紅と桜〜にこまきりんぱな〜
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   紅と桜〜にこまきりんぱな〜

              雨泉 洋悠

 

「そこのツリ目のあんた!屋上!」

ざわつく教室、その喧騒の中を、耳まで真っ赤にしてこちらに向かってくる、やっと見慣れてくる事が出来た、彼女。

「ちょっと!部長!」

ふんっ、まだまだ教育が必要みたいね。

教室を出て、後ろ手にまだまだ騒々しいままの教室の扉を閉め、翻って既に歩き始めていた私の隣を歩き出す彼女。

「ああ言うの止めてよね部長!西木野が怖い上級生に呼び出された、だとか思われるじゃない!」

 こちらもようやく、聞き慣れる程度には聞く機会の増えた特徴的な声。それでもまだまだ少ないけど。

「あれーあんた、にこの事ちゃんと上級生として扱ってくれるんだーてっきりこないだみたいに……」

更に更に耳まで真っ赤に染まっていく、彼女の顔を横目にチラ見する。私だけが見る事の出来る彼女の赤色反応。

こんな時にだけ微かに見る事の出来る、本当の彼女の姿。

「わ、忘れてよあれは……。それに部長は部長じゃない、いつもちゃんと上級生、してくれてるじゃない……」

 赤髪の房をいつも通りに弄りながら、顔を私とは反対側に向ける。しなやかな指が、私の思い描く、理想に自然と脳内で重なる。

 

 ああ、またひとひら

 

 うんうん、しかし良い反応してくれるじゃない、これが見れるなら怖い先輩演じる価値もあるってもんよね。

 自然と顔がにやける。

顔を反対に向けながらも、ちらちらとこっちを見てくる彼女。そんな時に見えて来るのは、歳相応な彼女の幼さ。

「まあ、今度のPV、あんたとにこはペアを組むんだから、暫くは昼休みは一緒に自主連よ。あんたお昼は食べたの?」

 少し色を戻した、彼女の頬と耳。手は変わらずにその赤色の房を弄り続けている。

「今日はまだよ、パンでも買おうかと思ったけど部長が直ぐ来たから」

 少し調子を取り戻したのか、そっぽ向くいつもの感じで返事をする。彼女はお昼は基本お弁当だったけど最近はパンの時もあるらしい。彼女と仲の良い、同じ学年の二人から聞いてある。

 どんな、心境の変化だか。

「そっか、じゃあにこのお弁当を一緒に食べる?今日は作り過ぎちゃったみたいで、余っちゃいそうなのよ、にこそんなに大食いじゃないし」

 我ながら白々しいけど、仕方ない。キャピキャピ貴女の為に作ってきたの〜、何て素の私の柄じゃない。

 中身がそんな風に生まれていたなら、この状況はまた違ったものになっただろうか。

 とは言え、彼女がそんな私を求めてくれるのかも解らないけど。

 そもそも、今の私なんて彼女の中でどれだけの存在になれると言うのだろう。

 答えは何処にもない。

「えっ!良いの部長?」

 不意に向けられた驚きを含む笑顔に、思考の澱みは振り払われる。

 

 ああ、不意に、普段とは違うそんな素の反応を示されると、またひとひら、降り積もる。

 かつて一度だけ、期待へと昇華させる事すら出来なかった、心の底の疼きを呼び起こしてしまう。

 止めて、私の願いは、今はただ先輩後輩でいたいの。

 

「まあ、私が作ったものじゃないけどねーそれにあなたのお弁当みたいに豪華じゃないわよ」

 立ち返った先に、ちゃんと居た、いつもの私。

「そんな……豪華なのなんて求めてないし、そう言う先輩からお昼ごはんもらうなんて経験、初めてだし」

 また、ぷいっと横を向いてしまう。こう言う時だけ角を無くすとか、本当にもう。

 

 屋上の唯一の日陰に、用意して来たビニールシートを敷いて、昼食を終えて今は二人並んで座る。

 自分の事を、少なくとも嫌っていない人と食べる食事。こころとここあ、お母さん以外では、久しく忘れてたなあ。

 今日の空は青空、梅雨はとっくに終わっている。

 こんな何でもない、堪らない時間、本当に久し振り。

「ねえ、部長」

 隣に座る彼女が、いつも通りに赤い房を弄りながら呟くように話しだす。

「んー何?」

 私は少しの眠さと気怠さを感じながら、答える。安心って、こう言う時に使う言葉だったんだよね。

「あ、あのさ、えっと」

 何だろ、また何か強力な一撃を繰り出す気なのかしら。私は言葉でなく、視線だけ彼女に向けて先を促す。

「その、いい加減あんたじゃなくて、最初に屋上で練習した時に言ったように、な、名前で呼んで欲しいんだけど」

 ああ、その話か、まあそろそろ潮時よね。私の教育の賜物だわ。私は、ぷいっと横を向く。

「いや」

 ふんっ、まだまだ呼んでなんてあげないんだから。

「えええええ、な、何でよ」

 驚きと非難の混じった視線を向けて来ているであろう、彼女。

「先に、あんたがにこの事を名前で呼びなさい、当然でしょ?」

 彼女の非難の瞳を、同じく非難のジト目で返す。こう言う視線はね、年期がものを言うのよ。

「うええええっ、いみわかんない!」

 ふんっ、当たり前なんだから、これだけは絶対譲らないわよ。

「ほら、呼んでご覧なさい、何ならもちろんにこにーでも良いわよ」

 彼女の顔に、徐々に自分の顔を近付けて行く。

「うええ、もっと無理!」

 もっと無理とは、ちょっと聞き捨てならないけど、まあ今日の本題はそっちじゃないので、また今度に。

「ほらほら、早く早く、それともそんなことも出来ないの〜?」

 ニヤニヤしながら、そう言ってあげる。この方が彼女にはずっと効くのよね。

「で、出来るわよ!…………矢澤……先輩」

 また顔を真っ赤にしちゃって、でもここまで来て妥協は赦さない。

 追い込むわよ。

「ちっがーう、それ苗字でしょ。まあ、あんたにしては大きな前進だけど、もう一声。私は苗字で呼ばれるよりも、名前で呼ばれる方がずっと、嬉しいの。でないと私だって名前でなんて呼ばないわよ?」

 むー、彼女のその高貴な色の瞳を、じっと見詰める。うーん、睫毛長いなあ、良いなあやっぱり。

「わ、解ったわよ……に、にこ……先輩」

 あー、今度は視界の隅に入る耳まで真っ赤だ。伏し目がちな眼、どうしてこうこの子は幼さの中に色気を入れてくるかしらね。

 無意識の淵、まだ至れない。

「うん、良く出来ました」

 自然と顔が綻んでしまう。ああ、情けないらしくない。

「……にこ先輩、私には?」

 ジト目で見てくる。う、先に乗り越えさせてしまったら途端に強気に出る。

 全く、何ともね生意気だわやっぱり。

「解ったわよ…………真姫ちゃん」

 ふんっ、こっちは今日ずっと準備しておいたんだから直ぐに出るのよ。

 先輩を甘く見てはいけないわね。

 うう、でも、もう、何なのよ。真姫ちゃん、一体全体貴女のその、花が恥じらうかのような、その微笑みの向こうにあるのは、何なのよ。

 

 ああ、また降り積もる、私の心に、ひとひら

 

 まずいまずい、私いま無駄に体温上がってる。変ににやけてる。

「にこ先輩」

 もうね、何ともね、ここでひっくり返る立場って歳上としてどうなのよ。

 私と真姫ちゃんは、先輩と後輩。

「真姫ちゃん」

 妙に嬉しい気分になって、二人で笑い合ってしまった。何よ、この青春の一ページ。本当に何なのよ。

 ね、真姫ちゃん。

 と、突然ばーんと屋上に出てくる扉が勢い良く開く音がする。

「真姫ちゃん大丈夫かにゃー!」

「ま、真姫ちゃん!怖い先輩に怒られるなら一緒に怒られてあげるから!」

 聞こえてくる、もう大分聞き慣れた二人の声。

「凛!花陽!」

 あ、真姫ちゃんが何かあたふたしながら、全力で私から離れて二人を迎えた。

 もう、本当に何なのよ。そんな耳まで真っ赤なまま体裁を取り繕う姿を私に見せてどうしたいのよ本当に。

「あ、真姫ちゃん!昼休み前の移動教室の後に、ちょっと部室に寄り道してから戻ったらたらクラスのみんなに真姫ちゃんが、こわーい上級生に屋上に呼び出されたって聞いたにゃー、果たし状にゃー決闘にゃー」

 凛ちゃんがいつもの調子で捲し立ててる。

「そ、そうなの、私達心配で。て、あれ練習着?それににこ先輩?」

 うん、そう、そうなのよ。

「ああ、それはあれよ。にこ先輩のおふざけで、別に怖い目になんてあってないから大丈夫よ」

 色を戻した真姫ちゃんの、何の打算も含まれていない、友達への笑顔。

 ああ、私は今こう言うのを。

「なんだーにこ先輩だったのかにゃーそれだったら全然怖くないにゃー」

 見れる場所に居るんだなあ、だから私はこう返すの。

「どういう意味よ!」

 私は、この三人と一緒に、自然に居られる場所に、今居るんだなあ。

「そのまんまの意味よ、にこ先輩。凛、花陽練習着持って来なさいよ。残り二十分ぐらいだけど、にこ先輩と特訓よ」

 ねえ、真姫ちゃん、私達やっと。

「解ったにゃー」

「うん、取ってくるね!」

 私達の大切な二人と、同じ場所にいま立てたね。

 

 視界に揺らめく、初夏の空。落ちてくる、花びら、またひとひら。

 

 次回

 

 先輩?

 

説明
私はこの4人が一緒にいる様子が凄く好きなんです。
本編内に出てくる四つ葉のクローバーは多分この四人を表しているんじゃないかなと。
にこちゃんが安心して居られる場所。
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