小さな反撃
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夜。

金烏梨はため息を吐いた。一日中、相棒の玉兎苺に抱き着かれていたせいで肩と腰が痛い。チョコを渡して、柄にもなくあんなことを言ってしまったばっかりに…来年は絶対あんなこと言わない、絶対だ。

梨はある人を探していた。昼に渡す機会がなく、ずるずると伸ばして夜を迎えてしまったのだ。

いる場所は大抵予想がついていた。人気のない所。皆がいる所にいないときはいつもそうだ。無論、その方が都合がよいのだが。

梨の予想通り、その部屋には誰もいなかった。同じ部屋に泊まっている奴らはどこかへ行ってるようだ。

障子が開けっ放しだった。そのまま入ると、向こうも気配を察したらしく、振り向いてああやっぱり、という顔をした。

 

「よお、金烏の嬢ちゃん。」

「独り寂しく酒盛りか。」

俺の楽しみの一つだからな、と雨合鶏は少し赤い顔でへらっと笑った。

「嬢ちゃんも飲むかい?」

「…未成年に飲酒を薦めるのは如何なものかと。」梨はじっとりと睨む。ははは、怖いなと雨合は軽く笑った。

「んで?何か用かい。」用がないと来ちゃいけないのだろうか、と梨は心に少し痛いものが刺さるのを感じた。

「今日が何の日か知ってるか。」

「あー何かお菓子が貰える日だろ。砥草の兄ちゃんが結構貰ってたな。」

「へー。雨合さんはそういうの欲しいとか思うか?」

「俺?いやぁ、別に欲しいとは思わねぇけどくれるんだったら嬉しいさ。」

「んじゃ、はい。」お金を貸すかのような動作で梨は雨合に箱を渡した。苺に渡したものとは色違いで、青いものだ。雨合は目を丸くした。

「え?くれんの?」

「…迷惑なら受け取らなくてもいいが。」

「いやいやいや、有難く受け取るけど。」何で俺に?と言うような顔をしている。今の会話の流れから察せないもんかなと梨は男が鈍いと言うのはほんとだなと思った。こっちはあげるかどうかもかなり悩んだというのに。

「苺の分買って、たまたまお金が余って、まあもったいないと思ったから…ついでだ、ついで。」なんて言うのは言い訳なんだが。

「これ、チョコってやつか?」

「知ってるのか?」

「食べたことがあるのは一度か二度ぐらいだが…。」

食べたこともあるのか。それはつまり。ちょっと悶々としてしまう。

「用はそれだけだ。じゃあ」

「ちょい待ちちょい待ち。嬢ちゃん、チョコは好きか?」

「いや?」

「疑問形なのはどういうことだい。食ったことあんのか?」

「いや?でも苺が甘くておいしいと言っていた。本でもそう読んだ。私は甘いのが苦手だから…」

「自分が食ったことないもんを人にあげるのはどうかと思うが。」ぐさっ。中々痛い所を突いてくる。

じゃあどうすればいいんだ。雨合は青い箱を開けて一つ手に取った。

「ほい。」

「…それは食え、という意味か?」

「それ以外に何がある。」

「…お邪魔しました。」そそくさと立ち去ろうとする。

「いやいやいや、逃げんな逃げんな。一度食ってみろって。」立ち上がったところで袖を引っ張られる。

「甘いのは嫌いなんです勘弁してください。」

「敬語使ったって容赦しねーぞー」完全に酔っ払いの悪乗りではないか。

力は向こうの方が上だ。必死に抵抗する梨に抵抗する雨合。

「だーいじょうぶだって、これそんなに甘めじゃないみたいだし。」

「嫌だ嫌だ嫌だ!!!」

 

「離せーーー!」そう叫んで思いっきり袖を引っ張ると手を放されて、その反動で背中が畳に叩きつけられた。

頭がぐわんぐわんとして目が眩んだ。その隙に口にチョコを押し込まれた。否応なしに梨はそれをかみ砕いた。

 

「どうだ?」

「…うまい、です。」

梨が想像していた甘ったるさは全くなくて、舌触りはまろやかでコクがあった。今まで味わったことのない味だ。

「な?食ってみるもんだろ?食わず嫌いはよくねーぞ。」

「ああ…ところで雨合さん。いい加減」

 

どいてくれないか、と口を開きかけたところで障子のすぐそばから足音がした。遅かった。

見ると鬼月が口を大きく開けて突っ立っていた。数秒ほど呆然と立っていたかと思うと、ごゆっくりーと言って立ち去った。障子を閉めて。これはあかんやつじゃないか?

 

「…どいてくれないかと言おうとしたんだが遅かったみたいで。」

「そのようで。」

「絶対あいつ勘違いしてると思うんだが。」

「そうだな。」

態勢からして間違いない。雨合が梨を押し倒す姿勢になっている上に梨の着物が引っ張られたのと倒れた衝撃でか少しはだけている。

 

「んで、早くどいてくれないか。」

「どかなきゃ駄目か?」

梨は雨合が言っていることがわからなかった。駄目と言うのは何だ。

「駄目って訳でもないが」

「このまま腕の力を抜いたら、どうなるかね。」

「ふざけてるのか。」

「いやぁ?結構真剣よ、俺。」

雨合の目からして本当にやりかねない。もしそうなったら、と想像はしたくない。

「これ犯罪じゃないか?」

「犯罪になるようなことがこれから起こるとでも?やらしいなぁ、嬢ちゃん。」

「どけ酔っ払い!」

「おいおいおいひでぇなぁ。」明らかに様子がおかしい。そういえばどっかの本でチョコレートは媚薬の効果があるとかないとかいやまさかなこいつ食ってないのに!

どうやってこの場を凌ぐか。混乱した頭で、梨は一つの結論を導き出した。

 

「私に手を出すと痛い目に遭うぞ。」

「力じゃ俺が上だ。」ふん、と梨は鼻を鳴らした。にやりと笑って言い放つ。

 

「女をなめんな。」

 

 

「あれ、りんどうしたのー?遅かったねー。」苺は寝支度を始めていた。

「ああ、ちょっとな。」梨も髪をほどき、寝間着に着替える。着物が少し酒臭い。明日は着れないな、と思った。

「りん、少しお酒くさい?」

「あーやっぱり臭うか。」梨は息を吐いて、自分でも少し酒臭いと思った。チョコの効果ではなく、相当酒を飲んでいたということか。少し酔っぱらってるなどというものではなかった。自分の読みの甘さを感じた。

「まあいいや。寝る。」

「いちごも寝るー。」

お互いにおやすみ、と言って布団に潜った。

雨合にあげた青い箱。あれは義理なんかではない。友達と言う意味でもない。かといって本命でもない。間をとって、だ。それがまさかあんなことになるとは。

梨は布団の中で呟いた。

 

「甘かった。」

 

 

雨合は梨が去った後も思考が停止していた。酔いはとっくに醒めていた。意識が戻ってきたのは鬼月が部屋に入った時だった。

「なんかあったか?」大体は察している気でいるらしい。

「…何も。もう寝る。」

「おう。おやすみ。」

何も尋ねてこない鬼月。誤解していると思うが、その誤解は間違ってる。説明するのは明日でいいか、いや説明もしなくていいかな、と思った。

布団に入る。先ほどの出来事を頭の中で振り返る。

ちょっと、魔が差しただけなのだ。ぶっきらぼうに渡されたけどその裏にあるものは何となくわかった。だてに長く生きていないのだ。

お風呂上りだからなのか、顔を少し赤くしている梨の本心が知りたくて、つい。反省は一応している。

でもまさかあんなことをされるとは思わなかった。

侮っていた。自分より一回りも違う女の子。

今でも少し口の中に甘さが残っている。

 

「甘かった。」

 

来月に反撃してやる。そう心に決めた雨合であった。

説明
ここのつ者のバレンタイン企画に参加させていただきました。

金烏梨/玉兎苺/雨合鶏/蒼海鬼月(ちょっとだけ)

…何があったかは察してくださいw梨苺はまた別に。
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