WAI 'ULA MELE 3 <赤い水の詠唱>
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「手に入れた部品を、よもや失くしたりはしていないでしょうな?」

 海蛇のような冷たい眼を疑わしく細めて近付いて来るカフナ(神官)へ向けて、キパパは手にした部品の一部をチラリとかざし、素早く手の中に握り直した。

「心配するな。アリイ(王)の命令を忘れてはいない。今日はこれの処分で終いだ。こんな真夜中まで、ご苦労な事だな、アヒ」

「……恐れ入ります」

 アヒは立ち止まり再び会釈をすると、歩き出したキパパをその場で待ち受け付き従って来た。

「夜道は危のうございます。ロイヒ(海底火山)まで、お供仕りましょう……」

 男の低く耳障りな声がキパパの背中へ響いた。

 常日頃から宮殿の中で、アヒは影の様にキパパの側で目を光らせていた。

 それは決してマナイア(王子)を護る為などではなく、彼の動向を監視する見張り役である事ぐらい、キパパはとっくに察している。

 アリイの意向に逆らい処分すべき部品を隠匿したり、一つでもヒナにやったと知れれば、咎を受けるのは目に見える。それはこの男にとって、この上もなく有り難い事であろうと、キパパは内心苦笑した。

 アヒは次期アリイ候補として、別のアウマガ(称号のない若い男達)の一人を推薦しているのだ。

 

 ラロハナ王国は世襲制ではない。マナイアはアリイの息子であっても、慎んで精進しなければ自動的に王位を継げる訳ではなかったのである。

 マナイアは神聖視されていて、アリイとその親族に仕えるアウマガのリーダー格ではあったが、次期アリイの座を狙うチャンスはアウマガ全員に同等に存在しているのだ。

 幾らでも次期アリイ候補が存在するという事は、いつマナイアが消えても何の支障もないという事。アヒは、その後釜を別の者に据え替えるつもりなのだろう。

 アリイの座を譲る事自体は一向に構わなかったが、妹ヒナの事を思えば『マナイア』の称号を失う事だけは避けたい。それ故、彼は常に慎重に振る舞わねばならなかった。

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 アヒに悟られぬよう、既に二つに減っている部品を堅く握り締めると、キパパは何喰わぬ顔でカフナを後ろに引き連れ、足早に宮殿の外へと出て行った。

 夜光虫の手燭を頼りにイルカへ乗り、二人は真っ暗な深海の中を出発する。

 

 

「今回の計画に『大盗賊イワ』を雇ったのは、正解のようでしたな」

 闇夜の中で先を行くキパパに向かい、探りを入れるようにアヒが聞いてくる。

「イワの『マナ』は、どの程度のものでしたか?」

「そうだな……。彼の力は大した物だった……」

 キパパは振り返りもせず、どうでもいいと言うように気の無い返事をアヒに返す。

「だが『大盗賊イワ』という者は、褒美を積んで頼み込めば誰の役にでも立つ……。その内、この国にも忍び込んで来るかもしれんぞ?」

 冗談混じりに言ってみる。半分心の隅で、本当にそうなる事を祈りながら。

「ご心配には及びませぬ。我々カフナの『マナ』(超自然の力)が、イワの力に劣ろう筈がございましょうか」

 アヒは自信ありげにニヤリと笑い、そう言って退けた。

 このアヒの『マナ』を、キパパは実際見た事がない。祭儀の場で神懸かったのを何度か見たぐらいだ。だが、その程度の『マナ』は、カフナならば誰もが持ち合わせている能力である。

 アヒは、ヒナが生まれたすぐ後に宮殿に上がった、比較的新しいカフナであった。

 初めて対面した折、背筋がヒヤリとするような独特な印象を受けた者だったが、どのように取り入ったものか、気付けばアリイの信頼を一身に受け、知らぬ間に王国の中心に収まっていた。まだ他に、どんな『マナ』を秘めているのか想像もつかない、未だ得体の知れない男である。

 

 ただ助かる事に、アヒの『マナ』は『大盗賊イワ』のような能力でない事が、それ迄のキパパの観察で明らかであった。  

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「甘く見てもらっちゃぁ困るなぁ?! こう見えたって、そん所そこらのヤツらより、よ?っぽど頼りになるンだぜぇ!?」

 中枢部品奪取の為に待ち合せたカワルナ王国の城下町で、予定時刻から大幅に遅れて指定場所に現れた『大盗賊イワ』は、初対面のキパパに向かい不満そうにそう言った。

 そんな彼の姿を目の前にして、キパパは唖然としていた。自分の想像とまったく違うイワの様相に声も無く、只ひたすら驚いて目を丸くするしかなかった。

 初めて遭った『大盗賊イワ』という者は、音に聞こえたその名にくらべ、遥かに小さく幼い少年だったのである。

 

 けれど、確かに彼はその名に恥じぬ、驚くべき『マナ』を持ち合わせていた。それは長い距離を瞬時に移動したり、人の心を読み取る能力であった。

 

 

「心配しなくても、そうしょっちゅう人の心ン中、読んでる訳じゃないサ」

 新兵器の所在や潜入に必要な極秘の呪文を、カワルナ王国のカフナ達から読み取る様子を目の当たりにして、一瞬キパパの脳裏に不安が過った。それに逸早く気付いたように、イワは振り返り無邪気に言った。

「おいらが心を読めるって解ると、大抵のヤツらが嫌がるんだ。おいらを雇ったくせに失礼しちゃうよな?

まぁ、誰だって一つや二つ、心に疾しい事があるんだろ?けど。でも、そういっつも心ン中読んでたら、いくらなんでもウルサクって頭が変になっちまわぁ?!?」

 おどけるように笑って見せたイワだったが、無言で答えるキパパの反応を素早く見て取ると、途端に真面目な顔を向けて囁きかけてきた。

「へぇ?、あんた凄いね。今、心閉ざしたろ? そうゆう訓練してるヤツも珍しいなぁ……。ふ?ん。『マナイア』ってのも、結構大変そーだね?」

 話したはずのないキパパの称号を既に読み取っていたのか、イワは物知り顔でフフンと笑った。

 カフナや他国の者達の『マナ』を手本に、身を護る為のあらゆる術をキパパは独自に会得していた。特に心を悟られぬよう防御する事は、彼にとって最重要課題でもあったから。

「おいら、こう見えても人を選ぶんだ。雇い主の事ぐらい知っとかないとね。おいらだってイタイ目にゃ遭いたかないし、盗人も色々と大変なのさ。モチロン褒美は多いに越した事ないけどネ!」

 

 人懐っこく、生意気な──悪く言えば軽薄そうな子供であった。

 だが次々と扉の鍵を破り、遊ぶように楽々と装置の中枢部へと侵入して行く『大盗賊イワ』の仕事振りには、目を見張るものがあった。彼と行動を共にしながら、キパパの頭の中に『イワを使えないものだろうか?』と、ゆう思いが一瞬浮かんだのも確かだった。

 しかし、失敗すれば長年の苦労は水の泡と消える──。

 そこまでこの少年に賭ける勇気は、流石のキパパにもなかったのである。

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 キパパはアヒを引き連れ、黙々と王国の外れに在るロイヒ(海底火山)へと向かった。

 珊瑚の森を通り過ぎ、大きな岩棚の渓谷を越え、銀の岩が転がる荒野を渡り切った頃、ようやく吹き上がる白い蒸気と共に、赤い閃光が暗黒の闇の中に姿を現わした。

 闇に閉ざされた深海の底で尚、明々と燃えたぎる火山の亀裂が、黒い地肌にざっくりと大きく引き裂かれた赤い傷口の様に、彼等の眼前に迫っている。

 火口付近に近付くと、熱く熱せられた海水が嵐の様に激しく渦を巻き上げ、容易に人を近付かせまいとしている。その流れに引き摺り込まれそうになったイルカが驚いて暴れ出し、アヒが危うく投げ出されそうになっていた。

「これは物凄い! キパパ様、早々に仕事を終わらせましょう!!」

 大慌てで叫んだアヒはイルカの背から飛び降りると、自分とキパパのイルカを預かって、渦を避けるよう岩の影に避難した。当然の如く、視線はキパパから離さぬように。

 キパパは岩に掴まりながら慎重に渦を越え、更に火口に近付いた。見降ろすロイヒの内部は、すべてを一瞬に溶かし尽くす天然の溶鉱炉である。

 彼は薄絹を広げ、手許に残された釣針型の二つの中枢部品を、しばしの間見つめ返した。

 

 ラロハナ王国の最終兵器とは、深海の底を揺り動かし津波を起こす『地殻変動装置』。つまり、世界的な大洪水を引き起こす事も可能な恐ろしい装置であった。カワルナ王国がそれを制御し、阻止する為の装置を造り出したと聞いた時、正直、キパパは自国の行く手を阻む国が現れた事に内心ほっとしていたのだ。

 しかし、たとえ不思議なマナを操る『イワ』の手を借りていたとはいえ、自分達をいともたやすく装置に近付かせ、易々と盗ませてしまうカワルナ王国の安寧さでは、大国と言えど所詮アリイの敵にはなれまいと、彼は改めて落胆していた。

 

「キパパ様! いかがなされました!?」

 アヒの怒鳴り声に考え事を中断されたキパパは、小さく溜息をつくと部品を堅く握り締め、迷いを断ち切るように赤く輝く溶岩に向かって投げ込んだ。

 薄絹に包まれた二つの中枢部品は、風に翻弄される白い蝶の様に熱水の渦の中で舞い踊り、ヒラヒラと頼り無く揺らめきながら、真っ赤な口をあけた火口深くへと吸い込まれて行く──。

 そうして、それは火山の中程で、断末魔の悲鳴をあげるかのように一瞬銀色の閃光を放つと、行方を見届ける彼の目の前で永遠に消滅していった……。

 

(To be continued.)

説明
第3話です ★インスパイア元に第1話が有ります→
ハワイ諸島の昔話をベースにした
SFファンタジーです
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