あにまる☆はうす4話 あらためて
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「じゃあ君は、ここに住むんだね?」

 

 宇佐木が注意深く訊くと、金子はこくんと頷いた。

 

「昨日まで絶対住まないって言ってなかったっけ? 熊野さんかな」

 根津見が眉をひそめると、それ以上に乾は面倒そうな顔をした。

「熊野だろうな。あいつは全く……」

「くまさんの悪口は言うな!」

 

 金子が叫んだ。全員が絶句し、それから後ろを向いてひそひそと話し始めた。

「聞いたか今の」

 乾が信じられない、という顔をした。

「洗脳されちゃったんだね、可哀想に」

 根津見が心底同情したように言った。

「聡太には無自覚で人を洗脳するっていう能力があるからね」

 宇佐木は感心したように言った。

「本人にヤル気さえあればだけどね」

「昨日の聡太はヤル気ありだったのか……!」

「無自覚というのが厄介なんだ」

 

 話しているうちに話し声はだんだんと大きくなっていく。

 

「そういえば熊野さんは?」

「ああ、あいつなら部屋で寝てる。湿布貼ってやったら死ぬ死ぬ騒いでた」

 乾の言葉に、宇佐木は目を大きくした。

「聡太……怪我したのか?」

「どうやら屋根から飛び降りたらしい」

 

 なんで? と宇佐木と根津見が同時に言う。わからん、と乾が答える。金子を指差して、ちょっとあいつに聞いてみろよ、クロ助に、とも言う。

「え……嫌だよ。俺、人見知りなんだよ」

 宇佐木が言う。乾はそれにため息を吐いた。

「知ってるよ」

 

 根津見が手をブンブン振って、なぁクロ男ー、と金子を呼ぶ。

「途中から聞こえてたよ! というかクロ助定着させるな!」

「それで、熊野はどうして屋根から飛び降りたんだ?」

「それは……ちょっとわからないけど」

 

 金子が唇を尖らせると、根津見は宇佐木にひそひそと言った。

「わからないってさ」

「いや、聞こえてたよ?」

 

 乾が腕を組んで、なるほどな、と呟いた。

「納得なのか」

 金子が言うと、乾は少しだけ楽しそうな顔をした。

 

「あいつなら納得だ」

「熊野さんに訊いても、わからないって言うよ、きっと」

「聡太の行動に深い意味はないんだ」

「え、ないの?」

 金子が驚いて言うと、三人とも頷いた。

 

「カッコつけたかったんじゃ?」

「それだ」

「それだな」

 金子は呆然とした。あれ、全部?

 

 そんな金子を尻目に、三人はまたひそひそ話をし始めた。

「そんなことより、クロ男どう思う?」

「いいんじゃないか。瞳(め)がいいよ。汚れなき瞳だ」

「確かにピカピカしてるな」

「乾さん、それ違うよ。眼鏡だよ。汚れなき眼鏡だよ」

「いい眼鏡だな」

「いい眼鏡だ」

「それでいいのかい」

 乾と宇佐木が金子に向けて親指を立てる。金子は訳がわからずに当惑した。あの指はなに?

 

「じゃあ改めて自己紹介しようか」

「じゃあ!? じゃあって今なにがあったんだよ!」

 

 そんな金子のツッコミをスルーして、宇佐木がにこにこと口を開いた。

「俺は宇佐木優弥。ここの管理人だよ」

 

 次に根津見が大袈裟な身振りで存在を主張した。

「おいらは根津見明! よろしくね〜」

 

 乾は相変わらず不機嫌そうな顔をしている。

「オレは乾義文だ。こいつらの世話をしている。お前は世話かけるなよ」

 

 それから宇佐木が一瞬上を見上げるような仕草をした。

「知っていると思うけど、君を拾ってきて、今部屋で寝ているのは熊野聡太だ」

 金子は恐る恐る聞いてみた。

「人間、だよな?」

「え? ここにいるのはみんな人間だけど?」

 そっか、と呟くと、金子は最後に自己紹介した。

 

「おれは金子博幸……」

「クロ助」

「クロ男?」

「クロ!」

「一文字も合ってねぇ!!」

 

 

☆★☆★

 

 

 ベッドの上に横になり、手帳を開く。大してスケジュールも埋まっていないが、手帳を開くのが手持ち無沙汰なときの熊野の癖だった。全く、前に持っていた手帳はどこへ消えたのだろう。あれは手帳ではなく日記帳メインであったから、誰かに見られると至極困るのだ。部屋を片付ければ出てくるのか、否、出てこないだろう。熊野が素晴らしい反語の例文を作り出したとき、扉をノックする音が聞こえた。熊野は慌てて手帳を隠し、どーぞー、と間延びした声で言った。扉が開く。

 

「……大丈夫?」

 金子だった。熊野はわざと顔をしかめて見せて、大丈夫じゃなーい、なんて言った。死にそう、とも言った。

 

「え……そうなのくまさん?」

 そんなたわ言を信じた金子に驚き、本当に自分のことをくまさんと呼んでいるのかとそれにも驚いた。

 

「キミはびっくりするほど素直だね」

「うん?」

 

 いや、なんでもない、と呟く。何をしに来たのか尋ねると、犬が……と言いにくそうに呟く。

 

「乾が?」

 軽く訂正しておく。

 

「今日こそみんなといっしょに食べないと捨てるぞって」

 熊野はガバッと起き上がった。

「大変だ! 早く行かなきゃ」

 

 捨てられるのは食事か自分か。どちらにしても熊野にとっては生死にかかわる。

 

「くまさん怪我は?」

「そんなこと言ってる場合じゃない!」

「…………」

 

 

☆★☆★

 

 

「今日は帰り道、柿の木を見ました。まだ青かったですが、もう秋ですね」

 

 宇佐木が穏やかに言う。それ以外はしんとして待っていた。

 

「秋といえばスポーツです。俺は野球少年でしたので、えー……この季節は……でも青春時代に秋は影が薄いもので……」

 

 ガタ、といったので全員で見ると、熊野がテーブルに突っ伏していた。根津見がスッと手を挙げる。

 

「せんせー、熊野くんが逝きましたー」

 

 大変だ、と騒いで、宇佐木は手を合わせた。

「いただきまーす!」

 みんながそれに続く。乾が箸を持ちながら文句を言った。

 

「いつも通り熊野が人生からドロップアウトしかけたな。これだから教師は嫌なんだ」

「そんなこと言うなよ。俺だってえーっと……頑張ってるんだ」

「兎は教師だったのか? というかくまさんが現在進行形で人生からドロップアウトしかけてるんだけど」

「熊野、もう喰っていいぞ」

 

 熊野が飛び起きて食べ始めた。生き返ったー、と根津見が笑う。この人よく死にかけるな、と金子は思った。

 

「お前、生徒にナメられてるだろ」

 乾が宇佐木に言う。

「黒板消し落としとかやられちゃったりしてー」

 根津見はからかうように言う。宇佐木は手を振って否定の意思を示した。

「いやいやそれはさすがに。扉を開けたら黒板消しが落ちてきたことはあるけど」

「残念だが宇佐木、それを黒板消し落としと言うんだ」

 

 乾が冷静につっこむ。宇佐木は驚いて目を大きくした。

「え? 黒板消し落としってハンカチ落としの仲間じゃないの?」

 黒板消しでハンカチ落としやったら床真っ白だねー、と熊野は興味無さそうに言った。

 

「宇佐木さん、どうせひっかかったんでしょ」

「今どきそんな簡単にひっかかるやついないだろ」

 金子はそう言った。

「頭にクリーンヒットだったな」

「ひっかかったのかよ!」

 金子のツッコミに少し笑いながら乾はそれで?と訊いた。

 

「次の日、仕掛けたやつに同じことをした」

「低レベルな戦いだね。宇佐木はどうして教師やってられんの?」

 熊野が無表情で言う。その辛辣さにも宇佐木は気にする素振りは見せない。

「教師ってのは楽な仕事だな」

 乾も軽く言う。

 

「でも宇佐木さんだからね。いいじゃんソレ」

 根津見が楽しそうに言う。それに続いて熊野が口を開いた。少し頬が緩んでいる。はにかんでいるようだった。

「うん。それを本気でやるのが宇佐木のいいとこだよね。ボクも宇佐木に教えてもらいたかったなぁ」

 乾も照れ臭そうに、まあな、と呟く。

 

「いやいや社会人としてどうかと思うけど」

 金子が言うと、宇佐木はなぜだか嬉しそうに、クロは厳しいなぁ、と言った。

「クロじゃないっつーの」

 それを聞いた熊野がハッとして呟いた。

 

「クロ猫……?」

 金子は心底困って熊野を見つめた。

「くまさん……」

 

 

☆★☆★

 

 

 

 食後のリビング。宇佐木は新聞を広げ、根津見はテレビを見て陽気に笑う。熊野はくぅー、と寝息をたて、乾がそれをパシンと叩いた。

 

 大の大人が、揃いも揃ってこれでいいのだろうか。金子は呆れて見つめた。熊野はいまだ眠っている。

 

「宇佐木さん、なんか事件ある?」

 根津見が不意にそう訊く。宇佐木は新聞から目をそらさずにうーん、とうなった。

「うーん……やっぱり今日も秋口拓真の起こした殺人と、鼠屋が泥棒した事件が大きいね」

「いっつもいっつもおんなじような事件だね」

 根津見が考えるようにそう言うと、乾がふん、と毒づいた。

「白々しい」

 

「なんだよ乾さん」

 根津見がすねたように唇を尖らせる。そんな根津見を無視して、乾は宇佐木に新聞を要求した。

「ちょっと貸してくれ」

「いいよ。はい」

 

 しばらく読みふけり、乾は口を開いた。

「……これも秋口拓真の犯行じゃないな」

「えー? そうなの?」

 根津見が意外そうに言う。乾は頷いて続けた。

「全く違う人間だ。似せようともしていない。あらかた、よく考えずに関係のもつれで彼女を殺し、有名な殺人鬼に罪を着せようとしたものだろう。こんな犯人すぐ捕まるな。頭が悪そうだ」

 

 乾が言うと、宇佐木が楽しそうに目を細めた。

「さすが警察官」

「え? 警察官?」

 

 金子は驚いて聞き返す。

「うん。乾さんは警察官だ」

 根津見が少し自慢げに言う。

 

「秋口拓真はもう死んだと言われてるしな。 近ごろ秋口拓真の犯行と伝わっているものは大体それに似せた別人の犯行だ」

「す、すげー……」

 まるで警察だ、と思って、そうだ警察だ、と思い直す。

 

「それじゃ、鼠屋はどうなの? 別人?」

 金子は訊いてみる。すると乾は、可笑しそうに根津見を見た。

「それはお前……本人に聞いた方が早いだろ。根津見、これはお前がやったのか?」

「ええ!?」

 またも衝撃的な事実だ。

 

「またまた乾さんは〜。おいらはやってないって。こんな、犯罪だけど楽しい……いや楽しいけど犯罪なこと、やるわけないよ」

 根津見はひらひらと手を振りながら言った。

「なぜ言い直した。どっちにしても認めてるだろ」

「こいつ……“鼠屋”だったのか……」

 

「ねぇ宇佐木さん」

 根津見が、助けを求めるように宇佐木の腕を掴んだ。

 

「根津見がやってないって言ってるんならやってないんだろう」

 宇佐木は簡単に言う。

 

「宇佐木はなんでもかんでも信じるからアホっぽく見える。ちょっと黙ってれば何もかも上手くいくんじゃないのか?」

「黙れだって、宇佐木さん」

「了解した」

「了解したの!?」

 

 その時、不意に乾が横を向いた。

「……ん? 熊野、どうした?」

「いや、別に?」

 見れば、熊野がぱっちり目を開けていた。

 

「アレ、熊野さん起きてたの?」

「くまさんいつから起きてたの?」

「存在感ねぇな」

 そんな失礼な言葉たちを無視して、熊野は呑気に伸びをした。

 

「んんんん……ああのどかわいたー」

「ふぅん」

 乾は心底どうでもよさそうに相づちをうった。宇佐木も笑いながら、寝起きだからね、と言った。

 

「のどがかわきました」

「そうですか」

「二人ともなぜ敬語?」

「のどかわいたなー乾くーん」

「何が飲みたいんだよ!」

 執拗な熊野の言葉に、根負けした乾が言った。

「ミルクココア濃いめ」

「のど渇いたときに!?」

「常備してると思うなよ!」

「買っといてね」

 

 今、星がつく勢いだったけど。まあ、いいや。乾も諦めてココア用意しにいったし。

 金子が小さくあくびをしたのを、根津見がけらけら笑いながら指差した。

説明
 改めまして、自己紹介。やばいこの家。定職に就いている人間が二人しかいない(笑)
 引き続きイラストを描いてくださる方を募集しています。
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小説 自己紹介 あにまる☆はうす 

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