インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#119 |
その日、『更識の島』は喧騒に包まれていた。
続々と港へやって来る大小さまざまな((貨客船|フェリー))が島に逗留していたIS学園の生徒たちを祖国へ、各々の家へと帰すべく本土へ運んで行く。
引率の教師を含めた((ほ|・))((ぼ|・))((全|・))((員|・))、総計千に及ばんという数の大移動。
否応なく『これから起こるひと悶着』がただ事ではないことを理解させられ、幾度もその手のことに巻き込まれてきた学園の生徒たちはただ黙々と指示に従うためさして混乱は起こらない。
それでも昼ごろから始められた輸送は夜になってようやく、最終便を迎えていた。
港の探照灯に見送られながら離岸してゆくフェリー。
少しずつ遠のいて行く島を楯無は複雑な思いで眺めていた。
あの島には、祖母が、かつての部下であり顔なじみである人々が、恩師が、友人たちが、そして己と引き換えにすることも厭わないほど大切な妹が残っている。
『((生徒会長|がくえんさいきょう))』の名が今は恨めしい。
――最強であってもできないことばかりなのだ。
楯無の専用機である『ミステリアス・レイディ』は手元に無く、そもそもで先日の一件以来は半ば寝たきりに近い生活を送っていた。
怪我は無くとも本調子ではないことも分かっている。
判っていても、楯無は納得できずに居た。
そんな楯無の心情を察してか、船の展望デッキに他の人の姿は無い。
だんだんと小さく、点になってゆく港の明かり。
自分の無力さに手すりを掴む手に力が入る。
思わず出そうになる悪態をぐっと飲み込み―――唐突にかけられた声に咽そうになった。
「―――更識、月櫛ちゃんだね?」
楯無は驚くしかなかった。
本名を知っていることにも、話しかけられるまで気付くことができなかったことも。
――『月櫛ちゃん』と呼ばれて懐かしさを感じたことにも。
「あなた、何者?」
半ば『そうだ』と応えてしまっていることに内心で舌打ちをしながら周囲を改めて確認する。
声をかけてきたのは、どこにでも居そうな青年。
展望デッキの入り口は青年の背中の後ろにあり、楯無の背には手すりを挟んで一階層下のデッキがある。
逃げ場はあると言えばあるが、相手が逃がしてくれるかどうか…
身に着けている盗聴器を使って虚が事態を察知して駆けつけてくれるまでの間、時間を稼ぐほうが建設的か?
などと考えをめぐらせている楯無であったが、青年が取り出したものに思案していた全てが吹き飛んでしまった。
「そうだね…今は運び屋、かな?」
その青年の手にあるのは、((水色に輝く六面体結晶|ミステリアス・レイディのコア))。
「ッ!」
それはいまや亡国機業の手に落ちているとばかり思っていた相棒。
「修理は、おそらく完璧なハズだよ。あとはキミが搭乗して最終調整するだけの状態だ。」
「――何が、目的なの?」
『更識』と敵対するつもりならば修理などしないだろうし、奪われる危険を冒してまで目の前に持ってくる必要も無い。
「これを返す前に、一つ聞いておきたいけど、いいかな?」
楯無は黙って頷き先を促す。
「これを手にしたら、キミはこの後に待っている戦いに身を投じることになる。―それでも…」
「愚問ね。」
警戒を解かないが楯無はその青年の下に歩み寄り、差し出されたミステリアス・レイディを受け取る。
瞬間的にほとばしる閃光。
握り締めた結晶が光の粒子となって楯無に取り込まれて行く。
展開された空間投射ディスプレイにはステータスチェックが行われている様子が次々と表示されては流れて行く。
時間にしてわずか数秒。
全ての空間投射ディスプレイが役割を終えたといわんばかりに消えると楯無の右手が装甲に覆われる。
「私はIS学園の生徒会長、更識楯無よ。逃げるわけ、無いでしょう。」
好戦的な笑みを浮かべながら続いて展開されたランスを青年に突きつける。
「それでこそ、だね。…さて。」
「お嬢様!」
青年が少しばかり右によけるとドアが弾けとびそうに思えるほどの勢いで開き虚が飛び込んでくる。
「虚!」
「――」
虚は、状況を飲み込めなかった。
何故にミステリアス・レイディを楯無が纏っているのか。
何故に青年にランスを突きつけているのか。
何故に――
「揃ったようだし、そろそろ行くとしようか。」
青年がランスに触れると、ランスは光の粒子となって虚空へと消えて行く。
続いて消えるのはミステリアス・レイディの腕。
「ッ!?」
ISを強制解除されたと判り、二人の目が丸くなる。
エネルギー切れ以外に強制解除されるなど聞いたことも無い。
「しっかりと、掴っているんだよ?」
いつの間にか握られた手。
どこか不自然さのある、冷たい手の持ち主はそのまま手すりに足をかけてよじ登る。
「まさかッ!?」
「海へ!?」
「せぇのッ!」
海へと身を投げる青年に、手をつないでいた楯無と虚も引っ張られる。
体をこわばらせ、着水の瞬間に備える。
だが、いつまでたっても着水する音も冷たい水に触れる感触も訪れなかった。
* * *
[side:ラウラ]
最終便をかげながら見送った我々は、入れ違いになってやってくる『とっておき』を迎えるために港に集まっていた。
いつもならば哨戒や警備に借り出される我々も、今回は地上待機だった。
警備を担当するのはレドームを備えた電子戦装備の教員機。
確かに、専用の装備があるほうが哨戒や索敵には向いているだろう。
あまり明かりのない、薄暗い港への入港を管制するためにも。
――時刻にして夜の二十二時。
最終便の((貨客船|フェリー))はもう向こう側の港に到着しているころだろうか。
出会って半年も経っていないがかけがえの無いものとなりつつある級友たちを案じていると、闇の中から腹に響く汽笛と水面を蹴立てる白波の音が聞こえてくる。
不意に、港を照らす照明が灯された。
煌々と照らされる港に一隻の大型輸送艦が入港してくる。
舫がつながれ、投錨される。
必要最低限の明かりのみを残して消灯されたのと、タラップが降りてきたのはほぼ同時であった。
薄暗闇の向こう側から、整然とした足音が聞こえてくる。
聞き覚えのある、まるで軍人の集団のような足音の立て方だ。
かつかつと、ブーツが金属製のタラップを叩く音。
降りてきた一団に、私は言葉を喪った。
セシリアやシャルロットも同じ様子なのは無理も無いだろう。
「IS学園の非常時指揮権を預かっています、山田です。お待ちしておりました。」
「国連軍、特別派遣隊を預かっている、鈴代です。出迎え、感謝します。」
片や深めの礼、片や敬礼。
背後にいる一団も一斉に敬礼を送ってくる。
――その全員が六面体結晶の埋め込まれた((認識票|ドッグタグ))を首から提げている。
それだけで、この集団の正体がわかった。
否、部隊を率いる人物が鈴代と名乗った時点でほぼ確信していた。
――この集団は、全員が腕利きのIS乗りだ。
それも、各国で特殊部隊と呼ばれる類の部隊に所属する、腕利きの上澄みともいえる存在たち。
隣に倣って礼を返し、解くと山田先生は相手方の最上位者らしき女性と笑いあっていた。
「お久しぶりです、教官。」
「あなたも、元気そうね。」
「おかげさまで。――とりあえずは((駐機場|ハンガー))ですか?」
「そうね。積もる話はその後にするとしましょう。」
「では、みなさん。誘導をお願いします。」
「各員、指示に従って行動をとるように。」
山田先生の指示が飛び、我々も動き出す。
私の役割は、目の前に居る『眼帯黒軍服の集団』を割り当てたハンガーに案内することだ。
「それでは、案内をさせていただくIS学園一年一組のラウラ・ボーデヴィッヒです。よろしくお願いします。」
久々に使うドイツ語で話しかけ、他人行儀なくらいの深々とした礼をする。
「―――なんてな。」
目の前にいる、((我が隊|シュヴァルツェ・ハーゼ))の面々の唖然とした表情を見て『してやったり』と浮かんでくる笑いを噛み殺す。
「割り当てられたハンガーに案内する。全員、ちゃんとついて来いよ。」
その一声をかけてから先導すべく歩き出す。
我に返ったらしい((部下|クラリッサ))の叱咤が飛び、駆け足程度の歩調で足音が追いかけてくる。
「フフ…」
自然と込みあがってくる笑いがついこぼれる。
――私も随分と変わったものだ。
そう実感しながら、後に続く部下たちに背中で示す。
ただ、『私に、ついて来い』と。
説明 | ||
#119:右手に剣を、左手に戦友(とも)の手を 続けて投稿、というかこっちが本編。 |
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