わだちる恋ひ1(腐向け佐幸) |
常々、真田幸村に付き従う影は影らしくないと、もっぱらの評判だった。
影の名は、猿飛佐助。真田忍軍忍び頭でもあり十勇士の一人でもある男は、飄々とした態度を崩さない裏で、己が異能である闇を操り、血生臭い忍び働きをしている。
嘯いた愛好が崩れるのは、真田幸村と二人でいる時ぐらい。後は、真田幸村が敬愛する武田信玄に腹の中を読まれた時。
戦場で闇を操り叫ぶのも、市井に溶け込んで愛想笑いをするのも、場合によっては泣くことさえも、全ては真田幸村のため。
猿飛佐助は、たった一つの矜持のために、嘘という装束を纏い生きている。
では、この状況はどうだろう。
武田軍の想像よりも長引いた北条との戦時。
場所は、真田の陣営。幸村の為に用意された陣幕の中に慌ただしく運ばれていくのは、他でもない、真田幸村。
彼は腹から左肩側に向かって一直線に、切り傷を負っている。戦時に締めていた鉢巻はなく、こめかみ辺りからは止めどなく血が流れ、土埃で汚れた顔へ染め落ちていく。どちらも傷そのものは深くない。体中に無数の傷を受けているが、そのどれもが致命傷にはならない。
だが、幸村は今、瀕死の重体として家臣や十勇士の一人である望月六郎によって運ばれているのだ。
猿飛佐助は、陣幕の外から膝をついて涙を流している。乱れた髪はそのままに、埃と血と数多の傷を体に浴びたまま、影は心のままに叫び、涙を流し、恐怖でこぼれそうになる笑に耐えている。
当人も重度の傷を受けているが、癒そうとする気配はない。痛みを感じていないのか、むしろ甘んじて受けているからか。
その右手には、真っ二つに切れた幸村の鉢巻を握りしめている。所々焼け焦げているのは、持ち主が発した異能の炎が影響している。
切迫感ある中で、佐助は己を断罪する。
「ごめん……ごめん、こんな、こんな謝って済むもんじゃねえの分かってる!けど……」
吐き出しきれていなかった血で喉が詰まる。佐助は一つ涙が頬を伝うごとに、纏っていた装束が剥ぎ取られていくのを痛感していた。
真田幸村のためにある影だから、真田幸村の前では嘘が闇から引き剥がされる。
無いと思っていた心が痛む。いや、心はあったのだ。幸村にその場所を教えてもらった。だけど、こんな痛みの耐え方なんて知らない。
鷲掴みして蹲りたい衝動を抑え、佐助はすがれるもの全てに懇願をする。元より男の願い乞う先など、幸村しか居ないのだが。
あんたは優しい御人だから。
いつか、その優しさが仇になると分かっていたのに。
もっと真剣に注視すべきだったのだ。
でなければ、こんな事になりはしなかった。
「すまねえ、旦那……っ」
こんな現実などあってはならない。
きっと、罪に対する罰に相違無い。
「俺はあんたの影だ!影だけがどうしてこんな……っ、頼む目ぇ覚ましてくれよ!」
一介の卑しい忍が、こんな苛烈に眩しい人を愛し、慕う心だけは自由だと錯覚してきた罰。
幸村は、草の毒が塗られた一筋の刀傷によって倒れた。
草の名は、風の悪魔という異名を持つ、風魔小太郎。
毒の元は、佐助だった。
真田軍の誰もが幸村の傍に居たくて、視界の隅にでも留まりたい余りに、治療を受けている幕から離れられない。まるで黄泉路へ連れて行こうとする鬼の手から守るように。三途の川の渡し賃を意味する家紋の六文銭を使って欲しくなくて、祈念で主を囲う。
「旦那あああああっ!」
輪に入れぬ真田幸村の影が、暮れる空を仰いで哀願する。
地に沿う影法師は、夜を教えるように色濃く沈んでいった。秋は終わり、やがて来る冬の足音を宿しつつ。
佐助の慟哭を、真田軍、取り分け十勇士と呼ばれる残り九人の面々は、各々の立場で聞いていた。
九人は佐助が隠していた幸村への歪な情も、幸村が佐助に抱く、名も自覚も無き独占欲を、等しく理解していた。だからこそ九人は、佐助に叫びたいままに叫ばせ、幸村の安否と、それぞれが与えられている仕事に徹した。
後ろ髪を引かれる思いで治療は望月に委ね、海野は指針を見失った自軍をまとめるために。才蔵が佐助に代わり、忍び隊に指示をする。小助は影武者を負い、鎌之助と十蔵は小助を真田幸村に仕立て上げる。
青海と伊佐の三好兄弟は自軍の周囲の守りを固める為に真田の陣営に張られた陣幕から出た。
そして甚八は、幸村よりもある意味ひどい外傷を負った佐助の治療をするべく、佐助の傍へ近寄る。薬に長けた望月とは違って治療が得意ではないが、手先が器用な海賊出の男は、面倒を見ることを苦と思わない。
十勇士の中で佐助だけが、何も出来なかった。いつもなら誰よりも動く男が膝を折り、地面に鉤爪を立てて、後悔の念に押しつぶされている。
佐助の手折れる膝を立たせる者は、誰もいない。だが、彼の傷は癒してやらねばならない。
忍びを主が守ったのは明明白白の事実だから。
十人十色の勇士は、主である真田幸村が己の全てであるが故に、放っておけば死地に影を踏む佐助を生き抗わせる。
佐助が力なく蹲る姿を、甚八は初めて見下ろした。痛切な思いをひしひしと感じ、これが忍びかと心中呆れた。同時に、こんな状況でなければ苦笑いでも浮かべたくなった。
甚八はあえて粗野に告げる。
「佐助、お前を楽にさせねえぞ」
草の闇は、大層静かに受け入れた。
続
説明 | ||
3/30戦煌インテ大阪→6号館B ぬ 2b (C)TEAbreak!!! 「わだちる」→「轍る」轍+動詞的な造語です。風呂る〜みたいな!!! ネタバレすると、幸村は佐助だけを忘れます。両方思い佐→←幸からの佐/幸もの。明るめにはしたいのですが、捏造十勇士多めだしバサ4の空気読まないやつなんで、新刊で出すか書き始めで悩んでる。これ、アリなのかなあ。ちなみに終わりはR18。 とりあえずこちらか、「キミ行き世界の箱庭」ていう学バサにするか悩み中。どっちが良いかご希望ありますかね。 テーマは共通して、幸村の記憶喪失。 学バサはあっさり取り戻し、戦国の方は取り戻すまでの話です。 |
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