双子物語54話
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双子物語54話

 

【叶】

 

 柔道部の部活を少し早めに切り上げてから急いで生徒会室に歩を進める。

その間にも汗がたらたらと頭から垂れてくる。それをハンカチで拭いながら

部屋の前までたどり着く。

 

 呼吸を整えて静かにドアを開ける。

その先には麗しい雪乃先輩がいるのを想像しながら高まる胸を抑えながら。

そういう気持ちで入ったのに中には瀬南先輩の姿しか見当たらず、がっかり。

 

「そんなあからさまにがっかりせんといてな」

 

 苦笑いをしながら私を迎えた先輩。私はその場で思わず表情を隠すように

手を当てていた。見られていた時点で既に手遅れだったのだけど。

 

「すみません!」

「ええよ、ええよ。目当てはわかっとるし」

 

「あの、雪乃先輩は?」

「新しく入った後輩ちゃんと他の面子揃えて案内や説明を兼ねて

学園内まわっとるよ」

 

「…」

「もしかして、その話が耳に入ってこなくてショックだった?」

 

「そ、そんなことないですよ」

 

 へらへらしていながらも人の気持ちを察する能力たるや恐るべし。

私が先輩を見ながら怯えた素振りをしていたのか、優しい口調で私に問いかけてきた。

 

「一年間がんばってた叶ちゃんにはわかることばかりやし、特に伝えることはなかったん

ちゃうかな。部活の方を優先して欲しいって雪乃ちゃん言ってたしな」

 

「先輩が…」

「ん、まぁ。それと叶ちゃんの気持ちは別やから。追いたければ追ってええし、

ここで静かに待っててもかまへんよ」

「ぐぬぬ…」

 

 私の一直線に向かう性格を知っていてわざわざそういうこと言うのだから困る。

 

「行きます!」

 

 声力強く発して私は瀬南先輩に背を向けて早く、だけど決して走らず

雪乃先輩の姿を探すことにした。

 

 今の私には先輩の傍にいるのが一番大事なことだったから。

他の人の言葉はあまり頭に入ってこないのが正直なところだった。

 

 今年から毎日同じ部屋にいるのにも関わらず、貪欲なほどに傍にいたい。

ずっといたい。そんな気持ちになってしまうから。

今はそのことが後に何の問題が起こるか私自身何も感じてすらいなかった。

 

「はぁ…はぁ…いた…」

 

 おそらく運動系の部活辺りにいるんじゃないかと、狙いをつけて向かう。

途中から先生があまり通らない通りを小走りから走りに変えてようやく後姿を

確認することができた。

 

 声をかけようとすると先輩たちが入った先は剣道部。色々と雪乃先輩に関して厳しい

態度をする部長がいるんだった。思わず勢いに乗っていた足がその場で止まってしまう。

 

 相手が苦手なのもそうだけど、タイミング的に後からは入りにくいという気分だ。

剣道部活動場所の入り口付近の壁に背をもたれて、待つことしかできなかった。

不甲斐ない…。先輩のために何かしたかったのに…そんな気持ちがして胸がもやもや

していた。

 

 でも思えばそんな気まずいのを振り切って先輩の元へ向かえばよかった。

そう思ったのは先輩たちが出てきて私と視線を合わせた後だった。

 

「来てくれてたんだ」

 

 お世辞にも表情は豊かとは言えないが、優しい眼差しで私を見る雪乃先輩を見ると

落ち着かなかった気持ちが徐々に落ち着きを取り戻していくのを感じていた。

 

 どんなに不安になったとしても先輩と一緒にいられれば大丈夫だと芯から思える。

一分一秒でも一緒にいたい。先輩は…そういう気持ちにはならないのだろうか。

この感覚は私にしかないものなのだろうか。

 

 そういう別の不安が生まれてきそうだ。

 

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 日が傾き始めて、生徒会のメンバーはそれぞれ解散してから私と雪乃先輩は二人で

手を繋ぎながら帰路についていた。目指す先は学園寮である。

 

 学園から少し離れた場所だけど、学園の土地内にあるので暗くなっても治安に関しては

安心できる。

 

「さっきは何があったんです?」

 

 私の質問に最初意味がわからなかったのか首を傾げる素振りを見せるがすぐに

何のことだか見当がついたみたいで。

 

「剣道部の?」

「はい…」

 

 外灯でわずかな光に照らされながらゆっくり歩いて話をする。

いつもの景色がいつもとは違っていて、幻想的な雰囲気すら感じる。

 

「揉め事とかではないんだけど、行事のことや予算のことで噛み合わなくてね」

「そうですか…」

 

 私にはやることが他にもあって、雑用くらいしか手伝えることがない。

仕事をしている間、傍にいるくらいしかできなくて悔しい思いをしていたけど。

 

「叶ちゃんが傍にいてくれるとホッとするわ」

「ほんとですか!?」

 

 先輩の気の利いた言葉かもしれないけれど、情けなくて落ち込みそうな気持ちに

なりそうな私を奮い立たせてくれる。がんばろうって思える。

 

「だからこれまでのようにできる限り手伝ってもらえる?」

「はい!」

 

 言われる前から何があっても生徒会を優先するくらいの気持ちでいた。

生徒会に入らせてもらえないのはきっと何かが足りないせいだろうと自分で勝手に

思い込んでいた。自分が考えてやっていることは間違いでないと…。

そう思っていたかったのかも。

 

 部屋に戻ってから夕食、入浴、眠るまでの間。

先輩と一緒に楽しく過ごして、寝巻きに着替えた私はもうすぐ寝ようとしていた

先輩に声をかけた。

 

「先輩、私はこれからどうしたらいいでしょう。何か手伝えることがあれば」

「あまり口出しはしたくないのだけど」

 

「そこを何とか!」

「そうねぇ…」

 

 手を頬に当てて少し考えた後、先輩は私の手を握って優しく答えた。

 

「貴女が大事だと思っているものを優先するといいわ。

初心に戻って道を見つめなおしなさい」

 

「はい…」

 

 やはりそういうことなのだろうか。私が大事なのは先輩のこと。

先輩のためになるのなら、どんな苦労だって乗り越えてみせる。

だけど…初心って…?

 

 私の中で違和感が残ったまま眠りに就く。

その意味はもっと後の方で明らかになり、今の私には気づきようがなかったのだ。

 

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【雪乃】

 

 生徒会長に就任してから大体の人たちから支持されているのだけれど、

一部の生徒からは良く思われていない。

 体を大きく動かせない私を怠けているように見られるからかも。

身近にいる人は私の体調のことを重々承知しているから快く変わりに動いてくれる。

だが普通に考えてその認識を全員に理解してもらえるとは思ってはいない。

 

「ふぅ…」

「お疲れ様、雪乃」

 

「楓…」

 

 与えられた仕事をこなすと私の肩をぽんと軽く叩いてから、肩を揉む動作に入る。

同じくらい。いや、それ以上の仕事をしているのに申し訳ない気持ちになる。

 

「私にはちょっと荷が重いかな…」

「ん?」

 

 私の言葉に大丈夫よ〜って気楽な返事が戻ってきて少し気が抜けてしまう。

まぁ、張り詰めたような言葉で言われるよりはマシかもしれないが。

 静かな部屋で楓と二人きりでいるのは久しぶりだった。

シンッした中でグラウンドから微かに聞こえる掛け声や少し離れた音楽部室棟から

流れてくる音に目を瞑り拾っていく。

 

「がんばってるね」

「そうね」

 

 浸るような気持ちで呟くと、楓は嬉しそうに微笑んだ。

 

「同じくらい雪乃も今がんばってるよ」

「そうかな…」

 

「今はみんな頼りにしっぱなしだった会長がいなくなったから受け入れづらいだけ。

その内、雪乃の良さにみんな気づくわ」

「私の良さって一体…」

 

「…ふふ。誰もが自分のことになると気づかないのよね」

「?」

 

「なんでもないわ」

「何かはぐらかされてる気がするんだけど」

 

「まぁまぁ。ともかく雪乃はやれることを一生懸命してくれればいいわ。

私たちもできるだけフォローするから」

「それもそうよね…。わかった、がんばる」

 

 一生懸命にしている生徒たちのためにも私たちも同じくらい努力しなくちゃいけない。

表舞台で輝けるためにはどんな仕事でも裏方でもする覚悟はある。

今座ってる椅子に負けないようにしなくては。決意を再び強く持っていると。

 

「とりあえず本日のノルマは終わったことだし、帰りましょうか」

「そうね…」

 

 やっぱり疲れてるのか、帰るとなると一気にだるさが襲ってくる。

集中しているときは感じないのだが…。

 

「それにほら、彼女さんお待ちだし」

「あ、叶ちゃん」

 

 何だか入りづらそうにしていたから、手招きして呼び寄せた。

立ち上がり、向かってくる背の低い彼女を抱きしめるとちょうどいい柔らかさと

匂いが私の疲れを取ってくれるような感じがした。

 

「お疲れ様です」

「うん」

 

 出る間際、運動部の方を回っていた裏胡が帰ってきて。荷物をさっさと取ると

みんなで生徒会室を出る。楓と裏胡は自宅からの通学なので昇降口を出たらそこでお別れ。

 私と叶ちゃんは寮暮らしだから、寮へ向かってゆっくりと歩を進めていく。

日が落ち始めて暗くなってきて、ふと楓が茶化すように言ったのを思い出す。

 

『せっかく恋人同士になってるんだから、恋人繋ぎでもしたらどう?』

 

 そう言って私の手と楓の手を絡ませて微笑んでいた。あまりスキンシップ慣れ

していないから不思議な感覚でドキドキしてしまう。恥ずかしいのそれに近い感じだ。

 

『あ、雪乃。顔赤くなってるんだ〜。かわいい』

『ちょっと、からかわないでよ!』

 

『うふふ』

 

 そんなことがあったからいざ意識すると抵抗が出てきてしまう。

いや、なるようになれって気持ちで私は思い切って隣で今日あったことを話している

叶ちゃんの手を握ると。

 

「ひゃっ…!?」

「えっと…」

 

「先輩?」

「嫌なら嫌って言って…。すぐ止めるから」

 

「い、いいえ!嫌だなんてとんでもない!」

 

 顔が火照ってしまうようだ。楓の時とは全然違う。ドキドキして落ち着かないけど、

どこか暖かい気持ちになる。癖になってしまうそう。

 

 こんな気持ち抱くのは私だけだろうか。それとも叶ちゃんも…。

暗くて外灯が点く少し前のこの時間帯。彼女の顔を見て確認することはできなかった。

貴女は今どんな顔をしているのだろう。

 

 私と同じ気持ちでいてくれることを想いながら歩を再び進め始めた。

甘い気持ちが胸から溢れるような感じで少し苦しくて、けど幸せな気持ちにさせてくれて

とても愛おしい。

 

 

「ただいま戻りました」

「はい、おかえり〜」

 

 入り口近くで寮長さんがお出迎えしてくれる。その時には私たちは手を離していくも

私たちのことを察しているのか、寮長さんは笑みを浮かべながら私たちを見送ってくれた。

その後に寮長さんも入って鍵を閉めた。どうやら最後は私たちのようだった。

 

 時間が遅いのに気を遣ってくれてありがたかった。

その気持ちを表情に出して軽くお辞儀をすると私たちは部屋へと戻っていった。

 少し部屋でくつろいでいるとすぐに食事の時間になる。

疲れているからか、サラダとか新鮮なものを食べると体にしみこんでいくような

気持ちになって心地良かった。

 

 お風呂も一人でゆっくり浸かって体の疲れを取ってベッドに入った。

寝る少し前に叶ちゃんと視線が合って、こういう形の幸せな気持ちっていうのは

久しぶりだなって思えた。

 

 心を許せる相手と一緒にいるのって彩菜が傍にいたとき以来かな…。

叶ちゃんもまた別の意味で一緒にいると安心できる。

 

「おやすみ」

 

 誰からともなくそう言って目を瞑り眠りに就いた。

大変だけどやりがいがあって、傍には私を癒してくれる人がいて。

そういう幸せが少しでも長く続けばいいと思いながら深く眠りに就いた。

夢を見ることもないくらいに深く寝付いた。

 

説明
雪乃編。
いきなりの会長職に就かせられながら周りの協力のおかげで
やっていけてる雪乃。傍にいるできたばかりの彼女はオアシスのような
存在でとても大切なのだけど。
徐々に二人の中で重要な部分がすれ違っていっていることに
気付きはしなかった。
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オリジナル 百合 双子物語 妹編 

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