5話 ニコニコ生物 |
ゴダールは、映画は<ある特定の人間にのみ>向けられて作られているという旨のことを述べている。
今思い返すと彼は、その日、太陽が惜しみなく私たちに光を授けてくれるようにいつになく、<力に溢れ><にこやか>だった。
その日、Aは友人0とゴダールの作品について西日が二人の頬を濡らすまで語り合った。
談笑の後に彼は自宅から日とともに地面へと落ちていった。
その日は彼の誕生日だった。
その日の朝にはMとKの結婚式が開かれていた。
その翌年には、二人の間には子供ができた。
しかし、Iは2人に愛されなかった。
なぜなら、2人は互いに相手を初めから愛してなどいなかったから。
彼らが愛したのは、世間体であり、羨望の眼差しだった。
彼らはそのために笑顔の仮面を張り付けて「理想の家庭」を演じつづけた。
つまり、Iは二人の愛の結晶ではなく、「愛(エゴ)」の結晶であった。
故に、Iは愛を知らなかった。
増してや、人を愛することなどできるわけはなかった。
人は鏡を見る。
それはなぜだろうか?
僕にはわからない。
ただ2つだけ僕は確信を持って言えることがある。
1つは、容姿にコンプレックスを抱えている人間にはそれは毒であること。
もう1つは、その毒に浴びようとする今の自分は正気ではないということ。
そう、僕が言えるのはただそれだけ。
脇に潜ませた体温計が僕には今、熱が、それも39度という高熱があることを知らせてくれた。
体温計から発せられる電子音が僕の鼓動と共鳴し、マラソンをし終えた後のあの激しい心拍数になってしまった。
僕はちょっぴりだけ心臓が体を突き破って出てくるんじゃないかと心配になった。
そういえば、日本の年間の自殺者と東京マラソンの参加者が同じなんだよね。
正気じゃないね。
それは判ってるんだ。
だって僕は、ほら、今こうやって鏡の前に醜い姿を晒しているんだもの。
鏡を見るとゾッとして僕は熱を出してしまうのかな?
それとも熱があるから、オカシクなって鏡の前に立つのかな?
他にはそうだなぁ。無意識の僕が「お前は今ヒジョウにヤバイんだ」と警告してるのかな?
人間の精神機構の精密さに虞いってしまうね。
さっきから、頭の中で誰かが僕に囁いてくるもんだから、頭が痒くてたまらない。
どうでもいいんだけど、今みたいな夜明けを彼は誰時(かはたれどき)って言うんだ。
僕はメティスを口にもしていないし、増してやこれから自分の頭を斧やなんかでザクロにするつもりはないよ。
あの子が死んでもう何年だろうか?
今日はあの日みたいに雪は降っていないのが残念でしかたないよ。
AはMの妹である彼女へ送ることのなかった手紙をゴミ箱へ放り投げた。
AはMの妹であるあの娘からもらった少し湿った手紙をポケットにしまうと誰かにだけ聞こえるようにそっと囁いた。
君は誰だったんだろうね?
Aは大地との抱擁を待つその刹那、孤独について思いを巡らせた。
<孤独>とは何だろうか?
それは1人でいることではない。
自分は、何者であり、何を行い、何を望んでいるのかが分かることなんだ。
つまり、世界というグラフにどのようにしてドットである<今、ここにいる、私>は位置しているのかを自覚することなんだ。
逆に所謂「孤独」とは、自分が霧のように世界に広がり続けて、点として描かれないことなんだ。
分からなくて不安であることを僕たちは「孤独」と呼んできたんだ。
僕は君が死んだ後、半分だけ嬉しかった。
だって、記憶の中の君はいつも美しくて、決して他人の死を嘆くことはないんだから。
だって、現実に押しつぶされることもなければ、時に醜くされることもないんだもの。
こんなことを言ってしまって悪いんだけど、君のおかげで<孤独>が分かったよ。
ありがとう。
説明 | ||
これで一区切りつきました。 | ||
総閲覧数 | 閲覧ユーザー | 支援 |
462 | 462 | 0 |
タグ | ||
文学 自殺 ショートショート | ||
kou?さんの作品一覧 |
MY メニュー |
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。 |
(c)2018 - tinamini.com |