The Duelist Force of Fate 30 |
第三十話「贋作者の咆哮」
曇る視界の中で衛宮君が必死に戦っていた。
私を助ける為に中身も知らないデッキを使って。
世界が欠けたような感覚。
血が足りないのか寒い。
それでも薄目に分かる光。
それはきっと彼そのもの。
まるで抜き身の刀身のような。
あるいは朽ち果てた剣のような。
冴え冴えとした空気の中、荒涼たる丘に立つ一本の剣。
理想を求めて果てる事も厭わない。
誰かの為にある存在。
『オレは【白竜の忍者】と【マテリアルドラゴン】でアサシンに攻撃!!!』
咆哮の最中、必死な顔。
誰かの為に懸命な姿。
『!!?』
どうして此処まで誰かの為に何かをしようとするのか。
未だに本質的な事を私は理解していない。
とても優しくて。
優し過ぎて。
自分を省みない様子に不安すら覚えているのに。
『オレはカードを一枚伏せてターンエンド!!!』
未熟な弟子に守られるなんて魔術を教えている身からすれば、噴飯ものだ。
それどころか決闘者としてもほぼ常人と変わらない彼に戦わせるなんて自殺行為に過ぎない。
未だ伏せカードの発動をしていない事からもそれは明らかだろう。
『アサシンのクラス・・・これ程に脆いとはその命(ハート)貰い受けましょう!!』
暗殺者に執行者の拳が迫る。
大仰な事など何も無い。
ただダメージで足元の覚束ない相手から一撃で心臓を抉り出すだけの事。
指が開き、ルーンによって加速、硬化した腕によって相手は撃ち抜かれるのだ。
しかし、衛宮君がミスをした。
『罠(トラップ)カード発動(オープン)!!! 【聖なるバリア ミラーフォース】相手の攻撃宣言時、相手フィールド上の表側攻撃表示のモンスターを全て破壊する!!!』
『『?!!』』
叫ぼうにも叫べなかった。
罠の有用性は決闘者にとっては今更だ。
しかし、これはただのカードゲームではない。
敵の能力は常に未知数。
相手次第ではたった一手の間違いが全てを決する事もある。
そう、例えば・・・罠に対してカウンターを仕掛けるような敵がいた場合。
『【後より出て先に断つ者】(アンサラー)』
どうしてその声が聞こえたのか。
光の津波に呑まれるより先にそう聞こえた。
『【切り抉る戦神の剣】(フラガラック)』
僅かだけ執行者の顔が見えたのは偶然。
泣きそうな顔だった気がした。
――――――全てが制止して。
アサシンに対する攻撃が心臓を抉り取り、もう片方の手にある鉄球から放たれた細い光の筋が衛宮君の胸を貫いていた。
まるで最初から罠など発動されていなかったかのような静寂。
(いや・・・)
私の目の前で衛宮君の背中がゆっくりと前のめりになっていく。
(イヤぁ・・・)
全てが遅くなる世界の只中で一人。
(衛宮君!!!!!?)
声にならない絶叫で私の心が罅割れる。
(死なないで!!!!)
私は動けと思う。
(お願いだから!!! 死なないでよ!!!)
私は動けと思う。
(貴方が死んだら一体誰が桜を幸せにしてあげるのよ!!!?)
私は動けと思う。
(セイバーだって!! イリヤだって!!! 皆!!! 皆待ってるのよ!!!)
腕が少しだけ、ほんの少しだけ、動いた。
(助ける!!! 絶対に!!! 助けてみせる!!!!)
胸に掛けた宝石。
魔力を溜め続けた切り札。
なけなしの血を全て使い切ってもいいと。
胸から溢れていく熱さに構わず私は――その宝石を――衛宮君に――。
グシャリと私の手が足に潰された。
『――――――――ッッ!!?』
私の目に映ったのは髑髏の仮面。
アサシン。
でも、違う。
アサシンは死んだはずだ。
確かに心臓を執行者に抉り出されている。
だから、その複数の髑髏の仮面が別人なのだと理解するより先に私の意識は頭部への蹴りによって消えた。
衛宮士郎にとってそれは原点だった。
雨の降る最中。
瓦礫の上で。
泣きそうな男と出会った。
笑っていたのに・・・確かに男は泣いているような気がした。
爺さん。
そう呼ぶようになった男との日々を忘れる事はない。
たった一つだけ確かな理想が人生を掛けるに値するものだと今も疑いはしない。
正義の味方。
憧れの代償が己の人生だとしても、それを苦と思う事などない。
引き継いだのは叶わぬ理想。
手にしたのは儚い現実。
如かして至るべき果ては未だ見えず。
(藤姉)
掛けがえの無い日常。
(遠坂)
追い掛けるべき背中。
(桜)
守りたい人。
(イリヤ)
分かり合える存在。
(セイバー)
共に駆ける仲間。
(オレは・・・まだ、何も為しちゃいない・・・)
聖杯戦争への参加を決意した時、決めた。
この戦いを終わらせてみせると。
どれだけ困難だろうと自分の周りにいる人々を守ってみせると。
ならば、戦わねばならない。
(立てよ!!! オレの体!!! 立たなきゃ!!! 今、立たなきゃ死んだって後悔する!!!!!)
決して倒れてはいけない。
いや、斃れたとて立ち上がるべきだ。
(助けるんだ!!! 遠坂を!!! 守るんだ!!! 皆を!!!!)
――――――諦めぬ想いの先にこそ奇跡は開闢する。
明けの雲海。
未だ闇に沈み込んだ大地。
天地の騙らない美しさ。
夜と朝に浸からない狭間の深遠で一本の剣が立っている。
いや、それを剣と評するのは通常の理屈において適当ではないかもしれない。
紅き外套。
真白き髪。
優美に曲線を描く二振りの双剣。
理想の果てで。
理想と成って。
理想に溺れて。
理想を否定した。
男を剣と評するならば、無論この世の殆どの剣は鈍ら。
黄金の光に導かれ、世を救い続けた正義の化身。
死を紡ぎ疲れた皮肉すら、その顔にもはや無い。
持っていた答えは既に磨り切れ、機械の如き意思は熱を持たない。
そう。
彼は一つの象徴。
悪を許さぬ正義の剣。
保存された概念そのもの。
英霊。
揺るぎ無き業績の後、蒐集された英雄。
「 」
その魂は不滅。
下界に降り立った彼らは彼らの模造品に過ぎず。
彼らの行いは彼らにただ一冊の本の如く読まれるだけに過ぎない。
故に新たな答えを得た彼もまた・・・ただ一度の夢幻を知っただけに過ぎない、はずだった。
使い果たされる事なく時代など関係なく本人の意思など介在せず、正義の象徴で在り続ける、はずだった。
「 」
正義の味方。
借り物の理想。
それに殉じた者の成れの果て、只それだけの存在―――その表情が僅かだけ変わる。
「 凜 」
彼はそう言った。
全ては過去へ置き去りにされたはずなのに。
何もかも承知で英霊の座に立っていたはずなのに。
しかし、それでも彼はそう言った。
刹那、波紋が世界を渡っていく。
澄んだ湖面を思わせる闇に何処からとも無く降ってくる剣が無数。
突き立った贋作の全ては一つの劒(つるぎ)を模倣する。
泉の精より貸し出された一振りの奇跡。
約束された勝利の剣。
だが、それでも、闇に変化は無い。
不意に彼の前に一枚の札(カード)が顕れる。
瞬く煌めき。
薄い緑色が彼の周りを廻り始め、移動する度、新たなカードが虚空へその数を増やしていく。
「衛宮士郎」
彼の瞳が虚空を睨み付ける。
「貴様は私のようにならないのだろう?」
唇が皮肉げに笑んだ。
「ならば、思い出せ」
いつか決した日の如く厳しい声。
「貴様の誓いを」
如何なる敵を前にしても己を貫き続けてきた男。
「貴様に出来る事など高が知れている」
その忠告が虚空を響き抜ける。
「【あの男】が如何に世界を弄ろうとそれは変わらない」
彼の周りをカードが埋めていく。
【魂の開放】
「貴様が衛宮士郎である限り、それは必然」
【精神同調】
「それすら出来ぬと言うならば」
【魔力倹約術】
「理想に溺れるまでも無く」
【アームズ・ホール】
「貴様に未来などありはしない」
【継承の印】
「お前はただの贋作者(フェイカー)・・・借りものの理想で借り物のの力を振るう」
【フォース】
「ただ、それだけの人間だ」
【士気高揚】
「故に足りないのなら貸してやる」
【シンクロ・ヒーロー】
「唱えろ」
―――――――――――体は―――――――――――。
【【体は剣で出来ているッッッ!!!】】(I am the bone of my sword)
「な!?」
バゼットが驚いたのは心臓を貫いたはずの衛宮士郎が立ち上がったからではない。
殺したはずのアサシンに代わり複数のアサシンが現われたからでも、死んでいる者が生き返ったからでも、況してや己の切り札によって相手が死ななかったからでもない。
【【血潮は鉄で 心は硝子】】(Steel is my body,and fire is my blood)
驚いた理由はただ一つ。
【【幾たびの戦場を越えて不敗】】(I have created over a thousand blades)
「アー・・・チャー!?」
【【ただの一度も敗走はなく】】(Unaware of loss)
衛宮士郎が英霊をその身に宿していたからだ。
【【ただの一度の勝利もなし】】(Nor aware of gain)
現われたアサシンの群れが衛宮士郎に殺到していく。
【【担い手はここに孤り】】(Withstood pain to create many weapons)
咄嗟に庇うような位置に立ちアサシン達を捌いたのは殺してしまった償いからではない。
【【剣の丘で鉄を鍛つ】】(waiting for one's arrival)
その男が敬意に値する者だったからだ。
【【ならば我が生涯に意味は不要ず】】(I have no regrets.This is the only path)
決意を持って魔術と為す。
抉られた心臓を鋼の剣で縫い止めて、それでも戦おうとする者に心が震えたのだ。
その姿にバゼットは己が目指すべきものの一端を見た気がした。
【【この体は・・・無限の剣で出来ていた】】(My whole life was “unlimited blade works”)
景色が塗り変わっていく。
宙に浮かぶは煉獄を回す歯車。
大地は荒漠の丘。
突き立つは無数の剣。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
ガムシャラに走り出す体。
バゼットを抜けてアサシンの群れに飛び込んでいくのは未だ魔術の入り口に立つはずの者。
英霊に敵うわけがない。
集団となったアサシンが負ける道理など無い。
今やカードすら持たない手が振るう剣に如何程の力があるというのか。
『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『?!!!』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』
しかし、それでもアサシン達が押された。
投擲する短剣は切り払われ、刺しに行った者は腕を落とされ、退避しようとする者には剣が突き立つ。
あまりにも必死で無様で剣捌きは見れたものではない。
だが、それでも全身を切り裂く短剣の群れを押し切るように、次々に剣が振られていく。
欠けた先から折れた先から弾き飛ばされた先から手に現われる剣でアサシン達は斬り捨てられていく。
それは英霊か。
いや、それは衛宮士郎。
英霊を宿しただけのただの人間。
透けた紅の外套が体から滲み出るように舞う。
やがて、アサシン達の誰一人として立ってはいなくなった。
振り返る瞳。
燃え盛る闘志。
それを前にして戦ってみたいという想いに駆られ・・・しかし、彼女はそっと全身から力を抜いた。
「いいでしょう。此処で命のやり取りをしたいわけではありません。宝具に付いても後々話し合いを持つ事にします」
「・・・・・つまり、あんたは・・・」
「ええ・・・遺憾ですが此処は負けを認めましょう」
瞬間、バゼットの背負っていた袋から光の粒子が立ち昇り、士郎の手にカードとして結晶化する。
同時に魔力が枯渇し倒れそうになるものの彼女は何とか堪えた。
「・・・・・・遠坂・・・・・・オレ・・・勝った・・・ぞ・・・・・・・・・・・・」
今度こそ、倒れた士郎がそのまま意識を途切れさせる。
その横に緑色のカードが無数に散らばり、宝石剣が転がった。
何もかもが白昼夢だったかのような午後。
元に戻った洋館の前でバゼットは二人の怪我人を背負う事になり、溜息を吐いた。
To Be Continued
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