インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#115 |
[side:マドカ]
『通常兵器では、ISに対抗することはできない。』
それが、IS普及後における軍事上の常識であり、覆せない事実であった。
機動性、火力、防御力――どれを取っても従来兵器を大きく凌駕しており、数少ない欠点である『操縦者が女に限られる』『((中枢部品|ISコア))の個数に限りがある』は兵器としては致命的かもしれないが、それそのものが持つ戦闘力だけを見れば『最高の兵器』と言える存在がISである。
そう、思っていた。
事実、かつての白騎士事件のときにはICBMは切り払われ、各国の戦闘機や戦闘艦もたった一機のISによって無力化されてしまっているし、私自身もISを用いて研究機関への押し入り強盗をしていたころは敵ISにさえ気をつければ後は取るに足らない『雑魚』扱いしても問題なかった。
だが、どうやら、それは間違いだったらしい。
――正確には、ISの優位性が絶対ではなく、通常兵器の進歩により追い越される存在であったのだろう。
今、私の目前で繰り広げられている光景が、それを証明してくれていた。
艦橋上部にあるセンサーマストを失ってもなお、『そんなことは瑣末な事』と言わんばかりに戦闘を続けている『とね』。
探照灯を照射してゴーレムを追い続けている『じんつう』、そんな『じんつう』を狙うゴーレムを執拗に追いかけ撃ち続ける『せんだい』。
――三隻の『((三十年もの護衛駆逐艦|あぶくま型護衛艦))』は、追手のゴーレムIIIと交戦開始してから三十分以上経った今もなお健在で、必死の抵抗を続けているのだ。
確かに、ISに乗った私も護衛艦側について戦闘に参加している。
とはいえ、いくらビットを駆使していたといても一対三。
数の絶対的な差は覆し難く、どうしても一機は艦隊のほうに行ってしまう。
――その、一機を相手に三隻は奮戦を続けているのだ。
…とはいえ、延々とこの状況を維持できるわけではない。
ゼファーのエネルギーや弾も、駆逐艦の燃料や弾薬も、それを扱う人間の集中力や体力も限界がある。
一方の相手は無人機だ。エネルギーの限度こそはあるものの、扱う側の疲労や集中力の問題が存在しない。
このままでは、遅かれ早かれこちらが不利になる。
―まあ、元々IS一機と護衛駆逐艦三隻でIS三機を相手取ってる時点で圧倒的に不利なのは端から分かりきったことではあるが。
「っ!」
直撃コースにあったゴーレムの砲撃をエネルギーシールドで覆われた物理シールドで受け流す。
最初は真正面から受け止めようとして、((ラファール用防御パッケージ|ガーデン・カーテン))を貫通されているが、これならば―――っ!
シールド表面のエネルギーシールドとの干渉で射線がそれたゴーレムのビームが海面に盛大な水柱を立てる。
お返しはIS用対物狙撃砲。
取り回しは最悪に近いがその威力は上手く当てれば重戦車も一発で((鉄屑|スクラップ))にできるそれを数発叩き込む。
まあ、狙撃ができる距離でもないしお互い動くために当たらないのだが。
ダム、ダム、ダム、かちん。
「ちっ、弾切れか。」
自動的に出現したウィンドウによると予備弾装も含めて残弾ゼロ。
…直撃させればゴーレムといえどタダでは済まないからといって牽制に使いすぎたか。
だからといってエネルギー兵器を使えばビットやエネルギーシールドで消耗しているところに自分でとどめを刺しにいくようなものになるし―――
量子変換するためのエネルギーを惜しんでライフルを捨てる。
どのみち、弾が無い以上、鈍器として振り回すほかに使い道が無いのだから。
捨てたライフルが着水するよりも早く、次の銃を呼び出して撃つ。
難なく避けるゴーレムに下の艦隊からの砲撃が入るがこれもまた回避される。
それでも至近弾になっているところを見る限りではかなり頑張っているのだろう。
問題は『その頑張りがいつまで続くか』だろう。
常に致死の恐怖にさらされ続けている状況下のストレスは想像を絶するものがあるだろう。
この状況を、いかにして打開するか。
だが、その答えが出る前に事態は動き出していた。
それまで相手をしていた二機のゴーレムが同時に左右から砲撃してくる。
なんとも絶妙な角度で――そう、どちらも直撃コースで真正面から防ぐしかない角度での砲撃。
「ぐ、耐えてくれよ、ゼファー。」
気休め程度かもしれないが、シールドにまわすエネルギーを許す限り増やす。
歯を食いしばって、衝撃に耐える。
一射、二射、三射――
続けられる砲撃にシールドも悲鳴をあげる。
このままじゃ―――っ!
ぞくり、と背後に寒気のようなものを感じるとほぼ同時、背後から近づいてくる三機目のゴーレムの砲口がこちらを向いていた。
―――これは、不味い!
斜め上に陣取る二機のゴーレムと同高度の一機という配置は私から逃げ場を奪っていた。
唯一開いている下だが、そちらに逃げるということは艦隊にゴーレムを近づけることになる。
自分ひとりのわずかばかりな延命のために三隻を犠牲にするなど、到底無理だ。
「我慢比べ、するしかないか?」
覚悟を決める、そのときだった。
『嬢ちゃん、下だ!』
唐突に飛び込んできた音声通信。
その声にしたがって海面に向かって((瞬時加速|イグニッション・ブースト))。
頭上を三筋の閃光が走ってゆくのを見て、ほっと一息――つくことはできない。
私が海面付近に下りたことで三機全てのゴーレムが阻止線を取り払われた状態になった。
あわてて再上昇しようとする私であったが、不意に爆炎が視界に飛び込んできた。
「被弾!?いや…?」
ゴーレムの砲撃を食らったら爆炎では済まない。艦底部まで貫通されてそのまま爆沈してしまう。
爆炎を吹きながら十二発の((対艦ミサイル|SSM))が空へとあがってゆく。
だが、そんなものでは白騎士事件の二の前に―――
続いて発射される、前甲板上の八連装ミサイルランチャー。
全艦がミサイルを放ち終わるとほぼ同時に、大空へと舞い上がったSSMがぱかりと割れた。
「―――は?」
二つに割れたSSMから放たれる大量の((高機動小型誘導弾|ハイマニューバ・マイクロミサイル))。
槇篠技研を襲撃したときにお見舞いされたミサイルの面制圧を思い出して、思わず震えそうになる。
巧みに逃げ場を封じるような機動を行うそれの大群がゴーレムたちに襲いかかる。
――夜空に、盛大な爆炎の華が咲いたのはその直後であった。
『よし。嬢ちゃん、逃げるぞ!』
着艦しろといわんばかりに艦後部のヘリ甲板を照明で照らす『じんつう』からの通信。
――だが、ゴーレムがただで逃がしてくれるとは思えない。
あの一撃で手負いにできていれば御の字というレベルだろう――――
実際、すぐに爆炎の中から現れたゴーレムは決して軽くは無い損傷であったが、行動に支障をきたすほどのものではなかった。
逃げようとする艦隊の殿に――少しでも時間を稼ごうとショットガンを量子転送したとき、一筋の閃光がゴーレムを直撃した。
ゴーレムの足が止まる。
「何だ!?」
おそらく、ISの((光学兵装|レーザーライフル))を用いた超長距離狙撃。
ゴーレムを襲っている以上、おそらくそれは味方か、『敵の敵』のISが存在しているということになる。
さらにレーザーに超音速の実体弾が混じる。
あれはおそらく大口径レールカノンの類だろう。
―――と、言うことは。
ザザ、とノイズが走ったあと、自衛隊の回線に通信が入った。
それが、回線をつないだままだった私にも届けられる。
『―――こちら、IS学園所属機だ。これより戦闘領域に突入し貴艦らの撤退を援護する。』
私には聞き覚えのある怜悧な少女の声。この声は確か―――私を織斑千冬と間違えて抱きついてきたあの少女の…
通信回線から、歓声が上がる。
それは通信回線だけでなく、実際に空間中に放出された『音』としても私の耳に届いていた。
よっぽど急いできたのだろう。
見れば全員が不恰好なくらいに大型のブースターを強引に取り付けていた。
増槽付増設ブースターを捨てた六機のISがゴーレムに襲い掛かる。
―――襲撃側が逆襲撃によって全機が海の藻屑と化したのはそのわずか十分も経たないうちのことであった。
* * *
『周辺の警戒のため』と言って四方に散っていった学園のISたちを見送った私は勧められるとおりに『じんつう』の後部甲板に下りる。
恥ずかしい話だが、エネルギーも限界が近いし私自身の体力や集中力もだいぶ限界に近いのだ。
着艦して、ISを解除したとき普通に立って歩けるかが不安になる程度に。
ゆっくりと降りて甲板上に足がつく。
念のため、そのまま片ひざを着いた体勢になってから、ISの展開を解除。
ISスーツを含めて全てを転送。
その前に着ていたノースリーブのワンピースに戻って、少しばかり後悔する。
「うぅ、寒っ。」
昼間の日が出ている間は問題なくとも、風がある夜の海は流石に冷える。
こんなことならば((拡張領域|パススロット))にジャケットの一枚でも入れておくんだった。
「あ、あの!」
「ん?」
唐突に、声をかけられた。
声の主は随分と緊張した面持ちで私に向かってフライトジャケットらしきものを突き出していた。
その後には彼の同僚らしき人物の姿も一つ二つ。
「これ、良かったら…」
「あ、ありがとう、ございます。」
受け取って、羽織ったフライトジャケットは私には随分と大きかったが、確かに暖かかった。
ほっと、一息ついてつい頬が緩む。
なんとか生き残れたんだなぁ――全員、無事に。
そういえば、と思い出して周囲を見回したらジャケットを貸してくれた人やその様子を野次馬していた人たちがなんだか挙動不審に…
何故だろうかと思案してみるが中々に見当が着かない。
そうこうしているうちに、何やら数人の随行員を伴った将校らしき人がやってきた。
否、数人どころじゃない人ごみがそのまま動いているかのようにこちらにやってくる。
しかも、その人ごみはどんどん成長しているらしい。
あいにく、自衛隊の階級はよく分からないが周辺の人の反応や良くあるパターンを考えてみると大佐級の艦長か、中佐あたりの副長のどちらかだろう。
私と、将校らしき人の目が合う。
その将校さんは一瞬だけ驚いたような表情を浮かべるが、すぐにそれを消して様になった敬礼を送ってきた。
「ここまでの護衛、感謝します。あなたのおかげで、我々は生き残れた。」
随行員の一団も、ジャケットを貸してくれた人や野次馬組もみんなして敬礼してくる。
「あ、あの、えと、」
軍事施設を襲撃したことはあっても、こうやって軍人から感謝されたり敬礼を送られたりするのは初めてだ。
どう、反応したらいいのやら・・・?
「こちらこそ、危ないところを助かりました。こちらこそ、ありがとうございます、です。」
敬礼するのも、なんだか変な気分だしなんかおかしい気がしたのでお辞儀にしておく。
事実、私のピンチを救ってくれたのは他ならない彼らなのだから、礼を言わねば罰があたる。
お互いに礼を言い合い、その周囲を野次馬が囲むというなんとも言いがたい状況を破ったのは―――『くぅ…』という可愛らしい、それで居てしっかりと主張する腹の虫の声だった。
「あ。」
それの出所は、私。
そういえば、夕食用の弁当は用意してもらったけど戦闘になったから食べ損なったんだっけ。
頭は冷静に理由を把握するが、顔のほうはどうしようもない。
顔が、熱い。
きっと、真っ赤になっているだろう。
隠すため、俯き気味になるが、今更にもほどがある。
「あ、あの、その、これは…」
「これは、艦長のところに行く前に食堂へご案内したほうがよさそうだ。――君、案内を頼む。」
「は、了解しました。」
指名されたのは、私のジャケットを貸してくれた彼だった。
「我々も、ちょうど夕食時に襲撃を受けてね。食事を後回しにしていたのですよ。よろしければ、ご一緒にいかがかな?」
「…ご馳走になります。」
その後、食堂に案内された私は『軍艦の中での食事』というものに対するイメージを払拭させられることになったり、目的地の島の近くで残りの全艦が無事なのにほっとしたり、港に着いたところでスコールに『無事でよかった』と抱きつかれ、その様子を艦のクルーや出迎えに来ていた学園のスタッフに目撃されニヤニヤされたりもしたのだが、それは蛇足であり余談である。
…少なくとも、私にとっては。
-----------------------------------------------------------------------------------
このあと、ジャケットを貸した『彼』にマドカルートが開放されるかどうかは定かではない。
説明 | ||
#115:老兵の意地 最近、軍事ネタばっかり浮かんできて、書いてると『あれ、これってIS二次だっけ、架空戦史モノだっけ?』な展開になってたり。 |
||
総閲覧数 | 閲覧ユーザー | 支援 |
1175 | 1125 | 2 |
コメント | ||
『一切妥協しない』というよりは、『突っ走ったらみんな一緒に一直線』というような気もします。明治維新から半世紀で戦艦『長門』を建造してたり、焼野原にされてから20年でオリンピックを開いてみたり、といった風に。(高郷 葱) 食と娯楽にアホみたいに情熱を注ぎ、一切の妥協をしない国、変態国家日本だからね。しょうがないね。(タイプ・マァキュリー) ここ数話はwikiの糧食系ページやら宇宙食やらレトルト食品やらのページとにらめっこしながら書いてたりもしたんですが、改めて思わされました。『また、日本か』といいたくなる外人の気持ちも分からないでもない、と。(高郷 葱) ははは、マドカよ!自衛隊(日本)が世界に誇る美味しい食事に恐れ慄くがいい!!(適当感)(タイプ・マァキュリー) |
||
タグ | ||
インフィニット・ストラトス 絶海 | ||
高郷葱さんの作品一覧 |
MY メニュー |
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。 |
(c)2018 - tinamini.com |