恋姫OROCHI(仮) 一章・弐ノ弐 〜関中事変〜 |
関中から洛陽へと続く隘路に馬蹄が響く。
先頭を騎馬武者が二騎。続いて騎馬が三十弱。そして徒歩が数人。
合計約三十ほどの部隊が駆けている。
旗はなく、行軍というには速度が速い。そして兵士はところどころ怪我をしており、覇気も感じられない。
「ブヒヒィーー……ンッ!!」
ドオッ!という音と共に馬が転倒し、騎乗していた兵士が投げ出される。
「大丈夫かっ!?」
先頭を駆けていた騎馬武者の一人、翠が馬首を返す。
投げ出された兵は受身を取れていたのか、すぐに立ち上がり、
「はっ!自分は大丈夫でありますっ!ただ……」
兵は先ほどまで乗っていた馬に目を向ける。
苦しそうに、脚をばたつかせながら、何とか立とうとしている。
その傍らには、もう一人の騎馬武者、蒲公英が下馬し、転倒した馬に寄り添っている。
「姉様…」
目を潤ませ、蒲公英は静かに頭を振った。
「――っ!」
立とう立とうと、必死になる馬。
しかし立てない。
それもそのはず。馬の前脚は、折れていた。
「…やれるか?」
静かに、翠は落馬した兵に問いかける。
やらせて下さいと、彼は愛馬に歩み寄りながら、腰に佩いていた小刀を手に取る。
暴れる馬に近付くと、優しく首を抱き、
「今まで、ありがとうな…お前のことは絶対に……忘れないからな」
相棒の最後の温もりを確かめると、馬の首に小刀をあてる。
治らない怪我を負い、苦しんでいる馬を楽にしてやる方法は、これしかなかった。
「……すまんっ!!」
グッと小刀を押し込む。
馬はビクンビクンと、二度ほど大きく身体を弾ませ、動かなくなった。
普段、涼州の兵は二、三頭ほど替えの馬を持っているが、今はそんな余裕はない。
長距離を駆けに駆け、どの馬も限界を迎えている。
周りを見渡せば、歩様のおかしい馬が何頭もいるようだ。
「もう少しだ!函谷関さえ越えれば洛陽はすぐそこだ!そこまで頑張ってくれっ!!
……お前も、いけるか?」
翠は馬の亡骸に寄り添っていた兵に声をかける。
一瞬の沈黙の後、
「行けます……行かせてくださいっ!」
その胸には愛馬の、家族の((鬣|たてがみ))が握られていた。
「よしっ!それじゃ行軍を再開する!今日中には洛陽の月たちと合流するぞっ!!」
「「「応っっ!!!」」」
――――――
――――
――
数日前……
天水を拠点に涼州と関中の異変調査に乗り出していた、翠・蒲公英・紫苑の三人。
騎馬隊三十、輜重兼弓兵隊三十を引き連れて安定の調査を終え、街亭付近を通り、天水への帰途についていた。
どうやら『異変』はこの付近では起こっておらず、民の様子も平穏そのもの。
それどころか行く街行く街で、錦馬超の訪問に歓待の宴が催されていたのだった。
「なーんか拍子抜けだよねー」
手綱から手を離し、頭の後ろで手を組む蒲公英。
平和ボケの中、強めの刺激を求めていたようだが、肩透かしを食らったのが不満らしい。
「まあ、何もないなら無いのが一番良いのだけどね」
頬に右手を当て、困ったように苦笑いを浮かべる紫苑。
「そうだぞ、蒲公英。っていうか油断するなよ。まだ見つかってない異変があるかもしれないんだからなっ!」
翠に((窘|たしな))められるが、蒲公英は、はーい、と生返事をするばかり。
そんな蒲公英に溜息はつくが、それ以上の小言は言わなかった。
翠にも、ここで何かあるとは思えなかったからだ。
街の人々に聞いても異変の影すら聞こえてこず、たまに心当たりがあると思えば、成都や洛陽からの行商人だったりする。
今後どうなるかは分からないが、今のところは涼州と関中には異変はない、と見るべきだろう。
「帰ったら都と成都に、今後の方針を尋ねる使者でも出そうか?」
「あぁ、それなら一昨日の定時連絡の使者に含めておいたわよ。多分、漢中か成都の手伝いになると思うけど…
余計なことしちゃったかしら?」
「いやいや、助かったよ。さすがは紫苑だよなー。あたし、相変わらずそういう所は全然気が回らなくてさ…」
たはは、と恥ずかしげに頬を掻く翠。
「お姉様、脳筋だもんねぇ〜」
「お前が言う、なっ!」
銀閃をグルンと回し、柄で蒲公英の前頭部を殴りつける。
「いったーーーいっ!!ちょっとお姉様!蒲公英が馬から落ちたらどうするのさ!?」
「うっさい!!手綱離して、あたしのことを馬鹿にしたお前が悪い!」
あっはっは!と同行している兵の間に笑いが広がる。
調査・巡回・慰問が主とはいえ、行軍というにはとてものどかな空気だった。
しかし、先遣隊からの使い番が、その雰囲気を壊した。
「馬超様っ!」
「どうしたっ!?」
ただならぬ雰囲気に翠が思わず声を荒げる。
「前方から騎馬が一騎、近付いてきております!旗はありません!」
一騎なら野盗や見知らぬ敵、ということはないだろう。
恐らく天水からの伝令か何か。
しかし旗がないというのが気に掛かる。
翠の心に嫌な予感が走る。
そしてその予感は、その姿が近付くにつれ、確信へ変わっていった。
先遣の兵に馬を引かれ、伝令と思しき兵が翠たちの前に引き連れられた。
その姿は、満身創痍。
総身に大小の傷を負い、鎧兜は所々砕かれていた。
尋常ならざる事態が起こったことは明白だった。
「お、おいっ!大丈夫か!?」
馬を下ろされ、横に寝かされた兵士に近寄る。
仰向けに寝かせないのは、背中にまるで熊にでも襲われたような、大きな爪状の傷がついていたからだ。
「どうした、何があった!?」
掴み掛からんばかりに詰め寄る翠。
「落ち着いて翠ちゃん。お水よ。飲めるかしら?」
翠を押し止め、伝令に水筒を差し出す。
かたじけない、と顔を起こし、二口三口と嚥下する。
ひとまず命に別状はないようだ。
水を飲み落ち着いたのか、それでも重そうに、口を開いた。
「私は昨日、城門の門番をしておりました――――」
…………
……
昼を過ぎた頃、ある人物が城を訪ねてきたようだ。
馬超様にお目通り願いたいのですが…
そう言ったらしい。
外套を目深に着ていて顔は見えなかったが、声は女性のようだった。
「私は、ただいま馬超様はおられません。御用でしたら、また日を改めて…と言い掛けたとき、彼女は頭巾を外したのです」
頭巾の下から現れたのは、金色の頭髪、紅玉のような瞳…
天女を思わせるような見目麗しい美女。恐らく西域の女性、が顔を出した。
彼女はこう言った。
「馬超様がこちらにいらしてるとお聞きしましたので、献上品をお持ちしたのですが…」
残念そうに目を伏せた後、その女性は不思議なことを口にした。
「これらは馬超様へのお品でしたが、いらっしゃらないのであれば仕方がありません。
よろしければ、こちらは城内の皆様でどうぞ」
馬超様への献上品は、また日を改めますので――と、大量の酒樽を置いていった。
詰めていた兵は、嬉々としてそれを城内へと持ち込み、早々に酒盛りを始めたらしい。
「しばらくは城内から宴席の音が聞こえてきたのですが、二刻ほど経った辺りでしょうか…
ふと静まり返ると、突如として獣の雄叫びのようなものがし始め、同時に城内から異形のものが溢れ出てきたのです…っ」
「異形のもの?」
伝令、もとい門番の独白を蒲公英は遮った。
話が一足飛びに進んだように思えたからだ。
「城内には…酒盛りしてた兵士たちが居たんだよね?」
「そのはずなのですが……あの、あの酒を口にしたからとしか…思えない……」
鮮明に思い出したのか、ガタガタと恐怖で身体を振るわせ始めた。
「筋骨隆々の体躯に土気色の肌…獣のような牙を生やし……
五胡などとは比べ物にならない…あれは人ではなく、化け物、でした」
しかも、と一度息を吸い込み、
「その化け物どもは…我々と同じ甲冑を、身に着けていたのです……」
「「「…………」」」
水を打ったように静まり返る。
「私と、もう一人の門番、相棒は急いで街の方へ逃げたんです。しかし…街も同じような状況で…
何とか街を脱出し、馬超様にお知らせせねばと思い立った所に、馬を一匹だけ見つけ…
相棒は、俺を逃がすために……うっ…うぅっ……」
嗚咽を漏らす門番。悲愴な体験をしたのだろう。
「それで…天水は?」
今までの話を聞けば分かり切った事だが、それでも翠は、言葉で確かめなければならなかった。
「天水……陥落にございます」
「…………」
誰が?どうやって?何のために?
疑問は残るものの、ひとまずは報告を受け止める。
「ご苦労だったな。ありがとう。下がってまずは傷を癒せ」
門番を下がらせると、紫苑、と呼びかける。
「えぇ。まずは陣を張りましょう。あと、遠目が利いて身軽な人を4,5人選抜しましょう」
「よろしく頼む」
一気に戦時態勢に入る。
まずは状況の確認。
「偵察隊は、あたしが指揮する」
翠が切り出す。
しかし、
「それは…ダメよ、翠ちゃん」
「何でだよ?」
「全く、分かってないなー姉様は…」
「だから何なんだよ!?」
ため息、苦笑いの二人に苛立つ翠。
「姉様はこの隊の総大将なの!そんな人が偵察隊で先頭切ってどうするの!?」
「それは……でも、そのための紫苑なんだし、あたしが馬じゃ一番速いんだし…」
「一人で行くならともかく、偵察隊で一人だけ速くても意味無いわよ?」
「うっ…」
何も言えなくなる翠。
「じゃ、蒲公英が行ってくるね!」
「えぇ、よろしくお願いするわね。くれぐれも…」
「偵察だけだよね。街が無事でも一回帰ってくるし、本当に陥ちてても手を出さないで帰ってくるよ」
「はい。よく出来ました」
「…………」
こうして天水偵察隊は編成され、早々に出発した。
そして翌日…
戻ってきた蒲公英の顔は暗く沈んでいた。
結論を言えば、門番の伝えたとおり、天水は化け物で溢れていた。
中の様子までは分からないが、街が『陥ちた』ということは間違いなかった。
この事を踏まえ、軍議が開かれた。
といっても、既に紫苑によって場合別の議題は用意されており、天水が落ちていた場合に取るべき選択肢は二つだった。
「長安を通り洛陽に抜けるか、五丈原から漢中に抜けるか、か…」
漢中へは道が険しいが距離が近く、洛陽への道は比較的ゆるやかだが、距離は遠い。
この二択であれば、取るべき道は一つ。
「漢中を目指そう。鈴々たちもいるし、成都への伝令も送りやすいだろ」
「そうね。漢中を防衛点に、成都から増援をもらい天水を奪還する。これが現状で取れる最善策でしょうね」
「…漢中も落ちてるって事は、ないよね?」
天水を目の当たりにした蒲公英が不安を口にする。
「天水から漢中を攻めるには陽平関を抜かなきゃならないだろ?滅多な事がなきゃ簡単には抜かれないだろうさ」
「そうね。漢中入りした時には異変もなかったし、大丈夫よね。……でも璃々も居るし。心配だわ…」
紫苑の娘・璃々は紫苑についていきたいと言って聞かず、漢中までは来たのだが、移動が多い関中入りはどうしてもさせられないと、何とか言い聞かせ、世話を桔梗に任せて置いてきたのだ。
こんなことになり、成都を出る時点で置いてこなかったことを、紫苑は今更ながらに後悔していた。
「よしっ!じゃあ漢中を目指そう!」
「えぇ」
「じゃあ、さっさと出発しよう!」
こうして翠一行は一路、五丈原へと馬首を向けた。
説明 | ||
DTKです。 恋姫†無双と戦国†恋姫の世界観を合わせた恋姫OROCHI、9本目です。 今回からしばらくは、翠たちにスポットを当てた話になります。 捻じ曲げられた世界の関中で、いったい何が起こったのか。 少しずつ話が広がっていく、予定です。 なお、実際の作中の地形や距離は、実際とは合致しないことがあります。 そのあたりは、よろしくご理解くださいm(_ _)m |
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コメント | ||
正宗サンさん>さぁ、どうでしょうかね?(ニヤリ(DTK) アルヤさん>剣丞の活躍?は今しばらくお待ち下さい^^;(DTK) いたさん>馬はまさに家族ですからね。辛い現実です…(DTK) 全身タイツ筋肉さん>さぁ、どうでしょうかね?(ニヤリ(DTK) まさかのエーリカ登場か?(正宗サン) ここから漢での剣丞無双が始まる!?(アルヤ) 牛や馬とか足の骨折ると……文章通り。 それが西涼の兵なら悲しみも、また………。 泣けますね。(いた) またザビエル()が暗躍してるのか・・・(全身タイツ筋肉) |
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