The Duelist Force of Fate 26 |
第二十六話「独覚者の降臨」
「オラ新入り。ジュース買ってこいや」
チャリーンと十円玉が廃工場の床に転がった。
蓋の閉まったドラム缶の上には黒いネコ?的生物ネコ・カオスの姿がある。
肉球から放られた硬貨が靴に当たって止まった。
「やっぱり〜〜日本には年功序列制度が必要だと思うんだよにゃー。お父さん近頃娘達の視線にス○ークばりに肩身狭いからにゃ〜〜」
ブチリと頭の血管が切れそうになった【新入り】が硬貨を拾う。
「此処に来て使えない後輩とかマジカルアンバー並に意味不明じゃね。ゲラゲラゲラ」
思い切り硬貨を手に震える【新入り】に対していつもよりも横柄なネコ・カオスが盛り上がり始めた。
「如何にも不幸そうな臭いしてる癖に何だか不幸でも許せてしまう不思議。汝、結構な悪(ワル)じゃにゃいかね?」
とりあえず硬貨が思い切り振りかぶられる。
「ま、野郎なんざの過去に興味ないけどにゃ〜〜」
硬貨が投げられ、ネコ・カオスから飛び出た鹿の角に跳ね返された。
『はぐ?!』
思い切り鼻の上に硬貨がぶち当たり【新入り】が倒れこんで悶絶する。
「じゃ、我輩GCVの方に顔出してくるから夕方までに冷たいドクター○ッパーでも用意しておいてくれたまえ後輩。それにしてもあの類似品(とても似た類似品ですが現在行方不明)がいないとなると我輩の天下も近いかもにゃ〜〜〜」
ペタペタと秋空の下に出て行くネコ的生物に何も言い返せず。
【新入り】ワカメこと『間桐慎二』は怒りのあまり叫ばずにはいられなかった。
くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!
路上生活者にまで転落してしまった慎二は彼とのDuelにも破れ、三咲の地で細々と暮らす事になっていた。
嘗て傲慢を極めた正確故に何か職にありつく事も出来ず、かと言ってNGOや教会の炊き出しに頼る事も出来ず。
一人空き缶を拾っては何とか食事できるだけの賃金を稼ぐ日々。
それでも昔のように誰かを憎む気持ちも妬む気持ちも湧かなかったのは一重に全てから開放されたからだろう。
何もかもを失って空っぽの己を見つめ直しながら空を呆けた顔で眺める日々に終止符が打たれたのは偶然。
突如として気絶させられ、気付いたら知らない廃工場の中に運び込まれていた事に始まる。
【・・・・・・】
【え、知り合いなの?】
最初に慎二が見たのは制服姿の幸薄そうな少女が見た事あるカードの英霊と話しているシーンだった。
【つまり、此処に置けと?】
それに加え、何やら外国人らしい紫髪の女が渋い顔をして。
【へぇ。君が何かを頼むなんて珍しい】
何やら鋭利な刃物みたいな雰囲気の銀髪女が感心していた。
【つまり、あれかね? 下っ端戦闘員Aを確保しろという事かね?】
よく分からないシルエットのネコのような生物が偉そうにドラム缶の上でふんぞり返っていて。
【マスター・ゴミニ・ダシマスカ?】
メカメカしいというかメカにしか見えない人型メイドロボが物騒な事をサラッと告げた。
【これは・・・舎弟が出来るって事ですか!?】
何故か目をキラキラさせた人間とは少し造詣が違う少女がとんでもない事を口走り。
「な、何なんだよ!? お前ら!? ボ、ボボボ、ボクをどうしようってんだよ!?」
間桐慎二は一斉に振り返る人外魔境達に引けた腰をズリズリと後ろに下がらせる以外なかった。
それぞれの結論はとある一点において一致していた。
居候。
お客さん=食事。
厄介者B=食事。
どうでもいい。
下っ端A。
新主人(ゴミ)。
下っ端(自分よりも)。
つまりはヒエラルキー最下層。
「ろ、ろくなもんじゃねぇ・・・って言うか!? 僕の人権は何処だ!!?」
パシリの途中、愕然と空を仰いだ慎二だったが、基本的に衣食住を提供されている身の上なので文句の一つも言えるはずがなかった。
「・・・クソ・・・理不尽だ」
文句を言おうものなら、肉体言語的に慎二は黙らせられる。
誰も彼もがギャグ補正抜きでも常人以上という場所に一人放り込まれた凡人に為す術は無い。
「どうして、僕がこんな事!?」
ムシャクシャは道端の空き缶に向けられた。
思い切り慎二が蹴り飛ばす。
その弾道は鋭く。
一瞬でトップスピードを記録すると慣性の法則に従って弧を描き、通行中の人間にぶち当たった。
鈍い音。
「あ・・・」
慎二が遠くの道端で同年代くらいの女が額をぶつけて沈むのを確認し、冷や汗を流した。
さすがに死んでは無いだろうが、それでも傷害罪レベル。
左右をサッと見回した後、慎二は一目散にその場から逃げ出した。
謝るでもなく、助けに行くでもない。
完全なる逃走。
正に間桐慎二の面目躍如と言えるだろう外道ぶりが遺憾なく発揮される。
【ふ・・・ふふ・・・・・・】
クツクツと道端に怨嗟すら無い嗤い声が響き始める。
もういない犯人に向けて、黒髪の女学生がゆらりと顔面をアスファルトから引き上げる。
ザワザワと風も無いのに髪が乱れ、僅か・・・その髪に赤みが差した。
【・・・兄さんと仲良く食べようと思ったのに・・・】
女学生の薄い胸の辺りで小さな紙袋が破れていた。
可愛らしいラッピング。
更には破れた場所から小麦由来の【粉】がポロポロと落ちていく。
クッキー。
近頃出来た店の限定品。
【・・・許しません】
瞳が煌めき、女学生が走り出す。
その視線は獲物を追い詰める獣そのものだった。
ひぃひぃぜぇぜぇと言いながら慎二は脅威の追跡者から逃げ続ける事に成功していた。
無駄過ぎるスペックで追ってくるのは結構好みな清楚系女学生。
嘗ての彼なら舐めて掛かったのは必定。
しかし、色々と世間の荒波(特に魔術とか戦争とか聖杯とか色々)に揉まれてきた慎二には分かっていた。
不幸の匂いというやつが。
微妙に顔が獰猛になっていたり、何故か髪が赤くなっていたり、女学生は凡そ常人には見えない。
更には妙に視線が恐ろしい。
視線から隠れるように逃走しなければ、何となく過去に体験したトラウマ並に酷い事になりそうな予感があった。
今までの経験が慎二に高度な危機回避能力を持たせるに至ったのは皮肉な話かもしれない。
何とか振り切ろうとした慎二は何処かのハリ○ッドもビックリな二時間ばりのドラマを潜り抜け、ようやく寝床である廃工場まで辿り着いていた。
「た、たたた、たずげでぇええええええええ!!!?」
もはや這うように駆け込んだ廃工場内部には・・・・・・誰もいない。
「だ、誰かいないのかよ゛ぉおおおおおおお!!?」
応答は無い。
不意にドラム缶の上に一枚の紙が置かれているのに気付いて、慎二が薄暗い夕闇の中で目を細める。
【皆で外食してきます。冷蔵庫にサバ缶があるから食べちゃって下さい。Byさつき】
その横には何故か猫っぽいにくきゅうの判が押してあった。
小さく【ドクペ? テメェで飲んどけよにゃ〜〜】と書かれている辺り、性質が悪い。
「あ、あいつら〜〜〜〜!!!」
「ようやく。追い詰めました」
「ひぃ!?」
思わず振り返った慎二が薄暗い外に赤い瞳を見つけて思わず下がった。
「・・・まさか人の頭に豪速で空き缶をぶつけておいて逃げる人間がいるなんて思ってもみませんでした」
「あ、あれは偶々だ!?」
「そうですか。だから?」
「っぐ!?」
今にも押し潰されそうな圧迫感に慎二は自分の予感が当たっている事を悟った。
「近頃、妙に高ぶっているので【ちょっと痛い】かもしれませんが、まぁ・・・死なないと思いますから・・・」
慎二が己の体が極度に冷えている事にも気付かず。
固まった筋肉で更に逃走しようと後ろに下がる。
「ひぃいいい!? ぼ、僕が一体何したって言うんだよ!? くそ、くそくそくそ!!! 桜だって此処まで日常で怖くは――」
不意の発言。
何故か。
吐きそうなくらいの違和感が慎二を襲った。
(こんな時に何で・・・あんな奴の事を思い出すんだよ・・・何で・・・)
いつもうざったいと思っていた。
いや、その思いは今だって変わらない。
自分を追い落とした時の表情は心に焼きついている。
化け物のような黒い影を纏って自分を殺そうとすらした。
でも。
(殺されなかった・・・)
「・・・?」
慎二の様子が可笑しい事に気付いて女学生が止まる。
(何で殺さなかったんだよ・・・あそこまでされたら普通殺すだろ・・・)
間桐慎二という人間は反省しない。
傲慢が服を着て歩いているとは彼の事に他ならない。
だが、今更に・・・本当に今更に・・・追い詰められた慎二は思った。
「ああ、クソ・・・どうしてこんな時に会いたくなるんだよ・・・」
憎いと思っていた
自分の為の駒だった。
人生の障害だった。
気に入らない女だった。
馬鹿にした。
思い通りにした。
ビクビクしていて惨めだと笑った。
他の家に押しかけるような品の無い妹だった。
しかし、いつでも。
(傍にいたのは・・・あいつだった・・・)
静寂に耳を傷める。
その中で理不尽な毎日を繰り広げられていたのに・・・誰もいない廃工場の伽藍が慎二の胸を抉る。
それは寂しいという気持ち。
風が吹いた。
「な!? これは!?」
女学生が驚く。
廃工場の奥から流星の如く何かが迫り、慎二の腕を直撃した。
「これは・・・あいつの?」
それはデュエルディスク。
いつも彼が使っているものに違いなかった。
「く!? その妙な腕のものを捨てなさい!!」
何か拙いものを感じた故の声。
だが、その声も耳に入らず。
慎二はディスクに触れていた。
途端に今までの記憶が甦り、何となく知る。
魔術回路も無く聖杯戦争の中では凡人という立ち位置だった彼がそれでも戦おうとしたのは何故だったのかを。
名誉欲?
聖杯欲しさ?
いや、違う。
「結局、誰かに認めてもらいたかったのかよ・・・はは・・・」
認めさせたかった。
自分を嘲る全ての者に。
自分が好きになった者に。
自分の思い通りにならない連中に。
だが、それはもう叶わない。
キロリと慎二が女学生に視線を向ける。
「!?」
「・・・僕はあんたが誰かなんて知らない。あんたがどんな力を持ってるかなんて理解出来ない」
醒めた視線。
女学生が息を飲む。
「ただ、何となくあんたに謝るのは癪だ。たぶん、謝りたくない理由があるとすれば、それだけだ」
うろたえていた弱者が別の何かに変わった。
それを悟って、女学生が一番大事な事を聞いた。
「貴方・・・名前を教えなさい」
「慎二。僕の名前は・・・間桐慎二だ」
デュエルディスクが稼動し始めた。
輝きが廃工場を照らし出す。
「・・・その腕の機械。どうやら貴方があの泥棒猫を焼き焦がした張本人らしいですね」
女学生の髪がディスクの輝きに劣らず紅く紅く染まっていく。
「あんたの名前は?」
「秋葉。遠野秋葉です」
あらゆる物体から【略奪】を開始する史上最強のお嬢様が戦闘態勢へと移行する。
「これから行く場所が出来たんだ。退いてくれるかな? 遠野さん」
「呆れた傲慢ですね。貴方が誰か分かった以上逃がすわけには行きません」
慎二の両腕が一瞬にして枯れ枝のように熱を奪われ萎んだ。
しかし、慎二が苦も無くディスクを上に掲げる。
「?!」
「今なら【解る】・・・これはあいつの力だ。本当は魔力すらこの力の行使には必要ない」
「何を言って・・・」
「ただの独り言さ。問題は一つだけ」
慎二が己の懐にある二つ目のデッキをディスクにセットした。
「たった四十枚の【紙束】に命を掛けられるか否か」
ディスクの輝きが膨大な光の柱と化して工場から立ち上る。
「これは!?」
「覚悟を問う代価として何かを【捧げる】なんてのは性分じゃないんだよ」
収束する【力】が彼と慎二を結んでいく。
「だから、寄越せ!!!」
己の運命を己の分身(デッキ)に託す者。
生死・正邪・善悪すらもただの遊戯で使い果たす者。
「デュエル脳なんて今更だろうが!!!!」
それを人は、
「僕はただの決闘者(ぼんじん)だ!!!!!」
Duelistと呼ぶ。
マキリ・ゾォルケン。
その間桐の始まりたる外道は己の血筋がただの凡人に堕したと嘆いていた。
だが、凡人に堕したからこそ、ヒトならざるものと交わり力を得る事が出来る。
何も持たざるからこそ何かを持てる。
両手一杯の性能(おくりもの)を持つ故に強者は知らなかったのだろう。
【持たざる手】が【何かを掴んだ】時、そこに弱者は【反転】するのだと。
絶句する紅赤朱は感じ取っていた。
目の前の男がもはや己の存在すらも脅かす【何か】になった事を。
「デュエル!!!!」
収束した輝きの中。
ただの凡人【間桐慎二】が世に負け犬の遠吠えを響かせる。
「僕のターン!!! ドロー!!!」
その声が強者に畏れすら抱かせる事を未だ彼は知らずにいた。
To be continued
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