龍王放浪記:壱〜鈴の音を聞きながら:中之二〜 |
『龍王放浪記:壱〜鈴の音を聞きながら:中之二〜』
最近、思春が明るい。表情こそ相変わらず無愛想だが、雰囲気は以前よりも柔らかくなっている。
そんなことが呉国の首脳陣の間でささやかれるようになったのは、思春が龍志と住むようになってから三月程経過した頃。
その二月の間で大陸の情勢は大きく変動していた。中原にて繰り広げられていた北郷と曹魏の戦いが北郷側の勝利に終わり、曹操を始めとする魏の首脳陣達は軒並み北郷軍の捕虜となったらしい。
孫呉は北郷と同盟を結んではいるものの、乱世にそのようなものはあてにならない。だが呉王である蓮華は北郷一刀に対して何かしら思うところがあるらしく、少なくとも孫呉から戦を起こすという事はなさそうである。
まあそれはそれとして、現在最も蓮華達にとって身近な異変は思春であった。
先程述べたように、少しずつだが彼女の険がとれ穏やかになりつつある。
それもこの二ヶ月程、本人ですら気付いていない内にであった。
果たして彼女に変化をもたらしたものは一体何なのか?
そんなことを考えていた蓮華、穏、小蓮の三人は偶々街の茶屋でばったり出会い、そして疑問の答えを揃って目にすることになる。
「うん。やはり俺の見立て通り、よく似合っている」
「そうか?私はこのような服はあまり着たことがないのだが、お前が言うのならそうなのだろうな」
三人が息を潜めて座る卓から少し離れた所にある窓際の卓。
そこで龍志と思春が和やかにお茶を楽しんでいた。
しかし今の彼女の姿はいつもの裾の短い装束ではない。
和装の白衣に白いラインの入った緋袴。髪は緋色のリボンで後ろで結んでいる。
そう、巫女装束である。
これこそあの日に龍志が思春に贈った服であり、着せるのに三週間以上かかった一品であった。
眼福眼福といった風に微笑む龍志と、大して露出もないのに何故か気恥ずかしい気持ちになる思春。
北郷一刀様々と龍志が思ったかどうかは定かではない。しかしこれだけは言える。
龍志は間違いなく巫女スキーだ。中国生まれなのに巫女スキーだ。
「で、今日はこれからどうするんだ?久々の非番の日に私を誘ったんだ。つまらんことでは容赦せんぞ」
「おや。川下りや孫権殿を物陰から観察しなくてもをせずとも休日が楽しめるようになったか」
「とりあえず後者は言いがかりだと言っておこう」
他愛の無い話に花を咲かせる二人。
『孫権殿を〜』のあたりで一瞬蓮華の顔が引き攣った気がしたが、二人に注目している穏と小蓮は気付かなかった。
「そうだな。城を出て近くの山に行ってみるのも良いかもしれん。それとも仕事抜きで市でも歩いてみるか?」
「……ようするに決めてないんだな」
「こういうのは行き当たりばったりの方が楽しかったりするんだよ。お望みとあればすぐに組み立てて見せるが?」
非難がましい思春の視線に、いつものようにとても微かな笑みで返す龍志。
思春も本当に咎めていたわけではなかったようで、すぐに微笑みを返した。
「何はともあれ、今はゆっくりとお茶を……」
「何しやがんだてめぇ!!」
「んだとこら!!ぶつかっといて何言ってやがる!!」
突如、店の外から響いてくる男達の怒声。
「……白昼堂々酔っ払いの喧嘩か」
やれやれと椅子から腰を上げる龍志。
「行くのか?」
「まあ、ほおっておく訳にはいかないだろ」
「そうか…まあ気をつけてな」
「ああ、了解」
リーン
鈴の音を残して店の外に消える龍志。
それを見送る思春の顔はいつもと変わらなかったが、微かに目が優しく揺れていた。
「思春ちゃ〜ん」
「うわっ!!」
そんな彼女の頭に乗って来たのは、呉の誇るたわわ軍師の水蜜桃。
「見てたわよ〜」
腕にしがみついたのは弓腰姫の異名を持つ孫家の弾丸娘。
「思春にあんな人がいたなんて…意外だわ」
くすりと笑うようなしぐさをしながら最後に現れたのは、思春の敬愛する孫呉の王。
「穏!?小蓮様!?蓮華様まで!?」
一瞬動揺する思春であったが、すぐさまいつもの鉄面皮を取り戻した。
「も〜う思春たら〜男が出来たんならシャオにも言いなさいよ〜」
「あいつはそのようなものではありません」
「そんな格好で見苦しいですよ〜」
「いや、これはだな…」
「なんにせよ、話してくれるかしら、思春?」
蓮華にまで言われては、思春に断る事など出来ない。
結局、江賊との戦い(この事自体はすでに報告済みであった)の前に龍志と出会ったこと。路銀も行くあてもない彼を食客として雇い、仕事を手伝ってもらっていることなど洗いざらい吐かされることとなる。
「で、今はそんな服を着てあげるような仲なんだ〜」
「これは日頃の礼です」
「お揃いの鈴もですか〜?」
「あ、あれはあいつがふらふらしているからでだな……」
それでも小蓮や穏にからかわれることに変わりはなかったのだが。
「そう、それほどの人物ならぜひとも我が陣営に加えたいものね…」
ただ一人、蓮華だけは龍志の能力に興味を持ったようだが。
「ねえ思春。その龍志という者を登用することは出来ないかしら」
蓮華の問いに、穏と小蓮の息の合った連係に翻弄されていた思春は心なしかげっそりした顔で彼女を見た。
未だに激昂していないのが龍志の影響なのだろうなぁ。と蓮華は心の中で龍志という男への畏敬の念を抱く。
「いえ、自分もその話を何度かしたのですが、どうやらかつて仕えていた主が忘れられないようで……」
実際に幾度か思春は龍志に孫呉への士官を薦めたことがあったが、全て曖昧な返事ではぐらかされてしまっていた。
一度だけ、どうしてそうまで頑なに仕官を拒むのか問いただしたことがある。
その時だけ、龍志は今まで見せたことのない複雑な表情を浮かべてこう言った。
『何よりも敬い、誰よりも愛した主が昔いてな……』
それだけ思春が言葉を継げなくなるには充分だった。
彼女とてもしも蓮華を失ったならば、他の主に仕えようと思うだろうか?
答えは否。
蓮華以外の主を頂くことなど、彼女には想像できない。
「おそらく、無理に仕えさせようとすればこの国を出ていくでしょう」
「そう…それは避けないといけないわね。この国の為にも、思春の為にも」
「おっしゃる意味が解りませんが」
蓮華まで攻撃を始めたことに、鉄面皮が崩れそうになる思春。
そんな思春を見て蓮華はクスクスと笑い。
「冗談よ…いずれにせよあなたにとって大切な縁(えにし)だわ。大切になさい」
「表の喧騒が止みましたね〜そろそろ戻ってくるんじゃないんですか〜?」
「なら、とっとと退散しましょ!お邪魔しちゃ悪いしね〜」
「じゃあ思春。またね」
言うだけ言って退散する三名。
その姿が見えなくなったのを確認した後、さらに数秒置いて思春は深々と溜息をついた。
「……すまない。思いのほかに遅くなった」
「みたいだな…」
店の外から埃を払いながらやってきた龍志に、思春はげっそりとした表情で恨みがましい視線を向けた。
三人がいる時は頑なだった鉄面皮がポロリとはがれおちているのに、彼女は気付いているのだろうか?
「…どうかしたのか?」
「何でもない」
思春は目の前にあった自分の茶を干すと、龍志の杯を指さし。
「出るぞ、飲め」
「あ、ああ……」
龍志が温くなった茶を飲み干したのを見届けると、思春は代金を卓の上に置いてつかつかと店外へと歩いて行く。
それを見た龍志は慌てて同じように代金を置いて追いかけた。
余談だがこの時二人が置いていった金額は、二人とも互いの分を含めた金額……。
思慮深いのか抜けているのか判断に困る二人である。
いずれにせよ、思わぬ得をしたのがこの茶屋であることだけは間違いない。
ちなみに茶屋の名は『茶房・米村』
うん?米村…べいそん……ベースソン………あれ?
〜続く〜
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スピンオフ作品・龍王放浪記:壱の中編其之二 お題は『龍志、驚愕の真実』 オリキャラ注意 |
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コメント | ||
@@さん→大丈夫です。私も自身も何故かそう読みましたから(タタリ大佐) munimuniさん→そこまで笑っていただき光栄です(タタリ大佐) Poussiereさん→まあ今回はそういう話ですので(笑)二人の恋の行く末に注目なさってください(タタリ大佐) うん、もう気にしたらあかんねwwww やはり、恋心抱いてる気がしますね〜 だが、それが良い(マテコラ(Poussiere) |
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