すると
「ふふふ。そんな隠さないでも。エディだって女の子。可愛い服の一つや二つや三つや九つ、興味があっても当然」
と、余計に怪しまれてしまった。
(だから、そんなヒラヒラレースなんて、私恥ずかしくて着れないんだって!)
「私……、覗いてなんかいないのに……」
まるで自分が嘘吐き呼ばわりされているようで、エディは無性に悔しかった。その心情を察してか、ローズは
「だったら、店員の勘違いですよ」
と冷静な言葉を返した。
「うん。……そうだよね。うん、じゃあ次行こっか。さすがにローズは終わりだよね。今度は私の買い物に付き合って……て、ローズ。その荷物どうするの?」
先程の店でも服を大量購入したローズ。その箱詰めされた荷物は小柄なローズの身の丈ほどに積まれていた。
「私が手伝っても持てそうにないんだけど……」
「心配無用。少し待って」
「はぁ」
エディはやる気のない返事をする。
確かに、ニルバストの街には宅配業を営む人間も多くいる。魔道を研究する学園と、そこから生まれる技術により魔道製品を生産する街との関係上、学園への物品の流通経路は確立されている。集配所に頼めばどんな荷物だって寮まで届けてもらうことが可能だ。しかし今はその集配所まで荷物を持っていくこと自体が苦行になりそうである。
「店で宅配頼んだ方がよかったんじゃない?」
「いいから、少し黙る」
少しきつめの言葉に、エディは彼女の行動を見守るしかない。
すると、ローズが肩掛け鞄からロープを取りだし、積み重なった箱を乱暴に縛り上げた。小さい体で懸命に作業する様は、見るものが見れば庇護欲をそそるものだった。
「それっ!」
気合いの言葉で、紐を固く結ぶ。
「いや、ローズ。それ確かに荷物が一まとまりになったけど、重そうだし大きいし、やっぱり運ぶのは」
ローズの指がその唇に当てられ、エディの言葉を遮る。
そして同じく肩掛け鞄から『符』を一枚とりだした。
なんの変哲もない一枚の紙切れ。そこにはエディには読めぬ字で呪文のようなものが書かれている。秘儀(ルーン)文字とは違う魔術文字。東洋の流れを感じさせる。
ローズは符術使い。大荷物に対し何かの魔法を使うようだった。
「エディ、特別に見せてあげる。、みんなには秘密ですよ」
秘密。甘い響きの言葉だった。本来、魔道とは秘密主義の元に発展してきた技術である。魔道の世となり、教育機関で教えを広めるようになった今日でも、その根本は変わらない。
自分が持つ技術を全て人前で晒すことは自殺行為となりかねない。手の内は出来るだけ晒さないのが魔法使いの鉄則であり、生き残る手段でもある。
ローズはその一端とはいえ、エディに特別に見せてくれると言うのだ。
ローズは符を紐でぎゅうぎゅうに縛った大荷物に貼り付ける。
〈汝――――ず〉
呪文。小声で全ては聞き取れないが、やはりエディのよく知る呪言(スペル)魔術の呪文とは韻律が違う。おそらくそれも欧州の業(わざ)ではない。
(あれ? ローズって生まれどこだっけ? どんな符術を使うんだっけ?)
エディは思い出せないでいた。しかし、その答えは今、目の前で起こっているのだ。
大荷物の見た目には変化はない。『霊視』が出来るエディにでさえ、符が何かの魔術的増幅を行っていることしかわからない。
次の瞬間、エディは我が目を疑った。ローズが自分の体よりも大きな荷物を片手で持ち上げたのだ。
「何それ! 何の魔法? 『浮遊』じゃないし『風』で持ち上げたんでもない。ローズの幽星体(アストラル)にも変化がないから、『肉体強化』でもないし……」
「ふぅ。今はこれぐらいしか出来ませんか……。エディ、目がいいからって目に頼り過ぎ。魔法とはいえ、何でも幽星気(エーテル)の流動で見抜けるとは限らない。これは『重さ』という概念に干渉する魔法です」
魔道に携わる者として、そういう魔法がありそうなことはわかるが、実際に目にするのは初めてだった。序列第三位のマクウェード・ジェが重力魔法を使うとは聞いているが、それに近い魔法なのだろうか。
ローズは軽くした大荷物をまるで肩に上着でも掛けるかのごとく軽やかに背負ってみせた。
服が大量に入った箱が、完全にローズの頭の上にまで突きだして、まるで箱が歩いているように見える。
「すごく軽いみたいだね。ほとんどの重さを消すなんて結構すごい……。あれ? 『浮遊』なら重力とは反対方向に無理矢理揚力を加えて……、でも重さがなくなるのなら、慣性だって……。こんなの私に見せていいの? 自分に使ったら、体重が消えて模擬戦でも……」
ローズとエディはまだ模擬戦で当たったことはない。しかし魔法学園の生徒である限り、ゆくゆくは模擬戦で当たるのは間違いない。
「本当はよくない。でも前払いのサービスです」
「前払い?」
「さぁ、今度はエディの買い物に行きますよ」
ニルバストの表通り。大荷物を軽々と運んで歩くローズを、皆々が振り返るようにその目を向ける。
エディはそんな横を歩くのになんとなく嫌気を覚えたが、ローズは待ってくれない。
「ローズってば。やっぱり集配所に頼まない?」
「服代で、もうお金がない」
「……やっぱり買い過ぎ」
そんなところがローズらしい。
エディは足早に追いついて、ローズとニルバストの街並みを行く。
誰かと買い物に来るときはいつもマリーナとだったエディ。いつもとは違うローズとの散歩も好きになれそうだと、そんな思いを抱いて足音を鳴らした。
説明 | ||
魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。 その第二章の05 |
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