SweetStrawberryRondo |
スイートストロベリーロンド
「皆様、お早うございます。本日は○○ツアーに多数のご参加誠にありがとうございます。今回のガイドを務めます、さくや観光の宮下といいます。一日どうぞよろしくお願い致します」
バス車内での第一声。今回も無事に拍手を頂けた。
私は、先ほども言ったとおり、さくや観光でガイドを務める宮下佳奈子(みやした・かなこ)。高校卒業後、旅行の仕事がしたくて今の会社の門を叩いた。雇ってくれるか微妙だったが、たまたま欠員が出た、ということでこの就職氷河期に運良く就職できた。
そこからはもう必死だった。ガイドとして覚えることに加え、てん添じよう乗員業務も覚える羽目に。今の時代、ガイドとしての仕事が減る一方で、添乗業務は減らなくてガイドが余る事がしょっちゅう。秋のトップシーズンは需要があるけど、それ以外は……ということなので、添乗を兼務しながらガイドをするというスタイルに変わりつつある。
おかげで長続きしないガイドも多く、同期はいない。先輩も寿退職していくので、数人しかいない。ちなみに、私はガイド三年生。後輩は四人ほど。合計で十人……だったかな?
それでも、本職の添乗員も同じ人数ぐらいは在籍してるので、シフトでやりくりしながら何とか仕事が回ってる……そんな感じ。
今日も本来は休みのシフトだったが、病欠のガイドが出たため急遽出勤。そのかわり、明日からの三連休を交換条件に出したけどね。今の時期はそんなに忙しくないから無茶も言えるけど、トップシーズンはマジに休めないからね〜。さて、心の中で愚痴っても仕方ないから、本日の業務を頑張りますか。
「では、これより新しく出来ました高速へと車を進めて参ります……」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様です。終業点呼を行います……」
本日も無事終業。点呼場で運転手さんと点呼を受け、解散となる。
「宮下、○○神社の案内が一部おかしかったぞ」
「え、そうでした?」
「建立の年代辺りからちぐはぐだったぞ」
「ありゃ、そいつは失礼しました」
「もう新人じゃないんだからな、気をつけろよ?」
「は〜い、気をつけます。お疲れ様でした!」
運転手は手をひらひらさせながら姿を消した。う〜ん、意外と聞いてるんだなぁ……気をつけないと。
「さって、こっちも帰らないと」
折角もぎ取った明日からの三連休。今夜から有効に使わないとね。
「もう帰ってるよね〜」
そう思いながら、とある人物に電話をかける。
『もしもし、かな?』
「あぁ、ミッチー。もう帰ってる?」
『あ、うん。ご飯は?』
「まだ。もうペッコペコ」
『うふ。良かった、用意しておいて。早く帰ってきな。もう終わったんでしょ?』
「イエス、マム!速攻で帰還致します!」
『……莫迦』
その一言で電話が切れた。さぁて、早く帰ろう。……あ、何か買って帰ろうか聞くの忘れた。まぁ、いいや。お土産あるし。
「たっだいま〜」
我が家の玄関を勢いよく開ける。
「案外早く帰ってきたわね。お帰り」
会社から車で十五分ほどのアパート。2DKの間取りなこの部屋で一年前から住んでいる。一年生卒業の折りに、会社が借りてくれた。家賃は会社持ちで光熱費が自分持ち。付属の駐車場代は会社で払ってくれている。
……と、条件はいいが結局の所、ここも会社の寮の延長線上なのだ。新人ガイドが入社したので、本来の寮から追い出された格好となったのは笑い話だ。でも、プライベートな時間が出来たのは良いことだ。今までの寮だと、会社の敷地内にあったから何か気が休まらなかったからな〜。
「何か考え事?」
「……あ、いやいや、ちょっと昔を回想」
「ふ〜ん、それはいいから早く着替えてきな。ご飯冷めちゃう」
「は〜〜い」
自分の部屋に入り、制服から部屋着に着替える。
本来は「1Kで一人暮らし」が寮を出る条件だったが、私は特別条件を会社に提示し、了承された。
それが、この子「満水通江(たまり・みちえ)」と一緒に住むこと。
通江……通称ミッチーと私は同期だが、彼女はガイドではない。事務職の人間だ。普通なら接点はないはずだが、私が添乗業務を兼任している関係上、仕事の必要経費(予備金と呼んでいる)を扱うため、事務によく顔を出す。そこに彼女がいて、話をしたら同期と言うことが判明。それ以降、仕事絡みを含めて彼女と仲良くなった。
ある時、ミッチーが泣きついてきたので何事か、と聞いたら家を出る出ないで親と喧嘩した、と激白した。一旦寮に連れて帰り、落ち着かせてから先方に連絡し、その日は彼女を泊めてあげた。以来、寮に遊びに来るようになって急速に仲が深まり、その年の暮れに一線を越えた。どちらも女子高出身だったので百合には抵抗なかった。寧ろそうなるべき運命だったのかも。
そして二年生になる直前の春、寮を追い出される話が出たとき、ミッチーに一緒に棲もうと話を持ちかけ、彼女の親も私が一緒なら……という条件付きで家を出ることを許してくれることとなり、現在の場所に居を移して今に至る。
「着替えたよ〜って、何か豪華じゃない?今日のご飯」
「折角のお休みだもの、ちょっと頑張ってみた」
「よかった〜、途中のサービスエリアで食べてこなくて」
「そんなんばっかじゃ栄養バランスが悪いわよ?」
「ほら、今日のドライバーよく食べる人で有名だから」
「食べてく?って聞かれたのね?」
「うん。でも、今日はダイエット中だからって断った」
「料理が無駄にならなくて良かった〜」
「そんな予感がしたんだよね〜」
「愛の力?」
「……よせやい、こっぱずかしい」
「それより、いつものがまだなんだけど……」
「いつものって?」
「……もう、わたしから言わせる気?」
「言ってほしいなぁ♪」
「……ただいまの……キス、よ」
「んふふ、ミッチーの照れてる顔、GJ」
「ば、莫迦言ってないで早くしなさいよ……」
「ごめんごめん。ただいま、ミッチー」
彼女の唇に軽くフレンチキス。
「お、おかえり……かな」
未だにこれだけで顔を真っ赤にするミッチー、可愛すぎだよ。これだけで仕事の疲れが吹っ飛ぶ。
「さぁて、ご飯に……あっ、そうだ。忘れてた」
「ん、何を?」
お土産を思い出し、部屋にとって返す。
「そうそう、今日ワイナリーでワインを一本もらったんだった」
「へぇ〜、白?赤?ロゼ?」
「中身を見てないから……あ、白だ♪」
「じゃあ今日のご飯に合うね」
「……開ける?」
「折角だし、一杯もらおうかしら」
そう言うと、ミッチーは戸棚からワイングラスを持ってきた。私達は二人ともお酒は強くないが、一杯をちびちび飲むのは平気。彼女が置いたグラスに、私がワインを注いでいく。
「へぇ〜、綺麗な白だわさ」
「安物の割には良いもの貰ったわね」
「ま、私らには酒の旨い不味いはわかんないしね」
「だね。では仕事お疲れ様、と……」
「私らの未来に……乾杯」
キンッ!
グラスから心地よい音が響く。そしてワインを味わう。
「……おいしくない?これ」
「うん、ワインが美味しく感じるの初めてだわ」
「良いもの貰ったわ〜。今度買って家に持って行ってあげようっと」
「さ、料理が冷めちゃうから食べて食べて」
「んぢゃ、いっただきま〜す!」
ご飯終了。本日も美味しく頂きました。ミッチーがご飯を用意してくれたので、後片付けは私の担当。用意された側が後片付けをするのが、私達の中での暗黙のルール。そうやって、この一年過ごしてきた。彼女は、今度はお風呂の準備をしてくれている。そうしたら、明日私がお風呂掃除か……ま、勤務時間がバラバラな私を色々サポートしてくれているから、それくらいは頑張らないとね。
「後片付けクエストクリア!」
「オンラインゲームじゃないんだから……お風呂も準備出来たよ〜」
「ミッチーもお風呂まだだよね?」
「うん」
「一緒に入る?お湯もったいないし」
「……元からそのつもり」
まぁた照れちゃっても〜ぅ。憂いヤツじゃ。
ということで、二人で脱衣所へなだれ込む。
「あ〜、明日制服をクリーニングに出すかな。お出かけのついでに」
「そうだね。わたしも一緒にスーツを出そうっと」
そんなことを言いながら、二人で服を脱いでいく。二人とも既に部屋着だから、無造作に篭へ放り込む。
「かな、下着は洗濯機に入れちゃって。朝に洗濯しちゃうから」
「ラジャ。ブラウスとかも入れておくね」
そして、二人ともマッパになって浴室へ。2DKながら浴室はユニットバスではないこの部屋。借りる際、そこだけはこだわった。ユニットだとお風呂に入った気がしないし、ましてや今日みたいに二人では入れない。そんな物件はなかなか見つからず、会社と揉めたのも記憶に新しい。疲れたときはゆっくりと浴槽に浸かりたいからね〜。
「どうする、先に浸かる?」
「そだね〜、そうさせてください」
そう言って、私はかけ湯をして浴槽に入り手足を伸ばす。
「ん〜、極楽ぅ〜」
「くすっ、大げさ」
「一応温泉だもんね」
「雰囲気だけはね」
浴槽には某有名温泉よろしく、白いお湯が張ってあった。ミッチーが気を利かせて、温泉の素でも入れたのだろう。
「じゃ、身体洗っちゃおう」
「ごゆっくり〜」
私が落ち着いたところで、ミッチーは身体を洗い始めた。それを湯に浸かりながら眺める。
相変わらず綺麗なロングだよなぁ〜。しかも、出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでいて……私にはない武器を持っている。それに比べ私は、髪はショートボブだし胸は貧乳だしくびれていないし……身長も、ミッチーの方が頭一個分高い。全てにおいて彼女に負けてる私。何でミッチーは、こんな私を好きになってくれたのだろう。
「はぁぁぁぁぁ……」
「何盛大に溜息ついてるの」
いつの間にか髪を洗い終わっていたミッチーに突っ込まれてしまった。
「いろいろ負けてるなぁ、と」
「勝ち負けじゃないでしょ」
身体を洗いながらも、律儀にツッコミを入れてくる。
「かなは、私にはない武器を持ってるじゃない」
そんなのあったかしらん?自分では思いつかない。わからないので、つい本人に聞いてしまった。
「それは何?」
「私に聞くの?」
苦笑されてしまった。
「『折れぬ心』よ」
意外な言葉が返ってきた。
「貴女のその熱い心で、私はいろいろ助けられてきた。感謝してもしきれないくらいに」
その極めつけが家出問題だったのよ、と付け加えられた。
確かに、私は少々のことではへこたれない自信がある。それをそう評価しているとは……
「今だって、溜息ついてる割にはそう落ち込んでいないでしょ?」
まぁ、そうなんだけどね。負けてるのは事実だけど、そこを気にしても仕方がないしね。
「私は、落ち込むとマイナス方向へどんどん行っちゃう方だから、助かってるのよ。かなの前向き精神に」
何か、ミッチーが饒舌になってる。普段はこんな事言う子じゃないのに。
「……酔ってる?」
「かもね〜。シラフじゃこんな事言わないもんね〜。アハハ」
そう言いながら、シャワーに手をかけ全身のソープを洗い流して、私のいる浴槽に入ってきた。
「かな〜、キスして〜♪」
「おい、そこまで酔ってる!?」
普段ツンデレっぽいミッチーが、積極的にキスをせがむなんて!完全にデレモードに入ってるよ。
「ちょ、ちょ〜っと待とうか!」
「してくれないと、襲っちゃうぞ〜」
「順番逆だよね!って襲うのっ!?ここでっ!?」
ツッコミ三段活用?をしてみたが、彼女には効果がなかったようで。
「キ〜ス、キ〜ス」
「ああっ、もぅっ!」
仕方なく、私は彼女の要望に応える。
浴槽での行為のせいなのか、心なしか躰が熱くなった気がする。
「かなに唇奪われちゃった♪」
「『奪われちゃった♪』じゃないでしょう。貴女から求めたのに……」
「些細なことは気にしな〜い。それでは、これよりかなを苛めたいと思いま〜す」
結局襲われるのっ!?
「覚悟するんだゾ♪」
何の覚悟だよ〜〜〜〜〜〜っ!?
翌朝。
お休み初日なのに、何故か目覚ましで起こされた。まぁ、普段の時間よりは遅いんだけど。しかし、目覚ましをセットした記憶がまるでない。
「ふぁぁ〜〜っ……」
そうこうしている内に、ミッチーが欠伸をしながら上体を起こした。
「おはよ〜……」
「ふにゃ……おやすみ……」
「こらこら、二度寝すんな」
「みゅ〜、あと四分三十秒寝かせて〜」
何だその中途半端な時間は。
「う〜ん、仕方がないなぁ……って、何で二人とも裸なのっ!?」
起きながら、私と自分の身体を見てそんなことを宣ってきた。
「お、覚えてないの?昨夜のこと」
「う〜ん、確かご飯の時にワインを飲んだよね?」
「私が持ってきた物をね」
「そこから後がどうしても思い出せないんですが」
はぁっ!?どんだけ記憶がぶっ飛んでるのよ。
「じゃあ、お風呂やベッドでのあれこれは全く覚えてないのね……」
「え、何があったの?」
私は、ミッチーに昨夜の顛末を説明した。彼女は、説明を聞きながら、顔が青ざめていった。
「う、うそ……わたしが、かなを襲った?」
ざっつらいと。主導権を握られて私は何も出来ませんでした。
「わ、わたしがそんなこと出来ないのを貴女知ってるでしょ?」
ワイン一杯であそこまで変わるとはねぇ〜。
「くっ、屈辱だわ……」
それは、私の台詞だって。襲われたの、私だよ?
「覚えてないことが屈辱なのよ。折角の……」
折角の……何?
「も、もう!そ、それはいいでしょ!」
おおぅ、元のツンデレモードに戻ってるようね。
「さ、出かける準備をしよう。私は朝ご飯、貴女はお洗濯ね」
「わ、わたしがご飯作るわよ」
「貴女が洗濯するって言ったのよ?昨夜」
「お、覚えてないもん……」
「とにかく!時間なくなるから動こう。洗濯ついでにスーツも用意して。クリーニングに寄っていくんだから。それも覚えてないんでしょう?」
「そ、そんなことも言ったんだ……」
ミッチーはまだ納得してないようだったが、のそのそと動き出した。さて、私も朝ご飯準備。冷蔵庫、何が残ってるかな〜。
そして朝食の席。
簡単にスクランブルエッグとサラダ、パックのコーンスープがあったので用意。そして、洋食派のミッチーにトースト、和食派の私はご飯。飲み物に牛乳を用意して食事開始。
「……で、今日は何処へ行くつもりなの?かな」
「ほら、高速の脇に新しいショッピングセンターが出来たって話をこの前したじゃない?そこへ行こうかと」
「え、そこって結構距離があるでしょ?」
「うん、車で一時間くらいかな?でも、高速で行くとETCがあれば最寄りのPAから直接入れるんだよ」
「わざわざそんな遠くに行かなくても……」
「まぁ、話のタネに一度行かないとね。折角のお休み、ドライブ気分も味わいたいしね」
「仕事も絡んでるんだ……」
「し、仕方ないでしょ?最近よくお客様に聞かれるし、説明するにも困るし……」
「デートじゃないんだ……」
ま、まずい!拗ね始めてる!?
「ち、違う!デートが主目的ですよ?ついでにその場所を調べようというだけで……」
「わたしと仕事、どっちが大事なんだか……」
うわ、出たよ。究極の選択……
「まったく……貴女が大事って何度言わせる気?ちょっとでも仕事が絡むと、すぐ拗ねるんだから」
「か、かな……」
ここは、勢いで押さなければ。
「もちろん仕事も大事だよ?ヘルプの依頼があったら行かなければならない位にね。それでも、貴女のことは大事に思ってる。貴女をあ、愛してるんだから」
くぅ〜っ、肝心なところでどもった……
「どもらなければ、完璧だったわね」
う、うるさい!こっぱずかしいんだよっ!
「ま、いいでしょう。その辺をわかってて、わたしは貴女と付き合ってるんだから」
……何ですと?
「お互い、すれ違いが多いからね。どうしても確認したくなっちゃうのよ」
「まぁ、それは……」
仕事柄、時間が不規則ですからねぇ。でも、サポートしてくれるミッチーには感謝してるんですよ?
「だ・か・ら!今日は全力でデートしてくれないと、拗ねるからね」
それは勿論です。むぅ〜、場所選び、失敗したかなぁ。
「だ、大丈夫よ。わ、わたしも楽しみにしてたんだから」
なぁ〜んだ、照れてるじゃんか。可愛いのぅ。
「さ、さぁ!早くご飯食べて出掛けるわよ!」
それから約一時間後。
準備が整い、二人で車に乗り込む。運転は私。ミッチーは、路線バスで会社に通っているので、車は所有していない。っていうか、今の住まいに車が二台もおけるスペースはないので、実家に置いてあるとのこと。私は時間が不規則なので、バスを利用出来ないからね。
家を出発。途中、行きつけのクリーニング屋に寄って制服&スーツを預け、最寄りのインターチェンジから高速で目的地を目指す。
「いい天気になったね」
「私の日頃の行いかな?えっへん!」
「……莫迦」
「なんですとぅ!?」
そんな阿呆なやり取りをしながら、約一時間のドライブ。そして、目的のPAに進入してETC出口へ。
「あれ、直接施設に入るんじゃなかったの?」
「あぁ、それは上り線の話ね。モールはそっちにあるからねぇ。下りは、一回出て回りこまないといけないの」
「期待して損した……がっかり」
「いきなり落ち込まれた!?」
「好感度ちょびっとダウンね」
「育成ゲームばりのパラメータがあるのっ!?」
「わたしの主観でね」
「どうやってもクリア出来ない気がする……」
漫才がヒートアップしながら、誘導に従って屋上の駐車場へ車を滑らせる。開店前とあって、まだ車の数がまばらだった。
「到着〜」
「開店前なのに、そこそこ車がいるね」
「あぁ、多分シネコンのお客だよ。ショップより早く上映が始まる作品もあるみたいだしね」
「ふ〜ん。で、わたし達は行かないの?シネコン」
そういう反応をすると思って、ある程度は下調べしてあるんですよ、お嬢さん。
「ミッチーの趣味に合いそうなのが……お昼をまたいでの上映なんだけど、見に行く?」
「貴女は此処へ何しに来たの?」
およ?何故か不機嫌モードのミッチー。
「ミッチーとデートですが?」
「……それだけ?」
「……施設の見学も兼ねてます」
「些か不本意だけど、主目的を忘れちゃダメでしょ。映画は地元で見ればいいから。さ、行くわよ」
そう吐き捨てると、ミッチーは店舗入り口に向かってずんずんと歩き出した。
「う〜む、映画好きミッチーが映画に反応しないとわ……」
そう呟いて、私も彼女のあとを追うのだった。
「さってと、どこから回るべ?」
シネコンの入口からエスカレーターで一フロア降りて、ショップガイドを片手に店舗案内板の前に立つ私達。
「案内してくれるんじゃないの?ガイドさん」
「いやいやいや、私も初めてだって言ったでしょうが」
「でも、他の似たようなところは行ったことあるんでしょ?」
「まぁ〜、それはそうだけど……」
「中に入ってるショップは違えど、構造は似たような物でしょう」
「……ごめん。純粋に探検するつもりだったから、ショップのフロアは殆ど調べてないの」
「シネコンは調べたのに?」
「そっちは貴女が映画好きだから……」
「ふぅ、ダメダメね。また好感度が下がったわ」
「まだ続くの!?そのネタ」
「言ったはずよ?今日のわたしは貴女次第だって」
なんか、今日のミッチーはかなり手厳しいですぅ〜。縁切りのフラグでも立った?凹み度マックスですよぅ。
「取りあえず、服でも見ていこうか?県内初出店のショップもあるみたいだし」
「定番だけど……いいわ、行きましょう」
まずは、無難に行こう。好感度が回復するといいんだけど……
「手始めに……ここ行ってみよう」
マップ片手に動き出し、とある一件のショップへ。
「あぁ、このブランドね。此処に出店してたんだ」
「知ってるの?」
「ネットで見た事があってね……色遣いなんかが気に入ってるんだ」
お洒落なミッチーに比べて、私はブランド物にはあまり興味はない。ので、コーディネイトはミッチーがしてくれる。今日の私服もおすすめコーデをそのまま着てきた。そしたら玄関先で彼女に溜息をつかれた。
『もうちょっと自分で工夫しなさいよ』
そう言いながらも、ワンポイントを追加してくれた。化粧も、仲良くなってから特訓してくれたおかげで、お客様からの評判も良くなった。感謝してもしきれません。その彼女は、店内を物色している模様。そして、服を手に持って私に……近づいてくる!?
「取りあえず、これ試着してみて」
「へ?」
「『へ?』じゃないでしょう。かなの服を見繕ってるんでしょうが」
「それは、私の役目じゃないの?」
「あ、後でコーデしてもらうんだから。ごちゃごちゃ言わず試着しなさい」
恐い口調になってますぅ〜。機嫌を損ねないためにも、言うことを聞きましょう。
で、数分後……
「ちっちゃい私にこれを着せるんだ……」
トップスがレース入り七分袖ホワイトブラウス、ボトムがダブるウエストのデニムスカート……という組み合わせ。上にボーダー柄カーディガンも合わせてきた。
「いい感じだと思うよ。かなは、こういうカジュアル系をあまり持ってないでしょう?」
仰るとおりです。
「値段は……ちょっと高いわねぇ。店員さ〜ん」
丁度傍にいた店員さんを捕まえて、何と値切り交渉を始めたミッチー。奥から店長らしき人も出てきて、交渉は更にヒートアップ。お金出すの私だよね?一応持ち合わせはあるけど……そんなことを考えていたら、彼女が戻ってきた。
「二割引ゲット♪」
「交渉成立なのっ!?」
「事務員なめんなよ〜?」
「私に対しても、その積極性があればいいのにね」
「あ、貴女のために頑張ったんだからね!」
ど〜してそこでツンデレるんだか……そう思いながらお金を払い、ショップを出る。
「次は、あのお店かな?」
「此処も初出店のようね」
「このお店で、私がミッチーに見立てるの?」
「そ、そうよ。か、かなのセンスを信用してるからね」
あんまり自信ないんだけどねぇ〜……ま、彼女の期待に応えてみますか。
「んふふ〜」
ご機嫌なミッチー。私のコーデが気に入ったようだ。
ちなみに、私が選んだのは水玉柄のボウタイブラウスにジャンパースカート。色合いが良かったので勧めてみたらビンゴでした。
「ま、まぁ、かなにしては悪くないセンスね」
相変わらずツンデレていたが、表情を見る限りかなり気に入ってもらえたようだ。
その後も、アクセサリー屋からジュエリーショップから、色んな店を冷やかしていった。
「そろそろお昼ね」
「あ、あのパスタ屋がここにあるんだ」
丁度フードコートエリアに差し掛かったとき、ミッチーがあるパスタ屋を見つけた。そこは、靴を脱いでお店に上がるということで名が知れてる店だった。
「此処にも出店してたんだ……」
「は、入ってもいい?かな」
「仰せのままに」
そういうや否や、彼女はお店に突入していった。ちなみに、此処のお店は構造上の問題からか、靴を脱がなくてもOKだった。店員さんに案内された席に腰を落ち着け、メニューに目を通す。
「ご注文はお決まりでしょうか」
颯爽と店員さんが近づいてきた。絶妙のタイミングだ。
「う〜ん、今日はきのこ入りの和風パスタにしてみようかな。ミッチーは?」
「も、もちろんカルボナーラよ」
「じゃ、その二つで」
「かしこまりました。ニューオーダー入ります」
店員さんは、オーダーを受けると別のテーブルに向かっていった。
「またカルボ?パスタ屋行く度にそれ頼むわね」
「い、いいじゃない。好きなんだもの」
ミッチーは大のパスタ好き。しかも、お店に行くと必ずカルボナーラを頼む。好きと言うよりこだわってる感じもする。
「何時からか知らないけど、はまっちゃったのよね」
前に聞いたときは、そう答えていた。カルボのクリームと黒胡椒がいい感じに絡むのがいいんだとか。私にはわからない世界だなぁ。
程なくして、注文したお皿が二枚とも運ばれてきた。お昼時なのに、この提供の速さは特筆ものね。ガイド等乗務員は、お昼場所では食事が用意されていることが殆どなので、こういうときに待たされるのが嫌いな人が多い。私はそうでもないのだが、お客様より食事に使える時間が短いので、時間が掛かるとやきもきはする。だから、提供時間はお店に入ると必ずチェックしている。
「それじゃ」
「いただきますとしますか」
フォークを取って、食事かい……ん、ミッチーがこっちをじっと睨んでる!?
「ど、どうしたの?」
「かな……スプーンも使いなさいよ。マナーでしょう」
私の食事作法が気に入らなかったようだ。
「あれ、苦手なんだよね〜。スプーンの上でクルクルするやつ」
「苦手云々じゃなくて、作法でしょう。他から白い目で見られるよ?」
「はぁ〜い……」
取りあえずスプーンも使って、食べ始める……が、なかなかうまくいかない。
「一度の量が多すぎるのよ。見てなさい」
呆れたミッチーが手本を見せてくれる。ふむふむ、おぉ〜、そんなに少量でいいんだ……
「この量なら、音を立てずに食べられるでしょ?」
そういうことか……私も再チャレンジ。えっと、この位の量だったな。フォークで取ってスプーンでクルクル……っと。
「そうそう、やれば出来るじゃない」
ミッチーに色々ダメ出しをもらいながらも、楽しみながらお昼の時間を過ごした。こんな時間も久しぶりだなぁ。普段すれ違ってばかりだから……ミッチーの気持ちが少しだけわかる気がした。
「ここのカルボは合格点ね」
「そうなの?」
「うん。黒胡椒のアクセントがいい感じ」
「一口、いい?」
「え、た、食べるの?」
「ミッチーがそんだけ褒めるんだから、食べてみたくなった♪」
「そ、そう……」
そう言って、彼女はパスタが巻かれたフォークを私の顔に近づけて来た。
「……へ?」
「た、食べたいんでしょ、口開けなさいよ」
え、え、え、これって……いわゆる『あ〜ん』ってやつぅ!?
「は、早くしなさいよ。恥ずかしいんだから」
私も恥ずかしいよ!周りには人いっぱいだよ?何の罰ゲームですか、これ。
「早くしないと……引っ込めるわよ」
「ち、ちょっと待って」
顔を真っ赤にして怒ってる彼女。こっぱずかしいけど、行かなきゃ女がすたる!
「あ〜ん……ぱくっ」
「ふうっ、やっと食べてくれた」
まさか『あ〜ん』をされるとは……ツンデレなのに、時々予想の斜め上の行動を見せるからなぁ、ミッチーは。
「……で、どう?味は」
「あ、うん。美味しかった……かな?」
実際、脳内が恥ずかしさと嬉しさでパニックになっていて、味なんかわからなかった。こういう予想外のことをやってくれるから大好きなんだよ、ミッチー。
午後も、色んなお店を見て回った。学生時代、バンド経験がある私は、楽器屋さんで電子ドラムセットの試打を店員さんに勧められていた。実際に叩いてみたが、久しぶりなせいか無茶苦茶だった。
「はぅ〜、腕がさび付いてる〜」
「でも、ドラムが叩けるなんて凄いわ」
「学生時代は、毎日って言っていいほど叩いてたからね」
「そんなかなを見てみたかったなぁ」
そこから、店員さんとドラム談話で盛り上がってしまった。購入を勧められたけど、さすがに今の住まいには置けない……ということで丁重にお断りした。けど、折角だから、ということで試打したドラムのPVが入ったDVDをプレゼントしてくれた。さすが、抜け目ないな、店員さん。
その後も本屋さんに寄ったり、食材のマーケットで買い物したり……と、一日かけて施設を巡った。今は、帰り道。施設のすぐ脇にあるETCゲートから、高速で自分たちの住む街に向かっている。
「結局、上り線も直接じゃなかったわね」
「ホントだよ〜、見た目の構造に騙された」
愚痴を言いながらも、笑いが絶えない車内。
「何だかんだで、一日いたわね」
「うん。この前仕事で行ったところは三層あったから、今日はどうかな〜とは思ったけど、結構良かったね」
「二層だけど、横に広かったのが良かったのかも」
「だね〜。結構歩いたよね〜」
「久しぶりにプリ○ラ撮ったしね、年甲斐もなく」
「学生の視線がちょ〜っと痛かったかな?」
あはは、と笑ったところに突然、携帯が着信を知らせてきた。
「はい、もしもし、宮下です」
運転中だけど、ハンズフリーのイヤホンで応対する。
「げ、運行課長様……何でございましょうか」
そう言った瞬間、ミッチーの表情が曇ったのが横目で見えた。
『げ、とは何だ』
「いや〜、まさか会社からとは思ってなかったので……」
『着信見てなかったのか?』
「運転中ですので、イヤホンで対応中」
『そうか』
「まさかとは思いますが、仕事がらみ……ですか?」
『非常に頼みづらいんだが、明日から一泊仕事行ってもらえないか?』
「私、休みですけど?しかも、明日の一泊って知久(ちきゅう)さんが行くやつですよね」
『うむ、その知久がインフルエンザになってしまった』
「あちゃ〜。代わりは?」
『昨日と今日で出払っていて、いないのだよ』
「出なきゃまずい状況……ですか」
『予定が入ってるのなら、無理にとは言わない。だが、出てくれると助かる』
うわ〜、困った状況だ。チラッと横目で彼女を見ると……案の定、怒ってるような雰囲気だ。頼まれると断れない私の性格を知ってるからなぁ。仕方ないか。
「わかりました。出勤します」
私達の家に帰宅。
先程の電話以来、ミッチーは何も喋ってくれなくなった。明日の急な出勤に対しても、
「そう」
の一言だけしか帰ってこなかった。食事も、支度から片付けまで全て彼女がやってしまい、さっさとお風呂に入ってしまった。彼女がお風呂から上がると、私もお風呂に入り、上がって寝室に行くと、既にミッチーはベッドの布団の中で丸くなっていた。
(相当怒ってるなぁ、今回は)
折角いい感じでデートも終わろうとしてるときに、あの電話。会社が悪い訳じゃない。こんな事は今までも何度かあった。だが、今回は何か違う。
「ミッチー……」
私も、ベッドに潜り込み彼女に抱きつく。一瞬、彼女の身体がピクッと跳ねる。
「ごめんね、明日から出勤になっちゃって……」
謝罪しても反応なし。でも続ける。
「流石に断れない状況だったのよ。相談もしないで決めちゃってごめんね」
背中から彼女に抱きついているが、お風呂に入ったばかりなのにほのかに冷たい。いつも大きく見える彼女の背中が、小さく感じる。そんなことを思ってたら、微かな嗚咽が聞こえた。
「どう……し……て……」
何かいたたまれなくなって、うなじにキスをした。
「もう、何を言っても言い訳にしかならないね。ゴメン」
「謝らないでっ!」
突然、ミッチーが振り向いた。泣きながら。
「み、ミッチー?」
「仕方がないことはわかってるわ。何時ものことだもの。断れない貴女の性格もわかってる。わかってるけど……」
彼女の悲痛な想いが、これでもか!とぶつけられる。
「何故……何故明日なのっ!明日は、かなの誕生日なのに……」
そうだった。そんなこと忘れてた……わけではない。その絡みがあって、今回の休暇をもぎ取っていたのに。
「折角……色々考えてたのに……」
「なんか、いろいろゴメン」
「……わがまま言ってもどうしようもないのはわかってる。それを承知で付き合ってるのは昼間言ったしね。でも、流石に今回は凹んだわ」
色々溜まってたものを吐いたおかげか、幾分落ち着き始めていた。
「拗ねてゴメン」
「心臓に悪かったよ、今回は……」
「でも、まだ怒ってるんだからね」
「わかってる」
「明日、早いんでしょ?」
「何時もよりかは若干遅いよ」
「寝なくちゃ」
「やだ。ミッチーの機嫌が治るまで、こうしている」
私は、正面から更にぎゅっと抱きしめる。
「ば、莫迦……明日寝坊しても知らないよ?」
「そん時はそん時♪」
「起こさないわよ」
「はいはい」
そんな事言いながら、二人で口吻を交わす。ありがとう、ごめんね……そんな想いが交錯しながら夜は更けていった。
翌朝四時。
目覚まし無しで自然と目が覚める。
傍らには、自分の最愛の人。まだ寝息を立てている。
起こさぬようにそっとベッドを抜け出し、仕事の準備を始める。
クローゼットから、ガイドの制服。傍らのハンガーからブラウス。箪笥から今日付けていく下着。よし、今日は気合いの入ったモノを付けてみよう。
制服に身を包み、化粧を施し、準備は完了。朝ご飯は出勤途中で買えばいいか。そんなことを考え、玄関でヒールを履く。そこで人の気配を感じ、振り向くとそこには最愛の人が立っていた。
「かな」
「あ、起こしちゃった?」
「目が覚めたら、いなくなってるんだもの。悲しくなったわ」
「まさか起きるとは……ゴメン」
「行くのね?」
「うん。帰りは明日ね」
「一泊か……寂しいな」
「昨夜、これでもかって……したじゃない」
「それでも……」
「も〜、わがままだなぁ」
そういって、私はミッチーの唇を奪う。
「今はこれで我慢して」
「……わかった。いってらっしゃい」
「あい。お土産期待していいよ〜」
そう言い残して、私は玄関を後にする。
「ようっし。ミッチーのために頑張るぞ〜っ!」
車に乗り込む私。
「我が儘でゴメン。でもわたしは、かなについて行く」
玄関で無事を祈るミッチー。
二人の想いが交錯して、今日という日がまた始まる。
円舞曲(ロンド)を奏でるように……
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バスガイドと事務員による社会人百合ノベルです 既に「小説家になろう」で公開していますが TINAMI登録にちなんでこちらでも公開致します 続編?が今度のコミティア108で頒布予定です |
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