あにまる☆はうす3話 なかまになったら
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 乾は料理を皿に盛りつける。我ながら完璧な出来にほくそ笑みつつ、先ほど言われた「お母さん」という言葉に眉をひそめた。眉をひそめながら笑っているという、若干凶悪な表情の出来上がりだ。乾のもともとの強面とあいまって、子供が逃げ出すくらいのクオリティとなっている。

 本人はそんなことに気づかずに、声を張り上げた。

 

「メシだぞー!」

 

 しばらくすると、宇佐木と根津見が下りてくる。この家は、あまり防音には優れていないらしい。

 定位置につくと、宇佐木がにこにこしながら乾に訊いた。

 

「今日はなんだい、義文」

「クリームシチューだ」

「昨日のスープの余りだね?」

「文句があるなら喰うな」

 

 毎日の献立を決めるのは大変なのだ。ふてくされた乾が短くそう言うと、宇佐木は不思議そうな顔をした。俺はスープもシチューも好きだけどなぁ、と呟いている。悪気はないんだこの人は、と根津見が呆れたように言った。それもそうだったな、と乾は気を取り直して尋ねた。

 

「あいつはどうした?」

「あいつ?」

 

 根津見がなんのことだ、というような顔をした。

 

「金子なんとかくん?」

 

 宇佐木がそう言うと、根津見も思い出したように頷いた。

 

「金子ヒロノブ?」

「あれ? ヨシミツじゃなかったっけ?」

 

 そんな二人に乾は呆れ顔を作った。

 

「おいおい。それ、同じ人間の名前かよ。共通点ないぞ」

 

 根津見が唇をとがらせて抗議した。

 

「ヒロノブでしょ」

 

 しかし宇佐木も諦めがたそうな声で呟く。

 

「ヨシミツ……」

 

 尚も言いはる二人に、乾は頭をかいてテーブルを叩いた。

 

「めんどくさいな。おいクロ助ー!」

「誰だクロ助って!!」

 

 待機していた家のような突っ込みの早さ。金子がドタドタと下りてきた。

 

「黒いちび助、略してクロ助」

 

 乾に続いて、宇佐木も根津見も言う。

 

「やあクロ」

「クロ男はやく座れよ」

「定着しやがった……」

 

 忌々しい。そんな金子を知ってか知らずか、乾はシチューを盛った皿を渡してきた。宇佐木が口を開く。

 

「今日は穏やかな天候で過ごしやすい日でした。これから寒くなりますねぇ。俺は寒さには強いほうですが、皆さんはどうですか。寒さに強い! と言いきれる人は少ないのでは? 今年はあまり寒くならないといいですね。……はい、いただきます」

「は?」

 

 金子が呆気にとられていると、乾と根津見が手を合わせていただきます、と言っていた。

 そういうシステムらしい。

 金子は当惑しながらもクリームシチューを口に運んだ。なかなかに美味だ。

 

「そういえば熊野さん帰ってきたね」

 

 根津見が楽しそうに言う。乾が不満そうに顔をしかめる。

 

「まったく、どこをほっつき歩いていたのか……しかも誰なんだこいつは」

 

 金子を見ながら言う。

 

「聡太には聡太の考えがあるんだろう」

 

 クリームシチューを食べるのに忙しそうな宇佐木が言った。金子には先程から気になっていることがあった。

 

「くまの……そうた……?」

 

 嫌そうな顔をした乾が答える。

 

「熊野聡太だよ」

 

 それでもよくわからない金子は首をかしげた。乾は驚いたように目を見開いた。

「お前もしかして知らなかったのか? 熊野聡太。お前を拾ってきたあの変人だ」

「ああ……」

 

 合点がいった。だからくまなのか。

 

「聡太らしいね。じゃあ君は、本当に何も知らないまま連れてこられたわけだ?」

 

 宇佐木が優しげに微笑む。

 

「あの人は誰よりも意味がわからない人だからしょうがないよ」

 

 興味なさそうに根津見は言った。金子は頬をかきながら訊いた。

 

「それで、あいつはどこに?」

「オレたちよりも先にメシを喰ってった。部屋で寝てるんじゃねぇか? あいつはもともと引きこもりだからな」

 

 忌々しげに乾はそう言った。そういえば、と金子は思い出す。

 

「余りがあったんだもんな」

 

 なにのだよ、と根津見が訊く。

 

「昨日とかのご飯の残り?」

 

 根津見が吹き出す。

「余るわけないよ……一人くらい抜けたって。乾さんがキープしてたんだ。熊野さんが帰ってきたときに、って」

「え?」

 

 見れば、乾は耳を赤くしていた。うるさい、とふてくされたように言う。

 

「義文は優しいからなぁ」

 

 宇佐木が微笑む。からかうようなニュアンスはなく、心から誉めているようだった。それが逆に恥ずかしかったのだろう、乾は耐えられなくなったようにまたうるさい、と呟いた。

 

「そーゆーのなんて言うか知ってる?」

 

 根津見はニヤリと笑って言った。

 

「つーんーでーれっ」

 

 乾の恥が怒りに変わった瞬間を、金子は見た。宇佐木が慌てて止めた。

 

「やめろ、明。そろそろご飯抜きにされるぞ」

「やばいやばい」

 

 金子が何も言えず見つめていると、依然ふてくされ顔の乾が声をかけてきた。

 

「おかわりいるか?」

「……うん」

 

 根津見が声をあげた。

「ずりぃ俺も!」

 

 

 

 ガタッ

 音がたたないように気を付けていたというのに、扉は大袈裟な音をたてて閉まった。周りを見渡し、どうやら誰も気づいていないらしいとほっと息をついたその時だった。

 

「どこ行くの、ねこくん」

 

 あの男は、金子の度肝を抜くのが趣味なのかもしれない。どうしてこう、適切なタイミングで金子を驚かしにくるのか。

 驚きすぎて腰を抜かした金子は、キョロキョロと周りを見た。

 

「どこだよ!?」

「ここだよ、屋根の上」

 

 見上げると、緑髪の男──熊野聡太がいた。なんで? と金子が呟くと、熊野はとお! と叫んで屋根から飛び降りた。大きな鈍い音。熊野がいったぁ! と叫ぶ。

 

「なにやってるの?」

 

 いたいよぉ、と熊野は泣きそうな声を出した。本当にいろいろとアウトなやつだな、と金子は改めて思う。

 

「自業自得……」

「だって、体から聞こえちゃいけない音がしたよ?」

「知らないし」

 

 いてててて、と言いながら熊野は立ち上がり、真っ直ぐ金子を見た。

 

「なんで逃げるの、ねこくん」

「切り替えはやっ」

 

 そんな金子のツッコミをスルーして、熊野は続ける。

 

「みんなと夕飯食べたんでしょ? なんか仲間っていいな、とか……」

「思わないね」

「本当に?」

 

 黙った金子を見て、熊野はため息を吐いた。

 

「孤独を逃げ道にして、今まで幸福(しあわせ)だった?」

 

 やっぱり金子は何も言えなかった。どう答えても、負けになる気がして。その代わりに金子は、熊野を睨み付けた。

 この男は、簡単に金子の今までを否定する。そんなことを許すものか。

 そう息巻く金子とは裏腹に、熊野が不意に目をそらして口を開いた。

 

「光からも闇からも逃げた人間がどうなるか、知ってるかい」

 

 いきなり身を翻されたような感覚に、金子は口をポカンと開いたまま何も言えなかった。

 

「光からも闇からも、全てを奪われるんだよ」

 

 金子は黙って、言葉の意味を考えていた。不意に熊野が付け足すように言った。

 

「まあ、ボクはクマだから関係ないけどねー」

「なっ……あんた熊野聡太っていう人間だろ?」

「あれ? 聞いたの? そうだよ。ボクがクマなわけないじゃん」

 

 言っていることが支離滅裂すぎである。呆れたが、金子は何も言わなかった。

 

「ちゃんと話したんじゃない。どうだった? いいやつらじゃない?」

「……わからない」

 

 その言葉に満足したように笑いながら熊野は頷いた。

 

「いいやつらだよ。信頼できる」

 

 しんらい、と心の中で呟いて、金子は深呼吸した。

 

「みんな約束は守る。と、思う」

 

 それなら、と顔を赤くして金子は言った。

 

「おれと、ずっと一緒にいてくれる?」

 

 一瞬だけ熊野は目を細めて、それからすぐに無表情になった。

 

「ああ。でもそんな恥ずかしいことは、態度で示すんだね」

 

 恥ずかしいことと言われた。一応勇気を振り絞って、顔を真っ赤にして言ってみた言葉を恥ずかしいと。もう嫌だこいつ。いまいち敵なのか味方なのかわからない。

 しかし、なんだか嬉しいような気恥ずかしいような感情があるのも事実で。

 照れ笑いを浮かべて熊野を見上げようとして、できなかった。急に胸が重くなって、それと同時にもう一度うつむく。

 

「でもおれ、不幸を運ぶから。だれかといたら、だめなんだ」

 

 熊野が何も言わないので、恐る恐る顔をあげる。

「はあ?」という顔で熊野がこちらを見ていた。さらにつけ加えるとするならば、「その話長くなる?」だとか、「どうでもよくない?」とかそんな顔をしていた。

 ムカつく。あの顔ムカつく。

 面倒くさいなと頭をかきつつ熊野は口を開く。

 

「キミが不幸を運ぼうと、そんなのはキミの勝手だけど、それくらいで深刻な顔をされてもね」

「え?」

「どうでも、よくない?」

 

 言いやがった。そう思っているんだろうなとは薄々感じていたが、人の長年の悩みをこうもさらりと。

 

「不幸なんてものは、良識のある人間のところにしか来ないものさ。気違いのところにはね、来ないの。もっと言えば、不幸だと思わない限り誰も不幸じゃない」

 

 だから、自分のことも|他人《ひと》のことも不幸と思うな。

 そう確かな声で言った熊野を、金子はじっと見つめる。数回瞬きをして、唾を飲み込んだ。

 もしかしたら少年漫画における、「圧倒的な力差の敵との対峙」とはこういった感じなのかもしれない。いや待て、目の前に立っているのは(とても厄介ではあるが)敵ではないはずだ。

 あれ、なんだかちょっと、煙に巻かれているというかいいように操られているというか。

 

「でもさっき、おれに『幸せだったか』って。他人のことを不幸と思うなってちょっと矛盾してるっていうかなんていうか」

 

 ちょっと騙されかけたのが恥ずかしいというか、もう九割超騙されているのが悔しいというか。

 

「ぎゃんぎゃんぎゃんぎゃんうるさいな。発情期の猫でももっと静かなもんさ。本当にボクのペットにでもなるつもり?」

「なっ……」

「アレ? 本気にしてたの?」

 

 飄々と言う熊野に、金子は思った。

 この人には、勝てないんだろうな。もう、どうやら完全に騙されているのだし。

 

「おれ……」

 

 皆まで言わなくてもわかってるよ、というように熊野は頷いて背を向けた。

 

「おっけー。部屋は今日使ったところでいいよ」

 

 それから熊野は、玄関の扉を開けて声を張る。

 

「乾ー、怪我したー」

 

 すぐに乾の、もう泣きそうなくらい悲壮感の漂う叫び声が聞こえてきた。

「今何時だと思ってんだバーカ!」

説明
 いや、発情期の猫のほうが騒がしいと思いますよ私は。
 引き続きイラストを描いてくださる方を募集しています。
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熊野 金子 小説 あにまる☆はうす 

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