血闘者 〜Blood Red Fighter’s〜 プロローグ
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 1945年10月、太平洋戦争終結後、敗戦の責任を取って政権を明け渡した軍部に代わり政権を握った「日本泰平党」は、アメリカによる日本の軍事力解体を予見し、それに対抗する「強い日本人」の育成の為に、とある法令を打ち出した。

 

 “決闘法”

 

 この法律は“決闘罪ニ関スル件”という法律で明治以降法律で禁止されていた決闘を、様々な安全対策を施しながら国が一種の行事として認め、国民の身体能力の向上、そして競争心を煽る目的で作られていた。

 内容は以下の通りである。

 

 

1、決闘には国が認めた立会人(政治家、市役所員、警察関係者、医療関係者、軍関係者、立会人試験を合格した者)の元で行う事。それさえあれば決闘はいつどんなところでも行うことが出来る。例外として義務教育が完了していない15歳以下の児童は身体面を考慮して決闘を禁止する。

 

2、決闘により勝ち星を多く上げた者には、免税、進学就職優遇、国からの特別給金など様々な優遇処置を施す。

 

3、決闘において刃物、鈍器、銃器などの武器の使用、目や金的を狙う事、そして故意の殺人は禁止する。それを破った物は犯罪者として罰せられ、決闘の権利を期限付き、または永久に剥奪する。

 

 

 新決闘法の制定から70年経過した昨今、軍は国防軍として生まれ変わり、アメリカ軍の元で第三次世界大戦を始め様々な戦争を戦い抜いき、数々の戦場で華々しい戦果を挙げてきた。しかし新決闘法がもたらした事は負の面が多い事に国民達は気付き始めていた。

 

 勝ち星を増やすための決闘者と立会人、家族などの関係者が結託し、ワザと弱い人間を相手の決闘者に仕立て上げる八百長。

 

 勝ち星の多い者の裁判、自然災害時での贔屓。

 

 決闘法により優遇処置を受け大企業に就職した者達の不祥事。

 

 合法で決闘することを目的とし、帰化国民となった者達の犯罪率の増加。

 

 修練と称して行われるシゴキ、虐待、イジメ、それによる自殺者の増加。

 

 決闘による事故死者、体に重度の障害を残す者の増加。

 

 その被害者、または遺族による反対運動の増加。

 

 そして何より、戦場に駆り出された兵士達の大量の屍が、新決闘法の存在に憎悪を向け、異議を唱える者を増やしていった。

 

 国会議員の中にも新決闘法に異議を唱える者(真剣に取り組んでいる者と私利私欲の為に動いている者の半々だが)が増えていき、様々な追加条項が加えられているが、新決闘法が廃止されるのも最早時間の問題となっていた。

 

 この物語は後の世に“決闘法時代”と呼ばれる時代の末期を突き進んだ。とある若き決闘者達の物語である。

 

 

 

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☆ ☆ ☆

 

 

 

 僕は多分、神様に嫌われている。手に異能の力を跳ね返す力も無ければ、キスで精霊とかの力を封印する力も、女性だけが扱える兵器を操れるわけでも、ネットゲームの世界でチート染みた力を持っている訳でもない。一か月練習しただけで強豪校の選手と渡り合えるスポーツ選手でもなければ、名探偵でもあっと言わせるトリックを思いつく知能犯でもない。呪いじゃないかと思えるほど色んな女の子に惚れられたりもしない。周りの人からは覚えや要領が悪いと言われ見下されている。ガラの悪い同級生にはイジメはカツアゲの対象にされている。

 つまり僕はそういうキャラクターなんだ。才能と呼べる物は一切持ち合わせておらず、ゾンビとかの化け物が出てきたらまず見せしめのようにさっさと殺されたり、主人公に助けを求める悪党の哀れな被害者だったりするんだ。

それは生まれた時から備わっていた運命で、僕はその運命を受け入れるつもりでいる。だってこの世界には沢山の成功者や勝利者と反比例するように失敗者や敗北者がいる。僕は後者の方に割り振られていて、それは仕方のない事なんだ……。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 とある日本の地方都市の、どこにでもある平凡な中学校、その校舎裏で体重が90kg近くありそうな肥満体型で、黒い前髪で目元を隠した少年が、複数のガラの悪い男子不良生徒に取り囲まれていた。

 

「おいおい“負け犬ちゃん”よ、俺達はソーソンのチーズタルト買って来いっつったんだぞ? これエイトトゥエルヴのチーズタルトじゃねえかよぉ?」

「あ、あの……そっちのは売り切れてて……」

 

 次の瞬間、負け犬と呼ばれた太目の少年は腹部に不良生徒の一人にパンチを受け、その場に蹲る。

 

「誰が口答えしていいっつったよ?」

「しゃあねえな、これで勘弁してやる。もうすぐ夏休みだし金が要るんだよ。俺らは」

 

 そう言って不良生徒達は太目の少年から財布を奪いその場から去って行った。

 

「……」

 

 彼等が去った後、太目の少年は起き上がって制服の汚れを払落し、とぼとぼと校門に向かう。その姿を近くを歩いていた学校の生徒達がヒソヒソと話をしていた。

 

(またあの人、アイツ等にカツアゲされてる……)

(アイツ等のリーダー格ってこの学校のスポンサーでPTA会長の息子なのよね? 先生達も媚び諂ってみて見ぬふりしてるし……)

(可哀相だけど、巻き込まれて標的にされるのはゴメンだな)

 

 太目の少年はそんな声を意に返さず、足早に校門をくぐって家路についた。

 

 

 

―――別に、イジメてくる人達や助けてくれない先生や学校の生徒達に恨みは感じない。この世界には裏と表、光と影があるように、生まれた時から勝利者になる運命を持った人間と、僕のように負け組の運命を背負わされている人間がいるんだから。あそこには別段強いヒーローの様な人がいて僕を助けてくれるわけでもないし、頭の切れる人がこの状況を変えてくれるわけでもない。ごくありふれた物語の世界ではない、変えようのないリアルがあの場所に犇めいていた。それは仕方のない事なんだ。だって僕は負け犬で、そういうキャラクターとして割り振られているんだから……。―――

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 太めの少年が自宅に着くと、美味しそうなシチューの香りと、エプロン姿の優しげで可愛い女の子が出迎えた。

 

「あ、お兄ちゃんお帰り」

「うん、ただいま」

 

 ―――僕には一つ下の妹がいる。僕と違って頭が良くて運動神経もいい、友達も沢山いて、栄光の道を突き進む勝ち組側にいる人間だ。子供の頃から僕が始めた事は何でも僕よりうまく出来て、両親や周りの期待も一身に背負っていて、モデル顔負けの綺麗な容姿を持っている。

 そんな自分と違って神様に愛されている妹に、僕は劣等感を抱いてはいない……と言えば嘘になってしまう。でもそんなのを抱いたって立場が逆転する訳でもない。負け犬は天才に絶対に勝てないんだから。だから僕はその感情を横に置き、屈託のない笑顔を向けてくれる妹に、不器用な笑顔で応える。―――

 

 夕食を終え、僕は居間で父さんと母さんと一緒にテレビを見ている。妹は今入浴中である。

 

「そう言えば今日、あの子を東京のK高校に進学させないかって話が来たのよ」

「ほう、K校と言えば東大進学率の高い学校じゃないか、そんな所に呼ばれるなんてあの子もすごいな」

 

 両親がそんな話を誇らしげにしている横で、僕は黙ってテレビを見続ける。テレビでは数か月後に開催される大規模な格闘大会についての特集が放送されていた。大会は数か月後の秋、十数年前に作られた日本48番目の人工島の都市、“米海”で開催され、億を超える多額な優勝賞金により世界中から沢山の格闘家が集まるらしい。自分には全く関係ない話だが。

すると父さんが訝しげな顔で僕に話し掛けてきた。

 

「そう言えばお前、この前の期末の結果があまりよくなかったようだな。あまり口うるさく言いたくないが、ゲームやアニメばかりじゃなくもっと勉強しないと駄目だぞ」

「あの子程までとは言わないけど、もっとやる気を……」

「……ごめん」

 

 母さんも加わった小言から逃げるように、僕は自分の部屋に入って行った。

 それと入れ替わる様に、風呂上がりで顔を赤くする妹が居間に入って来た。

 

「あれ? お兄ちゃんは?」

「……部屋に戻ったよ」

「あの子ももっとやる気を出して欲しいのだけど……」

 

 そう言って父さんと母さんは同時に溜息をつき、妹は濡れた髪をバスタオルで拭きながら首を傾げた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 自室に戻った僕は、部屋にある自分用のテレビと、ネット回線に繋がっているゲーム機の電源を付ける。画面には格闘ゲームのドラマチックなOPの映像が流れ、僕はコントローラーを握った。

―――時折、いっその事この部屋にずっと引き籠っていようかと思うことがある。でもそこまで家族に迷惑を掛けたくはない。さっきはあんな事を言われたけど、両親は出来の悪い僕にも妹のように愛情を注いで育ててくれた。妹だって、僕を見下すことなく兄として慕ってくれる。

 だからこそなのだろう、妹に劣等感を抱こうとしている自分自身がものすごく惨めに想えて、こんな自分を大切に育ててくれる優しい両親の重荷になる事が恐ろしいと思う自分がいる。

 30分後、格闘ゲームのネット対戦で圧巻の10連敗を達成した僕は、コントローラーを放ってはあっと溜息をついてベッドに寝転がった。

僕にも好きな事はある。世間一般的に言うオタクという物で、特にヒーロー物の特撮とか格闘ゲームが好きだ。でも好きなのとうまく出来るという事は別物、ちょっと前に脚本家を目指していろんな話を書いてネットに上げてみたけど、ボロクソに叩かれてやる気が吹き飛び、格闘ゲームではどんなものでも勝率4割を超えたことが無い。本当に何も取り柄が無い、誰かに勝るものが何もないのだ。

 

 時折心の中でこんな自問自答を繰り返す。栄光の道を突き進む妹と、それを支える両親の足枷になってしまっている僕は、本当にこの世界に居ていいんだろうか? 

 

 僕は何の為に生まれて来たのか?

 

 何をして生きていけばいいのか?

 

 本当に生きていていいのか?

 

 そんな自問自答を、羊を数える様に繰り返しながら今日も僕は眠りについた。―――

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

太めの少年は、その日の朝も学校に行く為トボトボと通学路を歩き、河川敷の鉄橋近くを通りかかった。

 

「う〜ん……う〜ん……」

「あれ……?」

 

その時、少年は鉄橋の下から男のうめき声がするのに気付いた。気になった彼は河川敷に降りていく。するとそこで身なりの汚い、ボサボサに伸ばした長髪に無精髭を生やした男が腹を抱えて蹲っていた。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 太めの少年は慌ててその男に駆け寄り、体を揺さぶる。すると男の腹部から“ぐぅ〜”っと間の抜けた腹の虫が鳴り響いた。

 

「な、何か食う物を……腹が減って動けない……」

「え、え〜……!? そんな事突然言われても……あ」

 

 その時、太めの少年はある事を思い出し、自分が肩にかけていたバッグを弄る。そして中から昨日不良達に買わされたチーズケーキタルトを取り出した。

 

「こ、これでよかったら……」

「!!! くれるの!?」

 

 男はバッと太めの少年からチーズケーキタルトを奪い取ると、袋を開け中身をがつがつと食べた。

 

「復☆活!!」

 

 そして両手の人差し指を前に突き出す謎のポーズを取って元気を取り戻し、戸惑っている太めの少年の方に振り向いた。

 

「いやー助かったよ! 調子こいて瞑想してたら一週間経っててさ! 何か食い物会に行こうとしても腹減って動けなかったんだわ! なっはっはっは!」

「え、え〜……?」

 

 本当なのかどうか解らない男の話に太めの少年はちょっと後ずさり、話し掛けた事をちょっぴり後悔する。すると男は少年の肩をポンポン叩く。

 

「お前は命の恩人だよ! 何かお礼しねえとな! んーっとどうするか……」

「あ、あの……僕これから学校があるんでいいですよ。それじゃ……」

 

 太めの少年はこれ以上関わるのは色々ややこしい事になると思い、足早に男の元を去って行った。

 

「……あの制服、近所の中学校のか」

 

 去って行く太めの少年の後姿を、男はニンヤリと笑いながら見送った。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 放課後、太めの少年は不良達に足早に校門を抜けようとしていた。

 

「どこ行くのかな負け犬く〜ん?」

 

 しかし待ち伏せしていた不良数人に捕捉され、逃げられないよう壁際に追い詰められ取り囲まれてしまった。

 

「きょ、今日はお金無いです……」

「あー大丈夫大丈夫、今日は別に集ろうって訳じゃないんだ。実は俺らも最近空手始めてさあ、覚えた技を試すサンドバックが欲しいんだよ」

「もちろん、付き合ってくれるよなぁ?」

 

 不良達の提案に、太めの少年は自分がボッコボコにされる未来を予見し、何とか逃げようとする。

 

「あ、あの……僕は用事があって」

「何か勘違いしているのか? てめえに拒否権は無いんだよ!」

 

 太めの少年の正面にいた不良Aが、彼の腹部に拳を見舞う。太めの少年は腹を抱えて地面に蹲った。

 

「おいおいやりすぎんなよ、怪我したりしたら面倒なことになるぞ」

「そん時は俺のババアがもみ消してくれるんだよ。余計な心配すんな」

 

 そう言ってヒャハハハハと笑う不良達、その光景に目を逸らす他の生徒達と、見て見ぬふりをする教師達。太めの少年は体の奥から込み上げてくる物を抑えながら涙をグッと堪えた。今目の前にある現実から目を逸らす為に、自分に必死に心の中で言い聞かせた。

 

―――みんなは悪くない、悪くないんだ……弱い僕が全部悪いんだ……。―――

 

 

 

「よう少年! また会ったな!」

 

 その時、能天気な男の声が少年を現実に引き戻した。

 

「け、今朝の……?」

 

 太めの少年と不良達の眼の前に、今朝少年が助けた身なりの汚い男が現れ、現状を理解できていない不良達を押しのけて地面に伏せる彼の目の前に近付いてきた。

 

「あれま、何? こいつらにいじめられてたの? やだねぇ都会のガキは、イジメの手口が陰険で」

 

 すると不良の一人が、男の右肩を後ろからガッチリ掴んだ。

 

「おいオッサン、何シカトしてんだ……!」

「さっきの礼に何か奢ってやるよ、300円以内で」

 

 すると男は不良を無視しそのままぐんっとしゃがみ込み、逃さんとする為彼の肩をガッチリ掴んでいた不良は前のめりにバランスを崩し、男に覆いかぶさるように倒れた。

 

「どああああ!?」

「ん? 何?」

 

 そして男はグンッと勢いよく立ち上がり、不良はそのままグルンと地面に押し転がされた。

 

「お、お前!!」

 

 するとそれを見ていた気性の荒そうな不良が男に殴り掛かる。男は腕を組んだままそれを避けた。

 

「あらら、そんな大振りじゃ避けてくださいと言ってるようなもんよ? もっと腋締めないと」

「うるせえ! この野郎!」

 

 自分を小馬鹿にする態度を取る男に、気性の荒い男は頭に血を登らせて拳を振り回す。

 

「闇雲に撃っても当たんねえって、もっと周りを見ないと」

「黙れ! このぉ……!」

 

 そして不良は渾身の右ストレートを男に放つが、やはり避けられてしまう。そして放たれた拳の先には、コンクリートで出来た校門があり、力任せに放った拳はゴシャっと鈍い音をたて、骨が飛び出し血まみれになった。

 

「ギャアアアアア!!?」

「ほら言わんこっちゃない」

 

 自分で破壊した形になった右拳の激痛で地面でのた打ち回る不良を、男は腕を組んだまま溜息しつつ見つめる。

 すると残った不良が怒りと恐怖に我を忘れ、ポケットからバタフライナイフを取出し、剣先を男に向ける。

 

「あれま、光物出しちゃう?」

「この野郎! ぶっ殺してやる!!」

「ぶっ殺す、ねえ……」

 

 すると男は腕組みを解き、右足を一歩前に出し、顔から表情を消した。

 

「殺し合いか……受けて立つぜ」

「な……!?」

 

 次の瞬間、場に冷たい殺気が放たれ、男は右足を一歩前に出して構える。相手を射殺さんばかりの眼光を携えながら。そしてゆらあっと辺りの空気が冷たくなる。

 

(え!?)

 

太めの少年は自分の目を疑う。少年の目に映る男の背後に、巨大な牙をむき出しにしている傷だらけの狼が、ナイフを手に持つ不良生徒を食い殺さんばかりに睨みつけていた。

その幻覚は対峙している不良生徒にも見えているらしく、彼は恐怖で足をガタガタと震わせて、股間から温い液体を漏らし、そのままその場で尻餅をついた。

 

「……なんてな、冗談だよ」

 

 すると男はにやっと能天気に笑う。彼は腕を組んだままの状態で、襲い掛かって来た不良三人を撃退してしまった。そしてその光景を目の当たりにして呆然としている少年の首根っこを掴みずるずると引き摺っていった。

 

「ホレ行くぞ、アンモニア臭くてかなわん」

「え? え?」

 

 訳も分からずされるがままの太めの少年は、そのまま男と共にその場を去って行った。その場には男に手も使わずに撃退された不良達と、一部始終を見て呆然としている生徒達が残っていた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 数十分後、太めの少年は男によって近くのコンビニに連れてこられ、ペットボトルのミルクティーを手渡された。

 

「ほい、リクエストはこれでいいのか?」

「は、はい」

 

 少年はペットボトルを受け取りつつ、目の前の男をじっと見つめ、そして一言質問する。

 

「あの……おじさんってもしかして格闘家なんですか?」

「おー解っちゃう? こう見えて決闘法で結構勝ち星上げてるほうだぜ。あと……」

 

 男はズイズイと少年に顔を近づけ、ギョロっと睨みつけた。

 

「おじさんはやめろ! こう見えてまだ20代だ!」

「ひい!? すみません!!」

 

 ものすごい威圧感に少年は思わず怖気づく。そして男は背を向け、「やっぱ無精髭生やすと老けて見えんのかなぁ?」とブツブツ独り言を呟いていた。

 

(さっきの技、なんだったんだろう……昔見たカンフー映画みたいだったけど、それとはなんか違うみたいだし……)

 

 そんな男を見て、少年は先程の彼の戦い方を思い出し、あれこれ思案し始める。その時……突然男は再び少年の方を向き、彼の目元に垂れ下がる前髪を手で掻き上げた。

 

「うぇ!? な、何……!?」

「……おめえよ、生きてんのに死んでるような目をしてんな」

「……!」

 

 自分の心を見透かすような男の指摘に、少年は思わず動揺して後ずさる。男は両手を腰に当ててわっはっはっはと笑いだした。

 

「何もかも諦めているって顔してるな、思春期特有の小恥ずかしい悩みって奴か……大人になって思い出したらのた打ち回る事必須だな」

「あ、アナタに何が解るっていうんですか!?」

 

 男の馬鹿にしたような態度にムッとした少年は、思わず声を荒げてしまう。だが男はそんな事に意も返さず話を続ける。

 

「わかんねえなぁ、自分で自分の事を見下し、殻に閉じこもって何かすることを諦めきったやつの事なんてさ」

「……そりゃそうですよ。アナタは僕なんかよりずっと、ずっと強いんだ……負け犬である僕の心なんて解るはずない」

「負け犬、ねえ……」

 

 男は頬杖をついてうんと考え込んだ後、ふっと笑って空を見上げた。

 

「そんな風に自分を見るのも個性かもしれねえ、でも一度しかない自分の人生だ。一度ぐらいはメラッと灰になるぐらい燃え上って見せてもいいんじゃねえの?」

「……?」

 

 男の理解に時間のかかる返男の問いに、少年はただただ頭の中を疑問符で埋め尽くしていた。そして男は自分の太ももをパンと叩き、そのまま少年に近付き彼の肩をガッチリ掴んだ。

 

「おっしゃ決めた! 俺がお前を……うーんそうだな、かめはめ波が撃てるぐらいの格闘家にしてやる!!!」

「…………はい?」

 

 男の突拍子も無い提案に、少年はたった一言“はい?”という疑問の言葉しか絞り出すことができず、男はそれを“はい!”という了承の言葉と受け取ってしまった……。

 

 

 

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☆ ☆ ☆

 

 

 

「つーわけでお宅のお子さん、夏休みの間借りてきますね」

 

夏休み初日、少年を猫のように首根っこを掴んで捕えた男は、彼の家に赴き現状を理解するのに頭の処理能力が追い付いていない彼の両親の前でこれまでの事を簡単に説明し、そのまま去って行った。

 

「な、何これ誘拐?」

「い、いや……あそこまで堂々とした誘拐はないだろう……」

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 それから一時間後、少年は男と共に山道を進む軽トラックの荷台に乗り、携帯電話で改めて両親にメールで連絡を入れていた。

 

「父さんも母さんもすごい顔してたなぁ、どうしてこんな事に……」

「さーこっからは鬱陶しいチラ裏自分語りタイム終了です。今から超×10ぐらいの天才格闘家の俺がお前のその根性を叩き直しピッコロ大魔王ぐらいなら倒せる武闘家にします」

 

 理不尽な男の行動に、NOとはっきり言えない性格の少年はただただ流されるままだった。

 

「自分語りって……これでも本気で悩んでるんですけど」

「んなもん後半あたりでメッチャ強くなって「天才じゃないアピール乙」「また俺TEEEE小説か」って感想欄やどこぞの掲示板に書き込まれるのがオチだからぶっちゃけいらねー。俺天才じゃないですよ凡人ですよアピールマジいらねー。そーいやお前の名前聞いてなかったな、なんつうの?」

「今更!? えと……ユウキです。望月ユウキ」

「ユウキか、俺の事は師匠と呼ぶように」

 

 今更な簡単な自己紹介の後、太めの少年……ユウキは目の前の男……師匠にある質問をする。

 

「そう言えばおじ……師匠の使う格闘技ってなんですか? カンフー?」

「ん〜……合気道?」

 

 何故か首を傾げて疑問符で答える師匠、そしてユウキは合気道について自分が知っているすべての知識を動員して、どういう物なのか思い出す。

 

(確か前にバラエティ番組で合気道の達人っていうおじいさんが出てたな……戦っている姿も見たけど……アレは戦っているっていうより舞踊に近いと思うんだけど……)

 

 ユウキの合気道に対する印象は、“胡散臭い”だった。合気道の使い手はテレビで何度も見たことはあるし、芸能人や近所の人間に習っている者がいるのも知っている。でも演武と呼ばれる物を見た時は、技を掛ける側が掛けられる側を一方的に、技を見せるのに真剣ではあるのだろうけど本気で相手を倒す気ではないような、他の格闘技とは何とも雰囲気が違う。とても人を打ち倒せるような武術には見えないとユウキ自身思っていた。

 

「ま、強くなって損することはねえぞ? ちゃんとした心掛けさえしてればモッテモテだしな!」

(本当にこの人で大丈夫なのかな……ていうか僕、格闘技ってあんまり好きじゃないんだけどなぁ)

 

 ユウキは目の前で呑気に笑う師匠に対し不安と疑念を浮かべながら、体育座りをして目的地に着くのをじっと待ち続けた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 数時間後、ユウキと師匠は街から数十キロ離れた場所にある広大なスイカ畑にやって来ていた。

 

「武術の基本は心・技・体、まずおめえには最初の二週間で心と体を同時に鍛えて貰う」

「な、何をするんですか?」

 

 すると彼等の元に、腰が曲がり前歯が何本か抜けた老人がひょこひょこと歩いて近付いてきた。

 

「おほう、久しぶりだねぇ葵ちゃん、その子が新しいお弟子さん?」

「おう! こき使ってやってくれよ!」

「いやだから! 僕はここで何をするんですか!?」

 

 声を荒げるユウキに、師匠は畑を指さして答える。

 

「おめえはこれからこのじいちゃんのスイカの収穫を手伝うんだよ。この畑全部のな」

「え……?」

 

 ユウキは師匠が指さす方向を見る。そこには学校のグラウンドどころかドーム球場並みに広いスイカ畑が広がっていた。

 

「……これ全部ですか?」

「YES☆」

 

 師匠はとっても腹が立つ笑顔をユウキに向けながら、お茶目に右手の親指を立てた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 ユウキは日が昇ってから沈むまでの間、スイカの収穫の手伝いをした。収穫に適した実の茎を切り、その身をリヤカーに積む。それを一日10時間近く繰り返す。文章にすると単純だが、実際にやってみると凄まじい労働量である。

 

「し、死ぬぅ……」

 

 全身の筋肉が悲鳴を上げ、空から照り付ける太陽がユウキの体力を容赦なく奪う。するとそこに先程のおじいさんが水筒を持って近付いてきた。

 

「ホレ、水分補給はまめにやりなさい。一個ずつ、無理せんようにな」

「は、はい……」

 

 へたり込むユウキに水筒を渡したおじいさんは、そのまま何十個ものスイカが積まれているとても重いリヤカーを、涼しい顔をして引きながらどこかに去って行った。

 

「……」

「ほれほれ、あんなヨボヨボジジイに負けてられないぞー若人」

 

 それを見て口をあんぐり開けるユウキと、そんな彼に発破をかける師匠、ちなみに師匠は農作業を手伝わず、軽トラの荷台で呑気に日光浴をしていた。

 

「……手伝わないんですか?」

「手伝ったらお前の修業になんないじゃーん。あ、そのスイカ一個2000円ぐらいすっから落として壊すと弁償な」

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 そんな事を繰り返す事一週間、ユウキは全身を襲う疲労と筋肉痛に苦しめられながらも何とか畑のスイカを全部収穫し終えた。

 

「おわ、終わりました……」

「何個か割ったが……まあここはこれでいいだろ。それじゃ次行くぞ」

「次!? え!? えっ!!?」

 

 動揺するユウキは師匠に首根っこを掴まれどこかに連れて行かれた。それを見たおじいさんはほっほと笑いながらその光景を微笑ましく見送った。

 

「この時期はいつもあんな似たような光景を見るのう」

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 ユウキは師匠によって、大きくて工場の様な建物に連れてこられた。中は薄暗く、200mはある鳥かごの様なものがグンと奥まで並んでいた。

 

「ど、どこなんですかココ?」

「養鶏所」

 

 するとユウキ達の背後から一台のトラックがやって来て近くに停車する。そして灰色のツナギを着た運転手が運転席から降り、トラックの荷台を開ける。すると中から凄まじい獣臭とフンの臭いが放たれユウキの鼻腔を刺激し、中から100羽近い生きた雌鶏が詰め込まれたケージが約50台近く運び出された。

 

「次におめーにはこの親元から引き離された哀れな少女達を、(卵を)孕ませて産ませる機械とするため、狭くて薄暗い檻に中に無理やり押し込める作業をしてもらいます」

「表現が生々しい!?」

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 養鶏所の持ち主のおじさんに鶏の掴み方を一通り教わったユウキは、生唾をゴクンと飲み込みつつ、早速ケージの中にいる鶏を一羽、恐る恐る足を掴んで引っ張り出した。

 

「コォーッコッコッコッコッ!!!!」

「ひいぃ!?」

 

 足を掴まれ逆さのまま宙吊りにされた鶏は、ものすごい力で羽をバタつかせて、羽や嘴や足の爪でユウキの手を攻撃し始める。

 

「いでででで!!!?」

 

 ユウキは10年以上前に発売されたゲームの動画で、鶏に攻撃したら集団で逆襲されゲームオーバーになった緑の服を着たエルフ耳の剣士を思い出し、あのゲームはあながちウソじゃないんだなぁと、手に傷を増やしながら心の中でそのゲームの開発者達に感心していた。

 

「ほれ、一羽ずつやってると日が暮れるぞ」

 

 後ろで腕を組んで様子を見ていた師匠は顎でユウキに別のエリアで作業をしている他の作業員達を見るように促す。そこでは三羽の鶏の片足を片手で束ねて檻に詰め込む作業をリズムよくこなす作業員達の姿があった。

 

「む、無理ですよあんなの!」

「そうか? コツ掴めば案外簡単なもんだぞ。ファイト!☆」

 

 師匠は傍目から見るととってもイラッと来る笑顔と星マーク付きの言葉でユウキにエールを送った。ユウキはとにかくやるしかないと思い、ケージの中の鶏たちに再び向き合った。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 四日後、養鶏所にあるすべての採卵用ケージの中に鶏が詰め込まれ、ユウキは外でぐったりと項垂れていた。

 

「お、終わった……」

「お疲れサーン。なんやかんやでやりきったな。で、感想は?」

 

 師匠の質問に、ユウキはしばらく考え込んだ後、素直に自分が思ったことを口にした。

 

「少なくとも食べ物の好き嫌いはやめようと思いました。作って食卓まで持って行くのがこれほど大変だって知っちゃったから……」

「だっはっはっはっは! まあ合格点やれる回答だな! おっしゃこれで次の鍛錬に行けるな! それじゃ明日……この近くの道場にくるように!」

 

 そう言って師匠は機嫌が良さそうに笑いながらユウキの元を去り、入れ替わりで養鶏所の持ち主である中年の男がやって来た。

 

「お疲れ様、ほいこれ奢り」

「あ、ありがとうございます」

 

 中年の男からスポーツドリンクを受け取るユウキ、そして中年の男は師匠が去って行った方角を見る。

 

「葵君がここに連れてきた子は君で二人目だよ、彼も物好きだねぇ」

(アレの犠牲者が他にもいたんだ……ていうかあの人葵っていうのか)

「まあ逃げずにやりきったのは偉いよ。これからが大変だと思うけどね」

 

 ユウキは逃げたくてもここは自分の住んでいた所よりかなり離れた場所にあるから逃げるのは無理だったと言えず、中年の男の言葉に不安を抱いた。

 

(これからが大変って……一体何をされるんだろう?)

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 次の日の朝、ユウキは師匠が指定した道場にやって来た。道場はかなり年季が入っており、蜘蛛の巣やら穴やらが至るとことに散見していた。

 

「お、お邪魔します」

 

 恐る恐る道場に入るユウキ、すると道場の奥には長髪を後ろで纏め、上は黒、下は紺色の合気道着に身を包み正座する、いつもより清潔感のある師匠の姿があった。

 

「来たな……んじゃそこにある胴着に着替えろ。体の芯に技の基礎を叩きこんでやんよ」

 

 ユウキは師匠に言われるがまま、上は白、下は黒の合気道着に着替えて師匠と対峙する。

 

「さて……ユウキ、お前は“武道”と“暴力”の違いは何だと思う?」

「武道と暴力の違い? うーん……」

 

 ユウキは師匠の質問にうーんと頭を悩ませる。すると先に師匠が答えを出した。

 

「俺は……“自分自身や自分の大切だと思う物を守る為に振るうのが武道”、“身勝手な欲望の為に振るうのが暴力”だと考えている」

「“守る”と“欲望”……」

 

師匠の出した答えに、ユウキは学校生活でかつて自分が味わった様々な“暴力”を思い出し彼の言葉に理解を示した。

 

「たとえ喧嘩の素人だろうと、誰かを守る為に繰り出すグルグルパンチは武道であり、格闘技の達人が鍛えた技でか弱い女を無理やり押し倒しちまえばそれは暴力だ」

「……」

 

 何となく、自分の今までのいじめられっこ人生を鑑みて師匠の言う事を理解するユウキ。そして師匠はすっと立ち上がった。

 

「まず武の基本中の基本、姿勢を学ぶぞ、一回気を付けして立ってみろ」

「は、はい」

 

 ユウキは師匠に従い、学校でいつもやっているように背筋を伸ばして立ってみる。すると師匠は彼に近付き尻を叩く。

 

「力入れ過ぎだ、もっと丹田に力を入れて、上半身を骨盤に乗せるイメージで立て」

「わ、わかりました」

「合気道の構えや技というのはな、心が清らかであればあるほど自然と美しくなるんだ、まずはそこから教えていくぞ」

 

 そんなこんなでユウキは初日、師匠から立ち方や座法、礼法を徹底的に学んだ。

 次の日は構えや移動方法、その次の日は簡単な技、その次の日からはその基礎を繰り返し学びつつ色々な技を師匠から学んだ。

 

(思ったより楽……かな? 何度か投げ飛ばされたりしたけど、そんなに痛い目には遭ってないよな。武道の特訓って滝に打たれたり木の人形をボコボコ殴ったりするのかと思った)

 

 最初の頃と比べて過酷とは言い難い鍛錬の日々にユウキは拍子抜けしつつ、素直に師匠の鍛錬を受け続けた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 師匠との修行が始まって20日目を過ぎた夜、ユウキは何となく眠れず、寝床にしている道場を出て近くの森に中を散歩していた。

 

(うーん……色々技は教えて貰ったけど、本当に強くなっているのかな?)

 

 ユウキは自分の手を見つめつつ日々鍛えられている自分が本当に強くなっているか疑問を感じていた。

 そして梟と虫の鳴き声が響く森の中を当ても無く歩いていたユウキは、近くで響く豪快な滝の音を聞き取り、その方角に歩みを進める。するとそこで……上半身裸の師匠が川に入って、目の前を流れる大きな滝と対峙していた。

(師匠?)

 

 声を掛けずに草むらから見守るユウキ、すると師匠は両手首を付けて腰を落とし、体を右に大きく捻る。すると両人差し指と薬指をちょっと突き出した形にしている両掌に、膨大なエネルギーが乱気流のようにうねりを上げた。

 

「ほおおおおおお……」

(何をする気なんだろう……?)

 

 瞳を閉じ精神を集中させる師匠、そして勢いよく滝に向かってその風のエネルギーを突き出した。

 風のエネルギー弾はそのまま滝にぶつかり、一時的に流れをせき止め辺りに飛び散った大量の水しぶきが辺りに降り注いだ。

 

(え……え!? 今のは一体!?)

 

 目の前で起こった、まるで漫画の様な非現実的な光景にユウキは驚愕し、その場で尻餅をつく。そして師匠がこっちを振り向いた事に気付き、思わずその場から走り去ろうとした。

 

「みぃ〜たぁ〜なぁ〜!?」

「ぎゃああああ!?」

 

 するとユウキの存在に気付いた(気付いていた?)師匠が、川からバヒュンとものすごい跳躍力で飛び出すと、地面に着地して猛ダッシュしすぐにユウキに追いつき捕まえた。

 

「だははー! 見られちまったからには仕方ねえ!」

「あ、あの……今のがかめはめ波?」

 

 ユウキは混乱する頭を必死に整理しながら、先程師匠が放った技について質問する。

 

「“神突(カミツキ)”の事か、まあそうだな、お前も修業すれば習得できるぞ、20年ぐらい」

「20年……」

 

 ユウキは心の片隅でちょっと使ってみたいと思ったが、習得に20年かかると言われすぐにその想いを消し飛ばした。

 

「い、いやいいです……」

「そっか、まあ使えたら使えたで色々めんどくっせえ事になるしな! んじゃとっとと帰って寝ろ、明日からは技の稽古も混ぜていくぞ」

「は、はい……」

 

 そう言って去って行くユウキ、その彼の後姿を見ながら、師匠はポリポリと頭を掻いた。

 

(普通の人間なら一年で覚えることが出来るがな……いやー、あそこまで才能が無いとは)

 

 師匠がユウキに対して下した評価、それは“覚えが悪い”“武術の才能は無い”“普通以下”だった。

 

(やる気はそれなりにあるのはいいんだが……10教えてようやく1覚える奴なんて初めてだぜ、まあ俺が教えりゃ一か月で喧嘩自慢のチンピラを難なく倒せるようにはなるわな。それ以上は無理っぽいが)

 

 師匠はユウキに対し少し憐れみを感じながら、再び川の中に入り、自身の修業を再開した……。

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 そんな出来事があったにも関わらず修業の日々は続き、ユウキは様々な技を師匠から学び、不器用ながらもそれをモノにしていった。

 

「ここまで出来る様になるなんて……もしかして僕って」

「言っとくがお前は天才だからじゃねえからな? 教えた俺が天才だからそこまで強くなれたんだからな? そこんとこ肝に銘じておけよ?」

「……はぁい」

 

技の稽古中ちょっとした呟きを聞かれて軽く凹むユウキ、そしてその日の修業も終え、ユウキと師匠は正座して対峙する。

 

「心と体の修業を十日、技の修業を三週間、まあここまでやれるようになれば充分だろ。これで修業は終わりだ」

「やっと帰れる……」

 

 こうしてユウキは次の日の早朝、農家のおじいさんから貰ったお土産のスイカを手に、師匠と共に道場を去った。

 

 

 

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☆ ☆ ☆

 

 

 

 ユウキは自宅の前に止まった軽トラックを降り、師匠との別れの挨拶を行っていた。

 

「師匠、あの……色々とありがとうございました」

「技の稽古は欠かすんじゃねえぞ、強くなったら手合せしようぜ」

 

 そう言って師匠はトラックの荷台に乗ったまま去って行き、ユウキは一か月ぶりに自分の家に入って行った。

 

「ただいま……」

「ユウキ!? おかえ……ブッ!?」

 

 すると中からタンクトップの白シャツに青縞のトランクスを履いた、完全にオフモードのユウキの父が現れ、何故かユウキを見て手に持って飲んでいたパック牛乳を鼻から吹き出していた。

 

「ど、どうしたの父さん?」

「お前がどうかしたのか!?」

 

 奥に入り台所に行くと、今度は母親がユウキを見て、呆然となり焼いていた目玉焼きを黒こげにしていた。

 

「ゆ、ユウ!? 何があったの!?」

「母さんまで……僕が一体どうしたのさ!?」

「い、一度お風呂に入りなさい、そして体重計に乗った方がいいわ」

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 三十分後、ユウキは一風呂浴びた後パンツ姿のまま体重計に乗って、目の玉が飛び出しそうになるほど驚いた。

 

「69キロ!?」

 

 夏休み前、修業に行く前のユウキは90近い肥満体系だった、しかしこの一か月で体重は20近く減り、170cm前後の身長を持つ彼にとって理想的な体重になっていた。

 

「こ、これが僕!?」

 

 ユウキは洗面所の鏡に映る自分の姿を見て驚く、一か月前はぶよぶよに肥って弛んでいた自分の体が、一流の水泳選手のような引き締まって美しい肉体に変貌しており、あろうことか腹筋もうっすら割れていた。

 

(そ、そりゃ炎天下であんな重い物を運び続けていればなあ……)

 

 ユウキは自分自身の激的な変化に戸惑いながらも、過酷だった修業の日々を思い出し納得する。

 

「まずは服を何とかしないと、後制服も……」

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 それから一週間後、二学期の始業式が始まったユウキの学校、その教室ではいつもユウキを虐めていた不良三人組が殺気立っていた。

 

「畜生……あの骨折のせいで夏休み棒に振っちまった」

「ぜってに許さねえあの野郎! 夏休みの間見つけられなかったが、ぜって袋叩きにしてやる!」

 

 その時、教室に一人の細身の男子生徒が入ってくる。先に教室に入っていたクラスメイト達はその男子生徒を見てヒソヒソと話を始める。

 

「あれ? あんな人うちのクラスに居たっけ?」

「まさか……望月君!?」

 

 その細身の男子生徒を見て、クラスメイト達はそれがユウキだという事に気付き驚愕する。

 

(とんだ夏休みデビューになっちゃったなぁ……)

 

 ユウキはクラスメイトの視線にオドオドしつつも、カバンの中の教材を自分の机の中に入れる。その時……突然前から不良三人がユウキの机を横に蹴り飛ばした。ガランガランと大きな音の余韻と、驚きで声を失うクラスメイト達の静寂が教室を包む。

 

「オウ負け犬く〜ん? よく俺らの前に顔出せたな?」

「お前のせいで大恥かいたんぜ? どうしてくれるんだ?」

「取り敢えず俺の骨折の治療費と。こいつのクリーニング代払って貰おうか」

 

 堂々としたカツアゲに、ユウキはいつものようにオドオドした様子で答える。

 

「その……お金持ってきていません……」

「学習しねえ奴だな……!」

 

 不良Aが、いつものようにユウキの腹部目掛けてパンチを繰り出す。するとユウキは咄嗟に体を横に向けそれを右手刀で叩き落とした。

 

「!?」

「あ、できた」

 

 修業の日々で身に付けた護身術で、いつもの不良Aの攻撃を捌いたユウキ、すると横にいた不良Bが、ユウキの制服の胸部分を掴んできた。

 

「この野郎! 何をする……!」

(確かこの時は……)

 

 ユウキは師匠との技の稽古を思い出しながら、まずは自分の胸倉を掴む不良Bの手を自分の手で固定し、そのまま左斜め前に一歩移動する。すると不良Bは驚いたまま仰け反る形でバランスを崩した。

 

「うわわわ!?」

(そのままもう片方の手を相手の喉元に入れて、そのまま後ろに転がす。押し出す手の付け根に力を集約してっと)

 

 教わった事を頭の中で復唱しながら、ユウキは胸倉を掴んできた不良Bを、彼等によって蹴り飛ばされた自分の机の所まで吹き飛ばした。

 

「!? !? !!!?」

 

 吹き飛ばされた不良Bは何が起こったか解らず混乱する。すると残った不良Cがユウキの背後から彼の髪の毛に掴み引っ張った。

 

「こいついい加減に……!」

「この場合は……うわーっと」

 

 ユウキはワザと引っ張られ、その勢いを利用して片足を一歩後ろに下げながら右肘を不良Cの顎に叩き込み、そのまま一緒に仰向けに倒れた。

 

「ぐえ!?」

 

 顎に肘を当てられ、後頭部は床にぶつけ、倒れた際にユウキの体重が全身に圧し掛かり不良Cは思わず悲鳴を上げ昏倒する。

 ユウキは師匠から教わった技を使って難なく不良達三人を撃退した。

 

「おい! 何をやっている!」

 

 すると騒ぎを聞きつけた担任の先生が教室に駆け付け、中の様子を見て驚いた。

 

「な、何があったんだ?」

 

 近くにいた女子生徒に質問する担任、すると女子生徒は頭を傾げながら答える。

 

「望月君がそこの三人に絡まれたんですけど……抵抗したらいつの間にか三人とも倒れちゃったんです」

 

 先程までの光景を見ていた生徒達には、ユウキが何気なく抵抗したら偶然が重なって絡んできた三人が勝手に倒れたように見えたのだった。

 

「そ、そうなのか? とにかくお前達、後で職員室で話を聞くからな」

 

 そう言って担任は他の生徒達に片付けを指示し、不良達を保健室に連れて行く。そんな光景を尻目に、ユウキは自分の手をじっと見つめる。

 

(か、勝っちゃった……僕がアイツ等に……)

 

 ユウキは心の中に高揚感を抱きながら、いつ以来かの笑顔を作り手をギュッと握り締めた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 それから数日後、不良三人を撃退したユウキの噂は瞬く間に学校中に広がり、ユウキ自身も不良達に絡まれることは殆どなくなった。

 

「あはは……オドオドしなくて済む学校生活っていいなあ、相変わらずボッチだけど」

 

 そう言ってユウキは昼休みのご飯として買ったメロンパンとコーヒー牛乳を手に、校舎の中庭のベンチでのんびり過ごしていた。

 

「よう、元気でやってるか弟子よ」

「おうわぁ!?」

 

 すると突然背後から、何故か現れた師匠に話し掛けられ、ユウキはベンチから転げ落ちた。

 

「し、師匠!? なんでここにいるんですか!?」

「お前の様子を見に来たんだよ、最近どんな感じー?」

 

 そう言って師匠は干しイカをクッチャクッチャ噛みながら質問する。ユウキは戸惑いながらも、始業式の日の出来事を話した。

 

「という訳なんですよ。これも師匠のおかげです」

「ふーん……まあ50点って所か」

「え?」

 

 師匠の謎の判定に首を傾げるユウキ。

 

「武術家って言うもんはな、余計な争いごとは起こさないのが基本なんだ。そういう事が起こる時点でお前はまだまだ未熟だよ。ちゃんと撃退したのは……まあちょっぴり褒めてやる」

「は、はあ……」

「しかしアイツらクソみたいな性格してそうだしなぁ、仕返しとかされるんじゃねえの?」

 

 師匠にそう言われ、心の中に不安が募るユウキ。そんな彼を見て師匠はだっはっはと笑いながら肩をポンポンと叩いた。

 

「まあそのなんだ……ガンバ!」

「いや、そんな他人事に……」

 

 能天気な師匠を見て、ユウキはただただ溜息をついた……。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 その日の深夜、ユウキを虐めていた不良三人組は、空手の稽古帰りに制服姿でコンビニの前でだべっていた。中では店員が迷惑そうに彼等をチラチラと見ている。

 

「くっそー負け犬の奴変な技使いやがって。あれ確か合気道って奴だよな、あの時のおっさんが教えたのか」

「どうする? あんなに強くなったらもう金巻き上げられねえぞ。手段代えるか?」

「それよりいい金づる見つけたんだよ。今度はそいつから巻き上げようぜ」

 

 その時……コンビニの中から一人の男が、大根や卵の入ったおでんの容器を片手に出てきた。 後ろではコンビニ店員が何か慌てふためいている。

 

「お、お客様! お金は!?」

「ツケだツケ、ようアンタら、面白い話をしているじゃねえか」

「ああん? 何気安く話し掛け……!!?」

 

 不良達はその男の姿を見て驚愕する。その男は身長2m近くある巨漢で、さらに頭には鶏冠と見間違えるような金色のモヒカンが聳え立っていた。

 

「……っぷ」

 

 その巨漢の頭を見て、不良Aが思わず吹き出してしまう。次の瞬間、不良Aは巨漢の張り手によって3m程フッ飛ばされた。

 

「今……俺の頭を見て笑ったかゴラァ!!!」

「お、お前いきなり何しやがる!」

 

 仲間をやられ激昂した不良Bがモヒカン頭に殴り掛かる。しかしモヒカン頭は自分が殴られる前に、ものすごいスピードで張り手を振り降ろし、殴り掛かってきた不良Bの顔面をコンクリートの地面に叩きつけた。

 

「ぼぶっ!?」

「人の超カッケェヘアスタイルをいきなり侮辱しやがって……ん?」

 

 ふと、モヒカン頭は不良達の持ち物であるカバンの中に一本の空手の白帯がはみ出ている事に気付き、そこに縫われている文字を見てある事に気付く。

 

「おめえら“拳獣会”の門下生なのか、かー! あそこもこんな雑魚しか鍛えられないとはねえ! が……そんなお前等をぶちのめした奴に興味はある」

 

 そう言ってモヒカン頭は仲間をやられガタガタ震えている不良Cの方を見た。

 

「おいテメエ、さっき話してた合気道使う奴の所に案内しろ、俺がぶちのめしてやるよ」

 

 

 

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☆ ☆ ☆

 

 

 

 次の日、ユウキはいつものように遅刻ギリギリの時間で学校に登校してきた。

 

(あーあ、いつもアイツらになるべく絡まれないようにギリギリに登校する癖が中々抜けないなぁ)

 

 そんな事を考えながら、ユウキは校門をくぐって校舎の正面玄関に向かう。すると彼は正面玄関に人だかりが出来ている事に気付く。

 

「? 何だろうアレ?」

 

 ユウキがその人だかりに近付くと、その中心にはモヒカン頭の男がボロボロの学ラン姿のまま玄関前で堂々と胡坐をかいて座っており、その横には不良Cがバツが悪そうに縮こまっていた。

 すると騒ぎを聞きつけた教師たちがモヒカン頭の元に集まってくる。

 

「君! ここの生徒じゃないな!? ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!?」

「ウルセエなあ、用が済んだら出て行くからほっといてくれよ」

 

 注意してくる教師達をモヒカン頭は軽くあしらう。その様子を生徒達は校舎に入ることなく見物していた。

 

「玄関前を塞がれては生徒達が教室に入れないんだよ! いいからどきなさい!」

「どかせたいなら力尽くでやってみろよ」

 

 怒る教師達に対し挑発するモヒカン頭、すると……教師たちの間を縫って2m近い身長がある坊主頭の黒ジャージの教師が現れた。

 

「先生方……ここは俺に任せてくれませんかねぇ?」

「おお藤田先生! お願いします!」

 

 その様子を見て、額に※マークがついた金髪頭の男子生徒と、つばの割れた学生帽を被った男子生徒が大声で解説を始める。

 

「あ、アレは柔道部顧問の鬼藤田!」

「現役決闘者で戦績は15勝7敗! 柔道世界大会にも出場したことがある猛者だ!」

「奴のシゴキによって一体どれだけの部員が再起不能にさせられたか……」

 

 やけに説明的な会話をよそに、藤田はモヒカン頭の前に立ち、胸倉を掴んで無理やり立たせた。

 

「おいくそガキィ、大人を舐めるのも大概にしろよ? 俺らが体罰も出来ねえへっぴり腰の教師だと思ったら大違いだぜ?」

「ふーん……」

 

 モヒカン頭は興味なさげに藤田を見る。すると藤田は不意打ちに近い形でモヒカン頭の胸倉を掴んだまま、体を捻って相手を投げようとする。

 

「あ、あれ?」

 

 しかしモヒカン頭は大木のようにビクともせず、藤田は表情を崩して焦りだす。

 

「おいおい、生徒イジメに精を出し過ぎて自分の鍛錬を怠ってんじゃねえの? 俺が……気合い入れてやんよ!」

 

 そう言ってモヒカン頭は強烈な右張り手を藤田の頬に叩き込んだ。

 

「お、おおう……!?」

 

 強烈な攻撃に藤田は脳を揺らされ、目に焦点が合わないままモヒカン頭から手を放しフラフラと後ずさった。

 

「ハッケヨイ……!」

 

 そしてモヒカン頭は腰を落とし右拳を地面に付ける。そしてそのまま藤田目掛けて全体重を掛けた頭突きをぶつけた。

 

「ごふっ!?」

 

 藤田はまるで軽トラックにでも撥ねられたかのように5m近く吹き飛ばされ、近くの草むらの中に頭を突っ込んだ。

 

「うわー!? 藤田先生!」

「保健室!? いや病院だ!」

 

 他の教師たちが慌てて藤田に集まる中、モヒカン頭は平然とその場に座り直した。

 

「決まり手は……押し出しってとこか」

(あ、あの人力士なのか? まるで交通事故じゃないか! こりゃ関わらない方がいいか……)

 

 そう思い立ち、ユウキは別の玄関から校舎に入ろうとする。その時……モヒカン頭が大声で叫んだ。

 

「おらぁ望月ユウキ! とっとと出てこい! 俺と戦え!」

「ぶっ!?」

 

 突然自分が名指しで呼ばれて転びそうになるユウキ。するとモヒカン頭の後ろでオドオドしていた不良Cがユウキを見つけて叫ぶ。

 

「あ! いましたアイツです!」

「げっ!?」

「おお? お前か……なんだぁ? ヒョロヒョロした野郎だな。本当に強いのか?」

 

 ユウキを見つけたモヒカン頭はささっと道をあける生徒達を尻目に彼に近付き、体をじっと舐めるように見る。

 

「いや、あの僕は……」

「まあいいさ、拳獣会の奴等三人も退けたって事はマジで強いんだよな? なら俺と戦ってくれや、この街の強い奴粗方ぶちのめして退屈なんだよ」

 

 そう言って問答無用で構えを取るモヒカン頭、それに対しユウキはどうしていいか解らず助けを求めて周りを見渡す。周りの生徒や教師達は関わり合いたくないと言わんばかりに一斉に一歩後ずさった。

 

(やっぱりだよね……!)

 

 ユウキはいつもと変わらない学校の人間達に失望しつつ、再びモヒカン頭の方を向く。モヒカン頭は準備万端と言わんばかりに戦いが始まるのを待っていた。

 

「さあ早く始めようぜ! 俺を楽しませろよ!」

「ど、どうすればいいんだ……!」

 

 頭の中で現状打破の方法を探るが見つからず、ユウキは半泣きになっていた。

 

「話は聞かせてもらった!」

 

 その時、突然校舎から師匠が黒のスーツ姿のまま窓ガラスをガシャーンと突き破って飛び出してきた。

 

「ひゃわ!? 師匠!? なんて登場の仕方しているんですか!?」

「なんだこのおっさん!?」

「おっさん言うな! まだピッチピチの20代だ! それより弟子よ……中々ユカーイなことになってるな」

 

 モヒカン頭を尻目に師匠はユウキに歩み寄る。一方ユウキははぁっと溜息をついてカクンと頭を垂れる。

 

「全然愉快じゃないですよ……僕一体どうすればいいんですか!?」

「どうすればいいって……戦えばいいんじゃね? その為におめえに色々教えたんだろ」

「いやでも……あんな体格差がある相手に勝てる訳ないじゃないですか! そもそも何で戦わないといけないのか解らないんですけど!?」

 

 尚もごねるユウキ、すると師匠は彼の両肩を勢いよく両手でパンと叩いた。突然の事に心臓が止まる思いで身を縮ませるユウキ。

 

「大丈夫だ、オメーなら負けねえよ、教えた俺が言うんだから間違いねえ」

「で、ですけど僕なんかが……」

「……あのなあ、自分クソ虫ですアピールもいいけどよぉ、おめえは自分の事を信頼しなさすぎだ、確かにお前は才能はない、平均以下だ。ここまで出来ない奴は俺も生まれてこの方出会ったことねえよ」

 

 オブラートを被せない師匠のストレートな物言いに、ユウキは軽く凹みそうになる。しかし師匠はにやりと笑って話を続けた。

 

「だが武道ってもんは身体能力や才能でするもんじゃねえ、心でするもんさ。自分が信じられなくても、誰かが自分を信じてくれるのなら、そいつの為に戦ってもいいんじゃねえの?」

 

 そう言って自分の心臓を人差し指と中指でトントンと突く師匠。

 

「俺はお前を信じてるぞ、何せ俺の修業をやりきったんだからな」

「自分を信じてくれる、誰かの為に……」

 

 その言葉に、ユウキは自分の左胸に手を当てる。その時……放置されて待ちぼうけを喰らったモヒカン頭が怒声を張り上げる。

 

「くぉら! 俺を放置すんじゃねえ! 喧嘩するのかしねえのかどっちなんだ!!?」

「まあまあ、落ち着けよ……“日吉丸”」

「!!?」

 

 師匠に日吉丸と呼ばれ、明らかに動揺するモヒカン頭、すると師匠はスーツからスマートフォンを取り出し、親指で画面を擦りながらあるデータを検索する。

 

「本名速水藤吉郎、元横綱東照丸の息子で小学校時代はわんぱく相撲の全国大会で三年連続優勝を果たした超が付くほどの天才力士、だが最近は表舞台に立たずボクシングジムや空手道場、街の不良共相手に喧嘩三昧、おまけに無銭飲食やら痴漢行為の常習犯、警官ですら止められない……どこの昭和の相撲マンガだオイ」

 

 師匠の指摘に藤吉郎と呼ばれたモヒカン頭はしばらく黙り込んだ後、とても不愉快そうに顔を顰めながら答えた。

 

「……そのわんぱく相撲三連覇っていうのはやめろ、親父の八百長で勝ち取った三連覇なんてクソみたいなもんだ」

「八百長?」

「ああそうさ、最近知ったんだが親父が対戦相手に金を渡して、俺が勝つよう仕向けさせたんだってよ。情けねえなあ……俺は信用されていなかったって訳だ」

 

 自嘲めいた笑みを浮かべながら、藤吉郎は話を続ける。

 

「だから俺は強い奴等を倒して倒して倒しまくって証明してやるんだよ……! そんな姑息な手を使わなくたって、俺はガチで強いんだってなぁ!!」

「それで道場荒らしまがいの事をねえ、ガキだな」

「何ィ!?」

 

 藤吉郎は自分の告白を一蹴され、師匠を睨みつける。しかし師匠は構わず話を続ける。

 

「親父に認められたいからって、なりふり構わず相手をボコボコにして、今こうして大勢に迷惑を掛けている……これがガキと言わずになんと言う?」

 

 そして師匠は、ユウキの後ろに回り、彼の背中をパンと叩く。

 

「そんなお前じゃ、俺の弟子には絶対勝てねえよ。さああの面白ヘッドの猛牛を退治してやれ」

「……」

 

 ユウキは背中を押され、藤吉郎と対峙する。自分より一回り大きい相手に、心の内の恐怖心は拭えていない。しかし……それとは他にある思いが芽生えていた。

 

(誰かに信じてもらうのって……初めてかな)

 

 誰にも期待されない、見下され、自分自身を見下してて生きてきたユウキにとって、家族以外の誰かに信じてもらえるという事にちょっとした喜びを感じていた。そして……それに対し応えたいと思った。

 

「やれるだけやってみます……全力で」

「おうやったれ! 俺が立会人になってやるよ!」

 

 ユウキの静かで力強い答えに師匠は満足そうに笑い、数歩離れてその場で胡坐をかく。すると様子を伺っていた教員たちが師匠の元に駆け付けてきた。

 

「おいアンタ!? 何呑気に座ってんだ!? 早く彼等を止めろ! 中学生の決闘は禁止されているんだぞ!」

「問題ねえよ」

 

 そう言って師匠は一枚のカードをポケットから取出し、それを教員たちに見せる。そのカードに記されているとある紋章と、師匠の顔写真を見た教員たちは驚愕する。

 

「た、立会人ライセンス!? しかもその紋章は……?!」

「今から行われるのは決闘じゃなく演武、俺がお上にそう伝えておいてやるよ」

 

 立会人ライセンス……決闘法施行と同時に配布された、決闘を見届け、勝敗記録を政府に報告する資格であり、公務員や政治家が厳しい審査を受けるか、この国の“一番お偉いお方”からの指名により初めて持つことが出来る資格である。

 

「アンタらは死んでも取りたくない責任を負わなくて済む。だからそこで黙って見てろ」

 

 教員たちを黙らせ、師匠は大勢の生徒達に取り囲まれたユウキと藤吉郎を見る。

 ユウキは落ち着くため呼吸を整え、藤吉郎は来ていた学ランを脱ぎ捨て上半身だけ裸になる。

 

(師匠、すごく偉い人だったんだ)

「あのオッサン立会人資格持ってたのか……これでお墨付きを貰えたな」

 

 ユウキは呼吸を整えつつ、今の状況を冷静に分析していた。

 

(場所は玄関前のコンクリートの上、相手は自分より一回り大きい力士タイプの格闘家……さっき先生を吹き飛ばした体当たりを見る限りパワーも相当な物、多分正面から挑んだら負けるなぁ)

 

 頭の中で自分が吹き飛ばされるシーンを妄想しながら、ユウキは冷や汗をかく。その時……師匠が声を掛けてきた。

 

「安心しろ! もし死んだら俺も腹掻っ捌いてやっから!」

「安心するべきなんですかソレ!?」

 

 思わずツッコミを入れるユウキ、その時……突然辺りにズズンと地面から響くような轟音が鳴り響いた。藤吉郎が四股でコンクリートの地面を右足で踏み締めた音である。

 

「おら、とっとと始めんぞ」

「な、なんて威力……踏まれたら内臓破裂確実だよ……」

 

 そう言いつつ、ユウキは左右の足を前後に開き両手の指先を前面に向けて構える“半身”の状態になる。

 合気道の基本的な構え、その美しい姿勢を見て周りの生徒達は感嘆の溜息をつく。一方対峙していた藤吉郎は一瞬だけ背筋が凍るような感覚に襲われた。

 

(なんだ!? 今……あいつが日本刀を持っていたように見えたぞ!?)

 

 その藤吉郎の心を読んだかのように、師匠が解説を始める。

 

「合気道の構えって言うのは、剣道の構えに似ているからな。本気でやらなねえとマジで叩き切られるぞぉ?」

「やっべえ……燃えてきた」

 

 藤吉郎は心底嬉しそうににやりと笑いながら腰を落とし右拳を地面に付ける。相撲でいう仕切りの状態である。

 両者戦闘態勢に入った所で、師匠は右手を高々と上げる。

 

「んじゃいくぞー……はじめぇっ!」

 

 そして腕が振り降ろされ決闘が始まる。

 

「それじゃ!」

「え!?」

 

その瞬間ユウキはいきなり日吉丸から背を向け全力で駆けだした。

 

「「「逃げたー!?」」」

「だっはっはっは! いいねそうきたか!!」

 

 ユウキの予想外の行動に日吉丸とギャラリー達は驚愕し、師匠は腹を抱えて大爆笑した。

 

「て、てめえ! 散々引っ張ってそりゃねえだろ!?」

 

 日吉丸は全力疾走で自分から逃げるユウキを追いかける。そして二人は近くのグラウンドに移動した。

 

(よし! ここなら……!)

「こんのやろう!!」

 

 突然片足でブレーキをかけ、砂埃を舞わせながら立ち止るユウキに、藤吉郎は強烈な右手の張り手を繰り出す。

 

(相手の攻撃を捌く基本! それは……!)

 

 ユウキはその攻撃を、左斜め一歩前に出て左手で張り手を外側に払う。

 

(引く事でも、進むことでもなく……斜め前に進むこと!)

「いなされた!?」

 

 勢いのある攻撃を外側に逃がされた事により、バランスを崩し転びそうになる藤吉郎。ユウキはそのまま左斜め前に移動し藤吉郎の払った右手の手首を自分の右手で掴み左手を下に添える。そしてそのまま体を、左足を軸に回転させて掴んだ右手を自分の額の所まで持ち上げる。

 

「ふっ!」

「ぬぉあっ!?」

 

ユウキは体の重心を左足から右足に移動させ後方に振り向き、銃身を落とすと同時に掴んだ右手も下に向けて引っ張る。すると藤吉郎はいとも簡単に地面に転がされた。

 

「す、すげえ! あの体格差で相手を倒したぞ!」

 

 周りのギャラリーはユウキの技に歓声を上げる。一方組み伏せられた藤吉郎は強引にユウキの手を振り払い立ち上がろうとする。

 

「こ、この!」

「やばっ」

 

 対してユウキはすかさず右手で藤吉郎の顎を掴み左手で藤吉郎の右手を掴む。ユウキは起き上がろうとする藤吉郎を、顎を掴んだ右手を押し込んで再び仰向けに転ばせる。

 

「や、やろ……!」

「ぬうう!!」

 

 何度も起き上がろうとする藤吉郎を、何度も同じ技で倒させるユウキ、傍目から見たらまるでコメディであり、熱狂渦巻くギャラリーの中から笑い声が上がっていた。

 

「だあああ!! その投げハメやめろや!!」

「うわっと!?」

 

 業を煮やした藤吉郎は寝転がったままユウキの脛目掛けて蹴りを入れる。ユウキはその攻撃を避けようとしてバランスを崩し、後転して藤吉郎から距離を取ってすぐに構え直した。

 

「くっそ、何なんだあの技……! アレが合気道なのか!?」

 

 ユウキにいいようにされイライラし始める藤吉郎、するとグラウンドに移動してきた師匠が煽る様に彼に声を掛ける。

 

「へいへーいどうした? 相撲だったらもう10回ぐらい負けてるし……コンクリートの上だったら一発目で後頭部打ってお陀仏だったぜ?」

「……!」

 

 その時藤吉郎はようやく、ユウキが自分に怪我をさせないようこの柔らかい土のグラウンドに誘い込んできたのだと気付いた。

 

「野郎……余裕のつもりかよ!? もう許さねえ!」

 

 そう言って藤吉郎は再び仕切りの体勢に入る。対してユウキもまた半身の状態で構える。

 

(さっきの体当たりが来る! どうする!? もう一度回り込むか……!)

(もう転ばされねえ……! 横に回り込んでも無理やり捕まえて背骨をへし折ってやる!)

 

 嵐の前の静けさと言わんばかりに、二人は構えたまま相手の出方を伺って動かない。

 

「この勝負……先に動いた方が負ける!」

「それは本当かテリィ!?」

 

 さっきの解説好きそうな二人組が適当な事を叫ぶ中、ユウキはある事を思い付く。

 

(あ、そうだ……この前見た漫画のアレ、やってみよう)

 

 

 静寂の中、ユウキが前に一歩出る事によってそれを打ち消した。

 

「今!!」

 

 すると藤吉郎はものすごい勢いで自分の持つ全質量をぶつけようとする。

 対してユウキはそのまま転ぶように前転し、自分の体を突進して来る藤吉郎の足に引っ掻けた。

 

「なぁ!?」

 

 恐らく相撲はおろか、喧嘩の場でも行われないであろう、地面を転がるという行動に藤吉郎は驚愕しながら顔面を地面に打ち付けながら転倒する。

 

「や、野郎!」

「……!」

 

 起き上がろうとする藤吉郎の背中にユウキはすかさず相手の足側に向けて馬乗りになる。そして右足首を右手で掴んで、足の甲を左手で掴んで蛇口のように横に捻った。

 

「あだだだだだ!?」

 

 足首の関節を捻られ余りの痛さに抵抗するのも忘れて悲鳴を上げる藤吉郎。するとユウキは彼にしか聞こえない小さな声でぼそっと呟いた。

 

「折るよ」

「!!?」

 

 その瞬間、捻られる藤吉郎の足首が50,60、70度と捻られ続け、メキメキと嫌な音をたてはじめる。藤吉郎は脳裏に自分の足首が横に180度捻られるとっても痛い想像をしてしまう。抵抗しようにも片足を極められ背中にユウキの全体重を乗せられ思うようにできない。このままだと再起不能になる怪我を負う。そうなると……藤吉郎がとる行動は一つだった。

 

「ぎ、ギブアップ! ギブアップだぁっ!」

「はいそこまでー」

 

 藤吉郎が降参し、師匠がやれやれといった様子で二人を引き離す。ユウキは興奮気味に息を荒げながら藤吉郎から離れた。

 

「か、勝った……? 勝てた? 僕が……?」

 

 決闘が終わった事に気付き、ユウキは全身から力が抜けるような感覚に襲われ、足をガクガク震わせながら辛うじて立つ。

 

「い、今更になって怖くなってきた……」

 

 一方敗北した藤吉郎は地面に伏せたまま悔しそうに拳をギュッと握り締め、歯をギリリと噛み締めていた。

 

(何も……何も出来なかった……!)

 

終わってみれば相手はおろか自分すら無傷のまま、一方的に攻撃を捌かれ降参した藤吉郎の完全敗北である。するとその様子を見ていた師匠が彼に話し掛ける。

 

「まあお前はマジモンの10年に一人の逸材だろうな、が……才能だけで勝ち抜けるほどこの世界は甘くない。1から鍛え直す事を勧めるぜ」

「……」

 

 すると藤吉郎はすくっと立ち上がり、未だに足を震わせているユウキの元に近寄った。

 

「……望月ユウキ」

「え? あ、はい?」

「ユウキか、次はもっともっと強くなっておめえにリベンジしてやる……! それまで首洗って待ってろ!」

 

 そう言い残し、藤吉郎は悔しさを噛み締めながらユウキの元を去って行った。

 その様子を、師匠は後ろから腕を組んでニヤニヤと眺めていた。

 

「いやあ、強敵と書いて“とも”と読むって奴か……で、どうだった? 自分のすべてを出して得た勝利は?」

「……」

 

 ユウキは呼吸を整えながら、何年ぶりかのさわやかな笑顔を作って答えた。

 

「僕……何をやってもダメだと思ってましたけど、ちょっとだけ自身が付きました」

「だろ? 俺に感謝しろよ。あれだけやりゃもう学校の奴等にもいじめられないだろ。そんじゃ俺用があるからまたな」

 

 そう言って片手を振りながら立ち去って行く師匠の後姿を見て、ユウキは無言のまま、精一杯の感謝の念を込め首を垂れた。そして次の瞬間学校の生徒達がユウキに向けて大きな歓声を向ける。

 

「すげー! あの体格差で勝っちまった!」

「かっこいー! なんて技なのー!?」

「ぜ、是非うちの部に入ってくれー!」

 

 生まれてこの方一度も浴びた事のないような歓声を浴びてオドオドするユウキ。

 こうして学校で一番の惨めないじめられっこの負け犬は、ヒーローのいない学校の唯一のヒーローになった……。

 

 

 

-6ページ-

☆ ☆ ☆

 

 

 

 きっかけは小さな親切。少年がとったその何気ない行動は、彼自身の負け犬の運命を、血に塗れた修羅の道に突き進ませる。

 

 圧倒的な暴力に立ち向かう“武”を振るう、赤くて熱い人間の血が流れる彼等の事を、後の世の人々は血闘者(けっとうしゃ)……Blood Red Fighter’sと呼んだ。

 

 

 

 プロローグ「運命の扉は開かれた 〜Door of Destinies was held〜」

 

 

-7ページ-

 

 あとがき

 

 プロローグはこれにて終了です。長くなったなあ……(汗)

 この作品は以前書いたオリジナル作品のキャラと設定はそのままに、ストーリーや世界観は一から練り直した作品になっています。メインヒロインの出番は大分後にするか、次の話で出しちゃうかは構想中です。

 これからユウキは格ゲー(風の小説)の主人公らしく飛び道具、対空技、連続or突進技の三種の神器+αを覚えつつ強くなって貰います。バキとかケンガンアシュラみたいにリアル志向ではなく、波動拳とか覇王翔吼拳みたいな技がボンボン出て滅茶苦茶強い女子が出たりしますので、これから読む人はその辺を留意してください。

 

説明
※この作品はストリートファイターとかKOF等の格ゲーが好きな人向けのなんちゃって格闘小説です。
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