WakeUp,Girls! 〜ラフカットジュエル〜04
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 その日の朝出勤した松田は、ウェイクアップ・ガールズのデビューCDをあらためて手にとってみた。無名のアイドルユニットにしては、発注したCDのプレス枚数が松田には少し多すぎるように思えていた。

「こんなにプレスしちゃって社長、大丈夫なのかねぇ。でも、やっぱり売れて欲しいよな」

 せっかく縁あって自分がマネージメントすることになったのだから、やはり彼女たちには売れて欲しかった。それが結果的に一番事務所の為になるのだし。

「あれ? 社長のデスクの上に置いてある紙、なんだろ?」

 ひとしきりCDの前で感慨にふけっていた松田は、やがて丹下社長のデスクの上が妙に整理されていることに気がついた。デスクの上には一通の便箋が置いてあった。

 なんだろう? と思ってその便箋を見た松田は、次の瞬間目を疑った。そこにはこう書いてあった。

 『愛するダーリンが緊急事態のため、しばらく仙台を空けます』

 松田はその置き手紙を何度も何度も読み返した。だが、何度読み返してみても書かれている内容は同じだった。愛するダーリンって誰だ? 誰が緊急事態だって? しばらく仙台を空けますってどういう意味だ? 社長はどこに行ったんだ? まさか逃げたのか? この短い置き手紙だけでは何もわからない。松田の胸の中にイヤな予感が走った。

「いったいこれを、彼女たちに何て説明すればいいんだ?」

 松田は途方に暮れた。

 

「はい、はい、えぇ、その入金については確認中で、はい、申し訳ありません」

 電話の主と話している松田の声と岡本未夕のすすり泣きの声だけが部屋に響いていた。誰もが表情を固く引き締め黙っている。いつもなら場を和ませてくれる片山実波も、ただ黙ってソファに座っていた。

「やっぱり取引先にお金が振り込まれてない」

 電話を終えた松田は、少女たちの方を向いてそう言った。

「ウソですよね? 社長がそんなことするハズがないですよね?」

 信じたくない。七瀬佳乃の顔はそう言っていた。だが現実は残酷だった。丹下社長は本来支払わねばならないお金を支払わずに自分たちの前から忽然と姿を消してしまったのだ。

「これってつまり蒸発ってことですよね? しかも資金持ち逃げってことでしょ? 信じられない!!」

 菊間夏夜の声は明らかに怒りに満ちていた。

「あの、これからの活動は、どうするんですか?」

 林田藍里が恐る恐る尋ねた。未夕は、アイドル辞めたくないですぅ、と言って泣き続けた。久海菜々美と片山実波は相変わらず何も言わずうつむいたまま、ただ黙って皆の話を聞いていた。

「どうするもこうするも、CDのプレスにかかった費用もライブハウスの使用料も未払いのままなんだ。払えない以上活動のしようがない。このままだとこの事務所の家賃だって払えないんだ」

「そんなぁ……ライブ、出来ないんですかぁ? 楽しみにしてたのにぃ」

 未夕は泣き続けた。隣りに座っていた夏夜が慰めたが、未夕は泣き止まなかった。

「とにかく金が無いんだ……すまない……」

 松田は自分の力の無さをただただ口惜しく思った。謝ることしかできないのが情けなかった。

「あーあ、デビュー前に解散かぁ。何だかなぁ」

 最年長の夏夜が諦め交じりの口調でそう言った。この事務所自体が無くなってしまえば今までのことは総てパーだ。アイドルとしての活動を続けるなら別の事務所のオーディションを受けるなりしてイチからやり直すしかないが、それはもうウェイクアップガールズとしての活動は永遠に終了することを意味する。

 夏夜は佳乃や菜々美のように上昇志向があってこのユニットに参加したわけではないし、未夕のようにアイドルに憧れていたわけでもないし、実波のようにやりたいことがあったわけでもない。松田に誘われたのをキッカケに何となくアイドルになろうかなと思って始めたにすぎなかった。

 だが短い期間とはいえ6人で今までやってきて、思い返してみるとけっこう楽しかったなと思っていた。辛くて苦しいことはいっぱいあったけれど、楽しいこともまたいっぱいあった。なんとなく始めたアイドル活動なのに、今はこのまま終わってしまうのが残念で仕方ないと思うようになっていた。けれどどうしようもなかった。

「さすがにこれは、プライドが傷つくわ」

 菜々美が初めて口を開き、そう吐き捨てた。最年少でありながらメンバーの他の誰よりもプライドの高い彼女にとって、デビュー前に解散したアイドルユニットに在籍していたなどという過去は恥であり屈辱以外の何物でもない許しがたい出来事だ。彼女は、こんなグループに関わらなければよかった、と今初めて本気で後悔した。

「ライブ、やりたいよぉ」

「やりたいよねぇ」

 なおも泣きながらライブをやりたいと訴える未夕に、初めて口を開いた実波が同調した。実波はライブではセンターを務めることになっている。デビューCDでもメインボーカルを務めている。それは歌唱力を評価されてのことだ。当然のことながら彼女もライブを楽しみにしていた。歌いたくてアイドルを目指すことにしたのだから、それは当たり前のことだ。

 実波にも当日は応援に行くと言ってくれる人たちがいたし、CD買うよと言ってくれた人たちもいた。その人たちの期待に応えたかったし、喜ばせたかったし、ステージでの自分を見て欲しかった。そして何よりアイドルとしてステージで思う存分歌いたかった。それが総て無かったことになってしまうのは、やはり悲しいし、応援してくれる人たちに何て言えばいいのだろうと思っていた。

「どうにか、どうにかならないんですか、松田さん。何か方法は無いんですか?」

 佳乃が松田にそう尋ねた。佳乃もここまでリーダーとしてユニットをまとめる努力を精一杯してきた。慣れない歌やダンスを必死に練習してきたし手応えも掴んでいた。その成果を披露したかった。彼女も気持ちは皆と同じで、何としてでもライブをやりたかった。だが松田の答えはノーだった。

「俺だって何とかしてあげたいよ。みんながどんだけ頑張ってきたか知ってるし、その成果をライブで披露するのを俺も楽しみにしてたよ。CDだってたくさん売れて欲しいと願ってたし、その為ならどんなことでもするつもりだった。でも、俺にもどうしようもないんだ」

 問題がお金のことである以上、彼女たちにもどうしようもなかった。自分達が絶望的な状況にあることを思い知らされ、少女たちは誰一人何も言えなかった。

「今まで一体何をやってきたんだろ。無駄になった時間、返して欲しい」

 突然菜々美は立ち上がり、手にしたデビューライブの告知チラシを真っ二つに破り捨て、そのまま自分の鞄を手に部屋を出ていった。全身に怒りをみなぎらせて出て行く彼女を誰も止めようとはせず、追いかけもしなかった。

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 翌日、学校で藍里から事の次第を聞かされた真夢は絶句するしかなかった。

「あんなに頑張ったのに、全部ナシになっちゃった」

「藍里……」

「でもね、私、騙されたって思いたくないんだよね。だって、一生懸命やったし、みんなで頑張ろうって……頑張ろうって……そう励ましあっていっぱい練習したんだよ?」

 藍里の目には涙が浮かんでいた。真夢は黙って彼女をみつめていた。かけるべき言葉など見つけられなかった。

「でも、こんな風に終わっちゃうなんて思わなかった。こんなの、こんなの酷いよ。こんなのって、ないよ」

 藍里は、とうとうこらえきれずに泣き出してしまった。大粒の涙が頬を伝って落ちていく。とめどなく溢れる涙は止まることなく流れ続けた。

「もう、本当にダメなのかな? 本当にみんなと一緒にできないのかな?」

 しゃくりあげながらそう言う藍里にの肩に、真夢は優しくソッと手を添えた。それぐらいのことしか彼女にはできなかった。

 

 その夜、真夢は自室で一人思い悩んでいた。こんなことになってしまって傷ついている藍里をどう励ましたらいいだろうか? どうしたら藍里は元気を取り戻してくれるだろうか? 自分に何かできることはないだろうか? 色々な考えが頭の中をグルグル廻ったが、的確な答えは何一つ浮かばなかった。

(私が一緒にアイドルをやるって言えば藍里は喜んでくれるのかな。少しは元気になってくれるのかな)

 彼女の頭の中に、ふとそんな思いがよぎった。以前藍里は自分のようなアイドルになりたいし自分と一緒にアイドルをやりたいと言ってくれた。2人でどこか別の事務所でアイドルを目指す、あるいは2人でユニットを組むという手もある。そうしたら藍里は喜んでくれるだろうか?

(え? 私、何を考えてるんだろ。アイドルはもうやらないって決めたのに)

 自分で自分に驚いた彼女は、その考えを打ち消した。自分はI−1を辞めたあの時、もう二度とアイドルはやらないと心に誓ったし、もうこりごりだと思ったではないか。なのになぜ今もう一度やろうかなどと考えているのか。自分でもよくわからない感情が真夢の中に浮かび始めていた。

 彼女はテーブルの上に置いてあった携帯電話を手に取ると、一通のメールを開いた。それはI−1時代の同僚である吉川愛からのもので、I−1が東京ドームでの公演を発表した直後に送られてきたものだ。

 

 真夢! ついに東京ドームだよ! 夢がかなったよ! 真夢と一緒に行けないのは残念だけど……私、真夢の分までがんばる! めぐみ

 

 そう書かれたメールを、真夢は何度も読み返した。自分がI−1を追われるように去った時、唯一人味方でいてくれた吉川愛。今現在も連絡を取り合っているI−1メンバーは彼女だけだった。

(めぐみは夢がかなったのに、藍里は夢がかなう直前でこんなことになっちゃって……)

 真夢は昼間の藍里とのやりとりを思い返した。あの時藍里は、こんなの酷いよ、こんなのってないよ、そう言って泣いていた。それはそっくりそのままI−1を追われた時に彼女自身が吉川愛に向けて泣きながら言った言葉だった。

 残酷だな、と彼女は思った。自分の力だけではどうしようもないことで夢を無理やり奪われる、その辛さは経験した者でなければわからないかもしれない。彼女はその経験をしていた。だからこそ藍里のために何かしてあげたかった。何をすればいいか、何をするべきか……

 真夢は立ち上がり、鞄の中から1枚のDVDを取り出した。それは松田に手渡されたあのDVDだ。手渡されたあの日からずっと鞄の中に入れたままになっていたDVDを初めて彼女は手に取った。

 今までまったく見る気にならなかったが、なぜか今見なければいけないような気がした。もしもう一度やるのならば自分の過去にケジメをつけなければいけない。忘れようとしていた過去の自分を見て、それでも同じ気持ちでいられるのか。それができないのならもう一度アイドルなんてできるわけない。そんな気がした。

 どうしようか考えた末に、真夢はとうとうDVDを見る決心をした。かつてアイドルだった頃の自分の姿を、彼女はお気に入りのヒヨコのクッションを抱きしめながら食い入るように見つめた。

 1曲目、2曲目、3曲目、4曲目。見続けるうちに気がついたことがあった。真夢はウェイクアップガールズのレッスンをコッソリ見ていた時、彼女たちがさほど上手いわけでもないのにとても楽しそうで嬉しそうで幸せそうで魅力的に見えるのを不思議に思っていたのだが、目の前に流れている映像の中の過去の自分も彼女たちと全く同じように見えたのだ。何のことは無い。真夢自身もかつては歌い踊ることが楽しくて嬉しくて幸せだったのだ。

 やがて映像はI−1最初の大ヒット曲『リトル・チャレンジャー』へと変わった。真夢はこの曲でも堂々とセンターを務めている。

 

僕らはいつでも夢をかなえる。誰にも止められない。輝くチャンスは誰にでもある 

 

恐れるものなど何もないさ。明日の自分が今日の道しるべ

 

好きだよ。好きなんだ。好きって言える自分が好き。そう言うために僕はここにいる

 

 未知の世界にチャレンジする者を励ますその歌詞が心に突き刺さり、いつのまにか真夢は大粒の涙を流していた。そして彼女はようやくわかった。自分は自分にウソをついていたことに。自分の本当の思いを押し殺して、これでいいんだと無理やり自分の気持ちを納得させて誤魔化していたことに。自分が本当にやりたいことは何なのか、自分が今すべきことは何なのかということに今やっと気がついた。

 レッスンを覗いていていつの間にかステップを踏んでいたのも、藍里が喜んでくれるかもしれないからともう一度アイドルに戻ろうかと考えたのも、要するに自分がもう一度アイドルをやりたかったからなのだ。自分は歌うことが、踊ることが大好きなのだ。アイドルが大好きなのだ。アイドルである自分が大好きなのだ。もう自分の気持ちにウソはつけなかった。

 涙は拭っても拭っても次から次へと流れた。戻りたい、楽しかったあの頃に。戻りたい、あの頃の自分に。あふれ出した想いは、もう止まらなかった。

(たしか今日の夜に事務所でまた話し合うって藍里は言ってた)

 もう一度アイドルをやろう。真夢は心を決めた。藍里のために、そして自分のために、もう一度イチからやり直そう。そう決めた。

 彼女は立ち上がり部屋を飛び出しそのまま外へと駆け出していた。外は大雨だったが、そんなことはもう何の妨げにもならなかった。彼女はズブ濡れになることも厭わず駅へ向かって全力で走り出した。

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 事務所ではウェイクアップガールズのメンバーが全員揃っており、幻のデビューCDを手にして恨めしそうな顔で見ていた。

「あーあ、せっかく作ったのに勿体無いなぁ」

「しょうがないよ。こういうことになっちゃったんだもん」

「これ、記念に1枚くらい貰っちゃダメかなぁ?」

「お金払ってないんだし、ダメなんじゃないかなぁ? 泥棒になっちゃうんじゃない?」

「そっかぁ。ダメかぁ。みんなに聞いて欲しかったのになぁ」

「でも、支払いがあるんですよね? どうするんですか?」

「それだったら、いっそコレを手売りしちゃうとか?」

「デビュー前に解散したアイドルのCDなんて、いったい誰が買うのよ!」

 菜々美が自虐まじりにそう吐き捨てると、乾いた笑いが少女たちの間から漏れた。

「だよねぇ」

「どうしようもないよね。残念だけど」

 誰もがもう半ば諦めの心境になっていた。言いたくはないが、どうしようもない。本当にどうしようもないのだ。

「今日みんなに集まってもらったのは、キチンと今後のことを話して、みんなでこれからどうするか決めて欲しいからなんだ」

 松田は緊張の面持ちをした少女たちに、至極現実的な話を切り出した。10代の彼女たちにはあまりにも手に余る話だが、だからといって話さないわけにはいかない。遅かれ早かれキチンと今後の話はしなければいけないのだ。

「CDの代金もそうだけど、その他の未納になっている分もキミ達は心配しなくていいから。それは俺がなんとかするから」

 少女達の表情は明らかにホッとした。もしかしたら自分たちも何がしかの負担はしなければいけないかもしれないと思っていたからだ。

「ただ、ライブはなんとかやれないかと個人的には思ってる。せっかくここまでやってきたわけだし、このまま誰にも披露しないで終わりじゃ、あまりに寂しいかなと思うんだ」

 松田は自分の心境を彼女たちに正直に話した。これはウソ偽りのない松田の本心で、彼は真剣になんとかライブだけでもやらせてあげたいと考えていた。彼女たちの努力の成果をみてもらいたかったし、何より彼自身が見たかったのだ。だが菜々美がこれに異議を唱えた。

「でも、意味あるのかな? だって、もうデビューは無理なんでしょ? 私は、もういまさらライブなんてするだけ無駄だと思うけど」

 菜々美の意見もまたもっともな意見だった。藍里が、あのぉ、と言って何か話そうとしたが、それを遮るようにリーダーの佳乃が意見を述べた。

「私も菜々美に賛成。これ以上悪あがきするより、これからのことをちゃんと考えたい。ダメならダメでスッパリと諦めて頭を切り替えたいの」

 藍里はもう一度、あのさぁ、と言って話そうとしたが、またもや今度は実波に話を遮られた。

「これでお終いかぁ。頑張ったのになぁ。一度でいいからみんなと一緒にやりたかったよ」

 2度に渡って話を遮られた藍里は、3度目の正直とばかりに勇気を振り絞り、あのね、ちょっとみんな聞いて!! と大きな声で叫んだ。

 突然の大声に驚いた皆は一斉に藍里の方を見た。藍里は心臓が足早に鼓動し頬が紅潮するのをハッキリと感じながら、ゆっくりと言葉を吐き出した。

「あの、その、せっかく色々準備してきたんだし、一生懸命頑張って練習してきたんだし、だから私、その、あの、最後の1回でもいいからやりたいなぁって思うんだ。ううん。思うじゃなくてやりたい。これが最後でもいいから、私、ライブやりたいの」

 藍里はさらに話し続けた。普段積極的に意見を言うタイプではない藍里が自分の意見を語っている。誰も口を挟まなかった。

「私、やっぱりアイドルやりたい。みんなだってアイドルやりたかったんでしょ? そのために今までやってきたんでしょ? だったら夢、かなえようよ。たった1回でもいいじゃない。アイドル、やろうよ。ね?」

 藍里が話し終えても誰も何も言わなかった。どの顔も、自分が何をどうすればいいのかわからないという表情をしていた。

 少女たちは迷っていた。沈黙の時間が続いた。だが長く続いた沈黙を破って未夕が、私アイドルやりたい、と言って藍里に同調した。

「アイドルになるの、夢だったんだもん。やりたいよ。私、アイドル、やりたいよぉ」

 未夕はそれだけ言うとまた大きな声で泣き出してしまったが、そうだねぇ、と実波が同調した。

「私も、やっぱりやりたいなぁ。無理だってわかってるけど、でもやっぱりやりたいって思う」

 でもなぁ、と踏ん切りがつかないといった様子で佳乃が言った。

「そりゃ私だってやりたくないわけじゃないけど……でもなぁ……」

「いいじゃん1回だけでも。私、いいよ。やろうよ」

 悩んでいる佳乃に向かって夏夜がそう言って藍里に賛成した。未夕は佳乃の腕を取り、リーダーァやろうよぉ、と泣きながら訴えた。

「そ、そんなこと言ったって……」

 佳乃だってライブはやりたい。やりたくないわけがない。だが今の状況で自分に何が出来るのか考えても何も思い浮かばない。やりたくても、どうすればいいのかわからないのだ。

 佳乃が困り果てたその時、ノックの音がしたのとほぼ同時に事務所のドアが勢い良く開いた。

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 勢い良く開いたドアに、驚いた全員の目が向けられた。その視線の先に写ったのは雨でびしょぬれになった島田真夢の姿だった。

「島田……真夢……?」

 松田は驚いた。あれほど自分を拒んでいた島田真夢が自分から事務所を訪れたのだ。しかも全身びしょぬれで。驚くなという方が無理だった。

 息をきらしながら部屋の中へ入った真夢は、体から滴る雨を気にしようともせず松田に問いかけた。

「あの……ライブ……諦めちゃうんですか?」

「え? あ、いや、今それをみんなで話し合っていたとこなんだけど」

「諦めちゃダメです。諦めたら、みんな絶対後悔する。だから絶対に諦めちゃダメです!」

 突然駆け込んできて何を言い出すのか。誰もが真夢の真意を量りかねた。

「私、やっとわかったんです。私は自分にウソをついてたんだって」

「あの、どういうこと? わかるように説明してくれないかな?」

 真夢の言うことを理解しかねた松田が説明を求めた。彼女は息を整えてからゆっくりと話し始めた。

「私は一度アイドルを諦めました。それからずっと自分の気持ちを押し殺してきました。歌が好きな自分も、踊りが好きな自分も、何もかも総て否定して生きてきました。これ以上傷つくのが怖かったから……」

 真夢の告白に皆は固唾を呑み息を潜めて聞き入った。静まり返った事務所の中には外で降る大雨の音だけが響いていた。

「でもこのオーディションがあって、友達がアイドルになって頑張ってる姿を見て、やっぱり私もアイドルやりたかったんだって気づいたんです。自分をもう一度信じてみようって、もう一度アイドルをやろうって決めたんです。お願いします、アイドル、やらせてください!」

 真夢はそこまで言うと、皆に向かって向き直り深々と頭を下げた。

「島田真夢です。みなさんと違ってオーディションは受けていません。でも、このユニットに入りたくてここに来ました。どうか、私をウェイクアップ・ガールズに入れてください。よろしくお願いします」

 予想外の展開に何が起きているのか誰もが理解できなかったが、やがて真っ先に未夕が反応した。

「ウソ? あの島田真夢が加入?」

 さっきまで大泣きしていた未夕が、やったー、と両手を挙げて大喜びした。だがそれを佳乃が、ちょっと待って、と言ってやんわりと制した。佳乃にもようやく事態が呑み込めた。

「島田さん、いきなり来ていったいどういうつもり?」

 佳乃は真夢に少しキツイ口調でそう言った。

「アナタの過去はある程度知ってる。今の境遇もね。だから同情もできるわ。でも、だからといってハイそうですかと加入を認めるのは何か違うと思うの。だいたいアナタなら、復帰すると言えばどこの事務所だって喜んで迎えてくれるんじゃない? それに比べて私たちは活動を続けられるかすら危ういの。なのにどうして私たちなの? どうしてウェイクアップガールズなの? 私にはそれがわからない」

 佳乃のもっともな疑問に、真夢は言葉を選びながら誤魔化すことなく真摯に答えた。

「私は……自分を幸せにしたいから」

「えっ?」

 意表をついた真夢の返答に佳乃は面食らった。

「みんな、自分を幸せにしようと思ってる。だからここにいる。どんな困難が待っていてもその想いだけは変わらない。そう気づいたの。このユニットの人達はみんな幸せそうに見えたから……だからここなら私も幸せになれる気がするの。私はもう何も諦めたくない。私も幸せになりたい。ただそれだけ」

「自分が幸せになりたいからなの?」

 佳乃は真夢の真意を図りかねた。他人を幸せにするならともかく、自分を幸せにするためにアイドルをやるなんて聞いたことがない。だが真夢は佳乃の疑問を肯定も否定もしなかった。

「どう受け取られてもかまわないわ。私は本気でもう一度アイドルをやりたい。ウェイクアップガールズでみんなと一緒にアイドルをやりたい、そう思ったの」

 真夢がそこまで話したところで、横から飛んできたバスタオルが真夢の頭にゆっくりとかぶさった。それは夏夜が投げたバスタオルだった。

「風邪ひくよ」

 夏夜はそう言って真夢に微笑むと、バスタオルで真夢の髪を拭きながら皆の方に向き直った。

「いいじゃん、やろうよ。このコが入ってくれるんなら上手くいきそうな気がするし」

 夏夜はまた真夢の方を向いた。

「アンタさぁ、ウチらのレッスン、ずっと外から見てたでしょ?」

 真夢は頬が紅潮するのを感じた。コッソリ覗いていたのに気づかれていた。その気恥ずかしさでいっぱいになった。

「いつから気づいてたんですか?」

「いつからだったかなぁ……ライブやるって決まったあたりからだったかな? 偶然気づいたんだけどね」

 夏夜は今度はいたずらっ子が好きな子をからかうような表情で微笑んだ。

「ずっとやりたそうにしてたんだからさ、一緒にやろうよ。これで最後になるかもだけどさ、バシッとカッコよく決めようよ。みんな、どう?」

 夏夜はそう言って皆に意見を促した。

「私は賛成」

 実波が小さく手を挙げて真っ先に賛同した。藍里も未夕ももちろん賛成だった。菜々美は、みんな本気でやるつもりなの? と不服そうだったが、そう言うわりには表情に喜びが滲んでいた。夏夜は、ホントこのコは素直じゃないね、と心の中で苦笑した。

「みんな賛成みたいだけど、リーダーどうする?」

 夏夜に水を向けられて、佳乃は真夢にもう一度話しかけた。

「最初で最後になるかもしれないんだよ? ホントにそれでもいいの?」

「かまわない。それでも私はこのユニットに入りたいの」

「そこまで言うなら」

 佳乃はそう言うと真夢に歩み寄り、スッと右手を差し出した。

「よろしくね、島田さん」

 真夢は差し出された右手を自分の右手で強く握り返した。未夕と実波が万歳をしながら喜び、藍里はよかったぁと言って胸をなでおろした。

「じゃあ、やるならやるで具体的にどうすればいいか考えないと」

「まずは7人でダンスと歌を合わせなきゃだよ」

「レッスンの方はどうなんですか? やっぱりレッスンの方もお金払ってなくてダメなんですか?」

「あ、いや、レッスンの方は前もって月謝払ってるから、今月いっぱいはダンスもボイトレもできるよ」

「じゃあ次のレッスンの時から7人で合わせる練習しようよ。それまでは自主練を欠かさずに。ライブの日にちは未定でも、いつでもできるようにしておかないとね」

「ライブの場所はどうするの?」

「MACANAみたいなお金のかかるところは無理だから、路上ライブとか?」

「最初で最後になるかもしれないんだから、もうちょっとちゃんとしたとこでやりたくない?」

「野外ステージでもいいから、やっぱりせめてステージに立ちたいよね」

「どっか良いところある?」

「うーん、すぐには思いつかないけど……」

「いや、ライブの場所は俺が何とかするよ。なんとか探してみる。だからキミたちはレッスンに打ち込んでくれ。必ず今の俺たちでもライブができる場所を見つけてくるから」

「え? 本当ですか?」

 皆の視線が一斉に松田に向けられた。松田の目も皆と同じように、さきほどまでとは別人のように輝いていた。

「任せておいてくれよ。ここでそれくらいのことができなきゃ、伊達藩士の名折れだからな!」

 松田は胸を叩いてそう大見得を切ってみせたが、実波がそれに茶々を入れた。

「松田さん、武士だったの?」

「いや、そこは茶化すとこじゃないだろぉ? 感動的なシーンが台無しじゃないか」

 ガックリと肩を落としてうなだれる松田を見て部屋の中に笑いが巻き起こった。真夢もバスタオルで頭を拭きながら皆と一緒に笑った。

説明
劇場版編の第4話です。劇場版編もそろそろ佳境です。いろいろご不満もお有りでしょうが、私もWakeUp,Girls!大好きだということで、どうかご容赦願います。この作品は原作のストーリーを自分なりに削除・加筆したものです。少しでも興味を持たれた方は是非原作をご覧になっていただきたいものです。とても魅力的な彼女たちを少しでも多くの方々に知っていただければと思います。
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