闇垂れあかほし
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「第、五天…」

複数の黒い手に絡みつかれ締め上げられ宙に浮く体、空気が足りずに朦朧とする頭。

戦火によって全てを失いながらも各地の戦場を渡り歩いているという噂は聞いたことがあった。

しかしここは坑道。大規模な戦が起こるはずもなく第五天…いや、かの女を祭り上げようとする連中が欲しがるものなどありはしない。

回らない思考、狭まり霞む視界に終焉が過ったその時。

「ぬしはまこと、煩悶する様がよう似合う」

音が薄れていく耳が聞きたくもない低い声と笑いを拾い、合点がいくと同時に歯ぎしりをする。

形部の悪趣味が。

毒づこうにもままならない呼吸が声を出させてはくれない。

流石に意識を手放しそうになった頃、不意に締め上げる手が緩み地面へ崩れ落ちた。

「が、はっ……くそ…っ」

悪態の一つも吐いてやりたいが急速に肺に入ってくる空気にえずくばかり。

ゆらゆらと揺れる第五天が近づいてくるのは見えるのに、聞こえてくる声はどこか遠く反応することももはや億劫だ。

「市、蝶々のために頑張ったの…」

「そうさなあ、よく働く主に褒美をやろ。…暗もひとり寝は寂しかろうからなァ」

ヒヒッ、といつもの引きつり笑いをする形部に反抗できないのが腹立たしい。どうせろくでもないことを考えているに違いない。

官兵衛の考えを余所に大谷は這いつくばる官兵衛へ指を向けると、追うように数珠の一つが首根を掴むように大柄な体を持ち上げる。

爪先を擦らないほどに高く吊られ、今度こそ意識を失った。

 

 

 

 

 

微かに聞こえる水音、淀んだ空気に覚醒する前から“穴倉”である確信があった。

培われた不必要な経験則に嫌気が差す。

「……穴倉から穴倉か…全くいい趣味だな、形部のやつ…」

ぶつくさと文句を言いながらも体を起こすが、全身から伝わってくる地面の硬さと冷たさに辟易する。

明らかに“いつもの穴倉”ではない。

自慢の角土竜でも削岩には手間取るかもしれない。

監禁が目的であれば用途に適しているだろうが、わざわざ用意したのであればご苦労な事だ。

見る限りさして広くはなさそうだが備え付けられている小さな灯火一つでは隅までは照らせないらしく、所々に潜む闇が第五天と黒い手を思い起こさせる。

思わず顔を顰めているとずるり、と闇が蠢き広がる様に身構えるが、現れた女の姿に大きく息を吐いた。

「お、お前さんか…脅かすな」

思わず浮かせかけた腰を下ろしもう一度息を吐く。

先程散々な目にあったのを思えば警戒をするべきだが、どこかぼんやりとして揺らめいていた先程とは様子が違う。

「ごめんなさい…市、蝶々のためになりたかったの…怒らないで」

怯えるように身体を縮こめる小さな声で謝罪されてしまえば責める気も削がれてしまう。

元より形部と共にいる時点で利用されているのは目に見えているのだ。

口上の一言一句、一挙一動まで脳裏に浮かぶほどに。

「事情は分からんでもない、お前さんに恨み辛みを並べ立てる気はないさ」

これ以上怯えさせないよう努めて明るく言えば、第五天の表情が微かに緩む。

悪意はなくとも力を振るわれれば応戦せざるを得ない、逃げ場のない同室を強要されている以上仲違いは避けたいところであり、また不遇な女を痛めつけたくはない。

「それにしてもここは冷えるな…第五天、そんな陰にいて寒くはないか?」

余計なお世話かもしれないが剥き出しの生足は見ている方が寒くなる。

この冷たい岩盤に横たわれば尚更、心許ない明りではあるが陰にいるより火に当たった方が暖かい。

しかし余計に身体を縮こめ怯えるように嫌々と首を振る様子に官兵衛は眉を寄せる。

「第五天?」

「いや…いやなの…光は嫌い…」

深い闇を湛える瞳が揺らめき伏せられ、つられるように灯火へ目を向ける。

闇に浸り闇を繰る様相、光が指し示すもの。第五天の在る場所に思い至り今度は官兵衛が頭を振った。それこそ悪趣味だ。

「怖ければ目を瞑ればいい、見えなければ気にならんだろう」

「目をつむっても、そらしても、まぶしいの…許して、もらえないの…」

…誰が何を許さないというのか。

頭に浮かんだ言葉を力づくで嚥下する。

思い至る所はあってもそれは第五天の物であり、容易に踏み込んでいい場所ではない。

「…なら、小生の背を貸してやる。お前さん一人くらい隠してやれるだろうよ」

抜け出せない闇に喘ぐさまを救えなくとも、今くらい気を抜けばいい。

助けを呼ぶことすら忘れてしまった迷い児のような女から目を逸らす罪悪感から都合のいいことを、と思わず自嘲する。

そんな思考をおくびにも出さず鉄球に寄りかかっていた身体をずらせば程なくしてぴたりと背に寄り添ってくるものに胸を撫で下ろした。

「お星さま…暗くて明るくて、でも市、あなたは怖くないわ……だって、こんなにあたたかいもの…」

「地の底に比べりゃどこだって明るいし暖かいもんだ。星が暖かいかどうかは分からんがね」

地の底という形容詞がぴたりと当てはまる現状に苦笑する。

薄暗く光も射さぬ、灯火がなければ闇に潰されるであろうこの場所は実に形部の趣味らしくて胸糞が悪い。

「とっととこんな所から縁を切りたいもんだな、ここからじゃ空も星も見えん」

「空の…星?」

「帚星を掴むんだ、俯いてばかりもいられん。お前さんもたまには星を見上げるといい。曇り空なら眩しくもない」

見上げてばかりだと首が痛くなるがな、と自嘲的に笑うと第五天の瞳が天井へ向けられる。

ただ闇があるだけのそこに少しでも星が見えるだろうかとは口には出さず、緩やかに寄る微睡に目を瞑ることにした。

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官兵衛総攻めNL合同誌の官市 市にちょっとだけ甘い官兵衛、の関係が好きです
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