WakeUp,Girls! 〜ラフカットジュエル〜02 |
「この6人で行きましょう。この6人で最終オーディションをするわ」
丹下社長はそう言って、デスクの上に6人のエントリーシートと履歴書を並べた。光塚志望、素人の2人、メイド喫茶の売れっ子メイド、地元の現役売れっ子モデル、のど自慢荒らし……松田にはこの6人が揃ってどんなアイドルグループになっていくのか想像がつかなかった。
松田は、社長はそもそも彼女たちを誰に任せるつもりなんだろう、と疑問が湧いてきた。メンバーを集めたところでキチンと彼女たちをプロデユースする人間がいなければ売れるのは難しい。だがグリーンリーヴスにそんな人材はいない。自分はマネージャーであってプロデュースなんてやったことはない。外部の人間に頼む資金だって無い。もしかしたら社長自らプロデユースするつもりなのだろうか?
松田の疑問をよそに、社長は腕組みをしたまま無言でジッと6人の履歴書を見つめていた。
「やっぱり核が無いわね」
「核?」
「センターよ。センターに立てるコ。もっとこう、なんて言うかなぁ……そう、オーラよ。もっとセンターとしてのオーラがあるコじゃないと。一目見ただけで惹きつけられるような、一度歌声を聴いただけで虜になってしまうような、そんなコが必要なのよ」
「オーラねぇ……」
「というわけで松田、ダイヤの原石を掘り当ててきなさい。センターを務められるようなオーラを持つコを見つけてくるの! でなきゃコストカットで来月の給料出さないわよ!」
「えぇぇぇぇ、またそんなことを言う。そんな殺生なこと言わないでくださいよ」
「だったらツベコベ言わずセンターを見つけてらっしゃい!!」
松田はまた事務所から叩き出されてしまった。もう6人も集まったんだからメンバー探しは終わりだと思っていたのに……
どこかで携帯の着信音らしき音が流れていた。聞き覚えのある着信音だった。
「うわ!! これ、俺の携帯じゃん!!」
自分の携帯が鳴っているのだと気づき、松田は慌てて飛び起きた。どうやらスカウト中の休憩でベンチに寝転んでいたら、いつの間にかそのまま寝てしまったようだった。
「やべー、知らないうちに寝ちまってたよ」
手にした携帯を見ると、そこに表示された名前は懐かしい男の名前だった。松田は通話ボタンを押した。
「あ、もしもし」
「おぉ、松田か? 久しぶりだな。元気だったか? 今、話して大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。どうかしたのか?」
「いや、この前話したライブの件。オマエ来られるのかな? と思ってさ」
「あぁ、その件か。ゴメン。今度のライブ、聴きに行きたいんだけどさ、今ちょっと仕事がテンパリ気味でさ。ちょっと行けそうにないんだよ。ホントにゴメン」
「そうか、それは残念だな。久しぶりにオマエに会いたかったんだけどな」
「ホントにゴメン。頑張れよな」
「……オマエの方はどうなんだ?」
「え? 俺?」
「そうだよ。オマエの方は今でも音楽続けてるのか? 誰かとバンド組んだりしてないのか?」
「いや、俺の方はもうとっくにそんなのは……ギターももう随分長いこと触ってないし」
「そうなのか。勿体無いな。俺はオマエのこと才能のあるヤツだと思ってたんだけどな」
「買いかぶり過ぎだよ。俺にそんな大した才能なんて無いよ。それに才能があれば売れるわけでもないだろ」
「そりゃそうだけどさ、俺はまた昔みたいにオマエとバンド組んで活動したいって今でも思ってるんだよ。あの頃はホントに楽しかったからな」
「ああ、そうだな。俺も楽しかったよ。あのままずっとオマエらと活動出来ていればよかったんだけどな」
「なぁ、松田」
「ん? なんだ?」
「夢、諦めんなよ。たとえいくつになっても、夢、諦めんなよな」
「ああ、ありがとう……じゃあ、またな」
通話を切った後も、松田はしばらく携帯電話を握りしめていた。
「夢……かぁ……」
手にしている携帯を見つめながら松田は呟いた。自分も昔は自分だけの夢を持っていた。バンドで活動していた時も夢はあった。だが現実の前にだんだんその夢は遠くなり、いつしかすっかり無かったものとなっていた。自分には無理だと諦めてしまっていた。
松田は空を見上げた。青く高い空が広がっている。心地よい風も吹いている。明るい日差しが目に痛いくらいに眩しい。
「あーあ、ホントに俺、何やってんだろうな」
松田は立ち上がり、スカウト活動を再開するために歩きだした。
さて、次はどこに行こうか、まだ行ってない街はどこだっけ、あまり人の少ないところに行っても効率悪いしな……そんなことを考えながら歩いていると、立ったままブランコを漕いでいる高校生くらいの少女の姿が目に入った。
(おいおい、スカートめくれて中が見えちゃうぞ)
そんないらぬ心配をしていると、やがて少女はブランコを漕ぎながら歌を歌い始めた。松田はなぜかそこから動くことが出来ず、そのまま少女の歌を聴いた。
大空のプリズムが、幸せの場所を指差す。見つけたらお願い、そこで待っていて。この眠りから覚めたら、すぐに行くから。すぐに行くから……
「このコ……」
松田の頭の中で、これだ!! という声が聞こえた。透明感のある声、ルックスも良い、歌も素晴らしく上手い。そしてなにより雰囲気のある、絵画を思わせるその佇まい。このコこそセンターにふさわしい、そう直感した。今すぐ声をかけてスカウトするべきだと、松田は少女に歩み寄っていった。
少女は歌い終わるとなぜか表情を暗くしてブランコを強く漕ぎ始めた。そこに近くで遊んでいた小さな子供のボールが転がって来た。ボールを追いかけてきた子供はそのボールしか見ておらず、そのままブランコに向かって小走りに近づいてくる。
「危ない!!」
そう思った瞬間松田は駆け出し、その子供に向かって飛びついていた。背中と肩に何かが当たり激しい痛みを感じた。だが感触で子供を自分の胸に抱きかかえているのは分った。これなら大丈夫だろうと思ったが、大丈夫ではなかったのは松田の方だった。
背中と肩の痛みでうつぶせになったまましばらく起き上がれなかった。異様に身体が重かった。何かが自分の上に乗っかっている、そんな感じがした。
「あ、あの……ごめんなさい」
身体が軽くなり、痛みも少しだけ和らいだのでようやく起き上がることが出来た。松田にごめんなさいと謝ったのはブランコを漕いでいた少女だった。どうやら彼女は自分が子供に飛び込んだ時にバランスを崩し、そのまま松田の上に倒れこむようにのしかかっていたらしかった。あの背中と肩の痛みはブランコが当たったのか、それとも彼女の肘か膝が当たったのか。
子供はどうやら無事のようだった。母親と思われる女性が慌てて駆け寄り、松田は何度も何度もお礼を言われた。ブランコの少女は母親に謝ると、次に松田に向かって謝り始めた。
「あの、本当にごめんなさい。お怪我は無いですか?」
「キミ、アイドルになってみない?」
「!?」
突然何の脈絡もナシにアイドルになってみないかと言われた少女は、驚きのあまり目を丸くして立ちすくんだ。心配そうな表情から一転して困惑した表情となった少女は、すみません、と言ってその場を立ち去ろうとした少女の肩を松田は思わず掴み引き止めた。
「ちょっと待って! 俺、グリーンリーヴスっていう芸能事務所のマネージャーで」
「何!?」
少女の表情に敵意にも似たものが浮かんだのを感じたが、松田はかまわず話を続けた。
「それで、今アイドルの卵を探していて、だから……」
その瞬間、少女の平手が松田の頬を打った。
「あ、ご、ごめんなさい」
少女はブランコの下に置いてあった自分のバッグを胸に抱え立ち去ろうとした。
「待ってくれ。せめて名刺だけでも受け取ってくれないか? もし興味があったら連絡をくれればいいから」
少女は松田の方に顔を向けると、なんともいえない複雑な表情で口を開いた。
「ごめんなさい。私、そういうのに全然興味が無いですから」
それだけ言うと少女は、そそくさと逃げるように駆け出して公園を出て行った。慌てて後を追おうと松田は思ったが、背中と肩が酷く痛んですぐには走り出せなかった。そうしている間に少女の姿は見えなくなってしまい、残された松田は茫然とするだけだった。
あれは間違いなく金の卵だ。あれこそがまさしく金の卵だ。だが逃げられてしまった。松田は名前すら聞くことが出来なかった自分の不甲斐なさを悔いたが、もう今更どうしようもなかった。彼女がどこの誰なのか、今となってはもう何もわからない。このままではおそらくもう二度と会うことはないだろう。逃がした魚は大きいとは、まさにこのことだ。
「それにしてもあのコ、いったい何者なんだ? 絶対ただの素人じゃないだろう」
こんな話をバカ正直に社長に話したらどんな罵詈雑言を浴びせられるかわかったものではない。
「そうだ! あの制服のデザインから学校を特定すりゃいいんだ! そしてその学校で張ってれば必ずまたあのコに会えるはずだ。その時にもう一度スカウトしてみよう」
松田はとりあえず、もう一度会えるまであのコのことは社長に黙っていようと思った。そしてもう一度彼女に会いたいと強く願った。
「真夢!」
公園から駆け出してきた少女に向かってそう声をかけたのは林田藍里だったが、彼女は真夢の様子がおかしいことにすぐ気がついた。
「どうしたの、真夢。何かあったの?」
「ううん、大丈夫。なんでもないよ」
心配そうにする藍里に、真夢はそう言って心配させまいとした。
「ホントに? ホントに何もない? 大丈夫?」
「ホントだよ。何でもないから、そんなに心配しないで?」
藍里の目にはとても大丈夫そうには見えなかったが、真夢がそう言うのならば、と、それ以上は踏み込まないようした。
「そう。それならいいんだけど……ごめんね、待ち合わせしてたのに遅くなっちゃって。待った?」
「ううん、全然」
「そっかぁ、ホント遅れてごめんね」
そう言いながら藍里は自分のスクールバッグの中から一通の封筒を取り出して真夢に見せた。
「あのね、例の件なんだけど、一次審査通ったんだ」
それはS−Styleに掲載されていたアイドルオーデションのことだ。真夢に挑戦してみなよと促された藍里は悩みに悩んだあげく応募することにし、先日一次審査を受け合格したのだ。
「ホントに? よかったじゃない。おめでとう、藍里」
「ありがとう。あのさ……なんかゴメン。私、もしかしてやっぱり無神経だったかな?」
「ううん、そんなことない! そんなこと絶対ないから!」
「ホント? そっか。よかった。じゃあ、あのね、無神経ついでに1つお願いしてもいいかな? これ、真夢にしかお願い出来ないことだから……」
「えっ?」
頼みって何? 真夢はそう藍里に尋ねた
最終審査の会場に先に入った丹下社長は、これから面接する七瀬佳乃・片山実波・菊間夏夜・岡本未夕・久海菜々美・林田藍里の6人の書類を改めてじっくりと吟味していた。彼女の頭の中では今後の構想がグルグルと巡っていたが、何もすることがない松田は手持ち無沙汰で退屈だった。だがそんなことを口にするわけにもいかないので、社長の横に座ってひたすら面接の時間を待った。
「そういえば松田、センターのコを見つけてこいって言った件はどうなってるのよ? 1人くらいはめぼしいコを見つけたの?」
「え? あ、いや、それは、その」
「その様子だと見つかってないのね。まあそれほど期待していたわけじゃないけど、アンタはホントにダメな男ね。この間はクソムシって言ったけど、アンタはクソムシ以下ね」
「いや、1人凄い良いコがいたんですよ」
そう言ってから松田は(しまった!!)と思った。このことは社長には黙っているつもりだったのに、クソムシ以下だとか言われたからつい口走ってしまった。
「ん? じゃあそのコはどうしたの? そのコの履歴書は?」
社長が聞き漏らしていることを願ったが、残念ながら社長はしっかりと聞いていた。ジロリッと社長に睨まれたら、もう誤魔化しは効かない。
「それが、その……逃げられて、しまって」
「何ですって!? じゃあどこの誰かぐらいは分かってるの?」
「それも、その、分らないんですよ」
松田がそう言うやいなや社長は松田の胸倉を掴み、前後にガクガクと激しく揺さぶった。
「ああ、もう、ホント使えない男ねぇアンタは! 逃げられてどうすんのよ! アンタいつもそうじゃない! まったく、ここぞって時にいつも弱腰なんだから!!」
「いや、ただ、制服のデザインからどこの学校かは割り出せたんですよ。だからそこの学校に張ってればまた会えるんじゃないかと」
「なんだ。そこまで分ってるなら話は早いじゃない。で、どこの学校なの?」
その時ドアをノックする音がし、失礼します、と言って1人の少女がドアを開けて入ってきた。
「あの、オーディション会場って、ここですか?」
松田は彼女に見覚えがあった。そう、公園で出会ったあの少女だ。なんということか。わざわざ学校に張り込まなくてもまた会うことが出来た。なんてラッキーなんだろう。松田は思わず、神様ありがとう、と心の中で呟いた。
「あら? アナタ、島田真夢じゃないの?」
社長はそう言うと少女にツカツカと歩み寄った。
「え? 社長、知り合い?」
社長は今、島田真夢、と彼女のことを呼んだ。松田はどこかで聞いたことがあるような気がしたが、いったいどこで聞いたのか思い出せなかった。だが少なくとも社長は知っているのだから、もしかしたら昔芸能界にいたコなのかもしれない。
「アナタもオーディションを受けにきたの?」
真夢は丹下社長から視線を逸らせた。
「いえ、私はただ付き添いでここに来ただけですから」
「せっかく来たんだから、アナタも受けていけば? ウチでもう一度アイドルやってみるのもいいんじゃない? アナタなら大歓迎よ」
真夢はそれに対して何も答えず、傍らにいた藍里に声をかけた。
「さあ、藍里。もういいよね、わたし帰っても。後は1人でも大丈夫でしょう?」
「え、でも……」
「大丈夫だよ。あんなにいっぱい頑張ったんだもの。あんなに練習したんだから、絶対大丈夫だよ。自信を持って! 藍里!」
真夢は藍里の手をとり、自らの両手で優しく包みながらそう言って励ました。
「じゃあ、頑張ってね」
真夢はそう言って、そのまま社長や松田の方を振り返ろうともせず帰っていった。
「ちょっと待ってくれよ。キミ、島田真夢さんっていうんでしょ?」
真夢は部屋を飛び出してきた松田の話に耳を貸そうとはせず、完全無視の姿勢で前だけを見つめスタスタと足早に歩き続けた。
「キミ、わかっただろ? 俺、ホントに芸能事務所の人間で、本気でキミをスカウトしたいと」
「興味ないって、言いましたよね」
キツイ口調で真夢は言った。取り付く島もない、完全なる拒絶だと明確にわかる口調だった。それでも松田は食い下がり、後ろから歩きながら真夢を追いかけ話を続けた。
「ねえ、ちょっと待ってよ。このままキミを帰したら、俺また社長に怒られちゃうよ」
「知りませんよ、そんなこと。私には関係ありませんから」
「とにかく、話だけでも聞いてもらえないかな」
「イヤです」
「そんなこと言わずにさぁ。ねえ、頼むよ」
「イヤって言ったら、イヤです!!」
松田は走って真夢の前に出て、真夢が行くのを身体で止めようと試みた。2度3度と真夢は松田を抜こうとしたが、松田は身体を張って真夢の行く手を阻んだ。
「いい加減にしてください!!」
さすがに我慢の限界に達したのか、真夢の口調はキツさを通り越して怒りを含んだものに変わった。だがそれでも松田は引き下がらなかった。ここでまた逃げられたら社長にどれほど怒られることか。松田にとっては真夢を怒らせるよりも社長を怒らせることの方が怖いのだ。
「ねえ頼むよ。オーディションだけでも受けてくれないかな? お願いします!」
松田は両手を合わせ拝むようにして真夢に頭を下げ頼み込んだ。だが真夢の気持ちは変わらなかった。
「イヤです!!」
真夢は睨みつけるような目で松田の顔を見た。さすがにマズイかな? 失敗したかな? と松田は動揺したが、それは顔には出さなかった。
「これ以上しつこくすると、人を呼びますよ?」
ゲームセットだな、と松田は思った。人を呼ばれて警察沙汰になどなったらヤブヘビだ。これ以上は無理だと諦めるしかなかった。
「あーあ、まーた社長に怒られちゃうよ……」
去っていく真夢の背中を見ながら松田は、社長にどう言い訳しようかと考えた。
「すいません、社長。逃げられちゃいました」
オーデションが総て終わった後、松田は丹下社長に総てを正直に報告した。社長は特に怒りもせず、ただ黙って窓の外の景色を眺めていた。いつもの調子で罵詈雑言を浴びせられるものと覚悟していた松田は拍子抜けしてしまった。
「島田真夢……大きくなったわね……」
「あのぉ、あのコ、社長の知り合いなんですか?」
「はぁ? アンタこの業界に居て島田真夢のことを知らないの? あんた何年芸能界でメシ食ってんのよ」
「この事務所に入ってからは1年と3ヶ月ですけど」
「まったくアンタは……いいわ、芸能界の最底辺、ムシケラ以下の脳みそしか持ってないアンタのために説明してあげる。あのコ、島田真夢はね、I−1クラブの初期メンバーで、前、つまり初代センターだったコなのよ」
「I−1って……あのI−1ですか?」
「そうよ。あのI−1よ。結成当時は泣かず飛ばずだったI−1クラブをアイドル界、いや芸能界の頂点にまで押し上げたのは紛れもなくあのコの功績よ。そしてI−1クラブは大ブレイク。でもその直後に岩崎志保、今のセンターとのセンター争いに敗れたとか何とかで突然卒業。それがもう2年くらい前かしらね。あの時はファンもマスコミも大騒ぎだったわ。それから表舞台には一切姿を見せることなくそれっきり。謎だらけのまま姿を消したんで有ること無いこと面白おかしく書き立てられていたけど、結局いまだに真相はヤブの中なのよ」
「はあ、あのコ、そんな凄いコだったんですね。知らなかった」
「消息不明って聞いていたけど、まさか仙台に居たとはね。あのコに目を付けたんだから、アンタの目もまんざら節穴じゃないのね」
「え? そ、そうすか?」
「褒めたわけじゃないわよ。あのコを捕まえて事務所に引っ張ってこない限り、アンタは便所虫以下だから」
「便所虫って……クソムシの次は便所虫ですか」
「ウダウダ言ってんじゃないわよ。さあ、オーディションの時間よ。彼女たちを呼んできなさい」
オーディションが総て終わり、部屋の中には再び丹下社長と松田の2人だけになった。
「で、どうするんですか、社長? 誰を合格にするつもりなんですか?」
「全員合格よ」
社長は事も無げにそう言い放ったが、言われた側の松田は少し驚いた。てっきり3人ぐらいのユニットにするものだと思っていたからだ。
「全員って、6人ともですか?」
「そうよ。6人とも合格。あの6人で新しいアイドルグループを結成して、芸能界に新たな旋風を巻き起こすのよ」
社長はさらに話を続けた。
「松田、アンタはアイドルって何だと思う?」
「アイドルですか? そうですねぇ、誰からも愛されるけど実際には存在しない人格、みたいな感じですかね?」
「ふん、まぁそれも悪くはない答えだけどね」
社長はそこで話を切り、タバコを1本取り出すとそれに火を付けた。
「アイドルってのはね、ドラマ、物語よ。物語とはすなわち可能性ってこと。アンタも見てたから感じたでしょ? あのコ達、可能性はビンビンに持ってるわよ」
ゆっくりと煙を吐き出したあと社長はそう言った。だが松田はそれに全面的に賛成はできなかった。
「それは、まぁ……でもあの林田藍里ってコなんか酷いもんだったじゃないですか。あれでも合格にするんですか? 後で苦労するだけだと思いますけど」
「あれはあれで私は可能性を感じたわよ? アンタに言っても理解出来ないでしょうけど」
社長はそう言って、またタバコを吸い込んだ。
松田にとって少し嬉しかったのは、彼がラーメン屋で声をかけた少女、菊間夏夜がオーディションを受けてくれた上に今日の面接で合格となったことだ。自分が声をかけたコが合格する。それはスカウトした身としては満足感を得られる瞬間だ。
「でもね、もう1人足りないのよ」
「は?」
「この6人じゃ金の匂いがまだイマイチしないのよ。やっぱり、あのコが必要ね」
「あのコって、島田真夢、でしたっけ? あのコですか?」
「そうよ。あのコがこのユニットに加われば鬼に金棒。話題性も申し分ないわ。松田、この件はアンタに任せるわ。島田真夢をウチに引っ張ってらっしゃい!」
また無茶苦茶のことを言い出した、と松田は呆れた。さっき彼女から完璧に断られた経緯を話したばかりだというのに、その彼女を引っ張って来いと社長は言う。言い出したら聞かない社長の無理難題に、松田はどうしたらいいのかと途方に暮れてしまった。
自宅に帰った松田はネットで島田真夢について調べてみた。その名前で検索をかけると、あっという間に何十万件という情報がヒットした。
最初松田は島田真夢がなぜこれほどまでにネットで叩かれるのかわからなかったが、その理由はすぐにわかった。彼女がI−1を去った最大の理由と言われているのが写真週刊誌にスッパ抜かれた夜の繁華街での男性との2ショット写真だったのだ。
男性とのスキャンダルはアイドルとしては致命的だ。だからファンの多くが彼女に裏切られたという想いを抱き、ファンから一転してアンチとなった。ファンとしての愛情が大きく深いほど裏切られたと感じた時の負のエネルギーも大きい。これが彼女への誹謗中傷が酷い理由だった。
問題の写真もすぐに見つかり、松田はそれも実際に見てみた。それは確かに夜の繁華街と思われる場所で、男性の背中越しに撮られたものだった。真夢はこちらを見て笑っており、顔がハッキリと写っている。男性は背中越しなので顔は写っていないが、背格好から受ける印象として年齢は40代といったところか。相手の男性が誰なのかによって、どうとでも解釈出来る写真だなと松田は思った。その男性が例えば所属事務所の人間であったり親類縁者であったりしても何ら不思議はない。少なくとも松田にはそう思えた。だが世の多くの島田真夢ファン、I−1ファンは、これをスキャンダルと解釈したのだ。
彼はその後もひとつひとつ情報を丹念にチェックしていったが、そのほとんどは誹謗中傷であり根拠の乏しい又聞きの類あるいは噂の域を出ないものばかりだった。
特に様々なタイトルで立てられていた電子掲示板のスレッドの内容は酷く「I−1の癌だったからいなくなってよかった」とか「自分だけ特別扱いしろって増長してクビになったんだろ? ザマアミロだな」とか「男と蒸発したんだろ? 今頃子供作ってんじゃねえの? とんだクソビッチだぜ」などといった悪意に満ちた悪質な書き込みばかりだった。その書き込みの悪質さ・下品さに松田は溜息しか出なかった。
松田は島田真夢のことを知らなかったが、このネットでの書き込みと社長の彼女に対する評価の高さとがどうしても結びつかない。
本当は島田真夢というコはどんなコなんだろうか。興味を持ち始めた彼は再び外出着に着替えて部屋を出ると、近所の中古ショップに出かけてI−1クラブの初期のDVDを買った。「全部見せちゃうぞ!!」というタイトルのそのDVDのパッケージのセンターで華やかに微笑んでいる水着姿の女の子は、まぎれもなくあの彼女だった。本当にあのコはそんなに凄いコなのか? という松田の中に微かに残っていた疑惑はこれで完全に消えた。彼女は間違いなくあのI−1クラブでセンターを務めていたのだ。松田はそのDVDを買った。
自宅に戻った松田は、すぐさま買ってきたDVDを再生してみた。最初はビール片手に見ていた彼だったが、自分でも気づかないうちにいつしかテレビ画面に見入ってしまっていた。
画面に映っている真夢は輝いていた。そう、輝いているとしか表現のしようがないほど眩しくキラキラしていた。歌もダンスも仕草も笑顔も、その総てがこれほど魅力的な女の子を松田は見たことがなかった。
「これが社長の言うオーラってやつか」
松田は初めて所長の言うオーラの意味がわかった気がした。そのことを誰もが納得し魅入られてしまうその存在感と威圧感、そんな雰囲気こそがセンターのオーラというものなのだろうと。真夢は間違いなくセンターを務めるにふさわしいと松田は思った。
「凄いな」
それで充分だった。真夢に対する感想は、そのたった一言以外には必要なかった。
最終オーディションの2週間後、藍里と真夢はファミリーレストランでささやかなお祝いをしていた。その前日、藍里のもとに最終選考で合格したという通知が届いたのだ。真夢は藍里の合格をまるで自分のことのように喜んだ。
「真夢、本当にありがとう。私が合格出来たのも真夢のおかげだよ」
「ううん、そんなことないよ。藍里が一生懸命努力した成果だよ。自信持っていいと思うよ」
「そんなことないよ。真夢が私に特訓してくれなかったら、きっと合格なんて出来なかったもん。真夢が付き合ってくれて色々教えてくれたおかげだよ。本当にありがとう」
真夢にしかお願いできないことだからと言われ、藍里から色々教えて欲しいレッスンして欲しいと頼まれた真夢はイヤな顔ひとつせずにその申し出を快諾した。最終オーディションまでの短い時間、2人はカラオケボックスで歌の、公園でダンスの練習を学校が終わってから毎日毎日行なった。
正直に言えば真夢から見たら藍里は歌もダンスも全くの素人レベルだったが、真夢はそんなことはおくびにも出さず細かい点まで様々なことを親身になってアドバイスした。藍里もそれに応えようと真剣な顔でそのアドバイスを聞き必死に練習を重ねた。
「でも、あんなに真夢に教えてもらったのに、結局オーディションでは上手く出来なかったんだよね」
「そうなの?」
「なんだか、やっぱりイザとなると緊張しちゃって。あんなに緊張したの初めてかも。何を聞かれたのかも、もう覚えてないもん」
「うん、ちょっとわかるかも」
2人は顔を見合わせて笑った。努力した成果が出て合格した藍里の嬉しそうな顔を見ていて、真夢は自分も幸せな気持ちになっていた。こんなに喜んでもらえたなら、協力した甲斐があったなと心から思った。だが、同時にどこか何かひっかかるものも感じた。藍里の喜ぶ顔がなぜかいつもよりひどく眩しく見えた。
嫉妬? いや、違う。羨ましい? それも少し違う気がする。ならばこの胸の中のモヤモヤは、いったい何?
(もしかしたら、私はまたアイドルをやりたいの? アイドルに戻りたいの?)
いや、そんなことはない。そう真夢は自分で自分の考えを打ち消した。私はもう二度とアイドルなんかやらない。もう絶対に戻らない。あの日そう決めたのだから。
「ねえ、真夢」
考え事をしていたと知ってか知らずか、藍里が話しかけてきた。
「あのね、真夢が触れて欲しくないのはわかってるんだけど、私、やっぱりどうしても一つだけ聞いておきたいことがあるんだけど、聞いてもいいかな?」
恐る恐る、それでも真夢の気持ちを尊重しながらそう尋ねる藍里を、真夢は拒絶することが出来なかった。
「あのね、前に真夢が、芸能界は華やかでキラキラしてるけど辛いことや苦しいこともいっぱいあるって言ってたじゃない? あれってどういう意味なのかな?」
「意味?」
「よくほら、噂であるじゃない? 男の人と……とか。あれって、本当にそんなことあるの? 真夢はそんな話、実際に聞いたことある? 私、やっぱりそういうのはちょっとイヤだなって……だからそれが凄く心配で……」
藍里の心配はもっともだった。とかく芸能界にはその手の話が枚挙に暇がない。特に女性には常にその手の噂が付きまとう。そんな事実は無くても、火の無いところに煙を立てようとする者、自ら積極的に火をつけて廻る者は尽きることがない。I−1を辞めたことで誹謗中傷の嵐にさらされている真夢には、そのことは痛いほど理解できていた。
「大丈夫だよ。そりゃあ悪質なところもあるけど、そんなのは極々一部だから。少なくとも私は身近でそんな話を聞いたことがなかったし、そんなことを強要されたこともなかったよ。それにもしもそんな人間扱いされずに辛い思いをするんだったら……」
「だったら?」
「逃げちゃえばいいと思うよ。アイドルだって人間だもん。忙しいからとか厳しいからで逃げ出すのはダメだけど、人間扱いされないなら辞めちゃえばいいよ……と、思う」
「真夢が辞めたのも、そういうことなのかな?」
言ってから藍里は、しまった、と思った。つい口走ってしまったが、それは真夢が触れられたくない部分なのはわかっていた。なのにうかつにも自分はつい尋ねてしまった。案の定真夢はそれ以上その話題に関して口を開くことは無かった。2人の間は居心地の悪い空気で満たされた。
「ごめん」
藍里はそう謝るしかなかった。ただ、同時に彼女は真夢のことを心配もしていた。
真夢があの島田真夢だということは既に学校内に知れ渡っている。心無い人たちが陰口を言っていることも知っている。けれども真夢は一切弁解せず、何を言われてもただ黙って我慢しているだけなのだ。
このままでいいのかな? 藍里はそう思っていた。実は彼女はネット上で真夢が在籍していた当時のI−1の映像を見ていた。アイドルを目指すうえで興味があったし、真夢がどんなアイドルだったのか見てみたいという気持ちもあったからだ。
そして彼女は、島田真夢というアイドルがどれほど魅力的な存在だったのかを目の当たりにした。感動した。悪口を言っている人たちは真夢がどんなに凄いアイドルなのか分ってない、そう思った。
その類の人たちは事実がどうであるかは問題ではなくて、ただ面白おかしく中傷して楽しんでいるだけだということは理解していたが、それに反論しないままだと中傷はエスカレートしていく。藍里は真夢が自分の感情を押し殺していることで周りの人間との間に壁を作ってしまっていることが気がかりだった。そして悪口がどんどん酷くなっていくことに心を痛めていた。
(もう一度アイドルになって見返してやればいいのに)
そうも思ったが、真夢の心中を察すれば簡単にそんなことも言えない。ここままで良いわけないとは思うものの、どうすればいいのか名案が思いつかなかった。
合格した6人は改めて事務所に全員が集められ挨拶を交わした。どの顔も緊張の面持ちだった。元子役で地元では著名なモデル七瀬佳乃。民謡のど自慢優勝の常連片山実波。メイド喫茶の一番人気メイド岡本未夕。光塚志望で小さな頃からレッスンを積んできた久海菜々美。全くの素人である菊間夏夜と林田藍里。なかなかに個性的なメンバーだ。
「それでは改めて挨拶するわね。私がこのグリーンリーヴスの社長兼プロデューサーの丹下順子です。そしてこっちがアナタたちの担当マネージャーの松田耕平ね」
「松田です。よろしく」
「ボロ雑巾のようにこき使っていいからね」
「いやいやいや、お手柔らかにお願いしますよ」
場の緊張を和ませようとした2人のやり取りで何人かの女の子の表情が少し和らいだ。
「早速だけど、アナタたちのユニットの名前を考えたの」
丹下社長はそう言うと、ユニット名を書いた紙を6人の前に差し出した。そこには『WakeUp,Girls!』と書かれていた。
「ウ……ウェイク、アップ……?」
「ウェイクアップ・ガールズ。それがアナタたちのユニット名よ。どう? 良い名前でしょ?」
「どういう意味?」
「起きろ、女の子……かなぁ?」
「愛称はWUGと書いてワグ。昔イギリスにWAMと書いてワムって読む有名なグループがいてね」
そう言った社長の目に飛び込んできたのは、キョトンとした表情の6人の女の子と松田だった。どうやら丹下社長と他の皆とでは世代格差が激しすぎるようで、ワムって誰? と全員の顔に書いてあった。社長は気を取り直して話題を替えようと試みた。
「まぁいいわ。夢は大きく紅白出場!! それまでビシビシ鍛えてジャンジャン稼いでもらうわよ!! 弱音なんか吐いたら許さないからね!!」
「うへぇ、怖いですぅ」
岡本未夕の本気でイヤそうな表情と言葉で、室内にドッと笑いが巻き起こった。
「それから、グループのリーダーは七瀬佳乃さんにやってもらうわね」
「え? わ、私ですか?」
「ええ、そうよ。このメンバーの中ではアナタが一番キャリアがあるしね。リーダーとしてグループをしっかりまとめていってね。よろしく頼むわよ」
「は、はあ……」
やや不服顔の佳乃をよそに、社長は乾杯の音頭をとった。
「さあ、それじゃあウェイクアップ・ガールズの誕生を祝して乾杯しましょう」
「かんぱーい!!」
乾杯を終え、互いに談笑をすすめていくうちに、当初緊張感が溢れていた室内の空気は徐々にだが打ち解けた雰囲気へと変わっていった。
「ねえ、林田さん」
松田は談笑している藍里に声をかけた。
「はい?」
「あの、島田さん、どうしてる?」
「え?」
「ねえ、あなた、とにかく島田真夢をなんとかここに連れてきてよ。どんな手を使ってもいいから」
社長が横から会話に割り込んできた。
「え、でも……」
「手段は選ばないわ。島田真夢が加入してくれるって言うなら、私はなんだってするわよ」
「いや、社長、彼女は俺がなんとかしますから」
丹下の物騒な発言に、さすがにその言い方はマズイだろうと思った松田は藍里に助け舟を出した。
「島田真夢って、もしかして、あの島田真夢ですか?」
アイドルに詳しい岡本未夕が聞き耳を立てて後ろから会話に割り込んできた。彼女はアイドルオタクでアイドルに関しては非常に詳しい。
「島田真夢?」
夢中で食べ物をほおばっていた片岡実波が、それって誰? と言った。彼女は芸能界の事自体には興味薄なので島田真夢が何者なのか全く知らなかった。それよりも目の前の食べ物なのだ。
「元Iー1クラブのセンターよ」
社長が実波にそう教えたが、実波は「ふぅん」と言ったきりで再び手にしたお菓子を食べることに集中し始めた。彼女にとっては特に興味をそそられる話題ではないようだった。
「やっぱり……I−1クラブにいたからなんですか?」
藍里は迷っていた。大切な友人を傷つけるなんてできないという気持ちと、もう一度アイドルをやれば真夢も前向きになってくれるんじゃないかという期待と、真夢と一緒にアイドルをやりたいという自分の希望とがごちゃまぜになっていって自分の中でも結論が出ない。真夢にどう接していいか悩んでいた。
「もちろんよ。あのコがいなかったら、仏作って魂入れず、よ。私は絶対にあのコをこのユニットに参加させたいの」
藍里の悩みとは裏腹に、社長の返答は問答無用とも受け取れる内容だった。
「え? じゃあ、まだ結成出来ないってことですか?」
社長の発言に驚いた七瀬佳乃が思わず声を上げた。
「いえ……とりあえずこの6人で結成して活動しながらあのコを待ちます」
残酷なようだが、彼女たち6人だけでは物足りないと社長は冷静に分析していたのだ。もちろん彼女たち6人はそれぞれ魅力がある。だから合格にして彼女たちでユニットを組ませることにしたのだ。だが他の6人はダイヤモンドの原石だが、島田真夢はもう既にダイヤモンドなのだ。そんな魅力的過ぎる彼女を可能性が有るのなら是非とも手に入れたい、それが社長の本音だった。
「でも、期待しないほうがいいと思います」
「どういうこと?」
「ホントは最初、真夢も誘ったんです。このオーディション一緒に受けてみない? って。その時は真夢がI−1に居たって知らなかったから……でも良い顔しなくって絶対イヤって言われちゃって。今はアイドルをしていた話には触れないようにしていますけど」
「彼女に会わせてもらえないかな?」
松田はそう言って藍里に頼み込んだ。
「どうしてもって言うなら……会わせてもいいですけど、でも無理ですよ、きっと。だって真夢にとってアイドルは傷みたいなものだから……詳しくは教えてくれませんけど、何か凄く辛いことがあったみたいで」
「断られるのは覚悟してるんだ。でもそれでもダメ元でもう一度だけ会って誘ってみたいんだ。会わせてもらえないかな?」
「どうしようかなぁ……」
松田の気持ちもわかるが、真夢の気持ちを考えると藍里としては簡単に会わせるわけにもいかない。でももしかしたらこれが何かが変わるキッカケになるかもしれない。真夢はアイドルにふさわしい女の子だと藍里は思っている。だから自分はもう一度真夢にアイドルをやって欲しいと思うけれど、本人はイヤだと言っているのだからそれは向こうからすればやはり余計なおせっかいかもしれない。それなのに無理に松田と会わせていいのだろうか。
板ばさみになった藍里はどうすればいいかと迷い、少し考えさせてくださいと言ってとりあえずその場を収めた。
結局藍里は松田の申し出を断りきれなかった。待ち合わせの公園で松田がベンチに座って待っていると、やがて藍里と真夢が連れ立ってやってきた。
「藍里がどうしてもって言うから来ました。メンバーになれっていうお話しなら、もう一度ハッキリとお断りします」
睨み付けるような表情でキッパリとそう言いきる真夢に対して、松田は黙って動画が再生されている自分のスマートフォンを真夢の目の前に差し出した。そこに再生されていた動画は真夢がセンターで歌い踊っているI−1クラブものだった。
「どういうつもりですか? 嫌がらせですか?」
かつての自分の姿を、本人としては触れて欲しくない時代の自分の姿を見せられて、真夢は明らかに気分を害した表情でそう尋ねた。彼女にしてみれば松田の行為は嫌がらせ以外の何物でもない。
「違う。嫌がらせなんかじゃない」
松田は真夢の目を真っ直ぐに見ながらそう答えた。
「この映像のキミは確かに輝いてる。誰よりもキラキラと輝いてると俺は思うんだ」
松田はそれ以上動画を見せるのは止め、スマートフォンをポケットに仕舞いながら話しを続けた。
「俺さ、アイドルのマネージメントしたことないんだ。だからわかってないだけなのかも知れないけど、他人を幸せに出来る人って限られると思うんだ」
「それが?」
「キミは、間違いなくその限られた人のうちの一人だよ」
真夢と松田はお互いを真っ直ぐ見つめながら会話を続けた。
「キミのことに興味を持って色々調べてみたんだ。動画もたくさん見たしDVDも買って見てみた。そこでキミが一生懸命に歌って踊ってる姿を見て、何て言うのかな……俺も負けずに頑張らなきゃって、そう思えたんだ。励まされたって言うかさ」
真夢は視線を逸らさなかった。真っ直ぐに松田の顔を見つめたまま話を聞いた。
「上手く言えないけど、アイドルって、そういう風に人を元気づけたり勇気づけたり励ましたりする力が有ると思うんだ。ウチの事務所はそんな力を持つアイドルユニットを育てたくて、そのためにはキミの力が絶対に必要で……」
「関係ないです!!」
突然真夢が松田の話を遮った。後ろで聞いていた藍里がハラハラするほど、その声には怒りが感じられた。
「私には他人を幸せにする力なんて無いんです。そう気づいたんです。だから私はアイドルを辞めました」
真夢は少し視線を落としながら、言葉を選ぶようにしてそのままさらに話し続けた。
「私は身近な人も、自分さえも幸せに出来ないんです。他人を励ましたりとか、勇気づけたりとか、そんなこと今の私には考えられません。だからメンバーに加われません。失礼します」
お辞儀をした真夢は踵を返して帰ろうとした。その真夢に、松田は半ば強引に1本のDVDソフトを手渡した。それは松田が購入したI−1初期の「全部見せちゃうぞ!!」というタイトルのあのDVDだった。
「これを自分の眼で見て確かめてくれないか? キミの過去のことは俺はよく知らないし興味も無い。ただ、もう一度その眼で自分の昔の姿を見て思い出して欲しいんだ。キミが一体どれほど多くの人に愛され必要とされていたか、俺がどうしてキミにウェイクアップ・ガールズに加わって欲しいと思うのか、きっとわかってもらえるはずだから」
松田は食い下がったが、真夢はそれ以上何も言わず公園を出て行った。2人の会話を聞きながら茫然としていた藍里は、一瞬の間の後ふと我に返り慌てて真夢の後を追った。
「待って! 真夢!」
真夢に追いついた藍里は、息を少し切らしながら声をかけた。
「ごめん。私、真夢が前向きになってくれると思って……でも、やっぱりおせっかいだったね。ホントごめん」
藍里はそう言って頭を下げ謝った。彼女には彼女なりの考えと想いがあってのこの行動だったのだが、結果的にそれは裏目に出てしまったようだった。だが謝る藍里に対して真夢は、別に怒ってはいないよ、と優しく言った。
「でも、こんなことは、もうこれっきりにしてね」
「真夢……」
藍里は、言わなきゃ、と思った。自分の本当の気持ちを伝えるには今しかないと思った。真夢をもっと不愉快にしてしまうかもしれないが、それでも言わなければと思った。
「でもね、私は松田さん、ってあのマネージャーさんのことだけど、松田さんの言ってることは間違ってないと思うんだ。私ももう一度真夢に歌って欲しいと思うし……真夢と一緒にアイドルやりたいって思うの」
「ゴメン……それは、無理」
「真夢……」
藍里は簡単には引き下がらなかった。
「私、真夢の昔の映像見ちゃったの。怒られるかもしれないけど、でもやっぱり気になって……それで思ったの。私は真夢みたいになりたいって。アイドルやるんなら、こんな素敵なアイドルになりたいって。それに、できるなら真夢と一緒にアイドルやりたいって」
「やめて、藍里」
「どうして真夢はいつもそうなの? どうしてもっと話してくれないの? 真夢はいつもそうやって黙って我慢してるから、だからみんな面白がって真夢の昔のことを悪く言って……真夢はそれでいいの? みんなに酷い陰口を言われて、それでも黙って我慢していくの?」
「やめて」
「私はイヤ。私は自分の大切な人が悪く言われているのは我慢出来ないよ。真夢が傷つけられているのを黙って見てられないもん。だから真夢は、もう一度アイドルになって悪く言ってる人たちを見返してやればいいのにって思ってる。そうして欲しいって、私は思ってるよ」
「ごめん……」
「どうしてダメなの? 私は真夢が困っているなら、苦しんでいるなら助けてあげたい。真夢の力になりたいの。一緒にやろうよ。一緒にやって悪口言ってる人たちを見返そうよ、ね? 真夢」
一歩間違えば他人の心にズカズカと無神経に踏み込んでいくような誤解を受けかねない発言だが、藍里の気持ちが通じたのか真夢は気分を害しはしなかった。ただその気持ちに応えもしなかった。
「ありがとう、藍里。藍里が私のことを色々考えて心配してくれてるのは凄く嬉しいよ。けど、でも、それはやっぱり出来ない。理由も話せない。ゴメンね。でも……ホントにありがとう」
口調こそ優しいが拒絶の姿勢は変わらない。藍里も、もうそれ以上は何も言えなかった。結局藍里の懸命な訴えも真夢の固く閉ざされた心を開くことはできなかった。
説明 | ||
劇場版編の二次創作第2話です。5話構成になります。この作品は原作のストーリーを自分なりに削除・加筆したものです。少しでも興味を持たれた方は是非原作をご覧になっていただきたいものです。とても魅力的な彼女たちを少しでも多くの方々に知っていただければと思います。 | ||
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