紅と桜〜高貴な姫君〜
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   紅と桜〜高貴な姫君〜

              雨泉 洋悠

 

 四月の陽射し、桜色の季節。

 春の姫君、ダイヤモンド。

 無垢なる輝き、私のプリンセス。

 渡せなかった、高貴なる貴女への捧げ物。

 

 窓から入る陽射しの温度は、夏の暑さ。静かな部室、響くのはページを捲る音だけ。

 今日は自分で言うのも何だけど、私の特別な日。

 みんなで祝ってくれるなんて穂乃果が言うから、柄にもなく早めに部室に来た自分に、少しびっくり。

 相当、私の中で重みを増していて、危ないなあと、らしくないなと思う。

 今日を一人で過ごすなんて、慣れていた筈なのに。

 再び響くページを捲る音。

 ていうか、何で、どうして真姫ちゃん、私よりも早く部室に来てるのよー。

 こういう事があるとどうしてもこっちだっていろいろ考えちゃうでしょうがー。

 部室に入ってきた時に、「あ、にこ先輩」って一言だけ聞いたけど、その後は黙々と手元のページを捲っている。

 あ、その時の、ちょっと嬉しそうな顔も何か、私の中にとてつもない何かを見出してしまいそうな、危うさだった。

 この子のそう言った歳相応の幼さは本当に危ない、無駄に色気を含むから心底危ない。

 それにしても、やっぱり、綺麗な手。せっかくなので今は、いつもの私の席で眼の前のページを捲る手を、ずっと観ている。

 ちゃんと手入れをしているのが解る、思わずマニキュアを塗りたくなるような爪。

 真姫ちゃん、マニキュアとか塗らないのかな?

 まあ、学校であんまり目立つように塗るのもまずいけど。

 ひらひら動く真姫ちゃんの指を、眼で追いながら、そんなこと考えている。

 何か、少しスピード上がったぽい。あれ、何かに気付いたようにこっちを見てきた。

「にこ先輩、爪、今日はどうしたんですか?エメラルドグリーン」

 お、真姫ちゃん私の夏色ネイルに気付いてくれた。これはポイント高いですよ?

「あ、気付いて貰えた、今日は帰りに何もないから久々にやってみたの、にこの夏色。でも、今日は一日先生から隠すの大変だった」

 今日はお母さんが早めに帰って来れるって言ってたし。

 真姫ちゃんが、持っていた本を閉じてこちらに顔を向ける。

「いいんじゃない、まあにこ先輩にはもっと似合う色がありそうとは思うけど」

 最近の真姫ちゃんは、こんなふうにたまーに私の前で素直な反応を示すようになった。

 心の底に仕舞っていたものなんて、もうとっくに半ばぐらいまで出て来ちゃってる。

 でも、私はもっと恥ずかしがる真姫ちゃんも観たい。

「ありがと。真姫ちゃん、今度、爪塗らせてよ。真姫ちゃん指も爪も綺麗だから、色んな色塗ってみたい」

 最近はミューズと我が部が安定してきた余裕もあってか、多少真姫ちゃんをつつくのにも慣れが出て来た。

「えええええ、何言ってるのよ!」

 そうそう、それそれ、真姫ちゃんにはそういう反応を、私はこれからもずっとしていて欲しいの。

「ダメなの?」

 こういう時は、少しあざといぐらいに聞き返すのが、真姫ちゃんには効果が高い。

「だ、ダメじゃないけど……」

 いつものように顔を真っ赤にして、その綺麗な指で赤髪の房を弄る。

 いいな、本当に綺麗。

 

 今も変わらず、少しずつひらひらと

 

「と、ところで、にこ先輩。今日はにこ先輩誕生日よね?」

 ん、やっと真姫ちゃんの本題に入ってくれるかな?

「うん、今日は皆でお祝いしてくれるって穂乃果に聞いてるよ。ありがと」

 そう言うと、真姫ちゃんはいつも少し遠くを見ている目をする。それに気付いてから、少し時間も経った。

 ずっと観ているもの、私が見逃すはずがない、気付かないはずがない。

 私はまだ、そこにちゃんと答えを見いだせていない。

「うん、穂乃果の提案で、皆でプレゼント、買ってあるんだけど、えっと、何て言うのかその」

 こういう時、やっぱり私はまだまだちゃんと、真姫ちゃんの先輩でいてあげないといけない。

「あれー?真姫ちゃんからいつもお世話になっているにこ先輩に個人でも、とかそういう展開かなあ?」

 ニヤニヤしながら、真姫ちゃんの心の表層を撫でてあげる。真姫ちゃんとこういうやり取りが出来るようになった自分が、今は心底嬉しい。

「ち、違うわよ。た、単に家で要らなくなってたものから持って来ただけなんだから!」

 あーふざけたにやけ顔が本心からのに変わっちゃう、危ない危ない。

「はい!」

 だってねえ、真姫ちゃんにそう言って、差し出されたのはちゃんと私の好きな感じで包装されているし。

 私の方も真姫ちゃんに大分把握されてきているらしいのがまた嬉しい。

 また耳まで真っ赤になっちゃってるし、良いなあ。

「ありがと!開けてみてもいい?」

 お父さんがよく言ってた、プレゼントはくれた人の前で開けてちゃんと喜んでいる姿を見せるのが礼儀。

「良いわよ」

 丁寧に包装紙を取り外して畳む。せっかく真姫ちゃんがくれたもの、ちゃんとこれも持って帰る。

 こういう時の真姫ちゃんの瞳がまた綺麗。

って、桐の箱?

 食べ物かなと思いつつ、開けてみる。我ながらちょっと色気がない。

 中から現れたのは、さくらと書かれた透明な小瓶。

「こ、これは」

 これかなり高級なやつだ。

「香水、にこ先輩、桜の香りいつも着けてるし、似合ってると思うから。私の選んだのも着けてみてよ」

 真姫ちゃん、正直これでは口説きにかかっていると勘違いされても仕方ないよ?

「あ、ありがとう。真姫ちゃん、でもこれ結構お高いやつでしょ?真姫ちゃんだって今言ってくれた通り、私が解らないわけ無いよ。駄目だよー無駄遣いしちゃ」

 へらへらっと言ってしまう、ああ嬉しさで顔がほころんでいるのまでバレる。

 あれっ真姫ちゃんの顔が、ちょっと強張って。

「無駄なんかじゃないっ!私にとっては、大切な買い物!」

 思いっきり怒られた、ああヤバい真姫ちゃんちょっと泣きそう。私も。

 

 ああ、こんな時にも、やっぱりひとひら

 

 真姫ちゃんでよかったなあと、思ってしまう。

「ごめん、真姫ちゃん。無駄なんて私酷いこと言った。真姫ちゃんが私の事考えて選んでくれたのにごめんね」

 見る見るうちに復活する真姫ちゃんの顔。うん、嬉しいなそう言う裏に隠れた真姫ちゃんをもっと見せてもらいたい。

 そうだよね、無駄なんかじゃない、無駄になんかしちゃいけないんだ。

「真姫ちゃんさ、誕生日4月19日だったよね?その日は皆でお祝いしたの?」

 きっと、今しかもう機会はない気がする。

「何で知ってるの?んー?その日はまだ私、ミューズじゃ無かったような……ああそうだ穂乃果に初めて会った日だ。音楽室でピアノ弾いてたらいきなり現れてミューズに誘われたの、今思い出しても笑っちゃう」

 そんなの興味があったからに決まってる。もちろん真姫ちゃんに対してだけでは無いけど。

 そっか、そうだよねーまだ私、真姫ちゃんと会えてなかった頃だもんね。

「あーそっか、じゃあプレゼントとか無かったんだねえ。にこだけ皆から貰えてお得ー皆まだかなあ?」

 大げさにはしゃいでみせる、私慣れてるものこういうの、大丈夫。

 あれ、真姫ちゃんの目がジトーとしてる。

「にこ先輩、今の流れ、明らかにそうじゃないわよね?受け取りますから、出して下さい」

 あれ、なにこれ立場逆転?

「うええ?な、なんのことー」

 我ながら白々しい、何だこの私。

「にこ先輩、プレゼントは相手にちゃんと渡さないと意味ないんです。それこそ無駄になっちゃいます。日にちが経ってるとかどうでもいいんです。にこ先輩がくれることに意味があるんです。下さい!」

 な、なにこのつよきの真姫ちゃんは。あ、あれでも、ああこの子は本当に卑怯だなあ。

 何でそんなあからさまに顔も耳も真っ赤にさせて強気に詰め寄ってるのよこの子は本当に。

 

 ああ、本当にもう、また降り積もっていく

 

 こんなの観念するしか無い、こんな可愛すぎる後輩のこと、蔑ろになんて出来ない。

「……真姫ちゃん、いまさらながらの誕生日プレゼント受け取って下さい」

 恭しく、いつも持っている鞄から取り出して手渡す。想像でしか思い描いてなかった光景、今現実にここにある。

 何か、ものを見て真姫ちゃんが凄い嬉しそう。

「にこ先輩も私に香水選んでくれたなんて何か嬉しい、ありがとう!」

 ここまで素直に喜ぶ真姫ちゃんとか、何か新鮮。

「これは、何の花?」

 ああ、何か夢で見たような光景。

「赤のデルフィニウム、真姫ちゃんの誕生花よ、青の花が本来だけど真姫ちゃんのイメージはやっぱり赤よね」

 何とも、自然に顔がほころぶ。

「にこ先輩誕生花とか詳しいんだ」

 真姫ちゃんが珍しく感心した様子、たまには先輩らしいこと言います私でも。

「私からすればアイドルには必須知識よ?真姫ちゃんの場合は、加えるなら4月の誕生石はダイヤモンド、4月19日の誕生石はバイオレット・ジルコン」

 真姫ちゃんの瞳の色と同じ色。おおっと、そんな真姫ちゃんの瞳が少しキラキラしてるやっぱり真姫ちゃんでも意外とこういうの好きなんだなあ。

 そんな解説をしていると、皆の話し声と足音が聞こえてくる。

「にこ先輩、パーティーの始まりですよ」

 ああ、今私とっても幸せなの、一年前の私に教えてあげたい。

 希はまだ色々気にかけてはくれていたけれど、貴女がそこで一人で頑張ってくれたからこそ、今私はここに居られて幸せなの。

 

次回

 

どうぞお召し上がり下さい♪

 

 

説明
ひとまずはぶっ倒れるまでは突っ走りたいと思います。
渡す機会すら与えられなかったプレゼント。
にこちゃんが真姫ちゃんの誕生日を、
在学中には一度も当日にお祝いできないっていう事実こそが正に、
にこちゃんと真姫ちゃんが二人でいられる時間がどれだけ少ないかを、
如実に物語っている気がします。
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