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「ねぇ、明晰夢って知ってる?」
私は彼に語りかけた。同じテーブルに座っている彼が、ぼんやり退屈そうな顔をしていたので、今ふと思い出した面白い雑学でも披露してやろうと思ったのだ。
「知らない」
彼は俯いたまま、ぼそっと呟いた。
「一言で言えばね、自分の望み通りにコントロールできる夢の事よ」
「コントロール?」
何かの琴線に触れたのか、彼はゆっくりと顔を上げた。
彼の顔は、お世辞にも良いとは言えない。むしろ、世間的には不細工の領域に入るだろう。脂まみれのニキビ面。ろくに手入れもしないのか、グシャグシャに乱れた髪の毛。そして、骨が見えそうなくらいに細く白い体。どれを取っても、一般的な女性が好む男性の容姿からはほど遠い、引き籠もりのような人間だ。
対して、私は自分が俗に言う美少女であることを理解していた。整った顔に、可愛らしい大きな瞳。モデル並の曲線美を描いたスタイル。しなやかな長い髪。豊かなバスト。どれを取っても、一般的な男性が好む女性の容姿だし、実際何人もの男性から告白を受けた経験がある。
そう、私と彼の組み合わせは美女と猿のようなものなのだ。……なのに、私は彼が愛おしくてしかたがなかった。
一体、どういう経緯で彼に惹かれたのか自分でもわからない。気がついたら、こうなっていたのだ。彼の駄目男ぶりに母性本能をくすぐられたのか、もしくは元々私にそういう嗜好があったのか。
……いや、よそう。無理に理由を探ってもしかたがない。何故なら、恋愛感情を理屈付けるのは、下手な数式を解くことよりも難解なのだから。
「そう、コントロール」
心のざわつきを沈めながら、私は頷いた。
「例えば、どういう風に?」
「何でも自由自在よ。空を飛んでみたり、美味しいものを食べたり、地球上に存在しない場所へ行ってみたり、何かの漫画みたいに派手な戦いをしてみたり、それから……」
そこまで言って、言葉が詰まった。しかし、ここで急に話をやめたら、彼に不信感を抱かせるだけだと思い、覚悟を決める。好きな人にそういう感情を持たれるのは、何となく嫌だったのだ。
「……それから、好きな子とセ、セックスをしたりだとか」
言った瞬間、私の全身に熱が走った。思わず、目線を下に向けてしまう。恥ずかしくてしかたがない。
心を落ち着かせ、恐る恐る上目遣いで視線を戻すと、ニヤついている彼の顔があった。私は彼が下半身直結人間であることを知っていたので、その反応は概ね予想通りだった。
正直言って気持ちが悪い。しかし、その気持ち悪さこそが良いと感じる自分がいるのも事実だった。
「その明晰夢は、どうしたら見れるんだ?」
早速、彼は興味津々で質問してきた。鼻息を荒くしているのが、ここからでもわかる。
「そうねぇ、夢日記を付けるだとか、二度寝を意識的にするだとか、金縛りをおこすとか、色々あるけど」
このスケベ野郎と思いながら、私は言った。途端、彼の顔が歪む。
「何だか面倒くさそうだなぁ……」
天性の駄目人間である彼は、心底だるそうに言った。
「まぁ、要は夢の中で夢と気づければそれで良いのよ」
「夢の中……」
彼はそう呟きしばらく考え込むと、驚きと喜びに満ちた表情をしながらこう叫んだ。
「なんだ、だったらまさに今のおれの状態じゃないか! だから、おれの一番好きなキャラである君と、こうして会話できているんだな」
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美しい少女と醜い男の間で交わされる、あるやり取りを描いた掌編小説です。 長さ:四百字詰め原稿用紙約3.5枚程度。 |
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