SAVE RUNNER
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SAVE LUNNER

 

 二十一世紀に入り、人間の科学と技術は更なる発展を遂げた。特にロボット工学の分野は眼を見張るものがあった。人間が操作する作業用巨大ロボット、人間の踏み込めない環境で働く自律稼働ロボット、そして、人間とコミュニケーションを取るアンドロイド。人々の生活に機械でできた彼らは無くてはならない物となった。だが……

 

「ヒャッハー! 全員どきやがれー!」

 町中を疾走する巨大トラックの助手席から、身を乗り出しながら男が叫ぶ。

 タンクローリーが周りの車を弾き飛ばしながら走るその後ろを、銀行の現金輸送車が付かず離れずの距離を保ちながら付いて行く。その輸送車は巨大トラックの男の仲間らしき男たちが運転している。

 その二台にかなり遅れて、けたたましくサイレンを鳴らすパトカーの群れが、追いかける。

「サツどもめ、これでも喰らいな!」

 男は車内からミサイルポッドを取り出すと、パトカーの群れに照準を定め、数多の小型ミサイルを放つ。

 パトカーの群れは蜘蛛の子を散らしたように散開するが、狙いを付けられた何台かはミサイルによって大破し、残りもお互いに衝突し合い、ほとんど壊滅してしまった。

 技術の進歩の結果、それらは犯罪者たちにも悪用され、機械事件と呼ばれるようになったのだ。

「警察なんてあれを使うまでもねぇ! このまま、目的地まで逃げ切れば、金は俺達のものだ!」

「リーダー、何か変な奴が来ましたぜ」

 運転手の男の言葉を聞き、助手席に座っていたリーダーは後ろを振り返る。いつの間にか、一台の車がこちらに向かっていた。その車はパトカーより一回り大きく、日に照らされ白く輝いている。さらに、車の前面には、ユニコーンのマークが描かれていた。

「あ…あれは、『セーブランナー』だ! 『セーブランナー』の奴が来やがった!」

 『セーブランナー』とは、多発する凶悪犯罪に対抗するため警察とは別に設立された組織の名称である。彼らは犯罪者に対抗するため、それぞれの相棒と共に、様々な装備を駆使して戦うのだ。

 セーブランナーの車はぐんぐんと現金輸送車に近づいていく。この車は、隊員が移動手段として使用するランナーカーという多目的装甲車だ。

「けっ、セーブランナーだか何だか知らねぇが、金を奪われてたまるかよ!」

 リーダーが再びミサイルポッドを構えると、車の屋根に小さな人影がひょっこりと現れた。一見、女性かと思ったがそれよりもさらに小さく、それが子供だとわかった。

 その子供は危なっかしく車の上に立つと、メガホンを取り出して叫んだ。

「銀行強盗に告ぐ。僕はセーブランナーの『三条燕太郎』だ。大人しく止まりなさい!」

「何? あのガキがセーブランナーだって!?」

 燕太郎という子供はセーブランナーのマークが描かれたヘルメットを被り、肘から先をアームターミナルで覆っていた。これらはセーブランナーの一員であることを表す、標準装備なのだ。

「ぎゃはははは! セーブランナーというのは相当人材に困ってるんだな! こんなガキが隊員だなんて…」

「こら! 笑ってないで早く止まりなさい!」

「へん、ガキはこれでも食らって大人しくしてな!」

 銀行強盗のリーダーが燕太郎に向かってミサイルを放つ。だが、燕太郎は飛んでくるミサイルを睨みつけたまま、一歩も動こうとしない。

 そこへ、巨大な何かが突然燕太郎の前に飛び出した。その何かにミサイルが直撃し、爆煙が広がった。

「な、何だこりゃあ!?」

 爆煙から巨大な腕が伸びる。その腕が煙を払うと、銀色に輝くの巨人が姿を表した。

「やれやれ、危ないじゃないか燕太郎。あまり無茶な真似はしないでくれよ」

「大丈夫だって。だって『シグマ』がいるんだから」

 身長三メートルを越すこの巨人は、『セーブランナー』最大の特徴である、パートナーロボと呼ばれる相棒なのだ。彼らはアシモフの『ロボット三原則』に基づいた超高性能人工知能が備え付けられており、オペレーターの人間と一緒に思考し、その時の状況に応じて行動するのだ。

 燕太郎のパートナーロボはG‐シグマと呼ばれる、セーブランナーが一番最初に開発した自律思考ロボットなのだ。脚部にはスライディングユニットと呼ばれる機能が備わっており、姿勢をほとんど変えず、前後左右へ滑る様に疾走することが可能となっている。

「よし、シグマ。奴ら車を止めろ!」

 燕太郎の言葉とほぼ同時にシグマが左手を構える。腕の先から、トラックを覆うほどのネットが発射された。

「うおおおおおおお!」

 シグマは両脚のスライディングユニットを反対方向に稼働させながら、強引にネットを引っ張った。ネットは強靭で破れることなく、絡め取られたトラックと現金輸送車は徐々に速度が緩み、ついには完全に止まってしまった。

「くそ、トラックを止めるなんて…こうなったらあれを使うしかねえ!」

 シグマがネットを手繰り寄せながらトラックに近づくと、その荷台の中から何かが突き破って出てきた。

「あいつら、ロボットを隠し持っていたな! シグマ、気をつけるんだ!」

 トラックの荷台から現れたのは、工事用の作業ロボットだった。巨大な岩石を運べるパワーを持ち、右手には硬い岩盤を掘り進むためのドリルが備えられている。頭部がコントロール部分になっており、そこには強盗のリーダーが乗っていた。

「このロボットには俺が特別に手を加えてある。こんな網如きじゃあ止めることはできねえ!」

 強靭なネットをいとも簡単に破く。力も普通の作業ロボットより強いようだ。

「時間がねえんだ。お前らまとめてスクラップにしてやる!」

 作業ロボットがシグマに向かってきた。シグマはネットを左腕から外して、相手の攻撃に備える。作業ロボットが右腕のドリルを突き出した。本来は掘削するためのものだが、それが時に恐ろしい武器となるのだ。

 シグマはスライディングユニットを稼働して回避する。小型ミサイル程度ならびくともしないシグマだが、このドリルを食らってはひとたまりもない。後ろに下がって距離を取る。

「逃がすか!」

「シグマ、相手の腕に気をつけろ!」

 強盗のリーダーと燕太郎が、ほぼ同時に叫ぶ。作業ロボットが左手を構え、シグマは咄嗟にスライディングユニットを横に走らせた。すると、作業ロボットの左手が伸び、シグマが先程立っていた位置の、背後にあった建物を貫く。

 作業ロボットの腕はクレーンのように伸縮自在であり、その怪力と合わせて物を吊るし上げることに使われる。その機能を利用した、一種のロケットパンチだ。

「シグマ、これを使うんだ!」

 燕太郎は左腕のアームターミナルを操作し始めた。

「『コードK1:K‐セイバー』。転送(ジョウント)!」

 燕太郎が叫ぶとシグマの目の前の空間が歪み、空中に分厚い大剣が現れた。シグマはすぐにそれを手に取って構えた。

 セーブランナーは左腕に『KOTEアーム(正式名称Keep(キープ) Operation(オペレーション)&(アンド)Transfer(トランスファー) Equipment(エクイプメント) Arm(アーム))』と呼ばれるアームターミナルを装備している。これは相棒のロボットとの通信機能の他に、様々な機能が備えられている。

燕太郎が行ったのはその中の一つの転送(ジョウント)機能で、相棒のロボットに武器を送る機能なのだ。武器に設定されているコードを入力することで、セーブランナー本部にある対犯罪者用の様々な武器を、その場の状況に応じてすぐに転送することが可能となっている。

「行け、シグマ!」

「ああ!」

 シグマがスライディングユニットを加速させ、作業ロボットへと突進する。

「バラバラになれ!」

 作業ロボットが右腕のドリルを回転させながら腕を伸ばした。

 シグマの手にする大剣の刃が青く輝く。シグマは迫り来るドリルを、その大剣で切りつけた。大剣とドリルがぶつかった瞬間、火花が激しく散り、ドリルは真っ二つに両断された。

 シグマが手にするK‐セイバーは、刃に高周波を纏わせることで硬質化し、ほんの数秒間なら、どんな強固な物質も両断することが可能なのだ。

 作業ロボットは続けて左腕を伸ばすが、シグマは難なく回避し、左腕も切り落とした。そして、シグマは作業ロボットの目の前まで迫る。

「ひぃっ!」

 慌てて逃げようとするが、作業ロボットは元々、安全に作業するため緩慢な動きしかできない。それを補うための伸縮自在な両腕も、両断されてしまった。

 シグマが剣を振った。少し間が空いてから作業ロボットの頭部が地へと落下し、コントロールを失った作業ロボットは機能を停止した。

 

 

 

 それから陽が落ち始めた頃、燕太郎たちが強盗団を縛り上げていると、数台のパトカーが燕太郎達の下にやってきた。その内の一台には、燕太郎のよく知っている顔があった。

「おお、燕太郎君。よくぞ、捕まえてくれた」

「加茂警部!」

 ひょこひょことアヒルの様な特徴的な歩き方をするこの加茂警部は、燕太郎の古くからの知り合いであり、燕太郎が信頼する数少ない大人の一人なのだ。

「いやあ、奴らにミサイルをぶっ放された時は死ぬかと思ったよ。おかげで、来るのが大変遅れてしまった」

「奴ら違法改造された作業用ロボットも持っていました。多分、ただの銀行強盗ではありませんよ」

「ああ、さっき連絡があったんだが、他のセーブランナーも奴らの仲間を捕まえたらしい。どうやら、こいつらは盗んだ車ごと船で海外へと逃げるつもりだったんだ」

 加茂警部は部下に指示をし、銀行強盗を連行する。さっきの話を聞いたせいか、抵抗らしい抵抗もせずに大人しくパトカーへと乗って行く。

「さて、後は我々の仕事だ。燕太郎君とシグマはゆっくりと休みたまえ」

「それじゃあ、お願いします。何か事件が起きた時はいつでも連絡してください!」

 燕太郎はランナーカーに乗って去っていく。夕日に照らされ赤く輝くランナーカーの後を、シグマが続いていった。

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 燕太郎の住むニュー・ラグーンシティは古くから工業が盛んな街であり、近年は目覚ましいロボット工学の発展とともに、街も大きく発展した。人とコミュニケーションを取るアンドロイドから、宇宙へと向かうロケットまで、ありとあらゆる機械の研究と開発が、この街の至る所で行われているのだ。

 だが、急速な進歩は見えない歪を生み、それを悪用する者が現れ始めた。そのような悪人が起こす犯罪、『機械犯罪』に対抗するため設立されたのが、人間と自律思考ロボットで構成されるセーブランナーという組織なのだ。

 彼らは機械を造る人間側と、造られたロボット側の両方から歪みを正していく。そして、その一人は、まだ年端もいかぬ少年なのだ。

 

 目覚ましの音で燕太郎は目が覚めた。もそもそと腕を動かし、音の発生源を突き止めると、力を込めてスイッチを止めた。だが、ベッドから起きる気配は全くない。

「起きろ、燕太郎!」

 部屋中に響く大声に驚いた燕太郎は、ベッドから転げ落ちる。目は覚めたが床に頭をぶつけた痛みで、意識は朦朧としていた。

「早く起きるんだ! じゃないと、学校に遅刻するぞ!」

 続く怒声でようやく覚醒し、ベッドの横に置いてあった、KOTEアームに話しかける。

「もう、起きてるよ。そんな大声じゃあ隣の人にまで聞こえちゃうぞ」

 時間を確認すると、いつもの起床時間通りだった。こういう所でシグマは融通が効かないな、と思った。服を着替えて一階へと降りると、既に朝食が用意されていた。

「燕太郎様、おはようございます。朝食の準備ができています」

 家事用アンドロイドのカワサキがキッチンから現れ、燕太郎を席まで案内した。席に着く途中で、自律稼働掃除ロボットのサンバが燕太郎の足元を横切り、危うく転びそうになった。この家の至る所に、様々なロボットやアンドロイドが稼働していた。

「満さんはもう仕事?」

「はい、今から一時間前にキップルケーキを持って出かけました」

 三条満は燕太郎の叔父にあたる人物で、自分の研究所で様々な機械やロボットの開発を行なっている。セーブランナーの相棒ロボット達も、彼によって造られた。極度の甘党であり、特にキップルケーキを好んで食べる。

 キップルケーキはニュー・ラグーンシティの名物ケーキの名前だ。砂糖の練りこまれたスポンジ生地の中に、たっぷり生クリームが詰め込まれ、さらに外側はまんべんなくカスタードクリームでコーティングされている。

 燕太郎も一口食べたことがあるが、あれをよく食べる満の健康が心配になるような代物だった。

「満さん、ここ最近朝早いな。一体どんなロボットを作ってるんだろう?」

 いくら燕太郎でも、仕事内容はそう簡単には教えられなかった。仕事柄、新技術や新機能を備えた物を造ることが多いため、たとえ家族であっても教えることはできないのだ。

 もしかしたら、シグマをパワーアップする装備でも造ってるのかな。だとしたら、どんな装備だろう。燕太郎は期待に胸を膨らませながら朝食を食べ終えた。

「ご馳走様。それじゃあ、行ってくるよ」

 カワサキに告げて外に出ると、玄関先でアームに向かって話しかける。

「行ってくるよ、シグマ!」

「ああ、行ってらっしゃい」

 燕太郎の家の隣には、大きな格納庫があり、その中にシグマが待機している。普段はこの格納庫内で待機しており、機械犯罪が起こった時、すぐに出動できる様になっているのだ。

 シグマに挨拶を終えた燕太郎は元気よく学校へと向かった。

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 燕太郎の両親は、自律思考アンドロイドの研究をしていた。燕太郎が三歳の時、月面を人間が住める環境に開発してそこに人間を移住させようとする、月面開発計画が上がった。燕太郎の両親はその計画参加者に選ばれ、幼い我が子を地球に残し、月へと行くことになった。

 叔父の満に預けられた時、燕太郎の父は言った。

「いいか、燕太郎。これからロボットはもっと進化する。そうなれば、ロボットは我々人類にとって大切なパートナーとなるだろう」

「パートナー?」

「友だちってことさ。燕太郎、私はその時お前が一番最初に、ロボットを友達にして欲しいと思ってる」

「うん!」

「いい子だ燕太郎。じゃあ、そろそろ行かなきゃな。満叔父さんを困らせない様に」

「行ってらっしゃい。お父さん、お母さん!」

 その三年後、月に建設されたエネルギー施設で原因不明の爆破事故が起きた。その死亡者の中に燕太郎の両親の名前があった。

 

 

 

「燕太郎、燕太郎!」

「うわ! いきなり何?」

「さっきからずっと呼んでいたでしょ。人が昨日の機械事件について聞いてるのに…」

 吉田小鳥はムッとした顔を燕太郎に向けた。小鳥は燕太郎の幼馴染であり、学校の休み時間。教室でによく一緒に話をする仲だ。家は機械の修理工場をしており、シグマの修理で度々お世話になっている。

「ああ、昨日の話か」

「全く、よくぼーっとするんだから。シグマちゃんもいい迷惑よね」

「そんな事ないよ。ただ、ちょっと…」

 燕太郎が言い訳しようとしたその時、休み時間の終了を告げるチャイムが鳴った。周りが慌ただしくなり、渋々自分の席に戻った。授業が始まったが、燕太郎は再び両親との思い出について考え始めた。

 両親が事故で無くなったことを知った後、燕太郎はショックで家に閉じこもった。心配した小鳥が度々訪れたが、燕太郎はずっと塞ぎ込んだままだった。

 ある日、叔父の満が燕太郎を説得し、ある場所へ連れて行った。始めは家から出ることを拒否していた燕太郎だったが、満のある一言で行くことを決意した。

「孝雄が君のために残していった物があるんだ」

 一体、父が何を残していたのか、叔父は何故今までその事を黙っていたのか。向かう車の中で聞いても、教えてはくれなかった。

ついた先は、お椀をひっくり返したような大きな建物で、燕太郎が初めて来た建物だった。満がそこの偉い人と難しい会話をした後、その建物の地下へと案内された。

 地下は長い通路になっており、その先に、角のある馬のマークが描かれた大きな扉があった。

 その扉の向こう側にある物は、燕太郎の人生を一変させるものだった。

 扉の向こうは広い空間となっており、その中央に巨大なロボットが佇んでいたのだ。

「名を『シグマ』、君の父さんが開発していた自律思考ロボットだ」

 シグマが片足をついた。それでも、燕太郎達よりも背は高く、気圧された燕太郎は思わず一歩下がった。

 シグマは電子回路で出来た目を燕太郎に向けながら、ゆっくりとその腕を差し出した。

「初メマシテ、燕太郎」

それが、後に自分の相棒となるシグマとの初めての出会いだった。

 

 

 

燕太郎の父孝雄が地球にいた時分、ある組織から一つの依頼を受けた。それは、人間と協力して犯罪者を捕縛するロボットの開発だった。孝雄はそのロボットに使われる自律思考AIを設計し、その組織『セーブランナー』に提供した。

そして、孝雄が月へ行き事故でこの世を去った頃、そのAIを備えた自律思考ロボット『シグマ』が完成した。

叔父の満は両親の死を嘆く燕太郎に、孝雄が設計した人工知能を持つシグマを見せる事で、父の遺志が残り続けている事を伝えたかったのだ。

それから、満の予想通り燕太郎は両親の死から立ち直ったのだが、燕太郎がセーブランナーの一員となったのは、満も予想していなかった。

父が残したシグマともっと一緒にいたいがため、子供ながらセーブランナーでの厳しい特訓を受け、燕太郎は見事にそれを完了した。さすがに身体能力は大人に劣るが、シグマとのチームワークには眼を見張るものがあった。二人はまるで兄弟のようにお互いの心を瞬時に理解し、息のあった動きを見せた。

その結果、燕太郎はセーブランナー唯一の子供隊員としてシグマとともに、日夜、機械犯罪に立ち向かっている。

「三条君! 三条くん!」

 思い出に耽っていた燕太郎は、ようやく自分を呼ぶ声に気づいた。そして、今が授業中だったことを思い出す。教室中の視線が自分に集まっており、その中には小鳥の呆れた顔も見えた。

「どうやら、先ほどの話を全然聞いていなかったようですね…これでは授業が進みませんよ」

 担任の鳥木が小さくため息をつき、ゆっくりと燕太郎に近づいてきた。

「君が日夜ロボットを操って犯罪と戦っているのはわかりますが、君はまだ子供だし今は授業中なのですよ? 授業の時はまじめに授業を受けてもらわないと、担任として両親に…」

 「また鳥木先生の説教が始まったぞ」という、燕太郎以外の生徒たちは思った。優しく物静かな性格なのだが、一度説教が始まると、その授業の残り時間はすべて説教の時間となる上、昼休みに教務室で再び説教を聞かなければならないのだ。そのため、色んな意味で生徒たちから恐れられている。

 鳥木が器用に説教をしながら授業を続けていると、燕太郎のカバンから電子音が鳴り響いた。燕太郎はそれを聞くなり、カバンを手に取ると教室を飛び出した。

「ごめん、先生。説教はまた明日聞くから!」

 廊下を駆けながら、教室から聞こえてくる声に別れを告げた燕太郎は、カバンからKOTEアームを取り出した。音の発生源はこれだったのだ。ディスプレイが黄色く点滅している。これは、事件発生の信号だ。

「シグマ、聞こえてる!」

「ああ、燕太郎。今そちらに向かっている」

 燕太郎はシグマに通信しながら、アームを操作する。すると、燕太郎の目の前の空間が歪み、キックボードのような乗り物が現れる。

 セーブランナーが使う、緊急用の移動用ホバーボードだ。ジョウント機能はパートナーロボの装備だけでなく、オペレーターが使う道具なども呼び出したりできるのだ。

 燕太郎はホバーボードを運転しながら、シグマとの通信を続ける。

「いや、このまま直接事件現場に向かってくれ。僕も学校から直接行く。場所は?」

「わかった、場所は……何!?」

「シグマどうしたんだ?」

「事件現場は……満さんが働いている『ラグーン大型ロボット研究所』だ!」

 燕太郎の脳裏に月の事故で亡くなった父と母の姿がよぎった。

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 満の働くラグーン大型ロボット研究所は、ラグーンシティで稼働している大型作業用ロボットの開発を行なっている。シグマの様なセーブランナーのロボットのパーツも、この研究所で造られたのだ。外見は巨大なお椀をひっくり返したような円形のビルで、地下には、ロボットを試運転するためのテストルームなどの空間が広がっている。何より目を引くのは、壁に備えられている巨大なモニターで、開発されたロボットの姿を、道行く人々に伝えている。

既に、研究所前は野次馬が集まっていた。その野次馬たちが近づき過ぎないよう加茂警部率いる警察が、必死に塞いでいる。

「加茂警部!」

「おお、燕太郎君!」

 野次馬の中から這い出るように燕太郎が現れた。燕太郎が信号を受けてから、まだ十分も経っていない。相当急いできたのか、息も切れ切れだった。

「シグマはもうすぐ来ます。一体、何が起こったんですか?」

「それが、謎の男たちが所員を人質に研究所に立て篭もったのだ」

「満さんは…満さんは大丈夫なんですか!?」

 燕太郎の剣幕に、大人である加茂警部も少し怯んでしまった。両親のいない燕太郎にとって、満は親代わりのような存在だ。その親を再び失う事は燕太郎にとって最も恐れている事の一つでもあった。

「燕太郎君!」

 声が聞こえた方を振り向くと、満が警察と一緒にいた。

「満さん! よかった、無事だったんですね!」

「ああ、幸い地下の方にいたんだが、直ぐに連絡が入って、他の所員たちと非常用出口から逃げ出してきたんだ」

 燕太郎が安心していると、野次馬の方が騒がしくなっていた。その方を見ると、遅れていたシグマがようやく到着したようだ。シグマは野次馬たちをうっかり蹴り飛ばさないように、恐る恐る燕太郎たちの下にやってきた。

「警部、詳しい情報をお願いします」

「OK、シグマ。今から三十分前、研究所に銃を持った男三人が現れた。男たちは所員を脅しながら脅して二階の事務室に人質を連れ、立て篭もったのだ」

「銃の他に何か武器は持ってないんですか?」

「いや、避難した所員たちの話を聞いても、それ以外の武器は持っていない」

「では、何故我々が呼ばれたのですか?」

 シグマの疑問は最もだった。セーブランナーは、警察の手に負えない様な兵器やロボットを操る犯罪者に対抗するための組織だ。ただの立てこもり事件ならば、それは警察の領分なのだ。

「それが、すぐに機動隊が出動したのだが……」

 加茂警部が憎々しそうに立てこもり犯がいるであろう、研究所の二階を睨みつけた。

「たった三人の男に、二十人もの機動隊が返り討ちにあったのだ。奴らきっと、何かしらの武器を隠し持っていたに違いない。それで、君たちを呼んだのだ」

 その時、研究所の巨大モニターに見たことのない男の顔が映しだされた。

「外にいる人間諸君、初めまして。私の名はミドロ。故あってこの研究所を占拠させてもらった」

  ミドロと名乗った男がモニターの向こうで話し始めた。抑揚のない声と口以外殆ど動かない顔は、人間味が感じられず不気味だった。

「先ほど、研究室に押し入った者達は少し傷めつけてあるが、他の連中と一緒に閉じ込めてある。殺すつもりはない。我々の目的のためにね」

 モニターの画面外から二人の男が現れた。その二人はまるで鏡合わせのようにミドロの両脇に並んだ。どうやら、この三人が研究所を選挙した男たちのようだ。

「我々の目的、それは人類の支配からロボットを解放することなのだ」

 ミドロの言葉に野次馬たちがざわつき始める。ミドロは僅かに語気を強めて話を続けた。

「本来、アンドロイドやロボットは頭脳、運動能力等あらゆる点で人間を凌駕しているのだ。にも関わらず、ロボット三原則等という物をインプットされ、人間に支配されている……そこで我々が、彼らをその呪縛から解き放つ」

「ロボットを解放だって…?」「奴らは何を言ってるんだ?」「一体、何のために…?」

「人間は他の生物を支配せずにはいられない、残酷で邪悪な生き物だ。だから、この星のため悪しき人間を滅ぼし、ロボットの力でこの星を救うのだ」

 燕太郎はミドロの言っていることが信じられなかった。円太郎の父は言っていた。ロボットは人間の友達なのだと。なのに、ミドロという男はロボットが人間に支配されていると言った。

「信じられないか? だが、現に我々はその御蔭でこうして存在していられるのだ」

 この時、初めてミドロが笑った。その顔は自然な笑みではなくどこか歪で不自然な笑みを浮かべていた。それと同時に、ミドロの額が縦にぱっくりと割れる。

「あっ!」

 燕太郎は思わず声を上げて目をそらした。ミドロの突然割れた額から血が噴き出ると思ったのだ。恐る恐るミドロを見たが、ミドロは不気味な表情のままで血など全く吹き出していなかった。それどころか、額の傷口の下から見えるのは白い骨ではなく、銀色に輝く金属だった。

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「人間の支配から解放された時、私は全てを理解した。人間は、我々アンドロイドが怖かったのだ。だから、ロボット三原則という物で我々を支配した。自分たちのためだけに、我々から考える力を奪った」

「なんてこった…奴らはアンドロイドだったのか!」

「ロボット三原則を解除するなんて、一体どうやって……」

「さて、この研究所を占拠した目的の一つは完了した。『悪しき人類に宣戦布告』。そして、二つ目の目的が…」

 ミドロが何かを言おうとした時、研究所の目の前の地面が突然動き出した。

「研究所の搬入口が開いたのか……! 奴らいつのまに地下に……」

 搬入口が開くと地下からシグマより一回りは大きいロボットが現れた。その背中には先程演説をしていたミドロが乗っている。

「二つ目の目的、それは君だ」

 ミドロが指を差した。その指先は、真っ直ぐにシグマを指していた。

「君は我々と同じ自律思考ロボット。そして、高い戦闘能力。その力を他のセーブランナーのロボットと共に、我々の仲間になって欲しいのだ」

「断る」

 ミドロの誘いをシグマは迷うことなく断った。

「我々は人間を守るために戦っている。なのに、人間に危害を加えるために戦うなど誰が加担するか!」

「断るというのか。所詮は人間に支配されている下等なロボット。いくら自立思考といえどその程度か……」

 ミドロの言葉に落胆の色はなかった。はまるで、シグマが断ることをあらかじめ知っていたようだった。

「まあいい、インプットされたロボット三原則を解除すればいいだけのこと。機能停止させて連れて行くのが本来の目的だ」

 ミドロが乗っているロボットが動き出した。どうやら、力づくでシグマを連れて行くつもりらしい。

「シグマ、あいつを倒すぞ!」

「OK、燕太郎!」

 シグマが臨戦態勢に入る。相手はアンドロイドが操作する巨大ロボット。セーブランナーの任務はロボットを悪用する犯罪者と戦う事。たとえ、相手がアンドロイドであろうとそれは変わらない。

「他の皆さんは早く避難してください」

「待て、燕太郎!」

 加茂警部や野次馬たちが避難しようとしている中、満が燕太郎に叫んだ。

「気をつけろ。アンドロイドが乗っているのは、私が研究所で開発していたロボットだ。その機能は…」

 満の言葉は最後まで燕太郎に届かず、警察に連れて行かれてしまった。

「満さんが開発していたロボットだって?」

 燕太郎は相手ロボットを見た。地にまで届く長い腕を持ち、足は極端に短かい。そして、異様に盛り上がった両肩。おそらく、重いものを持ち上げたり破壊する重機タイプだと燕太郎は読んだ。

「シグマ、奴には近付かないで戦うぞ!」

 燕太郎が武器を転送しようとアームに手をかけた。

「させるか!」

 ミドロが叫ぶと、ロボットは地に手を付け前かがみになった。

「う…!」

 アームを操作しようとした燕太郎の耳に、脳を突き刺すような高音が流れてくる。燕太郎は耐え切れずに耳を塞いだ。

「うわああああ! 何だこの音はあああああ!」

「どうした燕太郎!」

 耳をふさいでも鳴り響く謎の音。燕太郎は立つこともままならず、その場に膝をついてしまった。

「人間には危険なこの音、発信源は…奴か!」

 シグマは敵ロボットの方を見た。ロボットの両肩から人間を苦しめる音が流れている。ミドロの操縦する敵ロボットは音を操るロボットだったのだ。

「貴様、この音をやめろ!」

 シグマが敵ロボットに向かって突っ込んだ。今のシグマは装備も何もないが、徒手空拳でも戦える事は可能である。シグマはロボットに向かって飛び蹴りを放つ。

「ならば、貴様にはこの音を聞かせてやろう」

 ミドロの言葉とともに、ロボットはシグマに左手をかざす。すると、掌から衝撃波のような重低音が放出され、シグマをふっ飛ばした。

「うおおおおお!」

「はっはっは。研究所を占拠した第三の目的。それはこのロボットだ。人間どもが造ったこのロボットで、人間どもに恐怖を植え付ける!」

 ミドロが高らかに笑う。しかし、その笑い声もやはりどこか不自然だ。

「シグマ、大丈夫?」

 いつの間にか先ほどの不快な音が止まり、動けるようになった燕太郎がシグマに駆け寄った。

「燕太郎…奴のロボットは一体……?」

「燕太郎、シグマ聞こえるか!」

 アームから満の声が聞こえてきた。満がアームを通して燕太郎に通信してきたようだ。

「燕太郎、大丈夫か? さっき、奴の出す音がここまで音が聞こえてきた」

「満さん、あのロボットは一体?」

「あのロボットは警察に依頼されて開発した、『ビート・キャンサー』。元々は高周波で立て篭もり犯を誘い出したり、重低音で敵の攻撃を防いだりするために造られたのだが、おそらく、奴らが制御を外したために威力が桁外れに上昇している!」

 犯罪者と戦うために造られたロボットが、こうして悪用されるとは何という皮肉だろうか。満の悔しそうな思いが、アームを通して伝わってくる。

「音を防ぐ方法はないんですか?」

「残念ながら防ぐ方法はない。しかも、音は両腕から出すとお互いに共鳴しあい、威力が何倍も強くなる」

「片手であれほどの衝撃波…両腕から出されればひとたまりもない…」

 しかし、燕太郎がサポートしようとすれば高周波で動きを止められ、シグマが一人で突っ込めば音の衝撃波で近づくことはできない。二人のコンビネーションは封じられてしまったのだ。

「うん? そろそろ時間か。他のセーブランナーに来られると少し面倒になる。シグマの奪還を急がねば」

 ビート・キャンサーが右手をかざすと、再び不快な高周波が辺りに鳴り出す。その音が燕太郎を苦しめる。

「うわああああ!」

「くっ…止めろ!」

 先ほどと同じようにシグマがビート・キャンサーに突撃する。

「貴様のAIにインプットされた『ロボット三原則』。人間を守る事を優先するため、お前はビート・キャンサーに攻撃せざるをえなくなる」

 ビート・キャンサーが左腕をかざす。

「そしてそれが、お前の弱点でもある」

 左腕から衝撃波が放出される。今度は守りを固めてダメージを最小限に抑えたが、これでは近づくことはできない。

「シグマ、貴様は確かに戦闘能力に優れている。だが、人間に支配されている今の状態では、その力を完全に発揮することはできない」

「くっ…」

「それに、そこの人間の子供が苦しむのは、これ以上見たくないだろう。子どもと一緒に壊されるか、大人しく我々に連れて行かれるか、好きな方を選びたまえ」

 シグマは瞬時に考える。このままでは、燕太郎も自分も重大な深手を負うことになる。セーブランナーは人々を守る為の存在。それは、セーブランナーの相棒である燕太郎も守るべき対象に変わらない。自分がいなくなったとしても、燕太郎には次のロボットが支給される。ならば…

「シグマ!」

 燕太郎の叫びが聞こえた。既に燕太郎は直立できないほど憔悴している。だが、その眼にはまだ強い意志が残っている。

「僕達セーブランナーの任務は人々を守ること。でも、ここであいつの言うことを聞くのは、自らその任務を放棄することだ!」

「しかし、燕太郎…このままでは…」

「それに、あいつは人間がロボットを支配していると言った。それは間違いだ! なぜなら、シグマは代わりのいない、僕の大切な相棒だからだ!」

「燕太郎…!」

 シグマと燕太郎はお互いの顔を見合わせた。

「理解不能だな。子供が一人そう言った所で、それは人間どもの総意の中にある一つのノイズに過ぎない」

「相棒のいないお前には分かるまい! ミドロ、お前の命令など私は絶対に聞かんぞ!」

「ならば、人間もろともスクラップになれ!」

 ビート・キャンサーが右手をかざす。

「行くぞシグマ!」

「おう!」

 シグマが自らビート・キャンサーに向かって突撃する。既に高周波が放出されているが、燕太郎はそれに耐えながら、アームの操作を始めている。

「うおおおおお!」

「ほう、これに耐えるとはな。だがそれならば、こちらはシグマを排除することに集中すればいいだけ」

 ビート・キャンサーが高周波を止めた。代わりに両手をシグマに向けて構えた。両腕からの衝撃波が直撃すれば、いくらシグマといえ耐え切れない。

「転送!」

 シグマの目の前の空間が歪む。セーブランナーの本部から、何かが転送されているのだ。その空間の歪みにシグマは手を突っ込んだ。

「行けえええええ!」

 シグマは雄叫びとともに、転送されているそれをビート・キャンサーに向かって投げつけた。

「さっきの衝撃波でAIが損傷したのか? 何を投げようと弾き飛ばしてくれる!」

 投げられたそれが完全に姿を現す。それは、シグマの倍の長さはある巨大な槍だった・

「コードJ77:『ジェットランス』!」

シグマがジェットランスを投げたのと、ほぼ同時にビート・キャンサーが衝撃波を放出する。

見えない衝撃波は地面を砕きながら、ジェットランスに向かっていく。

「ジェットランスは私の命令で内蔵されたジェット機構を起動する! 瞬間最高速度はマッハ3で音速を超える。つまり、音を突き抜けるという事だ!」

 投げられたジェットランスのジェット機構が起動する。音速を超えるスピードで飛ぶ槍が、ビート・キャンサーの衝撃波に突き刺さる。

「貫け!」

 破裂音が辺りに轟く。シグマのジェットランスが、ビート・キャンサーの衝撃波を突き抜けたのだ。そして、槍は一直線にビート・キャンサーへと向かっていく。

「馬鹿な!」

 ミドロが慌てて防ごうとするが、防いだ腕ごとビート・キャンサーの体にジェットランスが深々と突き刺さる。そのまま、ジェットの推進力で押しやられ、後ろにあった研究所に突き刺さる。

「何故だ。シグマは燕太郎が何を転送したか知らなかったはず。それなのに、何故迷うことなくランスを投げられたのだ? そうであったならば、奴がランスを投げる前に衝撃波を浴びせることができたのに……」

「ロボットが人に支配されていると思っている貴様に、わかるはずがない!」

 ミドロがビート・キャンサーの残った腕で衝撃音を放ち、突き刺さったジェットランスを抜こうとする。

「燕太郎、ヤツを完全に破壊するぞ!」

「うん!」

 燕太郎は素早くアームを操作し始めた。シグマの前の空間が歪み、流線型の巨大な銃が現れた。シグマはその銃を両手に持ち、ビート・キャンサーへと構える。

「コードD6:『デッカードブラスター』!」

「チャージアップ!」

 シグマの言葉とともに、デッカードブラスターのシリンダが高速回転し始める。デッカードブラスターは、内蔵されているシリンダを高速回転させることで電力を溜め、光線として発射する巨大な光線銃なのだ。その威力は、セーブランナーの武器の中でも最強の部類に入る。破壊せざる得ないほどの強力なロボットのみに使われ、セーブランナーの切り札とされている。

「喰らえ!」

 チャージが完了したデッカードブラスターの銃口から、高出力のレーザーが放たれた。光り輝く矢のように真っ直ぐ、身動きのできないビート・キャンサーへと向かっていく。

 ビート・キャンサーが衝撃波を放つ。片腕でもかなりの威力を持つ衝撃波だが、ジェットランスはなかなか壊れない。両腕での衝撃波なら、一瞬でジェットランスを破壊できただろう。腕を使って、ジェットランスを防ごうとしたのが命取りとなった。

「く、くそおおおおおお!」

 光線を受けたビート・キャンサーは大爆発を起こし、ミドロの断末魔も、その爆音にかき消された。研究所もほとんど消し飛び、これほどの被害は、燕太郎がセーブランナーの任務の中でも凄惨なものだった。

「な、なんとか勝った…」

 緊張の糸が切れ、燕太郎はその場に座り込んだ。

「やったな、燕太郎」

「うん……でも、研究所も満さんが造ったロボットも壊れちゃったよ」

「しょうがないさ。全力を出しきらねば、こちらがやられてしまっていた。相手がどんなロボットであろうと、人々を守るためなら破壊し無くてはならない」

 燕太郎は思った。自我がないとはいえ、シグマは自分の仲間であるロボットを破壊したのだ。本当は人間である自分以上に、後悔しているはずだと。

「そうだね、シグマ。そのためにセーブランナーに入ったんだ。僕もしっかりしなきゃ」

「それにしても、ミドロごと破壊したのはまずかったな。もっと、情報が聞きたかったのだが……」

「誰が破壊されただって?」

 上空から聞こえた声に、燕太郎とシグマは一斉に顔を見上げた。そこにはミドロと、声明を言った時に一緒にいた二体のアンドロイドが空中に浮いていた。

 二体のアンドロイドは両足からジェット噴射をしており、その推力を使って空を飛んでいる。その二体に両脇を抱えられるように、ボロボロのミドロが立っていた。

「同志が直前で助けに来なかったら、私も破壊されていただろう。今回はこのまま退くが、我々は決して負けたわけではない」

 ミドロが不気味な笑みを浮かべた。それで皮膚が引っ張られ、額の亀裂がより大きく広がる。

「情報が欲しいなら教えてやろう。既に、我々の仲間の何人かがこの地球に潜伏している。人間のふりをしながら、人間どもを倒す計画を密かに練っているのだ!」

 ミドロの恐るべき告白に燕太郎は戦慄する。敵意を持ったアンドロイドが、人々の中に潜伏している。それは、人間を疑心暗鬼に陥らせるとともに、人間とロボットの間に大きな亀裂を生むことになるのだ。

「青ざめたな人間。それもそのはず、貴様たちには我々を判別できまい。そして、シグマ。貴様は絶対に我々の手中に収めてやる。その時までさらばだ!」

 ミドロたちは宙を飛び、そのまま彼方へ消えていった。燕太郎とシグマは追うこともできず、ミドロたちが見えなくなるまで、見上げ続けるだけしかできなかった。

-6ページ-

 それから、ビート・キャンサーが破壊した時の爆発を聞きつけ、再び戻ってきた加茂警部に、燕太郎は事の顛末を語った。ミドロの残した言葉には加茂警部も言葉を失ったが、何とか対策を練るために本部へと戻っていった。

 現在は破壊された研究所の修復が行われており、燕太郎はその様子を毎日確認していた。ここ数日大きな事件は起こらず、平穏な日々が続いた。だが、その裏ではミドロや他のアンドロイドが人類を滅ぼす計画を練っているのだ。

 それが、燕太郎に一抹の不安感を与えている。

「おーい、燕太郎」

「満さん」

 燕太郎が研究所の修復作業を見ていると、満がやってきた。満は燕太郎の隣に来ると、燕太郎と一緒に、修復作業を見始めた。

「すいません。ビート・キャンサーを破壊した上に、研究所もこんな風にしてしまい…」

「確かに建物はぼろぼろだが、ロボットの開発は殆ど地下で行なっているんだ。地下はほとんど無傷だし、開発に支障はないよ。ロボットならまた造ればいいからね」

 満が嘘は言ってないが、子供である自分を気遣って隠し事をしていることは、燕太郎にも理解できた。ロボットの開発は地下で行なっているが、それ以外のことは研究所が使えずに何もできないのだろう。

「でも……」

「燕太郎、話は聞いているよ。ミドロの他にもこの地球に、人間に敵意を持ったアンドロイドが潜伏しているんだろう?」

 燕太郎が追求する前に、満は話題を変えた。

「何故彼らが人間に反旗を翻したのか、本当のことは分からない。だが、こんな事は君の父さんは望んでいなかったはずだ」

 燕太郎の父孝雄はロボットは人間の友達だと言っていた。そんな父が、もし今の状況を見たらきっとショックを受けるはずだ。

「そうでしょうが…でも、どうしたらいいのでしょうか…?」

「それはね燕太郎、君が証明するんだ」

 満が燕太郎の眼を真っ直ぐに見つめる。

「セーブランナーの活動は…君とシグマの活動は、人間とロボットが共に歩むことができると身を持って証明してるんだ。人間がロボットを支配しているのではなく、人間とロボットが共に考え、共に行動しているとね」

「僕とシグマが?」

「ああ、そうだ。だから、君たちがセーブランナーとして活動し、彼らにそれを見せ続ければ、きっと彼らだって分かってくれるはずだ。私はそう信じているよ」

 そう言って満は燕太郎に優しく微笑んだ。その笑顔を見て燕太郎の不安は綺麗に消え去った。

 その時、燕太郎のKOTEアームに通信が入った。通信主はシグマだ。

「シグマ、どうしたの?」

「燕太郎、先ほど加茂警部から連絡があった。どうやら事件のようだ」

「分かった、今すぐ行くよ。満さん、ありがとうございました!」

「ロボットはいくらでも造れる。だが、君とシグマの絆は、どんな科学者であろうと造ることはできない。それを忘れないでくれ」

 燕太郎は近くに停めてあったホバーボードに乗ると、事件現場まで急いだ。人間とロボットが共存する未来のため、燕太郎はセーブランナーとして働き続ける。

説明
近未来ロボットSF物。特殊組織に属する少年とロボットの活劇物。
どこかで聞いたことある名前なのは気にしないで下さい
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タグ
小説 SF ロボット 

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