WakeUp,Girls! 〜ラフカットジュエル〜05
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 初めての7人でのダンスレッスン。そこで真夢はそのスキルの高さをメンバーにまざまざと見せつけた。外から見ていただけなのに既に誰よりも正確で誰よりも上手い。そして皆がバテているのに一人だけ平然としているそのスタミナ。他の6人のメンバーたちは、ただただ呆気にとられた。

「これが全国レベルのアイドルってこと? 元I−1のセンターは伊達じゃないってことだね」

 レッスンの休憩で、夏夜が舌を巻いてそう言った。素人に毛の生えたレベルの彼女にも真夢の凄さはハッキリとわかる。それほど他のメンバーと真夢とのレベル差は大きく、まさに次元が違うという感覚だった。

「って言うか、I−1ってみんなこんななの? どんだけバケモノ揃いなの?」

 佳乃もまた真夢の凄さに驚くしかなかった。正直ここまで差があるとは思っていなかったのだ。しかし実際に真夢のダンスを目の当たりにして自分が間違っていたことを思い知らされた。彼女の真夢に対する評価はただ一言、モノが違う、だった。

 歌のレッスンでも同じこと。真夢がセンターポジションに収まるのはごく自然な流れだった。何よりセンターを予定されていた片山実波自身がそれを望み、皆に自分からそう進言した。

 だが、他の6人も決してただ単に驚いているばかりではなかった。真夢からアドバイスをもらい、少しでも早く上手くなろうと誰もが真剣に取り組んでいた。

 普通ならばレベル差に愕然として自信を失うかもしれない状況にもかかわらず、誰一人としてそんな気持ちになってはいなかった。それよりも、最初で最後になるかもしれないライブを成功させたい、悔いを残したくないという想いの方が遥かに強かったからだ。

 人一倍文句が多く誰よりもプライドの高い久海菜々美ですら真夢に頭を下げて積極的にアドバイスを求めている。今、皆の想いは一つとなっていた。

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「やっぱり真夢は凄いね」

 ある日のレッスンからの帰り、2人きりになった時に真夢は藍里からそう言われた。

「え? そ、そう、かな?」

「うん、やっぱりさすがだなぁって、みんな言ってるよ」

 真夢は素直に喜んだ。実際彼女は少し危惧していたのだ。あんな経緯で加入した彼女を、藍里以外のメンバーたちが本当に受け入れてくれるのか心配していた。

 だがそれは彼女の思い過ごしで、メンバーたちは真夢を受け入れるどころか彼女から少しでも何かを得ようと貪欲に接し、事あるごとに彼女にアドバイスを求めた。彼女も自分の知りうる限りのことを伝え、出来得る限りのことをした。短期間のうちに真夢とメンバーたちとの関係は急速に接近した。

「ねえ、真夢。ひとつ聞いていい?」

「え? 何?」

「無理、してない?」

「え?」

 予期せぬ藍里の言葉に、真夢は初め何を言われているのか意味がわからなかった。

「だって真夢はもう一度アイドルをするの、あんなにイヤがってたじゃない? だから、もしかしたら私があんなこと言ったから無理して付き合ってくれてるのかなぁって思って」

 あんなこと、というのは、おそらく彼女が真夢のようなアイドルになりたいし真夢とアイドルをやりたいと言ったことだろうと真夢は理解した。だとしたらそれは完全に誤解だ。真夢はキチンと話をしなければと思った。

「そんなことない。そんなことないよ。むしろ私は藍里に感謝してるくらいなんだから」

「感謝? 私に? どうして?」

 今度は藍里が悩む番だった。彼女には真夢の言っていることがよく理解できなかった。不愉快にさせるようなことをした記憶はあるが、感謝されるようなことをした記憶はないからだ。

「私ね、藍里からアイドルできなくなっちゃったって話をされた後、どうしたら藍里が元気になってくれるか、どうしたら藍里を励ましてあげられるかってずっと考えてたの。藍里に喜んでもらえる何かをしてあげたくって。そんなことをずっと考えてたら、ふっと、もう一度アイドルをやるって言ったら藍里は喜んでくれるかなって思ったの」

「そうなの?」

「うん。自分でも不思議なんだけど、あんなにイヤだったのに自分からそんな風に思えたの。そしたら何だかそのことが頭にずっと残っちゃって……それで松田さんに渡されたDVDを思い切って見てみたの」

「DVD?]

「藍里が松田さんと私を会わせてくれたじゃない? あの時松田さんが私にDVDを手渡してくれたの。I−1時代のすごく初期の頃のヤツ。ずっとバッグに入れっぱなしにしてたんだけど、あの時見なくちゃいけないって気になって、それで悩んだんだけど結局見て、そして気がついたの。私はもう一度アイドルをやりたかったんだって。後はみんなの前で話した通り。藍里のおかげで私は自分の本当の気持ちに気づくことができたの。だから藍里にはすっごく感謝してるんだよ?」

「そんなことがあったんだ」

「色々理由を考えてアイドルをしないでいたんだけど、でもそんなの全部ただの言い訳で、私はただ逃げてただけなんだって気がついて……藍里が背中を押してくれたから、だから私は今こうしてる。こんな気持ちになれたのも全部藍里のおかげなんだよ」

「そっかぁ……真夢がそう言ってくれて安心した」

 2人は顔を見合わせ屈託のない笑顔で笑った。街灯の明かりが、まるでスポットライトのように2人を照らしていた。

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 ウェイクアップガールズのメンバーたちがそれぞれ懸命にレッスンに励んでいるその間、松田は出来得る限りの手を尽くして彼女たちに何とかライブをさせてやろうと奔走していた。僅かなツテを頼り、そこからまたツテを頼り、さらにそのツテを頼り、なんとしてでもライブを実現させてやろうと駆け回っていた。

 社長がいない今、彼女たちは自分を頼りにするしかない。その責任感もあってグリーンリーヴス入社以来最高と自画自賛したくなるほど彼は走り回った。だが、なかなか実現にはこぎつけない。やはり手持ち資金が全く無いのがネックとなっていた。

 松田がようやくライブの話を決めてきたのは12月19日だった。

「学生メタルバンド祭?」

 松田が決めてきたのはSENDAI学生メタルバンド祭という名のライブで、その名の通りヘビーメタルバンドたちが集まるライブステージだ。彼女たちを急遽そこの参加者としてねじ込んできたのだと言う。

「ロックバンドの中で私たちだけアイドル? 浮いちゃわないかな?」

 実波が少し心配そうにそう言った。菜々美と未夕がウンウンと頷いた。

「場所はどこなんですか?」

「匂当台公園の野外ステージだ」

「日にちは?」

「12月20日」

「12月20日って、MACANAでデビューライブする予定だった日ですね……って、それもしかして明日じゃないですかぁ?」

「ええ〜!?」

 全員が耳を疑った。本番は明日。それはさすがに、あまりにも突然過ぎた。

「そりゃいつでもイケるようにって練習はしてきたけど、ホントに急な話ですね」

 夏夜が少し呆れるような顔をして言った。とはいえ松田が苦労して取ってきた話であることもわかっていたので、彼を責めるつもりもなかった。ただ純粋に話が急すぎて驚いたのだ。

「急な話でゴメン。ただ、俺はやっぱり12月20日って日にこだわりたかったんだ。こんなことになってしまったけど、せめて日にちだけでも最初の予定通りのデビューにしてあげたくて」

「松田さん……」

 松田の想いを知ってメンバーの誰もが感じ入った。松田なりのそんな思いやりが背景にあってこの日程なのでは文句など言えない。メンバーの誰もが松田の苦労を目の当たりにしているのだ。まだ1ヶ月程度ではあるが、社長が突然消えてから松田はたった一人でウェイクアップガールズを支え続けている。お金の面などで一人苦悩しているだろうに、そんな中でそれこそ寝る間も惜しんで必死に走り回ってライブの話を決めてきてくれたのだ。それが例えどんな条件の話であっても、松田に感謝することはあっても文句など言えるはずがなかった。

「まあ日にちはたまたまなんだけどさ。でも、さすがに急過ぎるかな?」

「いえ、そんなことないですよ」

 佳乃が松田に向かって言った。

「松田さんの気持ちはしっかり受け取りました。喜んで出ますよ。ね、みんな?」

「はい!」

 藍里が元気良く返事をした。真夢はその横で黙って深く頷き同意を示した。

「喜んで!」

 未夕は挙手をしながら笑顔でそう言った。

「松田さん、ありがとう」

 実波はそう言って松田にペコリと頭を下げた。

「まぁしょうがないんじゃない? 出るしかないもんね」

 例によって菜々美がそんな言い方をすると、夏夜がすかさずたしなめた。

「またアンタはそういう風に言う。松田さんがあちこち走り回って持ってきた話なんだから、ありがとうくらい言いなよ」

「あ……ありがとう、ございます……」

 夏夜にたしなめられた菜々美が、珍しく言われたことに素直に従って松田にあらためて礼を言った。夏夜はそれを聞いて満足そうにうなずくと、松田の方を向いて言った。

「松田さん、ありがとね。アタシたち、精一杯頑張るから」

 夏夜にそう言われ、松田はなぜか不覚にも涙がこぼれそうになった。寸前でこらえたつもりだったが、皆がニヤニヤしているので気づかれていたかもしれなかった。

「じゃあ俺、大急ぎでチラシ作るわ。そんな凝ったものを作る時間ないけど、せめてキミらのことを少しでもお客さんに知って欲しいからね」

 そう言って大慌てでパソコンに向かう松田を見て、少女たちは顔を見合わせて笑いあった。こんな状況だけれど少女たちは今を精一杯走り続けている。

 佳乃は皆の顔を見回しながら、真夢が自分たちのことを幸せそうに見えるといったことをふと思い出し、少し真夢の言っていたことの意味が理解できた気がした。アイドルとして全然恵まれた状態ではないのに、それでもなぜかこのままこの時がずっと続けば良いのにと思った。

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「そうは言ったけど、やっぱり寒ーい!!」

 12月20日の仙台は厳しい寒さに覆われていた。街は近づくクリスマスムード一色に包まれ、華やかな電飾が街のいたるところでキラめいていた。

 本番のステージ、彼女たちの出番は最後から2番目。順番を待つ彼女たちは舞台裏で寒さに震えていた。衣装は無く、それぞれが通う学校の制服姿だった。

「寒いよー!!」

 実波が震えながら叫んだ。12月の仙台で野外ステージ。雪もチラチラと舞っている。寒くないわけがない。そんなことは皆わかっているが、寒いものは寒いのだ。

「とにかくライブできるんだしさ、シャキっとしようよ」

 夏夜が自分も寒さに震えながら皆を励ました。

「うん、そうだよね。がんばろう!」

 藍里がそう言うと、真夢もその隣りで頷いた。

「そうですね。それに、ここで萌えポイント稼げるの私たちだけですもんね」

 未夕がそう言うと、全員の顔に一斉に?マークが浮かんだ。

「萌えポイントって……なに?」

「萌え?」

「萌えー」

「何それ」

 実波の妙なリアクションに夏夜が笑い出し、つられて全員が笑いだした。

 その頃松田は公園内で自作のチラシを懸命に手配りしていた。突貫工事で作り上げたチラシだが、彼女たちの記念すべきデビューライブが少しでも多くの人の目に留まって一人でも多くの人に見てもらえるようにという想いで作り上げたモノだ。受け取ってくれる人は決して多くはなかったが、それでも彼は寒空の中たった一人で必死にチラシを配り続けた。

 

 大田邦良は俗に言うアイドルオタクだ。その風貌もまたステレオタイプであり、誰が見ても一目でわかるオタクだった。

 彼は古くからのI−1クラブファンだった。自宅はグッズであふれかえり、壁はポスターやピンナップで埋め尽くされ、その収入のほとんどがI−1のライブやグッズへと消えている、まさに絵に描いたようなアイドルオタクだ。

 そんな彼がずっと探しているI−1クラブのDVDがある。『全部見せちゃうぞ!!』というタイトルで初期に発売されたDVDだ。限定的に少量だけ生産されたため非常に希少で、今では入手困難でありネットオークションにも全く出回らない。手に入れたファンが誰も手放そうとしないからだ。

 毎日毎日、もうずっと長い間さまざまな店を探し歩いたが一度として現物にお目にかかったことがない。まさに幻だな、と彼は思っていた。

 正確に言うと彼は一度だけ手に入れる寸前まで行ったことがある。ある中古ショップを訪れた時、店の人間からたった今売れちゃったよ、と言われたのだ。店の人間いわく、ほんの2〜3分前のことらしかった。

 彼は慌てて店を飛び出したが、もうそこに人影は無かった。すんでのところで、ほんの数分で彼は千載一遇のチャンスを逃してしまったのだ。それ以降はまた全くどこの店にも入荷の話は聞かれなかった。

 その日も彼はお目当てのDVDを探し歩き、結局またしても徒労に終わり肩を落としていた。

 家に帰ろうと通りがかった匂当台公園で男からチラシを差し出され、彼は反射的にそれを受け取った。そのチラシにはデカデカと『Wake Up,Girls! デビューライブ』と書かれており、その下にメンバーらしき名前が羅列されていた。

(ご当地アイドルってヤツか?)

 I−1クラブの熱烈なファンである彼にとって、ご当地アイドルなる存在は特に興味をそそるものではない。だが何となく目を通したチラシの中に彼は意外な人物の名前を発見した。

「これって……島田真夢? 本物か?」

 大田にとって島田真夢は特別な存在だった。I−1のファンになった頃、彼の一番のお気に入りが島田真夢だったのだ。そしてそれは今でも変わっていなかった。だからこそ彼女があんなことになってI−1を辞めた時に、彼は酷いショックを受けた。

 彼が他の真夢ファンと少し違ったのは、彼はアンチに変わらなかったことだ。彼がショックを受けたのは島田真夢がI−1を辞めて引退してしまったことに対してだった。大田は今でも真夢の潔白を信じており、あの事件は何かの間違いか捏造だと信じて疑わなかった。そしてそれもまた今でも全く変わっていない。彼は今もずっと島田真夢の大ファンだった。

 その、彼にとっては特別な存在である島田真夢の名前が手元のチラシに載っている。ウェイクアップガールズという名のアイドルユニットの一員として。

 本人か、あるいは同姓同名もしくは話題作りだけを狙った偽者か、彼としては確かめないわけにはいかない。家に帰るつもりだったが、大田は島田真夢を名乗る者が何者なのか確かめるために最前列に陣取るべく野外ステージへと足を向けた。

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 初めてのライブでは無理もないことだが、出番が近づくにつれ真夢以外の少女たちの緊張は徐々に高まっていた。

「寒さと緊張でガクブルだよー。どうしようー」

 未夕が悲鳴のような声を上げた。メイド喫茶で何度もステージに立ってはいたが、それはあくまで店内の、しかもそれを目当てに来ている人たちを前にしてのことであって、外で行なうライブとはやはり別物だ。少なくとも今ステージを見ている人達は自分のことなど知りもしないだろう。しかも今回は最初で最後になるかもしれないから失敗はできないというプレッシャーもある。

 民謡少女の実波が未夕をなごませようと、息がこんなに白いよと言ってハーッと息を吐いてみせた。未夕は笑って応えようとしたが、その笑顔は寒さのせいなのか、それとも極度の緊張のせいなのか酷くぎこちなかった。

「お客さん、いないね。やっぱり寒いからかなぁ」

 客席を覗いて戻ってきた藍里がリーダーの佳乃に話しかけた。客席にいるのは10人ばかり。寂しすぎる人数ではあった。

「お客さんがいなくても寒くても全力投球。それがプロってもんでしょ?」

 佳乃は藍里の問いかけに対していかにもリーダーらしくそう答え、そうでしょ菜々美? と菜々美に同意を求めた。だが当の菜々美はガタガタ震えていて何も答えられなかった。

「あれ?」

「アンタ、それ緊張してんの? 寒いの? 大丈夫?」

 横から心配した夏夜に声をかけられた菜々美は、「ダイ……ジョブ……」とやっとの思いで答えたが、どう見ても大丈夫なようには見えなかった。

「アンタ、普段偉そうなこと言ってるわりに緊張しいなんだねぇ。やっぱまだまだお子ちゃまなんだね」

 最年長の夏夜にそうからかわれ、そんなことないもん、と最年少の菜々美は口を尖らせて反論したが全く説得力がなかった。その微笑ましいやりとりを見て、他のメンバー達に笑みが浮かんだ。

「そろそろ時間だからステージに上がる準備してくれ」

 夏夜が菜々美の緊張をほぐそうとして彼女をからかい続けていると、松田が舞台裏に走ってきてそう言った。いよいよ彼女たちのデビューライブが始まる。最初の予定とは全く違ってしまったけれど日にちだけは同じ。路上ライブでもなくカバー曲だけのライブでもない。紛れもなく彼女たち7人のオリジナル曲をひっさげたデビューライブだ。

 少女たちが着ているコートを脱いで制服姿になると、松田はあらためてその統一性の無さに心を痛めた。

「やっぱバラバラだな。ゴメンな、衣装も用意してやれなくて」

「それはいいんですけど……」

 真夢はスカートを気にする素振りをしながら何かを松田に訴えようとしていた。松田はそれに気づき、自分のうかつさを恥じた。

「そっか、ゴメン! 見せパンいるよな。すぐ買ってくるから!」

 見せパンとは見せても良いパンツという意味で、女性がもしスカートの中が見えてしまっても恥ずかしくないように通常の下着の上から着用する、テニスのアンダースコートのようなものだ。彼はそれを用意するのを忘れていた。

 このまま激しいダンスをしたらスカートがめくれ上がって下着が見えてしまう。中高生の女の子にそんな真似をさせるわけにはいかない。だが走って買いに行こうとする松田を夏夜が、いいじゃん別に、と言って制止した。

「見せて減るもんじゃないでしょ? もう時間も無いんだしさ、みんな腹くくろうよ」

 夏夜の言葉を受けて佳乃も後押しするように皆の顔を見回した。

「ま、これが最初で最後かもしれないしね。出し惜しみしても仕方ないか」

「サービス、サービスゥ、ですね」

 未夕がおどけた口調で2人に同調すると、他のメンバーも腹を決めたように頷いた。しかし菜々美の様子だけは相変わらずだった。

 実はメンバーの誰もが勘違いをしているのだが、菜々美は幼い頃から光塚を目指して様々なレッスンを積んできているが、実戦の場数はさほど多くはなかったのだ。

 発表会等でステージを踏んだ経験は何度もあるが、それを見に来ている人間はほぼ関係者だ。不特定多数の人間を対象にしたステージとはやはり違う。

 おまけに野外ステージも初めての経験だし、最初で最後になるかもしれないから失敗は絶対にできないというプレッシャーもあるのだから緊張するのも無理はない。本人は絶対にそんなことは口にしないが。

「菜々美、行けそう?」

 真夢にそう尋ねられても菜々美は、うぅ〜、と唸っているだけだった。その様子を見て実波が、私も緊張してきたと言って掌に人の字を書いて飲む仕草をした。それを見た菜々美が、何それ、と言ってクスクス笑い出した。実波は私生活で民謡好きの老人たちに囲まれている影響なのか仕草が古臭いことがある。だがそれが今は菜々美の緊張を和らげたようだった。

 真夢は佳乃に近づくと、七瀬さん、と言って右手を甲を上にして差し出した。手を重ねてみんなで円陣を組もうという意味だ。その意図に気づいたメンバーが、一人また一人と次々に手を重ねていった。

「ほらリーダー、何か掛け声掛けてよ」

「え? いや、だって、こんなの考えてなかったし……」

 戸惑って困り果てた佳乃に夏夜が、がんばっぺでいいんじゃない?と助け舟を出した。

「じゃあ私が、がんばっぺ、って言ったらみんなでウェイクアップガールズ、ね? それでいいでしょ?」

 佳乃は皆の顔を見回し、全員が頷くのを確認してから掛け声をかけた。

「がんばっぺ!」

「ウェイクアップガールズ!!」

 7人の手が、雪の舞う仙台の夜空に高く高く突き上げられた。

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 少女たちがステージに入ってくると、松田は自身のスマートフォンで映像を録画する準備を始めた。本当ならキチンと映像を残してあげたいところだが、そんな機材もなければ資金もない。悔しいがそれが現実だ。それでもせめて彼女たちに、たとえそれがスマートフォンで録画した程度のものであったとしても、彼女たちが間違いなくアイドルとしてステージに立ったのだという証拠を残してあげたかった。ただそれだけだった。

「えっと、こんばんわ。仙台を拠点に活動しているウェイクアップガールズです。あの、えっと、このステージが記念すべきデビューライブとなります。今日は前日に急遽参加させていただくことになりました。まだ、あの、持ち歌が1曲しかないんですけど、あの、精一杯歌いますので、聞いてください」

 佳乃が慣れなく拙いMCを終えるとイントロが流れ始めた。あのトゥインクルに作詞作曲してもらった幻のデビュー曲『タチアガレ!』だ。松田自身も非常に気に入っているこの曲だが、残念ながら披露するのはこれが最初で最後かもしれない。そう思うとスマートフォンを握る手に自然と力が入る松田だった。

 曲が始まった。少女たちがステージをいっぱいに使って踊り始め歌い始める。ひるがえったスカートの下から下着が見えてしまっているのに気がついた。近くにいた2人組の男性が「よくやるよなぁ」と指差して嘲笑しているのが聞こえた。

(がんばれよ)

 松田は心の中で励ましながら彼女たちを見守った。負けるなよ、そう心の中で呟いた。だがそれは杞憂だった。いまステージに立っている彼女たちは、今までで一番キラキラと輝き魅力的に見えた。

 スマートフォンの画像越しにそんな彼女たちのステージを見ていた松田だが、やがて時折その画像が滲むように乱れるのに気がついた。画像は途中から滲んだままになってしまい、とうとう何を撮っているのか全くわからないほどになってしまった。だが、それでも彼は撮り続けた。それが機械の故障ではないと気がついていたから。

 

 7人の少女たちがステージに出てくると、最前列に陣取っていた大田邦良はその目を疑った。彼女たちのセンターに立っていたのは、紛れもなくあの島田真夢だったからだ。

 彼が恋焦がれ愛してやまなかった島田真夢が、あの一件からI−1を卒業して実質的に引退し行方不明とまで言われた島田真夢が、今、間違いなく彼の目の前に立っている。手を伸ばせば触れられるほどの距離に立っている。長年のファンである彼が間違えるわけはなかった。目の前に立つ少女は、間違いなくあの島田真夢本人だ。

 もう二度と彼女がステージに立つ姿を見ることはできないと思っていたが、まさか地元の仙台で、しかもこんな場所で再び彼女を見ることができるなどと想像もしていなかった。彼の目はステージへと釘付けとなった。

 イントロが流れ始め、やがて7人の少女たちが歌い、踊り出す。島田真夢は島田真夢のままだった。あの頃と何一つ変わっていなかった。

 懐かしさと嬉しさと感動と感激と。様々な感情が大田の中に湧き上がり、彼は神様に感謝したい気持ちになった。信じてきてよかった、そう思った。報われた、そう思った。

 だが曲が進むにつれ彼は、島田真夢個人ではなくウェイクアップガールズというユニットに次第に惹かれていった。歌もダンスも良い。何よりもこの曲がリズムといいメロディーといい歌詞といい素晴らしい。メンバーの女の子もみんな可愛い。ウェイクアップガールズ、良いじゃないか。彼は目の前のライブにすっかり目を奪われていた。

 

(帰ってきた)

 真夢はウェイクアップガールズとしてステージに立ち、佳乃のMCを聞きながら心の中でそう思っていた。

(私は、私のいるべき場所にやっと帰ってきたんだ)

 I−1にいた頃に比べれば小さなステージだし観客もわずかだ。でもそれはI−1も最初はそうだった。それよりももう2度とこうしてステージに立つことはないと思っていたのに、藍里の、そしてみんなのおかげで戻ってくることができた。小さいけれど、お客さんもほんの僅かしかいないけれど、それでも間違いなくここが私の、何よりも大切な私の新しいステージなんだと彼女は思った。

 イントロが始まった。そこから先、彼女は純粋にステージを楽しんでいた。みんなと歌うことが踊ることがこんなに楽しいと思ったのは初めてだった。とにかく楽しくて楽しくて夢中になってしまっていた。

 もう一度羽ばたきたい。みんなと一緒にもっともっと輝きたい。ウェイクアップガールズとしての活動を続けていきたい。ずっとずっと……そう思った。そしてその想いは他の6人も全く同じだった。7人のアイドルたちの想いを乗せて、その歌声は仙台の夜空に響き渡る。低い気温も舞う雪も、もう彼女たちの妨げにはならなかった。

 

 曲が終わるとステージ上の少女たちはキチンと整列して観客に向かい、ありがとうございました、と言って深々と頭を下げた。涙はなかった。これで終わりかという一抹の寂しさはあったが、それ以上にどの顔にも精一杯やりきったという満足感が溢れていた。

 と、突然最前列に座っていた男性が立ち上がり、彼女たちに向かって「アンコール、アンコール」とコールし始めた。そして、やがてそれは僅かばかりの観客全員に波及した。

 リーダーの佳乃は戸惑った。ウェイクアップガールズとして受けた初めてのアンコールだ。それは自分たちのステージに満足してくれたという証拠であり、もっと自分たちのステージを見たいと思ってくれている証拠だ。嬉しくないわけがない。だが……

「あの、アンコールもらっても、私たちこの1曲しか持ち歌ないんですけど……」

 困った佳乃が正直にそう言うと、最前列の男は頭の上で大きく丸を作り、オッケー、と叫んだ。まばらな観客席からも拍手が起こった。

 自分たちが認めてもらえたことに抱き合って喜ぶ少女たちを見て松田は(やっぱりこのまま終わりにはできないな)と思った。もっと彼女たちにアイドル活動をさせてやりたい。何より自分自身がもっと彼女たちがアイドルとして輝く姿を見ていたい。

(続けよう)

 松田はそう心に決めた。このまま終わりにしちゃいけない。難しいけれど、それでもとにかく諦めず続けていくことを模索しよう。彼女たちとなら何とかなりそうな気がする。

 

 そう決意したその時、松田のスマートフォンが鳴り誰かからの着信を知らせた。

説明
劇場版編の最終話、第5話ですがライブシーンの描写はほとんどありません。自分の文章力では無理でした。ライブの日付はあえて変えてあります。原作では12月24日のクリスマスイブでした。次回からはTVシリーズ編となります。この作品は原作のストーリーを自分なりに削除・加筆したものです。少しでも興味を持たれた方は是非原作をご覧になっていただきたいものです。とても魅力的な彼女たちを少しでも多くの方々に知っていただければと思います。
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