戦国†恋姫 短編集E バレンタインデー翌日の美空様
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バレンタインデー翌日の美空様

 

「御大将、体調はいかがですか?」

「……見てわかるでしょ。最悪よ、最悪」

 

 バレンタインデーの翌日。

 私、長尾美空景虎は頭に((氷嚢|ひょうのう))を乗せ、布団に((包|くる))まっていた。

 秋子に答えた通り、今現在の体調は最悪そのもの。頭が痛くて、身体が熱い。鼻水も止まらないし、挙句の果てには視界もはっきりしない。光璃と公方様の2人を同時に相手している方がまだマシよ。

 実を言うと、私はこれまで風邪を引いたことはほとんど無かったりする。で、久々に引いた風邪がこれである。ここまで体調を崩したのは生まれて初めてだ。

 それにしても、ここ暫く大きな戦が無かったからといって、ここまで体力が落ちているとは。越後の龍として情けないにも程があるわね。

 

「ですが御大将、こんなことになってしまわれたのは、元はと言えば貴女自身が原因だということ、自覚してくださいね」

「わかったから説教はいい加減やめて。頭が痛くなる」

 

 朝起きてから説教されてばかりだったのだ。これ以上聞きたくない。

 

「そうですね。これ以上はお体に障りますので、私はもう何も言いません。もっとも、噂は既に広まっていますので、手遅れかと思いますが」

「ちょっと待ちなさい、秋子。噂ってなによ。まさか、昨日の今日で……!?」

「はい。『((主様|ぬしさま))と楽しんでいるところに、ほとんど全裸の痴女が突入してきた』って公方様が」

「あんにゃろう……!」

 

 

 

 昨晩のことである。

 私を含めた剣丞の嫁一同は、剣丞へとチョコレートを手渡した。もちろん本命だ。

 その後、正妻4人が剣丞と閨を共にすることになったのだが、私には秘策があった。それは、

 

 

 ――裸リボン。

 

 

 バレンタインデーの数日前、『裸リボンは男のロマンだ!』と剣丞から聞いた私は、靴下と首飾り以外はリボンを巻き付けただけという扇情的な格好で剣丞の部屋へと突入した。なお、当日は今まで経験したことがない程の大雪であり、正直言って物凄く寒かった。

 私の格好を見た剣丞は、案の定大喜びだった。……それまでは良かった。

 剣丞の意識が私だけに向かったことに腹を立てた光璃達。彼女等は寄って集たかって私を責め立て、いつの間にか私は意識を失っていた。

 そして、((寒夜|さむよ))の中での薄着に加え、体力を消耗し過ぎた私は、こうして風邪を引いてしまったのである。

 

「最近は特に戦もありませんし、皆暇を持て余しているのでしょう。流石に民にまで広がることは無いかと思いますが、かなりの人数に広まっているでしょうね」

 

 なんてこった。

 

「ふふふ。どうやらあいつらは痛い目に遭いたいようね……! ちょっと((三昧耶曼荼羅|さまやまんだら))でボコボコに――」

 

 ――してくるために立ち上がろうとしたが、秋子に押さえつけられた。むぅ。

 

「だ・め・で・す! そもそも、私に押し負けてる時点であの人達に敵うわけないじゃないですか。

 今日は、何が何でも絶対安静です!」

「でも――」

「わ・か・り・ま・し・た・ね!」

「…………はい」

 

 ダメだ、こうなった秋子には昔からちっとも逆らえないんだった。

 

「では、私は新しい氷嚢を持ってきますから、大人しく寝ていてくださいね」

「はいはい、わかったわよ」

 

 よし、この隙に――

 

「因みに、((厠|かわや))以外の用事で部屋の外に出たことが発覚したら、1ヶ月の間、剣丞さんと閨を共にすることを禁じますからね」

 

 ち、先手を打たれた。しかも、今の秋子は本気だ。忠告を無視しようものなら必ず実行に移すでしょうね。

 

 

 

 

「……暇ね」

 

 秋子が出て行くと、部屋は急に静まり返った。

 気を利かせているのか、周りの部屋には誰もいないらしく、物音1つ聞こえない。

 

「こんな昼間から1人になるのはいつ以来かしらね」

 

 最近はいつも傍に誰かがいた。

 長尾家の面々はもちろん、織田家、足利家、あんまり認めたくないけど、武田家。

 

 ……そして、剣丞。

 

 たまに騒々しいと感じることはあったが、いざ1人になってみると、随分と寂しくなる。

 ((独り|・・))ってこんなにも……。

 いやいや、落ち着きなさい、美空。アンタは風邪で頭がおかしくなってるだけ。寂しいのは風邪のせいよ。ええ、きっとそうよ。

 ああ、もう! それより秋子はまだなの!? 氷嚢持ってくるのにどれだけ時間かかってるのよ!

 

 

 ――ギシッ

 

「あ……」

 

 床を踏みしめる音。

 誰かがこの部屋に近づいてきているらしい。

 でも、この歩調は秋子じゃない。長年一緒にいた私にはわかる。

 だとしたら誰だろう。もしかして……!

 

 襖がゆっくりと開かれる。

 

「剣――」

 

 そこにいたのは――

 

 

 

 

 

「剣丞だと思った? 残念、光璃でした」

 

 

 

 

 

 眠たそうな顔と、桃色の髪、赤い瞳。

 武田家当主、武田光璃晴信だった。

 

 ――ブチッ!!

 

 キレた。何かがキレた。一発ぶん殴ろうとして、

 

「……えいっ」

 

 押し倒された。

 

「んな!? ちょっと! 退きなさいよ!」

「寝てなきゃ、だめ」

 

 押し退けようと力を篭めるが、ビクともしない。さっき秋子にさえ敵わなかったのだから、当然か。

 

「これ、新しい氷嚢」

 

 そう言って光璃が私の頭に乗せたのは、秋子が持ってくるはずだった新しい氷嚢だった。

 さっきまで乗せていたのは温ぬるくなってしまっていたので、新しい氷嚢の冷たさが染み渡る。

 

「なんで光璃が? 秋子はどうしたのよ」

「代わってもらった。今日はしばらく光璃が美空の看病」

「はぁ?」

 

 私の看病? 光璃が?

 

「アンタなんかに看病されるなんてお断りよ。剣丞の方がよっぽどいいわよ」

 

 だが、光璃は首を横に振る。

 

「剣丞は薬を買いに行った。随分落ち込んでた。『俺のせいで美空が風邪引いたから、俺が薬を買ってくるんだ』って言ってた」

「……そう」

 

 まったく、これは私の自己管理が甘かったせいだっていうのに、どうしてそこまで必死になるんだか。

 

「顔、真っ赤」

「うるさいわね。熱のせいよ、熱の」

「わかった。そういうことにしとく」

 

 ……やり辛いわね。

 

「で、改めて何で光璃が私の看病? もしかして、私を笑いに来たとか?」

 

 悔しいけど、笑われても文句は言えない。

 でも、この質問に対しても光璃は否定した。

 

「別にそんなことしない。ただ、寂しかっただけ」

「え?」

「美空がいないと、皆寂しい。久遠も、一葉様も。もちろん、剣丞も。他にも……」

 

 光璃は、他にも多くの人の名前を挙げていく。聞き終えると、私が知っている人全員だった。

人の噂話で盛り上がっておきながら、まったくもう。

 

「だから、光璃が代表して看病する。美空は光璃の1番だから」

 

 ちょ、ちょっと待ちなさい。押し倒した状態で『1番』とか。いったい何を言うつもり!?

 

「1番の好敵手が寝込んでるのは見たくない。早く元気になって欲しい」

「……ええ、そうよね。どうせこんなオチだと思ったわ。

 それより、そこ退きなさいよ。いつまで私に覆い被さるつもりよ」

「ん」

 

 光璃は、私を押し倒した時とは逆に、ゆったりとした動作で起き上がると、ちょこんと正座になる。

 

「まあいいわ。私も暇だったし、看病はともかく部屋にいていいわよ。

 昨日の仕返しに、風邪移してやるから」

「別に問題ない。武田家は風邪引かない」

 

 私が挑戦的にニヤリと笑みを浮かべると、光璃も同じ表情を浮かべた。その余裕、へし折ってやるんだから。

 

 

 

 その後は、2人で様々なことを話した。家族、趣味、戦のことなど。その中でも、最も話題のタネになったのは剣丞のことだった。最近身体つきが少し逞しくなったとか、見境なく女を落とすとか、最近私達におかしな服をよく着せようとするとか。他にも色々。

 そんな感じで話に花を咲かせていると、私のお腹が空腹を訴える音を出した。

 気が付くと夕陽が沈みかけていた。まさか時間が経つのが気にならないくらいに光璃と雑談をする日が来るとは思ってもみなかった。

 まあ、意外と楽しめたわね。そんな感情も多分、風邪で頭がやられたせいなんでしょうけど。

 ともかく、朝からロクなものを食べていなかったせいか、腹の虫がかなりうるさい。光璃に頼み事をするのはちょっと癪だけど、夕飯をもらって来て欲しいと言おうとする。

 それと同時に、ドタバタと誰かがこの部屋へと駆けて来る音が聞こえてきた。

 

「剣丞、来たみたい」

「そのようね。まったく、相変わらず騒々しい男ね」

 

 私達は笑い合う。先程と違い今の光璃の笑顔は不覚にも可愛いと思ってしまった。

 彼女のこうした顔を見ることができたのは、間違いなくアイツのおかげなんでしょうね。

 

「じゃあ、光璃はもう行く」

「あら、いいの? 私が剣丞を独り占めしちゃうわよ」

「いい。病人はさっさと治さなきゃだめ。それで次は光璃が独占する」

 

 光璃は立ち上がると、襖へと歩いて行く。

 襖を開けると、入れ替わるように私の、いや私達の、最愛の良人が部屋へと入ってくる。

 彼女は、彼と少し言葉を交わすと、その場を後にする。去り際に一言、

 

 

 

 ――また、明日。

 

 

 

 とだけ言い残して。

 

 

 

 ええ。また、明日。

 

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あとがき

 

 ちょっぴり仲良くなった美空と光璃を表現したかったんだけど、上手く伝わっていれば幸い。

 真面目(?)な雰囲気を書くのは難しいなぁ。

 

 

 

説明
戦国†恋姫の短編その6。
今回は「人気投票☆りたぁんず!」の壁紙を見て思いついたネタ。

ハーメルン様とのマルチ投稿です。
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タグ
戦国†恋姫 恋姫 美空 短編 

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