恋姫OROCHI(仮) 序章・下〜戦国〜 |
その少女は、にこやかだった。
「……ごめんなさい。よく聞こえなかったの。もう一度言ってもらっていいかしら?」
長尾家当主、長尾美空景虎は、自分の一段下、正面に座る織田家からの使者である雛を笑顔で見据えていた。
脇には家老の秋子、柘榴、松葉が控えているが、雛のことを犬に噛まれた娘のように見ていた。
(うぅ……貧乏くじだったよぅ……)
龍の視線で針の筵な雛は、心の中で後悔をしていた。
……
…………
………………
織田が駿河消失を伝えるべき同盟国は、将軍家・浅井家・長尾家の三つ。
この三家を麦穂と雛で手分けして回ることにした。
距離や方角から、一人は将軍家と浅井家。もう一人が長尾家を回ることにし、
「雛ちゃんは、どっちに行きたい?」
と麦穂に聞かれた雛は、少しの逡巡の末、じゃあ長尾家の方でー、と答えた。
行ったことがない所へ行ってみたい、という尤もらしい理由もあったが、本音を言えば、顔見知りとはいえ大名や将軍と二回も謁見するのは面倒くさい。
それに、剣丞のことを報告するなら、まだ一葉より美空のほうが楽だろう、という非常に緩い理由で越後行きを選んだのだが…
………………
…………
……
「……ひぃ〜なぁ〜?」
「ぴっ!」
一睨み。
雛の正面に御座すは、越後の龍と渾名される武人。
龍に睨まれては、雛はひとたまりもない。
「もう一回、言って、くれるわよ、ね!?」
「は、はひっ!」
圧倒的な圧力を感じながらも、雛は恐る恐る口を開いた。
「え、えぇ〜っと…ですから、数日前に駿河が消えちゃったみたいでー
どうやら剣丞くんたちも、そのとき駿河にいた、かもしれない…って感じなんです、けど……」
「…………」
笑顔。
「…………」
笑顔。
「「「…………」」」
「ぬわんですってぇぇええぇ〜〜〜!!!!」
絶叫と同時に上段を飛び出し、雛に飛びつく美空。
「ちょっとそれどういうことよっ!?剣丞はっ?剣丞はどうなったのっ!!?」
雛の両肩をむんずと掴み、がくがくと前後に揺さぶる。
首が据わっていない子供のように雛の頭が激しく揺れる。
「で〜す〜か〜ら〜〜…駿河の国が〜〜……」
「駿河なんてどうだっていいのっ!剣丞!!剣丞は無事なのっ!!?」
「けけ、剣丞くんは〜…駿河と一緒に〜…消えちゃったんじゃ、ないか、と〜…」
「――――っ!?そ、そんな……」
顔を真っ青にし、膝から崩れ落ちる美空。
両頬を押さえ、絶望的な表情に変わる。
「スケベさん消えちゃったっすかー?」
「…スケベ、消える、ウケる」
部屋の端っこで聞いていた柘榴と松葉が口を開く。
((主|あるじ))との温度差が激しく激しい。
「ちょあ…アンタたちねぇ…!ちょっとは心配じゃないのっ!?」
あまりの態度に、美空は青い顔を赤くする。
「心配。秋子が心配。折角もらってくれそうなスケベだったのに…」
「これで行かず後家確定っすねー」
「ちょっ!余計なお世話ですーー!!それにそれを言ったら、あなたたちだって同じでしょうに!」
秋子が諸手を挙げて反論する。
「松葉たちは、まだ若いから大丈夫」
「でも秋子さんは年だから、スケベさんが最後の機会だったっすー。可哀想っす〜…」
松葉と柘榴は憐憫の眼差しを秋子に向ける。
「くうぅ……若いからまだ大丈夫、ってのがあとあと悔やむ一番の言葉なんですからねーー!
松葉ちゃんも柘榴ちゃんも、私くらいの年なんかすぐに来ちゃいますよ、すぐにー!!」
「あ、アンタたち……」
家老の秋子まで加わってのドタバタに、美空は怒りを通り越して呆れ果てる。
が、そのおかげで冷静さを取り戻せた事に、どうも釈然としない表情になる。
軽く嘆息しながら、気持ちを落ち着かせるように、ゆっくりと上段へと戻り、腰を下ろした。
「で、その駿河が消えた理由とか、剣丞たちの行方とか分かってるわけ?」
「その辺は全く分かってないみたいです。今は武田と松平が調査してるみたいなんで、何か分かったら追って連絡が入る手筈になってるらしいですー」
「なるほどね。で、長尾家はどうすればいいの?」
「とりあえずは治安維持に努めてほしいとの事です。特に長尾家は、その……」
雛は言い難そうに口ごもる。
直近もあったように、連合国中で家中に最も火種を抱えているのは長尾家だろう。
姉の晴景の存在は言わずもがな。
また、国内の引き締めに剣丞との婚姻を利用した手前、この状況はあまりよろしくはない。
「そうね。この連合や私のことを快く思わない連中にとって、何かを起こすのにちょうど良い状況ね……秋子!空と愛菜は?」
「あ、はい!今日は織田家からの使者がいらっしゃるとの事でしたので、愛菜がいるとまた面倒なことになると思いまして、空さまと一緒に城下の方へ遊びに出てもらっています。もちろん、護衛はつけています」
「そう。念のため、すぐに連れ戻しておいて」
「はいっ!」
パタパタと秋子が間を後にする。
それと同時に、厠に行ってくるっすー、と柘榴も退出した。
それで何となく、謁見、という公式な空気が解ける。
最初からなかったと言えなくもないが…
「はぁ……まったく!鬼の騒ぎが一段落したと思ったら、今度は国が一つ消える!?
しかも剣丞まで一緒に消えたかもしれないなんて…あぁ、もう!!!」
美空は頭をわちゃわちゃにする。
「そういえば葵さまが、剣丞くんは元の世界に帰ったっていう推察を立ててたんですけど…」
「何よそれ!?私を差し置いて剣丞隊の連中だけ連れ帰ったってことっ!?」
「いえ、あの…」
「落ち着いて御大将。もしスケベが帰るだけなら、国が一つ消えるのはおかしい」
松葉が冷静に突っ込む。
「わ、分かってるわよ。それくらい…」
そう言いながら美空は、右手を額を鷲掴み、眼を閉じて深くため息をつく。
取り乱すのは、真剣に惚れている証左なのだ。
鬼を一掃し、駿河を解放したら今度こそ、一時かもしれないが平和な時が訪れる。
美空はその時、剣丞と空と自分、三人でゆっくりと温泉にでも……
そんなささやかな幸せを胸に描いて、日々を送っていたのだ。
その矢先の急報だった。
「御大将……出家、したい?」
松葉が、先ほどとは打って変わって、真面目な声色で美空に問う。
心労や面倒事、嫌な事があると、すぐ出家すると言い出す癖がある美空。
空を養子に迎えてからは幾分収まってるとはいえ、昔から美空を見ている者からすれば、充分に癖が出ても致し方ないほどの出来事だ。
しかし…
「そんなこと…出来るわけ、ないでしょう?私には…もう、捨てる事のできないものが、出来ちゃったんだから……」
頭を振るうと、すっと胸に手を当てる美空。
そこにある『絆』に触れるように、優しく…
その顔は、越後の龍でも関東管領長尾家当主でもない。
美空という一人の少女のそれだった。
…と、
「あ、そ、その…違うわよ!?空!空がいるんだもん!別に剣丞がどうとか、そんなことは全然!まったく!関係ないんだからっ!」
顔を真っ赤にし、両手をぶんぶんと横に振るう。
「いやぁ、さすがにそれは…」
「御大将、いくらなんでも無理がある」
「……うっさいわよ」
雛と松葉の呆れ顔を見まいと、ぷいっと顔をそっぽに向ける。
その様子に、松葉はわずかに相好を崩した。
(良かった。御大将、少し元気、出た)
口下手で不器用な松葉だが、心から美空のことを心配しているのだ。
軍神と呼ばれる長尾景虎は尊敬に値するが、惚れた男のために喜怒哀楽を自由に表現できる美空という大将を、心から護りたいと。
そう思っているのだ。
…………
……
場の空気が緩まったところに、ダンダンダンダンッと、廊下から激しい足音が聞こえてきた。
と思いきや、スパーンと部屋後方の襖を勢いよく開き、柘榴が現れた。
「雛、雛ー。ちょっと聞きたいことがあるっすけど?」
用足しを終え部屋に入ってくるなり、能天気な声を上げる。
「なに〜?」
「スケベさんが田楽狭間に現れたとき、近くに居たっすー?」
「雛?ううん、近くには居なかったけど…」
どうしてそんなこと聞くの〜?と聞こうとしたとき、柘榴から後光が射した。
「ざ、柘榴?あんた、それ…」
護法五神を召喚し、自身も毘沙門天の化身と呼ばれる美空も、その光景には絶句する。
そんな神秘的な光景、
「もしかしてスケベさんが現れたときって…」
…というわけではなかった。
その強い光は柘榴の後方、城の外から発せられていた。
そしてそれは室内にも侵入し、全てを真白に染め上げる……
「こんな感じじゃなかったっすかね〜?」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょーーーー…………」
この日、越後が消えた。
もはや他人事ではない。
武田から伝えられたその報せは、連合国を震撼させるのであった。
説明 | ||
DTKです。 恋姫†無双と戦国†恋姫の世界観を合わせた恋姫OROCHI、第4話目です。 これで序章も終了。次からはいよいよ本編?となります。 序章を読んで、何となく世界観を掴んで頂ければ幸いです^^ なお、戦国†恋姫をクリアした人用に作っています。 少々ネタバレなどありますので、そこのところお含み置きください。 |
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コメント | ||
正宗サンさん>腹案はありますが、その辺はおいおいということで…^^;(DTK) 元ネタで遠呂智方についていた、前田慶次,伊達政宗,司馬懿と言ったキャラは如何するのでしょうか?(正宗サン) いたさん>多分これからペースが落ちますので、ゆっくりとゲームを進めてください^^ 次回も是非お楽しみに!(DTK) アルヤさん>基本的に日本が三国に飛ぶことになります。あちらさんはデカイので^^; 次回も是非お楽しみに^^(DTK) まだ、ゲームが終わらない。 けど、面白いから読んでしまう! 次回も楽しみにしています。(いた) 越後はどこに現れるのか、逆に三国から日ノ本のほうにどこか飛んでくることはあるのか。次回が楽しみです。(アルヤ) |
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