袖の下とちょこれいと
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「秋津さぁ…」

 

茶屋で開かれている異国のお祭り、バレンタイン。秋津は後ろから慣れ親しんだ声をかけられた。この声は、熊染だ。

……しかし……常なら声の方に笑顔を向ける彼女だが、この時は違う。

 

「何くだらない事してんだ?トカゲ」

 

 若干にらむようにして振りかえると、案の定、紫の着物に赤い帯。なぜかここのつ者を始めとする、顔見知りの前ではこの姿で現れるために判断がつくのだが、トカゲがにやりとした顔で手を振っていた。

 

「やっぱりばれちゃいましたね〜。結構似せたと思ったんだけど、どこで分かったん?」

 

「気付かないとでも思ってんのかい?向こうに本物の熊がいるからだよ。」

 

 あ、ばれた?と肩をすくめて見せた。いちいち癇に障るやつだ。にらんでいるはずの顔も不思議と印象に残らないものだから、よけいに。

 

秋津は赤い着物の袖を揺らして腕を組み、整った眉を不機嫌に寄せる。こいつが絡むと大抵碌なことをしないのだ。…ここのつ者の集まる屋敷で、巫女の服を剥いで借りていった事は記憶に新しい。

 

「で?何の用。あんたが何の用もないのにこんなくだらない事までして話しかけたりしないだろ?」

 

「ご明察。さすが秋津ちゃん。正解した茜には贈り物を。はい、どーぞ」

 

 芝居かかった動作で秋津の手を取り、その上に小さな包みを乗せる。

 

 鮮やかな平たい紐で飾られた小箱。中身は空けずとも分かる。先ほどからここのつ者いつわりびと問わず互いに渡しあっている、ちょこれいと、とかいう南蛮の甘味だろう。上品な包みからしてそこそこ良い物だろう。へぇ…こいつにしてはなかなか良いものをよこすものだ。少し小箱を開いてみてみると、さりげなく装飾が施された上品な物。輸入品ということを含めても通常の甘味よりは値が張るはずだ。

 

しかし……

 

「……ケチで守銭奴だって名高いお前がこんなもんくれるんだ。どんな裏があるんだか」

 

 ねぇ、と探るように言い、小箱を揺らしてみせる。

 

「裏だなんて酷いですわぁ〜。まぁ、『なんとかの帯』みたいにまったく裏表ない訳じゃぁねぇですがね…」

 

 そこで言葉を切り、いたいたずらめいた口調はそのままに、眼だけわずかに細める。爬虫類だったか両生類だったか忘れたが、名前の通り、トカゲのような眼だ。

 

「所謂、手付とか袖の下って奴ね」

 

 トカゲと秋津は、手段は多少違うが金品を狙ういつわりびとだ。こうして今同じような土地を拠点にしている以上、獲物が被りやすい。

 

「だから、今後手を組む可能性も出てくるな〜と思った訳ですよ」

 

 悪い条件じゃないですし、今すぐじゃないし、貰っておいて損は無いと思うぜ?といってトカゲは笑って見せた。

 

「袖の下チョコ、ねぇ…変なもん入れてないだろうな?」

 

「そんなことしたら俺っち、あんたに八つ裂きにされたうえに黒焼きにされるんでしょ?知ってる」

 

肩をすくめて大げさに怖がって見せるトカゲに、わかってんじゃん、と秋津も返す。

 

「まぁ…そうだね…アタシの取り分が八割なら考える」

 

「酷!さすがにそれはぼったくりじゃないですの!?」

 

 バッサリと切って捨ててみる。当然だ、アタシは高いんだ。

 

 ねぇー、ねぇ―、秋津ちゃん〜とかわいらしい哀れっぽい声で秋津の周りをちょろちょろと走り回っているが、無視。

 

「アタシ以外に声かけてるやつがいるんだろ?なら等分にしたら多くても三分の一。割にあわねぇよ」

 

断定の意味を強めて言うち。トカゲはキョトンと、驚いたように表情を変えた。両手を軽く挙げて降参と言うように振り、敵わないな〜とつぶやいた。少し離れたところに居た悠にも聞こえたのか、こちらに近づいてきた。

 

「確かに私も声をかけられましたが…良く分かりましたね、秋津さん」

 

 その手には、秋津に渡されたのと同じ包み。違うのは包みを飾る平たい紐の色。秋津は赤で、悠のものは黄色。なかなか気の効いた事をするものだ。

 

「まぁな、でも、悠だったのか。意外だな」

 

トカゲも秋津も、ここのつ者に遅れは取らないが直接の戦いはあまり得意な方ではない。戦闘能力に劣る面々だから、てっきり企鵝辺りにもちょこれいとを渡していると思ったのだが。

 

「あ、ちゃんと後から企鵝お兄ちゃんにも渡してくるぜ〜」

 

「…三枚に下ろされないようにしてくださいね、トカゲさん」

 

呆れた悠の言葉も意に介さず生返事を返す。本当に一度くらい三枚に下ろされたら懲りるのではないだろうか。

 

「気が乗らないんだったらそのまま返してくれていいですぜ?僕が自分で食べるだけだから」

 

「バレンタインデーにそれは…なかなか侘しい事を言いますね」

 

「自分で買ったものを自分で食うんだからな…」

 

ちゃんと女装して買いに行ったもん!という謎の弁解がトカゲから返ってきた。

 

「それじゃ、ちょっくら、企鵝を口説きに行って来るかな〜」

 

泣き真似のあと、こう言いながら、声をここのつ者の巫女のものに変え、忍びよっていった。訂正。三枚に下ろされた後、黒焼きにされるぞ。

 

 あきれ顔でそれを見送ると、秋津は共に取り残された悠に話しかけた。

 

「おい、悠。お前も「手を組むときによろしく」って言われたのか?」

 

「そうですね…私もトカゲさんと同じように外見を利用するので、組んでみたら面白そうだと言われました。」

 

 そっと悠の顔を盗み見るが、彼も意外と感情が読みにくい。分かりにくい者同士、案外合うんじゃないだろうか。

 

「二人とも女装して、美少女二人組で美人局とか面白くないかと言われました。」

 

「……やっぱり面白可笑しい方面に思考回路が行くんだな、あいつ。」

 

企鵝も装えば女性に見えるだろうが……まさかトカゲのやつ、全員で女装でもしてひと暴れする気じゃないだろうか……

 

 ……うっかり想像したが、別に違和感がないのが怖い。考えないことにしよう、と秋津は首を横に振った。

 

「どうかしましたか?秋津さん」

 

「いや、…ちょっと嫌な想像をしただけだ。アタシはもう行くよ。」

 

「そうですか。では、私も行きましょうか……トカゲさんが三枚に下ろされるのかどうか、気になりますし」

 

 小箱からちょこれいとと取り出して一つ頬張りながら、歩き出す。

 

 自分が渡したいと思う相手もいるのだから。

 

説明
バレンタインデー企画に則りまして、トカゲより、秋津さんと鴉目悠さんに友達チョコをお渡しさせていただきます。
どうぞ、受け取っていただけるとうれしいです。
登場するいつわりびと:トカゲ 秋津茜 鴉目悠
名前だけ登場:企鵝 熊染
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タグ
小説 ここのつ者 

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