WakeUp,Girls! 〜ラフカットジュエル〜07 |
白木徹。彼は今をときめく国民的スーパーアイドルグループI−1クラブのゼネラルマネージャーであり、総合プロデューサーでもあり、なおかつ運営会社の社長でもある。I−1に関する総ての権限を握っているのが彼であり、I−1をイチから作り上げたのも彼だ。
白木は都内にあるI−1のレッスンスタジオに、毎月末に必ず顔を出す。もちろん不定期に顔を出すこともあるが、毎月月末には必ずスタジオを訪れるのだ。理由はI−1クラブから脱落する者を自らが指名するためだ。
その日も彼はいつもの月と同じようにスタジオに顔を出した。拡声器片手に彼がスタジオに入ってくると、スタジオ内の全員がレッスンを中断して整列した。ピンと張り詰めた空気がスタジオ内を支配した。みんな白木が何をしに訪れたか理解しているからだ。
「どうもご苦労さまねー。みんなレッスン頑張ってるみたいだねー。キミらは頑張るしかないからね。頑張らない者はいらないからね。だからこれからも頑張り続けてねー」
「ハイッ!!」
白木はグルッと全員の顔を見回してから話を続けた。
「えー、I−1クラブ全国47都道府県ふれ愛プロジェクトも順調に進んでいく中、新たに5月、仙台にシアターをオープンすることが決定しました。こけらおとしのメンバーに選ばれるかどうかはキミたちのこれからの頑張り次第だからね」
「ハイッ!!」
白木が一つ話を終えるたびに、少女たちは大きな声で一糸乱れずハイッと返事をする。それはアイドルという優しく甘い言葉の響きからは全く想像できない、まるで軍隊の様な光景だった。
「それでは最後に今月のお払い箱ちゃんを発表しまーす」
その瞬間、少女たちの顔に緊張が走った。お払い箱とは、つまりクビ。毎月月末に白木がスタジオを必ず訪れるのは、このお払い箱のメンバーを自ら発表するためだ。彼はこの役目を決して他の者に任せようとはしない。何があろうと、どんな用事があろうと必ず自ら発表する。
お払い箱になる人数は毎月違う。新たに加入する新人の人数による部分もあるからだ。ハッキリしているのは白木から見て実力が劣っていると見なされた者が下から順に数人切られるということだけだ。
この日白木は5人の少女にお払い箱を宣告し、来月から来なくていいですと伝えた。そして同時に10人の新人が新たに加入したことを全員に伝えた。
「それではアイドルの心得を全員で唱和して終わりましょう。休まない! 愚痴らない! 考えない!」
「休まない! 愚痴らない! 考えない!」
「いつも感謝!」
「いつも感謝!」
唱和が終わり白木がスタジオを出て行くとクビを通告された少女たちも泣きながらスタジオを後にした。新たに加入した少女たちは期待と不安に覆われた顔でスタジオの隅に固まっていたが、リーダーの近藤麻衣に呼ばれ自己紹介の後メンバーたちから励ましの言葉を貰い、そこで初めてホッとしたような表情を見せた。
スタジオを後にした白木は事務所に戻り社長室へと篭った。数々のトロフィーやプレートや賞状やポスターで飾られたその部屋は彼の唯一の息抜きの場でもある。
彼はデスクに向かい椅子に腰掛け深く背もたれにもたれながら一枚のポスターを見つめた。デスクの正面に一枚だけ特別扱いかのように貼られているそのポスターは、I−1クラブ初のヒット曲である『リトルチャレンジャー』の宣伝用ポスターだ。
「今頃どこで何をしているのか……」
白木はポツリとそう呟いた。彼の視線の先に写っている、センターに立ってニッコリと笑顔を見せている少女の名は島田真夢。彼が初めてこの世に天才というものが存在するのだと実感した少女。
「またどこかでアイドルをしているのか、それとも普通のコとして学生生活を送っているのか」
白木は彼女の行方を知らない。だが、なんとなく彼女はアイドルを続けているような気がしていた。何ら根拠はないし単なる彼自身の願望かもしれないが、彼は真夢がアイドルに復帰しているような気がして仕方がなかった。
ドアをノックする音に気づいた白木は視線を音の鳴る方へ動かした。ドアを開けて入ってきたのは見知った顔の1人の男だった。
早坂相。世界を舞台に活躍する音楽プロデューサーであり、現在はI−1クラブのプロデュースをしている男。I−1クラブがスターダムを駆け上がることができたのは、この男の力による部分も大きかった。
「なにか用かね?」
無表情にそう言う白木に、早坂は首をすくめてみせた。
「何か用かとは随分とご挨拶だねぇ。頼まれていた新曲を持ってきたっていうのに」
早坂はそう言うと、白木に新曲のデモが入ったCDを見せた。
「ふむ」
新曲を聴き終わった後も白木は無言だった。しばらく考え込んだ後、彼はおもむろに口を開いた。
「早坂くん、以前に比べると今回の曲はレベルが落ちているんじゃないのかね?」
今回の曲が気に入らないと言うのか? 早坂は表情を曇らせた。
「おや? お気に召さないかい? 自分では中々の出来だと思ってるんだけどね」
「出来が悪いとは言っていないよ。ただ、何と言うかな、気持ちが入っていないというか、そんな気がしたものでね。何か理由でもあるのかね?」
「気持ちが入ってないとは心外だね。ボクはいつも、どの曲も全精力を込めて作っているよ?」
そう言いつつも早坂には内心思い当たるフシがあった。白木はそれ以上深く追求はしなかった。
「まあいいがね。これでも充分な出来だとは思うが、キミならもっとレベルの高い曲を作れると思っているものでね」
早坂は今度は一瞬ムッとした表情を見せたが何も言い返さず、白木は言葉を続けた。
「ただ、これが続くようならプロデュースを他の人間に頼むことも視野に入れないといけなくなるかもしれないな」
遠まわしに言っているが、要するに良い曲を提供できないなら何時でもクビにするぞという事だ。白木にとって有名で有るとか無いとかは関係ない。彼の価値観はI−1クラブにとって有益か無益か、それだけだ。
どれほど著名な人物であろうが、I−1に貢献できないのならば別の人間を起用するだけの話。さらに言えば今まで貢献していたからといって今後の起用を約束されるわけでもない。貢献し続けなければ替えられるだけだ。情け容赦のないやり方ではあるが、だがその冷徹なまでのやり方がI−1をここまでのグループに育て上げたのも事実だった。
「おー、怖い怖い。ボクの首を切るつもりかい? あの島田真夢みたいに」
早坂が顎でポスターを指し示しながら皮肉っぽく放ったその一言に、白木は一瞬だけこめかみをピクリと動かした。だが表情にはおくびにも出さず平静な姿勢を取り続けた。
「ボクも一度は見てみたかったよ。白木さんがそこまで拘る島田真夢ってコをね」
「私は別に拘ってなどいないよ。彼女がセンターだったのはもう既に過去の話だ。今のI−1のセンターは岩崎志保だよ。それを忘れてもらっては困るね」
「忘れちゃいないよ。ただ、そう言う割には未だに大切そうに彼女がセンターだった時のポスターを貼ってるよね? だから何か特別な意味でもあるのかと思っただけさ」
白木は相変わらず表情を変えない。まるで仮面でもかぶっているかの様に全く変えない。
「それはI−1クラブの記念すべき初ヒット曲だからね。総てはそこから始まったんだ。記念碑的な意味合いで貼っているだけで他意は無いよ」
白木がそう言うと早坂は、ふっ、と笑って席を立った。
「まあ、次は白木さんを唸らせる曲を持ってくるとしますよ」
そう言って早坂が部屋を出て行った後、白木はまた無言で壁のポスターを見つめた。他意は無いと早坂には言ったが、それはウソではないが総てでもない。記念碑的な意味合いで貼ってあるのは事実だが、それだけが理由ではない。
「これは戒め、なんだよ。早坂くん」
他に誰もいなくなった部屋の中で白木は独り言を呟いた。誰に対しての、何に対しての戒めなのか。それを白木が他言したことはない。彼がその本心を他人に総て明かすことは決してない。
部屋を出た早坂は、怖いおじさんだよ全く、と小さな声で吐き捨てた。それは白木に曲のレベルが落ちているのではないかと指摘されたことを指している。
実は早坂は最近少々I−1に対して情熱が冷めつつあった。関わって既に2年以上が経ち、最早I−1クラブは国内に並び立つ者がないほど強大かつ巨大なグループとなってしまっていた。
「もう面白くないんだよね」
それが早坂の本音だった。飽きてきたとも言えるだろう。ピークに到達してしまってこれ以上は望めないところまで到達してしまった、早坂の眼にI−1はそう映っていた。
彼は元々これから伸びていく才能を見つけて育てていくことに楽しみを覚えるタイプなので、ピークに達した人間には途端に関心を失ってしまう。だからもっと新鮮でこれから大きく伸びる可能性を秘めた人間はいないものかと考え始めていた。いるならばその人間をプロデュースしたいと考えていた。それが今回のI−1の新曲にイマイチ熱が入らなかった理由なのだが、それを白木は新曲を1回聴いただけで言及したのだ。
もちろんいい加減に曲を作ったわけではない。決して非難されるような出来ではないと早坂自身は思っている。だが白木は今までと比べて気持ちが入っていないのではないかと指摘し、熱意が冷めているのではないかと遠まわしに言及した。恐ろしいほどの洞察力と早坂が舌を巻くのも道理だ。
(島田真夢か……)
早坂が関わり始めた時、真夢は既にI−1を辞めた後だった。未だに芸能関係者の間で名前が出る、当時を知っている誰もがあのコは特別だったと口を揃える伝説級のアイドル島田真夢。彼女は一体どれほどのモノだったのか。
早坂は映像でしか見たことがないが、映像と実際に目で見て耳で聞くのとでは違うし、もちろんライブとスタジオ収録でも全く違ってくる。音楽プロデューサーとして個人的に彼女の本当の姿には強い関心を持っていた。彼女の過去映像を見ていて、何事もなければ更に大きく伸びていただろうと早坂には思えたのだ。
今どこにいるかも何をしているかもわからないが、可能ならば是非一度実際に真夢のステージを見てみたい。出来ることなら自分でプロデュースしてみたいと本気で思っていた。もちろんそれは彼女が昔のままであればだが。
ウェイクアップガールズは着々と足元を固めつつあった。社長の狙い通りやはり島田真夢の知名度は今もって高く、事務所には次々と仕事のオファーが舞い込み始めた。あの島田真夢が居るのなら話題性もあるし集客力も高いだろうと見込まれた結果だ。
オファーを出した側がある種の期待をしていたのは否めないが、社長がそれに応えることは決してなかった。それでも結果的に仕事が成功すれば何も問題ないわけで、そうやって彼女たちは真夢の過去の話題ナシで一つ一つ仕事をこなしていき、リピーターを増やしていった。
もちろんどれもこれも地元仙台の仕事であるうえに単発のものだったが、駆け出しの無名アイドルユニットとしては破格のスタートとも言える仕事量ではあった。ウェイクアップガールズのメンバーは改めて島田真夢という人物の存在感に舌を巻いた。だが唯一人、七瀬佳乃だけは内心忸怩たる思いを抱えていた。
佳乃は東北エリアでは著名で売れっ子のモデルからウェイクアップガールズに転身した。普通のローカルアイドルユニットならば佳乃のネームバリューで充分及第点以上の話題性と集客力を得られていただろう。もし真夢がいなければ、佳乃が加入しているという話題だけである程度の仕事は得られていたはずなのだ。それぐらいのポテンシャルは七瀬佳乃も持っている。
だが現実にはスポットを浴びるのは真夢ばかりで、佳乃の存在は影に隠れがちだった。それは仕方ないことではあるが、メンバーの中でもプロ意識が高く、なおかつ他人に負けることに対してトラウマを抱えている佳乃にとって現状は決して満足できるものではなかった。
自分だって……という思いを心の奥底に秘めながら、それを表には出すことなく彼女はウェイクアップガールズのリーダーとして日々の活動にいそしんでいた。
「みんな! 新しい仕事よ!」
ある日社長はそう言って皆の居るテーブルの上に企画書を置いた。
「地域情報番組4時ですよーんだ? なんすか、これ?」
松田が企画書の表紙を読んで社長に尋ねた。
「バカね、見ればわかるでしょ? テレビよテレビ! テレビのレギュラーよ! って言っても番組内の小さなワンコーナーを担当するだけだけどね」
(テレビ? いま社長はテレビって言ったよな?)
松田は改めて企画書の表紙を見た。表紙にはしっかりと仙台テレビと書き込まれていた。それは地元仙台のテレビ局の名前だ。
「はぁぁぁぁ!?」
社長の言っていることがようやく飲み込めた松田は、あまりの驚きに大声で叫んだ。間違いなくこれはテレビ局の企画書だ。いくら地方のテレビ局とはいえ、たとえそれが番組内のワンコーナーだとはいえ、実質デビューしたばかりのローカルアイドルユニットが担当する仕事としては有り得ない。
(これも島田真夢効果? それとも社長の営業力が凄いのか?)
松田は改めて丹下社長は一体何者なのかと考え込んだ。この人本当は物凄い優秀な人なんじゃないかと、少し社長を見る眼が変わった気がした。
「アナタたちが担当するのは月曜から金曜まで毎日5分間の天気予報コーナーよ。二つの班に分かれて1日交代で担当するの。コーナーの名前は『アニマル天気予報』よ」
「アニマル天気予報? なんですか、それ?」
「各自動物の着ぐるみを着て天気予報をするの。斬新でしょ? ウケるわよー、これ」
「……それって、顔、見えなくないですか?」
「大丈夫よ。ちょっと隠れはするけど、ちゃんと誰が誰だかわかるようなデザインにはなってるから」
社長はその場でメンバーを、真夢・菜々美・実波の班と佳乃・夏夜・未夕・藍里の班とに分けた。すぐにそれぞれの担当する着ぐるみも、佳乃がクマ、実波がトラ、藍里がサメ、未夕がワシ、菜々美がオオカミ、夏夜がワニ、真夢がライオンと決められた。各自がその動物の着ぐるみを着るのだ。
最初はこんなのウケるのかな? と半信半疑で企画に否定的な彼女たちだったが、それは大きな間違いだとすぐにわかった。彼女たちのコーナーが番組内で始まるやいなや、たちまち大きな反響がテレビ局に返ってきたのだ。
着ぐるみというものは、造形と相まってそれだけで不思議と可愛らしく見える。動きがユーモラスなこともあり、見ているだけで何とも癒される気持ちになるのが着ぐるみというものだ。それを若くて可愛らしい少女たちが着て天気予報をするのだ、単純な見た目だけでなく仕草から何から何をやっても可愛らしく見える。破壊力抜群というヤツだ。
クチコミやネットで「あのコーナーに出ているコたちは誰だ?」とすぐに話題になり、局にファンレターが次々届くようになり、1ヶ月もすると彼女たちのコーナーは1日1回から2回へと増えた。それだけでなく番組内のグルメコーナーのレポートまで任されるようになった。
「ミニライブ?」
社長は松田からの報告にそう聞き返した。
「ええ、そうなんですよ。3月23日に仙台テレビ主催の感謝祭イベントがあるんですけど、そこでミニライブをやらないかって言われたんですよ。天気予報もグルメレポートも好評みたいなんで、まあご褒美みたいなニュアンスでしたけど」
「ご褒美でも何でもライブが出来るのはありがたいわね。やっぱりあのコたちはアイドルなんだからステージでこそ輝いて欲しいし、ステージでのあのコたちをお客さんに一番見て欲しいものね」
「じゃあこの話、受けちゃっていいですね?」
「モチのロンよ。これからもライブの話があったらバンバン受けちゃっていいわよ」
久しぶりにライブができるとあって、この話を聞いた少女たちはテンションがうなぎ上りに上がった。レッスンにも今まで以上に熱が入るようになった。どの仕事も楽しいが、やはり一番はステージに立って歌い踊ること、それがあってこそアイドルなのだから。
仕事が右肩上がりに増えてゆくウェイクアップガールズは、さらに3月に入るや社長が今度はラジオの仕事を取ってきた。これも月曜から金曜までの1日5分だが、番組タイトルにウェイクアップガールズの名前が付いているれっきとした冠番組だった。
短い時間にもかかわらずこのラジオ番組も素の彼女たちのトークが聞けると好評で、ウェイクアップガールズの名前は猛スピードで世間に知れ渡っていった。
(順調過ぎて怖いくらいだな。下積みらしいこともロクにしてないのに、こんなに仕事が入ってきていいのかな)
松田がそう不安を覚えるほどウェイクアップガールズの露出度は飛躍的に増えていたが、同時に今まで表面に現れていなかった問題が、実は彼らの知らないところで知らないうちに噴出しつつあった。そして残念ながらグリーンリーヴスの人間でそれに気づいている者は、まだ誰もいなかった。
説明 | ||
TV編の第2回、第7話になります。TVシリーズでは2話から3話あたりになります。公式の小説が発売されましたが、こちらはあくまで非公式の二次創作として自分なりのものとしていくつもりです。各キャラのイメージも極力損なわないようにしているつもりですが、あくまで私の認識ですので皆さんのイメージと違っていたらゴメンナサイ。 | ||
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